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第36話 『死神の館』

 燃えさかる冒険者ギルドに一人取り残されたパメラ。

 彼女は人質として手を縛られ、屈強な男達によって取り囲まれていた。普通の少女として身を隠していたこれまでから一転、かつてない危機的状況である。


(うう、どうしよう……)


 ティセとサクラコの二人は、気が付くといなくなっていた。

 仕方がなかったとはいえ、置いて行かれてしまったのだとパメラは一抹(いちまつ)の寂しさを覚える。

 ティセが暴走した時、自分の力で全てを無力化させ場を収める事もできたが、人々の畏怖の目、そして聖女である事が公になってしまう不安に結局は負けたのだ。つまり、この場面で仲間を第一に考えられなかったのはお互い様だろう。とても責める事などはできない。


(ロザリー、ごめんね。私、捕まっちゃった。きっとロザリーに酷い事言ったバチが当ったんだ……)


 あの人なら、きっと何を犠牲にしてでも仲間を助けたはずだ。だからこそ、余計に申し訳なかった。彼女がああまでして仕事に奔走していたのは、全ては私達のため。それが痛いほどに分かるから。


――大丈夫、ロザリーはきっと気にしてないよ。なんたってロザリーは、あなたの事が何より大好きなんだから。

(そうかな……そうだと、いいけど……)


 こういう時、心の声はいつもやさしくパメラを慰めてくれる。

 だが、このまま甘えてしまっていいのだろうかという、いつからか涌き上がるようになった疑問。自分は、自分である事を捨て、いつも違う誰かの言葉を聞き続けてきた。もちろんそれは、今も本質的に何も変わってはいない。


――また帰ったら、ロザリーと、しよ? きっと、すぐに仲直りできるよ。最近はほっぺにするおかえりのキスくらいなんだもん。ケンカしちゃうのも、きっと愛が足りないからなんだよ。

(でも……それは……)


 そして同時に、パメラはどこか、友であるこの声に対して少しだけ違和感を覚えていた。その囁きは自らの欲望を満たす事だけで、常に一方的なのだ。


――どうしたの? したくないの? あんなに気持ちいい事なのに。ロザリーはイヤって言わないよ。

(最近ね、なんとなくロザリーとキスするのが怖くなってきたの。なんだか、気持ちなんて無視した、形だけの行為みたいで……。私は、ちゃんとロザリーと向き合いたい……そういうの抜きで)

――聖女様……。


 聖女様は、以前のように素直に言うことを聞いてくれない。

 ロザリーとの蜜月、それだけが得られればいい。そんな自分とは違い、この子は……。少し身勝手な振る舞いに気付き、心の声はそれ以上何も言うことはなくなった。


「お嬢ちゃん、さっきからどうした? 黙りこくっちまって」


 そんな暗い顔のパメラを気遣うように、火だるまとなった男が声をかける。

 彼、セブンドワーフズのリーダー、ドックについては酷い火傷だったものの、幸い“再生(レスレクティオ)”の力でどうにか治す事ができたのであった。


「あ、えっと、何でもないの。おじさんはもう大丈夫?」

「ああ、とりあえずお嬢ちゃんのおかげで、自慢の髭が燃えただけで済んだぜ。ありがとうな」

「ううん。こっちこそ、ごめんなさい……。大事な髪の毛もなくなっちゃって」

「気にするな。兜で隠していたが、頭の方は初めからこうだ。ガッハッハ!」


 ドックはそのつるつるの頭を撫で、豪快に笑い飛ばした。パメラもつられて、思わず笑顔になる。


「まさか女にまで焼きを入れられるとは、俺もヤキが回ったもんだ……なんてな」

「おじさん、本当にごめんね。あの子、少し怒りっぽくて……でも根は良い子なんだよ」

「ああ、俺達も悪かったかもな。女に恥をかかせちまったら、こうもなるってもんよ」


 どうやら彼は、もう怒ってはいないらしい。それにしてもティセの手癖の悪さは相変わらず直らない。“あの時、浄化(フェブルオ)”の力で止めようとしたのだが、さすがはティセの高速詠唱である。少し躊躇した事もあり間に合わなかったのだ。

 パメラは、この浄化というガーディアナの名付けた呼び方が嫌いだ。ロザリーやティセ、サクラコ……いわゆるマレフィカは(けが)れたものなんかではない。それに、勢いよく燃え広がるギルドを鎮火させたのもこの力である。使い方によっては、誰かを生かす事だってできるはずだ。だから、自分の中ではおしおきの力と言う事にしている。


「で、この娘をどうするか、だが……」


 目の前では、黒の口髭が特徴の、チョッキを着た中年男性が事態の収拾に努めていた。どうやらここの責任者であるギルド長のようだ。

 目下の議題はパメラの処遇について。それを聞いたパメラは自然と不安な顔していたらしく、ドックが気遣ってくれた。


「安心しろって、お嬢ちゃんは俺を助けてくれた。あんたにはなにもしねえよ。あの目つきの悪い女に一発かませばそれでおあいこだ、それまで人質としてここにいてくれ」

「う、うん……」


 その言葉にパメラは安心するも、皆が皆そうではなく当然自分達に懐疑的な者もいた。


「間違いありません、彼女達は魔女です。先日のファレン市長の人が変わったような発表も裏で魔女が暗躍したという噂ですし、きっとこのように魔女の力を使って脅しでもしたのでしょう」


 受付嬢が放ったその言葉で、急に皆がパメラの方を見る。その瞳には少なからず畏怖の念がまじっていた。魔女に対する差別の少ないロンデニオンでも、やはり彼女達に対する恐怖は根深いのだ。彼女の扇動を受け再び暴動に発展しないよう、ギルド長が冒険者達をいさめる。


「まてまて、今日び冒険者なら魔法くらい使えるだろう。いくら何でも言いがかりは良くない。そこまで有能な新人がいるなら、ウチにとっても良い事じゃないか」

「魔王の時代ならそうだったかも知れないが、今は平和な時代だ。魔法なんてすっかり使える者は少なくなって久しい。ましてやあんな治癒魔法なんてお目にかかったのは初めてだぞ? ウチのメイですら不可能な芸当だ」

「そもそもギルド長、あなたの冒険者採用基準がザルすぎるんです。人手が欲しいからと誰でも彼でも、おまけに犯罪者まで採用して、今度は魔女ですか。事後処理をする私の身にもなって下さい!」


 日頃の不満か、その矛先はギルド長へと向かうも、彼はどこ吹く風で部下の抗議を聞き流す。中間管理職の(さが)か、こういう時の火消しだけは得意なのであった。


「まあまあ、落ち着きたまえ。どちらにせよ、彼女達が市長を改心させたのならそれこそ責めるのは筋違いだ。おかげでここにも金が回るようになったんだからな。私としては大歓迎だよ。ね、君」

「えへへ……」


 パメラは懸命に笑顔を作った。どうやらこの人は事態を大きくしたくないらしく、魔女に対しても好意的なようだ。そんな彼も、自分が聖女である事を知ればどうであろうか。それだけは気付かれてはいけない。


「なあ、魔女ってもっと禍々(まがまが)しいモンだって聞いたぞ。この娘は普通の女の子にしか見えないが……」

「いや、俺なんか傷を治して貰ってた時、むしろ聖女様か何かに見えたぜ」


 聖女という言葉を聞いた途端、皆の顔が一斉に緩んだ。やはり聖女は国外にも信奉者が多いのだ。


「しかし、その聖女様の行方はまだ分かってないらしいじゃないか。一応ギルドでも自主的に捜索の呼びかけはしているが、今度ガーディアナから全世界に向け、正式に大規模な捜索クエストの依頼が出るらしい。その時に、これまで謎に包まれていた詳細なお姿も公開されるそうだ」

「ギルド長、それは本当ですかい!? 俺、張り切っちゃうなあ。一度そのお姿を見てみたいと思ってたんだ」

「はっ、お前なんかが見たら、浄化されて一欠片も残さずに消滅すらあ」

「ははっ、ちげえねえ!」


 そんな談笑を、当の聖女であるパメラはどこか申し訳なさそうに聞いていた。


(違う、本当の聖女はみんなが思ってるようないい子じゃない……。本当はもっと恐ろしい、呪われた存在なのに……)

――聖女様……。


 心を共有するもう一人のパメラは、その痛みの全てを感じ取る。そして、いつものように優しく声を掛けた。


――聖女様、自分を責めないで。あなたはもう、昔の聖女じゃない。ちゃんと、自分の意思を持って生きてる。もう、わたしが入り込む事なんてできないくらいに。

(そう、かな……)


――そう。わたしだけが、昔のままなんだ……。


 心の中のパメラは、誰にも聞こえないようつぶやく。彼女の苦悩を知ってか、パメラもそれ以上思い悩む事をやめにした。


「という訳で、この件は内々で処理しよう。君は、なんとしても保険金を全額受け取れるように動いてくれ。ボーナスも弾むぞ」

「はあ……相変わらず抜け目がありませんね……」


 一通り話も落ち着いた所で、突然、勢いよくギルドの扉が開かれる。


「パメラさんっ!!」


 すると今にも泣き出しそうな声と共に、サクラコが転がるように入ってきた。その後でフラフラと走ってくるのは、へろへろのティセだ。


「はあ、はぁ、あんたねぇ……せっかく逃げたのに、何捕まってんのよ……」

「おっと、俺達が捕まえるのはお前の方なんだよ」

「あはは……やっぱり?」


 待ってましたとばかりに男達はティセを取り囲んだ。さながら、灼熱の魔女討伐クエストが開始されたような物々しさである。


「お怪我はありませんか? すみませんっ! 私、無我夢中で」


 そう言うとサクラコはパメラの縄を素早くほどいた。


「よかった、忘れられてたと思ったよ」

「すびぃぃ! まごとにめんぼくございまぜんっ!」


 なにも泣かなくっても、とパメラはサクラコの頭を撫でてあげた。そんなサクラコの顔を、ギルド長はいつかの新聞を片手にまじまじと確認する。


「やはり、君は堕龍(だりゅう)の新代表になったという子ではないか?」

「は、はい……一応そういう事に、なってますけど」

「うむ、ならば話は早い。これで堕龍にも損害請求できるというものだ」


 ギルド長は手を上げ、ティセに対する量刑を宣告した。


「ではお前達、放火の罪を犯したその娘に、おしりペンペンの用意を!」

「ちょっと、そんな、冗談じゃないわよ!」

「おっと、こちらとしては君を軍に突きだしてもいいが、一度でも雇った責任を問われ仮に営業停止処分なんて事になったら一大事なのだよ。それに、今回はこれで皆も許してくれると言っている。君にとってもいい話だろう」

「それは……うう」


 こちらも半泣きの情けない声。裁判中の身で余罪を増やす訳にもいかず、見れば今度はティセが大人しく縛られていた。


「飛んで火に入る? 火を出す? なんとやらだな、ガハハ」

「あ、アンタ達ねぇ、このアタシに何かしたらさっきの比じゃないわよ!」

「懲りてねぇ。ドック、やれやれ!」

「いい!? お尻なんか触ったらセクハラなんだからね! 今そういうのうるさいんだから!」

「言ってなかったが、俺達はゲイだ。お前の体なんて、ハナから興味ねえよ」

「えっ?」


 ドックは大きな掌に息を吹きかける。それを勢いよく振りかぶると、次の瞬間、パァーンと気持ちのいい音が響いた。ティセの丸出しの尻に手形が付くほどの衝撃が走る。


「いたあっ! ちょっと! まって、ゴメン、悪かったからぁ!」


 珍しく弱気なティセを見た。続く二回目の音と共に、ティセは短い悲鳴を上げた。そして、やがて来る三回目に怯え、ついには泣き出してしまった。


「いだぁい……うっ、うぅ……」


 さすがに少しやり過ぎたと思ったのか、ドックはそこで手を止めた。


「まあ、今回はこのくらいにしといてやる。それと……俺も馬鹿にして悪かったな。お前達に高難度のクエストなんて荷が重いと思ったんだよ。だが、もしかするととんでもねえ新人が入ったのかもしれん。なあ、ギルド長の旦那」

「ああ、私もこの仕事を長くやっているが、レジェンド達の若い頃を思い出さずにはいられんよ」


 興奮冷めやらぬ様子のギルド長は、この中で最も力を持つであろうパメラに向け問いかける。


「やはり、君たちはマレフィカかね」


 パメラは、ロザリーが取るはずの態度を想像しながら首を横に振った。


「そうか。ところで今回の件だが、君達を薄給でこき使っていた私にも責任がある。そこでだ、私としては君達の冒険者ランクを特別に昇格させてもいい、と思っている」

「ありがとうございますっ! みなさんはいい人ですっ」


 サクラコの威勢のいい声で、皆の雰囲気が少し和らぐ。


「お礼なんていい。その……なんだ、それにあまりいい人でもないんだ」


 その顔は、どこかパメラにとってどこか見慣れた物であった。何かを隠している、大人の顔である。


「つまり、代わりと言ってはなんだが、その力を見込んで頼みたい仕事があるんだ……。もちろん、やってくれるね?」


 パメラはその言葉の中の“黒いもの”を見ないふりして、ゆっくりとうなずくのだった。




************




 明くる日ロザリー達が訪れたのは、深い森の中に建てられた古い洋館であった。

 ひしひしと感じるのは、ここが誰も足を踏み入れない呪われた土地であるということだけ。


「ここ……街で噂になってた、幽霊屋敷じゃない……?」


 そう、よりによってティセの取ってきた仕事とは、誰もが手を付けず何年も前から解決を見ない、いわくつきの代物だったのだ。


「よ、喜びなさいよね。やっと冒険らしい冒険ができるのよ!」

「極端なのよあなたは! このクエスト難易度、特Aって書いてあるじゃない、全滅でもしたらどうするの!」

「ふんふん、今回の目的はこの館の調査、及び加害対象の討伐、とあります。何でもここは、この辺一帯の大地主であった商人が建てたものだとか。人里離れた場所にあり、奇妙な噂もあるため現在は誰も寄り付かず、ここ十年程幽霊屋敷として放置されている……だそうです」


 たしかにその外観は長年手入れもされておらず、荒れた庭の所々からは崩れた墓石の様なものが見え隠れしていて不気味と言うより他はない。過去にこの依頼を受けたという冒険者もいたのだが、館の中で世にも恐ろしいものを見たらしく、魂が抜けたような状態で街へと戻ってきたという話だ。

 もちろん騎士団もその調査へと向かったが、森全体が深い霧に包まれ誰一人として館には辿り着けなかったらしい。おそらく、何者かが来訪者を選別しているのではないかという話だ。


「ロザリー、その商人って、きっとルビー商会の会長の事じゃない?」

「ええ……つまりこの中には、その娘……あの時の幽霊がいるのね」


 つまりこうして館の前に立てているという事は、自分達も彼女の選別対象という事のようだ。


「ちなみに、そのルビー商会のチャールズという人が今回の依頼主という事です。いいか、なんとしても忌々しい幽霊を仕留め、この館を取り壊せ! との命令だとか」

「フン、あんだけ赤っ恥かかされりゃ怒りもするわよね。あのジジイのためって言うのは(しゃく)だけど、昇給を阻止してくれた恨み、アタシ達も晴らしてやろうじゃない!」

「まあ、行くしかないようね……。私もあの子の事は、ずっと気になっていたのよ」


 今回の依頼を受けるに当たり、ロザリーはクエストで知り合った僧侶のメイの下を訪れていた。あの時の幽霊について詳しく聞いておきたかったのだ。

 話によると、彼女はアンデッドという、不死の存在であるらしい。退治には神聖魔法が有効で、それができない場合、火炎魔法で対処すべきとのアドバイスをもらった。おそらく霊体に剣で斬り込んでも効果は無いらしく、そのため剣にかけて使う清めの聖水を分けて貰った。これならば、少しはダメージを与えられるはずとの事だ。


「ロザリー」

「パメラ、どうしたの?」

「ここ、良くない気を感じる……本当に行くの?」


 パメラがその館から感じる“何か”を知らせる。さすがにそれは鈍感なロザリーにも分かった。その主は、まるで大きな口を開けこちらへと手招きしているようですらある。


「ええ、きっと大丈夫よ。メイさんに聖水も貰ったし、怖い物はないわ」

「その人……本当に信用できるのかな」

「何を言ってるの。教会にも行ったけど、彼女はガーディアナの教徒ではないわ。考えすぎよ」

「うん……。じゃあ私、ロザリーの後ろにいる。おばけ、怖い……」

「アンタ、祓魔師(エクソシスト)じゃなかったっけ」

「ちょっとパメラ、押さないでったら!」


 この館に入った者は魂を抜かれるという、誰もが恐れる怪談。その“いわく”を知らされた彼女達は、先程からこうして館の前で二の足を踏み続けているのだ。


「ほらティセ、先に入って。自信満々にあなたが持ってきた仕事よ」

「いやよ、何言ってんの! ほらサクラコ、出番」

「ひぃーん……」


 結局一番気の弱いサクラコを先頭に、一同は恐る恐る館へと足を踏み入れる。


「お約束その一、ここで扉が勝手に閉まる」


 ティセがカラ元気をふりしぼっておどけて見せる。すると、重く(きし)む音とともに、厚い木造の扉が(ひと)りでに閉まった。完全に出口はふさがれ、薄暗く冷たい内部は普段の静けさを取り戻していく。


「もう、何てこと言うんです! 本当に閉まっちゃったじゃないですか!!」


 ティセのせいではないが、普段は従順なサクラコが涙ながらに八つ当たりをしている。これは腹をくくるしかないとロザリーは気を引き締め、先頭へと躍り出た。


「行きましょう。こんな事で驚いていては相手の思うつぼだわ」


 一同は顔を見合わせ、頷く。幽霊なんかに負けてなんていられない、自分たちだってマレフィカなのだ。

 洋館は入り口のエントランスから、レッドカーペットの敷かれた奥の広間へと続いている。光も一切入らず、その先は暗くて良く見えなかった。そこを皆、はぐれないように一つの塊になりながら、もぞもぞと奥へと前進する。


「ちょっと、カッコ悪いわね」

「ならアンタ一人で先行けば? ちょうど外に墓あるし、おっ()んだとしても、どっかしら入れてもらえるんじゃない? あっ、そんなにデカいケツじゃ先方さんに迷惑ね。ゴメンゴメン」

「あなたね……こんなシリアスな場面でもケンカを売る気?」

「ぷ、尻アス……アハハ! お尻で、ASS! アンタ、上手い事言うじゃない。さすがは尻に愛された女ね!」


 ティセの軽口は、いつにもまして饒舌(じょうぜつ)ぶりに磨きがかかっている。きっと不安なのだろうとロザリーは受け流す事にした。いちいち相手にしている様な状況ではない。


「みんな、私が照らすから、はぐれないでね」


 パメラが初級魔法で光をともし、まずは皆で一階を探索する。広間からは、応接室、食堂、サロンなどへと通じる扉があるだけで、特に異常らしいものは見当たらなかった。となると、残るは上階。広間の中央には上に行くための階段が伸びており、そのまま暗闇に吸い込まれてしまうような、不穏な空気が広がっている。


「まるで、私達を誘っているみたいね……。みんな、ついてきて」


 上への階段へとロザリーが足を掛けた瞬間、サクラコが注意を呼びかけた。


「あの、気を付けて下さい。忍者屋敷では少しの油断が生死を分けます。階段が仕掛けになっている場合もあるので……」

「んな事言ったって、よく見えないし……」


 灯りすらも飲み込む闇の中を昇る一同。するとその途中、カチリという音が響く。


「あ。今何か踏んだ気がする……」

「まずいです! 仕掛けの音がします!」

「ちょっと! 何してるの!」


 言われたそばからティセが足下にあったスイッチを踏んだらしく、階段はそのまま滑り台へと変化した。


「ぎゃあー!」


 泥棒よけの仕掛けが作動したのだろう。階段下の床はパカッと開き、そのまま一同は地下まで滑り降りていく。


「ふぎゃっ!」


 終点の石畳。不幸にも一番後ろにいたティセはみんなの下敷きとなり、先頭を行っていたロザリーのお尻にトドメを刺される形となった。


「どいてー……くるしい……」

「あら、人のお尻をからかった罰ね。みんなは大丈夫?」

「はい、床が針山でないだけ運がよかったです。この屋敷、一筋縄ではいきませんよ」


 サクラコの言うとおり、こんな事では先が思いやられるというものだ。ロザリーは気を取り直し周囲を見渡す。すると先へと続く暗闇から、何者かの小さな気配を感じた。


「待って、何かいるわ!」

「キキィ!」


 突然、こちらの存在に驚いたネズミが数匹飛び出してくる。それは、ぶくぶくと太った猫くらいのサイズのものであった。ティセは腰を抜かし、ついに泣き出してしまう。


「うぇーん! なんでこんな所来なきゃならないのよー」

「元はと言えばあなたのせいでしょう……」


 どうやら自分達がいる通路は地下室へと続いているようだ。念のため散策してみると、そこには鉄の檻や棺桶などが並んでいた。少しだけ、血生臭いにおいが漂う。あのネズミは人の死体でも食べていたのだろうか。


「これは……悪趣味ね」

「ロザリー、ここ、危険だよ。ずっと何かが見てる」


 パメラが何者かの視線に気付いたようで、キョロキョロと何もない所をうかがっている。館の主がもし見てるのだとしたら、今頃さぞ大笑いしている事だろう。


「じゃあ、そいつをぶっ飛ばせばこの仕事も終わりね。さあ、サクラコ、先頭よろしく」

「はい、とりあえず一階へと戻りましょう。……あれ?」


 階段の先はいつの間にか上から扉が落とされており、出口がふさがれていた。サクラコは天井を何度も押すが、ビクともしない。どうも完全に地下室から出られなくなってしまったようだ。


「バカー! なんで閉めたのよっ!」

「勝手に閉まったんですよう。だから気を付けてって言ったのに……」

「アタシはアンタみたいに下ばっかり見てないの。過去も振り返らないわ。大事なのは今よ」

「はいはい、じゃあ今をどうするか考えましょう」


 仕方なく皆は、地下室を探索する事にした。

 どこまでも広がっているような真っ暗闇が続く。パメラとティセで道を照らすも、少し先になると何も見えない。同時にここはすでに死後の世界にいるのではないかと思えるほど薄ら寒く、生気も温度も徐々に奪われていくような感覚が襲いかかる。


「うー、寒……」

「あの、提案があるんですが、この際一気に走りぬけるというのはどうでしょうか? このままでは体温も下がる一方ですし。もちろん先陣は私がお引き受けします」

「提案? それってやぶれかぶれって言うのよ」

「……まあ、そうね。いいんじゃないかしら。こうなったら進むしかないものね」


 もうずいぶんと歩いたが、一向にどこへも辿り着かない。ここはサクラコの言う通り、一気に駆け抜ける事にした。


「パメラ、ちゃんとついてくるのよ。ほら、手を離さないで」

「うんっ」


 パメラは少し、はにかんだ笑顔で答えた。こんな状況でも、ロザリー達と冒険できる事が嬉しいのだ。


「ふふっ、なんだか楽しいね。冒険って、こういうものなのかな」

「もう、のんきね。そもそも危険を冒す、と書いて冒険というのよ」

「ほらそこ、準備はいい? そんじゃ行くわよ! よーい、ドン!」

「色白様、色白様、進むべき道を示したまえ!」


 ロザリー達は同時に駆けだした。この先に何が待ち受けているのかは分からない。

 けれど皆、陰鬱な空気を吹き飛ばすように笑っていた。自分達は、決して一人などではないのだからと。


―次回予告―

 新たな獲物を前に冷たく笑う少女。

 その唇が求むるは、血と魂の晩餐。

 全ては、冥府の王と成る為に。


第37話「冥王」

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