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第45話 『力を求めて』

 マレフィカを探す旅の中、まるで巡り合わせたように道中で出会ったリュカという少女。

 彼女は探していたマレフィカであり、恐ろしい妖仙でもあった。その呪われた気によって一時は衝突するも、心を尽くしたロザリーの献身により和解。一同はリュカのなじみの旅館にて、親睦を深めつつ心身の疲れを癒やすのであった。


 あくる日、晴れやかな陽気を受けロザリーが目を覚ますと、すでにリュカの姿はなかった。その代わり、枕元に置かれた半紙に力強く「山のてっぺんで待つ」との文字。


「リュカ……」


 純粋な力比べなど、逆十字でのキルとの模擬戦以来であろうか。実戦はというと、ほぼ負け続き。おそらく現在の実力でリュカに勝てる見込みはない。それでも、彼女が待っているのならそれに答えたいと思った。


 ロザリーは皆を起こさないよう支度をし、一人、宿を出ようとする。


「行くのかい」


 玄関口にて女将が呼び止める。ただでさえ白いその顔は、二人を心配するあまり真っ青である。


「ええ、けれど大丈夫です。私も、あの子も」

「ありがとうね……。あの子のあんなに笑った顔、久しぶりに見た気がするよ」


 ロザリーは軽く微笑むと、いつもの剣を抜き、空の鞘に用意しておいた木剣を差し込む。


「これを預かっておいてください。この剣は、仲間に対し向けるものではありませんから」

「け、けれど、あの子の(けん)には、それだけじゃ……」

「私には、想いがある。きっと、あの子の所まで届いてみせます」

「あなた……」


 やはり、素人目にも明らかに見劣りするのであろう。ロザリーは改めて死地へと向かう決意をし、一人険しい山道を登っていった。


「……リュカをよろしく頼むよ。あのバカを、受け止めてやっておくれ」


 女将はそうつぶやくと、まだすやすやと眠るパメラ達三人を起こしにかかった。


「ほら、あんたたち! 早く起きとくれ、ああは言ったものの心配でたまらないよ!」






 ――五行山の山頂。霧が深く立ちこめ、空気も薄い。そんな中、リュカは二つに割れた大岩の上にて平然と座っていた。まさに今かち割ったとばかりに、霧の中に混じる砂煙がざらつく舌触りを伝える。


「ふう、おまたせ。準備は万全のようね」


 ロザリーは修行用の木剣を(たずさ)え、それを構えて見せた。それがリュカには気に入らなかったらしい。こちらを見るなり、微動だにせず怒りを露わにした。


「なんだよそれ。これは文字通り、真剣勝負だ」

「私はいつもこれで組み手をやってるわ、なんと言われても譲らない」

「余裕だな。あたいの拳は虎だって殺すんだぜ」

「私は龍を倒した事があるわ。一応、だけど」

「……何?」


 この国でにおいて龍は神獣であり、(ほふ)るなどあってはならない事である。聖地である霊峰、仙龍山には巨大な龍が眠っており、哭龍(クーロン)という国はその()き声が山々を動かし産まれたという言い伝えすらあるのだ。


「ふぅぅ……」


 リュカは初めて出会った時のように殺気立っていた。すでに心までも妖仙なのではないかといった街の人々の噂が頭をよぎる。しかし、ロザリーまでそれを認めるわけにはいかない。


「なあ、ロザリー」


 リュカは突然岩の上から飛び立った。座ったままの姿勢からの跳躍。これは一度見ている。しかしこの霧の深さに、ロザリーは彼女を見失ってしまった。


「消えた……?」

「お前に一つ教えてやる。……闘いってのは、そんなに甘くはないんだよ!」


 リュカは大きく息を吸い込むと、流れるような身のこなしで次の瞬間にはロザリーの懐へ潜り込んでいた。


「ほあっ!」

「ぐうっ……!」


 掌底をみぞおちにくらい、呼吸を失う。無意識に剣を振り抜くも、リュカはすでに背後へと回っていた。


「ごほっ、ごほっ……、空気が薄い上……さらに肺を狙って……」

「これが闘いだ! いまさら卑怯だなんて言わないよなあ!」


 さらにリュカはロザリーの長い髪を掴み、乱暴に引き寄せつつ背中へと膝蹴りを入れた。


「あうっ!」


 こちらにとって圧倒的に不利な状況も、手段も選ばないラフファイトも、いつか言っていた非情になりきるための行為なのだろうか。ロザリーは昨日の彼女とのあまりの豹変に戸惑うばかりで、すでに反撃すら忘れてしまっていた。


「オラオラオラァッ!」


 そこからはリュカの一人舞台、ロザリーはその圧倒的な強さになすがままにされた。まるで成人男性に全力で殴られたような衝撃が間髪入れず襲いかかる。並の女性ならば、この時点で戦意など消し飛んでいるだろう。しかし、ロザリーは意識だけは何とか保っていた。その拳からリュカの何かが流れてきた気がしたからだ。


(この声に、答えてあげなければ……)


「どうした! 来ないのか!」

「リュカ……!」


 気力だけで立っているロザリーに、さらに容赦なく連撃が打ち込まれる。不思議ともう痛みはなく、その目は冷静にリュカの動きを見ていた。それは一切の無駄がない、長い修行の果てに得たもの。自分と同じ、努力の型。だからこそいくつかの動きは見切る事ができたが、重なったダメージにより防御で手一杯である。しかし闘いが進むにつれ、ロザリーは的確に木剣で攻撃を反らす事ができるようになっていた。


「うおおおっ! 勝つ、()つ、()ぁーつ!」

「……見えた!」


 一瞬見えた、勝ちに対する欲。その余分な力みがその動きを鈍らせ、リュカの振り抜いた拳はロザリーによって初めて受け止められた。その衝撃によって二人の手からは煙すらも上がる。


「な、に……」


 確かな手応え。リュカの人間離れした身体能力にすでに追いついたというのか、それともこれはリュカの迷いによるものなのか。ロザリーはそれを離し、もう一度と言わんばかりに再び構えた。


「これが、あなたの全て?」

「あたいは……あたいは……こんなもんじゃない!!」


 リュカのギアが上がった。それは親しい者に対しての攻撃ではない。根本的に、二人には闘いに対する意識に純然(じゅんぜん)たる差があった。のど笛を引きちぎる動き、眼球を潰そうとする動き、股間への蹴り、すでにその戦い方はヒトを捨てた妖仙である。


 しかし、ロザリーは相手の殺意が強ければ強いほど、的確にそれらを捌いた。そして、一つでも間に合わなければ命を失いかねない極限状態でなお、リュカの心を探した。


「うああぁぁぁ!!」


 リュカ、泣いているの……?

 大丈夫、私はここにいる。ここにいるわ。






「ロザリー……!」


 山頂へとたどり着いたパメラ達が見たものは、佳境を迎えたであろう二人の激しい闘いの様子であった。それらを目視できるのはもはやサクラコくらいのものである。そんな、あまりにも鬼気迫る情景にティセ達が叫ぶ。


「ちょっと、もうやめなって! こんなの、見てられない!」

「それ以上は……死合(しあ)いになってしまいます! いけません!」


 ティセもサクラコも今にも飛び出してきそうな(てい)だが、パメラがそれを制するように前に出た。


「だめ! これはあの二人の戦いなんだよ! ロザリーを、リュカを信じて!」


 二人はパメラに、何もかも見通したような超然的な意思を感じた。まるで、ロザリーを突き放すような……いや、この状況に一番目を背けたい自分をも押し殺すような覚悟を。


「リュカが、ロザリーを変えてくれる……だから」


――そう、あの、ずっと自分を認められずにいた弱いロザリーを……。そして、ずっとそれを望んでいた、自分勝手なわたしを……。


 パメラはふと空を見た。夜が明けてなお、霧の中においても輝く星がそこにはあった。これは、いつかに見たロザリーの星。自在にその輝きを変える事から、不思議星と名付けられたその星は、まさに今、これまで見たこともないほどに光り輝いている。


「もしかして……」


 ロザリーを見つめ続けてきたパメラと心の声、二つの澄んだ瞳は、まっすぐとロザリーの内に眠る何かへと向けられていた。




 おかしい、さっきから何度も立ち上がれないほどの攻めをしているのに……。

 リュカはふと手を緩めた。何かがあふれ、止まらない。


(涙だ。相変わらずだなぁ……)


 リュカは涙を拭いもせず、攻撃を続ける。もはや、自分の心を殴っているようですらあった。


「こんなあたいを、なんでこんなになってまで受け止めてくれるの? 何なんだよ、お前……」


 それを受け、ロザリーは優しくほほえんだ。


「わあああああああああ!!」


 リュカはありったけの力を握り拳に込めた。もうこれで最後、今までの全部をぶつける。今まで自分の為にだけ、戦ってきた。強くなって違う世界を見たかった。でも、今ここに自分を刻みつけたい相手がいる。


 勝ちたい、負けたくない、そんなの一切ない。


(けん)……(こん)……(いっ)……(てき)!」


 リュカは師父から授かった、一撃必殺の奥義を繰り出す。それは巨岩をも割る程の威力に、人には使うまいと決めていた技である。


「はああああっ!!」

「リュカっ……!」


 ロザリーの胸元めがけ怒濤のような正拳突きが貫くと同時に、周囲にとてつもない衝撃が広がっていく。


 星が瞬く間の出来事。そう、まるでその一瞬、世界が止まったかのように、全てが静止した。

 ただ一人……黄金色の光を放つロザリーと、燦然(さんぜん)と輝くその宿星(しゅくせい)を除いて。




************




――なんじの源は何だ。


「え?」


 景色は反転し、突然にして世界は闇に包まれた。

 光も音も無く、ただ、無限の時の中に一人で浮かんでいるようだ。


 ロザリーは静止した世界で、何者かの声を聞いた。それは凛とした女性の様な声に聞こえる。


――源……汝の心沸き立つ力だ。


「な、何? あなたは誰なの?」


――我は汝だ。

――そして、汝は我。

――答えが聞きたい。汝の源は何だ。


「私の、源……。仲間とか、そういうもの?」


――汝の事を聞いているのだ。自らに広がる汝という宇宙。その、源だ。


 自身の奮い立つ根源的な力の事であろうか。それならば、ただ一つを置いて他にはない。


「源……それは、マレフィカとしての……“誇り”。何度倒れても、これだけは失う事はできないもの……」


 ふと、心の中で何かが弾ける。ロザリーの瞳はただ、前を見据えていた。


――気づいたか……。

――それは遙か先の絶望に打ち勝つ力となる。

――我が名はミラ。汝が汝である限り、我は共にある。忘れるな。


 ぼうっと揺らぎの中で生まれた、神々しい黄金の鎧を着た女性の姿が眼前に現れる。ロザリーの答えに満足したのか、瞳の無い、その女性の目が静かに閉じた。


「あなたは……」


――まずは、目の前にある絶望。超えるのは、そこからだ。


 次の瞬間、ロザリーはある世界を傍観(ぼうかん)していた。


「えっ!?」


 それは、リュカを取り巻く世界。修行に明け暮れ、人々を守るために日々努力した日常。そして、挫折、転落、葛藤からの自棄(じき)。生々しい感情が、めまぐるしくロザリーへと流れてくる。


「これが、リュカを苦しめているもの……。ミラ、私が、これを終わらせろと言うのね」


 答えはない。しかし、自身こそが彼女であるならば、すでに答えは出ている。


「私は反逆する……自らの世界を。だから、あなたも……!」


 先の見えない世界で、一人泣く少女。

 そんな孤独な世界を、ロザリーはその黄金の剣を(もっ)て切り裂いた。




************




 時はまさにリュカの拳がロザリーを貫かんとする所へと立ち戻る。と同時にロザリーの放った剣閃は一帯に拡散し、土煙が二人を飲み込んだ。


「見たわ。あなたの中にある悲しみ、怒り、喜び、ありとあらゆる感情を」

「え……」

「そして受け取った。これからは私が一緒よ」


 有情と非情、その狭間で苦しんでいたリュカにとって、情の体現者であるロザリーの勝利こそがずっと望んでいた結末であった。リュカは満足そうな笑みを浮かべ、ロザリーの胸へと倒れ込む。


「……あたい、負けたんだな」

「いいえ、引き分け。あなたに最後の迷いがあったからこそ、私は救われたの」

「ロザリー……ありがとうな……」


 吹き飛んだ霧に変わり土煙が覆う景色の中、ティセもサクラコもそれが収まるのを待つ事しかできない。


「何? 一体何がどうなったのよ!?」

「見えなかった、ロザリーさんが一瞬。そして、何か別の女性の姿が……」


 焦燥(しょうそう)する二人だったが、パメラは安堵の吐息を漏らす。


「……ロザリー、よかった……。二人とも、もう大丈夫」


 パメラの声は震えている。煙の中から現れたのは、気絶したリュカを肩に抱いたロザリーの姿であった。


 リュカは袈裟(けさ)状に血を流し、ロザリーはあらゆる箇所が紫色に変色していた。立つ事も精一杯であろう中、リュカの全てをその身に背負う彼女に、もはや一片の迷いも感じられない。


「パメラ! リュカの傷をお願い!」

「うんっ!」


 こうなる事が分かっていたとばかりに、パメラはリュカの傷を全力で癒やす。ティセは何も出来ずにいた自分に腹を立て、怒鳴り立てた。


「アンタだって酷い怪我じゃない! 何強がってんのよバカ!」

「ロザリーさん、せめてリュカさんは私が運びます!」

「大丈夫。彼女の背負う運命に比べれば、軽いものよ」


 ロザリーは約束した。これからは一緒だと。

 自分達は喜びも痛みも分かち合う、友達……いや、それ以上の仲間なのだから。


 その後、山を下り女将にリュカをあずけると、ロザリーは眠るように倒れたのであった。




************




「アンタね! あんな事やってたら命がいくつあっても足りないって!」

「さすがに真剣勝負とはいえ……、ロザリーさんはもう少し自分をいたわって下さい!」


 寝起きのロザリーに詰め寄るティセとサクラコ。よく見ると少しだけ、その目は腫れていた。


「あいたたた……何よもう」


 起き上がろうとした体に、ほどよい重さを感じる。そこには、柔らかな胸に沈んだあどけない少女がいた。


「パメラ……」

「ずっと力を使ってたからね。今は寝かせてあげな」


 再生の力といえど万能ではなく、パメラはどこか自分の生気と引き替えに傷を癒やしているのではないかというような倒れ方をしていた。実際そうなのだが、だからこそロザリーは申し訳なく思う他なかった。


「いつもいつも、ごめんなさい……パメラ」

「ほんとにこの子、こうなるの分かっててやらせるんだから世話無いわ」

「ティセさん、そんな言い方ダメですよ」


 ロザリーはパメラの頭を優しく撫でながら、寝ぼけた頭を整理する。


(あの戦いをパメラ達が見守ってくれていたのは覚えている。そして、あの時、声と共に感じた何か特別な力。あれが……私の力……?)


 謎の声が聞こえた後、リュカの意識が流れ込んだと思うと、繰り出される拳の動作までがゆっくりと見えた。ロザリーはそれに合わせてただ、剣を振るったのだ。達人の反応速度ですら捉えることも出来ないであろう攻撃の先を取った形でリュカの技は威力を殺され、結果、辛勝(しんしょう)である。


 これこそがロザリーのマレフィカとしての異能(マギア)感応(アイデンティティーズ)の完成形。そして、それを応用した実戦的な先制スキル、叛逆(リベリオン)

 しかし、この時点の彼女にはまだその自覚はない。リュカの気持ちに体が勝手に応えただけなのかもしれないと、一人納得する事にした。


 そんなことよりも! と、ロザリーは立ち上がる。そこへ丁度、女将が訪ねてきた。


「目が覚めたかい? リュカもさっき目覚めて、あんたに会いたがっているよ」

「良かった、あの子は無事なんですね!」

「それはこっちの台詞だよ、もう。二人とも丸一日眠っていたんだからね」


 どうやらすっかりリュカも良くなっているようだ。眠るパメラに布団を掛け、ロザリーは一人、リュカのいる女将の部屋へと向かった。






「体は大丈夫? 私が言えた事じゃないかもしれないけど」

「うん、もう平気。あの時はあんな事言ったけど、木剣じゃなかったらどうなってたか」


 少し、ばつが悪そうに苦笑するリュカ。


「あたい、あの時お前と繋がった気がした……あれは、夢なんかじゃないよな?」

「ええ、私もあなたの事が……見えたわ」

「ロザリーの事も見えたよ。世界が、見えたっていうか……うまく説明できないけど」


 世界が見える、とパメラもいつか言っていた気がする。これも力の一端なのだろうか。


「あたい、すごい小さな世界の中にいた。それを、その時にロザリーが気づかせてくれた。誰かの為にだけ戦うんだな、お前って。なんかすごいな」

「そんなことない、私はいつもみんなに助けられてばかりよ」

「ううん、あたいなんかよりずっと大きなものと戦ってる。聖女の事とか魔女の事とか。あたい達、マレフィカだっけ……、そういう事だったんだな。お前が強いのは」

「ええ、私はマレフィカの自由の為に戦っている。それだけは自信をもって言えるわ」

「ロザリーっ!」

「きゃっ」


 リュカは改めてロザリーと抱き合い、そのまま押し倒した。今度は情欲ではなく、愛情を持って。


「ロザリー……」


 今ならば、自分の悩みなどとてもちっぽけな物に思える。未だ道半ばであるが、まだ生きている。無念に死んでいった者達からしてみれば、妖仙だから全てを諦めるなど、甘え以外の何物でもない。それに、ここには自分以外の者のために戦っている奴がいるのだから。リュカは次に進むべき道を、ロザリーの生き様を通して教えられた気がした。


「お前の戦いに、あたいもついていく。絶対」


 この旅の危険を説いても無駄だろう。この子は強い。ロザリーはしっかりと頷く。リュカは笑った。心から嬉しそうに。


「でもその前に、あたいにできる事から始めなきゃ」


 そう言うとリュカは勢いよく立ち上がり、こちらへと背中を向けた。


「お前達、まだしばらくここにいるのか?」

「ええ、あの子達にこの国をもっと見せてあげたいしね」

「そっか、じゃあ街を案内するよ。そして一旦お別れだ」

「お別れ?」

「うん、このままだとお前とはいけない。あたいは、全てを投げ出してきたままだから」


 リュカは一度、師匠である仙者達の下へと戻るらしい。妖仙の邪気をコントロールできなければ、共に旅をすることも難しいだろう。しばらくそこで修行して、マレフィカとしても一人前になると約束した。


「あたいも、本当の意味で力と向き合う。ロザリーのおかげで、少しだけ見えた気がするんだ」

「ふふ、お互い、次に会う時が楽しみね」


 二人は笑った。共に高めあえる仲間がいる。それだけで、今の何倍でも強くなれる気がした。




************




 ロザリー達はその日、クーロンの貿易街タイロンでの観光を満喫した。久しぶりに顔を見せたリュカを見て後ろ指をさす人もいたが、もうそんなの気にする事はない。


「パメラ、大丈夫か? ごめんな、ずいぶんと無理させて」

「ううん、少し眠くなったり、お腹空いたりするくらいだから大丈夫」


 クーロン料理を食べながら、リュカがパメラを気遣う。道中もずっと彼女が背負いながらの観光である。そして新たな料理屋を見かけるたびに、こうして接待が始まるのだ。


「ほら、あたいの分もいいぞ。アワビ、フカヒレ、ツバメの巣、何でもござれだ」

「わあー、どれも美味しそう! アレは……もう出てこないよね?」

「あれの事は……もう言わないで」


 質素な料理が売りのサンチャ飯店に比べ、街の料理はどれも豪勢だ。

 パメラは力を使った後、華奢(きゃしゃ)な割によく食べる。ロザリーは、あんかけで汚れたパメラの口元を拭きながら思案した。パメラの再生の力には、出来る事ならばあまり頼るべきではないと。かつて同じような力を持っていた少女、幼なじみのパメラと似たような能力ならばなおさらである。彼女に頼り切ったその先には、悲劇が待つような気がしてならないのだ。


(もう、あんな悲劇は繰り返さない……二度と)


 この新しい力があれば、おそらく無傷で敵を倒すことも出来るようになるはず。とにかく今は修行あるのみだ。


 ロザリーはパメラの食べている所を、愛おしそうに見つめた。なんとなくその意図を読み取ったリュカは、ロザリーにあるチラシを差し出す。


「ロザリー、クーロンには武術道場がたくさんあるんだ。そこで稽古してもらうといいよ。あたいほどってのはいないと思うけど、あの力を研ぎ澄ませるのには役に立つはずだぜ」

「わあ、すごいですね! クーロン武術、私も興味あります。ご一緒してもいいですか?」

「ええ、一緒に修行しましょう」


 サクラコが目を輝かせる。帰りの馬車も失ったため、堕龍との連絡がつくまでロザリーとサクラコは道場通いをする事にした。


「あー汗くさ。じゃあパメラ、アタシ達は二人で美味しいもの巡りでもしてよっか」

「うん、でもここの料理美味しくて太っちゃいそう」

「いいじゃん、どうせまたロザリーがボロボロになって帰ってくるんだし。力を使えば痩せられるって」

「それもそうだね」

「う、私って信用ないのね……」


 どうやら残るティセ達は気ままに過ごすそうだ。消耗したパメラの英気を養うために気遣ってくれたのであろう。それはそれとして、ティセにはもう一つ隠れた狙いがあった。


「ところでパメラさ、アンタだけ浄化と再生って二つも力が使えるよね? 凄くない? なんで?」


 早速ティセは強引に話題を変える。マレフィカの力を上手く扱う先輩として、パメラから色々と聞き出したいというのが本音なのだ。


「なんで、かな? マレフィカってふつう、能力は一つなの?」


 パメラは少し、話をはぐらかした。もちろん、この二つの力についての詳細は知っている。セフィロティック・アドベントという非人道的な儀式によるものだと。

 だが、ロザリーの前でその真実を語るわけにはいかなかった。それは心の声の願いでもある。


「うん、アタシは聞いたことない。そりゃ、魔法とか剣とか武術とか、自分で身につけた能力は別だけど、この力は一つだけ。アタシは多分魔法を伸ばす力なんだけど、どうもハッキリしなくて。この高速詠唱だって、天才だから使えるのか、異能(マギア)だからなのか……」


 ティセは難しい顔をした。暴走時に見た高速詠唱がティセの力だと思っていたロザリーは、ラビリンス以降それだけの力を見ていない事に気付く。


「ティセ、もしかしてあなた……マギアの事がまだ掴めてないの?」

「あっ、違う違う! もちろん使いこなせるって。あはは」

「あたいも力についてはさっぱりだ。仲間仲間!」

「って、一緒にすんなっ! ……たく」


 ティセは追加でタピオカミルクを注文し、この話をうやむやにした。そして、にこやかにそれを覗き込むリュカ。


「なあ、カエルの卵に似てるよな、それ」

「あー、アンタほんと嫌いだわ」


 二人の相性は良くないようだが、なんだかんだで久しぶりに気を抜いて楽しむ事ができた。その日は異国の情緒溢れる風景に、皆で感嘆しながら街を巡ったのであった。






 そしてその日の夜、リュカは荷物をまとめるとロザリー達にしばしの別れを告げる。


「ロザリー、必ずお前に追いつくから、絶対!」

「いつでも待ってるわリュカ、元気でね」

「ああ! おばさんも、色々とありがとね! それじゃ!」


 女将にも感謝を伝えると、リュカは振り向く事もなく旅立って行った。それを見送る、どこか寂しげなロザリーの横顔に気付いた女将が声をかける。


「心配しなさんな。あの子は今まで逃げてきた事をやり遂げようとしてるのさ。絶対、一人前になってあんた達の所へ行くって言ってたからね」

「ええ、そうですね……」


 女将はそう言いつつも、ロザリー同様、寂しげな瞳で一人娘のようなリュカを見送るのだった。




「あー、クーロンの料理おいしかったぁ! ……ゲテモノも多かったけど」

「はい……。私の国もいろんな物を食べますが、さすがにここまでではないですね」

「ふーん、サクラコの国ってこっからどのくらい? そこも食べ歩きしてみたいよね」

「イヅモは船旅になりますよ。それに今はちょっと鎖国の最中で、外国の方はやめておいた方が」

「んー、つまんないわね。デュオロンに新しくできたっていうリトルイヅモで我慢するかー」

「もう、二人とも、観光はもう終わったんだよ」


 どこか元気のないロザリーに気を遣っているのか、いつも以上に軽いノリが客席を包む。サクラコの送った手紙を受け新たに派遣された堕龍(だりゅう)の馬車は、さらに強固な仕様となってロザリー達を迎えに来た。今はそれに乗りロンデニオンへと帰る途中である。


「ねえロザリー、次はどこ行くの?」


 パメラは、次々に流れていくクーロンの景色を見ていたロザリーに声をかけた。


「ふう、どこへ行こうかしらね」

「ちょっとねえ、ふぬけー。キンタマ食べたんでしょー、シャキッとしなさいよ」

「ふふ、そうね」


 今ではティセのヤジもどこか涼しく感じてしまう。ロザリーは少しだけ力の制御を覚えてからというもの、皆の考えている表層的な意識までは読み取れるようになっていた。そこにあるのは、ただのちょっとした愛情のみである。どれだけ憎まれ口を叩かれようと、そんな愛情をぶつけられては何も言い返す事はできない。


「あのね、もし、よかったら……次はフェルミニアに行ってみない?」


 突然、パメラが真剣な顔で見つめる。

 フェルミニア……それは世界最大の国土を誇るかつての世界の中心国。今はガーディアナの属国と成り下がってはいるが、だからこそ近づくことも容易ではない国だ。そして、世界で初めての、忌わしい魔女が産声を上げた地としての顔も持つ。つまり魔女への弾圧は他の国の比ではないだろう。


「フェルミニア……ね」

「そこに、私の過ちの全てがあるの。危険かもしれない。でも私達の求めるものも、きっとそこにあると思うの」


 パメラの過去に関わるという重要な国。そして、これからの旅に避けては通れない場所。ロザリーは頭を切り換え、深刻な面持ちのパメラへと向き合った。


「そうね、よかったら詳しく話を聞かせてくれる?」

「うん……」


 遥か後方にそびえる仙龍山が影を落とす。ひとまず彼女達はこの旅で、一つの目的を果たした。


 クーロンの魔女リュカとの闘いの果て、ロザリーは新たな力を手にする。

 彼女のように力を求め続けた道の先に待つのは、希望か絶望か。それがどうであろうと、いつか自由を手にするその日まで、彼女達はこれからも運命と言う名の絶望と闘い続けなければならないのだ。


―次回予告―

 いまだ晴れぬ闇の中、次への道を見失った少女達。

 この身一つで変えられるものなど何もない。

 世界へと抗う者達に、次なる現実は重くのしかかる。


 第46話「見えない道」

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