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第49話 『新人冒険者』

 王の助言により自らの戦う意義を確かめたロザリー達は、一週間ぶりに自由都市デュオロンに戻ってきた。

 ここもずいぶんと様変わりし、初めて訪れた時のような不穏な空気はもうない。道行く黒胴着の存在は相変わらずだが、今では彼らも自警団のような役割を担っているようだ。平和とは、こういう風景の事を言うのだろう。


「ただいま、デュオロン。騒がしかったここでの毎日が、なんだか懐かしいわね」

「はい。もう自分達がいなくても、この街は大丈夫ですね。少し、寂しいですが……」

「本来はそうあるべきなのよ、サクラコ。喜ばしい事だわ」


 そんな感慨もほどほどに、ロザリー達はまず、馬車を返すため堕龍本部へと向かう事にした。ついでと言ってはなんだが、しばらく預けていたイブも引き取らなければならない。


「イブ、今頃どうしてるかしら。元気にしてるといいけど」

「きっと寂しがってるよね、イブ子……」

「はい……思ったほどクーロンも危険はなかったですし、あの子も旅に連れて行けてたら良かったんですが……」

「でもアタシ達、実際リュカに襲われたじゃん。あの時もし怪我させてたら、あいつ立ち直れなかったでしょ。だったら預けといてよかったんじゃない?」

「それもそうですね……」


 はやる気持ちに押されるよう、馬車はファレンの屋敷へと走った。そして到着して早々、待ち構えたようにサクラコを出迎える黒胴着達。


「お嬢、お帰りなさいませ! よくぞ御無事で!」

「みなさん、ただいま戻りました。色々とお世話になったお礼を言いたいのですが、ファレンさん、いますか?」

「はっ、どうぞ中へ。ささ、皆さんも」


 サクラコ達は案内されるまま、いつか騒ぎを起こした執務室へと通される。そこには書類の山と格闘するファレンの他に、修行の一環である站樁(たんとう)功に勤しむ用心棒のチャンもいた。


「ファレンさん、チャンさん、お久しぶりです」

「おお、お嬢に皆さん、お早いお帰りで! 今か今かとお帰りをお待ちしておりましたよ」

「はい。目的も無事果たせましたし、威武の事が気になって早めに帰ってきました」

「それはそれは……おいお前ら、今すぐイブちゃんを連れてこい!」

「へいっ」


 サクラコはすっかり母親になったような気分で、そわそわとしながらイブとの再会の時を待つ。


「お嬢、安心して下さい、あの子はそれはもう元気にしてますから。むしろやんちゃすぎて、ウチの奴らも振り回されるほどで」

「もう、威武ったら……。次からはもっと厳しくしなきゃいけませんね」

「いやあ、しかし動物と触れ合うというのは良いですね。ゴミのように荒んだ心が洗われるようです。なんでもそういった心理療法もあるようで、中でも馬が特に効果が高いらしいですよ。そうだ、次は賭け馬のオーナーになるのも悪くはないですね。減った税収を埋める新たなシノギにもなる。そうと決まれば、うかうかしてはいられませんよ!」


 ロンデニオンでは有魔(ウマ)を使った競馬が有名だ。優秀なブリーダーとなれば、ラウンドナイツとの繋がりも太くなる。ファレンは早速資料を取り出し、金勘定を始めた。


「あはは、相変わらずですね。あ……馬といえば、馬車を一つだめにしてしまった事、申し訳ありません。私がもっと警戒していれば……」

「いえいえ、馬も無事でしたから気にしないで下さい。それよりも大丈夫でしたか? 逃げ出した御者を問い詰めた所、よりによって妖仙に襲われたと聞きましたが」

「うむ……やはり俺もついていけばよかったな。今の俺ならば、一矢くらいはこの傷の報いを与えられたかもしれん。いや、ここは堕龍総出でクーロンへとお礼参りに向かうべきか……」


 何か誤解があるようで、用心棒のチャンは怒りを露わに拳を握りしめた。再び無駄な抗争が始まる気がしたロザリーは慌てて割って入る。


「ちょっと待って! それが、別に悪い妖仙という訳でもなかったのよ。むしろあの子がいたから、あの辺には本当の妖仙もいなかったんじゃないかしら」

「なんと、妖仙にしては珍しい……となるともしや、伝説の妖仙ハマヌーンの再来かもしれんな……」

「それはともかく、馬車が壊れたのは私の責任よ。好きな額で弁償するわ」

「またまたご冗談を。私と首領(ドン)の間柄じゃないですか。水くさい事は言いっこなしですよ。ちょっとばかり、今後とも私共をごひいきにして頂ければ」

「あ、ありがとう、考えておくわね」


 ただでは転ばないと細い目で笑うファレンを見るに、今後とも堕龍との腐れ縁は続きそうだ。そんなこんなで挨拶もすませた頃、黒胴着に連れられたイブがやってきた。


「あっ、イブ子だ!」

「キャン、キャン!」

「威武! あはは、良い子にしてましたか? あれ、なんだか少し大きくなったような……それに毛艶もすごくいいですし」


 見ない内に少し成長したイブ。その輝きを放つような美しさに、ファレンも鼻高々だ。


「はい! 最高級のご飯に、最高級のブリーダーを付け、最高級の美容室でカットしてもらいましたから。あとついでに、堕龍主催のわんわんコンテストで優勝もさせときました。いやー、毎日はしゃいではしゃいで。これでやっと私の肩の荷もおりますよ」

「アンアン!」

「あなた、そんな贅沢をして……今後が恐ろしいわね」

「寂しかったどころか、むしろ楽しそうじゃない。イブ、ほらおいで」

「あー、ずるい!」


 イブは一人一人飛びついて挨拶するが、パメラには最後にちょっとだけ撫でさせてあげただけで済ませた。そして、完全に自分の方が偉いのだと言わんばかりに鼻をならす。


「うう……ずっと心配してたのに……」

「ではファレンさん、色々とお世話になりました。今度は“らうんどないつ”の皆さんから軍用の馬車を借りる事ができそうなので、そちらの方はもう大丈夫そうです」

「それは寂しい限りですが、皆さんの安全には変えられませんね……。あ、そうです、皆さん宿の手配はお済みで? 流石に私共にも面子がありますので、今度こそ立地の良い高級宿にされてはいかがでしょう。特別にお安くしておきますよ」

「えっ、マジで? ロザリー、だったら次はロイヤルスイートルームにしよ! アンタだって、もうあんな狭いトコで折り重なって寝るのは嫌じゃない?」

「そうね……と言っても、自分達だけ贅沢するのは……。まあ、一応それも考えておくわ。ほら、みんな行くわよ」

「いいお返事期待しております。では皆さん、再見(ザイチェン)!」


 味方となると、片時も商売を忘れないその姿勢はむしろ頼もしいほどだ。ロザリー達は恒例の黒胴着によるお見送りにて、堕龍の本部を後にした。


「あいつら見ると、帰って来たって感じするわよね。ちょっと暑苦しいけど」

「ふふ、そうね。じゃあ次は冒険者ギルドにでも寄りましょうか」


 再会したイブを連れ、次に向かうのは冒険者ギルド。またしばらくここで生活するため、仕事を取っておく必要があるのだ。


「ロザリー、今度はアタシもついてくわ。変な仕事貰わないように」

「もう……あなたの方がおかしな仕事もってくるじゃない」

「ねえ、私、ついていって大丈夫なのかな……。聖女狩り、もう終わったんだよね?」

「大丈夫よパメラ。怖いなら私の後ろに隠れていて」

「うん……」


 訪れた久しぶりのギルドには、例の上位クラン達に混じり見かけない新顔の姿がちらほらとあった。確かいつもはガラの悪い犯罪者上がりの連中もいた気がするが、今はその姿はない。

 そんな少し平和になったギルドにて伸び伸びと仕事していた受付嬢は、ロザリー達の姿を見るなり目を丸くした。


「あ、あなた方は……」

「あら、久しぶりね。何かいい仕事は入ってるかしら」

「ほら、いいからさっさと出す。もちろんAランクのやつね、それ以外は認めないから」

「ひいっ、放火魔女まで一緒なんて……。し、塩を撒かないと!」


 ティセと二人、あいも変わらず偏屈な受付嬢の前であれこれと手間取っていると、ギルド長がカウンター越しに声をかけてきた。


「おお、やっと帰ったのか。そうだ、ちょうどお前さん達向けの良い仕事がある。良かったら見ていってくれ。今、部屋を用意しよう」

「ギ、ギルド長……キィーッ」


 ギルド長の計らいで、ロザリー達はベテラン冒険者用の個室に通される事になった。悔しがる受付嬢を尻目に、ふふーんと軽口を叩くティセ。


「アタシ達も有名になったじゃない。もはや名実ともにナンバーワンクランね」

「調子に乗るんじゃない、冒険者なんて図に乗った奴から死ぬんだ。つい最近の事だが、ウチにいたナンバー3、ノークライムの奴らも分をわきまえなかったせいでガーディアナに捕らえられてしまったよ。あいつら、一体どうなっただろうなあ」


 以前、事あるごとに突っかかってきた連中である。あれほど悪目立ちするはずの彼らを見かけない事に、そこでようやくロザリーも合点がいった。


「え……? もしかしてそれは、私達がいない間にここで起きたっていう事件がらみ?」

「ああ、聖女様捜索クエストの稼ぎがいい事に、奴らは手当たり次第街の女性達を聖女に仕立て上げようとしたんだ。だが、ボルガード王によってここでの捜索が禁止されたもんで、ガーディアナ本国に直接、彼女達を連れて行こうとしたのさ。で、結局ここから一番近いフェルミニアの国境付近でお縄になったらしい。罪状はおそらく聖女侮辱罪だろう。とりあえず、被害にあった女性達は全員無事帰ってきたよ」

「そんな事が……大金というのは、こうも人を狂わせるのね」

「ロザリー……たぶん、その人達はもう……」


 パメラの顔が曇る。それもそのはず、彼らは見せしめとして利用される可能性が極めて高い。聖女の名を騙るという事は、それほどの重罪なのだ。


「せめて、その時に私達がいれば……」

「おっと、それは考えない事だ。いい大人が自分の考えでやったもんにまでお前達が責任を感じる事はない。生き方を改めない限り、あいつらはいつかこうなる運命だったんだよ。ただ、それでも何とかして助けようとしてた奴らはいたけどな」

「それって、メイさんの所のクラン?」

「いや、新人の冒険者達だ。なんでもお前達と同じ、マレフィカなんだとよ」

「えっ!?」


 マレフィカである事、それはすでにギルド長には明かしていた。その方が色々な便宜(べんぎ)を図れるという好意に甘えての事だ。本当はほとんどバレていたのだが……。

 それはそうと、自分達以外にも同じようなマレフィカの冒険者グループがあるという話に、皆は驚きを隠せなかった。話によるとロザリー達が旅立った直後にやって来た、どうにも危なっかしい三人組だという。


「冒険者としては何というかまだまだ素人なんだが、熱意だけはあるようだ。ここに来た理由も、お前達のようなマレフィカを訪ねての事らしい。よかったら是非面倒を見てやってくれ」


 流石は冒険者ギルド、渡りに船とはこのことだろう。

 ロザリーは早速、その日の夕刻に彼女達を呼び出してもらうよう(こと)づてをし、ギルドを後にした。上手くいけば仲間が一度に増える絶好のチャンスとあり、一同は鼻息を荒くする。


「一体どんな子達かしら、一緒に私達と旅をしてくれるといいわね」

「はい、とっても楽しみです! 悪い人でも助けようという心がけ、立派な人達に違いありません」

「後輩ってもう子分みたいなもんじゃん。ふふん、ここは先輩として格好いいところみせてやんないとね」

「とか言ってティセ、ケンカふっかけちゃダメだよ? 私達は冒険者のお手本なんだから」


 少し気落ちしていた空気が一転して明るくなる。それだけマレフィカというものは滅多に出会えないのだ。

 そんな開放感と共に、近くのレストラン街からおいしい匂いが漂ってきた。早速それを嗅ぎつけたのか、イブがロザリーに甘え始める。


「クーン……」

「あら、どうしたのイブ?」

「お腹が空いたのかもしれませんね。だったら私、威武の買い物を兼ねて商店街のみなさんに挨拶してきます」

「それなら私も行くわ、メイさんの所にも挨拶したいし。あなた達二人は宿の手配をお願いね。詳しい事は役所に行けば分かるわ」

「はーい」


 買い出し組のロザリー達と別れ、ティセとパメラはそのまま役所のある街の中心地へと向かった。


「しめしめ。アイツもいない事だし、今度の宿は高級宿にするわよ! 次は一人一部屋の4LDK、さらに大浴場付きで!」

「うん! 私、部屋の中にトイレがあるところがいい!」

「いーや、トイレといわず、プールもフィットネスも付けようじゃない!」


 ロザリーはまたも失態を犯した。もともと大国の姫と聖女である二人には、予算の事など頭にはない。そんなこんなで願望がどんどん膨らみ、明らかに予算オーバーである一等地の高級宿にてサインを済ませたのである。


 その後、二人がプール沿いの白いパラソルの下でトロピカルジュースを飲んでいる光景を見て、ロザリー達が絶句したのは言うまでもなかった。


「ここ、一番高い所じゃないの!」

「ん? そうなんだ。パメラがここが良いって言うもんだからさ」

「せめて今までより一つ上くらいの宿にしなさい! 貯金だってそんなにないんだから!」

「あー、うるさ」


 案の定怒り出したロザリーに、ティセはどこ吹く風とプールへと飛び込んだ。どこで買ってきたのか、すらりとした黒のビキニ姿がまぶしい。


「あっ、ずるい! 私も泳ぐー!」

「パメラもよ! 今回ばかりは私も……」


 パメラもそれに続いてボチャンと足から落ち、優雅に泳ぐティセを必死に立ち泳ぎで追いかける。


「ティセ、待ってよー」

「アンタ泳げないの? ぷっ、何よその泳ぎ方」


 パタパタと手足を動かしゆっくりゆっくり進んでいくパメラを見て、すでにロザリーは怒る気も失せていた。ぷにっとした体を包んだ、ふりふりの白のワンピース水着が水面で揺れる。


「だめよ、こんな事で惑わされる私じゃ……はああ、でもかわいい……」

「ロザリーさん、しっかり!」


 もはやロザリーは陥落寸前。ならばここは自分が(いさ)めるしかないと、サクラコはふんどしを締め直した。


「みなさん、世の中には今日を生きるのにも苦労してる人がたくさんいるんですよ! こんな贅沢、きっとバチが当たります!」

「……スイー」

「あっ、威武まで……ちょっと、戻りなさい、威武!」


 イブは主人の言いつけも聞かず、パメラよりも上手な犬かきですいすいと泳いでみせる。


「わー、イブ子速いねー。水着、二人の分もあるよ。みんなも一緒におよごー!」

「えっ、そんな事言われても私、そもそも泳げないんです……」

「なるほど、それでそんなにムキになってんだ。だったらゴチャゴチャ言ってないで、まずは泳げるようになんなさいよ」

「あうう」


 二人どころかイブにまで軽くあしらわれ、あえなく撃沈するサクラコ。


((何よ、一緒に泳ぎたかったのに……サクラコのばか))


 そんな中ふと、ティセから言葉とは裏腹な感情がロザリーへと流れ込んできた。最近は心を読まずとも、強めの感情はこうして言語を伴い理解できてしまうのだ。

 ロザリーはその言葉で我に返り、これ以上怒るのをやめにした。


「……そうね! 良い機会だし、泳げないパメラと二人で特訓をしましょう。サクラコ、そうと決まれば早く着替えるわよ!」

「ひいーん!」


 早速、相変わらずのハイレグ水着で登場したロザリー。そしてその後ろから、紺の水着を着たサクラコが現れる。


「うう……これ、何でしょうか? 見たことない作りですが……」

「スクミズって言うんだって。小さい子用のはそれしかなくて、でもすごく似合ってるよ」

「ロザリーのは競泳用のやつ。アンタの好きなハイレグだしいいでしょ」

「助かるわ。水底の魔女と呼ばれた実力、見せてやろうじゃない」


 結局、宿代は堕龍の顔で半額程度に割り引きされ、なんとか事無きを得る。そんなこんなですっかり羽振りの良い暮らしが板に付いた先輩マレフィカ達は、優雅にプールで遊びながら約束の夕刻を待つのであった。




************




 ここは貧民街、もとい、ホンロン地区の外れにある、おそろしく安い宿場街。

 そこに今、肩を寄せ合い慎ましく暮らす三人の少女達がいた。


 彼女達もまた、ロザリー達とは違う理由でガーディアナに追われこの街へと辿り着いた遍歴がある。違う点があるとするなら、あろう事か彼女達は、無知であるがゆえ自らガーディアナにケンカを売ってしまったのである。結果、当然おたずね者となったものの幸運に幸運が続き、こうしてその包囲網からなんとか逃げ延びることができた。

 その理由も、彼女達もまた類い希な力を持つマレフィカだったからであろう。そんな魔女狩りに怯えながらもここまで辿り着いた彼女達の目的は、自分達と同じマレフィカの冒険者を探す事にあった。


 そんな訳で、ちょうど空きが出たという安宿に居を構えた彼女達。まずは運良く加入できた冒険者ギルドにて仕事を探したが、冒険者としては最低ランクのまま空しく一週間が過ぎた。本当なら今日の試験で1ランク上がるはずだったのだが、メンバーのドジが原因で見送りとなってしまったのだ。よってまた、しばらくはここでの残飯生活続行である。


 一人の少女は、傷だらけのちゃぶ台にぽつんと置かれた、市場で恵んで貰った黒パンを口に運んだ。すると口の中の水分は一気になくなるため、堅いそれを何度も咀嚼し、唾液を総動員する。


「うう、おかずが恋ひい……。どうひてこんな事に……」


 短めの黒髪をお下げにした小柄な少女が、乾燥してパサパサとなったそれを噛みしめながらぼやいた。ブラウンの瞳を持つ彼女はどこかイヅモ人風であり、ここでは見慣れない格好をしている。いや、この世界では滅多に着ないセーラー服を着ているのだ。さらにその上に胸当てや籠手などの和風の装備を身に付けた、かなり目立つ格好である。


「マコト、気を取り直して。アンジェは黒パン、好きですよ。……特にマコトの料理じゃない所なんて最高です」


 キラキラと流れる金髪を腰の辺りで結んでいる少女が、マコトと呼んだ少女に向けカラ元気を見せる。ハートの飾りをちりばめたおかしなレオタードを纏う身体は大柄で、その背中からは片方だけ羽が生えていた。さらに、頭の上に浮かぶのは天使の輪を半分にしたようなもの。そう、彼女は世にも珍しい天使なのであった。


「アンジェ、何か言った?」


 マコトのかける圧に彼女はぶるんぶるんと何度も首を振り、そのブルーの瞳は子羊のようにうるうると許しを請う。料理の話題はこのチームでは割とタブーなのだ。


「でも、アンジェのせいだよね? 今日落ちたの。ほんと、役立たず」


 辛辣な言葉を投げかけるのは、円形の飾り物を頭の横に乗せた、銀色の髪の少女。その紫の瞳はじっとりとアンジェを見つめている。綺麗に揃えた前髪とは裏腹に、後ろへと流れる長髪は不思議と斜めに切りそろえられており、ざっくりと開いた背中にはうっすらと刃物でつけられたような傷跡があった。ただ、こうして悪態をついているものの、こんな安宿に似つかわしくないほど可憐な佇まいを見せる細身の体は、ピッタリとしたドレスと共にどこか高貴な輝きを放っていた。


「ソフィアぁ……、ごべんだざいぃ」

「ふん、謝っても仕方ないでしょ」


 ソフィアと呼ばれた少女は、ぷいとそっぽを向く。

 そんな三人の少女は、身を寄せ合うようにしてこの安宿で暮らしていた。


 三人をまとめる異国の少女、マコト。

 そんなマコトをサポートするために地上に遣わされた天使、アンジェ。

 そしてガーディアナに追われる原因となった少女、ソフィア。


 まさにこの三人こそ、ロザリー達を探しているというマレフィカの新人冒険者達なのであった。


「でもでも!」


 そんな中でもマコトは、ぱあっ、と一際明るい笑顔を見せる。すると暗い陰りを落とす食卓が、一気に華やいだ気がした。


「今日の夜、とうとう私達の仲間と会えるんだよ! 試験の帰り、やっと旅から帰ってきたってギルドの人が言ってた!」

「わーいわーい。マコト、私達みんなで養って貰いましょう! 世の中には、働いたら負け、なんて言葉もあるらしいですし!」

「あのねえ……アンジェも働くの! サボったらご飯あげないから!」


 ぐえー、とアンジェは天使にあるまじき顔芸を披露する。何かとすぐにサボろうとするこの天使に自分の命運がかかっているなどと、考えただけでもどっと疲れるようだ。


「先輩方に迷惑はかけられないよ。ただでさえあなた達のお世話は大変なのに、まったく……」


 そう、現在のこの境遇をかつての不自由なく生きていた自分が想像出来ただろうか。マコトはしみじみと感慨にふけるのであった。


「どうしました? マコト」

「はあ……少し前まで、私も普通の女子高生だったんだけどなぁって思っただけ」

「ジョシコウセイ? そういえばマコト、違う世界から来たって言ってたね」


 違う世界。ソフィアでなくても好奇心がそそられる言葉。マコトは、ここではない地球という星の、日本という国から来たのだと言う。ここは、アトラスティアという星のエルガイア大陸。ニホンなど、イヅモとも違う聞いたこともない場所である。


「うん、私も逆にびっくりだよ。ゲームの中のファンタジーみたいな世界にいきなり連れてこられてさ」

「異世界転移……つまり異世界と異世界を繋ぐ事ができるのは、この世界を守る女神様だけです。昔一度だけ、救世戦争の時にその力は使われ、二つの世界は繋がりました。その時にやって来たのが救世主、リョウ。そしてその血を引くマコトは、来るべくしてこの世界に来たのですよ」


 説明口調でアンジェが続けた。こういう時だけ、彼女はなぜか急に言葉が流暢(りゅうちょう)になる。


「うん、私のお父さんが昔来た世界なんだよね、ここ」


 救世主スドウ・リョウ。それはかつてこの世界を魔王から救ったとされる英雄。そして魔王との長い戦いも全てが終わり、元の世界へと戻ったリョウの娘として産まれたのが彼女、スドウ・マコトなのであった。何の因果か、二世代でこの世界との縁ができたのである。


「だからって、私まで救世主って言われてもね」

「ふふ、救世主とか、ダサいよね、なんか」

「む、ダサくはないよー」


 むっとしたマコトは、軽く侮辱したソフィアへと言い返す。自分はいいが、父の事をバカにされるのは一番嫌いだ。


「ソフィア。ダサイって、一生懸命な人に言う言葉なの? 違うでしょ?」

「ご、ごめんなさい……」

「分かればいいの」


 反省しているようなのでマコトは笑顔を作り許してあげた。そう、何を隠そう彼女も、いつかのリョウと同じように、救世主となるためにこの世界へとやってきたのだった。


「もしゃもしゃ……で、ガーディアナから逃げるのにやっとでこんなにかかっちゃったけど、私達の本来の目的地はイヅモっていう所だったっけ」

「はい、エルガイア大陸はガーディアナのせいで荒れに荒れてます。せっかくの地上なのにろくに観光もできません。なんで女神様はこんな所に私達を送ったんでしょうね。救世主の(やしろ)があるイヅモに直接送ってくれれば楽でしたのに」


 そうふてくされるアンジェの頭に、コツンとげんこつが降りた。


「ぴゃー」

「それじゃソフィアの事助けられなかったでしょ。ついでにブラッドさんとも会えなかったし」

「そうだよ。ブラッドさんがいなかったら、私達みんな死んでたんだから!」

「はっ、そうです。女神様の考えを悪く言うなんて、もし聞かれていたらアンジェ地獄送りにされるのです!」

「そんなに酷いんだ……女神様って」


 とりあえず昼食を済ませ、マコト達は寝そべりながら時間を潰す。そんな、しん、とした空気の中、ソフィアがぼそりとつぶやいた。


「……ほんとに、大丈夫なの? 私達……」

「大丈夫だよ。なんたって、私達よりとっても強いマレフィカさん達と会えるんだから」


 ソフィアは少し怖がりだ。しかし、こうなった原因を考えれば無理もなかった。


「でも、あの二人みたいな人達だったら……、私達、またいじめられる……」

「ソフィア……。なんとかの双子、だっけ。あの子達はもう追ってこないと思うよ。この変な力で撃退してから来なくなったし」

「へ、変な力って何ですかぁ。由緒(ゆいしょ)ある救世主の力ですよ」

「わかんないよ、変なものは変」


 二人がおどけても、ソフィアはため息をつくばかり。


「ブラッドさん……大丈夫かな」


 そして、震えながらそうつぶやいた。


「大丈夫。死んでも死なないよ、あの人は」

「はい、今頃またケツがかゆいとか言って、ボリボリ()きむしってますよ」


 そんな冗談も、ソフィアにとっては本当の事のように思える。そして、まさに今にもひょっこりお尻を掻きながら現れてきそうな、憧れの人を思い浮かべた。


「ふふっ、そうだね」


 やっと見せた笑顔。ここまで逃げてくる途中で様々な事があった。その旅の中、三人は次第に心を通わせあい、困難を乗り越えてきた。

 そんな新人マレフィカ冒険者達は、いよいよ今夜ロザリー達と運命の出会いを果たすのであった。


―次回予告―

 再び明度を増した世界にて、

 善意と悪意の狭間で起きた小さなすれ違い。

 二つの物語は未だ、道の途中。


 第50話「邂逅」

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