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恋愛小説まとめ

親友が女体化したときのススメ 解決編

作者: 白緑

 

「どういう訳か分からんのだけど、女になった」


 友人の言葉に、御代みしろはどう反応していいか分からなかった。

 疑おうにも、目の前で証拠を見せられてしまっては仕方がない。

 友人は珍妙な表情で、自分の身体を眺めている。

 結局、御代の口からこぼれたのは、ありきたりな言葉だった。


「マジで?」

「これがドッキリじゃないんだ」

「……マジ、かよ……」

「え? なんでそんなにがっかりしてんの?」


 友人の貴重な女体化シーンだぞ!

 なんか言ってる友人に、言ってやりたかった。

 ああ、悲しい。さよなら、俺の初恋よ。




 御代を部屋に呼んだのは、高校の友人、速水はやみ すいだ。

 下の名前は今後出てこないので、覚えなくていい。


 昨日、速水が学校を休んだので、御代は心配して連絡を取った。

 メッセージアプリケーション、Barでだ。

 すると、速水にしては珍しくすぐに返信が付いて、こう書かれていたのだ。


『明日、暇ならオレの家に来てほしい』


 奇妙な頼み方をするものだ、と思った。

 遊びたいならもっと別の言いかたをするだろうし、そもそも小学生ならいざ知らず、高校生になってまで家に呼び出しするだろうか?

 だが何故か、問い詰めるのはためらわれて、今日ここにいる。

 御代はなんとかショックから立ち直って、速水と向き合っていた。


「なんで女になったんだ?」

「それが分からないから困ってるんだ」

「んー、たいていは神社とかお寺でやらかしてるパターン」

「神社なんて、元旦ぐらいしか行かねーよ」


 寺なんか論外だろ。行ってどうする。

 そう続けた速水に御代は同意した。

 今は十月。

 神社やお寺なんて、祭りがない限り行かないだろう。


「まあいいや。ここは親友の俺が華麗に解決してやろう」

「親友かどうかは置いとくとして、さ」


 速水は真剣な顔で御代に言う。


「御代なら詳しいだろ?」

「ん? ああ」

「たくさん持ってるエロ本から解決策を探してきてくれよ」


 御代は、速水に分からないように歯を食いしばった。

 こんなところで弊害が出るなんて。

 いまさら嘘だなんて言えないし、速水のことは好きだ。

 こんなキラキラ期待した目を向けられて、うんと言わない俺がいるだろうか。いや、いない。

 カモフラージュにカモフラージュを重ねて、御代は薄く笑う。


「いいぜ。明日までに結論を出してやる」

「おお、心強いな。さすが御代だ」


 帰り支度を始めた御代に、速水は言う。

 そこまで買われているのなら、なお応えられるよう、張り切らなけらば。

 並みならぬやる気を抑えて、御代は問う。


「そういえば、親は知ってるのか?」

「ああ、そのことか……」


 速水はちょっと困った顔をした。

 頭をガリガリとかいている。

 自分がその身になったら、親に話すだろうか?

 御代が考えていると、御代が重い口を開いた。


「母さんは受け入れてくれた。ただ、親父がな……」

「話したのか」

「まあな、隠せるような状況じゃなかったし」

「ふーん、それで親父さんはなんて?」

「なんてっていうか、認めたくない?みたいな」


 速水は複雑な顔をしている。

 望んで女になった訳でもないのに、否定されるのも妙なものだ。

 一方で、男親の気持ちも分からなくもない。

 息子が急に女の身体になったのだ。

 直視できなくても不思議はない。


「そうか……早く解決するといいな」

「おまえが解決してくれるんじゃないのか」

「ああ、そうだった」


 御代はわざとらしく言い返すと、速水の部屋を出た。




 翌日。

 御代は昨日と同じように速水の部屋を訪れていた。


「どうだった?」

「俺の少ない蔵書から導き出された答えは……」

「おまえで少なかったら、オレはどうなるんだよ」

「謙遜の表現だぜ?」

「誰にへりくだってんだよ」


 ちょうど、高校の授業で謙譲語をやったところだった。

 割と記憶力のいい速水は覚えていたようで、自慢げに鼻を鳴らしている。


「俺の調査によると、八割が治さない、だった」

「……は?」

「だから、性転換する、で容赦なく襲って、めでたしめでたしってエンド」

「なんにもめでたくない!」


 声を荒げる速水を、御代はなだめる。

 今のはちょっとした演出だ。

 ちゃんと解決策は考えてある。


「残り二割で一番多かったのが、神頼みだ」

「オレ、神社には行ってねーって」

「違う。呪いをかけた本人に解いてもらうんじゃなくて、縁もゆかりもない力の強い神さまに、なんとかしてもらうんだ」

「……どんな神さまなら、治してくれると思う?」

「安心しろ。この件については、俺に伝手がある」


 御代は自信たっぷりに言った。

 まだ胡散臭そうにしている速水に、スマホの画面を見せる。

 昨日、ちょっと遠出をして集めてきた資料だ。


「これ、昔の本か?」

「そうそう。うちの神社に置いてあったんだ」

「神社? おまえの家って普通の会社員じゃないのかよ?」

「じいちゃんが神社の宮司をしてるだけだよ」

「へえ。初めて知ったぜ」


 速水に感心されながら、御代は昨日の出来事を思い出していた。




 速水宅を出たあと、御代は家族とともに昼を囲んでいた。

 ついでに言うと、御代の下の名前は、さとしである。


「智、今日は朝早くからどこに行ってたんだい?」

「速水の家。なんかえらいことになってて」

「速水くんのお部屋に入ったんだ。良かったね」


 御代の父はおっとりと笑う。

 普通でない価値観を持つ御代の両親も、また普通ではない。

 御代の思いを、二人は既に知っている。


「いや、父さん、素直には喜べない状況が待っていてさ」

「全然話が見えないよ。智、はっきりいってちょうだい」

「一樹さん、駄目だよ。思春期の男の子はデリケートなんだから」


 夫になだめられて、御代母は頬をふくらませた。

 母の勘がにぶいことは、御代も十分承知している。

 解決の期限が迫っていることも手伝って、御代は速水の姿を話すことにした。


「速水が女の身体になってたんだ」

「え?」

「それは……大変だね」


 いっそう混乱する母を見ながら、御代は考える。

 両親の口は堅い。

 誰彼かまわず話せるような性格もしていない。

 けれど、本当に秘密をばらしてしまってよかったんだろうか?

 速水を治すためという大義名分に隠れて、速水を傷付けてはいないだろうか?

 そういった疑問はすぐに消えることになる。


「性別が変わってしまうお話かあ。確か、一樹さんの実家にそういう伝説がなかったかい? 神に仕える巫子が女性になってしまう話」

「そんなのあったかしら。全然覚えてないよ」

「一樹さんが教えてくれたんじゃないか。ほら、付き合って初めのころ」

「うーん?」


 性別が逆だったら、もっとうまくいったかもしれないって。

 昔の話で盛り上がる両親を横目に、御代はご飯をかきこむ。

 有力な情報を、もっと確定させるために。


「ごちそうさまでした」

「もう行くのかい」

「ん。じいちゃんにちょっと聞いてみようと思って」

「神社はすぐそこだけど、気を付けて行っておいで」


 御代の祖父がいる神社は、5分ぐらいで着く近場だ。

 御代は手早く準備をすると、外に出た。

 十月の空気はまだ暖かかった。

 お昼時というのもあって、人通りは少ない。

 すぐに裏山を背負った神社が見えた。


「じいちゃん、いる?」


 いつもの部屋を訪れると、祖父はなにか仕事をしていた。

 祖父のピンとした背中に問いかける。


「資料室使いたいんだけど、いい?」

「智か。また学校の調べものか?」

「いつの話をしてるんだよ。それ、小学生のころだぜ」

「そうだったか? はて、すっかり大きくなったな」


 祖父と話すのは好きだが、いまは時間がない。

 コミュニケーションもそこそこに、本題を切り出す。


「父さんから聞いたんだけど、男が性転換しちゃう伝説があるんだって?」

「そんな伝説あったかのう」

「え、じゃあいいや。別のとこ探す」

「待て。一樹が調べていた日記のことかもしれん」


 祖父は筆を置くと、御代を見た。

 真剣なまなざしを向けられても、御代はたじろがなかった。

 大切な人を救うために、ここに来ている。

 目を逸らすなんて、速水に対して失礼だ。


「本気のようだな。ここで待っておれ。持ってこよう」

「じいちゃん、ありがとう」

「お礼は解決してからで十分じゃ。できればその相手も同伴でな」


 御代は頷く。

 今年の元旦は、速水と一緒に来てもいいかもしれない。

 考えながら待っていると、祖父が古い本を持ってやって来た。

 さて、ここに何か書いてあればいいのだが。


「これは200年ほど前に書かれた日記じゃよ」

「え、俺、読めるかな」

「安心しろ。これは一樹が作った写本じゃ。現代仮名遣いで書かれておる」

「なんだ。それなら安心だ」


 紅蘭ノ日記。

 そう書かれた表紙をめくると、目次があった。

 母の字でメモ書きが残されている。


 ここ、このあたり。


 目的の文章はずいぶん、真ん中あたりに記述されているようだ。

 ページをめくると、いくつかの写真が目に入った。

 この日記の書き手はいくらか絵の心得があったらしい。

 母は絵心皆無なので、それをカメラで残しておいたのだろう。


「そして、それをさらにスマホで撮る俺」

「別に持っていっても構わんぞ」

「んー、そっか。じゃあ、全部見てから考えるよ」

「それがいいだろう」


 祖父に許可をもらって、調べものを開始する御代。

 日記はかなり長かったが、すべて読んだ。

 さらに、祖父の力を借りて、その時代の歴史もさらう。


「紅蘭さまはどうも、女性の巫女のようだな」

「紅蘭さんの日記に書かれている二人の男性が、俺と速水に当たる訳か」

「そのお方たちも、呪われた原因は分からなかったようじゃ」

「しかし、ここの神さまが治してくれた、と。なるほどね」


 解決策を見つけた御代。

 その日はもう遅かったので、祖父の家で寝泊まりして。

 それで、いま速水の部屋にいるという訳だ。


「巫女さんの日記には、呪いをかけられた男の巫子さんが、側近の男の力を借りて神に祈ったところ、治ったと書かれていたんだ」

「なんか、都合良すぎじゃね?」

「うちの神さまは、男でも女でもあるらしいから」

「なんだそれ」

「知らん。けど、ほかの神社より実績はあるぜ」


 一個だけだけど。

 続けた御代に対し、速水はなにか迷っているようだ。

 今週は月曜日まで休みだから、まだ悩む時間はある。

 御代は首を傾げた。


「それってさ……」

「うん?」

「外に出なきゃいけないよな?」

「あっ。そうか……確かにその通りだ」


 速水は、顔や背丈は変わらず、声や身体だけが変わっている状況だ。

 家は住宅地のなかにあり、近所付き合いもかなりやっている。

 元の速水を知っている人が、あちこちにいるのだ。

 速水の母のように、ただ受け入れてくれればいいが、拒絶されたり、言いふらされては困る。

 速水は、それを恐れていた。

 外に出て、自らの身体を見られるのを、嫌がっているのだ。


「ごめん。何も考えてなかった」

「いや、これはオレがなんとかすべき問題なんだろ? 分かってる」


 それぐらい、譲らなきゃ。

 いつまでも引きこもってる訳にはいかないからな。

 寂しそうにつぶやく速水の姿は、御代には耐えられないものだった。

 御代は脳みそをフル回転させる。

 好きな人のためだったら、なんでもできるはずだ。

 俺は、そんな腑抜けだったか?

 自分自身を焚きつける。


「だったら、夜に行くってのはどうだ」

「夜? かえって怪しいんじゃ……」

「肝試しだって言えばいい」

「もう十月だぞ!?」

「男子高校生ならやりかねないだろ? 馬鹿な輩だと思わせればいい」

「けどさ」


 速水がなにか言っているが、割といい案だと思う。

 重ね着すれば、身体の凹凸は隠しやすくなる。

 十月の夜なんて、薄着で出掛けられる気温じゃない。

 ちょうどいいじゃないか。


「なによりロマンがある」

「ロマンっておまえ……友だちの危機にのんきだな」

「深夜の学校も捨てがたいが、深夜の神社もいいぞ」

「はあ。分かったよ」


 このとき、御代が弾き出した方法は、奇しくもご先祖が出したものと同じだった。

 なにより、ロマンを片手に相手を納得させたところまで、そっくり。

 しかし、御代は知る由もなかった。

 何故ならば、日記にはそのことは書かれていなかったからである。




 親の許可をとって、速水は夜8時に玄関に立っていた。

 御代が来る前から外に出ているのは、ためらわれたからだ。

 御代にはああ言ったが、やはりまだ恐ろしい。

 そういえば、御代は声が変わったこととか、全然からかったりしなかった。

 それどころか、何故かがっかりしていた気がする。


「聞いてみるか」


 御代の考えはよく分からない。

 他人だから当然か。

 そんなことを考えていたら、ドアを叩く音がする。

 ドアの向こう側に立つのは見知ったシルエット。


「インターホン鳴らせば良かったのに」


 速水が玄関の扉を開けながら、御代に言う。


「今鳴らすと、近隣の人に迷惑じゃん?」

「そうか? 別に普通だと思うけど」

「それに、注目が集まるのは嫌だろ」

「ああ、そっか」


 オレに気を遣ってくれたのか。

 速水はそっと御代に感謝する。


「で、どのぐらいかかるんだっけ?」

「おまえの家から俺の家まで5分だから、10分か」

「結構あるなあ」

「いや、近くね?」


 御代的には近いらしい。


「一瞬でワープできれば早いのにな」

「どんな発想だよ。せいぜい自転車だろ」

「オレ、自転車乗れないもん」

「えっ」


 そんなに驚くことだろうか。

 速水はむっとしたが、御代が思っていたのは別のことであった。

 彼は、意外なチャームポイントを発見して、人知れず悶えていたのである。

 なんとか無表情を保った御代。

 しかし、そのポーカーフェイスも寿命が短かった。

 思いもよらぬことを聞かれたからだ。


「御代さあ」

「うん?」

「なんでオレに、ここまで親身になってくれるんだ?」

「……知りたいのか」

「え? うん、まあ」

「じゃあ、無事に呪いがとけたら俺の家に集合な」


 速水は驚いた。

 自分とて、仕方がないとはいえ、御代に部屋を上がらせるのには抵抗があったのだ。

 エロ本はあるし、散らかってるし、何より自分の聖域を荒らされるのが怖かった。

 御代はエロ本マニアだから、なおそういう点が強いだろうと思っていたから、意外だったのだ。


「御代の家、どこにあんの?」

「学校の帰りでもいいけど、まあ、これから通るから覚えとけば?」

「分かった。じゃあ、そんときに教えてくれるって訳だな?」

「ああ。いいぜ」


 御代のちょっとほっとしたような顔。

 そのときは、珍しい表情を見たとしか思わなかったのだが。

 のちに後悔する羽目になるとは、今の速水は露知らない。


 そのあとは他愛もない話をしただけで、神社に着いた。

 街灯なんてある訳もなく、寒々しい風の吹き抜けるこの場所は、なんとも物悲しい雰囲気に包まれている。


「オレ、ここで肝試しだけは絶対いやだな」

「そんなことしてみろ。俺がじいちゃんにしこたま怒られるわ」

「じいちゃんって、もしかしてめっちゃ厳しい?」

「ルールを守らないと怖いよ」


 そんな御代の祖父だが、彼は建物の入り口で待っていた。

 眼光は柔らかく、速水は想像したのとは違うな、と思った。


「あれ? じいちゃん寝てるんじゃ……」

「智の友だちが見たくてな。君が速水くんだね」

「あ、はい。こん……ばんは」

「おまえ、こんにちはって言いかけただろ」

「ほっとけ」


 だいたいの事情を察したのか、祖父はなにも言わないでくれた。

 御代に部屋のカギを託すと、帰っていく。

 御代はちょっとの間見送って、速水を伴い神社の奥へ足を踏み入れた。


「こっちの部屋って入ったことある?」

「ガキのときに何度も入ったぜ。神さまの声は聞いたことないけど」

「ふ、ふーん」


 速水は震える声を隠す。

 寒かったからではなく、こういう静かな場に慣れていないからだ。

 子どもの頃から遊び場だった御代は、さっぱり分かっていないようだが、速水に取って神社とは、お祭りか受験のお願いでしか行かない場所。

 まったく耐性がない、と言っていい。

 速水はドキドキしながら、廊下を歩く。


「あった。ここだ」


 御代の足が途中で止まった。

 御代は無造作にカギを開ける。

 さらに、障子を開けてずかずかと上がりこんだので、速水はもう、びっくりだ。


「おまえが呪いにかかりそうだよ」

「は? なんで?」

「仮にも神さまの部屋なんだから、少しは気を遣えって」

「……そのような気遣いは不要だと、昔神さまに言われてな」

「さっき、声なんか聞いたことがないって言ってただろ」

「やべっ」


 堂々と嘘をつくのはどうかと思う。

 倫理的にも、神の前的な意味でもだ。

 御代と速水はふざけながら部屋に入り、真ん中あたりに座った。


「ここでいいのか?」

「俺たちしかいないからな。略式でいいだろ」


 それから、二人で目をつむって……。

 しばらく黙った。

 静かな夜に、静かな部屋で、静かに祈る。

 御代は、ついでに速水との仲も祈ろうとして、やめた。

 こういうのは自分で為さなければ、後も続かないのだ。

 御代は身体をひねって、速水を見た。

 視線が合う。

 どうやら、向こうもお願いタイムは終了していたようだ。


「じゃあ、長居するのも悪いし、出るかな」

「うん。神さま、お邪魔しました」


 さすがの神さまも、すぐに呪いを解いてくれる訳ではないらしい。

 速水の身体はまだ女性のままだ。

 がっかりしていないと言えば、嘘になるが仕方がない。

 神とて万能ではないし、突然の訪問だ。

 身内ではない者の呪いは解けないのかもしれない。

 駄目で元々だったんだから、がっかりするのはおかしいか。

 速水がそんなことを考えていると、御代が心配そうに覗き込んできた。


「不安なら添い寝してやろうか?」

「勘弁願います」

「ちっ」


 御代にとっては、かなりガチの舌打ちである。

 それでも、速水が少し元気になったのでよしとする。

 御代は、神社の下の建物で休んでいた祖父にカギを返し、帰路に着く。

 速水を無事に家まで送り届けたその翌日。

 メッセージアプリケーションのBarに着信が来ていた。


「速水か。どうした?」

「迷ったー。御代ん家どこー?」

「……ほう」


 スマホから聞こえる声は、完全に男性のものだ。

 昨日の夜の約束を守って、御代宅まで来ようとしたらしい。

 御代は、地図アプリのスクショを撮って寄こすように命じ、自分は家を出る。

 幸い、迷っていた速水はすぐそこにいて。


「ああ、この家だったのか」

「おまえなー。表札を見ろよ」

「御代って苗字珍しいもんな」


 そう話す速水の格好は軽装。

 速水の胸がぺったんこになっていることに、御代は安堵した。

 無事、神さまは二人分の願いを聞き届けてくれたようだ。


「ちょうどいい。伝説の話は覚えているよな?」

「ああ。巫女さんの日記だろ?」

「母さんが仮名遣いを直した写本があるから読んでみろ」

「おまえのお母さん、すげえな」


 無邪気に褒める速水のなんと尊いことか。

 御代は事を早急に進めたいのを我慢して、速水を部屋に上げた。

 昔、吐いた嘘がバレてしまうが、もういいだろう。

 そのことだって、今日明らかにしてしまうつもりだし。


「なんか、御代の部屋やけにきれいだな。さては隠したな!」


 何を隠したと思っているのか。


「昔からこうだが」

「え?」

「実は、俺はエロ本を一冊も持ってないんだ」

「なんで!?」

「それも、昨日の疑問も、すべてこの本を読めば分かるぞ」


 御代は背中に隠していた、母の写本を取り出す。

 最初から読むと長いので、途中の呪い編から読めるように、ふせんを張っておいた。


「厚くね?」

「前半と後半は違うこと書いてあるから、真ん中だけ読むのだ」

「ふーん」


 御代の言うことを素直に聞いて、速水は本を読み始める。

 文字が大きいので、見た目ほど時間はかからないはずだ。

 その証拠に、5分後、速水はやや引いた目で御代を見た。

 とうとう、そのときが来てしまったようだ。


「ま、まさか……おまえもそうなのか?」

「そのまさかだ」

「どのまさかだよ!」

「俺が男の速水を好きなことだろ?」

「みなまで言うなよ!」


 巫女さまの日記には、二人の男の生涯が事細かに書かれている。

 それは、男たちが親しくなるきっかけとなった呪い編から、その後の生活・関係まで、それはもう、詳細に書かれているのだ。

 ありていに言ってしまうと、セックスの描写まである。

 次の日に巫女さんが、巫子さんに怒られたというエピソード付きだ。


「という訳で」

「なにがだ!」

「俺はこのようにアクロバティックには動けませんが」


 スマホで、最後の挿絵を見せる御代。

 そこには着物姿で、いまにも飛びかからんとする男の絵があった。

 奥には、速水そっくりの表情で驚く神職の男。


「速水、俺だー! 付き合ってくれー!」

「マジかよ!?」




「ところで、エロ本がないなら、どうやって八割とか調べたんだよ?」

「八割?」

「あのほら、ヤって終了エンドが八割って言ってたじゃん」

「あれか。ネットで立ち読みした。比率は適当だ」

「おい」


2018.12.23 誤字修正


活動報告にあとがき的な裏話あり。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/273207/blogkey/2217224/

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