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第62話 『双蛇』

 あれからどれくらい泣いただろう。

 ソフィアは闇の中にどこまでも沈みこむようなベッドに身を預け、全身の水分も枯渇する程に泣き疲れた後、すっかり眠ってしまっていた。どうやら一夜が明けたらしく、窓からはいつもと変わらぬ朝日が差していた。


「パパ……ママ……」


 そんな微睡(まどろ)みの中にいたソフィアは、部屋の扉を叩く音でようやく身体を起こす。どうも使用人を名乗る者が、式典までのお世話をするため訪れたようだ。


「虹の聖女様、どうぞここをお開け下さい」

「何の用? 今は一人にさせて」

「そういう訳にはまいりません。今日は、あなた様にとって特別な日ですので」


 ソフィアはけだるい体を引きずり扉を開けると、入ってきた二人の身なりを確認する。着古されたメイド服を着た美しい背の高い女性と、この仕事に就いたばかりと言うようなあどけない少女の二人組である。今まで世話してくれていた侍女の姿はそこになかった。


「初めて見る顔ね。いつもの子はどうしたの?」

「どうぞご心配なさらず。彼女が急病との事で、その代わりとして私達が行くように申しつけられたのです」

「そう……」


 ソフィアは少し不安そうな顔をする。いつもの使用人であれば、いくらか気も紛れたかもしれない。そもそも、新入りの彼女達などに泣きはらした顔など見せたくはなかった。これでは威厳(いげん)もなにもあった物ではない。


「では、失礼いたします。まあ、こんなに散らかしになって。お片付けは私共がやっておきますので、どうぞゆっくりなさってて下さい」

「ふん……どうせ今日死ぬのに、そのための世話までしなきゃいけないなんて。あなた達もご苦労な事ね」

「……話はお伺いしております、ソフィア様。聖女戴冠式、いえ、それは表向きの名。これから行われるのは、偽りの魔女処刑式。その心中、お察しして余りあるほどです」

「何が言いたいの? 私が死ぬの、分かってておちょくってる?」


 背の高い使用人は、その美しい顔で微笑んでみせた。艶やかなダークグレーの長髪が真っ赤な瞳に掛かり、どこか不気味な雰囲気を伴っている。


「ふふ、どうか怒りをお鎮め下さい。誤解を解くために全てをお話ししますと、私達はエトランザ様の(めい)であなたをお守りに来たのです。我々は双蛇(ケリュケイオン)の双子、フェルデナンド姉妹。潜入、暗殺を任務とする邪教(イルミナ)の組織、ロストチャイルドに所属する者です。私は妹のシェリル。そしてこちらはお姉様のメリル。どうぞお見知りおきを」

「何、言ってるの……?」


 突然の話に覚醒しきれていない脳が混乱する。こんな使用人風情(ふぜい)が暗殺者を名乗り、自分を守りに来たとでも言ったのだろうか。


「能書きはいい。死にたくなければ我々の言うとおりにしろ。いいな」


 しびれを切らしたのか、使用人にかかわらずもう一方の子供の方はこちらに対し尊大な態度を取った。こちらも赤い瞳と、ボサボサの黒に近いグレーの長髪。その顔はヘビの様に冷淡な表情を浮かべている。そんな彼女の態度につられてか、背の高い方の女性も急に砕けた態度へと変わった。


「お姉様、演技演技! シェリルも頑張ってるんだからぁ」

「くだらん……お前だけでやっていろ」

「じゃあもういっかぁ。このしゃべり方なんだか疲れるし」


 背の高い方のシェリルが、小さな方のメリルを姉と呼ぶ、明らかに怪しい二人組。二人とも同じ瞳の色に、毛質は違うが暗い色の髪色をしている。その似たような顔立ちからも、上と下を入れ替えれば確かに姉妹に見えなくもない。

 ただ、暗殺者というのは穏やかではないが、エトランザという名だけはソフィアにとって安心できるものであった。


「私を守るって、どういう事……? エトランザはどこにいるの?」

「エト様は身の危険を感じて、邪教の神殿へとお隠れになったわ。あ、知ってる? ガーディアナの女帝は同時に邪教イルミナの女帝でもあるの。都合良く顔を使い分けて暗躍するのが趣味の、とっても怖いお方」

「だがそんな女帝といえど、今回ばかりは教皇の怒りを買ってしまった。聖女誘拐の件と貴様の件、頭の痛い問題にどちらも噛んでいるからな、しばらくは表に出てくる事はないだろう。つまりこれ以上は裏から動くしかない。そこで我々、マレフィカであるフェルデナンド姉妹が出る事となったのだ。これで少しは理解できたか?」

「マレフィカ……」


 助けてくれるという言葉を鵜呑(うの)みにするべきか迷ったが、状況は切羽詰まっている。ソフィアは(わら)にも(すが)るような思いで二人にすがりついた。何より、マレフィカならば同じ運命を共有する仲間のはずである。


「ねえ、お願い、それじゃあここから出して! 聖女なんて本当はやりたくなかったの。もう贅沢な暮らしなんていらない、前に収容されてた所でも何でも良いから、私をここから連れ出して!」

「ふふっ、偽りの聖女としての暮らし、ずいぶんと懲りたようね」


 辺りを注意深く見渡すと、部屋には血が点々とこぼれていた。その先にあるのは割れた鏡。破り捨てられた聖女の肖像画はソフィアの血で濡れている。まるで彼女に秘められた狂気が語りかけてくるようである。


「お姉様、この子、使い道あるんじゃない? どこか、私達と同じ闇を感じるわ」

「ああ、エトランザ様もおそらくそのつもりだろう。訓練させ、我らが組織に引き込むのもいい」

「だったら、私の愛玩具(おもちゃ)にでもしようかな。うふふ」

「まったく、相変わらず癖が悪い事だ」


 ソフィアの願いには答えず、二人はまるで関係ない話を始めてしまった。まだ立場上は聖女であり、無視されるなどプライドが許さない。無意識に権力を笠に着る事を覚えたソフィアは、有利な状況を維持するために少し強引な手段に出た。


「私が聞いているの! どうなの!? 出来るの出来ないの!?」

「あんっ……」


 ソフィアは威嚇するようにシェリルの襟首に掴みかかる。そして、ソフィアに負けず劣らず美しいその顔に向け、勢いよく唾を飛ばしながら怒鳴り立てた。


「何とか言ってみなさいよ、この役立たず!」

「お姉様、こわーい……」

「っ……!!」


 次の瞬間、ソフィアは身体を丸め、這いつくばっていた。メリルがその小さな体躯(たいく)からは考えられないような腕力で、ソフィアの腹を殴り抜いたのだ。


「げええ……」


 あまりの苦しさに嘔吐するも、出てくるのは胃液だけ。ソフィアの脳は一時思考を停止し、殴られたという事を理解するのにしばらく時間を要した。


「いもうと……メリルの妹に、手を出すな……!」


 ソフィアは芋虫ように這いつくばりながら、ゆっくりと呼吸しようとする。やがて回復した脳は屈辱と羞恥と恐怖を覚え、最後に下腹部を刺す鈍い痛みがやって来た。


「うぐぅっ、ぐ……」


 ガクガクと声にならない声を上げながら二人を見上げる。先程までにこやかだったシェリルは、まるで感情無くソフィアを見下ろし、唾のついた唇をただ舐め取った。


「立場が分かっていないな。貴様は。これでも傷物にならぬよう、あえて腹を狙ってやったのだ。そのか細い首を搔き切る事とて、メリルには造作も無い事なんだぞ」


 メリルはソフィアの髪を乱暴に持ち上げ、その顔に唾を吐く。


「うひう……!」


 毎日欠かさず手入れを(おこた)らない自慢の髪も肌も、すでにぐしゃぐしゃである。本能的に絶対に敵わない相手だと、ソフィアは今頃になって気付いてしまった。その、蛇を思わせる捕食者の瞳に、ただ小動物のように震えていた。


「何を言い出すかと思えば、ここから連れ出せだと? 出来ると思うか? ここはガーディアナの中枢だぞ? 我々に出来る事は、処刑後に瀕死となったお前を回収する事のみ。しかし安心しろ、処刑人はこちらでどうにかしよう。そして、死なん程度に事を済ませた後、蘇生をする。目覚めた頃には、つぎはぎだらけの化け物となっているかも知れんがな」

「ひ……ごめ、ごめんなさいぃ……、お願い、許してぇ」

「うんうん、かわいそうに、怖かったよねぇ」


 すっかり怯えきり何を呼びかけても謝るだけとなってしまったソフィアを、妹のシェリルが介抱する。そして今度は、うってかわって甘えるような声でソフィアのひび割れた心に入り込んだ。


「お姉様、もう許してあげて? ソフィアたんごめんね、汚れちゃったね? それじゃ、キレイキレイにしょっか」

「ふん……相変わらず女に甘い奴だ」


 すでに腰砕けとなったソフィアを一瞥(いちべつ)し、恐怖心さえ植え付ければ充分とメリルは背を向ける。このように飴と鞭をそれぞれが担当し、対象を籠絡(ろうらく)するのが二人の得意とするやり方である。


「よいしょっと、わあ、すごい軽いんだ、ソフィアたんって」

「……あう」


 ソフィアはすっかり抱きかかえられ、シェリルのふくよかな身体に全てを預けた。そのやさしいぬくもりはソフィアをしっとりと包み込み、まるで赤ん坊に戻ったように思考力を奪う。


「ではお姉様、これより儀式を行います。後でまた」

「ああ、変な気は起こすなよ」

「うふふふ」


 メリルは浮ついたシェリルの笑みにやれやれと呆れると、まるで風のように消え去った。


「ねえ、ぎしき……って?」

「ん? そんな事言った? じゃあお風呂にしようねー。さてさて、ソフィアたんは何点かなー」


 シェリルはバスルームへと向かうと、ソフィアを手慣れた手つきでするすると丸裸にしていく。抵抗せずにされるがままにしていたソフィアは、何となくその手で胸を隠した。


「うう……」

「大丈夫、やさしくするからね」


 そして同じように彼女も衣服を脱ぎ、豊満な下着姿を晒した。むわっ、と服に閉じ込められていた体臭が溢れ出し、ソフィアの鼻腔をくすぐる。


「ごめんねえ、におうでしょ。シェリル、特殊なフェロモン体質でね、男が嗅いだら凄い事になるんだけど、女の子もきっと嫌いじゃないと思うな」

「う、うん……」


 シェリルの言うとおり不快感はなく、ソフィアは直接脳を愛撫(あいぶ)されているような高揚感に包まれる。そしてだらしなく口を開けながら、なされるがままに体を洗われた。まるでお人形遊びの人形にでもなった気分だ。


「ソフィアたん、とっても綺麗。んー、見た目が80点? 性格がマイナス50点だから、ソフィアたんは30点ね」

「え、低い……」

「じゃあ、自分は何点だと思う?」

「90……てん?」


 シェリルは思わず笑ってしまった。おそらく本当は100点満点だと思っているのだろう。その微妙な数字に浅はかな思慮(しりょ)が見え隠れする。


「ふふ、90点はないかなー。私でも、80点だから」

「うう……じゃあ、70点……」

「んっふふふ!」


 シェリルにとって、こんなに面白いおもちゃは初めてであった。どこまでも純粋な欲望が、どこまでも美しい肉体に宿っている。それだけで身震いするほど愛おしくなった。


「それならぁ、いまからあなたを100点にしてあげる」

「えっ」


 ソフィアは急に唇を奪われた。もちろん、聖女となるまでも、聖女として振る舞い始めてからもした事のない行いである。


「んっ、はっ……」


 恥ずかしさに湯気が立つようなキスの後、ソフィアは身動きができないように後ろから優しく抱きしめられる。背中には大きな胸が押しつけられ、肖像画の取り払われた目の前の鏡には、聖女ではない、ありのままのソフィアの姿が映し出された。そこには、真っ赤な顔をした自分と、後ろからそれを舐めるようなシェリルの視線が向けられている。


「これが、私……?」

「そう。これが、本当のソフィア。本来の、魔女の持つ美しさよ」


 まるで本当の魔女のように輝きを失っていた顔は、どういう訳か元の美しさを取り戻していた。

 やはり、美しい。確かに彼女に身を任せれば、もっともっと美しくなれる気がした。これから起こるであろう出来事を予感して、ソフィアの固く閉ざされていた唇がゆっくりと開きだす。


「ソフィア。処女(バージン)、もらうね」


 ソフィアにとって長い時間が始まった。からみつく蛇のようにねっとりとした指先が何度も未成熟な身体を襲う。シェリルはその体を優しく撫でたと思うと、意地悪するように尖った爪を立て、快楽と苦痛との境界線を激しく行き来させた。


「ひっ……!」

「どう? もう訳が分からないでしょ」


 シェリルはソフィアの首筋に蛇のような舌を這わせ、それらの行為を繰り返す。


「ぢゅる、ぢゅずず……。ソフィアたん、かわいい」

「いや、やめて……!」


 ソフィアは体中を別の生き物に支配されたかのような不安の中で、一応の抵抗を見せる。

しかしその心は全くの逆。その先にある何かを密かに期待していた。


「痛いのは、いや……。優しく、して?」

「ごめんね、苦しいよね。でも、それはあなたが抵抗するから。気持ちよくなりたかったら、全てをさらけ出すの。その醜さも、全部ね」

「醜くなんて、ない。私は、私は……」

「いいえ、醜いわ。他の誰よりもね」


 怯えるソフィアを楽しむように、魔女が耳元で囁く。体はどこか感覚を失い、意識もうつろいはじめた。


「だから、あなたを、あなたじゃなくしてあげるの。嫌でしょ、30点のままだなんて」

「なにを、する気……?」

「壊すの。あなたという存在を。そして、私だけの愛玩具(おもちゃ)にするのよ」


 すると、今まで感じた事の無いような痛みが体を襲った。同時に、脳がはじけ飛ぶ程の未知の快楽も襲いかかる。ソフィアは悲痛な表情を浮かべ、シェリルへと懇願する声は絶叫へと変わった。


「いやあっ、ゆるしてっ、もうゆるじでっ……!」


 満足そうにその声を聞き届けると、シェリルの瞳は蛇の様に変化した。これこそ彼女の魔女としての顔。ここからは洗脳の手順となる抑鬱(よくうつ)からの解放を繰り返し、反射行動と共に細かな条件付けをしていかなければならない。

 蓄積に蓄積を重ねた欲求が決壊寸前の所まで来ている。シェリルは仕上げとばかりに鏡越しにソフィアの瞳を見つめた。その瞳は、まるで蛇の目。一度見てしまったらもう、逃れることは出来ない蠱惑(こわく)。さらに彼女の背後には、軟体動物のような触手の幻像(スペクトル)が蠢いている。気がつくと、それら吸盤の付いた何かがソフィアの体を幾重にも拘束していた。


「見て、これが本当のあなた。だから、この際全部解放しちゃお?」

「や゛っ! や゛あ゛ぁぁぁぁ!!」


 目の奥が明滅し、脳神経が焼き切れるほどの快楽の渦が押し寄せる。それは、呪術を得意とするシェリルによる洗脳術。十四歳という思春期の少女には、余りにも酷な洗礼であった。


「あ、あっ、あっ……」


 意識はすでに爆ぜた。それでも体はいつまでも痙攣(けいれん)を続けながら術への抵抗を示している。


「百点満点……、こんなの、我慢できない……!」


 シェリルはそれから半睡(はんすい)状態のソフィアを満足行くまで(もてあそ)んだ。あるときはやさしく、ある時は爪を立て、意識を書き換えるように命令を覚え込ませていく。そして、その先にあるめくるめくご褒美のために、ソフィアは忠実なシェリルの操り人形と化した。


「しぇ、り、る……しぇ、り、る……」

「ふふ、術式完成。絶対に助けてあげるからね……ソフィアたん」


 大人達に捨てられ、共に深い闇へと堕ちる少女達。

 むせ返るような蒸気の中、心地よい脱力感に包まれながら、シェリルは新たな仲間となった魔女ソフィアの救出を強く誓うのだった。


―次回予告―

 聖女という仮面をつけ、世界を(あざむ)く戦いが始まる。

 七色の虹は心を亡くした男に何を見せるのか。

 少女を見下ろし、処刑台は冷たく笑う。


 第63話「虹の聖女」

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