第51話 『交差』
マコト達との顔合わせの最中、突如豹変したソフィア。第二の聖女として教会を追われている彼女は、全ての原因を作った真の聖女であるパメラを憎んでいた。ロザリー達はマコト達との話し合いを諦めるより他なく、宿へと戻ってきたのだった。
「パメラ、大丈夫?」
「うん、ありがとう……もう平気」
ロザリーはソフィアの異能であろう闇に当てられ、ベッドで横たわるパメラを介抱する。傷つく事の多いロザリーと違い、彼女がああも良いようにされる事は珍しい。言うなれば、いつもと立場を入れ替えたような光景である。
「ソフィア……ずいぶんとあなたの事、恨んでいるようね」
「仕方ないよ、多分とっても怖い思いをしたんだと思う。それに、あの子の平穏を壊したのは私だもの」
「私も、無関係ではないのよね……。あなたを連れ出した事で、ソフィアの悲劇は始まったのだから」
ロザリーはそう言った後で、こうも付け加えた。
「でも、後悔はしてないわ。悪いのはあなたではなくガーディアナよ。力で集める崇拝……自分達に都合のいいそんな役割を作りだした事自体が、全ての元凶なのよ」
「ううん……違う。私の存在が、私の持つ力が、ガーディアナを狂わせたの……」
「パメラ……」
人の争いというのはやるせないものだ。誰かの咎が輪廻して、やがて全てを覆い尽くす。たとえ全てを成し遂げたとして、この戦いの先にあるものは何であろうか。
先ほどのマコト達との会話が思い出される。相手が魔であるならどんなに心が痛まないだろうか。いや、それはそれで凄惨な道だろう。魔というものは遠慮などしてはくれない。かつてのこの世界の惨状は伝え聞いているが、地獄そのものであったと言う。
「ねえパメラ、私達はどうしたらいい……?」
マコト達の行く末を案じると、出来るならば力になりたいと思う。だがこちらはこちらで、今は戦力が足りない。パメラは少し困ったような顔をして微笑んだ。
「ロザリーがいいと思う事をするのが一番だよ」
「パメラ……」
そんな顔しないで、とパメラはロザリーの頬に手を伸ばす。パメラは微笑みながら、柔らかくその顔を撫でた。
「でもね……私は、やらなきゃいけないことができたよ。今は、するべき事をする。そしたら、いつか道だって見えてくるんじゃないかな」
それはソフィアの事であろうか。この根深い怨恨は簡単に拭い去れるものではないが、それでも自分で向き合わなければならないけじめであると。
「そう……そうね。どんなに困難でも、少しずつ、前に進むしかないのよね」
ロザリーも何か自分にできることがないか考える事にした。彼女達は自分達を頼ってここまで来てくれたのだ。このままで終わっていいはずがない。
そうこう思案していると、ソファーからフン、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「あーあ、とんだ無駄足だったわね。あいつらとは目的も違うし、ホントやってらんない」
「ティセ……」
ティセはどうもまだご機嫌ナナメのようだ。こう見えてパメラの事をかなり可愛がっている彼女は、ソフィアにケチをつけられた事が気に入らないでいる。
昔、アルテミスで箱入り娘をしていた頃の彼女は、パメラの様に可憐なお姫様像に憧れていた。実を言うと、シネマジカで魔法少女がやりたいと言い出したのは他の誰でもないティセなのだ。今でこそ噴飯ものだが、今でもどこかその憧憬を忘れる事が出来ない。可愛いものがたまらなく愛しい自分。それを侮辱されたようで腹の虫が治まらないのだ。
「パメラ、かわいいから、絶対……。あっちの性格がブスなのよ……」
と、さっきから独り言のように反論を続けている。だが、ソフィアの容姿が飛び抜けて美しい事もティセは認めていた。アカデミーのクイーンが、少し自信を失ってしまうほどに。
だがこの程度の確執ならかわいいものだ。問題はパメラとソフィア。ロザリーには父の無事を知らせてくれた彼女達と争う気など更々ない。何より、かけがえのないマレフィカという仲間なのだから。
「威武、今はみなさん疲れてますから、良い子にしてるんですよ」
「スンスン」
自分にやれる事を思いついたロザリーは、ティセの機嫌を損なわないように遠くで大人しくしていたサクラコへと声をかける。
「ねえサクラコ、あなたにちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「は、はい、私に出来る事なら、なんなりと!」
サクラコに頼んだのは、ちょっとした買い出し。彼女も体を動かしたかったようで、前のめりになって出かけていった。
「さてと、後は私の腕に掛かってるわね。頑張らなきゃ!」
今こそ先輩冒険者としての腕の見せ所と、ロザリーはかわいい後輩との関係修復のための準備に取りかかるのだった。
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「ごめんなさい……」
ソフィアはそれだけを言うと、黙りこくってしまった。やらかし新人のマコト達はボロ宿に戻り、早速反省会である。
「うーん、ソフィア。あなたが悪いのは百パーセントそうなんだけど、あんまり思い詰めちゃダメだよ」
「でも困りましたね、せっかく仲良くできると思ったらおかしな事に……。まったく、どこに地雷があるか分かったものではありませんね。これだからメンのヘラは……」
「アンジェ、もう言わないの」
マコトはアンジェの広いおでこに向け、ピンッ、と指を弾いた。
「あいた! バカになったらどうするんですかあ!」
「……もう遅いと思う」
すかさずソフィアが毒づいた。息を吐くように毒を吐く。こんな子になってしまったのは理由があるのだが、このままではあまりに悲しい。
「ソフィア。そういう所だよ、ほんとに。言葉の暴力を振るわれたら相手はどんな気持ちになるか、ちょっとは考えようよ」
「あの、普通の暴力はいいんですか……?」
「うん、ごめんね。アンジェ。私も少し余裕がないよね、気を付ける」
「あう、素直に謝られると私の気持ちの行き場が……」
一同、自分達の惨めさに、改めてため息をつく。
「とにかく、しばらくはここで生活しないといけないの。なのに早速こんな事になって……。あなたも、ロザリーさん達と仲良くできたらきっと楽しいでしょ?」
「ロザリーさんは、素敵……」
「“は”、って何。パメラちゃんも素敵だよ? 次、ちゃんと謝ろうね」
それは絶対に嫌だと、ぶるんぶるんと首を振る。これは思った以上に深刻だ。
「皆さんいい人ですし、これはもうソフィア次第ですね。今後力を貸してくれるかが掛かっているんです。あまりわがまま言うと、アンジェも怒りますよ」
珍しくアンジェが厳しい口調でソフィアを責めた。こういう時、マコトは自然とバランスを取るために中立の立場を取る。
「まあ、そもそも他力本願な私達が良くないって事かもしれないね。なんだかあちらにも事情がありそうだし、あまり押しつけたらいけない気がしてきた」
「うーん、人間世界に介入しすぎても良くありませんからね。こればかりは仕方ありません」
それもそうだとアンジェは引き下がり、とりあえずの反省会はここまでとなった。
「よし! それじゃ夜ごはんにしよう。今日は……この黒パンをミルクに浸してみよう! 街の教会が配給してて、並んでやっと手に入れたんだ!」
「また黒パンですか……? まあ、マコトの料理じゃなければ犬のエサでも……」
「あ、言ったなー」
「ぼ、暴力反対!」
そこまで言った所で、突然ドアを叩く音がした。マコトは再びげんこつの体勢を取っていたが、それに救われた形となったアンジェが喜び勇んで出迎える。
「はいはい、あれ……サクラコさん? どうしたんです、一体?」
「こんばんは、アンジェさん。わあー、ここ借りてたんですね。私達が前住んでた所です。懐かしいな」
色んな思い出の詰まったボロ宿は、今ではマコト達の安らぎの場所となっていた。以前イブが引っ掻いた傷を眺めながら、感慨に浸るサクラコ。
「いらっしゃい! サクラコちゃん。へえ、ロザリーさん達もここにいたんだぁ。すごい偶然だね!」
パタパタと中からマコトも出てきたが、ソフィアは奥の方で固まったままだ。
「ここがその女共の家か」
「どうやらそうらしい。ここでの流儀、理解らせてやる必要があるな」
「お嬢、こいつらを攫えばいいので?」
なぜか男の声がすると思いサクラコの後ろを覗いたアンジェは、ガラの悪い数人の男達を見た。頭は角刈り、その顔は傷だらけ、胴着から見える腕にはモンモン入り。彼らがいる理由には思い当たるフシだらけで、さーっと青ざめるアンジェ。
「ひい……、もしかしてアンジェ達、あんな事やこんな事をされ、最後にはロンデ川に沈められるのでしょうか……。し、新入りの分際でナマ言って申し訳ございませんでしたあっ! ほら、マコトも謝るんですよおっ!」
「アンジェ、反社会勢力に屈しちゃダメ! 私達、何と言われても絶対に立ち退きませんから!」
「ち、違いますっ! この人達は人攫いでも借金取りでもなくて……!」
サクラコは慌ててそれを否定し、彼らは買い出しや護衛に付き合ってくれているだけだと伝えた。今のもどうやら、お嬢に舐めた口を利いた新人に対する彼らなりのジョークらしい。この街での裏社会の支配者となってしまった自分に、いまだに戸惑いを隠せないサクラコであった。
「ふう、寿命が縮むかと思いましたよ。それで……ご用というのは……」
「よろしければなんですが、今晩の夕食のお誘いに上がりました。今回の件を水に流すため、ロザリーさんがぜひ料理を振る舞いたいとの事です。私もぜひご一緒したいのですが……どうでしょう」
「おお、聞きましたかマコト! 黒パンから豪華ディナーへとレベルカンストですよ!」
「ありがとう! あんな事があったっていうのに、本当にいい人達……」
マコトは礼儀正しくお礼をすると、強引に奥からソフィアを連れてきた。
「ほら、行こうソフィア。みなさん待ってるよ!」
「うー……っ」
しかしその足は首輪を引っ張られる子犬のように地面に張り付いている。いつまでもぐずり続けるソフィアを説得しなければ食事にありつけないとあって、アンジェによるあの手この手での籠絡が始まった。
「ソフィア、ロザリーさんの手料理、食べたくないんですか?」
「食べたい」
「じゃあ、仲直りですね」
「やだ」
「では、アンジェ達だけでお腹いっぱい食べてきましょう」
「や、だめ……」
「食べるだけ食べて謝らないんですか? 悪い子ですねー」
「う、うう……。悪い子でいいから行く……」
「いいんだ……」
なんだかんだで、こうして三人はロザリー達の宿へと招待される事になったのだった。
そびえ立つ高層建築群。ボロ宿とは対照的に、一等地に構える豪華で目を見張る建物が三人を出迎える。
「ひえー、見なさいマコト。これが天をも恐れず建てられたというなんちゃらの塔ですよ。きっと最上階にはこちらを見下して、ゴミが……なんてつぶやいてるフィクサーがいるんです」
「変なマンガの見過ぎ。このくらいなら私の世界にもゴマンとあるよ。サクラコちゃん、もしかして、ここかな?」
「はい、きっとロザリーさんがお迎えに……あ、ほら、あそこに!」
外にはすでに、エプロンを付けたロザリーの姿があった。彼女はこちらを見つけるなり、新妻のような笑顔で手を振る。
「マコト、ここに住みましょう。三食昼寝と、女神付きの良物件ですよ!」
「さっきと言ってること真逆……。ロザリーさん、あんなに迷惑かけたっていうのに今回はお招きいただき、どうもありがとうございます!」
「こちらこそ、来てくれなかったらどうしようと思ってたわ」
「そんな、せっかくのお誘いですし……ほら、ソフィアもお礼!」
「あ、ありがとう……それと、さっきはごめんなさい、ロザリーさんっ」
ソフィアはさっきの出来事などなかったかのように、ロザリーへと抱きついた。
「もう……でも、気にしてなくてよかったわ。パメラももう平気よ、今度は仲良くしてあげてね」
「はあーい」
「ロザリーさん、ここはアンジェが地雷除去係になります。話題が危険地帯に入ったらそれとなくサインを送りますので……」
「アンジェ、しつこい、嫌い」
「ぐえー、すでに踏んでいた……!? これはマインったなあ!」
「ふふ、あなた達って面白いわね」
「うそ……初めてウケた……」
一同は談笑しながら、しゃれたテラスを抜け広い庭へと向かう。その途中、ハッハッと息を弾ませながらイブが飛び込んで来た。
「わー、ワンちゃんまでいるんだ!」
「あれ、この子、わんわんコンテストで優勝してた子じゃありませんか?」
「そうみたいね。知らないうちに有名になってたみたいで。ほら、イブ、あまりはしゃがないの」
イブは誰彼構わず足下にすり寄る。その際、この中で一番か弱いソフィアへも強引に体重を掛けじゃれついた。
「ひう……」
「ソフィア、犬が苦手なの?」
ロザリーの問いに、ソフィアはこくこくと頷く。イブは基本放し飼いだが、こういう時サクラコは影縫いの要領で手綱を作りだし、上手にリードするようにしている。
「威武、待て、ですよ。一つ忠告しておくと、犬は自分が苦手な人が分かるんです。だからその緊張が伝わって、無駄吠えしたり警戒したりします。この子は良い子なので、自然にしていれば大丈夫ですよ」
「そんな事言っても……」
ふと目が合ったイブに、引きつった笑みを浮かべるソフィア。すると、イブはゆっくりと歩み寄り、再びその脚にスリスリと体重をかけた。
「ひゃ……」
「気に入ってくれたみたいですね。良かった」
「ふふ。ちょっとかわいい、かも……」
庭にはすでに大人数でパーティができるほどの会場が用意されていた。パメラとティセは準備を済ませ、先にテーブルについている様子だ。
「あ、ティセ。みんな、来てくれたよ! よかったーっ」
「ふーん」
パメラは少し大袈裟に盛り上げようとするが、ティセはつまらなそうにほおづえを付くばかり。ここはひとまず大目に見て、一同は早速パーティを始める事となった。
「じゃあみんな、改めてマレフィカでの親睦会といきましょう。腕によりをかけたから、みんな遠慮なく食べてちょうだい」
目の前にはあらゆる料理が並んでいる。そのどれもが、シェフが作ったのかと見まごうばかりの品々である。
「こ、これを全部、ロザリーさんが……?」
「ええ、昔大所帯にいてね。料理が私の担当だったから少し慣れてるのよ」
「おおー……アンジェ達、夢でもみているのでしょうか」
黒パン生活の彼女達にとっては刺激が強かったのか、早速アンジェは手近な席に着き、それを頬張り始めた。
「ほいひい! ほへ、ほいひいへふ!」
「こらっ、お行儀が悪いでしょ!」
「いいのよ、ほら、ソフィアもこっちへ」
ロザリーは気を使って彼女をパメラから遠い席へと誘導する。ソフィアはロザリーのそんな優しさに改めてじんわりとほだされ、またもパメラに見せ付けるように背中から抱きついた。再びパメラの中に、チクッとした感情が生まれる。
「ソフィアちゃん、たくさん食べてね。ロザリーの料理、美味しいんだよ」
パメラは胸の痛みを無視し、ソフィアに話しかけた。先に、もう気にしていないということを示したかったのだが、ソフィアには何となくそれが自慢に映った。わたしのロザリーが作った料理、特別に食べさせてあげる。どこまでもひねたソフィアにはそんな風にしか聞こえなかったのだ。
ソフィアは、まるでそれを聞かなかったようにロザリーへとお礼を述べた。
「ありがとう、ロザリーさん! 食べよ食べよ!」
こうして、親睦会を兼ねた食事会はとりあえず何事もなく進行していった。
ティセは言葉少なにパメラの口を拭いたり切り分けたりと世話を焼いている。普段はロザリーの役目だが、今はマコト達との橋渡しに忙しいのだ。ソフィアはそんなパメラをちら、と見てはイライラを募らせる。ガーディアナだけに飽きたらず、のんきにここでも人に世話なんかさせて、と。そして、どうにかしてそんな彼女の居場所を奪ってやりたいと、次第に内に眠る感情をエスカレートさせていった。
「こんなの毎日食べられるなんて羨ましいな。あーあ、私もあっちの子になりたい……マコト、私あっちに行っていい?」
その言葉はマコトにとって少し許容し難いものであったが、こんな席でまた騒ぎを起こすわけにもいかず、ただ、穏便に会話を広げた。
「こら、私だってこれでも頑張ってるんだからね。でもロザリーさん、ホントに全部美味しいです!」
「ありがとう。でも父さんは少しも美味しいって言ってくれなくて。ムキになって色々と試行錯誤してたら、気がつくとこうなっていただけよ。いまだにあの口から美味しいって聞いたことないの、酷いでしょう」
「そう、なんですね……ひどいなあ」
マコトは同情した。なぜなら、ブラッドには美味しいと言えない理由があるのだ。娘にも伝えていない事を自分の口から言うべきではないだろう。マコトも絶賛料理修行中なのだが、アンジェ達からはおおむね不評だ。少し似たような境遇に勝手に親近感を覚える。
「でもきっといつか、美味しいって言ってくれますよ。そう言えばブラッドさん、今頃どうしてるんだろ……。無事、切り抜けられたのかな」
「マコト、その話は……」
アンジェの横やりにマコトは、あっ、と口を塞いだ。実の娘のロザリーの前で軽率であったと、その続きを言い淀む。
「えっと、そのですね……」
「いいのよ、聞かせてくれる? 父さんに何があったのか。この際、私も知っておくべきだと思うの。たとえ、それが私にとってどんな内容でも」
ロザリーはむしろ冷静であった。死線を何度もくぐってきた親子ならではの信頼感は、この程度で崩れることはないのだろう。
そのまっすぐな瞳に対し、マコトは正直に答える事にした。ここまで手厚く迎えてくれた人に嘘はつけないとの思いもある。
「分かりました。実は……」
マコトはこれまでに起きた出来事の詳細を、真剣な表情で語り出す。
叛逆の物語と救世主伝説。二つの運命は今交差した。魔王と戦う運命を背負った異世界の少女、マコト。そしてそれを繋ぐ男、ブラッド。それらの身に何が起きたのか。皆、固唾をのんで聞き入るのだった。
―次回予告―
どこにでもいる、ごく普通の女子高生マコト。
しかし彼女の内には、“救世主”と“魔王”の力が宿っていた!?
現代に舞台を移し、今新たな物語が始まる!
第52話「救世魔王は女子高生!」