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第37話 『冥王』

 ――あら、あら、なにかとおもえばネズミがかかったようね。うふふ、若くて活きのいいネズミだこと。


 一切、光のない空間に響き渡る、幼く、それでいて(あで)やかな声。そして、その声を合図に闇の中から(うごめ)き出す影が一つ。


「コレット様。今宵(こよい)の生け贄は今までの者とは違いますぞ。迷う事もなくこの館へと辿り着き、地下に漂う瘴気にも生気を奪われずにおります」


 なにやら執事風の男、いや、だったであろうモノが口を開いた。腐りかけの肉を覗かせ、おぞましい悪臭があたりを包む。


「はぁ~。だから街への外出などおやめ下さいとあれほど申し上げたのです。もしも大事な大事なコレット様に何かあれば、私は一体どうしたら……」

「お黙りなさい!」

「ひっ……!!」

「失礼。あなたのその不愉快な香り、わたくしたまらなく嫌いですの。口を閉じなさい」


 しん、と張り詰めた空気が闇に広がる。この館の主を怒らせることは闇の住人達にとって禁忌である。悪臭の元は黙りこくり、ただただ苦笑いを浮かべる。


「それと……聞き捨てなりませんわね。貴方がたの王であるこのわたくし、コレット゠ルビーがあの者たちに遅れをとると、そう言いたいのかしら」

「もごもごもご……!」


 暗闇からはしる鋭い眼光に、執事はジェスチャーにて否定の形をとった。

 自らを王と名乗るコレット。この年端(としは)もいかぬこの少女こそ、ここ数年来ロンデニオン国周辺で騒ぎを起こしていた張本人である。


 この館で彼女を最初に目撃した冒険者は、十歳ほどの少女の姿であったと証言した。そして、ロザリー達も目にした直近の姿もまた、全く同じものである。その証言が確かならば、数年経ったはずの今も変わらずに同じ姿でさまよっているという事になる。

 ウェーブがかったブロンドのセミロングに、大きな赤いリボンのついたカチューシャ。ダークホワイトの肌に映える濃い紅色の瞳に長いまつげ。ロリータなゴシックドレスに身を包んだ彼女は一言で言うと人形の様な愛らしさだが、その(かたわ)らには常に不気味な目玉が光っていた。


『……コレット、あなたが本物の王になるためには、確かにまだまだ魂の数は足りない。彼をあまり責めるものではないよ。それに、彼を不完全な形で蘇らせたのも君だ。まだネクロマンシーを行うには力が足りないという忠告を無視してね』

「ゲイズ……。ええ、そんな事、いまさら言われなくても分かっていますわよ……!」


 他の者には聞こえないが、彼女は自ら胸に抱く目玉のぬいぐるみ“ゲイズ”の声にだけは従順な様で、物言えぬ者達の代わりにいつも怒りっぽい主をなだめてくれる。闇の者たちにとって主と呼べるのは彼、ゲイズの方なのかもしれない。


「さて、あの子達……。地下の結界へと閉じ込めたものの、どう料理しようかしらね。街で一目見た時から気に入っていたのよ。いつかこちらから招待しようと思っていたのだけれど、自ら来てくれるなんてね。おまけに、あの忌々しい聖職者はいないようですし」


 少女は、その薄い色の唇に指を当て思案した。

 ロザリー達のいる空間は、冥界の一部と繋がった異空間である。どれだけ走ろうとも終わる事のない、いわゆる無間(むげん)地獄。


『魂の純度が高いね、それも四人。まさかとは思うけど……』

「やっぱり、あの子達もマレフィカなのかしら」

『うん、その可能性は大きい。だったら一度に相手するのは危険だ。一つずつ、その魂をいただいていこう』

「仕方ありませんわね。さすがのわたくしでも四人相手は体が持ちませんわ」

『ああ。これだけの魂の力でなら、僕らの悲願は達せられるかもしれない。コレット、長きに渡る苦難の果て、いよいよ君が冥王となる時が来たんだ』


 ゲイズがそう囁くと、少女はその首の真っ赤なルビーを撫で、冷たく笑った。


「ふふふ、退屈な時間はもうおしまい。マレフィカの子ネズミ達、わたくしがたっぷりと遊んでさしあげますわ……」




************




 ここは、暗く、長い地下道を走り抜けた先。いや、走り抜けたかも分からない程には、未だ同じ景色が続いている。


「あの、いない人は返事をしてくださーい!」

「何いってんの、アンタ」


 そこには、早くもロザリー達と離ればなれになったティセとサクラコがいた。


「誰? 一気に走り抜けようとか言ってたのは。あいつら、見事に見失っちゃったじゃない」

「……忍者屋敷も真っ青ですよ、ここの仕掛け。見事です!」

「話を()らすな、この」


 サクラコ(いわ)く、途中である仕掛けが発動したらしい。よく見れば二人は来た道を戻ってきていたらしく、出発地点である閉ざされた地上への階段に出迎えられた。逆に、仲良く手を握っていたロザリー組は無事、先へと進んでいったようだ。


「ちっ、結局ふりだしに戻るってワケね」

「これは、何者かの介入があったんでしょうか……」

「だったら余計、アタシ抜きじゃあいつらが心配だわ。行くわよ、サクラコ!」


 指先に炎を灯し、慎重に進んでいくティセ。パメラの光に比べると足元くらいしか照らせないが、無いよりはいい。


「今度は仕掛けに注意して行ってみましょう、ティセさんも黙っていなくなったりしないで下さいね」

「……ねえ、さっきからどこ触ってんの?」

「へっ?」


 サクラコはへっぴり腰でティセにしがみついていた。その手はしっかりとブラの紐部分を握りしめている。ティセの胸はそれに引っ張られ、窮屈そうに谷間を作っていた。至近距離でそれを覗いたサクラコは大慌てで飛び退く。


「ごっ、ごめんなさい!」

「別にいいけど。そんなとこ持たれたら服が伸びるじゃない」

「あの、ティセさん、よかったら、手を握って下さい……」

「……バカ、最初からそう言え」


 顔を真っ赤にした二人は気まずい空気の中、手を繋ぎ再び歩き出すのだった。






 一方、ロザリー達はなぜか暗闇を抜け出す事に成功し、気がつくとすでに二階部分へと進んでいた。

 階段を抜けた先には薄暗く、長い廊下が続いている。この館は窓という窓全てに板が打ち付けられており、二人は隙間から陽の光がかすかに差し込む中をゆっくりと歩きだす。


「景色が変わったわね……上手く抜けられたのかしら」

「ロザリー」


 力のない声だ。館内のひんやりとした感覚がだんだんと強くなってきている。感度の高いパメラはその“何か”に怯えていた。


「ロザリー……いない。ティセ達がいないよ」

「え?」

「気づいたら、さっきからいないの」

「ええっ!?」


 辺りを見回すが、彼女達の姿はどこにも見当たらない。憎たらしくも心強い、あの騒がしい声も聞こえてはこなかった。


「引き返す?」


 パメラがティセ達の事を気にかける。だがあの二人なら大丈夫だろうと、ロザリーはこのまま二手に分かれて進む旨を伝えた。


「いえ、私達だけ出られたという事は、おそらくそのまま先に進めという事。何がいたって負けないわ、大丈夫よ」


 気丈に振る舞うロザリーだが、内心そんな余裕などない事くらいは伝わってくる。パメラは安心させようと、繋いだ手を強く握りかえした。


「ごめんね、ロザリー。私達がこんなお仕事もって来ちゃったから……」

「それは……私が不甲斐なかったからよ。舞い上がってたのね、なんだか毎日が楽しくて。こんな日々、もう来ないと思っていたから」

「無理しなくていいんだよ。ロザリー、本当は……」


 そこまで言ってパメラの表情がこわばった。そして、突然現れたロザリーの後ろに立つ何者かに向けて、凍り付くような視線を向ける。


「……ロザリーを離して」


 何事か理解できないままでいるロザリーは、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じながらパメラの視線の先を目で追った。


「どういう、こと……」


 そこに立って……いや、浮かんでいたのは、あの時に対峙した西洋人形のような少女、コレット。信じられない事に、ロザリーの背中に深々とその腕を突き立てている。


「失敗したわ。この方だけを地上に送るつもりでしたのに、余計なのもくっついてきたわね」


 少女は、そのままロザリーを後ろから抱きしめた。その半透明な手は鋼鉄のプレートすらもすり抜け、地肌へと直接触れる。


「えっ!?」

「ふふ、動かない方がいいわ。霊体化が解けたら、大変な事になるから」


 ロザリーは何が起きたのか分からずにいた。コレットの冷たい手はロザリーの肌のみならず、その内部にまで侵入したのである。その手は内側から豊満な脂肪をかき分け、暖かな胸の内部の感触を味わっている。


「ふああ、成熟した体……生命の暖かさ……素敵……」

「ああっ……この子、私の体の中を……」

「ふふっ、霊体って便利よね。こうして簡単にあなたと一つになれるのよ」


 コレットは半透明の手を抜き出し、てらてらと光る指を眺めては、ペロリと舐めた。


「おっぱい、おいし……」

「ロザリーを離して!!」


 突然パメラから閃光が走り、真昼のように辺りを照らし出した。ロザリーもここまで怒ったパメラを見たのは初めてだ。しかし少女は、ただ無邪気に笑うのみ。


「ああ怖い。あなた、何かすればこの方の命はないわよ」

『後ろの娘、危険だよ。あの光は僕らの魔力を削り取るらしい。おそらく、地下の結界も今ので壊れてしまった。遊んでないで早くこの娘の魂を取り出すんだ』

「くすくすくす……この子達、ホントにマレフィカだったようね。ああ、初めてのごちそうですもの、もう少し味わわせて頂戴(ちょうだい)


 発育不良のパメラになど興味はないと一瞥(いちべつ)し距離を取ったコレットは、ロザリーをさらにいたぶる。いつの間にか、その淫らな手は下腹部まで降りていた。


「さあて、女の子の一番大事なところは……これかしら?」


 小さな指が何かを掴む。その初めて覚える強烈な違和感にロザリーは取り乱す事しかできなかった。


「あっ! だめ、それはダメっ!」

「ふふふ、貴方のアレ。いただくわ」


 そこは、命のゆりかご。普通では絶対に手が届かないはずの場所を、小さな掌でそのまま容赦なく押しつぶされる。その、耐えようのない感覚にロザリーは思わず甲高い声を上げた。


「あああ!!」

「あはぁ、綺麗なカオス……。ミラ、あなたそう言うのね?」


 抜き出されたコレットの手には、まばゆく光る球体が掴まれていた。パメラはその、ゆらゆらと輝きを変える光にどこか既視(きし)感を覚える。


「あれは……ロザリーの、星の光……」

「うふふ、その目で見るのは初めてのようね。そう、これこそが、わたくし達の、わたくし達である証。その名も、混沌(カオス)の神々」

「カオ……ス? あなた、もしかして……」


 ロザリーは訳も分からず、自らの生み出した光を見つめた。その代償として、自分自身を引きはがされたような、強い喪失感と虚無感が襲いかかる。


「ふふ、その通り。わたくしは死を司る魔女。そして、深遠なる闇の世界を()る者よ。この神の魂について、あなた方が何も知らないのも無理はない事。この力の真実が知れ渡れば、きっと世界は何もかもが覆されるのだから」

「魔女……そう、あなたも魔女(マレフィカ)……なのね」


 こんな状況にもかかわらず、ロザリーの口元が緩む。

 コレットはその不可解な笑みを、自らの贄となる事への喜びであると理解した。そして、待ち構えるように大きく口を開けたゲイズの中へと光球(カオス)を押し込む。


「さあ、ゲイズ。まずは一つ、わたくしの悲願を叶えるため、喰らいなさい」

『おお……なんという純粋なカオス。まるで、無垢なる赤子のよう……』


 パメラは、低く、くぐもった声を少女の抱いた大きな目玉から聞いたような気がした。その血走った眼球は贄であるロザリーをただ見据えている。

 彼女達が何をしているのかは分からないが、ロザリーの下腹部にはマレフィカの力の源が宿っていたはず。ロザリーはこれで、マギアを失ってしまったに違いない。


「パメラ……大丈夫、大丈夫よ」

「うう……でも」


 下手に動けないパメラは、その行為を眺める事しかできずにいた。ここで全てを終わらせるのはたやすい。しかし、全ての魔女を救うというロザリーの意思を尊重すればこそ、今は何もできない。当のロザリーにその気がまるでないのだから。


「良い子よ。大人しくしていれば痛くはしないわ。さて、次は器の番ね」

「あなた、一体、何を……人を襲ったり、宝石を盗んだり……自分のやっている事が分かっているの?」

「盗んだ訳ではないわ。取り戻したのよ。そして、このカオスもね。これから本当に盗むのは、あなたの魂」

「たま、しい……?」


 次にコレットはロザリーの前方に移動し、微笑みかけた。その背後には巨大な骸骨が現れ、ロザリーを見下ろす。これこそが彼女の幻像(スペクトル)であろう。禍々しく、黒ずんだその肉体からは、夜空の星々のような光を放つ骨が透けて見える。そのためこの暗闇では、骨だけがそこに存在するかのように見えるのだ。


「器の名、ロザリー゠エル゠フリードリッヒ。偉大なる冥王のために、その魂を捧げなさい」

「んっふ……」


 幼く、冷たい唇がロザリーと触れ合った。不思議な事にロザリーは身体がピクリとも動かず、為す術もなく年端もいかぬ少女にされるがままとなる。


「ロザリー……」


 コレットはどこか放心状態のパメラの方をチラリと見る。その顔は、まるで勝ち誇ったようですらあった。

 その瞬間、パメラに言いようのない感情がわき上がる。ロザリーの力は彼女によって分離されたはず。今はマギアによる意識の奔流は起きないだろう。でも、その唇は……私の……わたしだけの……。


「んはあ……ふふ、これであなたの魂は、わたくしの虜。そしてその骸は、次に目覚めた時にはわたくしの(しもべ)となっているわ。これからは孤独な徒然(つれづれ)を、あなたの愛で満たして頂戴」

「んん……っ!」


 コレットは満足いくまでロザリーの熱を味わうと、続けてその唇から勢いよくロザリーの胸の奥にある“何か”を吸い出した。


 何の抵抗も出来ないまま辱めを受け、それをパメラにまで見られる始末。ロザリーはただパメラへと力無く視線を送り、涙を流した。


「パメ……ラ……」


 その言葉を最後にロザリーはプツリと意識を失い、その場へと倒れるのだった。


「ロザリー!!」


 駆け寄るパメラの絶叫が反響し、館中に響き渡る。

 コレットはゲイズの中に魂をおさめると、気でも触れたかのように高笑いした。


「うふふ、んふふふ! やった、やったのよ! これでついにわたくしが、冥王となる時が来たのよ!」


 儀式は完遂した。

 魂狩り(エントシュラーフェン)。死の魔女、コレットのマギアである。魂を持つと言われる生物は、誰であろうと彼女の力から逃れることはできない。その魂は永遠に彼女によって囚われ、肉体はアンデッドと化し忠誠を誓う。それが少女コレットの、冥王と呼ばれる由縁(ゆえん)であった。


『冥王プルートー様、この者の魂、しかとお預かりしました。ですが……次の贄は、どうやら簡単には諦めてはくれないようです』


 目玉が、今度ははっきりとそう言った。パメラにも聞こえるように。

 動かなくなったロザリーを抱え、パメラは静かに彼女を(にら)む。


「……ゆるさない」


 ここに来て初めて、パメラは自身の甘さを思い知る。

 やはり魔女は魔女。真に浄化すべきは……。

 その内に眠る断罪の聖女が、彼女の中で再び目覚めようとしていた。


―次回予告―

 冥王、対、聖女。

 決して相容れない二人の戦いが始まる。

 少女の想いに応える無垢なる刃は、死すらをも乗り越えて。


 第38話「生還」

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