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僕以外の人類はVR空間に移住した  作者: 佩ロッシュ
現実
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 珍しくこちらの仕事が発生すると、若い女性からの怒鳴り声も可愛く聞こえる。

 ディスプレイに映された彼女のグラフィックに指を向けると、すぐさま個人情報が羅列されていく。

 自分に押し付けられた業務――この現実にはもういない人々の要望を聞いてあげること。

 それが数日ぶりに始まった。


 彼女の言うことを確認しようと文字列を凝視する。

 確かに衣類を変更したログがあった。

 そしてそれが見た目とは異なっている。

 だけどそれは不具合ではない。

 仕様というやつだ。



『連絡ありがとうございます。こちらサポートセンターのアオと申します。早速ですがお問い合わせの件、こちらで調べますので少々お待ちください』



 マニュアル通りに名乗り、応答を進める。

 滅多になくなった仕事とはいえ、この流れは体に染みついて忘れられそうにない。

 怒られているのは自分自身ではないため、何の感情も沸かず仕事をこなすことができる。



『早くしてよ!』



 本当は即答できる案件だったが、それはできないマニュアルだ。

 返事が早いと、低レベルなことで問い合わせしてくるなという意を、向こうが勝手に読み取ってしまう可能性があるという。

 貴方が困っていることは、機械にもすぐには分からない高尚なトラブルなんですよ、という旨を言外に含ませる必要がある。



『お待たせしました。服装変更が見た目に反映されないとのことですが、先に身につけていらっしゃる長靴がドレスと干渉するため、外見に表示されなくなる仕様になっています』

『干渉? どういうこと!』



 画面の中で地団駄を踏む彼女は、噛みつくように言を放つ。



『つまりですね、あのドレスと長靴の組み合わせですと、動かれたときに靴の一部がドレスのスカート部分を突き破ってしまいます。見た目があまりよろしくありませんので、システムで禁止させて頂いております』



 あのゲームのような世界では物理演算も完璧で、靴の装飾の金属片が、他の衣類を突き破るかどうかまでご丁寧に計算している。だから

 風紀上問題がありそうな場合は、最初から禁止項目に指定されているのだ。



『そんなこと急に言われても困るんだけど! どうにかならない? 写真を撮るだけだから! 動かないから問題ないよね?』



 できない理由を説明しても、女性は食い下がる。

 当然だ。彼女がわざわざ問い合わせてきたのは、理屈を知りたいからじゃない。

 自己の要望を押し通したいからだ。



『少しだけの時間でしたなら、それらの衣装の組み合わせ制限を解除することも可能です。ですが特別対応となりますので、何か問題が起きましてもこちらで責任をとることはできません。よろしいですか?』

『それでいいから、早く! 早くして! 撮影始まっちゃうし!』



 返事は予想できていたので、彼女の個人データの禁忌項目をすでに表示させておいた。

 そこから指を動かし、衣類の制限を一時的に緩和してやる。



『あんた、全自動のAIなんでしょ? 遅いのよ!』



 こんなクレーム処理なんて雑務をわざわざやっている理由――確かな知性が、今もなお地球に残って全人類を見守っていると思わせるため。

 そのためには貧弱な人間ではなく人工知能を装ったほうが都合がいい。

 どうせ体の大部分は人工物なのだ。

 大差はない。



『対応いたしました。くれぐれもご注意して頂きますようお願いいたします。そして次回からは内部のサポートに連絡されることをお勧めいたします。そちらの方がより早く対応できるかと存じます』



 自分の冷えた音声をマイクに拾わせても、返事はない。

 通話が切れたことを知らせるメッセージが表示されるだけだった。

 それをどこか救いに感じるところもあった。先ほどのマニュアル文にある、こちらではなく内部のスタッフに連絡しろという文言はあまり好きではない。

 自分の存在を否定するようなことを相手に聞かれたくはないのだ。

 それでも理解はしている。あの世界でも警察や司法の組織が立ち上がり、自己完結できるようサポート体制の構築を進めているのだから、いつまでもこちらに頼るのは良くないことだ。


 また無音になった世界で、一人息を吐く。

 眼前のディスプレイに霜が降る。

 しまったという独り言と画面を磨く音が、イヤーマフをノックする。


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