第68話 『共闘クエスト』
マコト達との初顔合わせの日から数日が経ち、彼女達はそれぞれ平和な普段の暮らしへと戻っていた。ロザリーの異能による暴走を受け精神面で不安視されたソフィアについても、その後は特にパメラと衝突する事もなく、皆はひとまず安堵の溜息をつくのだった。
そんな中、不祥事から冒険者ギルドを辞める事になったギルド長が新会社を設立し再出発するとの事で、ロザリー達はお祝いにそこでの初仕事を受け持つ事になった。その内容とは、以前マコト達も巻き込まれたという幽霊屋敷跡周辺における魔物の討伐である。
あれからアンデッドの生息地となった嘆きの森には何度も騎士団やギルドから討伐隊が派遣されており、今ではその数も随分と少なくなったという。今回はその総仕上げという事で、死神をも退けたロザリー達に白羽の矢が立ったという訳だ。
さらに、喜ばしい事はそれだけで終わらない。そのクエストにはマコト達も飛び入りで参加する事となり、この間の合同パーティーに続いて、今度はさらなる親睦を兼ねてのマレフィカ合同クエストが行われる運びとなったのだ。なんでもそれを提案したのはマコトではなく、意外にもソフィアだという。これには少し気まずさを覚えていたロザリーも二つ返事で了承し、パメラと共に楽しみにその日を迎えたのだった。
新生冒険者ギルド、メースン・カンパニー。
元ギルド長、ギルバート゠メースンの立ち上げたこの組織は、冒険者ギルドの本拠地である敵対国フェルミニアとの関与を完全に断った事により、かつての冒険者への仕事の斡旋に加え、新たにロンデニオン国の協力の下、軍と連携して魔物退治などが行えるシステムを導入する事を可能とした。要は魔王の時代に存在した、本来の冒険者ギルドとしての機能を取り戻した組織といえる。
今はまだ組織としては小さいが、後々には軍による戦闘技術の指導や、さらに各都市ギルドからも職人を集い、戦闘職、それを補助するクラフター職、さらにはトレジャーハントなどの文化財保護的な分野も手がける、総合的な冒険者養成機関とする予定だ。
そんな新生ギルドへと改築後、初めて訪れたロザリー達。すると贈った覚えのない、チーム・リベリオン一同と書かれた開業祝いのスタンドフラワーが彼女達を出迎えた。こうまでして体裁を気にするのがどうにもギルド長らしい。
「ギルド長、まずは新会社設立おめでとう。ギルドを辞めると聞いた時は私もびっくりしたけれど」
「ありがとう、これで私も一国一城の主だよ。見たまえ、ススで汚れていた事務所も、この通りピカピカだ。あのままケチくさい冒険者ギルドなんかにいたら、改装なんていつになってたか分かったもんじゃない」
あの閑古鳥が鳴くようなボロボロだった外観も、すっかり洗練された近代的な佇まいへと一新されていた。これもロザリー達優良冒険者の働きや、堕龍の協力あっての事である。
「ふん、ススだらけにしちゃって悪かったわね。けど、ここもアタシ達の稼ぎで建ったようなもんだし、これで全部チャラよね」
「いいさいいさ、それも保険金が下りてこちとらガッポガッポだ。ワッハッハ!」
「ええ、あなた方のお名前のおかげか随分と融資も受けられましたし、私からも改めて感謝いたしますわ」
あの受付嬢、もとい今では社長秘書もお得意先を相手にすっかり態度を改めたようだ。さらに彼女が出世した代わりとして、今回新しく若い受付嬢が増えたらしい。早速その中の一人がティセの方へと駆け寄り、深くお辞儀をした。
「ティセ様、その節はお世話になりました。今日からここで働かせていただく事になりました、ヘンリエッタと申します」
「あ、どっかで見た顔だと思ったら、百花で働こうとしてた子じゃん。良かった、ちゃんと仕事見つかったんだ」
「はいっ、おかげさまで! 私、どうしてもティセ様のお力になりたくて。これからは何でも私めにお申し付け下さい!」
「あはは……まあ、がんばって」
目にハートマークを浮かべ、しきりにティセへとラブコールを贈る受付嬢。彼女としては、またこれでロザリーに受付を任せっきりにする理由ができたというものだ。
「あなたのとこの受付嬢って、ずいぶんと極端ね。まあ、愛想が良い分には助かるけれど」
「ああ、もう資金繰りに悩む事もないし、これからは愛想のいい子を入れて少しでも顧客を増やさないとな」
「……悪かったですね、愛想がなくて」
「ああ、いや、君はそれ以外が極めて優秀だからね、はは……」
そんな談笑の中、ひときわ元気な声が響く。今回のもう一人の主役、新人冒険者のマコト達だ。
「すみません、遅くなりました! ほら、みんな挨拶!」
「ふああ、眠いですー……みなさん、どうもー」
「こんにちは、ロザリーさん。今日はよろしくね」
「ええ、よろしくね、ソフィア」
すでに彼女はあの時の事など覚えてはいないように見える。ロザリーはこれまでと同じよう、ソフィアに対し優しく接した。
「でもマコト、本当に大丈夫? あなた、アンデッドは苦手なんでしょう?」
「え、えっと……そうなんですが、今回は珍しくソフィアがやる気なので、仕方なくというか……」
「ふふ、偉いわ」
そんな健気で小さな彼女の頭を撫で、ロザリーはギルド長へと向き直る。
「ギルド長、こっちは準備万端よ。指示をお願い」
「よーし、これがメースン・カンパニーとしての初仕事だ。お前達、気合い入れて頼むぞ!」
「任せて。あの森がああなったのは、私達のせいでもあるから。さあ、行くわよ、マコト」
「は、はいっ!」
二組はギルド長による説明の後、揚々として馬車に乗り込み魔物討伐へと向かう。
今回のクエストは難度Bランク。受諾するにはレベル制限のあるものであったが、ロザリー達Aランクの冒険者が引率という形で許可を得る事となった。ちなみに、マコト達は未だDランクのままだ。
余談だが、それぞれギルドから与えられた総合評価はこうである。
~チーム・リベリオン~ 総合評価Aランク
ロザリー゠エル゠フリードリッヒ
LV15 功績A 戦闘力A 素行A 特技・・・剣術2、統率1
パメラ゠クレイディア
LV10 功績B 戦闘力A 素行B 特技・・・治癒3
ティセ゠ファウスト
LV14 功績A 戦闘力A 素行D 特技・・・魔法3
サクラコ゠コトブキ
LV13 功績B 戦闘力A 素行A 特技・・・体術2、諜報2
~チーム・セイバーズ~ 総合評価Dランク
マコト゠スドウ
LV4 功績C 戦闘力B 素行A 特技・・・体術2、統率1
アンジェラス゠ベル
LV3 功績D 戦闘力D 素行C 特技・・・弓術1、治癒1
ソフィア゠エリン
LV3 功績D 戦闘力C 素行D 特技・・・魔法2
ちなみに、こなしたクエストによって入るEXPと、総合的な活躍度からこの評価は下るらしい。例として、パメラはこれまであまりクエストには参加しなかったが、コレットの一件でずいぶんとレベルアップした。だからといって何だという話ではあるが、これも固定給などに左右するという。
余談だが、マコト達のセイバーズというクラン名は登録にあたって必須項目という事で、マコトが適当に付けたものだ。
「そもそもこの素行って何よ、最低評価なのアタシとソフィアだけじゃん」
「ほんと、失礼しちゃう。よりによってティセさんと一緒だとか」
「アンタ、やっぱり可愛くないわね……」
「私が可愛くないんだったら、ティセさんはどうなるんでしょうねー」
「あんだとー!」
「ほらほら、ケンカしないの!」
この二人の素行の悪さは、なにも今始まった事ではない。ソフィアはそれよりもむしろ、パメラの項目に当然のように書いてある文字が気になった。
(クレイディアって……これ、おじいちゃんの名前……)
もう聖女という役目は捨て、すっかりビアドの孫でいるらしい。彼女が着ている服も、いつかのお気に入りである。どれもこれも、全部自分から奪ったもの。そして、いらないものだけ自分に押しつけたのだ。
((ほんと、気に入らない……))
何かまたソフィアから悪意のようなものを感じたロザリーは、少し強引に場を進行する事にした。
「さ、おしゃべりはその辺にして戦いに備えて。そろそろ森に入るわよ!」
「はーい」
二組を乗せたギルドの馬車は幽霊屋敷跡へと停車した。
今回討伐するのは、霊やアンデッドの類と契約書にはある。元々、この嘆きの森付近には貧民達によって不法に作られた墓地が多い。このように正式に弔われなかった亡骸は、かなりの確率で魔物と化す。皮肉にもそれらを束ねていた冥王コレットがいなくなった事によって、闇の住人達は束縛から逃れ新たな自由を得たのだ。
しかし恐れる事はない。アンデッドが相手であるならば、パメラの力が特に有効だ。すでにもう皆、報酬を得たような気分であった。そしてもう一人、アンデッドと言えば天使である。という訳で、水を得た魚のように仕切りたがるアンジェが皆に指示を始めた。
「アンデッドは大別して、霊的なものと物質的なものがあります。中でも厄介なのが肉体を持つ者達で、ただ倒すだけではいくらでも復活します。なので戦闘職であるロザリーさんやマコト達が霊を肉体から追い出し、私とパメラさんの神聖魔法で浄化する事でようやく退治完了となります。しつこいと嫌われる、良い典型です」
「じゃあ、私達の相手はゾンビって事? いやだなあ……」
「ゾンビって? まあ、とりあえず臭い奴らはまずアタシが焼いて骨にするから、楽勝でしょ?」
不死属性とは冒険者にとって、非常にやっかいな存在である。並の冒険者の場合、対策もせずに相対するのは自殺行為とも言えた。腕の立つ戦士、優秀な魔法使い、除霊できる聖職者。最低でもこれらが必要であるが、ロザリー達にはこれ以上無いほどの適材が揃っているのだ。他力本願のアンジェが張り切るのも無理はない。
「ロザリーさん、あちらです!」
一人、索敵に出ていたサクラコが戻ってくる。さっそく近くにアンデッドの群体を発見したようだ。
「ティセ」
「おっけ」
先の茂みを抜けた沼地には、かなりの数のアンデッドがいた。以前コレットが話していた、冥界にも行けず地上を彷徨う者達であろう。墓地に埋められていた死体が、長雨によって地面が沼となり這い出してきたのだ。
「ここなら火事にもなんないね。全力で行くよ!」
ティセは一面に火炎を放射し、まるで根こそぎ焼き尽くすかのような熱量が彼らに襲いかかった。しかし燃えさかるアンデッド達は苦しみながら再び沼へと沈み、自らを鎮火させる。
「ちっ」
「私にまかせて」
ティセに代わり、次はソフィアが前へ出た。彼女がその手を沼へとかざすと、地鳴りと共に水底にいたアンデッド達が浮き上がってくる。次第に沼は隆起し、大きな水たまりへと変貌した。さらに続けて地面へと息を吹きかける仕草を取ると、水面はたちまちに凍り付いた。足を取られたアンデッド達は身動きも取れずに、うめき声を上げる事しかできずにいる。
「お、やるじゃん」
「本当は炎も使えるけど、それはあなたに譲ってあげる。さ、どうぞ」
「むっ……」
ティセは少しカチンと来たが、それをありったけアンデッドにぶつけた。詠唱もなく、氷の上をまるで竜の吐く炎のような爆炎が通り過ぎると、敵は全て白骨化していた。
「……今のさ、どういう意味?」
「ひうっ」
それを喜ぶ事もなく、ティセはソフィアへと問いかけた。あまりにも威圧的なその眼差しに、ソフィアはつい涙目となる。今の炎に比べれば自分の出す炎など、表面を炙るだけの火の子にすぎない。つまりソフィアは恥をかきたくないために大口を叩いたのだ。
「もしかして、あなたと違って私は色々できるって言いたいの?」
「うう……知らない、しらない!」
泣きべそのソフィアはそのままマコトの後ろへと隠れてしまった。マコトもそれを受け、申し訳なさそうにティセに向き合う。
「ごめんなさい、気に触ったなら私から謝ります」
「責めてる訳じゃないんだけど。例えばね、魔術師は魔力の質を多岐に渡る種類の属性に割り振るわけ。自然魔法、治癒魔法、催眠魔法、感知魔法とか色々あってさ、アタシは自然魔法のファイア・クラスタにほとんどを費やしてんのよ。まあ、他の魔法も使おうと思えば使えるけど、アンタみたいに器用には使えない。中途半端は嫌いだしね。だからさ、平均的にそこまでできるのは割と凄いとは思うけど、別に優劣なんてないってコト」
「う、うん。だから、あなたの炎には敵わないと思ったから、譲ったの……」
「ん。初めからそう言えばいいの」
一応は褒めて貰えて気をよくしたソフィアが本音を吐露する。ティセはとりあえず、これでもう生意気な事は言えないだろうと満足した。
そもそもこういう生意気な子は嫌いではない。それも一つの自信の表れなのだから。本当を言えば、先日の大泣きしているソフィアを見てから、どうも彼女を憎めないのだ。
「よし、じゃあ後は肉体労働組、よろしく」
「まかせて!」
続いて、白骨化したアンデッドをロザリーが淡々と斬り伏せていく。マコトもそれに続くが、まるでホラー映画のような光景に気圧されてしまい及び腰であった。
「ロザリーさあん、こわいよお」
「大丈夫、後は私がやるわ。父さんに教えて貰った剣は退魔の剣でもあるの。だからこうやって……はあっ!」
ロザリーはコレットと対峙した時に使った奥義、十字斬りを放った。すると、ガイコツは瞬く間に灰へと変わる。
「はわー、すごいなぁ……」
「父さんはもっと凄いわ。爆発と共に、全てを斬り捨てるのよ」
「見ました見ました、あれ凄いですよね! やっぱり親子なんだあ、すごいなぁ……」
「むむむ……」
すっかりソフィアもマコトもロザリー組に圧倒されている。アンジェはそんな二人を見ながら、救世主組の威厳は残された自分に掛かっているのだと気合いを入れ直した。
「パメラ、あとはこの場に漂うゴーストをお願い」
「うん!」
肉体という依り代を失った事で、アンデッド達は悪霊と化した。それらはひとところに集まり、沼地の上空で渦を巻いてはこちらを睨んでいる。ようやく出番のパメラは浄化の力を使うため一歩前へ出るが……。
「ちょっと待ったあ!」
パメラが祈りを捧げようとした所で、アンジェが割って入る。
「ここはアンジェにおまかせ下さい。この程度の悪霊、天使の力を持ってすれば楽勝です!」
「あっ、ふふ、じゃあよろしくね、アンジェ」
パメラは一歩引いて少し楽しそうにアンジェを見つめた。この話が決まってからと言うもの、パメラはずっと上機嫌である。ロザリーも、ここまで楽しそうにしているパメラを見るのは久しぶりなくらいだ。
「不浄なるものども、そなた等の生命はすでにその役目を終えた。現世での迷いを断ち、いさぎよく天に還るが良い! ホーリィー!」
なんとなくオーバーにアンジェが魔法を唱える。もちろんその文句は正式なものではないが、気迫に押されたのか悪霊は次第に苦しみだした。
「わっ、できた……」
「え? 何?」
「いえっ、何でも……くっ、ですがこいつら、手強いです!」
アンジェと悪霊の戦いは、一進一退の睨み合いを続けながら持久戦へと突入した。相手が単体であれば簡単に除霊できるはずだったが、複数の集合体となった悪霊にアンジェでは荷が重すぎた。彼女の方もすでに限界を迎えたのか、少ない魔力と共に鼻水を垂れ流しながらピクピクと震えている。
「もうゆるじで……」
確かにそう言ったのを皆が聞いた。パメラは急いでその後ろから力を解放する。すると、ちょっとした瞬きの間に全ての悪霊は消え去っていた。誰にも分からないように力を貸したつもりだったが、皆が皆パメラの方を向いていた。
「やった……やっだあ!」
「やったね、えらいえらい!」
一人それに気付かずはしゃぐアンジェ。パメラもわざとらしくそれを称えるが、バレバレである。
「そういうの、やめてほしいな」
「え……」
その一言にパメラの笑顔が陰る。ソフィアの向けた冷たい視線は、一瞬で彼女を萎縮させた。
「アンジェにあんな事できるわけないでしょ。勘違いさせて、もしこれから何かあったらどうするの?」
「あ、そうだね……」
ソフィアの言うとおりだと、小さくなるパメラ。それに対しティセはパメラの肩を持ち、また話をこんがらがらせる。
「ちょっとねえ、今のはパメラが出なきゃコイツ危なかったでしょ。そもそもこんなの、パメラだけで済む話なんだよ、それを出しゃばってこられてもさ」
「確かにアンジェは役に立たないけど、そんな言い方はないと思います。それにあの程度だったら私だってできる。パメラさんは光の力しか使えないからちょっとだけ強いのかも知れないですけど」
まるで張り合うかのようにパメラに対峙するソフィア。
ソフィアは別名、虹の聖女ともよばれていた。この世界を構成する属性は七つ。火、水、雷、風、土、闇、光である。つまり、ソフィアはこの全ての属性を操ることができるエレメンタリストで、光の聖女パメラをどこか見下している所があった。またさっきの話を蒸し返すような事を言うソフィアに、ティセは苛立ちを隠せない。
「あん? まだパメラにつっかかる気? じゃあ逆に言うけど、アンタは全部が全部、中途半端なの。何でもできるけど一つでも飛び抜けたものが無い奴は、スペシャリストにはなれないんだよ。アンタ、だから聖女にもなれなかったんじゃないの?」
「ち、ちが……、ちがうもんっ! うぇええ……」
彼女はこうして、きつく言うと決まって泣いてしまう。そしていつも守ってくれるマコトの後ろへと隠れるのだ。
「ティセ……いいの。確かに私は回復に専念した方がいいから。久しぶりの冒険で、ちょっと楽しくて張り切っちゃった」
その言葉を受けて、今度はパメラをにらみつけるソフィア。
「また良い子ちゃんぶって……」
「こら、和を乱したのはあなたでしょ、さすがに私も怒るよ」
「だってえ」
一つ戦闘が終わった段階でこの有り様である。とてもではないが、このままではそれこそ周辺の魔物退治が関の山だ。これから協力して大きな目的を果たせるとはロザリーにも思えなかった。
「やれやれ、これじゃ先が思いやられるわね……」
「うう、アンジェ、やっぱり役立たずでしょうか……」
「い、いえっ、知識が豊富で、皆助かってますよ!」
あんまりな仲間達の言葉に一人うなだれるアンジェを、サクラコが懸命にフォローする。
「みんな知ってる事、得意げに喋ってるだけだよね」
ティセの追撃でアンジェはついに、わっ、と泣き出してしまった。
「じゃ、じゃあ私、また敵を見つけてきます。アンジェさん、今度は一緒に行きましょう。空を飛べるんですよね? いいなあ、索敵に便利じゃないですか」
「う゛っ、う゛っ、ありがとう……サクラコさん」
サクラコの機転で、二人は少し険悪な雰囲気から逃げるように魔物の探索へと向かうのだった。
ここは別名嘆きの森と呼ばれるほど、鬱蒼と木々が茂り昼間だというのに薄暗い。サクラコの視覚と聴覚、方向感覚無しではすぐにでも迷ってしまうだろう。つまり、サクラコはチームに必要不可欠な存在であり、アンジェはそんな彼女から必要とされた事が嬉しかった。
「サクラコさん、私、あなたが羨ましいです。みんなから頼りにされてるし、頭だって、私よりいいし……」
「そんな事ないですよ、実は私も役立たずってよく言われるんです。でもティセさんは期待してる人にしか厳しく言わないので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「そう言ってくれると助かります……。ソフィアも口が悪くて勘違いされやすいですが、本当は良い子なんです。みんな、仲良くなれるといいですね」
「はい、本当に……」
しばらく行くと、サクラコが急に立ち止まった。どこかで魔物の声がするようだ。しかし近くには渓流があり、その先は断崖である。つまり、滝の音が邪魔で位置が特定できないのだ。アンジェはここぞと鼻息を荒くした。
「サクラコさん、私の背中に掴まって下さい。空から見れば、一発です!」
「はいっ、失礼します」
サクラコを乗せ、アンジェは軽々と飛び立った。そして滝を降りる際、少数のアンデッドが滝下でうごめいているのを見つけた。その場で押し戻される水流に捕まり、身動きが取れなくなってしまったのだろう。
「なんだか、可哀想ですね……どこにも行けなかった、アンジェみたい」
「皆さんに知らせますか?」
「大丈夫、私がやってみます。こんな場所に一人一人運ぶのは非効率ですし」
アンジェは腰に身につけているショートボウを取り出した。天使ならば誰でも扱えるはずの弓であるが、まともな教育を受けていないアンジェはほぼ初心者である。マコトのお付きに選ばれ練習を重ねたが、そのセンスの無さには女神ですらサジを投げた程である。
「ふんすっ」
勢いよく放つも案の定、矢は見当違いの水底へと沈んでいった。何度も撃つが、かすりもしない。
「やはり、戻りましょうか?」
「……うー」
しょんぼりとアンジェの肩が下がる。サクラコにはアンジェの気持ちが痛いほどよく分かった。落ちこぼれと言われずっといじめられてきたが、勇気を出して一歩踏み出した結果、こうして仲間もできた。そんな、大切な人達の役に立ちたいという思いは決して無下にするべきではないのだ。
「アンジェさん、落ち着いて。多分、殺生をためらう心が、その手を鈍らせているのかもしれません。以前は私もそうでした」
「はい……だって、こんなの刺さったら痛いですもん……」
「でも、あの人達は今苦しんでいます。一刻も早く助けてあげないといけないんです。アンジェさんになら、それができるはずです」
アンジェははっとした。誰かを助けるためならば、迷うことなくこの弓も引けるのではないかと。
そしてふと、女神サイファーに教わったが一度も成功しなかった、神聖魔法と弓術を組み合わせた天使の戦闘術を試してみようと思い立つ。アンジェは敵対心を捨て、慈悲の心で念じながら矢をつがえると、その矢の先端に淡い光が宿った。
「この救いが、届きますよう……」
光を放つ矢は、一直線にアンデッドの体を貫いた。そして、刺さったというのに苦しむ事もなく、彼は光の粒子となって消えていった。
「や、やった! やりましたよ!」
「はいっ、すごいです! ほら、他の人も待ってますよ」
アンジェは調子よく次々に当てていく。そして最後の一体が光に消えると、地獄のような怨嗟の声も聞こえなくなった。次第に濁った水面は清らかに変化し、この場の浄化が完了した事を示した。
「ホーリーアロー……あはは、アンジェにもできましたぁ!」
「アンジェさん、やりましたね!」
二人は互いにしか分からない喜びを分かち合った。臆病で自信のない自分達にとって必要なものは成功体験である。何かが変わったのだろう。先程とは見違えるようにアンジェの目は輝いていた。
「少数ならこれでいけますね。ではこのまま飛びながら探索しましょう」
「サクラコは軽いから楽ですね。マコトはああ見えて重いんですよ。胸はあるし腹筋とかバキバキに割れてますからね」
すっかり自信を取り戻したアンジェは、ご機嫌にべらべらとみんなの秘密を喋り始めた。マコトはいつか下着を無くし、今はブルマを履いているとか、ソフィアはいつも鏡の前で自分に見とれているとか、たわいもない話が続いた。
「そういえば、最近ソフィア、夜遅くにそちらに遊びに行ってるみたいですね。帰りが遅いからマコトが心配してましたよ」
「え? それは初耳ですが……。ロザリーさん、何も言ってませんでしたよ?」
「も、もしかして秘密の逢い引きでしょうか……」
「そんなはずは……」
パメラとロザリーの告白を見ていたサクラコには、それがどうにも引っかかった。少し嫌な予感がよぎるが、ロザリーに限って、と雑念を振り払う。と、同時に上空から多数のアンデッドの集団を発見し、その話はそこで終わった。
残るは最後の総仕上げである。自信を取り戻した二人は、晴れやかな面持ちで皆が待つ場所へと急いだ。
―次回予告―
あらゆる思惑の中、ついに二人の聖女がぶつかり合う。
愛憎渦巻く魔女達の戦い。
それはひたすらに、純粋な想いに彩られた狂躁であった。
第69話「聖女と魔女」