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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
VR空間2
27/48

「ん、でも胸以外も、大分盛ってない? これ、前回データが本当なら、大分痩せてることになるけど」

「痩せているらしいことは、知っているんですけど、それを見た人がどう思うレベルなのかなって」

「もう誰も見ないでしょ。まあ、見たとしても痩せてるなーと思うだけかな。アバラは浮いてるだろうけど、裸を見せることもないだろうし」

「違和感とかないならいいです。顔とかは? メイクしてない状態だとどうですか!」

「えー、普通じゃない? ちょっと頬がこけてるだけで。髪の色もそのままで、長さだけが違うかな。ねえ、これどういう遊びなの?」

「遊びじゃなくて真剣です!」

「そんなこと言っても、誰も本当のあんたの姿なんて目にしないじゃない。もう現実には人はいないはずだし。結構前に、最後の人がログインしたってニュース、あったよね」



 アオさんがまだ残っていると言いかけたが、どうやらAIのことをよく思わない人が多いようなので黙っていることにした。

 気分はよくないが、ミユと喧嘩した原因をもう一度口に出す気になれない。



「……やっぱり遊びみたいなものです。もし今のわたしを知っている人が、本当のわたしを見たらがっかりするかどうかを知りたい、みたいな」

「そう……見た目のパラメータ、その前回データが、本当にログイン時の初期データと一緒なら、殆どそのまんま。現実の方では十分な美人が氷漬けになって眠ってる。何これ自慢? 数値をいじりまくっているのは、私だけじゃなくて他のみんなもそうだからね?」

「いえ、そんなつもりじゃあ……いろいろ分かってなくてごめんなさい」



 そんなことを言いつつも、わたしは褒められたことを素直に受け取り照れてしまう。

 この世界の子はみんなかわいい。

 だから普通に生活している分には、誰が本当に美人かなんて、あんまり気にならない。



「変なこと気にするのねー。でも地味な服なのは気にしないんだ」

「いやー別に変な服だとは思わないですけど」

「そういう服は現実で着飽きたんじゃない?」



 スケスケな服のお姉さんは、わたしをじろじろ見回してにこにこする。



「わたしは、別に。こういう服が好きかな」



 この前買ったブラウスは、お姉さんのお眼鏡には敵わないらしい。

 VR空間では衣類が汚れるわけでもないので、ずっと着ていてもいいのだが、それだとミユに引かれるので他にも買い足そうかな。

 そう思ったけど、わたしには一緒に買い物に行ってくれて、服を選んでくれるような友達が今いないんだった。



「まあ取り敢えず言えることは、メアリちゃんはとっても可愛い。それは保証してあげる。他に何かして欲しいことでもあるの?」

「あー、いえ。満足しました。ありがとうございます」



 席を立ちぺこりとお辞儀をするも、お姉さんの寂しそうな声が耳にのそのそと入ってきた。



「残念。また来なよ。うちは腕が良すぎるせいでリピーターがいないの。みんな一回で満足しちゃうから」

「あーなるほど」



 お辞儀をしたときに感じた頼もしい重みは、確かにお姉さんの言葉に同意させてしまうほどの説得力があった。



「もう子供が生まれてくるわけでもないでしょ? だから新規客なんかいなくて、うちみたいな若い子向けの商売はじり貧なの。流行が大きく変わってくれないと、暇でしょうがない」

「それは大変ですね……わたしは今日はちょっと、他にやることがあって。今度、また来ます」



 今ここで見た目を変えてしまうと、アオさんが混乱するかもしれない。

 人生は長いのだから、いつか大改造をしたくなる時がくるだろう。

 そのときに、お客さんになろう。



「いいのいいの。またね。そうだ、来年は日焼けの設定消しておいたら? そうしないと、勝手にそうなるわよ。あんた、そういうことも分かってなさそうだし」



 確かに気にしてなかったけど、すごい機能だなあ。わざわざ日光を浴びた時間とかを計算して、徐々に肌を変色させていく。

 これでもかと夏を主張させて、わたしの肌をひりひりさせる機能は、気に入らない人はオフにすべきなんだろう。

 でもわたしは、こういうの好きだからいいけどね。



「でも生きてる感じがして、好きですよ」

「分かるけど焼けすぎよ。痛いんじゃない? それに日焼け止めの設定も、クリームを塗る演出があるから、夏って感じがしていいわよ」



 日焼けをするにも、しないにも、まるで本物であるかのように振る舞おうとする。

 それほどに、この世界は現実に飢えているのかもしれない。


 エステショップを出て、次はどうしようか迷う。

 ミユと喧嘩別れをしてから、時間を持て余してしょうがない。

 現実のときと同じく、わたしは一人では何もできない子なのだ。

 アオさんを悪く言うミユに、かちんときたわたしがいけない。

 だけど、どうしてああまで言うのだろう。

 何か昔に悪いことをやってしまったとしても、今頑張ってるならそれでいいじゃない。

 それでわたしたちの生活は成り立っているんだし。


 いつかはちゃんと仲直りしないといけないと思うんだけど、ミユは今とっても忙しいみたい。

 何でも大がかりな花火イベントやるんだって張り切ってたし。

 わたしも、仕事をどうするか決めないとなあ。

 働かざるものでも食べることができる世界では、やりたいことを職業にしたいと思う人が多い。

 わたしもそうしたいと思うけど、まずはやりたいことが分からない。

 だから毎日ぶらぶらして自分探しのようなことをしている。

 だけどいいよね。

 今までのことを考えたら、それぐらい許してほしい。

 わたしにはこの世界を堪能する義務と権利があると思う。

 秋口なのに、まだ十分に眩しく光る太陽と対面する。

 日傘のデータを出そうかなと思って個人ウィンドウを目の前に表示させると、タイミングよく呼び出し音が鳴り始める。

 相手は、本物の太陽と今も闘っている人だった。



『メアリさん、すみません、今大丈夫ですか』

『おー、やっと連絡きたー。はい、いつも暇で、いつも大丈夫ですよ』



 久しぶりにこの重々しくて鈍く、鼓膜に響くような声を聴いた気がする。

 それなのに、わたしは不思議とほっとする。

 じっと返事を待つ。

 待てどもなかなか、画面の中の彼は口を動かそうとしない。

 ああ、そうか。こちらの方が百倍以上速いから、スローモーションに見えるんだ。

 ええと、確か、意味のある言葉になるように補正をかけているらしいので、声自体は普通に聞こえる。

 返事が来るまでに数分待つことになるけど、まあ大した苦ではない。



『メアリさんに頼みたいことがありまして』


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