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第35話 『冒険者ギルド』

「まったく、毎日毎日まいにちまいにち……!」


 出た。不満娘ティセの、ここ最近のお決まりの啖呵(たんか)。こうなると、ロザリーはうんざりした様子でそれをなだめにかかる。毎日毎日、それは自分が言いたいセリフであった。


「仕方ないじゃない、こうして食べていくにはお金がいるんだから」


 ティセはそんなロザリーのつまらない正論を、最後まで聞かずにしゃべり続けた。


「そういう事言ってんじゃないの! アンタの持ってくる仕事って、なんでそうどーでもいい物ばっかりなわけ!? やれ、いなくなったジジイを探せだの、隣町までのおつかいや、商店街の売り子まで。そんなのウチらじゃなくたってできるでしょ! ああ、そうそう、今度深夜の警備なんて仕事とって来たらアンタとはお別れよ。ニキビなんて出来たの何年ぶりだと思う? まあ、アンタにとっては珍しくもないだろうけど」


 お得意の高速詠唱のごとく放たれる愚痴の数々。しかしロザリーも言われっぱなしではない。


「あの仕事はあなたも乗り気だったでしょう。失敗したのも連帯責任なはずよ。きっとチャンスはまた来るわ。少しは我慢しなさい」

「はあ? アタシはその後の事を言ってんの! アタシ達、もうすっかり宝石店の警備員じゃない。取られた宝石の分の弁償だってピンハネまでされるし! それもこれも、アンタが文句も言わずいいように使われてるからよ!」


(……ああ、もう! 言いたい放題!)


 ロザリー達が自由都市デュオロンに腰を落ち着けて、今日でしばらくになる。これまでのようなその日暮らしの生活も、冒険者ギルドという組織に加入する事で、最低限お金に困らない程度には安定した状況となった。

 だが、所詮(しょせん)は新入り。中でも年長組のロザリーとティセには実入りの少ない、比較的ハードな仕事が回ってくる。そのしわよせは確実にロザリーの肌にも表れていた。

 確かにティセの言う事も一理あるが、世の中など得てしてそういうものである。彼女のような王族にはそれが分からないのだろう。ロザリーはティセに対し徹底抗戦の構えを取った。


「だけどね、私たちはギルドでは新入りなの。身入りのいい仕事はベテランが全部持っていってしまうのよ? それは私だって努力しているわ。でも軍の手が回らない時に出される魔物の討伐作戦なんかに志願しても、女だからという理由でいつもはねられるの。この間みたいに条件の良い仕事なんて、滅多にないんだから!」


 むしゃくしゃしていた事もあり、ロザリーはついさっきの出来事を少しオーバー気味に説明してみせる。


「……ふぅん。女だから……ね。でもそれで引き下がるアンタも悪いよね?」

「そんな事言っても……」

「まあ事情は大体分かった。アンタばかり責めて、アタシも悪かったわ」

「ええ、まあ……分かってくれたのなら……」


 ティセは意外と素直に相手の意見も聞く。その上でどんな事にでも理不尽な文句をたれるのだから余計たちが悪いのだ。だが言いたいことを言うのは気持ちいいもので、ティセがいなければロザリーは一人でこのモヤモヤを処理しなくてはいけない所である。


(あれ……? 私、ストレスの原因に何感謝してるの? こんなだからいつも甘く見られるんだわ。そうよ、私がリーダーなんだから、もっと毅然とした態度で……)


 ふと我に返ったロザリーは、おもむろに出掛ける用意を始めるティセに気づく。


「何してるのティセ? もしかして……」

「ふん、問題がギルドにあるんなら、乗り込むまででしょ。ようは力を見せ付けてやればいいのよ。どうしてマレフィカのアタシ達がそんな縮こまってなくちゃなんないの」


 まさか、とロザリーは青くなった。この爆弾娘のやりそうな事といえば……。


「やめて! あなた、人前でマレフィカの力を使うつもり!?」

「そのくらい、今さらビビってんじゃないわよっ!」


 こんな調子で、しばらく二人の口論は続いた。その様子を見かねたパメラの仲裁によって、ティセの再暴走という最悪の事態は避けられたのだが……。


「だからパメラもいやでしょ? くだらない仕事ばっか毎日毎日……」

「下らなくはないわ、そうやって社会というものは成り立って……」


 まるで反省してない二人をふくれっ面で見下ろす少女。これこそが彼女を怒らせた時に毎度行われる“パメラ聖座の刑(セイント・ロウ)”である。ロザリー達は足の痺れと格闘しつつ、パメラに対し、なぜこうなったのか、今後どうするのかを説明し、最終的にお互いを許し合うまでこの行為は続けられる。


「むうー……」

「パメラ、聞いて? そんな顔しないで……。みんな辛いのは分かるわ。だけど私だって一生懸命頑張っているの」


 必死に許しを請うロザリーの姿を哀れに思ったのか、パメラは大きくため息をついた後ゆっくりと話し出した。


「思ってたのとは少し違ったけど、私もお仕事は楽しいよ。でも、私に持ってくる仕事はチラシ作りとか、おうちでできる簡単なものばかり。これは本当に、私にしか出来ない事なのかな……? 冒険者って、もっと色んな所に行って、この力でたくさんの人を助けるものじゃなかったの?」

「それは……外は何かと危険だから、パメラにはあまり出歩いてほしくなくて……」


 ロザリーだけが知る苦労。行方不明中のガーディアナの聖女には懸賞金が掛かっており、それを探し出そうという冒険者も少なくはないのだ。

 そんな配慮を知りつつも、パメラはあえて厳しい言葉を突きつけた。


「ロザリーが一生懸命頑張ってるのも分かるよ。私の事を考えてくれているのも分かる。でもロザリーは何がしたいの? 何がしたくてこの旅を続けているの? お仕事がしたいから? 違うでしょ、ガーディアナを倒すため、だよね。……こんな事なら、ティセをリーダーにした方が良かったかも……」

「パメラぁ……」


 這いつくばるようにパメラへとすがりつくロザリー。彼女からこんなに直接的に批判されたのはこれが初めての事だった。しかし、全くその通りなので本当に(こた)える。

 実はすっかりロザリーの脳内は、みんなを養うために仕事をもらってあくせく働き、親代わりをしている満足感を得る事ばかりで、そこから先がすっぽりと抜け落ちていたのだ。


 リーダーだから、最年長だからみんなのお世話役を、なんて言い訳はできない。この子達はたとえ貧しくても私について来てくれる。自分に望んでいるのはお世話役などではなく、これまでのように未来を切り開いていくという姿勢そのものなのだとロザリーは痛感した。


 ――カラン。


 玄関の扉にくくり付けた鈴の音。パメラのお説教も終わった所で、イブを連れ買出しに出かけていたサクラコが帰ってきた。


「サクラコ、ただいま戻りました!」

「アンアン!」

「おかえりなさい、サクラコにイブ……」

「あれ……ロザリーさん、そんな恰好で何してるんですか?」


 地面へとうなだれたロザリーを見て、顔じゅうにハテナを浮かべたサクラコ。


「いいの、私を見て! 今の私はあなたの知っているロザリーではないわ。ただのみじめなまかないさんなのよ!」

「はあ……」


 ロザリーは私を責めて、と演技過剰に振る舞った。今帰ったサクラコにとってはなんのこっちゃである。さすがに付き合ってられないと、ティセは正座を解き立ち上がった。


「まったく、こいつのせいでアタシまで怒られちゃったじゃない。さてと、パメラの許可も出た事だし、ちょっとの間アタシがリーダーをやるわ」

「ええっ、ティセさんがリーダー……!?」

「何よ、不服? それじゃ二人とも、早速出かけるわよ。ロザリーはそこで頭を冷やしてな。じゃ、いってきまーす」


 ティセはそう言い放つと、ロザリーを残して二人とどこかへ出かけていった。何か良くない予感はするが、今のロザリーにそれを咎める事はできなかった。


「いってらっしゃい、みんな……」


 部屋には静寂が訪れ、初めてイブと一緒にお留守番という、いつものパメラの立ち位置となるロザリー。彼女は一人、パメラの放った言葉を思い返しては、世界からも隔絶されたような気分になった。


「イブ……お留守番って、寂しいのね……」

「アン!」

「ねえ、あなただけは、私についてきてくれる?」

「クゥーン」


 イブはすりすりとロザリーに寄りかかった。そこに特に理由などはなく、ごはん係である彼女に懐いているだけなのだ。


「そうね……しばらくはお仕事、減らそうかしらね。そしたらあなたも高級肉ばかり食べないで、ちゃんとまぜまぜご飯も食べるのよ?」

「ワウ……」


 とんだとばっちりである。こうしてロザリーは、イブを巻き込んでの一人反省会を延々と繰り広げるのだった。






「ちょっと、言い過ぎたかな……」


 安宿の並ぶ貧民街から街のメイン・ストリートへと出てきた所で、パメラがつぶやくように言った。にぎやかな街の喧騒(けんそう)で、ティセはそれをわずかにしか聞き取れなかったが、恐らく声のトーンからさっきの騒動の事だと判断した。


「気にしない気にしない。ロザリーもいい加減気づいたって、さすがに。たまには良い薬よ」

「パメラさん、ロザリーさんとケンカしたんですか? 珍しい……」


 一人状況が飲み込めていないサクラコは、いつものオシドリ夫婦のような二人とのギャップに驚くばかりである。


「まあアタシ達もさ、いくら何でもリーダーだからってアイツに頼りすぎだと思うのよね。だから、今回はちょっと休ませてあげようってワケ。アイツ抜きでもやれるってトコ、見せてやろうじゃない」

「そっか、そうだよね。うん、よく分からないけど、私もがんばる!」

「そういう事でしたら、私も!」

「よーし、それじゃ張り切って行くわよー!」


 さて、このメンツで出てきたのには訳がある。ティセはロザリーの敵討ちとばかりに、街の中央に位置する冒険者ギルドへ乗り込んだのであった。






「冒険者ギルドへようこそ。ここは世界をまたぐ冒険者たちの組合のようなものです。詳しく申し上げますと、主に一般市民には難しい魔物退治などの依頼を請け負い、契約した冒険者へと斡旋(あっせん)する場所です。冒険者は何かと危険が多いものですので、それをバックアップするのも我々の役目としています。創立は旧暦1915年、約100年程前になります。時は魔王の時代、次々に襲い来る魔物に対して発足した、街の自警団が祖だと言われていますが、今では形を変え、全世界に多くの支部を抱える一大組織へと成長しました。あなたも冒険者になりたいと言うのなら、この名誉ある組織の下で働ける事を深く噛みしめると共に、多大なる貢献をなされる事を期待しております」


 機械的な声で、言葉の羅列が押し寄せる。一息も付かずにさらさらとよく言えるもんだ、とティセはある意味感心した。


「ではまず、こちらの登録用紙に住所、氏名、年齢、クラス、スキルなどを記入し……」


 しばらく待ってもくどくどと説明している、眼鏡を掛けた神経質そうな受付嬢を見て、ロザリーに全部押し付けていた自分も少し悪かったかなとティセは思ったり思わなかったりする。


「初めてじゃないの、仕事ちょうだい」


 話の途中で割り込んだものの受付嬢は少しも動じることなく、今現在請け負い可能な仕事のリストを確認する。それを覗き込んだティセは、ずらりと並んだ割の良い仕事を見ては舌なめずりした。


「では、あなたの所属(クラン)とランクをお教え下さい」


 クランだのランクだの、頭がクラクラする事ばかりだ。ようするに、自分たちの冒険者としての格を聞いてるのだろう。特Aランクと答えたい所だが、自己申告制ではないようだ。


「さあ。最近始めたから、下の方だと思うけど。クランは確か、チーム・リベリオンだったっけ」


 受付は「ではこちらになりますね」と“Cランク”と書かれたリストを提示した。

 なるほど、これはない。そこにはイヤというほどロザリーが取ってきたような仕事が並んでいた。


「ねえ、さっきのリスト見せてよ」

「それは出来ません。もし、不相応な仕事を依頼し失敗、もしくは命を落とすような事にでもなれば、我が社の信用を損なう結果となります。まして、女性冒険者は魔女であるリスクも大きく、何か問題を起こした場合ガーディアナ教に目を付けられてしまう可能性もあるのです。大きな仕事など、とても任せられませんね」


 ロザリーが強く出られなかった理由が分かった。自分達が魔女である事は一応、ギルドには隠しているのだ。もしバレると除名すらされかねない。


「そもそも女性冒険者は実績も乏しく、男性冒険者を鼓舞する役割以外とても期待出来るものではありません。それなのに、女性だけのパーティとは……。あなたも力仕事など男にまかせ、大人しく私のように事務仕事をしていればいいのです」

「ちっ……」


 労働者階級の中でも、ブルーカラーと呼ばれる肉体労働者は、ホワイトカラーと呼ばれる頭脳労働者に見下される風潮がある。ロザリーもこういった小言を常に聞かされてきたのだろう。この慇懃(いんぎん)無礼なお局様に比べれば、小言を言うだけのロザリーなど女神にすら見える。


「と、言うわけで、こちらの依頼をお受けするか、さもなくばお引き取りを。わたくしも暇ではありませんので」

「……あーあ、これだから規則とか決まりごととかっていやなのよ。凡人の決めた枠なんかに、天才たるこのアタシが収まるわけないじゃない」


 心の声がすでに声として漏れていたが、受付は動じる事はない。


「もういいわ、じゃあね」


 こんな事、時間の無駄である。ティセは早々にその場を去った。そして心配そうに後ろから眺めていたパメラとサクラコを見ては、怪しい笑みを浮かべる。


「ティセ、やっぱりダメだったの?」

「ふふーん。まあこっからよ。ちょっと耳貸しな」


 二人を引き寄せ耳打ちをしたその内容は、少しばかり刺激の強いものであった。


「ごにょごにょごにょ……」

「ええっ!?」

「むりむりむり!」


 両者共に予想どおりの返事。やはり、魔女はやや世間慣れしていないのかもしれない。自分も含めて。


「無理じゃない、いい? ここの男共、それもランクが高いほどいいわ。そいつらから仕事をかっさらうの、色仕掛けでも褒め殺しでも、何でもいいから」

「い、色仕掛け……そんなことできるわけないじゃないですかぁ……」


 サクラコのティセを見つめる瞳はすでに扇情(せんじょう)的ですらあった。この天性のたらし顔を駆使すれば、男の一つや二つ、訳ない事だろう。ただ、本人にその自覚が全くないのが難点ではあるが。


「じゃあパメラ、ロリコン殺しのアンタの出番よ」

「エッチなのはよくないよ! だったらティセがやればいいでしょ。そんな下着みたいなカッコしてるんだし」

「こ、これはこういう装備なんだから仕方ないでしょ! この生地は魔法が掛かってて、全身に着込むとアタシの魔法と干渉し合うのよ」


 苦し紛れの言い訳である。確かにこの二人が上目遣いで男達をたらし込めば、確実に落とせるだろう。だが、前のサクラコのように、そのままおかしな事に巻き込まれる別の心配もあった。


(くっ、このまま引き下がるんじゃ、ロザリーに良いカッコして出てきた面目が立たないわ……)


 ティセは指摘された自身の破廉恥とも言える格好を見て、改めて奮起する。


「いいわよ、じゃあアタシがやる。見てなさい、地元では三年連続、魔法学園(アカデミー)のクイーンだったんだから」

「アカデミー賞? すごーい!」

「ふ、ふふーん」


 実はこれ、自慢にもならない肩書きである。というのも次代アルテミス女王ともあれば、ミス・コンテストに選ばれて当然。そうやって学園側に気を遣われ、プライドが少しばかり傷つけられた、というだけの悲しい思い出なのだ。


(うう、自分で言い出したものの、どうやればいいのよ……。こいつらが見てる前で恥はかけないし)


 彼女の自己評価は意外と低いのだが、いよいよもって覚悟を決めた。

 真っ先に目に付いたのは、一番体格のいい髭もじゃの男。確かあれは、セブンドワーフズというナンバー1クランのリーダー。先程覗き込んだリストにも、このチーム名での予約が沢山入っていた。これなら十分に稼いでいそうだ。


「おじさん……け、景気がよさそうね!」


 まずは声をふりしぼって、彼に向かって声をかけてみる。すると彼は素っ頓狂な顔でこちらを見つめた。


「なんだお前は。確か宝石店で見た覚えがあるが……」

「そ、そんな事もあったかなー。えっとその、それでちょっとお願いがあるんだけどさ……」


 ティセはテーブルに両手をつき、挟み込むようにして胸を強調してみせた。


「ウフンッ、聞いてくれる?」

「…………」


(うわー、これは予想以上に照れる。誰か、殺して!)


 男は確かに胸に一瞬目をやったが、特に期待した反応は返さず、仲間達との談笑に戻った。

 こうなれば、だめ押しである。


「ねえ、あなたの仕事、アタシ達に分けてくれない? そしたら、いいことして、あ・げ・る」

(この演技力、きっと子役時代が長いせいね……。なんか情けなくなってきた)


 その迫真の演技に、男はたまらず飲んでいた酒をブッと吹き出した。


「ブハハ! 子供(ガキ)が何いってやがる。ここは歓楽街じゃねえぞ、帰った帰った!」


 彼は仲間内に見せしめるようにティセをあざ笑った。しばし呆然としていたティセだったが、だんだんとその顔は紅潮し始める。


(こ、これって女としてバカにされたのよね。あ、ほっぺたのニキビのせいか? それともサクラコのバカのせいで化粧品買えなかったせい? しかし、よくもこのティセ様にむかって……)


「へっへっへっ、火傷しねえうちに帰んな、お嬢ちゃん。俺達はここのナンバーワンだぞ。話しかけるには、もうちょっとランクを上げてから来な」


 そんなやり取りを見て、外野である他の冒険者も一緒になってティセをからかい始めた。


「おーい、良かったらウチに来るかー? 夜の冒険の相手になってくれよ」

「そりゃいいや、ちょうど俺様のグレートソードも錆び付いてた所だぜ」

「おい、分かったからその貧相なひのきの棒しまえよ」

「こりゃ一本とられたぜ。これがホントの棒剣(ぼうけん)者ってな、ギャハハ!」


 一際下品なヤジを飛ばすのは、元犯罪者で構成されたノークライムの連中だ。

 あちこちから笑い声が聞こえる。気がつくと、どうやらギルド内の笑いものにされているようだ。ティセはさっきまでの威勢の良い自分がとたんに恥ずかしくなった。


(くっ、あの子達も見てるっていうのに……こいつら……)


 それもつかの間、次に沸き起こったのは破壊の衝動。

 ティセは以前ガーディアナに捕まりそうになった時と同じく、胸の中に黒々としたモノが込み上げてくる感情に支配された。


「……火傷しないうち、だって? アタシに向かって言うセリフじゃないね、それ」

「おおっ?」


 ティセは男が飲んでいた酒を強引に奪い取り、頭からひっかけた。男はそれを眺める仲間達の視線に気付き、顔つきをみるみる変化させていく。


「てめえ、何しやがった……」

「あんまり偉そうにしないでよね。幽霊にだって何もできなかったくせに、ナンバーワンが聞いて呆れるわ」

「娘ェ、いい度胸だなあ……!? そもそも、冒険者ギルドは女が来て良い所じゃねえんだよ、出て行きやがれ!」


 ギルド内でも名うての戦士の怒張に、あたりも緊張が走る。


「何よ、手柄を全部女に取られたからって! ザーコザーコ!」

「うおお、もう我慢ならねえ!」

「やるっての!?」

「ティセっ!」


 高速詠唱のマギアをいち早く感じ取ったパメラが叫ぶ。その声にティセは我に返るも、勢いで掌から放たれた炎は言う事を聞かずに男へと襲いかかった。そして、不幸にも自慢の髭にたっぷりと染みこんでいたアルコールに引火し、たちまち炎は猛り狂う。


「ぎゃああああ!!」


 建物の中を火だるまの大男が縦横無尽にのたうち回るのはやはりただ事ではないらしく、たちまち阿鼻叫喚の大騒ぎである。


「おい、誰か水、水もってこい!」

「やばい、ギルドに燃え移るぞ!」

「いやー! 私の仕事場が!」


 受付嬢まで飛び出しては、火消しに必死になっている。紙の書類があちこちに積まれていたせいか、一面が火の海と化すにはそう時間はかからなかった。


「え、ちょっと、こんなはずじゃ……」


 呆然と立ち尽くすティセだったが、そこを彼の仲間によって強引に捕らえられてしまう。果ては自慢の赤髪を引っぱられ、吊り上げられる形で皆の見せ物となった。


「いたいっ、離してっ……!」

「この女! こいつだ、コイツがやりやがった!」

「魔女よ、きっと魔女に違いないわ! 私に対する態度も悪かったもの!」


 受付嬢のその一声により、とうとう魔女狩りが始まった。ティセを取り押さえようと男達が次々と加わり、それは次第に私刑(リンチ)の様相を呈する。


「いやっ、待って……!」


 ティセは震えていた。男性からの暴行に異常な恐怖を感じるようになったのは、いつかのトラウマであろうか。


 すると、そんなティセの手を何者かが勢いよく引っ張り上げた。


「ティセさん、ここは一旦引きましょう!」

「サクラコっ……!」

「たあっ、影縫い!」


 サクラコはその手を引いて、術で動けなくなった冒険者達の中を華麗にすり抜けていく。それについて行くのがやっとで、ティセは火だるまの男の顛末(てんまつ)を見届けることはできなかった。





 ティセとサクラコは貧民街まで一気に走った。辺りはすっかり日が暮れており、この暗闇の中では見つかることもないだろうと二人は速度を緩める。


「はぁ、はあ、もうちょっと、ゆっくり……」

「すみません。でも、あの場はああするしか……」


 ティセにとっては心臓破りの道のりであったが、サクラコはけろりとして答えた。なにやら月明かりで輪郭と瞳のハイライトが強調され、今は彼女が妙に頼もしく映る。とも思えば、今度は視界が急速にぼやけていった。


「うっ、うう……」

「ティセさん……?」


 サクラコが覗き込んだその真っ赤な瞳には、溢れるほどの涙がにじんでいた。


「み、見ないでっ」


 また、やってしまった。

 ティセは自分の力を過信するあまり、コントロールする術を身につけなかった。さんざんお世話役のストラグルから口酸っぱく言われていた事だ。その度、どこの世界に弱くなるための訓練をするバカがいるのかと突っぱねていたのを思い出す。ラビリンスにて成長したと思っていたが、すぐにカッとなる性格まではどうにもならない。


(アタシ、やっぱアイツがいなきゃ、ダメなのかな……)


 今、わかった。……いや正確には前回でわかっていたはずだった。ガーディアナで暴走した時、ロザリーが身を(てい)して止めてくれた時に。

 過剰な力は大事なものまで傷つけてしまう。あの時も、ロザリーのボロボロになった姿を見て、パメラが見てるというのにわんわんと泣いたのだった。


(また、アタシのこと怒るかな……パメラ……)


「……パメラ!?」


 その声を聞いたサクラコが「ひんっ」と飛び上がる。

 そして二人は顔を合わせ、叫んだ。


「パメラさん……!!」

「やばい、忘れてきた!!」


 振り返った先にパメラの姿はない。あまりに軽率な行動に、二人は再び逃げてきた道を大急ぎで引き返すのだった。


―次回予告―

 魔女達に課せられた最高難度のクエスト。

 それは、世にも恐ろしい幽霊屋敷への挑戦であった。

 報酬は一攫千金か、それとも死へのいざないか。


 第36話「死神の館」

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