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第34話 『クエスト』

挿絵(By みてみん)






 自由都市デュオロンを拠点に、ついに憧れの冒険者となったロザリー達。

 彼女達はそれぞれの長所を生かしてパーティーを組み、数々の魔物と立ち向かいながら次々にレベルアップし、得られた資金にて手持ちの装備を充実させていく。

 ……などと言う事は当然起きる事もなく、しばらくは新人らしく細々とした雑務をこなしていた。


 この国では花形の魔物退治などは主に軍が動く。皆が冒険者に憧れる時代はすでに終りを告げ、若者はレジェンドの武勇伝を追体験しようと軍に志願する事が多い。もはや冒険者というシステム自体が時代的に衰退した事もあり、冒険者ギルドの役割は派遣業のそれにまで身を落としていた。

 つまりは軍に入れなかった者、すねに傷のある者、自由を求める者などの多くが冒険者へと流れ、組織の質の低下はさらに進んでいったのである。そんな二流の派遣会社となった冒険者ギルドはもちろん運営資金も乏しく、常に火の車。その煽りを受けた薄給の冒険者達は皆、ロザリー達のように量をこなしながら日銭を稼いでいるのが現状だ。


 という訳でロザリーとティセの年長組は、今日も今日とて与えられた仕事をこなすべく指定された場所へと出かけるのであった。




「あーあ、今日も仕事かー。なんで仕事ってあるんだろ」

「考えたって仕方ないわ。パメラもサクラコもまだ子供なんだし、私達が頑張らなきゃ」

「へーへー、耳にタコができるっての。それはそうと、そのパメラの事なんだけど。最近特にやばくない? あの子、だんだん感情が無くなってるっていうか……」

「ええ、イブが頑張って癒やしてくれているけど、あそこまで行くとちょっと問題ね……。休むように言っているのに、ロザリーがやるなら私もやるって聞かないのよ」


 そう、あれだけ冒険者に目を輝かせていたはずのパメラ。そんな彼女も現実と言うものを知ったのか、文句一つ言わずにただ淡々と在宅ワークをこなす内に、その道のプロフェッショナルのような風格すら漂わせ始めていた。むしろこうやって外に出て様々な仕事をこなせるロザリー達は、体力こそ使うが精神衛生上ではまだマシなのかもしれない。

 歯がゆい現状を変える術を何も持たないロザリーは、元気だった頃の彼女を思い出し大きく溜息をついた。


「やっぱりパメラのためにも、もう少し仕事を減らすべきなのかしらね……。サクラコも街の改善に忙しくしてるみたいだし、さすがに心配だわ」

「そうよ。人は働くために生きてるワケじゃないわ。仕事だって量より質。そのためにこれから昇給試験受けるんでしょ? これでもう夜勤なんてしなくてもよくなるわね!」

「ええ、今回の仕事で良い所を見せれば、私達の冒険者ランクも上がるはずよ。そうしたら上の仕事にはもっと割の良いものがあるわ、頑張りましょう!」

「オッケー、マレフィカの底力、見せてやろうじゃない!」


 二人はがっちりと腕を組み、互いに士気を高め合った。

 そんなロザリー達にようやく舞い込んだ、初めての大型クエスト。どうやら今回の仕事は、経営難の現運営を支える経済界の太客(ふときゃく)からの依頼らしい。そのためにどうしても人手が必要なギルドは、昇給を餌にこうして欲に目が眩んだ冒険者達を集めたのだった。


「これでようやくパメラに楽をさせてあげられるわ。帰ったらお祝いね」

「キャッホー! それじゃ百花(パイファ)行こう、百花! あそこカラオケできるし!」

「そうね。たくさん唄えば、パメラも気が晴れるかもしれないわね」


 すっかり二人は試験に受かった気になり、今夜の祝勝パーティーの算段を始めた。

 うまい話には裏がある。そんな言葉などつゆとも知らずに……。






 二人が辿り着いたのは街の商業エリア。ここはその中でも富裕層が多く集まる一等地である。その優雅なストリートの一画に、中でも一際大きな宝石店が軒を構えていた。今回指定された仕事場はここだ。


「ルビー商会直営宝石店、フラン・ド・ココ……って、ここ、あのルビー商会の店!?」

「ティセ、知ってるの?」

「ええ、ルビー家といえば有名も有名、王室御用達の宝石商よ。知らないのは宝石に縁のない貧乏人くらいね」

「うっ……。そう言えば、姫の宝石を手がけていた所がそんな名前だったような……」

「それより見なさいよ。同業者がこんなにいるって事は、手柄を奪うのもそう簡単じゃなさそうね」


 ギルドとしてもこの仕事だけは失敗が許されないのか、そこには冒険者ギルドの誇る屈強な戦士達がこれでもかと顔をそろえていた。


「おいおい……上の連中、数ばかり揃えやがって肝心のランクが追いついてないヒヨッコまでいやがるぜ。この仕事、本当に大丈夫かよ?」

「まあ、今回のクエストは店の護衛だ。これだけでかい店だと、見張りくらいにはなるだろ。盗る側から見りゃ割と効果的なやり方だ」

「おっ、見ろ、女もいるじゃねえか! 夜もこれで退屈しなくて済みそうだぜ。マスターの野郎、ああ見えて気が利くな」


 好色そうな視線と共に、ならず者すれすれの恰好をした男達がこちらを見つめる。彼らは冒険者ギルドのナンバー3クラン、ノークライムという元犯罪者集団。反社会的な雰囲気のあるデュオロンが居心地良かったためか、そのままここを根城にしている者達だ。


「何こっち見てんのあいつら。ガラ悪いわね」

「ギルドでも時々見かける連中よ。割の良い仕事には必ずと言っていいほど絡んでるわね。下手すると他人が片付けた仕事を横取りまでするらしいわ」

「ふーん。ギルド行く用事は全部アンタに任せて正解だったわね。絡まれたらメンドくさそうだし」


 仕事上、嫌でも目にする上位クラン。クエストリストにはいつも彼らの名前が載ってあり、誰もやらないようなおこぼれを下位クランが処理する決まりとなっている。

 ちなみにクランとは、ギルド内にて同じ目的のために協力関係を築き行動する集団の事である。


「全く……誰だ、あんな奴らまで呼んだのは。ギルドの威厳も何もあったものではない」

「ああ、奴らからは目を離せないな、逆に強盗でも仕掛けそうだ。メイ、君は俺の後ろに隠れていろ」

「ええ、ありがとう」


 次に目を引くのは冒険者らしい冒険者の一団。戦士に魔法使い、僧侶に武闘家といった、ロザリー達の構成に良く似たパーティーである。彼らはナンバー2クラン、ヒロイックレジェンド。その内の一人、僧侶を務めるのは女性のようだが、やはり全体的に見ても女性冒険者は少ない。その女性は男達の視線に嫌悪感を感じていたのか、同性のロザリー達に向け少し複雑な表情を見せた。


「私達がいて良かったわ。もしいなかったら女性はあの人、一人だった所よ」

「でも、マレフィカじゃないみたいね。少し年がいってるみたいだし」

「こら、そういう事は言わないの」


 次にやや遅れて、重役出勤さながらに重装備に身を包んだ集団が到着した。それを見るなり、彼らの行く道にいた人だかりが次々に道を開けていく。


「おい、あいつらまでいやがるのかよ。こりゃ、俺達の出る幕は無いかもな……」

「おお、これは心強い。鬼に金棒、いや、ドワーフにグレートソードだ!」


 彼らこそナンバー1クラン、セブンドワーフズ。軍隊上がりのベテランばかりで構成された、名声、実力共に申し分ない戦士達である。


「ふむ、これで全員揃ったようだな。俺が今回の指揮を務める、セブンドワーフズのドックだ。ゴタゴタ言う奴は、この立派な大剣(イチモツ)をそのケツ目がけブチ込んでやるからそのつもりでいろ」


 場を取り仕切るのは、厳つい顔をした髭もじゃの大男。その装備は身の丈程もあるグレートソードに特注サイズのスチールアーマー。そこに刻まれた紋章には、彼らのクランの名が光り輝く。


「ふむ、どうやら新人も多くいるようだが……いいか、今回のクエストは我がギルドにとって、今後の命運が掛かった総力戦だ。心して掛かれよ!」

「「おおーっ!」」


 彼の鼓舞に威勢良く返事をする冒険者達。初めての規模の作戦に、ロザリー達二人も困惑の色を隠せない。


「ねえ、なんだかちょっと大袈裟じゃない? 別に宝石店守るだけなんでしょ?」

「そうね……これは何かある、と考えた方がいいかもしれないわ」


 戦士としての勘か、マギアの力か、何となくここに居る者達の実力は分かる。確かに皆が皆並みではないが、歴戦の古強者(ふるつわもの)を見てきたロザリーにはどこか物足りない。驕りなどではなく、自分達が頭一つ抜きん出ているのだ。つまり、このクエストの要はまさに自分達であると言っても過言ではない。ロザリーはこれから始まる戦いに向け、改めて気を引き締めた。


「では、今回の依頼主を紹介する。ルビー商会副会長、チャールズ゠ヴィンセント氏だ」


 大男の後ろから現れたのは、グレーのスーツにシルクハット姿の、綺麗に揃えたちょび髭を生やす一見紳士然とした男であった。彼は眉間に深いシワを作り、猜疑(さいぎ)心の塊のような痩せた顔で冒険者達を一瞥(いちべつ)する。


「ふん、どいつもこいつも貧乏臭い面しおって。おいデカブツ、本当にこんなギルドなんぞにワシの護衛が務まるんだろうな?」

「お任せ下さい。ここにいる一同、全力であなたをお守りするつもりです」

「ふん、忌々しい。この国には、できれば来たくはなかったんだ。しかし会長はお身体も悪く、無理はさせられん。ここで義理を示さねば次の会長の席も……おっと、これはお前達には関係のない話だったな」


((……そうだとも、あのくたばりぞこないのために、どれだけの時を待った事か))


「うっ……」

「どうしたの? ロザリー」

「いえ、何でもないわ……」


(……何? 気分が悪くなる程の今の感情は……。私の気のせいだといいけど……)


 ロザリーにだけ届いた一瞬の悪意。チャールズは何事もなかったかのように軽く咳払いをして話を続けた。


「ゴホン、本来は軍に護衛を要請したんだが、ボルガード王め、魔物退治でもないと取り合ってもくれなんだ。おまけに奴は貧乏百姓の出だかで、宝石にも興味が無い。初めはそんな国で商売などとも考えたが、一つだけ見込みのある土地を見つけた。そう、このデュオロンだ。そこで、クーロンの田舎者共が仕切る街などにこのワシがわざわざ出向いてやったのだ。唯一の難点だった高い税率も、ここ最近でかなり改善されたと聞く。後は治安が心配だが、同時にここは成り上がりも多い。奴らに物の価値が分かるとは思えんが、だからこそ言い値で売りつける事もできる。くくっ、愚か者が多いほど、大いに売り上げも期待できるというものだ。ホッホッホッ!」


 彼の長話に、冒険者達の間でやや白けた空気が流れる。つまり、彼自身はこの地を何らかの理由で毛嫌いしているが、事業拡大のための白羽の矢が立ったために、過剰なまでの警護をつけ自ら会長へと恩を売るためやって来たという事らしい。


「なんかヤな奴ね。成金って、みんなこうなワケ?」

「依頼主の人格は関係ないわ。私達は与えられた仕事をするだけよ」

「ま、どうせ恨みでも買って命でも狙われてるのかもね。奴らに良くある事だわ」

「そこ、私語は慎め! では、これより持ち場を割り振る。各自、何かあるまでそこで待機するように。以上!」


 作戦の概要はこうだ。作戦開始となる開店時間は正午。一同はそれぞれ与えられた持ち場につき、チャールズが帰還する次の日の正午までの、丸一日をかけて警護する。

 店舗正面には街でも人気のあるヒロイックレジェンドが、裏口には犯罪者心理の分かるノークライムがそれぞれ配置された。肝心のチャールズにはつきっきりでセブンドワーフズの面々がつく。最後に、ロザリー達はなぜか店の出入り口へと立たされ、宝石の試着用モデルとして客の相手をする事となった。


「何よこれ、完全に見た目だけで選んだでしょ。アタシ達だけ別のバイトじゃない」

「文句言わないの。だけどこんなドレス姿なんかで、いざと言う時動けるかしら……」


 そんな困惑する二人へと、早速一人の女性が話しかけてきた。同じく入り口付近で客の呼び込みを手伝う、ヒロイックレジェンドの僧侶である。目を引く金色の長髪に、常に笑みを浮かべた優しい顔立ち。その全身に纏うローブは白を基調にした派手目のものだ。ガーディアナ系のシックな装いと違う事に、ロザリーはひとまず安心する。


「あなた達も冒険者なのですか? 初めまして、わたくしメイ゠プリエスタと申します。良かったあ、近頃女性の冒険者が少なくって、とっても心細かったんです」

「分かります、女性だとあまり仕事が取れなくて色々と大変ですよね。私はロザリー、こっちはティセ。私達のクランは他に二人いるんですが、みんな女なんです。どうぞよろしく」

「そうなんですね! いいなあ、私も女性パーティーに入ってみたいです。あなた達、とても強そうですし」


 彼女は指を組み、こちらへと羨望の眼差しを向けた。この仕事を始めて、見た目で軽んじられないのはかなり珍しい事である。これも女性同士ならではの反応だろう。


「おば……お姉さん、あいつらと仲良くないの?」

「あの人達は良くしてくれていますよ。ですが、少し頼りないというか、仕事を得るために仕方なく組んだだけといいますか」

「アハッ、言うじゃん。でもウチはちょっと今募集してないの。悪いけど他を当たって」

「あら、残念ですね。ロザリーさんの事、とても興味があるのですが」


 彼女はゾクリとするような笑みでロザリーを見つめた。ナンバー2のクランを袖にするほどこの女性に実力があるようには見えないが、一目でこちらの力を見抜いたあたり、ただ者ではないのかもしれない。


「おーい、メイ、何やってるんだ。こっちも手伝ってくれ」

「あら……では同じ女性冒険者同士、何かあったら私に相談してください。普段は街の教会にいますので」


 仲間達に呼ばれたのか、彼女は礼儀正しくお辞儀をして持ち場へと戻っていった。


「話が分かる人もいるもんね。良かったじゃん、ロザリー」

「ええ……。メイさん、ね。彼女、ガーディアナとは無関係だといいのだけど」

「考えすぎじゃない? 宗教ったって、全部が全部あいつらのじゃないわ。アルテミスにも独自の教えはあるし」

「そうね、とりあえず彼女の衣装にガーディアナ聖十字は見当たらなかったわ。警戒する必要はなさそうね」


 そうこう話している内に、いよいよ宝石店フラン・ド・ココの開店セレモニーが始まる。ロザリー達は来客の波に揉まれ、そのまま慌ただしく時間が過ぎていくのだった。






 作戦開始から6時間が経過したが、まだ目立った動きはない。

 ロザリーとティセは休む間もないほど接客に追われ、開店セールに鼻息を荒くした富裕層のマダム達に質問攻めに遭っていた。


「まあ、素敵なルビーざますこと! それ、おいくらざます?」

「ああこれ? 店で一番真っ赤な奴選んで付けてみたんだけど、やっぱ似合っちゃうかぁ。でもこれ売り物じゃないんだって、似た物ならあっちにあるよ」


 そんな客に対するティセのぶしつけな物言いを聞きつけ、早速チャールズが鬼の形相で飛んできた。


「おい君! お客様には敬語を使いたまえ! 一体どういう教育を受けてきたんだね!」

「ムカッ……警護だの敬語だのうるさいジジイね。アタシの美貌のおかげで売れ行きもいいんだから、別にいいでしょ!」

「なんだとぉー、このワシに向かって何という口を!」


 店に怒号が響き渡る。これも試験の評価対象かもしれないと、ロザリーは慌てて二人の間に入った。


「すみません、この子には私から言って聞かせますので……! お客様、そちらの商品ですと、特別価格でこのお値段になっております」

「い……いただくざます。それにしてもこのお店、少し物々しいわね。まさかあの、女の子の幽霊が出るって噂、本気にしちゃってるのかしら」

「幽霊……?」

「ええ、実はこの近くに、ちょっとした幽霊屋敷があってね。そこは昔、ルビー商会の会長が娘のために静養地として建てたものらしいの。でも、ある出来事があって……」


 話は重要な場面へと差し掛かるが、その続きは静かに憤るチャールズによって遮られた。


「お客様、あまり弊社の悪い噂を流されると困ります。名誉毀損(きそん)で訴える事もできるのですが、大事なお客様にそんな事はしたくありません。どうかここはお引き取りを」

「え、ええ、もちろん悪口なんてそんな。では、またお世話になりますわ、おほほ……」


 客が帰った事を確認した彼は張り付いたような笑顔をやめ、ロザリーをギロリ、と睨む。


「今のは忘れろ。いいな」

「は、はあ……」


 どうもきな臭い。マダムの言う事が本当だとすると、チャールズは少女の幽霊などに怯えているという事になる。それは彼の態度からも、ある程度裏付けが取れるだろう。

 しかし幽霊とは……。あまりに荒唐無稽な話に、ロザリーは言われた通り一旦それを忘れる事にした。






 その日の夜。ようやく初日の営業が終り、スタッフも店じまいの準備を始める。

 ここの宝石を狙う強盗がいるとすれば、人の出入りがないこれからの時間が狙い目だろう。ようするに、本番はこれからと言う訳だ。


「お前達、ひとまずご苦労であった。ワシの予想通り、売り上げもまさに記録的。これには会長もさぞお喜びになるだろう。しかし安心するのはまだ早いぞ。奴も……いや、強盗も白昼堂々と盗みに来るとは思えん。そこでお前達にはこれから、寝ずの番をしてもらう。ワシが発つ明日までに何事も起きなければ、ギルドの方にも満額の謝礼を支払おう。お前達が普段見ることもない程の金額だ。楽しみにしておけ」


 チャールズはアタッシュケースの中の大金を見せびらかすように開いて見せた。冒険者達は目の前に吊された金銀財宝を見て、一斉に色めき立つ。


「お前達、各自持ち場に戻り待機だ! 何としてもチャールズ殿を守り抜くぞ!」

「おおー! 今回の仕事、もらったも同然だな!」


 皆の仕事へと戻る足取りも軽い。だがすでに人一倍働いたロザリーとティセは、ここからさらに徹夜である。ティセでなくとも愚痴の一つも出ると言うものだ。


「ふん、あいつらはいいわよね、ただつっ立ってただけなんだし。それにしても、おばさん達の相手より強盗でも相手した方がなんぼかマシだわ。まったく、ママもだけどあのエネルギーはどっから来てるんだか」

「ふふ。女は年を重ねると逞しくなるものよ。さてと、私達も着替えましょうか」


 二人はいつもの装備に着替えるため、少し奥まった場所にある女性従業員のみが使える更衣室へと向かった。


「でも、更衣室が男女で別れてるなんて感動だわ。昔、隊にいた頃は女一人だったから、用意すらしてもらえなくて」

「アンタ、その身体で男と一緒に着替えてたの? よく耐えたわね……男の方が、だけど」

「ええ、みんないい人だったわ。誰も私の事をそんな風に見なかったもの。少し、寂しくもあったけれど」

「うーん、やっぱ魔女ってモテないのね。そっか……アタシだけじゃなかったんだ」

「え、今なんて?」

「なっ、何でもないわよ!」


 ティセが慌てて更衣室の扉を開けると、そこには僧侶のメイが先に化粧直しをしている姿があった。


「あら、お疲れ様です。接客、どうやら大変だったみたいですね、うふふ」

「ええ……。こういう事、あまり慣れていなくて」

「実は、私もそっちに回される所だったんです。でも、入り口にも華があった方がいいのではと提案したら、採用されちゃって」

「何よそれ、とんだ貧乏くじだわ。さてと、着替え着替え……」

「ところであなた達、気づいていますか? すでに何かが来ている事に」

「え?」


 その時、突然部屋の灯りが消えた。同時に、何かガラスが割れるような音が耳をつんざく。


「「ぎゃあーっ!」」


 遠くからは男達の叫び声。この方向は、おそらく裏口。だとするとノークライムの連中だろう。


「まさか、強盗!?」

「……だと、いいのですが」


 ロザリーは慌てて剣を手に取り、ドレス姿のまま更衣室を出た。おかしな事に、店中の灯りが消えている。これが強盗の手口だとすると宝石が危ない。ロザリーは暗い通路を辿り、店内の方へと向かった。


「照明石を点けろ! ありったけだ!」


 チャールズが叫ぶ。照明石とは、灯りの代わりとなる魔晶石である。これもルビー商会の手がける商品の一つで、刺激を与えるとしばらく光り続ける優れものだ。


 冒険者達が手探りで照明石を点けるも、それらはたちどころにパリーンという音を立てヒビ割れていった。先程の音はこれによるものだったのだ。


「おいっ、何かが入り込んだぞ!」

「何も見えん! このままでは……ぐわあっ!」

「デカブツ共、何をしているっ! ワシを守らんか!」


 暗闇の中、何者かによって一方的に襲われ続ける冒険者達。チャールズはセブンドワーフズを連れ、我先にと事務室へと立てこもる。


「ティセ、灯りを!」

「まかせなさい!」


 ティセの炎魔法、トーチにより辺りはぼんやりと照らされる。するとその先にいたのは、自分の腰ほどの身長しかない、黒ずくめのドレスを着た謎の少女であった。ついに見つかったかと、彼女は不敵に笑う。


「……うふっ」

「まさか……幽、霊?」


 かすかに確認できるだけだが、その体はどこか透けているように見える。炎に照らされた彼女の顔は輪郭だけがはっきりとし、うねるような金髪と共に端正な造形を際立たせていた。例えるなら、麗しき西洋人形。そして、こちらを見つめるルビーのように真っ赤な瞳と視線が合うと、少女はその手に持つ大きな刃物でこちらへと斬りかかってきた。


「まずいっ!」


 金属のぶつかり合う音が闇に響く。大きな刃、それは少女の身長を大きく越えるほどの大鎌であった。ロザリーは何とかその斬撃を剣で受け、血に濡れた刃を首先で止めてみせる。しかし今は戦闘に適した姿ではないため、反撃にまでは手が回らない。

 その瞬間、ロザリーと相対した人形のような少女は、かすかに喜びの声を上げた。


「ふふっ、うふふっ」

「あなた……」

「ロザリー、どきなっ! フィイア・ボール!」


 つばぜり合う二人に向け、ティセによる火球が放たれた。ロザリーは阿吽の呼吸で飛び退き、それは見事に少女へとぶつかった。


「っ!」


 しかし火力が弱かったのか、その炎は闇に同化するように消えていく。驚いた少女は、今度はティセへ目がけ飛びかかった。暗闇の中、鎌の刃先だけが炎の光を反射し軌道を描く。それは、まさしくティセの首元を目がけ狙いを定めていた。


「ちょ、ちょっとまって、来ないでーっ!」


 大鎌はティセの首ごと刈り取ったかに見えたが、どうやらその首に掛けられていた大粒のルビーだけが盗みとられ、ティセは怪我一つしていない。


「あ、あれ……?」


 少女は奪い取ったルビーを愛おしそうに眺め、ぽつりとつぶやいた。


「ああ、わたくしの、ルビー……」


 彼女に一瞬の隙が生まれる。そこへ、聖職者であるメイが駆けつけた。


「邪霊よ、悪戯(あくぎ)はそこまでです! 神よ、光よ、あらゆる祝福よ、ここに集いおわしませ。生命の理に背き、十悪を為す不覊(ふき)なる者、あるべき闇へと還りなさい! ホーリィ!」


 詠唱と共に放たれたまばゆい光。それは少女を覆い尽くし、半透明な体をさらに不確かなものへと変えていく。


「……少し、遊びすぎたようね」


 少女は諦めたようにつぶやくと、チャールズの立てこもる事務室へと壁ごとすり抜けていった。


「なっ、消えた……!?」


 少しして轟く、チャールズの身の毛もよだつような叫び声。

 運良く彼女の奇襲を逃れた冒険者達は、力を合わせ鍵の掛けられた扉を蹴破る。するとそこには、こてんぱんにのされたセブンドワーフの面々と、魂の抜けたような顔でこちらを見つめるチャールズの姿があった。


「チャールズ殿、一体何が!」

「や……奴だ、奴が来た、奴の霊だ。……ワシは何も知らん、何もしとらん。奴は、ひとりでに死んだのだ……」


 たたいてもゆすっても、チャールズはそう繰り返すばかり。

 作戦は失敗した。被害は非売品の、ルビー家を象徴する真紅のルビー。不思議な事にそれ以外の宝石は無傷、後は冒険者の約半数がちょっとした怪我を負っただけであった。






 チャールズは翌日、逃げるようにこの街から飛び出した。約束の報酬はもちろん最低保障分のみ。昇給試験も全員失敗。皆、冒険者ランクは据え置きの、くたびれ損である。


 しかしそんな中、一人だけチャールズに表彰された人物がいた。僧侶のメイである。彼女の神聖魔法が唯一、悪霊に対して有効であったとの評価が下されたのだ。冒険者達へと渡るはずだった報酬は彼女一人だけに贈られ、しばらく街の話題はそれで持ちきりとなった。


「メイ゠プリエスタさん、今回はなんでも、ルビー商会の副会長を一人守り抜くというご活躍をされたとか。多額の報酬をいただいた感想などをお聞かせ下さい」

「私は何も特別な事はいたしておりません。ですのでこの報酬は全額、世界中の貧しい子供達のために寄付いたします。神はいつでも見て下さっています。皆様も、いついかなる時も感謝を忘れませぬよう」


 一方、幽霊の足止めをしたロザリー達への評価についても認められはしたものの、大事な宝石を奪われた事でその報酬も帳消しとなり、彼女達は引き続きの薄給生活を余儀なくされた。

 いや、むしろ今後の希望が断たれた事でその瞳はさらに光を失い、もっぱら幽霊のように仕事を求め街を彷徨う姿がしばし目撃されるという噂すら流れた。


 果たしてそんな彼女達に明日はあるのか。戦え、負けるな、新人冒険者!




************




「ふふっ、ふふふっ……」


 ――闇の中、小さな嬌笑(きょうしょう)がこだまする。血のように赤い瞳をした少女は、真っ赤なルビーをその胸に飾り、まるで絵画のようにアンティークチェアの上に座した。

 廃墟と化した屋敷にて、彼女は次の獲物を狙い定める。久しく忘れていた胸の昂ぶりと共に、永遠の孤独を癒やすであろう、その標的へと……。


―次回予告―

 は? 次回予告? そんな事どうでもいいわ。

 もう我慢できない。あいつら、散々人の事こき使って!

 このアタシが絶対にギャフンと言わせてやるんだから! 見てなさい!!


 第35話「冒険者ギルド」

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