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第41話 『聖女の苦悩』

 早くも暗い始まりとなってしまったクーロンへの旅路。

 あぜ道を行く沈黙の馬車の中、新たに擁立され、消えていったという第二の聖女について思い悩んでいたパメラは、寒空に一人つぶやく。


「リュミエール……やっぱり私のことを、まだ……」


 ぽつりと口にしたその名。それこそ、ガーディアナを支配する仇敵(きゅうてき)、教皇リュミエール゠クレスト。ロザリーにとっては最終的な黒幕としても、パメラにとっては、ただ一人の親がわりの存在。


 リュミエール。それは神話の中で語られる十二賢者の一人、信仰の賢者の名前である。

 代々ガーディアナの教皇はこの名を襲名するが、今代の教皇に限ってはそれに留まらず、ガーディアナが崇める神、“聖典(カノン)”の化身としてこの世に生を受けた神子と自ら語っており、まるで神の権威を借るような振る舞いを見せる。


 そもそもカノンとは十二賢者を束ねた古代人の長で、別名、全能の賢者とも呼ばれる、古代文明の崩壊を招いた人物である。その名は戦神としての印象が強く、ガーディアナの中にも初めは反発する者も多かったが、次第にいなくなった。そう、消したのだ。


 ある意味、元々人類愛の教えであったガーディアナ教は、彼一人によって力による結束を(うなが)す、全く違う教えへと変質したと言ってもいい。


 続いて、ガーディアナ初とされる教皇すらも越える最上位の存在、聖女が誕生。それにより、異端は徹底的に排斥される今の世界が決定づけられたといえる。

 リュミエールとは光を意味する。光の聖女パメラは、彼の原罪を全て背負い産まれてきた。それゆえ、他の誰でもなく、自身こそが全ての元凶であると思い悩むのも無理はない事である。


 たとえその役割から救い出したとして、彼女という存在が唯一無二である事実は変わらない。むしろその穴を埋めるため、より多くの犠牲が強いられるという事実も今、目の当たりにした。


 ガーディアナ……それはこの世界の(ことわり)。あまりにも強大な相手。


 ロザリーは出国の馬車に揺られながら、一人思いを巡らせていた。これまで、全てを覆す力こそが正義だと思い続けていたが、この旅の中、無闇に剣を振るう事にもまた疑問が産まれてしまったのも事実。無い頭でこのまま考えても仕方ないと思い立ち、ロザリーはふさぎ込むパメラに今回の件について話しかけた。


「パメラ、気を落とさないで。今回の件は、あなたのせいじゃないわ」


 パメラはうつむいて首を振るだけで、何も答えてはくれない。


「そうね、でもこれは私達二人で受け止めるべきよ。どうか一人で抱え込まないで」


 その震える手を握りしめると、パメラは顔を上げ、心配させてごめんねと小さく言った。


「ちょっとアンタ達、誰もいないからって変な気起こさないでよね」


 手を握りあう二人を見て、今まで爆睡していたはずのティセが急に話に割り込んできた。


「そ、そんな気なんてないわ。ね、パメラ」

「うん……」

「そう言えば、パメラ。アタシになにか言う事はない?」


 唐突なティセの謎かけに、パメラはあれこれと考えをめぐらせる。


「えっと、ティセのパンツ、勝手に履いた事?」

「違うわよ! あ、もしかしてアンタ、自分のにうんち付いたからってアタシの履いたの? マジ何考えてんのよ!」

「だって、ロザリーのはハイレグだし、サクラコちゃんはフンドシだし……。うんちは付けてないよ、大丈夫」

「“は”、て何よ! もういいわ……。そうじゃなくて。話しなさい、アンタの事。セント・ガーディアナの事。うやむやになってて、まだ聞いてなかったでしょ」


 しばらくの沈黙の後、パメラは顔を伏せた。

 聖女セント・ガーディアナ。それに向き合う時の彼女の顔はどこか大人びている。物憂げに閉じた瞳の、長く光る睫毛がそう思わせるのか。


「うん……そうだね。サクラコちゃんは?」


 どうせなら彼女も一緒にとの提案だったが、サクラコは「抜け忍の定め」などと言って、外にある助手席から辺りを逐一(ちくいち)偵察しているようだ。


「あー、アイツはいいでしょ。知らぬが仏って言葉もあるし」


 ロザリーは先日のサクラコの独白を思い出す。彼女は完全に吹っ切った様だが、今度はパメラが気を遣うと良くない。虫も殺せないような彼女に、聖女としての過去までは知らせない方が良いだろう。


「私もそう思う。サクラコにとってあなたはパメラ以外の何者でもない。それでいいと思うの」

「二人とも……ありがとう」


 そんな会話に緊張の糸もほぐれたのか、パメラは二人の方を見つめ語り出す。


「実を言うと私は、自分の事をよく知らないの。何のために生まれたのか、何でみんな私を聖女って呼ぶのかさえ。ただ、気がついたらそうなっていたの。小さい頃の、大事な部分の記憶が途切れ途切れになってて……ティセの質問にはあまり答えられないかもしれない。だから、私の思っている事を話すね」


 ティセはパメラを見つめ、「充分」とうなずいた。


「私の力は教会にとって、この世界に生きるみんなにとって、とても素晴らしい力だってリュミエールに教えられて生きてきた。その通り、この力を使うとみんなが喜ぶの。でも、聖女として使うその力は、あまりにもたくさんの人を傷つけた。マレフィカ狩り……あれを私はやっていたの。毎日まいにち、教会が捕まえたマレフィカ達が、私の前に目隠しをされて跪くの。そして私は浄化の力を振るう。するとみんなは死んだように倒れて、ある場所へ連れて行かれる。あの子達に何が起きたのかは分からない。ううん、私は逃げ続けた。考える事、心で感じる事。そしていつか、空っぽの聖女になった。でも、あの日、私は初めてはっきりと自分で自分の事を知ったの。ロザリーと出会った日、それは、ロザリーが教えてくれたんだよ」

「え、私が……?」

「そう。あの日は私が生まれた日でね、一年で一度だけ自由になれるの。聖歌を歌うほんの少しの間だけだけど、私が私になれる。それはとても嬉しい事だけど、聖女としての自分が恐ろしくなる瞬間でもあるの。だから、私は救いを求めた。そして、あなたはそんな私の所に来てくれた」

「あの暗殺作戦の日……私はただ、あなたを……殺そうと」


 忘れようにも忘れられない記憶。ロザリーは歌う事が大好きなこの少女の前に、血生臭い剣を突きつけたのだ。その時のロザリーにとっては、パメラの聖誕祭など唯一の暗殺実行のチャンスであるという意味しか持ち合わせてはいなかった。


「ううん、それでいいの。リュミエールはたくさん甘えさせてくれた。大好きな歌を教えてくれた。お祭りも毎年開いてくれる。私に何でもしてくれる。辛い時は何も考えなくていい、何も感じなくていい。あの人はそう言ったの」


 “あの人”……パメラの言葉が紡ぐその響きは、どこかロザリーを不安にさせた。しかし、パメラはそんな気持ちを吹き払うような笑顔でこう続けた。


「でも、あの時ロザリーと出会って知ったのは、その逆だった。私のしてきた事がどういう事か全部分かった。ロザリーが聖女をどう思っていたのかも。辛かった。悲しかった。怖かった。でも、あの人の甘えさせてくれる言葉より、暖かかった。あの人よりやさしかった。ちゃんと、聖女じゃない私を見てくれた。その日から、世界が変わったような気がした。だから、私は、本当の私をくれたロザリーについて行こうと思ったの」


 そう言うとパメラは堪えきれなくなり、大粒の涙をこぼした。ロザリーはか弱い彼女がとたんに愛しくなり、その濡れた瞳をぬぐう。


「ばかね。私もその時、自分の生きる意味を見つけたのよ。おあいこ」


 額とひたいを合わせ、二人は互いの中に強く存在する自分を確認した。ロザリーにとって、パメラはすでに逆十字の忘れ形見のような存在である。彼女を愛する事が、逆十字の皆の生きた証を愛する事。そんな風にまで思えていた。


 そんな中、パメラの薄紅色の唇が思いのほか近い事に気付き、ロザリーの鼓動は激しく高鳴る。パメラは最初の口づけをした時、世界が見えると言った。その意味は未だに分からないが、最近、二人の間でそんな表現に適うキスはしていない。どこかパメラの方がそれを避けている気がするのだ。ロザリーは、パメラの濡れた瞳に映る自分を見る。その顔は、どこか淫靡で、物欲しそうな「女」の顔をしていた。


 ああ、もう一度だけ……。もう一度……。


((パメラ……して、おねがい、して……))


 自分からする事にどこか罪悪感を持つ彼女の、純粋な願いが流れてくる。しかし、パメラはそれに応じない。ティセが見ている事もあるが、心の声からの欲望に負け、かつてたくさんかわした口づけ。その数だけ、ロザリーの心を奪っていく過程が彼女の異能によって手に取るように分かった。しかし、それは本当の愛と呼べるのだろうか。ロザリーの心を、ただ蹂躙しているだけなのではないか。それに気づいたとき、パメラはその行為に後ろめたさすら感じるようになった。


――聖女様……、しないの?

(うん……、怖いの)

――でも、ロザリーは求めてるよ?

(違うの……、こんなのは……違うの)

――聖女様……。


 沈黙が続く。パメラはふとティセの方を見た。何か気まずい物を感じたティセは、そこに割り込むように入ってくれた。


「はいはい、ごちそーさま。つーか、いつまでやってんのよ」


 まるで付き合ってられないといったジェスチャーである。思いの(ほか)二人の唇が近づいていた事に、ティセの顔までもが赤くなっていた。


「ん、だいたい分かった。でさ、その……リュミなんとかとはどんな関係だったの?」

「どんなって?」

「だから、親と子とか、男と女の関係とか」


 パメラはロザリーと顔を離し、どう説明すべきか少し考えて答えた。ロザリーに遠慮しているのか、それはどこか申し訳なさそうな口調でもあった。


「あのね、十五歳って私達の国ではもう成人なの。ロザリーの所は?」

「え? 十八だけど……ちょっと早すぎるんじゃない?」

「そうかもしれない。私なんかまだ子どもだもの。でもあの人は、成人したら私を妻にするって言ったの」

「…………え」


 その言葉に、ロザリーは少しだけ意識が遠のいた。つまりあの日、パメラは教皇リュミエールの妻になるはずだったのだと、そこで初めて知ったのだ。


「そんなの、無理矢理じゃない。そいつロリコンでしょ。十五歳で結婚できる法律も、そのために作ったんじゃないの? パメラ、そういうのはアンタが自分で決める事よ。まあ、正直そいつのムラムラも分かるけど、ね? ロザリー」

「ど、どうして私に振るのよ!」

「うん、ありがとう。ティセ、でも……」


 話にあわせてロザリーの顔はめまぐるしく変化していた様で、それを見たパメラが、ぷっ、と吹き出した。


「ロザリー、大丈夫だよ。ティセの言うような事……まだ、だから」

「パメラ……その、ええ」


 ロザリーは、(いや)しくも彼女の貞操(ていそう)の心配をしていた事を見抜かれてしまった。


「ちょっとお、今何想像した? このカマトトぉ」

「うふふ、何でもないよ」


 パメラは潔癖症のロザリーを気にしてか、それ以上は何も言わなくなった。やはりこういった話はティセに任せた方が賢明だろうと、ロザリーは席を外す事にする。


「パメラ、話してくれてありがとう。あとはティセと愚痴でも話すといいわ。言いたい事を言えば、きっと気も晴れるはずよ」

「ありがとう、ロザリー」


 ほんの少し唇に燻りを感じるものの、その言葉だけでロザリーの心は満たされていく。


(そう、少しずつでいい。本来のあなたに戻る為に、私達は何でも力になるから――)






 堕龍の用意したこの(ほろ)馬車は、造りも頑丈で十人は乗れる大きさを誇る。

 ロザリーは客席を離れ、外に面した仕切りの向こうの助手席にて懸命に辺りを(うかが)っているサクラコに声をかけた。


「サクラコ、見張りお疲れ様。あなたも少し休んだら?」

「いえ、ここはお任せください。パメラさんも狙われの身、いつ刺客が、とも限りません」


 あれからというものサクラコとパメラとの仲は一段と良くなったようで、今は彼女を護る“守護忍”という新たな使命に燃えている様だ。


「頼もしい限りね。でも私達はいつも支え合って来たでしょ、これからもその方針は変わらないわ。辛い時はちゃんと言うのよ」


 委細承知(いさいしょうち)(?)と答えるサクラコの頭を撫で、ロザリーもその横に腰を下ろす。


「割と景色も変わってきたけど、今はどの辺かしら」

「地図ではそろそろクーロンに入ったようです。妖仙の事もあるので、ここからは一瞬も気を抜けません」

「あの、お客様、ファレン様の言いつけとはいえ、もし何かあってもこちらでは責任を取りかねますので……」


 そう付け加えるのは、堕龍に派遣された御者(ぎょしゃ)である。気の毒に、おっかなびっくりと手綱を握りしめている。


「ええ、あなたは気にしなくていいわ。妖仙なんて、出てきても私が蹴散らしてあげるから」

「それは、どうでしょうか……」


 何とも煮え切らない答え。こんなにのどかな山岳地帯にそんな殺気があれば、すぐに分かるというものだ。ロザリーはまるで危機感のない様子で、旅の道中を楽しむ事にした。


「ふう……久しぶりの旅だけど、やっぱりいいものね」

「はい。荷馬車に揺られての一人旅を思い出します。あの頃はずいぶんと食べ物に苦労しましたが」

「食は大事よ。どうやって(しの)いでいたの?」

「えっと、困った時は干し(いい)や道草を食べたり……あ、それとですね、忍者にはとっておきの携行食があるんです」


 サクラコはそう言って、懐から白い粉がまぶしてある塊をとりだした。


「これは兵糧丸(ひょうろうがん)といって、食べると丸一日は持つんです。そこそこ日持ちもするので、食料にありつけない時はこれ頼みでした」

「信じられない……ひとつ貰ってもいい?」

「はい、お口に合うといいんですが」


 ロザリーはそれをひょいと一口にほおばる。なかなかの弾力に顎が鍛えられそうだ。


「うん、うん……おまんじゅうみたい。もち米に色々な薬味を混ぜているのね。甘くて食べやすいし、確かに栄養は考えられているわ」

「さすがロザリーさん。何が入っているのか、すぐに分かるんですね」

「一度食べたものは忘れないのよ。変な特技……いえ、これも異能なのかしら。ほんと、我ながらマレフィカとしてどうかと思うけど」


 強引に考えるならば、食べ物に残る作った人の思念を読み取っているとも考えられるが、戦いにはまるで役に立たない能力だと、ロザリーは溜息交じりに笑いとばした。


「そうですか? でもきっとそれらは、もっと大きな力の片鱗として現れているのだけなのかもしれませんね。私は、速く走るくらいしか取り柄がないですから羨ましいです」

「ふふ、あなたの力にもずいぶん助けられてるわ。ありがとう」

「はいっ! そう言っていただけると嬉しいです!」


 どこまでも慕うようなサクラコの眼差しに、ロザリーは改めて元気を貰った。パメラだけではなく、どうやら自分も己の不甲斐なさに落ち込んでいたらしい。


 それからロザリーは、あまり聞けずにいたサクラコの故郷についてなどをあれこれ質問しながら二人で過ごすのだった。


 そんなこんなで峠を越えた頃、サクラコのお腹がぐうと鳴り響く。


「あはは、武士は食わねど高楊枝(たかようじ)……とはいきませんね。兵糧丸、実はさっきのが最後で」

「あ、ごめんなさい。あなたの分、私が食べちゃったから……。そろそろお昼時ね、みんなとお弁当にしましょう。急がないと、きっとパメラがあなたの分まで食べてしまうわよ」

「それは大変です。兵糧丸もずいぶん減ってましたが、もしかして……」

「そう言えば口に粉つけて、もごもごさせてた事があったわね……もう、あの子ったら」


 やはり元気を取り戻すには、食べるのが一番であろうとロザリーが立ち上がったその時。


「きゃあっ!」


 客席から聞こえた悲鳴。のどかなはずのひとときが一転、辺りに緊張が走る。


「この声は……パメラ!?」

「そんな、怪しい影なんて見なかったのに!」


 サクラコと二人慌てて客室に戻ると、そこにはクーロン風の拳法着を身に纏った、見たこともない謎の少女の姿があった。天井の幌は人の通れる大きさに破り裂かれており、そこから進入した事が一目で窺える。


「やっと見つけたぞ……ガーディアナの聖女!」


 どこか切迫した様子の彼女は、パメラの正体に気付き、何かを迫っているように見えた。

 果たして、突如として現れた彼女の正体とは……。


―次回予告―

 新たに出会った魔女、リュカ。

 彼女はおもむくままに力を求める。

 全ては、最強の名を得る為に。


 第42話「妖仙」

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