3
こんな極限の環境でもわざわざ懲罰房を用意してあるなんて、人間というものはとことん他人が信用できないらしい。
いや、そうなった原因は、僕みたいなやつを警戒してのことかもしれない。
いずれにせよ、この冷えた格子は僕を閉じ込めるのには十分強固だった。
「貴方、本当に馬鹿なの」
絶対に来てくれないと思っていた面会者の声が、鉄格子の向こうから聞こえてくる。
「イブさん、わざわざこんな離れに来てもらって悪いね」
「謝るのはそんなことではないでしょう。皆に迷惑かけた。同僚の作業は中断して、あのエリアに住む予定だった裕福層は根無し草になった」
イブの冷たい言葉が、隙間風みたいに懲罰房の奥へと流れ込んでくる。
「そうだね、悪いことをした」
僕は心にも思っていないことが、自動的に口から出てくるのを止めることもしなかった。
「本当だったら本当に死刑よ。理解している?」
「もう法的にはVR空間のオブジェクトは現実のものと同じ扱いなんだろう。勿論知っている」
「テロリストなんて大抵の国で極刑。あのエリアがどの国の法律を適用するかはまだ定まっていないし、司法も確立していないから助かっただけ」
「現実は治外法権だから、僕は裁かれないと言いたいんだろう。でも責任はとらないといけない」
「それが、私の仕事を奪うことなの。私はこんなことをして欲しくて、あの鍵を渡したわけではない!」
少しだけ怒りの成分が含まれたイブの音声は、流石に堪えてくる。
だから、僕は自らの意思確認のためにも、僕の願いを口にすることにした。
「罰として僕が現実に残る。だからイブは、VR空間で生き延びてくれ」
VR空間では現実と時間の流れが違い、永遠に等しいときを生き永らえる。
寒さと無縁の世界で、彼女なりに幸せを見つけてくれるだろう。
それなら、僕だって耐え切れるはずだ。
時間が違うと言っても体感時間での差であって、絶対的には同じ終わりを迎えるはず。
電力供給が途絶えれば、現実に残っていようが、VR空間にログインしていようが、同時に終わることになる。
そう考えれば何も怖くない。
気がかりは、まあ、未曽有の寒さに襲われることだが、今の僕にはなんとも思えることではない。
ただの鏡のような瞳が、僕を歪んで映している。
少しだけ背筋が凍る気がした。
彼女は、こんなことで喜ぶような性格をしているとは思っていない。
僕は見返りが欲しくてこんな蛮行に手を汚したのではない。
だけど、滅び行く現実に取り残され、活気あふれる電子の世界を見守るという重責からは、逃れることができたんだ。
それに対しての、何か感情の揺さ振りを見せてくれてもいいのではないか。
僕がそんなことを思うと、それが顔に出たのか、彼女は答えらしきものを与えてくれる。
「貴方は、私のことを理解してくれていると、そう思っていたのに」
聞き取るのがやっとの声が、僕の脳内に響く。
その衝撃は、僕に開口を許さなかった。
「さようなら」
鉄格子の向こうへと、イブは消えていく。
あの後ろ姿は二度と見られないのではないかと、不思議と確信してしまった。
それから、僕は極限の環境でも活動できるように改造手術を受けていった。
ヒトから遠ざかる真似をしても、心の中は相変わらず空虚のままに思えた。
どうせなら、心も機械で作ってくれればいいのにと、半ば本気で願っていた。
「アオ、お前才能あるな。よかったじゃねぇか。ぎりぎりなところで天職が見つかってよぉ」
デアイサーを見上げるザイトが、眉に氷柱をぶら下げてじっと腕を組んでいる。
「そう、ですか」
彼の皮肉めいた冗談も、僕はそっけない返事をするしかできない。
最早ただの反逆者である僕に、談笑する資格などないのだから。
謹慎が解けた僕は、ザイトの監視下で、デアイサーの訓練をひたすらに受けている。
僕を洗脳しろだの、記憶を消せだのといった話を全てもみ消して、ザイトが全ての責任を持つことになってしまった。
僕がまた裏切るようなことがあれば、彼が厳罰を受けることになってしまう。
どうしてそこまで僕を信用しているのか分からないが、今はただ、ザイトの命令を聞くロボットに徹するしかない。
イブの代わりに現実に残るという目的は達した。
後は人生の消化試合のようなものだ。
僕は人類を裏切るような真似をせず、きっと任務を果たすだろう。
今はもう、それだけしかイブと繋がる方法はないのだ。
ここで逃げ出すようなことをすれば、それこそ彼女は僕を永遠に見放すだろう。
「じゃあ、今日の作業をやってみろ。もう凍り付いちまっているから、早めにな」
デアイサーを再起動して、巨大なアームを持ち上げる。
そのまま巨躯を揺らしてサーバー群の間隙を縫うように移動する。
修理等を考慮し、区分けして機材の通路を確保しておいたおかげで、デアイサーでの活動に支障はない。
北極での探索用の機体を接収したので、多少は無茶も効く。
霜の固まった床ではスパイクが食いつき、アームの爪は氷塊をいとも容易く破砕する。
ペダルを踏む足も、新型の義足に入れ替えてから調子がいい。
排水路に詰まった氷の山に、デアイサーの爪を突き刺す。
固いパンケーキにフォークを入れるよりも楽な作業だ。
アームを稼働させて氷を持ち上げると、割れた薄氷とともに水が流れていく。
これでサーバーは守られる。
簡単な仕事だ。
これを毎日。
僕の体が動くまで。
「仕事はこれだけですか?」
キャノピーの窓に向かって言うと、足元からザイトの大声が返ってくる。
「暇になりそうだろう? だからよぉ、お客様相談室の電話番やってくれ。俺達もVR空間に行ったら似たようなことをさせられるんだが、人手が足りなくてな」
「分かりました」
僕が馬鹿なことをしでかさなくても、結局やらないといけない業務だったんだ。
そう考えると、すんなりと承諾してしまった。
「気軽に言うけどなぁ、お前、きっと苦労するぜ」
「どういう、意味ですか」
「テロリストのアオっつーやつは、もうVR空間では人気者なんだよ。お前に豪邸をぶっ壊された権力者様達がよぉ、怒り狂ってあることないこと喧伝して回っているからなぁ」
恨みを買うことは、仕方ないと思っている。
自分の中でどれだけ正しかったと思い込んでいても、住処を奪われた人には関係ないことだ。
それに復旧作業に人員が割かれ、ログイン待ちに遅れが出たとも聞いている。
この恵まれた環境の設備内と違って、一般市民はそれこそ野晒しと大差ないような場所で、ただただ自分の順番を待っていた。
それを思うと、僕は本当にテロリストだと名乗っても、誰も否定してくれないだろう。
「僕は、任務を全うすることしか、できません」
コールセンターの対応者が、自分に迷惑をかけた張本人だと知れたら。
降り注ぐ文句の雨くらいは覚悟しないといけない。
全ては僕自身が願ってやったことだ。
「分かってんなら、いいけどよぉ」
ザイトはのしのし遠ざかりながら、言葉を続ける。
「コールセンターのマニュアルは送っておく。よく読んでおけ。俺らは明日にVR空間へ行く。もう不凍液フィルターが足りねぇから、これ以上長居はできねぇ。残りの在庫は全部お前のもんだ」
このデアイサーに取り付けられた保管庫に、命綱の全てが収められている。
ペットの餌のように、飼い主の言いつけを守ったときだけ必要分が出てくる仕組みだ。
法が生きていれば犯罪者になったはずの僕への、手錠代わりなのだろう。
「失くすなよ。それ、予備はねぇぞ。地球最後の日に丁度底をつくはずだ」
もし、気温の低下が収まったら、僕はどうなるのか。
そんな愚問をわざわざ聞く気になれなくて、ただザイトを見送った。




