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承知してはいたけれど、アオさんからの連絡が中々来なくて少し寂しい。
仕方がないから、VR空間の平穏な日々をずっと遊び回って過ごすしかなかった。
そんな中、偽物の太陽光をこの体に浴びさせていると、わたしの肌はすっかり秋色になっていた。
夏物の服をそのまま着ていると、少し肌寒い。
天は相変わらず十分に光っているけど、稀に体を突き刺す強風が、季節の移ろいを感じさせる。
もう秋は始まっているのだ。
現実とVR空間の時間は百倍以上違うそうなので、まだ本当の時間は大して経ってないはず。
だからわたしからアオさんにコールしても、過剰な催促みたいに思われるかもしれないし、なんだか躊躇してしまう。
本当のわたしを見たいという、この我儘なお願いをしている立場なのだから、ただただじっと待つべきなのだ。
いや、待つと言っても、最低限度の準備はすべきだね。
「あの店員さん! わたしのこと憶えています? ほら、前に体型データを変更してもらったんですけど!」
エステショップに乗り込み、以前担当してもらったお姉さんをちょっと大声で呼び出してみた。
「ああ、覚えているよ。確かメアリちゃん。胸だけ大きくした子でしょ?」
わたしの声に反応して、カウンター奥からモデルのようなお姉さんがゆっくりと顔を出した。
「あの! それは言わなくてもいいんですけど!」
「なにか不具合でもあった? でもあんな簡単な作業に、ミスはありえないと思うけど?」
確かにこのお姉さんは、わたしの個人ウィンドウにちょっと指を触れただけで、こちらの要望通りにしてくれた。
商売にしているくらいなのだから、慣れたものなのだろう。
「いえ、姿、形、大きさ、全部よかったです! だけど、そうじゃなくて」
「じゃあ、何?」
「どうして衣裳データもそれに合わせて変えないといけないって、教えてくれなかったんですか! おかげで恥をかきましたよ」
「はあ?」
お姉さんはカウンターから出てきて、珍しいものをじろじろ見るようにわたしのことを舐め回す。
「な、なんですか」
「メアリちゃん、あんた現実ではどうしてたの」
「何がですか?」
「いや、だからね。サイズが変わったら、買い直すでしょう。そこは現実と一緒よ。一々くどくどと説明する必要ある?」
あー、そうだ。
アオさんにも似たようなことを言われたんだった。
ずっと寝ていたわたしは、そういった暗黙の了解みたいなことがまるで分っていない。
だからわたしの方に問題があって、人のせいにしてはいけないんだった。
「えーと、その、ごめんなさい」
気圧されているわたしに戦意喪失したのか、お姉さんは少し頬を緩ませた。
「で、メアリちゃんの要件はそれ? 文句を言いに来ただけ?」
「これはついでなんです。お姉さん、本当は別のお願いがあって来ました」
「何? また盛りたいの? いいけど」
「そうじゃなくて! 聞きたいことがあって」
「じゃあ、まあ座りなよ。今は客もいなくて暇だから」
お姉さんがくいっと指さす先は、色々なカタログが山積みになっているカウンター席。
そこへ座るように誘導される。
「すっかり焼けているけど、それを元に戻したいの? 色が関わると高くつくよ。調整が面倒だから」
「いえ、これはいいんです。そうじゃなくて、わたしのことを調べてほしいんです」
「どういう意味? うちは探偵じゃないけど」
「えっとですね、本当のわたしの姿って、分かります? 現実にいるわたしの顔とか、体とか」
「なにそれ。ログインしたときの状態のまま、冷凍保存されていると思うけど?」
「そう、その冷凍保存されている状態は、どんな感じですか?」
わたしがわたしの体を見るだけなのだが、アオさんも一緒に対面することになる。
男の人に会わせていい顔なのか自信が持てなかった。
だから今日は外見のデータの達人に話を聞きに来たのだ。
「いやログインした瞬間のままの姿で眠っているでしょ。体型も髪型も。なんにも憶えてないの?」
「憶えていないので知りたいなと。見た目のプロであるお姉さんなら、分かるかなって」
わざわざ言うことでもないと思って、病気のことは伏せておいた。
多少変に思われても、同情されるよりはいい。
「現実で最後に鏡を見たときに映った姿。多分そのまんまよ」
「それが分からないんです」
「……あんた、さっきの話といい、いいとこの子? 全部メイドにやらせていたとか?」
「……そうかもしれないです」
ナースさんに看病してもらっているわたしが、とっさに頭の中に浮かんだ。
「ふうん。まあいいわ。あまり現実のことを詮索するのもマナー違反だしね」
「そうしてくれると嬉しいです。それで、データ解析とか、お姉さんでできませんか?」
「先に言っとくけど、私では限界あるからね。運営スタッフでもない私だと、バックアップ用の前回データまでしか辿れない。だから、あんたがログインしてから二回以上変更した部分は、現実とは違う可能性が高いってこと」
「わたしは、前のやつしか変えてないので、大丈夫だと思います」
「へえ。そうなの? それでその見た目? あーでも日焼けしてるから、肌色もどうなのかは分からないな。まあ取り敢えず見てみようか」
お姉さんが指をくいくい動かして、個人ウィンドウの表示を催促する。
「これです。見てください」
それっぽい項目を表示させて、お姉さんの方に向ける。
細かい数字の羅列は、わたしには小難しい。
どれが何を意味するのかはよく分かんない。
「よし、じゃあチェックするから、これでも飲んでて」
お姉さんが指を鳴らすと、わたしの手元にジュースが魔法のように出現する。
よく冷えているようで、カウンターに露が滴り落ちていく。
わたしは一緒に現れたペーパーナプキンでそれを拭いながら、ストローに手を取る。
便利だけど、わたしにとっては当たり前なことだ。
現実だと部屋の奥にある冷蔵庫まで取りに行かないといけなかったらしい。
VR空間にもオブジェとして家電はあるけど、わたしは殆ど馴染みがない。
わたしが足をぶらぶらさせて待っていると、お姉さんはウィンドウの画面を眺めて、はーっと溜息を漏らす。
「本当だ。綺麗なデータ。すごいね、怪我の跡が見当たらない」
「へへへ」




