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『うん。何でも頼って。わたしでよければ』
わたしとしては即答したつもりだが、すぐには伝わらないみたい。
画面のフードを被った男の人と暫しにらめっこをする。
『本来であれば、運営スタッフで対処しないといけないのですけど、人手が足りなくて』
『あーうん、アオさん、要件は一気に言ってくれてもいいよ。というかその方がいい』
いらいらするほどではないけど、わたしの相槌を待っているようだと、本題に入る前に日が暮れてしまいそうだった。
自然な会話を保つためには、ちょっとした一工夫が必要だ。
『ああ、そうですよね。頼みたいということは、危険物の回収です。そちらに散らばってしまった爆薬オブジェクトを撤去したいのですが、もう時間差が激しく、こちらの主観時間では追いきれず手出しできないのです。本来ならばVR空間の運営に通報すべきなのですが、今は保留にしています。理由はメアリさん達を守るためです』
急に物騒な話になったが、慌てふためくことはない。
アオさんフードの奥に秘めた真剣な眼差しが、わたしの体を硬直させる。
『分かったよ。何でも手伝う。でもわたしを守るためって、どういう意味?』
わたしが何かしただろうか。爆発物……なんだか心当たりがあるような。
返事に時間がかかることは学習済みなため、その場で待たずに歩き始める。
爆発といっても、エフェクトだけで実害はないのでは、と思うが、そんなことを誰かと話したなあ。
そうだ、この本物に拘る世界で、本物の火薬を使ったイベントが企画されているとか。
『メアリさん、最近、といってもそちらではずいぶん前かも知れませんが、花火を購入したり持ち運んだりしていませんか? そういったログがこちらでは確認されています。もしこれらが爆発したりすると、メアリさんの管理責任を疑われます』
『あっ、花火ね! それならミユの企画しているイベントで手伝ったことがあるかな。えーとね、どっかの国の花火職人さんに本物を作ってもらったんだよ』
てくてくと街道を歩きながら、本当に爆発させる計算をして、火薬の匂いがどうのとかミユが言ってたことを思い出す。
『でもまずいです。このままだと、何かあるとメアリさん達が拘束されます。指紋もDNA鑑定もない世界です。オブジェクトの来歴データが全てなんです。このままだとメアリさん達が有罪になるでしょう。脅すつもりで言っているわけではありません。ですが是非手伝ってください』
『ミユが変なことするとは思えないけど……、でも危険なイベントであることは間違いないってことだよね。わたしも関係しちゃってるし、是非協力させて』
アオさんがわざわざこんな頼みごとをしてくるということは、よっぽどの緊急事態なのだろう。
だというのに、わたしは不謹慎ながら少し嬉しかった。
人に頼られるのは生まれて初めてだったから。
『物理演算による爆弾は、その世界では違法です。使用許可の申請は出ているようですが、まだ受理されていないのです。だというのに持ち運ばれているのは問題です。関わった方全てを救うためには、自分達だけで爆弾を回収する必要があります。メアリさん、どうかよろしくお願いします』
『うん。ミユのためにも頑張るよ。それで、どうすればいい? 花火の場所は分かっているの?』
ミユとちゃんとお話しして、仲直りしないと。
これは丁度いい機会なのかもしれない。
『場所は分かっていますが、ロックされているんです。こちらで解除するには時間がかかり過ぎます。メアリさん、直接現地に行ってもらって、錠前のオブジェクトを壊してください。鍵があればできると思います。場所はリストを送ります』
『鍵かー、ミユに聞いてみる』
『残り時間はそちらで一日あります。それまでに終わらせたいのですが、問題ありませんか?』
『うん、仕事もしてないから全然いいよ。って、リストみたら、すごい! これ海外旅行だよ』
アオさんから送られてきたデータをマップに展開すると、今わたしがいる東洋サーバーから遠く離れた場所に、ピンが刺されて点滅していた。
『お手数かけますがお願いします。本当は瞬間移動の処理をすべきなのですが、そんな目立つ行動をしてしまうと、そちらの警察機構にマークされてしまいます。ですので、交通機関の利用をお願いします。所持金の方は、一時的に増やしておきます』
アオさんがそう言った後、数分後に入金確認のアラームが頭の中に鳴り響く。
「ん、えーと、一、十、百、千、万……何これ! 見たことない桁数なんだけど!」
空が赤くなりつつある中、わたしの絶叫だけが一人歩きする。
振り返る人々から逃げ出して、閑静な道へと進路を変えた。
これだけあればどこへも行けて、なんでもできるだろう。
VR空間の沙汰も金次第というのは、夢があるのかないのか。
今まで特に不自由しなかったけど、これだけお金があればもっと自由になれるに違いない。
アオさんから次の返事がくるまで、わたしはこの大金の使い方を妄想してしまった。
『メアリさん、何か色々情報検索されているようですが、残ったお金は後で没収しますよ。本当は謝礼を出すべきなのでしょうが、今回の件は内密に処理したいので、大きなお金の長期保有は避けたいんです』
『あーうん、分かってるよ! ちょっと調べてみただけだし!』
リゾート地やら、高級マンションやらのデータを消去して、わたしは大きく手と首を振った。
『代わりと言ってはなんですが、全て終わったら、すぐに安置所へ行きますよ。本当のメアリさんを、ご自身で見たいのですよね?』
『うん。それをお礼ってことにしてください。そうしてくれると助かります』
無茶なお願いをしているとは自分でも分かったので、今回のお仕事の報酬ってことにしてもらえれば、わたしも随分と気が軽くなる。
『それでは数分後……いえ、そちらで早朝になったらすぐさま空港へ向かってください。鍵はミユさんの仕事場にあるというのは調べましたのでついでに回収もお願いします。急にこんなことになって大変申し訳ないのですが、よろしくお願いします』
『こちらこそお願いします。わたしとミユのために頑張らないとだからね』
アオさんは最初一人で解決しようとして、葛藤し、最後の手段でわたしに連絡してきたのだろうなと容易に想像できてしまう。
そんな性格してそうだし、なにより、あの悲壮な顔持ちを見れば、寒い以外にも原因があるということが誰にでも分かる。
繁華街へと踵を返し、遠出に必要なものを買い揃える。
手ぶらでもいいかもしれないけど、なんか目立ってはいけないみたいだし、旅行者のふりをするために仕方なく、色々買い込むことにしよう。
VR空間の夜も勿論暗い。
疲労とは無縁の世界だけど、日が沈まれば眠る習慣がある。
睡眠は最高のエンターテインメントだからだ。
夜には交通機関も止まっているし、お店も閉まる。
だからわたしが動き出すのは日が昇ってからだ。




