耐えたからこそ得た力
浴衣の創造主の意のままにによって体の構造までもが浴衣の思い通りとなった京の体は無惨に破壊されていく。
それを何度も繰り返す京の体調は次第に悪くなっていた。
「……はぁ、はぁ」
突然息を切らし始めた京を見て、浴衣と琴音は勿論だが京の後ろに居た愛花とナギサは困惑していた。
それは浴衣に何度も殺され、地獄戻りによって生き返る事に成功していた京だったが、何度も繰り返した事によって京の精神が壊れ始めていた。
浴衣、琴音、愛花の三人は京のその襲撃な変化に戸惑い続けていたが、ナギサだけは違った。
「京!これ以上繰り返さないで」
「……黙ってろ。勝てないなら、この賭けに出るまでだ」
「精神が保てないとー」
「分かってる。俺を信用しろ!」
ナギサの言葉を際切ったその京の一言にナギサはそれ以上の事を言う事はなかった。ナギサはここにいる誰よりも京に期待をしており、何よりも信頼していたからこそ、ナギサはこれ以上の言葉を発する事は無い。
「……さっさと、来いよ」
ふらつく京は浴衣へ挑発をする。
浴衣からしたら、そんな京からの挑発に乗るわけも無い。
浴衣は冷静に両手に握り締められた雷の様な黒いオーラを京の体へと伸ばしていく。
雷の様な黒いオーラは京の体に触れた瞬間に浴衣によっていつでも体の構造を変える事が出来るものの、浴衣は直ぐに行動に移そうとはしなかった。
浴衣は少しずつ京の体を引き裂いていく。それはナギサが告げた精神と言う言葉から精神的にダメージを与えた方が良いと確信は無いが、浴衣はその様な攻撃へと変化させた攻撃を行うように心掛けた。
その攻撃に京は戸惑う。地獄戻りによって死んでは生き返るを繰り返していた京の死亡原因は浴衣によるものだが、その攻撃は一度も変化する事無く、続いていた為京にも心の準備が出来ていたが、浴衣によって攻撃の手順が変更した事によって京は大きく取り乱す。
「……やっぱり、こういった攻撃の方が効くみたいだね」
浴衣は確信を持てなかった攻撃方法だったが、京のその様子からこの攻撃方法が確実に京を倒す為のダメージを与えられる方法だと浴衣は確実する。
「……どうした?」
「やっぱり、変!防御やカウンターをするわけでも無いのに挑発して死のうとする。貴方のその力は特殊な限定条件があるみたいだね」
「だから、どうした?」
京は焦っていた。地獄戻りは死が確定してから一分~五分間の間で生き返る事が出来る能力である。
京の体は現在、浴衣によって少しずつ体の一部が切り裂かれていた。
この状態から一分が経過すれば、生き返っても体が切り裂かれていた状態になる可能性があるからだ。しかし、一分前に死ぬ事に成功すれば、一分前の状態である浴衣に体を切り裂かれる前の状態で生き返る事も出来る。
つまり、現在の京には時間が無い。
京の黒いオーラでは京の体を傷つける事は出来ても、死ぬ事は無いだろう。
その為、京は地獄戻りの能力の為に持ち歩いている小型のナイフを取り出す。
「そんなナイフごときで私を倒せると思ってるの?」
「お前を倒すために出したナイフじゃねぇよ。これは俺が死ぬ為に取り出したナイフだ!」
京はなんの躊躇いもなく右手に持つ小型のナイフを心臓へと突き刺す。
「……まさか、自殺とはね」
浴衣一人で事足りる戦いの為、浴衣の背後でその戦闘を見ていた琴音は呆気ない勝負の終わりにつまらなそうにその言葉を吐き捨てた。
しかし、浴衣だけは違った。
「やられた。自分で死ぬ方法を確保していたなんて……嫌、死ぬ事がキーとなる能力保持者なら持っていて当然だよね」
京の能力について全てを理解している訳では無いものの、京とナギサのやり取りからなんと無くではあるが把握していた浴衣は京が死んだこの状況でなにが起きるのか目を凝らして京を見つめる。
「なにしてるの?残りは私がやる?」
「まだだよ。琴音ちゃん!」
「えっ?」
「あの男の人は多分死ぬ事によってなんらかの効果のある能力を発動するんだと思う」
「……それなら、突然ナイフを突き刺した理由としては頷けるけど……仲間がそれを知らない訳?」
琴音は心臓にナイフが刺さったまま倒れる京を眺める。
倒れる京には愛花が泣き崩れながら、寄り添っていた。
「……浴衣の言う事が当たってるなら、彼女があそこまで取り乱すかしら?」
「……たしかに魔法固定砲台の女の子はそうだけど……ナギサは冷静。冷静過ぎると思う」
「ナギサ?」
琴音は浴衣の言うナギサを見つめる。
確かにナギサのその様子は冷静に過ぎる位だ。
子供であるナギサが人の死を受け止めきれずのその態度の可能性は無いだろう。神の頭脳の神能力者であるナギサはこの世の全ての事柄について全て知識として把握しており、考えただけでその答えを導き出す事が出来る以外にも、周りや相手の思考、行動等を計算すれば少し先の未来を計算出来るとまで言われる。そんなナギサがこれほどまでに冷静だと、妙な考えがあるのではないのかと言う発想に至った琴音は一つだけ気がかりな事を浴衣へ尋ねる。
「待って、ナギサが取り乱す事無く、冷静なままなのはこの勝負に勝機を見出だしているの?」
「分からないけど、少なくともあの男の事は信頼しているんだと思う……多分」
ナイフが刺さったままの京の死が確定すると同時に地獄戻りが発動する。
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京の意志が戻ると京は直ぐ様己の体を確認する。
京の体には傷一つ無く、京は安堵の笑みを溢す。
地獄戻りによって生き返る事に成功した京は浴衣の雷の様な黒いオーラによって引き裂かれた前に戻れた事に安心すると共にどれぐらい前に戻ったのか確認するため、前方に居る浴衣を見つめる。
浴衣は両手からは雷の様な黒いオーラが絶え間なく放出されていた。
どれぐらい前に戻ったかはしっかりと把握出来ていなかった京だったが、地獄戻りの能力は一分~五分前までの間の為、直ぐに京の体を切り裂いた攻撃が来る事は分かる。しかし、浴衣の攻撃は京の体を痛め付ける様な攻撃の仕方の為、このまま行けばまた浴衣の攻撃によって体が切り裂かれる事は確実だ。その為には、さっきとは別の行動を取ればさっきとは違った未来になる可能性もある。
しかし、それは確実とは言えない。
そんな京の頭には地獄戻りを利用して過去へと地道に戻る手段が頭に過る。
地獄帰りは死が確定すると一分~五分前に戻る能力を利用して生き返っては、自ら命を絶つ事で少しずつではあるが過去へと戻る事が出来る。しかし、精神的にダメージを受ける為に連続で死ぬと上手く能力が発動しなくなる危険性もある事から京は中々、踏み切る事が出来ずにいた。
そんな中、浴衣は雷の様な黒いオーラを京の元へと伸ばしていく。
京がそれに気づいたのは目の前まで接近した時だった。
京は反射的に避けようとしたが、浴衣の両手から真っ直ぐ伸びる雷の様な黒いオーラを避ける事が出来ずにその黒いオーラは京の体へと接触していく。
このまま行けばさっきと同様に京の体が切り裂かれるのは分かりきっている事だった。その為、京は直ぐ様小型のナイフを心臓へと突き刺す。
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小型のナイフが京の心臓を貫いた事によって、京の死が確定すると地獄戻りが発動する。
地獄を経由して生き返る京だが、地獄での出来事の記憶は曖昧でうっすらとしたものだった。
その為、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天界道のどれを経由しているかは分からなかった。唯一言えるのは人間道だけは違うと言う事だけだ。人間道はナギサを守る為、京がナギサと出会った人間界に戻りたいと強く願った為に何度も繰り返し、人間道の力を全て得た京は地獄戻りによって人間道に行くことはもう出来ないからだ。
残りの五つの可能性がある中、京は終わりの見えない絶望と苦しみの中でも背後に居る四人を守る事だけを考え、生と死を繰り返していた。
そんな京に変化が起きたのは、京の精神状態が崩壊寸前の時だった。
京自身はその変化に戸惑いながらも人間道の力を得た時と同じ感覚に笑みを溢す。
京の体は重さを感じない程、軽く感じ、今まで殺された事によって精神的に受けてきたダメージも徐々に緩和されていく事に気がつく。
「悪いがこの勝負、俺が勝たせて貰う」
京の軽くなった体から溢れる力を全て解き放つ。
京の両手からは黒いオーラが渦を巻きながら勢い良く、放出を続け、京の背からは白く輝く翼が出現する。
「白い……翼?」
浴衣は突然たして京の背から生えた白い翼に動揺する。
黒いオーラを放ち、白い翼を生やす京は別属性の力を同時に発動している事を意味していた。
「力を隠していたみたいね。それにしても、別属性の力を同時に使うなんて珍しい相手とは久しぶりに戦うよ。前回の戦いでは能力向上が出来る能力者で能力向上前と能力向上後の二人の能力を使用する事で別属性の力を同時に使っていたよ」
「そうか。俺の能力も能力向上している。確かに二つ同時に使用しているが、この黒いオーラとこの白い翼は一つの能力によるものだ」
「……そう。でも、そんなのは関係無い。私の創造主の意のままにさえあれば、触れたものを全て書き換える事が出来る。貴方がどれだけの能力を持とうが、書き換えてしまえば全てが無意味」
「下らねぇ。さっさと来いよ」
「口で言って駄目なら、体に直接刻んであげる」
浴衣は両手から伸びている雷の様な黒いオーラを京へ向け、伸ばしていく。
伸びてくる雷の様な黒いオーラを京は避ける事無く、両手に渦を巻きながら蠢いている黒いオーラを竜巻の様にはげしく回転させると、浴衣の雷の様な黒いオーラへぶつけていく。
二人の黒いオーラがぶつかり合うと浴衣は創造主の意のままにの異能によって京の黒いオーラを書き換えてる。黒いオーラは有るものから無いものへと変換された事によって一瞬に消えていく。
京の黒いオーラを消し去った浴衣の雷の様な黒いオーラは京の体へと向かっていく。
その瞬間、京の背から生える白い翼を羽ばたかせる。




