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「ん、でも胸以外も、大分盛ってない? これ、前回データが本当なら、大分痩せてることになるけど」
「痩せているらしいことは、知っているんですけど、それを見た人がどう思うレベルなのかなって」
「もう誰も見ないでしょ。まあ、見たとしても痩せてるなーと思うだけかな。アバラは浮いてるだろうけど、裸を見せることもないだろうし」
「違和感とかないならいいです。顔とかは? メイクしてない状態だとどうですか!」
「えー、普通じゃない? ちょっと頬がこけてるだけで。髪の色もそのままで、長さだけが違うかな。ねえ、これどういう遊びなの?」
「遊びじゃなくて真剣です!」
「そんなこと言っても、誰も本当のあんたの姿なんて目にしないじゃない。もう現実には人はいないはずだし。結構前に、最後の人がログインしたってニュース、あったよね」
アオさんがまだ残っていると言いかけたが、どうやらAIのことをよく思わない人が多いようなので黙っていることにした。
気分はよくないが、ミユと喧嘩した原因をもう一度口に出す気になれない。
「……やっぱり遊びみたいなものです。もし今のわたしを知っている人が、本当のわたしを見たらがっかりするかどうかを知りたい、みたいな」
「そう……見た目のパラメータ、その前回データが、本当にログイン時の初期データと一緒なら、殆どそのまんま。現実の方では十分な美人が氷漬けになって眠ってる。何これ自慢? 数値をいじりまくっているのは、私だけじゃなくて他のみんなもそうだからね?」
「いえ、そんなつもりじゃあ……いろいろ分かってなくてごめんなさい」
そんなことを言いつつも、わたしは褒められたことを素直に受け取り照れてしまう。
この世界の子はみんなかわいい。
だから普通に生活している分には、誰が本当に美人かなんて、あんまり気にならない。
「変なこと気にするのねー。でも地味な服なのは気にしないんだ」
「いやー別に変な服だとは思わないですけど」
「そういう服は現実で着飽きたんじゃない?」
スケスケな服のお姉さんは、わたしをじろじろ見回してにこにこする。
「わたしは、別に。こういう服が好きかな」
この前買ったブラウスは、お姉さんのお眼鏡には敵わないらしい。
VR空間では衣類が汚れるわけでもないので、ずっと着ていてもいいのだが、それだとミユに引かれるので他にも買い足そうかな。
そう思ったけど、わたしには一緒に買い物に行ってくれて、服を選んでくれるような友達が今いないんだった。
「まあ取り敢えず言えることは、メアリちゃんはとっても可愛い。それは保証してあげる。他に何かして欲しいことでもあるの?」
「あー、いえ。満足しました。ありがとうございます」
席を立ちぺこりとお辞儀をするも、お姉さんの寂しそうな声が耳にのそのそと入ってきた。
「残念。また来なよ。うちは腕が良すぎるせいでリピーターがいないの。みんな一回で満足しちゃうから」
「あーなるほど」
お辞儀をしたときに感じた頼もしい重みは、確かにお姉さんの言葉に同意させてしまうほどの説得力があった。
「もう子供が生まれてくるわけでもないでしょ? だから新規客なんかいなくて、うちみたいな若い子向けの商売はじり貧なの。流行が大きく変わってくれないと、暇でしょうがない」
「それは大変ですね……わたしは今日はちょっと、他にやることがあって。今度、また来ます」
今ここで見た目を変えてしまうと、アオさんが混乱するかもしれない。
人生は長いのだから、いつか大改造をしたくなる時がくるだろう。
そのときに、お客さんになろう。
「いいのいいの。またね。そうだ、来年は日焼けの設定消しておいたら? そうしないと、勝手にそうなるわよ。あんた、そういうことも分かってなさそうだし」
確かに気にしてなかったけど、すごい機能だなあ。わざわざ日光を浴びた時間とかを計算して、徐々に肌を変色させていく。
これでもかと夏を主張させて、わたしの肌をひりひりさせる機能は、気に入らない人はオフにすべきなんだろう。
でもわたしは、こういうの好きだからいいけどね。
「でも生きてる感じがして、好きですよ」
「分かるけど焼けすぎよ。痛いんじゃない? それに日焼け止めの設定も、クリームを塗る演出があるから、夏って感じがしていいわよ」
日焼けをするにも、しないにも、まるで本物であるかのように振る舞おうとする。
それほどに、この世界は現実に飢えているのかもしれない。
エステショップを出て、次はどうしようか迷う。
ミユと喧嘩別れをしてから、時間を持て余してしょうがない。
現実のときと同じく、わたしは一人では何もできない子なのだ。
アオさんを悪く言うミユに、かちんときたわたしがいけない。
だけど、どうしてああまで言うのだろう。
何か昔に悪いことをやってしまったとしても、今頑張ってるならそれでいいじゃない。
それでわたしたちの生活は成り立っているんだし。
いつかはちゃんと仲直りしないといけないと思うんだけど、ミユは今とっても忙しいみたい。
何でも大がかりな花火イベントやるんだって張り切ってたし。
わたしも、仕事をどうするか決めないとなあ。
働かざるものでも食べることができる世界では、やりたいことを職業にしたいと思う人が多い。
わたしもそうしたいと思うけど、まずはやりたいことが分からない。
だから毎日ぶらぶらして自分探しのようなことをしている。
だけどいいよね。
今までのことを考えたら、それぐらい許してほしい。
わたしにはこの世界を堪能する義務と権利があると思う。
秋口なのに、まだ十分に眩しく光る太陽と対面する。
日傘のデータを出そうかなと思って個人ウィンドウを目の前に表示させると、タイミングよく呼び出し音が鳴り始める。
相手は、本物の太陽と今も闘っている人だった。
『メアリさん、すみません、今大丈夫ですか』
『おー、やっと連絡きたー。はい、いつも暇で、いつも大丈夫ですよ』
久しぶりにこの重々しくて鈍く、鼓膜に響くような声を聴いた気がする。
それなのに、わたしは不思議とほっとする。
じっと返事を待つ。
待てどもなかなか、画面の中の彼は口を動かそうとしない。
ああ、そうか。こちらの方が百倍以上速いから、スローモーションに見えるんだ。
ええと、確か、意味のある言葉になるように補正をかけているらしいので、声自体は普通に聞こえる。
返事が来るまでに数分待つことになるけど、まあ大した苦ではない。
『メアリさんに頼みたいことがありまして』




