第47話 『歩む未来』
ロザリー達を乗せた馬車は無事に国境を抜け、その脚でロンデニオン城へと向かっていた。
ここへと立ち寄る事にしたのにはまず、様々な理由でできなかった裁判でのお礼をしておく必要があったためである。そして、正式にロザリーの口からラウンドナイツ入隊を断った理由も話さなければならない。もちろん進むべき道に行き詰まった事に対し、王からの何かしらの導きも期待していた。
ただ、一つだけ気を付けねばならない事がある。現在この国では聖女の捜索が行われており、パメラを狙おうとする輩も少なくはないのだ。
警戒しつつ城下を行く彼女達だったが、早速馬車は突然現れた何者かによって道を塞がれてしまう。
「ストップ! ストーップ!」
それは波打つ髪を後ろで結び、タイトなスーツに身を包む、まさに公務員といった装いのアニエスであった。助手席にいたロザリーはほっと一息つき、軽く挨拶を交わす。
「元気そうね、アニエス。今日はいきなりどうしたの?」
「それはこっちのセリフ。急に旅に出るなんて寂しいじゃない! どうして私に言ってくれなかったの?」
「言うも何も、あなたあれからすぐに帰っちゃったから……」
アニエスはハッとして、馬車にいるであろうパメラを探し覗き込んだ。
「パメラ、いる!?」
「アニエス? 私なら、ここにいるよ」
「パメラ! 良かった、無事だったのね。ごめん、私、あの時はまだあなたの身に起きてた事を知らなくって」
アニエスは慌てて馬車に乗り込み、きょとんとしたパメラの手を握る。
「無事って、聖女捜索クエストの事?」
「うん、それ。実はあれから、冒険者ギルドでちょっとした騒ぎが起きてね。それにパメラも巻き込まれたんじゃないかって心配してたの」
「ギルドでの騒ぎって、もしかしてあの火事の件がバレたとか……?」
「え? 何の事です?」
「や、何でもない!」
慌てて引っ込むティセ。ギルドでの出来事というと彼女が起こした事件が記憶に新しいが、今回はとりあえず別件らしい。
「実を言うと、その聖女捜索クエストが行き過ぎて、最後には聖女狩りみたいな事にまで発展したらしいの。ギルドには連日若い女の子を連れた冒険者が引っ切りなしで。さすがに仕事にならないって、お城までギルド長が泣きついて来たのよ。なにせガーディアナ絡みの厄介な件だから、今回は王様が直々に裁く事になったんだけど……」
「確かに、賞金目当てに偽の聖女をでっち上げた連中がいたという話は聞いたわ。それで、結局ギルドはどうなったの?」
ロザリーは真剣なまなざしでアニエスの話に食いついた。これも深刻な話題から入っては自分の功績を知らしめる、アニエスの巧みな話術である。彼女は待ってましたとばかりに得意げな顔をして答えた。
「結論から言うと、私からもお願いしてこの国での聖女の捜索は全面的に打ち切ってもらう事になったわ。だからパメラ、今はもう街を歩いても大丈夫なはずよ」
「私達のいない間に、そんな事があったのね……」
「ありがとうアニエス。実を言うとね、まだここに帰るのはちょっと怖かったんだ。でも、そんな事をしてガーディアナが黙ってるかな……わた、聖女に関する事には、特に強権的なのに」
自分達の裁判の事もあり、この国とガーディアナは今、険悪な状態でもある。パメラは自分をかばったがために、侵略の手がここにも及ばないかを改めて心配した。
「大丈夫。奴らには抗議の意味も込めて、不当な要求は今後も飲まない事にしたらしいわ。外交って、毅然とした態度が重要なのよ。意見を言うにも、舐められたら終りだからね」
「そっか、王様にはお世話になってばかりだね。アニエスにも……」
「いいっていいって。私だってそうだし。お互い様、ね」
アニエスはロザリーの方を見ては軽くウィンクをした。この対価はハグか、それともキスか。そう言わんばかりに熱い視線を感じたロザリーは慌てて馬車を降り、御者へと断りを入れた。
「ここからは歩いて行くから、あなたはお城の方で待っててくれると助かるわ」
「あいよ」
御者は気前よく挨拶し、そのまま馬を走らせて行った。聖女だとか魔女だとか、関係ない人にあまり込み入った話を聞かせるわけにもいかない。
「アニエス、お礼にと言うわけじゃないけど、今日はあなたに付き合うわ。王様の謁見が始まる時間までだけど、何でも言ってちょうだい」
「ほんとに? じゃあ、前に言ってた父さんの墓参りに行こうよ。父さん、もう一度ロザリーに会って、感謝を伝えたいって言ってたの。……人は自分達に刃が向けられて、初めて立ち上がれる。いや、それでも震えていた自分にとって、あなたは何よりも気高く見えた……なんて、生前にそんな事を言ってたわ」
「そんな、私も似たようなものよ。恐怖に脚が震えても、この傷が後押ししてくれる。私はもう、私ではない。たくさんの想いが、私というものを作ってくれたの。もちろん、あなたも含めてね」
「ロザリー……」
再び見つめ合う二人。そのままラブロマンスが始まってしまいそうな所へ、遠慮がちにパメラが割って入る。
「わ、私も、あなたがくれた。私の全部だって、もうロザリーなの……!」
「パメラ?」
「私、ロザリーが作る料理いつも食べてるから、体だってロザリーで出来てるし、ロザリーが何を考えてるかだって分かるし、傷も何度も治してるから、もうロザリーの体が私で出来てて……」
もはや自分が何を言っているのかも分からなくなり、パメラはロザリーの手をぎゅっと握る。それを見たアニエスはクスっと笑い、同じようにパメラの手を握った。
「もちろん。いつもロザリーをありがとう、パメラ」
「……うう」
なんだろうこの余裕は。パメラはまるで本妻のような振る舞いを見せるアニエスにたじろぐばかり。うまく言えないが、その関係性が大人の恋愛を思わせるのだ。
「ずるいよ、ロザリー……」
「え? 私、何かした?」
「した! したの!」
「ロザリー、だめじゃない。ちゃんとパメラの事も見てあげなきゃ、ね、パメラ」
「見てるもん! だからずるいの!」
「私は一体どうすればいいの……?」
前回見せた大人びたパメラはすっかり鳴りを潜め、もはやアニエスのおもちゃにすらなっている。一方、そんな調子で前を行く三人を見てか、一人悪態をつくティセ。
「アタシ達ってさ、あの子がいると何だか蚊帳の外じゃない? 急に空気が恋愛モードになるっていうか、ロザリーのハーレム劇場が始まるっていうか」
「えっと、私はティセさんと一緒にいられて嬉しいですよ? そうだ、私達も手を繋ぎますか?」
「ばっ、バッカじゃないの? これはアタシの英雄譚なんだから、恋愛ものにはしないわ! だいたいチューして終わる話なんて安易なのよ、まったく」
そう言いながらも、やけにその目はロザリーを追っている。サクラコはつまらなそうに小さくつぶやいた。
「ティセさんにはもう少し、こっちも見てほしいな……」
「あのさ……聞こえてるんだけど」
「ふふっ、わざとです」
出た、必殺とびきり美少女スマイル。ティセはピンク色の空間で、一人だれよりも真っ赤になって歩いた。その、隣に並ぶ小さな手を強く握りしめて。
広大な庭園に立ち並ぶ十字架。このロンデニオン墓地には魔族との戦いで命を落とした戦死者達が丁重に弔われている。ここは王城からも一望できるため、王はその魂を日夜背負いその力に変えているという話まであるという。
ちなみに、この世界において十字架とは一般的に十字と円で構成された太陽十字の事を指し、人の形を表した十字とその背に輝く太陽を組み合わせた命のシンボルとして主に使われている。これも天の星々を崇めたという、古い時代の名残だろう。
「父さんの墓、特別にここに作ってもらったの。あの地にはもう還れないけど、むしろその方がいいと思って」
「壮観ね……ローランドのみんなも、せめて同じようにしてあげたかったわ。ここには尊厳がある。あなたのお父さんも、きっと安らかにいられるはずよ」
「うん、そうだね……」
ロザリーは墓標へと祈りを捧げ、このような事態となった自身の不甲斐なさを悔いた。
「何もかも、私はあと一歩が足りない。もう少しという所で、全てがこの指をすり抜けるの。けれど、それは驕りなのよね。一人で戦おうとした驕り。だから私は、このアニエスと、そして大事な仲間達と、一緒に理想の世界を歩んでいくつもりです。大事な娘さんを一人残して心配かもしれませんが、アニエスは私が必ず守ります。なのでどうか、今は安らかに」
その決意はローランドの仲間達はもとより、ここにいる皆、そして何よりも自分に言い聞かせているような言葉であった。
「ありがとう、ロザリー。良かったら、パメラもお願いしてもいい?」
「うん。私が祈ってもいいのかは、分からないけれど……」
パメラは指を組み、続けてここにいる全ての魂へと深い祈りを捧げた。
「この世に生を受け、懸命に生きた全ての魂はやがて天へと還ります。そしていつか、再びあなたとなり、違う景色の中を生きる。その連綿と続く営みの中で、時にこのような悲しみもあれば、必ず出会う喜びもあります。私がいつかのあなた方のためにできる事は、今と同じ時代を決して再び創らない事。レクイエスカット・イン・パーケ。主よ、この穢れなき御霊に永久の祝福を与えたまえ……」
まるで生まれたてのような、優しい光が霊園を包む。その影すらも生まない光は辺り全てを照らし、この地に残る無念すらもぬぐい去ったように思えた。
正体不明であるこのパメラという少女には、本人が語る以外に確かなものが何もない。しかしその肉体も、その精神も、彼女こそが唯一無二の聖女であると、そこにいる誰もが確信した。
「ありがとう……聖女様……」
アニエスから思わず涙がこぼれる。結局は彼女のロザリーに対する余裕も、この大いなる存在に敵うはずもないという諦めから来ているものという事を、当の本人のみが知らずにいるだけなのだ。二人は抱きしめあい、どこか自分勝手であった互いを赦し合った。
「さ、アタシ達も拝みますか。なんか蛇足な気もするけど」
「そんな事は……ティセ王女にご足労願えて父もきっと光栄です。さ、サクラコも」
「は、はい! では……なむなむ」
二人はそれぞれの国の祈り方で追悼し、ここに眠る霊に畏敬の念を捧げた。人々を脅かす存在に立ち向かったという意味では、彼もまた立派な戦士なのだから。
「父さん……私も、頑張るからね。どうか、ここから見守っていて」
皆が見上げた空はどこまでも晴れやかで、いつのまにか真上に昇っていた太陽が謁見の時間が近い事を知らせる。
「それじゃ、そろそろボルガード王に会いに行きましょうか」
「ええ、だったら私がお城を案内するわ。あなた達の身分は十分に保障されたし、今回はその姿のままで大丈夫なはずよ」
確か、以前訪れた時は着慣れないドレスに着替えたのだった。あの時の緊張は今でも記憶に新しい。
「それは気が楽ね。私、スカートというのがどうも苦手で……」
「あはは、自慢の尻が隠れちゃうもんね。アタシもどっちかって言うと好きじゃないな。なんだか子供の頃を思い出すっていうか」
そんな話題に、無邪気な顔に戻ったパメラが自らのスカートをたくし上げる。
「えー、でもこれ、おしっこする時、楽でいいんだよ」
「そう言えば、アンタそこら中でやってるわよね。それこそイブみたいに」
「やってないもん! そんな事言うならティセのパンツにまたするから!」
「はあ!? いい年して何してんのよ! やっぱ履いたとき濡れてた事あったのはそれか! アンタ今、しっこー猶予付きなんだからね、次やったら許さないんだから!」
「ぷっ、ふふふっ」
そんな下らないシモ話に、思わずアニエスは吹き出してしまう。お漏らしと聞いて他人事ではないサクラコは、自分も会話に巻き込まれないようにと少し距離を取った。
「まったく、どんな会話ですか……今はアニエスさんもいるんですよ」
「ふふ、やっぱり賑やかで羨ましいな。私の仕事、結構忙しいし、同年代もいないから友達なんて全然できなくて」
「友達なら私達がいるじゃないですか。もしかして……私じゃ、駄目ですか?」
「ううん、そんな事ない。ありがとね、サクラコ」
和気あいあいと談笑しながら城へと向かう途中、騎士団に新しく所属したのであろう若い男達の訓練風景が見えた。彼らは安定しない馬上にて、突きの練習を繰り返しているようだ。
「「ハッ! ハッ! ハッ!」」
「腰が入ってないぞお前ら! 始めからやり直しだ!」
「「はいっ! フォルテ副団長!」」
「まったく、最近の若い奴らは……」
副団長と呼ばれた男は大きく溜息をつき、こちらへと振り向く。そして中分けの銀髪を肩にまで流した、挿絵付き物語の主人公のような端正な顔がロザリーを見つめた。
「おや、君は……確かブラッド殿の……」
「はい、ロザリーです、フォルテ゠レイフォード様。以前、ボルガード王との謁見でお見かけした時以来ですね」
謁見の際ロザリー達を挟み、両端に立ち並んでいたレジェンド達。その時、団長であるラインハルトの向かいにいたのが、副団長の彼であった。
「ああ、団長からよく聞いているよ。何でもその若さですでに数々の武勇伝を持つとか。マレフィカというが、やはり我々と何も違いはないのだな……いや、むしろ見れば見るほど美しい」
「そ、そんな事は……」
「実を言うと、私も魔女とは縁があってね。君達を見ていると私の初恋の人を思い出すよ。ああ、麗しの大魔女……今頃君はどうしているのだろう」
「え、えっと……」
誰かに思いを馳せるその姿はまるで舞台役者のようだ。ロザリーは美形から褒められた照れ隠しに、その身体へと視線を落とす。
団長であるラインハルトとは違いその身体は割と細めで、その手には騎兵が用いる銀のランスが握られている。ラウンドナイツにおいて最も馬の扱いに長けた、“銀の稲妻”と呼ばれる彼の数々の逸話はロザリーも知る所だ。
「彼らがやっているのは、騎馬の訓練ですか?」
「ああ、やはり戦闘においては、何よりも騎兵こそが花形だ。なのでこうして訓練してはいるのだが、ヒヨッコ共には有魔、デモンブレッド種の扱いはまだ荷が重いらしい」
目線の先にいる、他の馬よりも人一倍大きな種。それは、魔王の時代に魔物と化した馬とそれまでの馬を掛け合わせ、どうにか理性を制御できるまでに交配を重ねた名馬たちである。
「あれが、魔物の血を色濃く受け継いだという品種……確かに乗りこなすのは大変そうですね。でも、やっぱり騎士というのは憧れます」
「ふっ、そうか。では君も馬を手に入れたら私の所へ来るといい。この私が騎馬の全てを叩き込んであげよう」
「そ、それは嬉しいです! ぜひお願いします!」
「ふふ、私の知る限り、私よりも馬を上手く扱える者はいないよ。何せ、馬と共に生まれ育ったからな。ん……いや、一人だけずば抜けた素質のある奴がいたな。キリーク……呼び名はキルというのだが、今頃奴はどうしている? ローランド戦役でも、どうにか生き延びたと聞いたが」
しばらく故意に頭から離すようにしていたその名前。だが、過去は時として容赦なく牙を剥き襲いかかってくる。
「……実は……」
ロザリーは重い口調で彼のいきさつを語る。ただ、自らの口で彼の死を語る度に、その現実がより色濃くなるような気がした。
「そうか。ブラッド殿のその後については聞いていたのだが、キルまでが……。くっ、ガーディアナめ……!」
至極当然の怒りである。彼の持つランスは小刻みに震え、鋼鉄すらも貫きそうな程の闘気を纏う。パメラはロザリーの背後で思わず硬直した。その矛先には間違いなく自らも含まれるのだから。
(私のせいだ……私があの時、死を願ったから、あの人は……)
――それは違うよ。キルはロザリーのために生きてきたの。彼は、戦争で一度死んだ。だから、その命をロザリーのために使うって決めてたの。だけど……きっと幸せだったと思う。男の人って、どこかそういう所があるから……。
パメラの心を支えるため、時折こうして現れる心の声。けれども、むしろ彼女の方が痛々しい心の内を隠しているような節があった。
――わたしね、時々自分が嫌になる事があるんだ。自分が幸せになるために、大切な人を今も悲しませてる。でもね、大丈夫。あなたは汚れてなんかないの。そして、幸せになっていい。今は、わたしを信じて。
(それは、どういう事……?)
その問いかけに彼女は何も答えてはくれず、しばしの沈黙が流れる。皆を萎縮させてしまった事に気づいたフォルテは表情を和らげ、震えるロザリーの肩へと優しく手を置いた。
「その様子だと、君も少なからず彼に好意を持ってくれていたんだね。ありがとう、伝えてくれて」
「……キルは、私に未来を託してくれました。だから、私は深い地の底からこうして立ち上がれたんだと思います」
「そうだな。キルの望んだように、時代は変わろうとしている。すでに君の戦いは、私達の戦いでもあるんだ。それだけは忘れないでおいてくれ」
そう告げると、彼は再び新兵の指導へと戻っていった。そして以前にも増して激のこもった活がその場に響く。
「感謝します……フォルテ様」
一言だけそうつぶやいたロザリーは、無理矢理作った明るい表情で振り返る。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「ロザリー、大丈夫?」
「え? 大丈夫よ、気にしないで。これでもお墓参りで随分と楽になったのよ。ああいうのって、生きてる人間にとっても大事な事なのね」
「うん……あまり自分を責めると、きっとその人にとっても未練になっちゃうのかもしれないね……」
「ふふ、そうね。でもそれはパメラも同じよ? あなたが何を考えてるかなんて、私にも分かるんだから」
「あっ、えっと……うん……」
二人は指を絡ませながら手を繋ぎ、お互いの心の隙間を補い合った。それを見たアニエスは、少しだけ悲しい顔で微笑む。
「それはそうとロザリー、今度はフォルテ様にまで気に入られたじゃない。このままレジェンド全員オトすつもり?」
「そんなつもりは……。でもやっぱり、騎士団はどこも男性ばかりね。仕方ない事だけど」
「うん、ロザリーが入団に誘われた事は快挙と言ってもいいわ。どう? あれから考え直してくれた? あなたを隊長にした、女性騎士団なんていうのも素敵だと思うけど」
「女性……騎士団……」
ロザリーはその華やかな響きにしばし囚われた。自分を慕う部下達と共に剣技を高めあい、人ではなく魔物を倒すという単純明快な正義に生きる道は憧れずにはいられない。なにより、何をするにも魔女の疑いが付きまとう若い女性達に安定した職を提供できるのだ。
「うう……」
そんなロザリーを、まるで母親に置いて行かれそうになった子どものような目で見つめるパメラ。
「もう、言ったでしょ? そんな目で見なくても、私はあなた達といるわ。そうね、いつか平和になった遠い未来でそんな事も……って考えただけ」
「分かってる。でも、だからこそ、私がロザリーの事を縛り付けてるんじゃないかって……」
「ばかね……私の心を見て。それが全てよ。さ、これから王様に会うんだから、そんな顔してちゃだめよ」
「うん。えへへ……」
やはり、二人の間に入り込む隙間はない。アニエスはむしろ、恋の相手がこの子で良かったとすら思えた。
(完敗ね……。だけど見てて。私はいつかあなたにとって、絶対にいなくてはならない存在になる。それでいい。ただそれだけで……)
「……さ、着いたわ。私が案内できるのはここまで。じゃあロザリー、王様によろしくね」
「ええ、ありがとうアニエス。色々と助かったわ」
王の間の扉の前には、以前と同じように番兵が並んでいた。しかし、以前とは違いその表情は優しい。
「魔女、いや、マレフィカの者達だな。武器はこちらで預からせてもらうが、他は特に問題ない、通っていいぞ」
「ど、どうも……」
「それから、いつかは失礼を言って悪かったな……許せ」
扉が開かれる音に紛れ、そんな謝罪の言葉がロザリーの耳に届く。アニエスは最後に、どうしても伝えておきたかった事を付け加えた。
「今私ね、魔女解放を掲げた市民運動をしているの。だからこそ分かるのだけど、だんだんと魔女に対する皆の意識も変わってきているわ。これもあなたのおかげよ、ロザリー」
「いいえ、全てはあなたの頑張りのおかげよ、アニエス」
「ロザリー……」
二人は抱きしめあい、互いを称え合う。何もかもを包み込むような、それでいて強固で頼もしい肉体と、華奢で今にも折れそうだが、決して手折れないその肉体。その二つは今後も深く交わる事はないだろう。しかし、今そこに新たな希望を生み出した。人と魔女、それらが手を取り支え合えるという世界、その可能性を。
久しぶりの温もりに後ろ髪を引かれつつも、アニエスは自分からロザリーの体を離した。
「じゃあ、私は仕事に戻るから、力になれる事があればまたいつでも言ってね」
「ええ……それじゃ、またね」
アニエスと別れたロザリー達は、再び王へと通じる赤の絨毯を歩く。その顔は内からあふれる自信と誇りに満ち、罪に怯える者の面影はなかった。
「ほう……見違えたな。いい顔になった」
開口一番、ボルガード王は側に控えるラインハルトにつぶやいた。彼はまるで自分が褒められたように誇らしくなり、彼女達を笑顔で出迎える。
「ロザリー、待っていたぞ。さあ、国王陛下の御前である、頭を下げよ!」
「はっ!」
試練の時は終り、英雄としての資質も認められた。次に彼女達に立ちはだかるものは、世界と戦うための覚悟。あまりに大きな壁を前に道を見失った者達に、一つの時代を生き抜いた王は果たして何を語り、何を与えるのだろうか。
―次回予告―
導きを求め、再び訪れた王宮。
古の王はいつかの救世主伝説を語る。
その大いなる光は、道に迷う魔女達の闇をも照らすか。
第48話「救世主」