第50話 『邂逅』
その日の夕刻。新人として入ってきたというマレフィカの少女達と会うため、ロザリー達は冒険者ギルドへと足を運んだ。
思えば別チームのマレフィカとの接触はこれが初めてである。ちょっと前には思ってもみなかったような出会いが迫り、ロザリーの心も浮き足立つ。
「私達と同じように旅をしてるマレフィカの子達がいたなんて……。これが親心っていうのかしら、なんだか抱きしめたくなってしまうわね」
「きっとここまで、逃げるようにして辿り着いたんだと思うよ。本当はもっとマレフィカはいるはずなのに、みんな捕らえられてしまうから……」
パメラの言うようにガーディアナの魔の手から逃げ延びるには、かなりの実力を持ち合わせていなければ難しいだろう。ティセは自身の身に起きた事を思い返し、唇を噛んだ。
「クソっ、あの時の事、思い出しただけでムカムカするわ。マレフィカってだけで普通に暮らすこともできないっての?」
「そうなんですね……私も知らずにあちこち歩き回ってました。今思えばうかつでしたね」
「まあ、ここまで来たのならひとまず安心でしょう。私達まで暗い顔していてはいけないわ」
当のマレフィカであるそんな彼女達は、すっかり街に溶け込むような姿をしていた。というのも、新人と会う今日だけは戦いを忘れ、おめかしをして出かけようという話になったのである。
ティセはいつものパンキッシュさに、コレットの影響で興味を持ったゴシックを足した衣装を身に纏い、パメラは水色を基調とした清楚なワンピースでまとめている。二人とも、さすがはセレブと言った着こなしだ。
「でもさ、威圧感を与えないようにって、こんな恰好までする必要ある?」
「第一印象は大事だよ! ロザリー、これ、水着と一緒に買った服だけど、どうかな?」
「ええ、とても素敵よ。私も普段着を着てきたけれど、これ、旅に出ててしばらく洗ってないのよね。大丈夫かしら」
「はい、ロザリーさんからはとっても良い匂いがします。鼻が効く私が言うんです、間違いありません」
そう太鼓判を押すのは、以前ティセに作ってもらった桜柄の半纏を着たサクラコである。パメラ達と対照的にファッションにあまり興味のないこの二人は、頑なに節約と言って服を新調しなかった。そんなリネンシャツとパンツルックのロザリーへと、パメラが甘えるように寄りかかる。
「うん。ロザリーの匂い、私も大好き」
「もう、パメラったら……人が見てるでしょ」
「えへへ」
そうこうしていると、冒険者に交じって場違いな少女達の姿が見えた。一目で彼女達だと分かったロザリーが遠くから声をかけると、目を爛々とさせながら、リーダーらしき小柄な少女が大きく手を振ってくれた。
「あの子達が……」
ロザリーはぎゅっと唇を閉じ、何かがあふれてくるのを必死にこらえる。そして今度こそどこへも行ってしまわないよう、急ぎ足で彼女達の下へ向かうのであった。
ギルド長の好意もあり、彼女達は広々とした個室にて初顔合わせをする事となった。
二組で向かい合い、まずはロザリー達が軽く自己紹介をするやいなや、向こう側の小柄な少女ははじけるように元気よく挨拶した。
「初めまして! 私、須藤真琴といいます! ずっとあなた達を探していました! 会えて本当に嬉しいです!」
開口一番、どんな暗雲をも吹き飛ばすような笑顔が生まれる。マレフィカであると言うのに、この少女からは何一つ悲哀も憎悪も感じない。ロザリーはまずその事に驚かされた。
「私は、救世主となるために旅をしています。そして同時に、マレフィカっていう存在でもあります。でも、そっちについてはあまり詳しくなくて。だから、あなた方と会えば色々と教えてもらえると思って。あ、私達も、何か手伝える事があれば何でもします! よろしくお願いします!」
マコトはまくし立てるように自己紹介をした。ずいぶんと礼儀正しい子である。そして何より、彼女は伝説の救世主の血を引くマレフィカなのだという事にまたも驚かされた。そう、王も話してくれた、あの魔王を倒したとされる人物が彼女の父だというのだ。
「救世主……? 救世主ってあの!?」
「えへへ……本当にお父さん、こっちで有名なんだね」
「リョウ゠スドウと言えば、とんでもない有名人よ。まさかそんな子が……」
確かに、言われてみるとこの邪気の無さは普通ではなかった。ロザリーの感じ取る意識にも、それはまざまざと表われている。まさに陽の感情しか存在しないのだ。それに比べると他の二人の意識は雑然としているものの、内に秘める魔力はかなり高い。期待していた以上の新人にロザリー達は驚くばかりだ。
「へー、マジで!? ちょっとヤバくない? サイン貰っちゃおうかな」
「ティセ……先輩の威厳はどうしたの?」
めずらしくティセが感心する一方、サクラコは食い入るようにマコトの方を見ている。
「ま、マコトさん、ぶしつけなことをお聞きしますが、琴吹桜という方をご存じでしょうか」
「サクラさん? うーん、知らないなあ。お父さんの知り合い?」
どこか期待していたものとは違う答えに、サクラコは少しだけ肩を落とす。
「はい、私の叔母でありお師匠様なのですが、若い頃救世主様と共に旅をしたらしく……ぼ、慕情を寄せる間柄だったとか」
「えっ! お父さんこっちで浮気してたの? ひどい!」
早合点したマコトに、大柄の少女が続けざまに説明する。
「マコト、それはそっちの世界に戻る前の話ですよ。確かに、二人は恋仲だったと聞いています。結果的にそんな二人の仲を引き裂くような事をしてしまったと、女神様も気に病んでいました」
マコトは救世主からサクラの事は聞いていないという。つまり、それはもう終わった事なのだとサクラコは理解した。そして、いつもは厳しいのに救世主の話をする時だけは、まるで少女の頃に戻った様に語ってくれた師匠の事が少し不憫に思えた。
「そうですか……すみません、変な事聞いて」
「あっ、ごめん! お父さんは昔の事全然話してくれなくて、私も全然知らないの。でもね、私の真琴って名前、ある人から一文字もらったんだって。それって、その人の琴の字じゃないかなあ」
「そ、そうです、きっと! そうなんだ……師匠、良かった……」
サクラコは少しだけほっとした。大切な子に昔の恋人を思わせる名前をつけるなど、それほどに想い合っていたのだろう。
「そっかあ、お父さんの元カノかあ……どんな人なんだろう」
「顔は、私によく似ています。性格は、正反対ですが……」
「やっぱり面食いなんだ。私のお母さんも綺麗だったんだよ。私が子どもの頃、天国に行っちゃったけど」
「え……。あ、あの……何て言ったらいいか……私」
「あっ、気にしないで。元々病気があって、精一杯生きた結果だから。もう苦しまなくよくなったって、そう思う事にしているの」
「はい……」
気落ちするサクラコに、マコトはポンポンと優しく頭をなでてあげた。
同じような民族だからだろうか、どこかこの二人は並ぶととてもしっくりくる。
「でもあなた、本当に異世界人なのね……。初めて見たけど、やっぱりイヅモ人に似ているわね」
「ロザリーさん、救世主様は異世界のイヅモ、日本と呼ばれる所の客人です。似ていて何ら不思議はありません」
「ニホン……聞いた事ないわ」
剣一筋でいささか勉強不足のロザリーに変わり、ティセが割って入る。
「ニホンのある地球の事なら、少しだけ知ってるわ。ここアトラスティアの並行世界で、これまでに大きな滅亡もなく、ここよりも文明が進んでるっていう所ね。アルテミスでもディメンションゲートの研究が進んでてさ、それ以外にも異世界はいまんとこいくつか見つかってるらしいわ。ねえ、それはいいとしてアンタのそれって羽よね? あと女神と知り合いみたいな事言った?」
異世界談義はほどほどにして、ティセがまたずけずけとつっかかる。目をつけられた大柄な少女はティセの目つきに気圧されたようで、少しうわずった声で自己紹介した。
「お、おお、この羽が見えるのですか、流石はマレフィカ。わたし、アンジェラス゠ベルと言います。女神サイファー様の下で天使見習いをしていますです。親しみを込めてアンジェって呼びましょう」
彼女は彼女で、この世界の守護を担っているとされる女神サイファーの使いだという。こちらもにわかには信じられない話であった。
「まるでおとぎ話の世界ね……」
「この世界って意外とおとぎ話なんですよ。今は魔王もいないため、世界のバランスが人間中心になっているだけなのです。それが女神様の願いでもあります」
「マレフィカが言うのもなんだけどさ、救世主だの天使だの、アンタ達ちょっと普通じゃない集団ね」
「私から見たらティセさんも普通じゃないです……」
「んだとー」
ティセに対するサクラコの余計な一言で、ゲンコツの音が響いた。
「ひっ」
そのやりとりを見て、もう一人の華奢な少女がアンジェの後ろに隠れる。
「あっ、この子はソフィア。ちょっとここに来るまでに色々とあって、こんな風に人見知りになっちゃったんです」
「……う、うう」
すっかり怯えている彼女へは、パメラが歩み寄った。その姿が昔の自分のようで、どこか放っておけなかったのだ。
「大丈夫? ほら、ティセ、そんな事したら怖がっちゃうでしょ。めっ、するよ」
「アレはやめて! まったく……パメラだって十分怖いんだけど」
「ティセ?」
「わ、分かったってば……」
知らない人から見れば彼女は確かに不良に見える。パメラはぐいぐいとティセを後ろへと追いやり、再度ソフィアへと微笑みかける。しかし彼女はじっとこちらを見つめ返すのみだ。
そんなにべもない態度の彼女に対し、自分も人見知りだった事を思いだしたパメラは焦りを覚えずにいられない。
「ソフィアちゃんだっけ。えっと……良かったらあなたの事、教えてほしいな」
「……ふん、あなたには教えない」
「あう……」
「こら、駄目でしょそんな態度。……えっと、じゃあ私からこの子の紹介をしますね。この子はソフィア゠エリン。なんていうか、こう見えて彼女、実はガーディアナの聖女ってやつなんです」
「えっ……!?」
「どこまで話していいのかな。ソフィア、全部言ってもいい?」
「…………」
その様子はふてくされているというより、怯えているようだった。そんな黙ってしまった本人の代わりに喋り始めたマコトの口から、またしても驚くべき事実が明らかとなる。
「あなた達の事、信じられると思うから全部お話しします。この子は、ガーディアナが聖女としてでっち上げた、もう一人の聖女。上手く説明できませんが、いなくなってしまった本当の聖女の代わりになるはずが、聖女戴冠式という式典の最中に裏切られて、殺されてしまう所だったんです。私達の邪魔でその時は上手く逃げられましたが、ガーディアナは今も彼女の事を探しているはず。だから、私達はあなた達の力をどうしても借りたかったんです」
そう、以前ガーディアナが擁立したという第二の聖女こそ、このソフィアであったのだ。
聖女を騙った罪で民衆の面前にて処刑が行われたという“偽りの聖女事件”。その際、突如救出に現れたマコト達の活躍で彼女は一命を取り留める事となった。
それからこうして共に旅をしているが、それ以外の事はマコト達もよく知らないという。そもそも救世主としてこの地にやってきたマコトとアンジェの二人は、ガーディアナとは本来何の関わりもないのだ。
「第二の……聖女」
ロザリーはふとつぶやき、ソフィアを見て思わず驚いた。剥き出しの憎悪の感情がパメラに向けられていたからだ。パメラが聖女である事は他の誰も知らないはず。だが、彼女は……。
((気に入らない、気に入らない、気に入らない……!))
その大人しい見た目からは考えられないほどの感情。悪意を向けられたパメラも、さすがに異変を感じていた。
((この子、もしかして……私の事……))
しばらく見つめ合う二人。パメラはその睨むような目を受けて、無事に生きてくれていたという喜びと、聖女としての運命に巻き込んでしまった罪の意識が、ぐるぐると渦巻いている。ロザリーも掛ける言葉が見当たらずに沈黙する他なかった。
そんな重苦しい場面をよそに、マコトが口を開く。
「驚くのも分かります。私だってこの世界に来たばかりで何も分からなくて。あの時ブラッドさんという人に助けて貰えなかったら、ホントどうなってたか……」
「ブラッド……今、ブラッドって言わなかった!?」
「は、はい、ちょっと不良で、ケンカっぱやくて、ダメな大人の見本みたいな人。でもものすごく強くて、意外と親切で。私達がここに来たのも、その人から向かうように言われたからなんです」
「そ、それはこんな感じの人?」
ロザリーはおもむろに髪を後ろで束ね、バンダナを目深にかぶる。そして口を固く結んだ。
「ぶっ、不審者じゃんそれ」
「わあ! 似てる、似てます。そう、そんな感じでした!」
(やっぱり……、生きてたのね……父さん)
ロザリーの父ブラッドはローランド戦役の際、ガーディアナの司徒である軍隊長ジューダスと死闘を繰り広げた後、巨人兵器の爆発と共に姿を消した。
ギュスターが言うには、殺しても死ぬような男ではないと一つも心配などしていなかったが、娘であるロザリーは別だ。父の事を考えない日はないほどに心配だった。ロザリーは、ここに来てこれ以上ないほどの喜びを噛みしめる。相変わらず不器用な生き方をしているようだが、生きていてくれたのだ。
「ロザリーさん? わあっ、泣いてるんですか?」
「ふふ……それ、私の父よ」
その場に沈黙が流れた。するとさっきの失言に気付いたのか、マコトが急に慌て出す。
「え、ええ!? 娘さん? あっ、ちがくて、えっと、とてもかっこいい人でしたよ! ダメ人間とか私、言ってませんから!」
「マコト、とりつくろってるのバレバレです。むしろ今トドメ刺しました」
「いいのいいの、剣術以外はほんとダメな大人なんだから」
「ぶふーっ、なんか想像できた。ロザリー親父。ぶっふふ」
ティセに笑われると無性に腹が立ったが、ロザリーは喜びを隠しきれない。今回だけは特別に許す事にした。
「あなたが、ブラッドさんの……」
何かをつぶやきながら、ソフィアがロザリーのそばに近づく。彼女は夢の中にでもいるような顔でこちらに微笑みかけ、おもむろに豊かな胸へと抱きついた。少しはだけた胸元をソフィアのたおやかな髪がくすぐり、その鼻はスウーッと深く呼吸をする。
「ソ、ソフィアっ」
「ホントだ、あの人の匂いがする」
今は鎧を脱いだ普段使いの軽装をしているが、長旅から帰ったばかりで清潔とは言えない状態である。悪い事にロザリーは胸に汗をかきやすく、ソフィアがパタパタとすると確かにそのにおいがふわっと立ち上ってきた。中でもパメラはこの匂いがお気に入りで、いつも気付かれないように嗅いでくる。その事はとっくにロザリーも気付いているのだが、その度に心臓がドキドキと高鳴る事もパメラにはバレている。つまりそれは二人だけの秘め事であった。
「そ、そんなに臭うかしら……」
「あはっ、加齢臭ね! ロザリー、親父と同じ臭いするんだ」
「ちっ違うわよ! ちゃんと香水の香りがするでしょう!」
どう取り繕おうと胸の裏を持ち上げた時の匂いは、確かに少しコンプレックスであった。胸当てで蒸れ、流れる汗がたまり、時折フェロモンのような匂いを放つ。いつもは香水でごまかしているが、旅先で使い切ったため今日はつけてはいない。そんな恥ずかしい香りを指摘され、ロザリーは羞恥に顔を紅く染めた。
「はあ……。まるで、ブラッドさんに抱かれてるみたい……」
ソフィアはロザリーの胸を顔に寄せ、再び深呼吸をした。そしてこの意味深な発言。父の匂いに安心するという事は、どういう事なのだろうか。ロザリーは父とこの少女との間に起きた出来事を連想するも、あまりの事に次第に気が触れそうになった。
「ソ、ソフィア……、やめて、恥ずかしいわ……」
「いや! しばらく、こうさせて……」
ソフィアは抵抗し、むしろロザリーの胸に顔を埋めた。そして谷間に出来た汗溜りをチロ、と舐め取る。その濃厚なフェロモンにソフィアの欲望はさらに刺激された。次第に高鳴る心臓。それに気付いたソフィアは、顔を振り、いたずらに端正な鼻先を敏感な胸にこすりつける。すると、少しだけ甘い香りが辺りに広がった。
「あっ……だめっ」
ロザリーはこれ以上は声が押し殺せないと、少しだけソフィアを拒んだ。うっとりとしたソフィアはロザリーを見上げ、ペロリと舌なめずりをする。服には染み出した汗が、だらしない跡を付けていた。ソフィアがちょうどそれを隠すように位置取っているため、動かすわけにもいかず為す術もない。
「うう……」
真っ赤になった困り顔のロザリーを見ていたパメラは、複雑な表情をしていた。そこはいつも本来ならパメラの定位置なのだ。ソフィアはしれっとした顔で、隣のパメラに対して笑って見せた。もちろん、他の誰にも見せないように。
「くすっ」
パメラはズキリと心臓が痛むような、しばらくぶりの感覚を覚える。
しかし皆には普通に抱きついているように見えているらしく、仲むつまじい光景に場は和んですらいた。
「よかったぁ、ソフィアやっと落ち着いたみたい」
「ソフィア、父の乳で眠るのです……」
「つ、次は私もいいですか?」
「サクラコはこっちおいで、そっち親父臭するよ。アハハ」
「ふふ……」
すっかり打ち解けたように談笑する皆をよそに、パメラだけはどこかぎこちない。それに気付いたロザリーは、一人所在なさそうにしているその手を握る。
「っ……」
するとパメラは一瞬驚いたような顔をして、ロザリーにやさしい笑顔を向けた。
(ふーん……)
その一部始終を見ていたソフィアは、二人の間に滑り込むようにロザリーをパメラから遠ざける。そして黙って顔を上げ、ロザリーを見つめた。その目は子供のやきもちを焼くような目だ。
「私を見てくれなきゃ、や」
「ソフィア……」
大丈夫。とロザリーの手を離すパメラ。複雑な思いだったが、ロザリーは自分を求めてくれているソフィアを無下にはできない。ロザリーは仕方なくそのまま本題へと戻ることにした。
「あなた達の事については分かったわ。……それでマコト、私達は何をしたらいいのかしら」
「はい、実は力を貸して欲しいんです! ソフィアを守る事もそうなんですが、私達は魔王の復活を阻止するためにやって来ました。女神様が言うには、魔王を封じるために私が救世主として目覚めなければいけないらしくて。まずは遙か東方の国にはびこる魔を倒し、救世の儀式を行えとの事です」
「魔王が……復活!?」
「と、東方というとやはりイヅモ国でしょうか……」
サクラコが心配そうに聞き返す。大事な人達を残してきた故郷、魔の復活と知っては気が気ではないだろう。それに対してはアンジェが流暢に答える。
「はいです。実は今、イヅモと魔界とで次元が繋がる前兆があるのです。私達の使命は今の時代の均衡を守る事。ですので、もう二度と魔界と人間界を繋げてはいけないのです。天使はそういう時、いつも地上に遣わされて来ました」
「待って、最初に話した通り私達は私達で、戦うべき相手がいるわ。それが、魔王までだなんて……」
「私達は魔とは戦いますが、人間同士の争いには参加することはありません。なのでそちらの方には、残念ながら力添えは出来かねます。そういう決まりなので……」
確かにロザリー達の戦いは歴史上何度も繰り返されてきた地上でのいざこざ。天使のあずかり知る所ではないのかもしれない。
「私達の敵はガーディアナ。魔の復活が本当なら、今はそんな事している場合ではないのよね。でも……」
「うん、ガーディアナを早く止めないと、ソフィアみたいな子がまた……」
「……!」
ソフィアはそんな言葉を言うパメラをしっかりと睨んだ。かわいそう、そう言っているように思えたのだ。
鋭く見つめるソフィアの瞳に気付いてはいたが、どうしても言わなければならない事があるため、パメラは自分の知る、少し踏み込んだ話を切り出す。
「実は、魔界に関してはガーディアナはすでに知っていて、リュミエール……教皇がエルガイアの統一を急ぐのもそれが一つの原因だと思う。あの人はいつかの救世主のように、人類を統率して魔と戦うつもりなの。確かにガーディアナの持つ力を使えば魔族には勝てるかも知れない。でも、それはたくさんの人達の犠牲の上での話。だったらそんなの魔王と変わらない。だから、私はあの人を止めないといけないの。きっと、魔に対抗する手段は他にもあるはずだから」
その重い口調から、世界を巻き込んだ事態の深刻さがうかがえる。そして、彼女がそれを憂うだけの立場である事も。マコト達にはパメラが聖女である事は隠していたが、ここまで言えば勘のいい人間ならある程度察しはつくだろう。
「やっぱり……」
ソフィアがパメラの話に割って入る。そして今まで独り占めしていたロザリーから手を離すと、突然険しい顔でパメラに詰め寄った。
「あなた、聖女でしょ!」
ソフィアの豹変に緊張が走る。ロザリー達には彼女の感情が何を意味するのか嫌と言うほど分かっているのだ。
「え、聖女? 第二の聖女がソフィアでしょ? ってことは」
いまいち要領を得ないマコトは、一人納得したように続けた。
「あっ、パメラちゃんが第一の聖女なんだ! ……えっ!?」
「聖女、聖女、聖女……! 気に入らない顔してると思った! 何度も見たそのブサイクな顔!」
ただ事ではない殺気を放つソフィアから、次第に闇が広がる。パメラはそんな闇に染まったソフィアの目を直視することさえできずにいた。
「アンタね! 今の訂正しなよ!」
「いやっ! いやあっ!」
するとティセまでもがソフィアに突っかかり、ソフィアの襟元を掴んでにらみつける。パメラは必死でそれをほどこうと間に入った。
「やめて! 私はいいの、だから!」
ロザリーは渦巻く思考の衝突に少しめまいを覚える。それでもなんとか力を制御し、攻撃的な思考の流入を防いだ。
「あなたたち……、やめなさい」
そんなロザリーの声も聞こえないのか、ソフィアはついに何かしらの力を使った。彼女から漏れ出した闇がさらに広がると、それはパメラの喉元にツタのような形となって絡みつく。
「うっ、ぐっ!」
闇はパメラの首をきつく締め付けた。呼吸もままならないのか、だんだん青ざめていくパメラ。ロザリーは強引にでもソフィアを大人しくさせるかどうかの選択に迫られる。覚悟を決め平手を振り上げたその時、けたたましい声が上がった。
「いい加減にしなさーいっ!!」
マコトはその一言でその場を収めた。皆、とてつもない大声にしばらく耳鳴りが鳴り止まず静止している。パメラに伸びた闇も、すっかり影を潜めていた。
「お前達、何事だ!」
ギルド中がざわつき、ギルド長が部屋へと駆け寄る。以前の騒ぎを知っているだけに、すぐ近くで待機していたようだ。
「ソフィア、いきなりどうしたの!?」
「ふーっ、ふうーっ」
マコトは興奮するソフィアを抱きとめ、強引にロザリー達から引きはがした。
「この人が逃げたから……! 何もかも投げ出して逃げたから、私はっ!」
ソフィアは再び我に返り、憔悴したパメラへと食ってかかろうとする。
「ソフィア、ダメだよ! ロザリーさん、この話はまた今度!」
「ええ、今はそんな場合ではないようね!」
ソフィアを連れ、その場から離れるマコト。ロザリーもティセを制しながらそれを見届け、力なくうなだれるパメラを抱きかかえる。
「こほっ、こほっ……ロザリー、あの子を、ぶっちゃ、ダメだよ……」
「パメラ……分かっているわ……でも……」
確かに、あの時そうしていた場合に起きた結末は、今より酷いものであっただろう。彼女はそれだけ脆く、危険であった。つまりマコトの見せた機転、あの場合あれ以上の判断はない。
ロザリーはショック状態にあるパメラを落ち着け、その日は宿へと戻ることにした。
「マコト……せっかく来てくれたのに……ごめんね」
一方、にわかにざわめくギルドに残されたサクラコとアンジェの二人は、どうしていいのかわからずポツンと立ち尽くすばかり。
「あの、何かと大変ですね……心中お察ししますです」
「はい、お互いに……」
こうしてマレフィカ冒険者達による初めての会合は、互いにとって苦い思いを残す結果となったのであった。
―次回予告―
互いを知る事、それは解り合う最初の一歩。
そんな親睦を深めるため開かれた、魔女達の晩餐。
そこで語られるは、運命に抗うもう一つの物語であった。
第51話「交差」