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第59話 『ロザリーとソフィア』

挿絵(By みてみん)





 時は戻り、現在。ロンデニオンにて合流したマレフィカ達による親睦会は、マコトの昔話と共につつがなく進行していった。

 ロザリーによる最高の料理を前に皆、楽しげに談笑を交え、仏頂面だったティセすらも次第に機嫌を直していた。これにより仲直りのパーティーはひとまず成功したかに見えたが、パメラとソフィア、渦中の二人が会話する事は結局一度もなかった。


「……これが、一日目に起きた出来事です。あの時は本当に大変だったなあ」

「ふうん。アンタ達、見かけによらず結構苦労したんだ。ちょっとだけ見直したかな」

「はい、まだまだ話してない事もいっぱいありますよ! 良かったらアンジェの話も聞きます?」


 天界で起きた壮大なシンデレラストーリーを話す気満々でいたアンジェだが、今ロザリーにとって気になるのは、ブラッドのその後である。


「いえ、それはまた今度聞かせてもらうわ。父さんがどうなったのか、まずはそれが知りたいの」

「しくしく……いいんですいいんです。アンジェなんてどうせ……ちらっ」

「分かりました。それじゃ、二日目に入りますね」

「ほー、無視ですかそうですか」


 マコトに起きた話の続きに皆が興味深く耳を傾けようとしていた時の事、どういう訳かソフィアがおもむろに席を立った。そして「ごちそうさま」と言い残し、一人宿へと帰ろうとする。


「マコト、先帰るね」

「あっ……」

「ソフィア! 食べるだけ食べて帰るのは失礼でしょ!」


 マコトは慌ててソフィアを呼び戻そうとするが、彼女は振り返ることもしない。おそらくこれも自分のせいだと、パメラの顔が再び曇る。


「やっぱり、まだ居心地が悪いのかな……」

「ああ、またあの子は空気を読まない行動を……ソフィア、戻ってこないとアンジェが全部食べますからねー!」

「どうしよう、話はまだ続きだけど……」

「いいのよ、私が行くわ。彼女、私には心を開いてくれるようだから。あなた達はどうぞパーティーを続けて」


 ロザリーはそのまま話を続けるように言い、一人ソフィアの後を追いかける。その際パメラも席を立とうとしたが、ティセにより腕を掴まれ制止された。


「アンタは行かない方がいいよ。気持ち、分かるけどさ」

「でも……」


 パメラは言いかけた言葉を飲み込む。そのとっさの行動も、ソフィアを思う優しさからと言うより、今彼女達を二人きりにする不安からだなんて、とても言えなかった。


「……うん。そうだよね、私が行ったら、逆効果だよね」

「パメラちゃん、ごめんね。あの子にはちゃんと叱っておいたんだけど……」

「ううん。私は大丈夫だから、叱らないであげてほしいな。マコトは、あの子の味方でいてあげて」

「パメラちゃん……」


 一気に重くなる空気。それを見越してか、サクラコは事前に用意しておいた商店街一の名店スイーツをテーブルに並べた。そう、彼女はロザリーの右腕として、この席を絶対に取り持たなければならないという使命があるのだ。


「あの、みなさん、良かったら甘い物なんてどうですか? たくさん買ってきたので、遠慮せずにどうぞ」

「サクラコさん、私は悲しいです! あなたが人を堕落させるお菓子をこんなに隠し持っていたなんて……罪をお菓子、いえ、冒した罰として全部アンジェが没収します!」

「はい、どんどん食べて下さい。ほら威武(イブ)、あなたにはこっちの甘さ控えめの焼き菓子がありますよ」

「アン!」


 甘い物が大好きなイブと一緒に、アンジェはむしろ自分が犬だと言わんばかりにがっついた。


「はむっ、こんな美味しいものが食べ放題なんて、アンジェ幸せですぅ。はむっ、はふっ、ふごっ!」

「アンジェ。そんな甘い物ばかり食べて、また虫歯になっても知らないからね」

「大丈夫ですよ。アンジェ、歯磨きを覚えたので。あんな地獄はもうこりごりです」

「わー。歯磨き、一人でできるんだ。すごいね!」

「ふふー、最近、チョコを食べた後にミントで歯を磨くと、意外と美味しいという事に気がつきまして。これ、ホントは内緒なんですけどね、パメラさんには特別に教えてあげましょう」

「あ、ありがとう、私も試してみるね」


 スイーツの魔力か、場は再びほがらかなムードに包まれる。そんな様子を見て、ティセもまたサクラコおすすめのお団子に手を伸ばした。


「アンジェだっけ。アンタ見てると、なんだかイライラしてるのがアホらしくなってくるわ……。ま、せっかくあいつがセッティングしてくれたんだし、アタシ達はアタシ達で楽しもっか。マコト、良かったら話の続き、よろしく」

「分かりました。それじゃ、アンジェが虫歯になった時の事も含めて話しますね」

「それはもういいじゃないですかあ。そもそもこれは、絶対にマコトとエンゲージしたせいです。虫歯なんてこれまで、一度もなった事なかったのに」

「ちょっと、人を虫歯菌みたいに言わないでよっ!」


 ひとまず皆気を取り直し、パーティーはロザリーとソフィア抜きで続けられる事となった。しかし二人の事が気になるパメラだけは、大好きなはずのパンケーキすらも喉を通らずにいるのだった。






「待って」


 宿を出たところで、ロザリーはその痛ましい傷のある背中に追いつく。まるでそれを待っていたかのように、ソフィアはもったいぶって振り返った。


「ロザリーさん、やっぱり来てくれた!」


 どうやら怒っているわけではないようだ。おそらく子供特有の、関心を引こうとする試し行為である。まんまとそれに引っかかったロザリーは、近くの階段へと二人腰を掛け、話をすることにした。


「良かった。私の料理が気に入らなかったのかと思ったわ」

「そんな事、絶対に無いです! いっつも黒パンかマコトの料理かで、あんな美味しいもの食べたの久しぶりでした」


 平気でマコトへの不満を口にするソフィア。ロザリーは当てつけるように料理を振る舞ってしまった事を後悔した。それは仕方ないとしても、謝らなければならない事は他にもある。


「マコトの話聞いてね、私、間接的にだけど、あなた達にすごく迷惑を掛けた事に気付いたの。父さんがそこにいたから良かったものの、そうでなければ……」


 ソフィアはその途中でロザリーの唇に指を当て、いたずらに微笑む。


「マコト達はそうかもしれないけど、私はロザリーさんに感謝していますよ? ロザリーさんが聖女を誘拐したから、ああしてブラッドさんと出会えたし、マコトも来てくれた。私の悪夢みたいな生活は、ロザリーさんに助けられたようなものだから」


 そう言ってソフィアはロザリーに抱きついた。そしてまたすうーっと息を吸い込む。変わらずの甘い匂いに、ささくれた心も落ち着いていく気がした。


「もう、またそういう事……」

「ふふ。好きって、止められない感情だから。ロザリーさんも、好きな人くらいいるでしょ?」

「そうね……それなら、パメラとも少しで良いから仲良くしてくれないかしら? あの子は私をこれまでずっと支えてくれた、かけがえのない子なの。……ね?」


 ソフィアは感情的なまでに、抱きしめるその手にいっそうの力を入れた。ぎゅう、と締め付けられる胸から、再びじわりと湿り気が生じる。


「イヤ。イヤったらイヤ……!」

「ソフィア……」

「ロザリーさん、お風呂はいろ? ちょっとエッチな匂いするよ?」

「えっ……」


 小悪魔のように挑発的に微笑むソフィアに、ロザリーは心臓を鷲づかみにされた気分になる。


(これは……)


 ソフィアからは無意識にパメラに対して使った闇の力が漏れ出していた。それはロザリーが拒もうとも、二人の身体を締め付けるようにして離さない。

 ロザリーはそれを受け、意識的に使わなかったカオスの力(マギア)を解放し、防衛のためソフィアの心を読んだ。


((ロザリーさん、好き。ロザリーさん、大好き。ロザリーさんは私のもの。ロザリーさんじゃないと嫌。ロザリーさんを奪う人嫌い。私の邪魔する人嫌い。そう、邪魔するのはいつも聖女。聖女なんて、大嫌い! 聖女なんて、いなくなっちゃえ!))


(……っ!!)


 一瞬聞こえたものは、恐ろしいまでの純粋な自分への好意。そして、それと同じくらいにある、聖女であるパメラへの憎しみ。ロザリーはすぐさま力を収め、心を覗き見た事を後悔した。


「ねえ、どうする? お風呂、一緒に入ろうよ」

「え、ええ……そうしましょうか。ソフィア、こっちよ」

「やったあ。それじゃ私がマコトの代わりに、あれから先を話してあげる」


 二人は滲んだ汗を流すため、宿へと向かった。その途中、ソフィアは気ままに光を放ったり、火を放ったりして、派手めな芸を披露してみせる。


「これが私の力。その気になれば、光も闇も、火も水も、全ての属性が何でも使えるの。だから私、向こうでは虹の聖女って言われてたんだよ。すごいでしょ?」

「驚いたわ……。ティセですら一属性しか使う事ないのに」

「でしょー? ふふっ」


 ソフィアの目がちらりと中庭に向かう。それは、まるで恋人のように腕を絡めて寄り添う姿を中庭のパメラへと気付かせるための行為であったが、ロザリーはただ、虹の聖女と呼ばれた力に感心するのみである。そして、外に目を泳がせていたパメラはその目論見通り、しっかりとそんな二人を目撃してしまった。


 少し放心しているかのようなパメラを横目で見つめ、ソフィアは自分の唇をゆっくりと舐め回した。あなたの大好きな人、私が奪ってあげる。との意味を込めながら。






 浴場は実質、二人の貸し切りであった。宿はどこも今、比較的客の入りが少ない。近々行われる建国記念の祝祭ともなると満席どころではなくなるらしいが、普段ここへと泊まるのは外国から来た豪商や、数少ない最高ランクの冒険者くらいのものだ。


 そんな豪華な浴場にて、ソフィアは備え付けてあるシャワーをロザリーへと向けながらはしゃいでいた。


「すごいすごい! ちゃんとすぐにお湯が出るよ! じゃーっ!」

「こら、ちょっと、目が開けられないでしょう」

「だって、こっち見られると恥ずかしいんだもん」


 ソフィアはそう言いながら、一方的にロザリーの体をじっくりと観察する。タオルを巻いていても分かる。それはアンジェにも匹敵するほどの肉感。しかし一つだけ違うのは、そこから立ちのぼる色気である。大人の女性とはこういうものだと思い知らされるばかりだ。


「そろそろやめなさい。あなたもお湯に当たらなきゃ風邪引くわよ」

「はーい。でも、つい意地悪したくなっちゃうんだ、ロザリーさんて。ほら、あの目つきの悪い人もいっつもからかってるし」


 ティセの事を言っているのだろう。からかわれているのは事実ではあるが、人から見ればそんな風に見えるのだとロザリーはそこで初めて知った。


「そうね、私は特に気にしてないけれど。彼女なりの愛情表現だと思っているわ」

「だから好き勝手言われるんだよ。あの人怖いなぁ、ねえ、私の分まで怒っておいてよ」


 すっかり馴れ馴れしく敬語も使わなくなったソフィアは、あけすけと他人への批判を始める。こういう所が少し苦手なロザリーではあったが、マコトとの様子を見るに、いつも叱られているのだろう。それならば、自分くらいは少し甘えさせてあげようとぐっと(こら)えた。


「分かったわ。もう少し優しくするように私から言っておく」

「甘やかしてくれるんだね。大好き」

「もう、そうやって全部許して貰う気ね」

「ばれちゃった」


 ロザリーはソフィアの体にシャワーを当てる。細くて白い、少しだけパメラより発育がいい体を、どこか慣れた手つきで洗い始めた。


「ほら、じっとしてて」

「気持ちいい……。いつも、あの子にもそうしてあげてるの?」

「ええ、ガーディアナではずっとそうして貰っていたらしいから……」

「ふーん」


 するとソフィアは強引にロザリーの手を自分の胸へと当てた。布越しのまだあどけない柔らかさに、たじろいだ指が埋もれる。


「ここも、洗ってあげるの?」

「そこは……」


 かぶりを振るロザリー。自分で出来る場所は自分でやってもらっているのだ。

 いつからだろうか。二人は裸の付き合いを互いに意識するようになった。ロザリーの中にパメラに対する恋心が生まれてからだろうか、それから以前のようなスキンシップは徐々に減っていった。まるで、その先にある何かを恐れているかのように。


「じゃあ、ここは?」


 ロザリーの指は、突然ソフィアの下半身へと引きずり込まれた。ソフィアはそれを離すまいと内股でぎゅっとはさみ、挑発的な笑みを浮かべた。四方を肉で囲まれた、生々しいぬくもりがロザリーを包む。


「ソフィアっ!」

「やあっ」


 さすがにいたずらが過ぎるとロザリーはその手を抜き出し、平手を振りかざした。ソフィアは椅子から転げ尻餅をつき、大袈裟に頭を抱えながら震えている。


「ふああっ、いや、いやっ」


 ただの子供のいたずらについムキになってしまった。ロザリーはその過剰とも言える反応に、少しばかり罪悪感を覚える。あまり性を安売りしてほしくはない親心と、パメラへの何か裏切りのような感情が入り交じり、思わず手を上げそうになったのだ。


「ソフィア……ごめんなさい。ちょっとびっくりして……」


 ロザリーは落ち着かせるようにソフィアを抱きしめた。好きだと言ってくれた暖かい胸がソフィアを優しく包む。すると次第にその震えも収まり、安心したのかソフィアは泣き出してしまった。


「ロザリーさん、ロザリーさんも私を叱るの? 何で? 私に居場所なんてないの? こんなに助けてって言ってるのに、みんな私をいじめる……、イヤだ、イヤだよお」


 何かトラウマを刺激した可能性を考慮して、ロザリーは穏やかにソフィアの頭を撫でた。この手はあなたを叩く物ではないと言い聞かせるように。


「ソフィア、私はあなたを責めないわ。だから話を聞かせて? あの続きを教えてくれるんでしょ? あなたに何があったのか、そして私に何ができるのかを知りたいの」

「う、うん……」


 ロザリーはソフィアと共に湯船に浸かりながら、その身に起きた出来事を聞くことにした。


「あの日、私はね、世界に殺されたの……」


 ソフィアが語り出したのは、マコトと出会う日の前日。つまり、マコトがこの世界に降り立った日からの、ソフィアの物語であった。


―次回予告―

 第二の聖女ソフィアの、傷だらけの追憶。

 醜い世界の片隅で咲いた花に、居場所などはない。

 そして彼女の心もまた、漆黒へと染まっていった。


 第60話「偽りの日々」

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