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第73話 『建国記念日』

 悠然と街を練り歩く騎兵隊。騒がしくそれを迎える街の人々。見上げる空には色とりどりの祝砲が打ち上げられる。ここロンデニオンに住む人々にとって、一年を通し待ちに待った日がやって来た。


 今をさかのぼる事9年前。事実上ガーディアナの支配下に置かれた母国フェルミニアからその一部が独立し、この地にロンデニオンという名の自由の旗が立てられた。

 それを指揮したのがボルガード王、当時のフェルミニア騎士団長である。彼の持つ名声やその伝説に人々は縋り、共に魔王と戦った多くのレジェンドもその下に集った。そして彼らとならば、この混沌の時代も乗り越えられると夢見た人々によって、現在の平和で豊かな、世界でも唯一と言っていい自由都市という仕組みが生まれた。

 この国において、自由という言葉が持つ意味は大きい。今日(こんにち)は、腐敗に沈んだ旧勢力との決別を果たした独立記念日。つまり彼らが真の自由を勝ち得た、特別な日なのである。


 各自由都市はそれぞれ、国王に対する感謝と崇敬の念を新たにし、各地で盛大な催しを執り行う。中でもフェルミニアの文化が色濃い自由都市ペティエルでは郷土を偲ぶ音楽が一日中奏でられ、旧クライゼンの移民が多く住むバイエリンでは大ビール祭りが行われ、近東アルベスタンに近いトリスタンでは、贅沢の限りを尽くす飽食(ほうじき)という祭りが開催される。


 さて、ではロザリー達を(よう)するデュオロンでは何が行われるのか。彼らクーロン人はこの時期、夏節(かせつ)と呼ばれる祝い事をする。街は赤一色に染められ、爆竹や花火が引っ切りなしに鳴り響き、龍の舞と呼ばれる、巨大な人形の龍が街を駆け抜ける出し物も祭りを賑わせる。だが今年は、それに加えイヅモとローランドでの伝統的な祭りも取り入れられた。これは祖国の復興を掲げ戦う姫百合の騎士ロザリーと、街の平和に貢献したイヅモ人サクラコに対する、市民達の感謝の表われといえよう。こうして様々な困難を乗り越えた証として、龍の堕ちた街は三色の彩りにその身を照らすのであった。






 この日は各自由都市、それぞれの祭りを順繰りに訪れるというボルガード王一行。その時間に向け、デュオロンの堕龍一同はせわしなく接待の準備に取りかかっていた。


「お前等! 国王に何か粗相があったら、次は首が飛ぶと思えっ!」

「へいっ、お頭!」

「ファレンさん! 首なんて飛びませんからっ!」


 珍しくサクラコが怒鳴っている。そんな修羅場を迎えた現場へと、ロザリーはマコト達を連れ立って訪れた。


「相変わらず忙しそうね、サクラコ」

「あっ、ロザリーさん! そろそろ国王様がお見えになるというので、最後の確認をしている所なんです」

「はい、差し入れ。いつも言っているけど、無理は禁物よ」

「わあ、ありがとうございますっ。ほら、みなさんもいかがですか」


 いつかの兵糧丸を参考にしたお団子がテーブルに並ぶと、飢えた黒胴着達が一斉に群がる。それに紛れ、アンジェも口に入るだけ入れてはサクラコをねぎらった。


「むぐむぐ。へえー、この街のフィクサーってサクラコさんだったんですね。友人の私としても鼻が高いでふ」

「そんな、たいした事はしていません。街のみなさんの声をファレンさんに届けるくらいで。でも、多分これでそれもおしまいです。だから旅に出る前に、やれる事をやっておきたくて」


 祭りが終わればいよいよこの街ともお別れだ。サクラコは名残惜しそうに、身を粉にして働く堕龍の面々を見つめた。


「でも、やっぱりお祭りっていいなあ。かき氷とかタコ焼きもあって、何だか日本にいるみたい」

「マコト、アンジェはわたあめというのが気に入りました。まるで天界に浮かぶ雲のようです。あれ、いつか食べてみたいと思っていたんですよね」

「もう、また虫歯になるよ。でも、これもお父さんが伝えた文化の一つなんだね。ちょっと誇らしいな」

「変な物も多く伝わっているみたいだけれどね……。スクミズとか、ブルマーとか、バニーガール? とか」

「ぶ、ブルマーってこっちではそういう扱いなんだ……」


 そんなたわいない話の中を一人、少しだけそわそわしているソフィア。


「そう言えば、おねえちゃ……パメラさん、国王様と一緒なんだっけ」

「ええ、パメラとティセはあれでも一応、国賓だから。王様から正式に招かれて、今は一緒に各国のお祭りを見ているわ。それが、どうかした?」

「う、ううん! 何でもない!」


 あれだけパメラを嫌っていたはずのこの子が、今では彼女をお姉ちゃんと呼んでいるらしい。それどころか、彼女がいない事に未だ慣れずにいるというのがどうにも微笑ましい。


「この街の支配者に国王のお気に入りか。闇に生きる魔女が、随分と表社会に入り込んだものだ。いや、これこそが人をたぶらかす魔女たる所以(ゆえん)か……」


 しみじみと語る彼女は暗殺者姉妹の姉、メリルだ。彼女達も今は露出の少ない普段着に着替え、お祝いの場に溶け込んでいるようだ。


「お姉様! 今日は大人しくしているって約束でしょー! 思わせぶりな事言わない!」

「そ、そうだったのだ! メリル、気を抜くと少し変になるのだ!」


 ロザリーとしては国王が訪れる場に暗殺者を連れていいのかと思いもしたが、彼女達はどうにもあれからフニャフニャとしている。これが救世主の力によるものか、とても人に害を加えそうには見えない。


「それよりもシェリルぅ、歓楽街ってトコに興味あるな。ロザリー様、後で行ってみませんかぁ?」

「あそこはまだ私達には早いわ。一部が健全化したとはいえ、まだまだそういう所もあるし」

「そういうトコロ?」

「だから、その、男の人と、女の人が、抱き合ったり……」


 あたふたするロザリーを見かね、ソフィアはシェリルの長く垂れるもみあげを引っ張った。


「こーら、ロザリーさんをいじめないの」

「ソフィアたん、いたーい!」


 そして、彼女をいじめて良いのは自分だけと言わんばかりにその立ち位置を奪い取る。


「ロザリーさんは、私と行くんだよねー?」

「もう、どうしてそうなるのよ!」

「ふふっ、じゃあまたロザリーさんの家であの続き、しよっか」

「ソフィア……少しは懲りたんじゃなかったの?」

「んふふ、これが私だから。お姉ちゃんも、それでいいって言ってくれたし」


 すっかりいつもの調子を取り戻したソフィア。これではパメラに(ゆる)された事が、彼女にとって良かったのか悪かったのかまるで分かりはしない。


(ああ、パメラ……早く帰って来て……)


 ロザリーはこの問題児達にまたしばらく振り回される事を憂い、なんとも言えない溜息をつくのだった。






 一方、国賓として呼ばれたパメラとティセは、ボルガード王の乗る特別製の巨大な馬車に揺られ、各自由都市の個性豊かな祭典を気ままに楽しんでいた。


「うっぷ……アンタねえ、食べ放題だからってお皿に盛りすぎなのよ。しかも、全部食べなきゃ帰れないって……」

「あははっ、ティセ、お腹すごい事になってる。あれはそういうお祭りなんだから、食べないのは逆に失礼なんだよ」

「パメラなんてアタシより食べたくせに、少しも変わらないじゃない……カロリーまでお腹の中で浄化してんじゃないの?」

「それは食べ物に対して失礼だよ! ちゃんと全部栄養にしてるもん! そうだよ、いつかこの胸だって……」

「こほん……お二人とも国賓なんですから、もう少しお行儀よくなさって下さい」


 そんな騒がしい二人の付き添いとして選ばれたのは、もちろん勝手知ったるアニエスである。


「アニエス、さっきから敬語はやめてって言ってるのに……」


 ピシッとしたスーツに身を包んだアニエスは、一瞬だけあらたまった態度を崩しパメラへと耳打ちした。


(そういう訳にはいかないでしょ、ここにはボルガード王もいらっしゃるんだから)


 そして変わらずの事務的スマイルでコンパニオンを続ける。


「それでお二人方、ここまでのお祭りで何か気に入ったものはありましたか?」

「うーん。私は、歌が素敵だったお祭りかな。久しぶりに私も歌いたくなっちゃった」

「食べ放題じゃないんだ……。まあ、ビール祭りなんかは年齢のせいで参加できなかったし、やっぱり残るデュオロンが本番でしょ。サクラコ、今回のために相当頑張ってたみたいだし」


 それを聞いたボルガード王は前列からこちらへと振り向くと、どこか意味深に笑ってみせた。


「ふむ、最後の祭りはデュオロンか。あの街があれからどう変化したのか、これを以て見定めるのも良いかもしれんな」


 魔女達の裁定はもう済んだ事だが、彼ら堕龍の嫌疑(けんぎ)は未だ晴れてはいない。この恒例行事も、王にとってはその街の有り(よう)を見極めるための一環なのだ。


「え、ちょっと、なんだかアタシまで緊張してきたんだけど……」

「大丈夫だよ。今のデュオロンは人が自然のままで暮らせる、とっても良い所だから」

「ふふ、お前のお墨付きがあれば間違いなかろう。どこまでもより貪欲に進化できる、それもまた人の持つ力よ」


 国王はすっかりパメラの事を気に入っているようだ。それもそのはず、彼女とは政治的にも懇意(こんい)にするだけの十分な理由があるのだ。


「ですが国王様、パメラ……いえ、ガーディアナの聖女様をこうも大胆に同席させてしまって、本当に問題ないのでしょうか。道行く人々は、もはや彼女がそうではないかと噂すらしている始末で……」


 アニエスは国王に対しても歯に衣着せぬ物言いをする。それが若くして重用された本当の理由でもあるのだが、さすがに馬車を包む笑い声も消え、辺りにはやや緊張が走った。


「その娘はただの村娘だと聞いている。ロザリー達マレフィカには個人的に世話になったゆえ、それを代表し同席を許可しているのだ」

「お戯れを……。国王様自らこのように祭り上げては、彼女が聖女である事を宣伝しているようなものです。このままでは、また彼女に危険が……」

「いや、むしろそうしているのだよ。彼女の出自を公然にできぬのは重々理解している。だが、もはや市井に流布された噂を打ち消す事もできぬ。ならば、こうして暗に私という存在が彼女についている事を深く知らしめるしかあるまい。これが名ばかりの王にできる、せめてもの謝儀(しゃぎ)なのだ。お前が各方面に手を尽くしているのは分かるが、どうか今回は見逃してはくれぬか」

「は……国王様がそう、仰るのであれば……」


 確かにこの前のような騒動が起きるくらいならば、自分一人にその目が降り注ぐ方がいい。パメラは聖女としての顔を意識的に使い分け、王へと向き直った。


「国王様、深いお心遣い感謝いたします。でもアニエス、私は大丈夫。もう、人前に出るのは怖くないの。だって私は、それも含めて私だって事に気づいたから。そこから逃げ続けてたら、それはきっと誰かの不幸になってしまうの」

「そうそ。この子には、アルテミス王女のアタシだって付いてるんだからね。どこに隠れる必要なんてあるのよ」

「ティセ……ありがとう」


 パメラに対し、力強くウインクをしてみせるティセ。いつからか、彼女も何かを乗り越え一つ大きくなったように見える。


「アニエス、お前はもう少し人を信じてみるべきだ。過去の事を忘れろとは言わん。ただ、政治が目指すは和の道。理想のためには、それとこれとを切り分けて考える事もまた必要となるだろう。良い機会だ、心しておくといい」

「は、はい……」


 王による言葉が場を引き締めた所で、四方をラウンドナイツに守られた馬車はいよいよ赤一面の街並みを眼前にする。


「国王陛下のお成りぃー! デュオロン市長、(ワン)・ファレン! 速やかにこちらへ参られよ!」

「ははっ」


 名指しされたファレンは手もみしながらひょこひょこと姿を現すと、白帽子を脱ぎ国王へと頭を垂れた。


「おや、ここの代表はあの、コトブキという少女ではなかったか?」

「はっ! それが、お嬢は近々ここを発たれてしまうという事なので、恥ずかしながら私めが代表の席に復帰させていただいた次第でございます」

「そうか……いや、実に惜しいものだが、今の貴殿ならば彼女とも変わらぬ政治を任せられるというもの。一度はその信任を解くつもりであったが、これからに期待しているぞ、ファレンよ」

「ははーっ! ありがたきお言葉!」


 ファレン一同、深々と頭を下げる面々。相変わらず規律の取れた集団である。


「よしお前ら、さっそく龍の道を照らせ! 国王陛下に新生したデュオロンの姿をお見せするのだ!」

「へいっ!」


 ファレンの掛け声と共に色とりどりの照明石が光り出す。すると、かつて暗黒街だったデュオロンに、人々の織りなす幻想的な輝きが映し出された。


「おお……これは」


 道なりに続く、煌びやかに装飾された街灯。それはここ一等地の高台から見ると森の方までに渡り、あの貧民街にまでも続く様子が見て取れた。かつては街灯もなかった紅龍(ホンロン)地区はむしろ今では赤々と照らされ、その勢いが竜頭蛇尾(りゅうとうだび)でない事を知らしめる。


「あちらはお嬢、サクラコ様が奮闘して下さいました。国王陛下、この地に舞い降りた龍の背に乗り、どうか心ゆくまで人々の暮らしを拝見なさって下さい」

「ふむ、それは楽しみだ。ときに、今は嘆きの森の方まで開拓が行われているのだな。ローランドからの移民も日毎に増えている。あの地でも何か、新たな都市を拓けるといいが……」

「はい、あちらもようやく魔物がいなくなり、これからが本番でございましょう。その事業も、我ら堕龍にお任せ下されば幸いです」

「ふふ、抜け目のない男だ」


 龍の道を先導する巨大な飾り龍。それに続くラウンドナイツの後ろには、元冒険者ギルド、メースン・カンパニーの面々が付き従う。彼らも彼らで軍との結びつきをさらに強めようとこの時を狙っていたのだ。社長となったギルド長は、そこから一人飛び出しては王へと挨拶する。


「国王陛下、嘆きの森での軍民共同作戦を受け入れて下さり、誠にありがとうございます! これで路頭に迷っていた冒険者達も、働き口が増えたと喜んでおります!」

「ああ、ギルバートか。アンデッドの退治にはやはり、聖職者なども抱える冒険者が明るい。今後はお前達冒険者も、軍と共同で魔物討伐に協力してもらう事を約束しよう」

「それは助かりますっ。私も各自由都市に支部を設置し、今後は軍との連携をより強めていけたらと考えておりますっ!」

「ふふ、期待しているぞ」


 王の言葉に沸き立つギルドの面々。そこにはロザリー達の姿もあり、王との商談成立にむせび泣くギルド長をあきれ顔で迎えていた。


((パメラ、あなたも頑張って。私も後から合流するわ))

((うん! またあとでね!))


 これは、ロザリーの新たな異能による交信。こうして近場であれば、もういつでも会話できるのだ。ただマレフィカ以外とはどうやっても繋がらないらしく、それもパメラとしては嬉しいポイントである。


「ロザリー、いたね」

「ふふ、いた」


 アニエスと二人、愛する人の姿を確認しあう。そしてティセもまた、その姿を見てはどこか気持ちを高揚させるのであった。


「さてと、次はサクラコの番か。やばい、なんか緊張してきた……」

「ティセ、まるでお母さんみたい」

「ばか、ロザリーじゃあるまいし……」


 いつしか覚えた親心のような感情。これも含めて愛情というものなのだろうか。ティセはやきもきした気持ちを抑えつつ、サクラコのいるであろう龍が照らす道の先を見つめた。






「どう、どう……」


 国王の後を行く騎兵隊に紛れ、彼らと同じように馬に跨がるロザリー。なぜ彼女がそこにいるかというと、今だけでも騎士団に入ってみてはどうかとの、騎士団長ラインハルトの願いを聞いてあげた事に端を発する。という事で今は先頭を行く彼に代わり、後方担当の副団長フォルテが彼女の面倒を見ているようだ。


「ほう、割と様になっているではないかロザリーよ。人馬一体となったその佇まい、もはや気品すら感じさせる」

「そ、そうでしょうか……。ですが普通の馬と違い、乗りこなせるようになるまで随分と苦労しました。これもフォルテ様の指導のおかげです」


 ロザリーは王の言葉に甘え、このところ暇があればラウンドナイツを訪れては各レジェンドに指導を受けた。中でもフォルテによる馬術指導は中々の試練で、落馬による打ち身が絶えずにお風呂場で嘆いた程である。

 フォルテはそんな愛弟子にその背を預ける、優美な白い牡馬(ぼば)をまじまじと見つめた。


「いい有魔(ウマ)だな。セリ市に足(しげ)く通うこの私の目をくぐり抜け、まだそんな名馬が隠れていたとは」

「はい、なんでも競走馬としてファレン市長が各方面から子馬を取り寄せたらしく、私もその子達の調教に少し付き合っていたんです。中でもこの子は白い毛並みと金のたてがみがとても綺麗で、すっかり気に入ってしまって」

「おお、競走馬か! では、デモンブレッド・ゴーラウンドに出走するのだな! 見たところ出走資格の2歳には届いているようだ。これは名勝負になるぞ!」

「デモンブレッド・ゴーラウンド……?」


 ポカンとしたロザリーをよそに、フォルテは涌き上がる興奮に肩を奮わせる。


「ふふ、そうとも! 年に一度、この建国記念日に行われる、数ある賭け馬の頂点を決める大会だ! 国王陛下の遊覧が終わるであろう午後から始まるのだが、その子も参加するのではないのか?」

「そう言えば市長がそんな事を……確か、そのための慣らしをしておいて欲しいとか……」

「ほう。おそらく、出るとすればメイクデビューの部だろう。どうだロザリー、騎手が決まっていないのなら、お前も出てみてはどうだ。そこでは皆、騎手としてもデビュー戦となる。本来は資格がなければ出場は難しいが、王には私から説得してみよう!」

「えっ、私が、ですか? ……まさか市長、これを狙って……」


 確かにこのウマが最も信頼しているのは自分以外にいないという自負はある。そう言えば、常々サクラコからこの日に向けファレンが何かを企んでいる様子だとは聞いていた。彼の事だ。確実な勝利に向け、まだまだ定石を仕込んであるに違いない。


「ふふふ、この馬群にも怖じけずに堂々たる佇まい。そしてその目から感じる温厚さ。デモンブレッドは(はや)くて当然。では何を優駿(ゆうしゅん)たる血統たらしめるのか。それこそが知性であり、人への信頼なのだ。凶暴な有魔など、もはや魔物同然。これまで、どれだけの人間が暴れ馬に殺された事か。そう、競走馬の歴史は、そんな先人達の多大なる犠牲の下にあると言ってもいい」

「は、はあ……」

「故に、私は(はし)る。彼らの無念を、代えがたき栄光で(そそ)ぐのだ。ところでロザリー、このウマの名は何という?」


 ロザリーの顔が少し赤らむ。そして少しためらうように、彼女はその名を答えた。


「その、レースでの名前は知らなくて、私は勝手にシュヴァイツァーと呼んでいます」

「シュヴァイツァー? まさかそれは……」

「はい。キルの名字からいただきました。騎士と言う意味のシュヴァリエと、この子の温厚さから、どうしてもその名が浮かんでしまって」

「そうか……キリークの名か……」


 噛みしめるように彼を偲ぶフォルテ。父ブラッドだけでなく、彼らの間にも、もしかすると師弟関係のようなものがあったのかもしれない。


「ならば、なおのこと負けられんな。よし、シュヴァイツァー! ロザリーと共にレースを駆け抜けろ! そしてその名をデモンブレッド・ゴーラウンドの歴史に轟かせるのだ!」

「えっと……シュヴァイツァー、本当にいいの?」

「ブルル……」


 半ば強引に決まった愛馬との出走。ロザリーは少し心配な反面、この子がどこまで通用するのか、楽しみな気持ちも芽生えるのだった。






 王達の乗る馬車は、いよいよサクラコの待つ紅龍地区へと到着した。

 狭苦しく立ち並ぶ安宿は相変わらずだが、今は緑や公共物などの手入れが行き届き、景観も見違えるように改善している。もはや、以前の貧民街としての面影は微塵も感じられない。


「ふむ。どうやら人の住む場所にはなったようだ。豊かさとは、生活の中にこそあらねばならぬもの。でなければ人の心までも貧しくなってしまうだろう」

「うん。アタシ達も以前ここで暮らしてたんだけど、今は随分と変わったと思う。最初なんて治安も悪くて、酔っ払いがその辺で寝てたからね。これもみんな、サクラコが頑張ってくれたおかげなんだ」

「ほう……あの小さき子がな……」


 王を迎え入れる一団には、サクラコの姿もあった。いつにも増して華やかな、着物姿での出迎えである。


「みなさん、ようこそお越しくださいました! こちらではイヅモ風のお祭りを開催しています。どうか楽しんでいかれてください!」

「久しぶりねサクラコ、元気だった?」

「はい、アニエスさんもお変わりなく!」


 共に地獄をくぐった友情は変わらない。二人は抱き合って再会を喜んだ。


「サクラコよ。遠いイヅモから渡り、我が国のために尽くしてくれた事、本当に感謝している。ところでその身なりだが、確か東方の着物と言ったものではないだろうか?」

「は、はいっ、“ろらんど”は“おるふぁ”の人達が作ってくれたものです。お祭りの間だけでも私の故郷に触れてもらいたくって、ここのみなさんにもお贈りしました」


 彼女の言うとおり、道行く人々はそれぞれ浴衣に法被(はっぴ)、流し姿など気ままにイヅモの服装を楽しんでいた。その通りに並ぶ屋台と合わせ、まるでイヅモに迷い込んだかのようである。

 王はその中で、仲良くリンゴ飴を食べる少女達とふいに目が合った。


「ん? イヅモ人が他にもいるようだが」

「あ、マコトさんの事ですか? 彼女も私達とおなじマレヒカで、実は、新たな救世主になるために旅をしているらしいんです」

「なるほど、あれが例の……」


 彼女達も着物に身を包み、イヅモ風の風景に溶け込んでいた。中でもマコトなどはもう、本当にただお祭りに来ただけの少女である。


「あっ! こんにちは、王様! パメラちゃーん、ティセさーん、頑張ってねー!」


 祭り太鼓すら霞むような大声。隣の金髪の子が耳をふさぎ、銀髪の子が突然の大声に怒っている。そして一つのリンゴ飴を仲良く分け合う姉妹。王はその一瞬で全てを理解した。あの救世主達が、再び時を超えてこの地に降臨したのだと。


「長生きは、してみるものだな……」

「王様? どうされました?」

「ふふ、なんでもないよ。では我々も降りるとしよう。その浴衣とやら、私に合うものはあるだろうか」

「はいっ、一番大きな寸法もご用意しております!」

「まさにキングサイズね。やっほー、パメラ、アタシ達も遊ぶわよ!」

「うんっ!」


 祭り囃子に屋台の掛け声、太鼓に合わせ打ち上がる花火。広場にはやぐらが組まれ、百花(パイファ)の芸妓達と盆踊りに興じる。そこへロザリーも合流し、王は魔女達との接待を超えたひとときを過ごした。


「王様、ここの出店(でみせ)、ローランドの料理もあるんだよ」

「ええ、私が色々とアドバイスさせてもらったんです。王様の口に合えばいいですが……」

「ああ、実に美味だ。ほれラインハルト、お前もイヅモ酒ばかり飲んでないで一つどうだ」

「ははっ、どうもビール祭りだけでは飲み足りなくて、恐縮です」


 特別にやぐらの上に組まれた席にて食事を囲む一同。贅沢を尽くす祭りの後と言う事もあって、そこには豪華さとは少し縁遠い質素な食事が並んでいた。


「ん、美味(うま)い! やはり庶民の味というのもいいものですなあ。しかしこの料理の腕といい、その奥ゆかしさといい、よくよく息子の嫁に欲しい娘だよ、ロザリーは……」

「な、何を言ってるのこんな席で! 飲み過ぎよ!」

「いーや、言わせてもらう。やはり女は家庭に入るべきだ。そして夫と共に子を育て、その一生を支える。それこそが女の幸せってもんだ!」

「……親戚に一人はいるわよね、こういうオヤジ。ずいぶん出来上がってるみたいだけど、ここから落ちたりしないでよね」

「すまぬ、ラインハルトは過去の失敗から、ひどく家庭と言うものに憧れていてな。様々なしがらみでフェルミニアに残った妻と、もう一人の息子を救えなかったという思いがこうさせているのだ。まあ、私も似たような身の上だがな……」

「そう、なんですね……」


 そう言えば、この国には王妃という存在がいない。それもまた、かつての戦争が残した一つの傷跡なのであった。


「国王陛下、しみったれた話はなしにしましょう。今日はパーッと祝い酒でさあ! それ、一気、一気!」

「まったく、これさえなければ優秀な男なのだが……」


 王は微笑みながら、祭りを楽しむ眼下の人々を満足そうに眺める。同時に、その目は誰かを探しているようにも見えた。


「ところでロザリー。確かマコト、と言ったか。かの救世主を継ぐという少女をここに呼んではくれまいか」

「はい、あの子達ならまだその辺に……マコトー、王様がお呼びよ!」


 どういう訳か、王様達の宴会にお呼ばれしたマコト達。彼女はガチガチに緊張し、少し見ているこちらが不安になるくらいであった。


「あのっ、国王様! 私に何かご用でしょうか!」

「ああ、楽にしていい。なに、救世主リョウ゠スドウの娘を一目ばかり見ておきたくてな」

「えっと、その、お父さんの名に恥じないよう、私も精一杯頑張りますっ!」

「ハッハッハ、やはり似ている。君達もここではずいぶん苦労を掛けたようだな。困った事があれば、何でも私に言うのだぞ」

「はいっ、お心遣い感謝いたしましゅ!」


 頭を直角に垂らしたまま、マコトは宴会の末席に腰を下ろした。それにすかさず茶々を入れるアンジェ。


「マコト、噛みましたね」

「う、うるさいなっ、王様って言ったら偉いんだよ! ゲームなんかでは魔王の退治とかを言いつけてくるんだから」

「だから緊張してるんですか。大丈夫、さすがにそこまではバレていませんよ」

「そ、そうかなあ……」


 マコト達を迎え、さらに賑やかになった宴会はしばらく続いた。時に忍犬イブのとっておきの芸が披露されたり、パメラとソフィアのデュエットによるカラオケを交えたり、ラインハルトの山脈のような腹筋での腹芸が披露されたり、暗殺姉妹による物騒な大道芸で騒然としたりもした。場を取り持つサクラコとしては、ずいぶん気が気でない時間であった事だろう。


「陛下、お楽しみの所恐縮ですが、そろそろお時間です」

「おお、そうか。こういう時、酒をやらないフォルテは頼りになるな。さて、では次の催しの時間になる。私達はこれで失礼しよう」

「それって、確か競走馬の……」

「ああ、ラウンドナイツ主催の競馬大会だ。より優秀な軍馬を集めるための催しだったが、いつしかそれ自体が興業化してな。私も毎年楽しませてもらっているよ」

「私とシュヴァイツァーも、それに……」


 王と共に席を立つ副団長フォルテは、帰り際ロザリーにウインクしてみせた。その口は、勝利を君に、と動いたように見える。必ず王を説得してみせるとの宣言だろう。


「まったく、勝手なんだから……」


 これにて各都市の行脚は終り、晴れてパメラ達も自由となる。しかし、何か興奮した様子のアニエスはパメラを呼び止め、ある事を告げた。


「ねえパメラ、これからみんなの前で歌ってみない? 年に一度のダービーでは、最後に国歌の独唱があるの。あなたの歌、本当に素晴らしいわ。その歌声で閉幕を飾れたら、きっといい大会になる」

「えっ、でも、アニエスは私が目立つ事、反対なんじゃ……」

「プランはもう変更された。なら、後は最大限の効果を生み出すだけ。と決まればロザリー、もうちょっとだけパメラ借りてもいーい?」

「え? ええ……。パメラ、あなたがいいのなら……」


 少し残念そうにそれを了承するロザリー。この後、改めて二人でお祭りを見ようと考えていた彼女だったが、アニエスに押し切られる形でそれを諦めざるを得なかったのが本音である。


((ロザリー……ごめんね。アニエス、こうなったら聞かないの。それに私も、ちょっとだけ歌ってみたいかなって……))

((ええ、残念だけど仕方ないわ。無理はしないのよ))

((うんっ))


 と言うわけでパメラは王の馬車へと引き戻され、その場にちょっとだけ寂しげな、祭りの後の雰囲気が漂う。


「では、私もファレンさんとの打ち合わせがありますので失礼します。みなさん、本日はお付き合い下さりありがとうございました。シュヴァイツァーは私がお返ししておきますので、ロザリーさんは後からロンデニオン城にいらしてください。威武(イブ)、おいで!」

「アンッ」


 続けてサクラコもイブもいなくなり、マコト達もこれから街の教会に行く用事があると言って去って行った。つまりここに残ったのは、ロザリーとティセの二人だけである。


「一気に静かになったわね。少し、寂しいわ」

「何よ……アタシと二人じゃ、イヤ?」

「いいえ。時間まで一緒に見て回りましょうか。お祭り」

「ま、いいけどー」


 ロザリーとティセは浴衣姿のまま、イヅモのお祭りを出歩いた。

 二人は子供のように輪投げや金魚すくいで遊んだ後、かき氷を食べては火照った体に涼をとる。そして色の付いた舌を見せ合っては、純粋に、年相応の少女としてふざけあった。


「あははっ、ロザリー、ベロ真っ青。アンデッドみたい」

「そう言うあなたは真っ赤。まるで火でも吹きそうね」

「それできるよ、やってみようか」

「だーめ! また火事になるでしょ」


 ひとしきり歩いた二人は、大陸では珍しい出し物、射的を見つけた。新大陸にて発明されたという、銃を使った遊びだ。イヅモでは火縄銃というそうだが、これはその簡易版である。ティセはそれを手に取ると、格好付けて引き金を引いて見せた。が、目標の猫の置物はまるで動じない。


「はい、残念。銅貨1枚置いてってねー」

「ちょっとこれ、当たってもビクともしないじゃない! こうなったら、ファィア・マグナムぶつけてやるわよっ」

「やめなさいっ! ほら、姿勢が悪いのよ。ラウンドナイツには銃を扱うレジェンドもいて、私も少し教わったわ。まずはここをこうして……」

「ちょっ、近っ……」

「ん?」


 触れ合う二人の吐息に、ぴたっとくっついた浴衣から感じる生々しい熱。そして、頭をくすぐるフェロモンの香り。一度は忘れようとしていた感情がティセを再び(さいな)んだ。


「アンタ、ほんとずるい」

「何……? どういう事?」


 ティセはそのまま、ロザリーへと唇を寄せた。そしてそれが触れるか触れないか、いや、少しだけ触れた後、何事も無かったかのようにパッと向きを変える。


「やーめた。さ、そろそろ帰ろっか。アンタ、次のイベントに出るんでしょ?」


 力のせいか、ティセの鼓動が伝わる。それは明らかに、好意を超えた感情であった。


「待って……あなた、どうしたの? 今、キス、しようとしたの?」

「するわけないじゃん。ただ、スキ……があっただけ」

「また、そうやって私をからかって……」

「ふふっ、だって面白いんだもーん」

「もうっ、ティセ!」


 ロザリーも、それに気づかない訳ではなかった。だが、この、何でも言い合える唯一と言ってもいい関係を壊したくないという思いもある。

 今のは、ちょっとした夏のまぼろし。お祭りという特別な日が、そんな気にさせた。ただ、それだけのこと。


「あのーお客さん、お代を……」


 夏は始まったばかり。

 魔女達は残るロンデニオンでの日々を、ただ精一杯楽しむのであった。

 青春という、いつまでも醒めない夢の中で。


―次回予告―

 血湧き肉躍る優駿達の狂演。 

 勝利者として栄光を掴むか、敗者として地を這うか。

 風と共に駆け抜ける、魔女達の明日。


 第74話「双魔灯」

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