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第78話 『父と子と』

 ロザリーとブラッド。互いに不器用な親子は、剣を交える事により言葉とする。

 模擬戦と言えば聞こえは良いが、それはどこか我が子を千尋の谷へと突き落とす獅子のような厳しさを伴った。


「行くぜ、ロザリー」


 まずは挨拶代わりの一撃。上段からの振り下ろしが襲いかかる。

 ギャリギャリという金属音。ロザリーは両の手で剣を構え、まともに受けないようそれをいなした。受けた手がしばらく使い物にならなくなる為である。


「まずまずの反応速度だ。というより、今のは俺が(ぬる)かったか」

「兜割り……ギュスターの得意技ね。父さん、どうしてそれを?」


 甘いと分かってはいるが、実の娘相手にそうそう本気は出せない。ブラッドはまず、ロザリーの知る者達、中でも彼女に大きな影響を与えた者の実力を模し、彼女の今の実力を測ろうとした。


「親父の剣は俺の中にも生きている。さあ、この頑固親父のバカ正直な攻め。裁いて見せろ!」


 逆十字団長ギュスターの、死角から迫る重い剣。それは往年の彼を知るブラッドだからこそ再現できる攻めである。


「嘘……まるで、ギュスターがいるみたい」

「俺なりの弔いだ。久しぶりにお前とやりたいだろうと思ってな」

「ええ、望むところよ!」


 ロザリーの顔から、やや緊張の色が解けた。いつも全力でぶつかっても倒れない、タフな祖父の姿。彼に稽古をつけてもらう時は、思春期特有の悩みすらも一緒にぶつけていた事を思い出す。


「おっと、容赦ねえな。お前、相当あの親父に鬱憤がたまってたんだな」

「当たり前よ、いつも好き勝手して、勝手にいなくなって……」


 彼はまだ幼いロザリーの剣を避ける事もなく、常に鎧に受けてくれた。そんな孫娘のような苛立ちをも、全て受け止めてくれていたのだ。しかし鎧のないブラッドはそれを受ける訳にもいかず、剣にて裁いた。


「だいたい分かった、今のお前は親父の全盛期より強い。流石に分が悪いぜ」

「そんな事はないわ。ギュスターの強さは、剣だけの強さではないから……」

「ふっ……そのセリフ、本人に聞かせてやりたいもんだ」


 ブラッドは娘の成長を実感し、隠しきれない笑みを浮かべる。そしてとりあえずの小手調べは済んだと、その大剣を背にしまった。


「よし、じゃあこいつはどうだ。お前には少し、酷かもしれんが」


 となれば次は大体予想できる。逆十字副団長、キルの太刀筋である。

 ブラッドはどこからかくすねていた長剣を振り抜き、縦横無尽にロザリーへと突き入れた。


「キルには一度も勝てた事はない……でもっ!」

「ふむ、迷いのない目だ」


 憧れのキルを思い出し、ここでわんわん泣くようなら稽古もやめにした所である。だがむしろ、ロザリーの剣閃はこちらの速度に追いつこうと貪欲な攻めを見せた。


「ふっ、はあっ!」

「こいつ、視えるのか……?」


 次に来るであろう場所にかち合うように、ロザリーの刃はこちらに追随する。その剣は彼女の為に鍛造した、重量級の業物であるにも関わらず。


「やはり、俺がキルの真似ごとは無理があるか。俺が言うのも何だが、あいつは百年に一人の天才だからな」

「ええ、父さんじゃまだクレバーさに欠けるわ。キルはもっと嫌らしい動きをするもの」

「おいおい、これは本人には聞かせられんな」


 だが、自身の再現性を抜きにしても、これはもしかすると本人にすら一太刀浴びせる事も不可能ではないかもしれない。今の彼女には、そう思わせる力がある。いや、それこそが異能か。もはやマギアと一体となったロザリーは、いつか戦った司徒バルホークにすらも通用するのではないか……。そんな親としての欲が、ブラッドの闘志に火を付けた。


「え……? 動きが変わった!?」

「これは俺に一度、土を付けた奴の剣だ。再現はちょっと難しいが……」

「うそ、父さんに……?」


 虚を突いて迫り来る剣突。まるでこちらに合わせようなどと考えない、何かを断ずるような剣。ロザリーは初めて困惑した。考えるよりも先に動くかのような相手の剣に、感応のマギアは通じない。


「うっ、く!」

「どうした! こいつもお前と同じ、異能を使う相手だ! ならば、頼りになるものはもはやお前の地力のみだろう!」

「う、あっ……」


 ロザリーはついにその猛攻を裁ききれず、自ら距離を置いた。


「はあ、はあ……」

「ふむ」


 それすらも攻め入る事は容易であったが、ブラッドはそこで長剣を収め、自身の大剣へと再び持ち替えた。


「なるほど。お前では、司徒にはまだ勝てんか」

「司徒、ですって……?」


 ロザリーの目の色が変わった。その言葉には、彼女にとって特別な意味がある。


「今のは、司徒バルホークの剣だ。奴もまた一握りの天才。だが運悪く俺と戦っちまった事で、おそらくまた勘を掴んだはずだ。お前らの持つ、マギアって奴のな」

「そんな、これにマギアが加わるっていう事……?」

「お前はそれでも、踏み入るのか? 本来戦いというものは男の領域だ。だが女であるお前達は、マギアを有して同じ土俵に立った。しかし、奴らは自らもその力を手にする事で、全てを振り出しに戻した。つまり俺たちレジェンドには女神の加護があるが、もう最強とも言い切れんだろう。時代は、変わっちまったんだ……」


 珍しく弱気な父を見た。飽くなき強さへの執念。それはやはり、絶対的に若さと比例する。日に日に老いる彼らでは、世界を守るという大言もどこか(うそぶ)いたものとなるのだ。


「待ってよ、父さんがそんなじゃ、私たちなんて……」

「皆の手前、お前を戦地に送るなんて言ったが……情けねえ。俺は、やはり恐れているんだ……。妻を失い、お前まで失っちまう事を……」

「父さん……」


 言葉が出なかった。初めて聞いた、父の本音。この稽古に誘った真意は、もしかしたら戦う事を辞め、剣を捨てて欲しいと願う父なりの優しさだったのかもしれない。


「母さんは、強いな……。それに比べ、俺は駄目だ……」

「どうしたのよ急に! 父さんらしくないわ!」

「あいつは……お前達を遺す、ただそれだけを考えていた。そして、力など持ち合わせてもいない癖に、戦いに出向き、子供達の盾となった」

「どうして、それを……」


 それは、あの時巨人と戦っていた彼には知り得ない事のはず。あまりに凄惨な、血みどろの記憶。


「言っただろ。俺を拾った救済の聖母団……奴らが母さんの遺体を回収した。それは不思議と腐敗もせずに、美しい姿のまま、今もある場所で眠っている」

「そんなっ……母さんが……?」

「お前は見たんじゃないのか? 母さんの最後を。母さんは、立派だったか?」

「それは……」


 ブラッドは目を閉じ、答えなくていいと首を振って制した。


「だが俺は、母さんのようにそんな崇高な事考えちゃいない。俺を駆り立てるのは、憎しみだけだ。母さんの首には、ぶった切られたような傷があった。それをやったのは、あいつだ。あのくたばりぞこないの下衆野郎……ジューダス!!」

「……っ!!」


 おぼろげな記憶がよみがえる。確かあの時、自分が大怪我し、奴に見初められたパメラが身代わりになってくれた。だがそれだけではない。そこには、それすらも救おうとした母の姿があった。そして奴の凶刃によって全ては終わり、自分は気を失ったのだ。


「思えばずっと、その時の記憶が曖昧だった。私は、こんな大事な事を……」

「すまない、辛い事を思い出させちまって……。だがな、だからこそ、お前にはその覚悟があるのかと問いたかった。俺はまだ力の及ばんお前を、奴らの下へ差し向ける事は出来ん。バカ親と言いたければ言え。俺はそんな大事な時に、側にいてやれなかった大馬鹿野郎だ」


 ブラッドは何とも言いがたい表情で地を見つめた。しかし彼がいなければ、被害はもっと広がっていただろう。ロザリーはそんな父を責める所か、むしろずっと誇らしく思っていたのだ。


「父さん、顔を上げて。私は誰よりも母さんを尊敬している。でも、父さんの事も同じくらいに尊敬しているのよ。私は間違いなく、あなたたちの子供。母の優しさと、父の強さ、そのどちらにも追いつこうと、まっすぐにここまで来られた。今はどうかそれを、誇ってほしいの」

「ロザリー……」

「私も、色々な人を失った。でもその人達の想いは、今もこの胸にある。だから、私は死なない。その想いを果たすまでは」

「ふっ……ますます似てきたな、あいつに」


 思えば、いつも黙って自分についてきてくれた妻。だがその実、いい加減な自分はその尻に敷かれ、時には叱られつつ正しい選択をしてこられた。生きる事において真の意味で決定権を持つのは妻、そして、子供なのかもしれない。


「そうか、今は俺が、試されているんだな……。父親なんて、子を作ったってだけではまだ何もやっちゃいねえ。それを立派に育て上げてこそ、一人前って事か」

「父さん……?」

「ようやく、獅子となる覚悟が出来た。いくぞ、ロザリー。お前の最も忌むべき、そして超えるべき剣だ」


 ブラッドは大剣を背に構え、少し前傾の姿勢を取る。それは今にも我が子へと襲いかかろうとする、猛獣のようですらあった。


「それは、まさかっ!?」

「我ながら虫唾が走るぜ……だが、今は奴になりきってみようじゃないか」


 己を顧みない、暴虐の刃。まさにそれは司徒ジューダスの凶刃である。


「さあ、剣を入れろ! この俺を、お前の手で倒してみろ!」

「うっ、うう……」


 ブラッドの大剣は、ロザリーの首をめがけ横薙ぎする。あの時、自分のせいで油断したキルの首を深くえぐった動きである。


(だめっ……間に合わない!)


 ロザリーはその時、どこからかキルの声を聞いたような気がした。


((――もう一つ後ろです。攻撃の瞬間、奴のリーチは伸びます。一瞬で関節を外し、剣を握る場所をも変えているためです))


「え……」


 半歩、何かが後ろに押し出してくれた。気づけば剣は凄まじい風と共に通り過ぎ、無防備な横腹を眼前に捉える。


「……! そこっ!!」

「ぐっ!」


 ロザリーは一撃を入れた。しかしブラッドはまるで意に介さず、今度は叩き付けるような剣を容赦なく振り下ろした。


((――後ろに飛んで(かわ)せ! 足場ごと取られ、返し刀にやられるぞ!))


 次はギュスターの声だ。ロザリーは言われるままに跳躍した。


「!」


 地面へと激突した剣が、砂埃を舞い上げる。

 その向こうには、ギラついた目でこちらを見据える黒ずくめの男。ロザリーはその一瞬、確かに存在するジューダスの姿を見た。


((――隊長! ロザリー隊長ぉ!!))


 部下達の声までもが聞こえる。この想いは、きっと幻ではない。いつか受け取った、自身のマギアでずっと心の中に閉じ込めていた、生きた彼らの意思。


((――ロザリー。あなたの事は、私が守る。だから、今はあの人の胸に飛び込んであげて。あの、孤独で不器用な、かわいそうな人の胸へと……))


 母、オリビアの声。その時ロザリーは確信した。自分は、懸命に生きた人の想いを、こうして力にする事ができるのだと。


「ええ。みんなの想いを、あの人にぶつける。それが今、私にできるたった一つの答え」


 砂塵の中、黄金の光が生まれ走る。

 ロザリーはその先の、自身にとって最大最強の相手へと向けて剣を構えた。


「超えた、か。ならば、そろそろ俺自身が相手してやらなきゃあな」


 ブラッド最大の奥義、サザン・クロス。その構えは、完全に模倣するほどに何度も見ては、体中の細胞へとたたき込んだものである。

 ロザリーもまた、同じ構えを取った。だが、同じ技をぶつけた所で肉体的にもその練度にも天地ほどの差がある。それを超える何か、そこへ今この一瞬で辿り着かなければ、おそらくやられる。命までは取られない事は確信できるが、そうなれば姫の救出どころか、もう二度と剣を握れなくなるだろう。


(みんな、力を貸して……)


 ロザリーは握り手でない方で、胸に飾る逆十字を握りしめる。


「逆さ、十字……」


 ロザリーに何かが降りた。二人は同時に動き出す。どちらかがきっと、これで何かを失う。それほどに周囲の闘気は膨れ上がり、砂塵すらも吹き飛ばした。


「行くぜ、サザン……」

「……クロス、インバーテッド!!」


 ロザリーはその構えを逆に変え、低空の横薙ぎからそのまま下方へと剣を移動させた。


「なっ……」


 ブラッドが面を食らったその一瞬、ロザリーの天まで届くような斬り上げが先に完成し、まさに逆十字を思わせる衝撃波が彼へと襲いかかった。


(はや)い……! そうか、あの動きならば剣を振り上げる必要がない。その分、先手を取れるという訳か!)


 大地を割る音と共に、重い金属音が響く。技の完成を待たずして、ブラッドはその直撃を受けた。いや、娘の答えを見届けた時点で、彼は技を放つつもりはなかったのだ。


「父さんっ!」


 技の威力か一直線上の地面は抉れ、谷のようになっている。ロザリーは慌ててそれを剣で受け止めたブラッドの下へと駆け寄った。


「……痛えな。ちくしょう、服がボロボロだ。しかし何だ今の技は、十字の交点がちょうど股間辺りに来やがった。……さてはこの技の名前は、男殺しだな」

「そ、そんなつもりじゃ」

「いや、俺なりに褒めたつもりだ。低空からの技の発生による加速も申し分ない。さらにどういう訳か、横薙ぎの両端にウイングレットがついてやがった。あれじゃ空気抵抗も少ないはずだ」

「一瞬でそこまで……私はただ、逆十字の形をイメージしただけで……」

「ふっ……それなら、負けてもしょうがねえな」


 ブラッドは剣を収め、ポリポリとお尻を掻いた。どうやら先程見せた弱気が今になって恥ずかしくなったらしい。


「……敗者に言葉は不要だ。もう何も言うつもりはねえよ。かーっ、つくづく甘い親父だな、自分でも嫌になるぜ」

「父さん……」


 照れ隠しをするように、ブラッドは近くにあった岩場へと腰を掛けた。そして、隣の岩の表面を綺麗に払う。


「少し、話すか。お前もこっちにこい」

「ええ」


 死闘の後に見せた、父本来の優しい顔。だがそれが少し、今は照れくさい。ロザリーはその隣へとちょこんと座った。


「父さん、怪我は大丈夫?」

「ああ、誰かさんが脇腹を思いっきりやってくれたからな。だがこのくらいの傷は日常茶飯事だ。後でアンジェにでも治してもらうさ」

「それだったら、パメラにお願いしようかしら。受けたばかりの傷なら、跡も残らないのよ」

「そいつはいいな。……と言うよりその力、まるでアイツみたいじゃないか。聖なる魔女、パメラに……」

「そう、ね……」


 ロザリーはパメラの事をどう話すべきか考えた。

 今はもう、彼女はただの代わりではない。かけがえのない、私の……。


「父さん、私ね」

「なんだ、改まって。もしかしてアレか? ラインハルトの親父が言ってた、お見合いの席がどうとか……ってお前、とうとう腹をくくったのか!?」

「そうじゃなくて! 付き合う事にしたの。あの子と。……聖女の、パメラと」

「そうか。……ん? 今、何て言った?」

「だから、パメラの事が好きだって言ってるの! 鈍いわね!」


 同性間での恋愛。それは言い出し辛い事だったが、逆に勢いに任せ言ってしまえば、何てこともない事でもあった。だってそれは、嘘をついても仕方のない本当の気持ちだから。


「あ、ああ。そう、だろうなと思っていた。まあ、いいんじゃないのか? 俺に反対する権利はねえし」

「権利があったら、するの?」

「しねえよ。もしキルがいれば、貰ってもらおうとは思っていたが。しかし、あの子の事はもう、いいのか?」

「あの子は、もう……ただね、時々パメラから、あの子を感じるの。もしかしたら、生まれ変わりとかじゃないけど、今は彼女の中にいるんじゃないかって」


 それはロザリーの直感。ずっと自分の側にいたあの雰囲気、空気感、波動、そんなものを、彼女から時折感じるのだ。それはマギアとも違う感覚。魂が感じる、俗に言う第六感というものかもしれない。


「そうか……お前がそう感じるなら、そうなのかもな」

「ええ……でも、ごめんなさい。父さんに、もう子供の顔は見せられない」

「お前……」


 それは誰よりも母に憧れた彼女が、諦めてしまったもの。仲間や名声、色んなものを手にしたように見えて、何よりも欲しかったであろう存在だけには手が届かない。そんな娘に父として掛ける言葉。それは、針の穴に糸を通すほどに繊細なものであろう。


「そうだな……だが、全てを諦める必要なんて、ないんじゃないのか?」

「え……?」

「今は確かに子を産む時ではないだろう。けどよ、戦いが済んだら話は別だ。二人で養子を迎えるなり、その辺はなんとでもなるだろ。血のつながりなんて、きっと超えられる。愛ってやつがあればな」

「父さん……」


 自分の言った台詞に改めて気づき、ブラッドは顔を赤くした。


「……それにだな、俺の血を孫にまで残すのは少し忍びない。魔の血ってのは、争いのない時代には無用のものだ」

「そう、かもしれないわね。私の身体能力が高いのも、きっとこの血のおかげ。次の世代のためにも、私が、終わらせるしかないんだわ」

「まあな、それは今を生きる俺たちがやるしかねえ。倒れちまった奴らの分まで背負ってな」


 先程の死闘の跡を見つめ、ロザリーは散っていった彼らへと思いを馳せた。彼らの遺志は、確かに自分と共にあると。

 そんな全てを背負う横顔に、ブラッドは我が子ながらある種の不憫さを覚えてしまう。軽口の一つでも言わなければ押しつぶされてしまうんじゃないかと、そんな気分になった。


「そもそもあれだ! ここはマレフィカなんて何でもアリな連中がうようよしてる世界なんだぜ。何も子供ができないなんて決めつける必要はないだろ。神様だって鬼じゃねえはずだ。そんくらいの“良いこと”があったって、バチは当たらねえよ。お前達は、それだけの目に遭ってきたんだからよ」

「それは……ふふっ、父さんって、思ったよりロマンチストなのね」

「うるせえよ。こんな世界に生きてれば、嫌でもならあ」


 笑顔が戻った。ブラッドはふうっと一息つき、父としての役割に戻る。


「それよりお前、その後の事は考えているのか? 将来の、夢とか」

「夢? そうね、騎士団に入るとか、料理屋を開くとか、考えた事はあるけど」

「あー、騎士団はやめとけ、あれはしんどい。色んなとこ旅してた方が楽しいしな」

「父さんと一緒にしないで。でも、そうね、いっそ戦いから退(しりぞ)くのもいいかも。じゃあ、やっぱり料理屋かしら」

「まあ、繁盛はするだろうな。お前には言ってなかったが、実は母さんはあれだぞ、賢者ローリエっつうのの子孫だぞ。豊穣や家庭、その他諸々を司る、ありがたい神様らしい」

「……え? えっ!?」


 ロザリーも確かに、自分が文献に残る彼女の肖像画と似ているとは思っていた。しかし本当に直系だとは、まさに青天の霹靂である。


「いくら何でも、言ってない事が多すぎるでしょ!」

「いや、俺、昔は寡黙だったし……。母さんが多弁だったから、なんとなく、な」

「もう……。だったらこの際、全部聞いておくわ。えっと、そうだ! 私の名前、どういう意味で付けたの? やっぱり、ロザリオから?」

「ああ、十字だな。俺の技、サザンクロスが十字を切るから、とか、そんなだった気がする」

「え、適当……」

「まあ、母さんは薔薇の冠という意味合いの方が気に入っていたらしいがな。自分の名オリビア、つまりオリーブの木では平和すぎる。今の時代、少しくらい棘があった方がいいとの事だ」


 なんとも母らしい答えだ。ロザリーは改めてその名前を付けてくれた事を感謝し、胸の奥に大切にしまった。


「じゃあ、俺からも聞かせろ。どう切り出したらいいか悩んでいたが、ありゃ何だ? ここに来る途中に寄ったアルテミスで見た、姫騎士ロザリーって奴は……」

「み、見たの……?」

「見るだろ。街中でポスターを見かけた時は思わず二度見したぜ。しかもあのアルテミスの姫さんと、キ、キスまでしやがって。まさか、それで女を覚えたとか……?」

「あーあー聞きたくない。ティセを仲間にするには、あれに出る事が条件だったのよ。私は好きになった人を好きになるの! 性別は関係ないわ」

「……そ、そうか。母さんも昔、舞台女優をしていたからな、もちろん女にもモテたそうだ。血は争えんという事だな。うんうん」


 少しばかり言い過ぎたようだ。ロザリーはぷくーっと頬を膨らませ、あからさまにふて腐れている。


「お、怒ったか? 年頃の娘は難しくてかなわん。マコトにもよく怒られるし……」

「それは父さんが悪いわ、ズケズケと人のプライベートに踏み込んでくるんだから」

「悪い……。だが、あの鎧騎士の姿、様になってたぞ。ああ、そういえばお前、あんな風に盾は持たんのか? これ以上その体に傷でもついたら……」

「ぷっ、心配してるの? 大丈夫よ、私のスタイルは攻撃を避けてカウンターを入れる事。一撃も食らうつもりはないわ。それに、そんな時はあの子が守ってくれるから」


 ありったけの信頼を寄せる目が、集落の方へと向けられた。そして、どこか熱っぽくもある目だ。


「それにこっちの手は、あの子のために空けてあるの。いつでも、その手を繋いでいられるように」

「お前……」


 まるで映画の台詞のようにそんな事を言ってのける我が娘に、彼女に対する本気を見た気がした。これは、ちょっとやそっと茶化したくらいではどうにもならないだろう。


「分かった。悪かったな、色々と」

「どうしたの? 急に」

「ちょっとばかり、俺も俗だったって事だ。さて、そろそろ準備が出来ただろう。今回はお前が頼りだ。姫さんの救出、どうかやり遂げてくれ」

「ええ、任せて。いつかの約束、私も果たしてみせるわ」

「すまんな。俺は俺でやる事がある。しばらく……いや、また近いうちに会える。その時にでも、俺にまた料理を作ってくれ」


 ロザリーは少し、唇を噛み締めるように頷く。そして、最後に言いあぐねていた望みを告げた。


「あの、父さん。いつか……母さんが眠ってるっていう場所に、私も連れて行って。その時は、良かったらあの子も一緒に」

「ああ、約束する。あいつも喜ぶだろう」


 二人は立ち上がり、集落へと戻る事にした。

 急ぐように先を行く娘の後ろ姿。いつの間に、こんなに大きくなっていたのだろう。

 ふっ、と笑い視線を落とすと、そのお尻には、くっきりと砂の形がついていた。


「なあ……その尻、もう少し隠せないか? こんなに砂もつけて」


 ブラッドは何の気なしにその砂を払ってあげた。ぽよよんと弾むお尻。


「なっ! いきなりどこ触ってるの!」

「ち、違う! 尻に砂がついててだな……!」

「そのくらい自分でやるわよ! そうだ、もう一度稽古してくれる? 今なら完膚なきまでに勝てる自信があるわ……」

「や、やめておこう。父親の威厳もクソもあったもんじゃねえ……」


 集落では、すでに着替えを終えたマコト達が出迎えていた。それにロザリーも合流し、彼女達は欲望の地アルベスタンへと向かう。


「それじゃ、みんな。後はよろしくね。行くわよ、マコト」

「はい、ロザリーさん! それでは、行ってきます!」


 そんな娘達の旅立ちに、つい力を込めていたブラッドの拳を握る、小さな冷たい手。


「お義父さん、大丈夫。ロザリーは強いよ」

「ああ……そうだな、パメラ」


 しかし、そこで待ち受けるものはおそらく……。父として、そして師として、歯噛みしながら娘を見送るブラッドなのであった。


「ロザリー、マコト……どうか、無事でな」


―次回予告―

 囚われの姫。それは誰よりも気高く、美しい戦士だった。

 だがそれも、誰より優しかったがゆえの顛末。

 今日もまた尊き覇道の傍らに、儚い命が横たわる。


 第79話「戦姫」

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