第40話 『クーロンへ』
ロンデニオンにおける超難関クエスト、幽霊屋敷の依頼を解決し、ロザリー達はついにめでたく冒険者ギルドからAランクの冒険者と認定された。その結果、彼女達には引っ切りなしに高収入クエスト依頼が舞い込み、とりあえずの暮らしに困る事もない充実した冒険者生活が訪れる事となる。
ロザリーはようやく欲しかった装備品を買い、パメラは美味しいものをたくさん食べ、ティセは化粧に余念もなく、サクラコは民芸品へと入れ込んだ。それでも余ったお金は、全額貧しい人達に寄付している。
しかし自分達の目的はあくまで魔女の救済。彼女達はそんな暮らしも程ほどに、ここでの仕事を切り上げる事にした。というのもある日、いつかの裁判の結果を知らせに、ロザリー達の弁護にあたっていたアニエスが宿へと訪れたのである。
「ロザリー、会いたかった!」
「わっ、アニエス!?」
扉を開けるなり、アニエスはロザリーの胸に飛び込んできた。少し過剰なスキンシップ。もちろん、すぐ後ろにいたパメラの頬は少しだけ膨らむ。
「ちょっと、再会は嬉しいけど、まずは離れて」
「あ、そっか、この子が妬いちゃうもんね」
アニエスはいたずらにパメラへとウインクする。そして何もない部屋へと上がり、ジロジロと辺りを見回した。
「へー、まだこんな所に住んでるんだね。稼いでるって言うから、てっきり一等地にいると思ったのに。でもあなたらしいっていうか……またどうせお金にならない人助けばかりしてるんでしょ? 稼ぎの大半を移民達の支援に回してるって噂、街で聞いちゃったんだから」
「大丈夫よ、これでもそれなりの生活はできているわ。最初の頃はやっぱり大変だったけどね」
「ふーん。私に言えばいくらでも支援するのに……」
そんな珍しい客人に向け、イブの鼻がスンスンと向かう。彼女はアニエスから感じる匂いに親愛の情を感じ取ったのか、尻尾を振ってじゃれついた。
「あっ、ワンちゃん飼ってるんだ。よしよし。でも魔女といえば猫じゃないの? ごろにゃーん」
「もう、くっつきすぎよ。みんなが見てるわ」
「ふふっ、猫は気まぐれだから……あなたは私の事、離さないでね」
「アニエス……」
そうからかう彼女の顔は、ほんのりと赤い。
貴族の娘となった彼女はすでに贅沢な暮らしの中にあり、未だに清貧を貫くロザリーをどこかもどかしく眺めた。
「それより、あなたが来たという事はもしかして裁判の件?」
「うん! ずいぶん待たせちゃったけど、やっと全部片付いたわ。それじゃみんな、判決を言い渡すから良く聞いて。パメラ、サクラコに、ティセさん。あなた達は無事無罪! おめでとー!」
「え、私は……?」
恐れていた事が現実となった。自分でも言ったが、教会襲撃に際しての全ての責任は確かに自分にあるのだ。ロザリーは平静を装いながら、おそるおそるその続きをうかがう。
「あなたは、首謀者という事もあって保護観察処分。これからは私が、みっちりねっとり保護してあげるから、私と一緒にお屋敷で暮らしましょ」
「そ、そう……まあ、みんなが潔白ならそれでいいけど……。私、やっぱり、罪人なのね……」
「そんなのダメっ! ロザリーは私達と一緒にいるの!」
とうとう我慢できなくなったパメラは、どさくさに紛れてロザリーへと近づいていたアニエスから、その腕を取り上げ強く引っ張った。
「ふふっ、真に受けちゃってかわいい。うそうそ、本当はお手柄もお手柄。ローランドで起きた事件だもん、そもそもその国の元兵士が奪われた領土を取り戻したというだけの話よ。他国がどうこう言う話じゃないわ。争点とされたのは、どちらに人道に外れた行いがあったかどうかね」
「むう……」
「あはは、妬いたんだ? ほんと、そういう意味では罪作りな人よね、ねえロザリー?」
「えっ、まだ何か罪状があるの……? どうしよう、パメラ……」
「もうっ、知らない!」
一同に笑顔が戻る。ずっと背負っていた重い荷物から解き放たれたように、ティセはうんと伸びをした。
「とりあえず、これでアタシらも自由の身って訳だ。もしガーディアナで暴れた件までバレたら、どうしようかと思ったわ」
「ティセさん、いえ、ティセ王女。あなた方に不利な証言なんて、私がするわけないじゃないですか。この道で生きていくには、その辺も上手くやらないといけません。どうぞ今後とも、よろしくお願いしますね」
「ふうん。アンタ、ロザリーなんかより全然話が分かるじゃん。気に入ったよ」
どこか似た物同士の二人は、ガッチリと手を取り合って喜びを表現する。しかし優等生筆頭であるサクラコなどは、この期に及んでも誰かを心配せずにはいられないようだ。
「アニエスさん、この度はお勤めお疲れ様でした。ところで私達が捕らえた、がであな側の人々はその後どうなったのですか?」
「ええ、サクラコも知ってると思うけど、私が受けた事、見てきた事、聞いた事、全部裁判で暴露してやったわ。奴らには一応の有罪判決が下されて、治外法権を主張するガーディアナに返還される事になったのだけど、当の本人達がそれを拒否。本国に帰って受ける処罰よりも、ロンデニオンでの懲役刑を選んだわ。あの国の事だし、きっと生きたまま焼かれたり、生皮を剥がれたりするんだろうね」
「う……」
パメラは、リュミエールの行ってきた数々の懲罰の一端を思い返し口元をおさえた。その罪状も、おそらくは植民地にて働いた暴虐についてではなく、ガーディアナの名を貶めた事に対するものとなるだろう。魔女に敗北するなど、彼らにとってあってはならない事なのだから。
「……でも、きっとこの国なら、あの人達にも人道的な罰を与えてくれると思う。とりあえず、これで良かったんだよね、ロザリー」
「ええ。パメラ、あなたが気に病む事はないのよ。自らの作りだした業は、やがてその身に還るだけの事。選民的な世界観を持つ者は、それが自分に向かう事も覚悟しなければならないわ」
「私としては、少し歯がゆいんだけどね。犯罪者なんかをかくまう事で、国家間の関係まで悪くなっちゃうんだから。ガーディアナ側は遣いまでよこして神徒とロザリー達の身柄を要求したんだけど、ロンデニオンは頑としてそれに応じなかったの。結局、奴らは脅迫めいた言葉を残して去って行ったわ。ほんと、人類最強って噂のボルガード王じゃなかったらどうなってた事か」
「そうね、王には感謝してもしたりないわ。本当にここへ来てよかった……」
ロザリーの言葉に皆も深く頷く。なぜここまで恩を売るような言い方をしたかというと、もう一つ、アニエスにはとっておきの話があったのである。
「そうそう、その王様からなんだけど。ロザリー、あなたさえ良ければ、ラウンドナイツに入らないかってお誘いがあったよ。レジェンドの血を引いているあなたには、充分その資格があるって。ラインハルト様も張り切っちゃって、世話は俺に任せろって。あれはもうすっかり親にでもなったつもりよ」
「私が、騎士団に……」
「ロザリー……」
パメラが不安そうにロザリーを見つめた。ティセもサクラコも同じように目が合う。言葉にはしないが、それは自分を強く求めている瞳であった。それに対し、ロザリーは軽く微笑んでみせる。
「いえ、ありがたいお話だけど辞退するわ。私には、やらなければならない事があるから。私は、私にしかできない事を、この子達とやり遂げてみたいの」
「そっか……。まあ、あなたならそう言うと思ってたよ。もしかしたら、ほんとに一緒に暮らせると思ったんだけど……。それじゃ、そう伝えておく。大丈夫、あなたはもっと上に行ける。私が保障するわ」
「ええ。何から何まで、ありがとう。アニエス」
ロザリーは感謝と共に手を差し出す。しかしそれでは物足りないと、アニエスはむしろ体ごと飛び込んだ。
「何度も言うけど、全部あなたのためだから……でも、これくらい、いいでしょ?」
アニエスは吐息の掛かるほどの距離でそうつぶやくと、さらに唇を近づけロザリーと短いキスをした。
「んっ」
「ふふっ、じゃあね! いつか父さんの墓に、二人でお参りしましょ。私達、ちゃんと仲直りしたよって!」
「アニエス……」
皆唖然とする中、アニエスはいたずらな笑みを残し去って行った。いよいよパメラのカミナリが落ちると思ったのだろう。けれど、パメラはとても怒る気にはなれずにいた。いかに強大な国に守られているとはいえ、未だガーディアナの脅威が去ったわけではない。むしろ今回の件が、この二大強国の本格的な戦争の火種となりはしないか、その事を危惧せずにはいられなかったのである。
「……パメラさん、驚いて固まってます」
「そりゃそうだ。ふつう、みんなが見てる前でやるか? ロザリーもポカーンと口なんか開いてさ。あーあ、サクラコもこいつに近づいたらその気になっちゃうかもよ。きっとキス魔の異能かなんか持ってるのよ。今回は無罪でも、いつか強制わいせつ罪の判決が下るわ。あ、半ケツならもう出てるか」
「ちょっと、どこ見て言っているの!」
ティセの冗談を受け、なぜかその気になったサクラコ。その初心な瞳はじっとロザリーの唇を見つめている。
「やっぱり……そうなんですね。私もロザリーさんの唇、見てると吸い込まれるようで……」
「サクラコ、誤解よ! 確かによくキスされるけど……。でも、ホントにそんな力だったらどうしよう……。感応じゃなくて、官能の間違いだったりして……」
青い顔のロザリーが気の毒になり、パメラはその場をまとめる事にした。まったく、なんとも頼れるようで頼りないリーダーである。
「みんな、おふざけはその辺にして、これからの事考えよ。ロザリーもほら、怒ってないから、ね」
「え、ええ……そうね、ごめんなさい」
彼女達は狭い安宿にて作戦会議を開く。自分達が行うべき本分、一刻も早く、まだ見ぬ孤独なマレフィカを救わなければ、と。
「それでロザリー、次はどうしたいのか、考えはある?」
「そうね、この国は平和だから、おそらくマレフィカがいたとしても隠れて普通に暮らしていると思うの。コレットのように問題を起こしていれば、ギルドの依頼として接触する機会はあるだろうけど、特にそんな依頼はないわ。静かに暮らしたい子を無理矢理戦いに、という訳にはいかないしね」
「確かに……。では、他を当たるしかありませんね」
「そう、それでね、行ってみたい国があるのよ」
「どこどこ?」
安物の簡易地図を広げロザリーが指さしたのは、ロンデニオンのさらに隣国、神秘の国とされるクーロンであった。ここを次の目的地に設定したのも、武術の聖地として名高く、ついでに鍛錬になるかもしれないと思い立ったからである。その汗臭い提案にティセは乗り気ではなかったが、実際ガーディアナに関わらずに自分達が行ける土地はここしかなかったという事もあり渋々了承した。
「だったら、こことももうお別れか。せまっくるしい所だったけど、何だかんだでそれも良い思い出になったわね」
「そうね……。名残惜しいけれど荷物をまとめましょうか。次に借りる人のために、綺麗にしておかなくっちゃ」
「そうですね。ほら、威武、邪魔しちゃだめですよ」
「クーン……」
この場所との別れを察し、イブは寂しそうに鳴いた。ここは、みんなのにおいが感じられる唯一の場所。それはもちろん、ここに一番長くいたパメラにとっても同じである。彼女は仕事場として使用した古いちゃぶ台にそっと手を当て、別れの挨拶を告げた。
「今までありがとう。次の人にも大事にしてもらってね」
その言葉に、皆もしばし感傷に浸る。そしてこれまでのお礼として、来たとき以上に綺麗にしてあげた。
旅支度も整い、これでロンデ国を出発する準備はできた。後は、次に向かう土地クーロンについての情報を集めなければならない。みな、その謎多き国についてはあまり詳しくないのだ。
「クーロンって言えばさ、あのマフィア連中、そこの奴らだっけ」
「堕龍さんですか? そうですね。確かファレンさんも、クーロンから追いやられてここまで来たと言っていました」
「そうとなれば、彼らから話を聞いた方が早いわね」
ひょんな事からサクラコの下についた組織、堕龍がクーロン国出身という事で、一同はまず彼らに話を聞く事にしたのであった。
「ようこそ、堕龍有限公司へ! おお、お嬢、ニンハオ。皆さんもご一緒でなにより」
「は、ハオ、ファレンさん」
すっかり自然な笑みが板に付いた狐目の男が、皆を出迎える。以前の煌びやかだった屋敷は行政を執り行う建物として開かれ、ずいぶんと慎ましくなっていた。
「どうです、この街の住み心地は。最近は治安も良くなったでしょう」
「ええ、あれだけの移民を受け入れてくれた事、まだお礼を言ってなかったわね。ありがとう。あの時は少し、失礼をしてしまったけど……」
「いえ、こちらこそご無礼をいたしまして……。あれから収入は確かに減りましたが、代わりに移民の方々には農地を開拓してもらっています。最近、森の方の物騒な館が取り壊されたとかで、新たに使える土地が増えたんですよ」
「あ、そうなんですか……あはは」
これにはサクラコも愛想笑いする他ない。それも自分達の手柄だと知られれば、また祭り上げられるであろう事が目に見えているのだ。
「それに、匿名で貧民街へとかなりの寄付がありまして。これを機に貧民街という呼び名も撤回し、あの地を移民達による特別行政区、紅龍地区とする事にしました」
「本当ですか!? みなさんきっと喜ぶと思います!」
「これもみなあなたのおかげ。これにより堕ちた龍も、お嬢の紅に染まり見事甦る事でしょう!」
どうやら、あれから彼も心を入れ替えまっとうな政治を行っているようだ。それは彼の言う通り、新たに代表となったサクラコの尽力によるものでもあった。そのうち組織を率いる身となるサクラコは、人の上に立つ事にも慣れておかなければならない。こうなるよう全てを取りはからったザクロは、おそらくそこまで考えていたのだろう。
「ファレンさん……もう、私なんかがいなくても大丈夫のようですね。みなさん、とてもいい顔をされています」
「そんな、めっそうもない! お嬢あっての私達です。その証拠に何度あなたに命を救われたか……実の所ボルガード王にも堕龍は目を付けられていたらしく、この改善がなければ首が飛ぶところだったとか。お嬢は私らにとって、まさしく救世主なのです」
「そんな、私が救世主だなんて……」
謙遜するサクラコの頭に手を乗せ、ティセが代わりにふんぞり返る。
「ほんと、先に出会ったのがアタシらで良かったよ。この辺には悪い奴の魂を問答無用で抜きとる奴もいたんだから」
「それが例の館の……やはり、悪い事は出来ませんね……」
実はコレットの持つ死神の魔道具、死の手帳にも彼の名は記されており、近々お迎えの順番が来るはずであった。それも結局ロザリー達に阻止され再び救われたという、なんとも悪運の強い男である。
「それで、今回はどのようなご用件で……? まさかお嬢の口ぶりからして、この街を発たれる予定があるとか……?」
「ええ、少し旅行にね。それで実は、クーロンという国について知っている事を教えてもらいたくて」
そのクーロンという言葉に、突然ファレンの顔が以前の険しい顔つきへと戻る。
「アイヤー……お嬢、クーロンに行かれるんですか!?」
「は、はい、それで、どんな所かお聞きしたくて」
「やめておいた方がいい。治安は以前のここなんかよりよっぽど悪いですよ。なんたって、荒くれ者の妖仙が出ますからね」
聞き慣れない言葉である。あの地には人を超えたという存在がいる事は一般的にも有名なのだが……。
「ようせん? それってマレフィカより強いの?」
「姐御、冗談はいけません。あれは人を捨てた連中です。ひとたび現れては暴虐の限りを尽くす、天災のようなものなのです……。チャン、説明してあげなさい。お前は奴らの恐ろしさを誰よりもよく知っているはずだ」
「ああ……」
言葉を失ったファレンの代わりに、堕龍の用心棒、チャンが遠い目をしながら語り始める。
「クーロンは、我らロン民族を育てた母なる大地。と同時に、力という絶対の摂理を教えてくれた厳しい父でもある。その歴史は深く……」
「うげっ、このおっさんが語り始めると長いのよね……」
ロンデニオンから更に東にあるというクーロン国。話によるとその地は、こちらで言う所の魔術に似た、仙術というものを操る仙者によって治められ、魔王の時代にも魔族の進入を許さなかったというほどの列強国だという。
それと同時に、そこには仙者ほどの力を持ちながら悪に落ちた妖仙という者達も跋扈していた。彼ら堕龍などは仙者による取り締まりよりも、どちらかというと妖仙に怯え国を出たというほどらしい。クーロンにおける裏社会での居場所など、人間ごときにありはしないのだ。
「我らにとって武術というものは、奴らから生き延びるための手段でもあったのだ。昔、俺はこの道を極めたつもりで師範代を名乗っていたが、それでも奴らの前では無力であった。お前達もこの傷を見れば、その恐ろしさは想像できるはずだ」
チャンはおもむろに胴着を脱ぎ、こちらへと背を向けた。その逞しく大きな背中には、爪で裂いたような傷跡が袈裟状に伸びていた。つまり、妖仙とは命を惜しみ逃げ出した相手にも全く容赦しない連中という事になる。
「けれど……」
ならばこそ、そんな土地にいるマレフィカを放ってはおけない。ロザリーのそんな心情を代弁し、サクラコは今一度食い下がった。
「はい。それでも、どうしても行きたいんです。ファレンさん、なんとかなりませんか?」
「お嬢がそこまで言うのなら……仕方ありません。ついていきたいのは山々なんですが、私らでは何の役にも立たんでしょう。とりあえずこのルートなら、妖仙のシマを通らずに街まで行けるはずです。こちらの方で詳しい地図と渡航書、頑丈な馬車の用意もしときましょう。それから、まだ幼いイブちゃんは私らが責任を持って面倒みますので、ご安心下さい」
「ありがとうございます、ファレンさん! 威武、しばらく良い子にしてて下さいね」
「アン!」
サクラコがイブを預けると、黒服達は待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。かいがいしく犬を世話する黒服達にすっかりイブも懐いている。とりあえず彼らに任せておけばこちらの心配はなさそうだ。
「それでは、道中の無事をお祈りして……お嬢に皆さん、行ってらっしゃいませ! クーロンへのカチコミ、堕龍一同、成功を願っております!」
「な、殴り込みじゃないです!」
深々と頭を下げ、いつものごとく大勢の男達がサクラコ達を見送った。少し疲れたが、これで堕龍の後ろ盾も得られ、無事、旅の目処も立った事になる。
「クーロンは平和な国と聞いていたんだけど、知らずに訪れていたら大変だった所ね」
「まあ、蛇の道は蛇って言うしね、たまには役に立つじゃん、あいつら」
「えへへ」
ティセに褒められ、少し誇らしくなったサクラコ。
ティセは最近イヅモの言葉を勉強しているらしく、覚えたてなのか頻繁にそれらを使いたがる。サクラコと会話するのに不自由を感じたのだろう。
ちなみに、この世界は魔王の時代にフォルティス語という言語に統一されている。それは、世界が一つとなって魔に立ち向かった証でもある。
フォルティス語は太古に使われていたとされる言語で、魔族とすら意思の疎通ができる言語である。しかし時代が進み古代の時代にその言葉は一度失われ、人々の分散によって土地それぞれの言語が生まれたと言われる。逆に今はそれが、細かな方言として残っているのだ。
「それじゃ、しばらく仕事空けなきゃいけないし、ギルドにも寄っておきましょう。他にも何か情報が得られるかもしれないわ」
次に向かうのは冒険者ギルド。幽霊屋敷の件から、ギルド長は割の良い仕事を自分達へ優先的に回してくれていた。それでずいぶんと潤った礼もしなければならない。さらにAランクの冒険者には他へ逃がさないための固定給も出るため、こういった場合には不在申告手続きも必要となる。
ただ、それを聞いたパメラは急にそわそわとし始めた。いつかの放火事件の事もあり、彼女はその正体を彼らに怪しまれているのだ。
「ねえ、私が聖女って事、まだギルドにバレてないよね?」
「きっと大丈夫よ。誰もあなたの今の姿なんて知らないはずだから」
「そっか、ギルドじゃ今、聖女捜索クエストやってるんだっけ。もしバレたら大変だ」
余談だが、少し前にギルドにて大規模な聖女捜索の依頼が全冒険者に向けて下った。これにはもちろん皆、飛びつくようにこぞって参加した。なにせ、一生遊んでくらせるほど莫大な金額が成功報酬として支払われるというのだ。さらに拘束時間に応じて、特に見つからなくともそこそこの報酬が貰えるとの事で、ちゃっかりティセもその依頼を受けており皆呆れたのだった。逆に誰も受けない方が怪しいとのティセの方便に、ロザリーはそれもそうだと納得させられたものである。
「他人事みたいに言って……ティセ、私の事突き出そうとしたくせに」
「アンタまだ疑ってるの? あれはそういう作戦だって。中にはニセの聖女を担ぎ上げて荒稼ぎしようとした奴らもいたらしいよ。そのどさくさで逆にこっちは助かったけどさ」
「偽の、聖女……そんな事まで……」
「やっぱり、そっちのほとぼりも冷めるまでこの国を離れたほうがいいわね。ほら、マントを買ったから、あなたはこの中に隠れてて」
「うう、お外、怖い……」
「この調子じゃ、メイさんの所へは挨拶に行けそうもないわね……」
パメラにとっては、これが久々の外出である。この所、通報を恐れたパメラはずっと宿に引きこもっており、外にあるトイレにも行けなかったのだ。そのため、下の世話は全てロザリーが面倒を見る事となった。最終的にはおむつまで履かされた事を思い出し、海よりも深いため息がこぼれる。
(私、みんなに迷惑かけて、何やってるんだろう……)
――聖女様、大丈夫?
そんな傷心のパメラを、心の声が気遣う。籠の鳥であった聖女時代よりはましとは言え、自由のない引きこもり生活を支えたのは、誰より孤独を知る彼女であった。
(大丈夫、と言いたいところだけど……ロザリーに恥ずかしい所、たくさん見られちゃった。もう、お嫁に行けない……)
――おトイレ我慢して、おもらしとかするから……。
(だってえ、家の事ずっと見張ってる人とかいるんだもん)
――それにしてもロザリーって、ほんとデリカシーがないんだから。そうだ、こうなったらもう、責任とってもらうしかないよね! 結婚しちゃえ、結婚!
(結婚……。う、うん……えへへ、結婚かあ……)
一人赤面するパメラ。すると、不思議と熱を持ったマントの中をふと覗いたロザリーとバッチリ目が合う。
「パメラ、どうかした? 顔が赤いけれど」
「な、なんでもない……」
「なんでもない事はないわ。あなたにしては体温が熱いし。ほら、おでこ」
「えっ!?」
ロザリーは少しかがむと、パメラのおでこに自分のおでこをぴったりとくっつけた。
(ひゃうう……)
「うん、少し熱があるみたい。どうする? 今日は帰って休む?」
「ううんっ! 私、迷惑ばっかりかけてるし、大丈夫! ギルド行こ!」
「そう? 無理はだめよ? それじゃほら、私にくっついて。冷えるといけないわ」
「うんっ!」
高鳴る鼓動。心に住む声は、二人の邪魔にならないように心の奥へと潜んだ。
――胸が、ドキドキしてる。でもこれは、聖女様の心……。わたしの心は、一体どこにあるんだろう……。
一同がギルドに到着すると、早速ギルド長が直々に出迎えてくれた。さすがはAランク。この待遇の改善により、機械的な受付嬢ともしばらく会っていない。
「そうか、旅に出るのか。しばらくエースがいなくなるな。残念だが仕方ない」
「ええ、仕事はもう抑えておかなくてもいいわ。今までありがとう」
「いいって事よ。君達にはずいぶんと稼がせてもらったし……お! 回復術士のお嬢ちゃんじゃないか、久しぶりだね。元気にしていたかい? ……うーん、それにしても……」
ギルド長はパメラに挨拶した後、その顔をじっと見つめている。眉間にしわをよせ、掲示板に貼ってある聖女の似顔絵と見比べ何か言いたげにしていたが、すぐにロザリーの後ろに隠れてしまったパメラを見て慌てて謝った。
「ああ、驚かせたかな、すまんすまん。ちょっと気になる事があってな」
ギルド長は他の誰にも聞こえない声でロザリーに耳打ちする。
「あの子、聖女様じゃないよな……やっぱり」
「ち、違うわよ、何言ってるの……」
「ふむ、聖女様関連が少し、きな臭くなってきてな。一応、君達にも教えておこう」
何かを察している様子のギルド長は気を利かせてくれたのか、内密にという事で、ある噂を話してくれた。
現在、全冒険者ギルドで行われた聖女捜索クエストは依然として成果を上げず、未だガーディアナは混乱のただ中にあった。それを受け、混乱を鎮める目的で今回、本国にて新しい聖女のお披露目が行われたという。
イリス・ガーディアナ(虹の聖女)と呼ばれるその少女は聖女と似た力を有すると言われ、光の聖女なきその後を担うべく大々的に発表された。
だが、結論から言うとこれは失策だった。ガーディアナの信徒達にとって、聖女として崇める事ができるのはセント・ガーディアナ唯一人である。その少女は民衆の反発に合い、表舞台から早々に姿を消したという。その場で処刑されたという話もあれば、どこかへと逃げ出したという話もある。
ただ話によると、この一連の騒ぎは教会内の一部の暴走によるものである、とも付け加えられていた。ガーディアナも一枚岩ではないという事なのだろうか。
「第二の、聖女……」
「どうした? やはり君達も何か関係が……」
「いえ、その子もマレフィカかもしれないと思うと、心配で」
「そうか、俺達としても何ともしがたい話だ。新しい情報が入り次第、また知らせよう」
「ええ、ありがとう」
これで自分の始めた戦いによる犠牲者がまた一人出てしまった事になる。だがこの話は、ロザリー以上に前聖女パメラの心を砕いた。あきらかに狼狽するパメラを隠すようにして、一同は慌ててギルドを出る。
「パメラ……」
堕龍の馬車はすでにギルド前に留まっていた。皆は彼女にかける言葉が見つからないまま、先行きの見えない旅へと出発するのだった。
―次回予告―
聖女として、ずっと心を無に生きてきた少女。
これまで、誰にも語らなかった心の内。
けれど、今なら……。
第41話「聖女の苦悩」