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第3話 『聖女暗殺作戦』

 “逆十字”。それは、神への叛逆(はんぎゃく)を意味する誓い。


 太陽を模した正円と、それを背負うように立つ翼の生えた聖人。本来のガーディアナ聖十字が意味する所は、人を越える者によってもたらされる永遠の祝福である。逆十字はそれをそのまま反転させ、地から這い上がる蛇を従えた、逆さ吊りの愚者を描いたものだ。


 そんな逆十字の御旗が掲げられた司令室では、すでに兵士十数人と、副団長キル、そして団長ギュスターがいつものようにロザリーを待っていた。


「お待たせ。なかなか髪が乾かなくって」

「遅いぞロザリー。そういえば誰かさん、女は捨てたとか言っておらんかったかのう。さっぱりと切ればよかろうに」

「あなただって、枯れたとか言っていつまでも水場から去らなかったくせに!」

「まあまあ、自分なんてそうそう捨てられるものではありませんよ。ねえ、団長」

「キルよ、お前までワシをそういう目で見ておるのか……とほほ」


 会えば口論ばかりの二人をキルがたしなめる。兵士達もにこやかにそれを迎えた。

 よく見ると先程ロザリーの沐浴(もくよく)を覗いていた兵の顔には、殴られたようなアザがあった。彼はギュスターによる指導を受け、どうやら心底反省している様子である。

 それを見るにつけ、ロザリーは大丈夫? と、またも無防備に近づき、そのアザに優しく触れるのだった。


「ジャン、どうしたの? 組み手か何かの傷?」

「ロ、ロザリー隊長! 自分は、その……うう」

「泣かないの、男でしょ」


 ついに不甲斐なさに泣き出した兵士の涙まで拭ってあげる始末である。周りの兵士達もまた、羨ましげにそれを眺めた。


「かああー、あれでは折檻(せっかん)した意味がない。兵を骨抜きにしておる自覚はあるのか、あいつは」

「あはは、あれが彼女の良いところですよ」


 ギュスターが愚痴(ぐち)を吐き、キルが笑う。それが逆十字の日常であった。どこか緩んだ空気を察知したロザリーは、気を引き締めるために今作戦の概要について話を切り出す。


「それで、今回はどういう作戦? 私ならいつでも戦う準備は出来ているわ」


 それまでロザリーに集まっていた視線がギュスターへと注がれる。逆十字における作戦は、機を見る能力に長けた彼が毎回立案しているのだ。


「ふむ……」


 ギュスターは広げた地図を眺め、思案するそぶりを見せた。

 逆十字は通常、諜報を担当する兵が情報を集め、魔女狩りなどの動きがないかを探っている。そのほかにもギュスターは特殊な情報筋を多数持ち、ガーディアナの動向を逐一(ちくいち)把握していた。


「実はな、良くない状況が差し迫っている。ここローランドに駐屯(ちゅうとん)しているガーディアナ軍が、次はアバドンを攻めようと軍備を拡大し南下しているのだ。つまりはここ、逆十字の拠点付近にも近々捜索の手が入るだろう」

「なんですって……」


 この期に及んでガーディアナはさらに侵略の手を広げるらしい。

 アバドンとは、ローランドのさらに南に位置する、生粋(きっすい)の戦闘部族が統治する民族国家である。ここもまたローランド同様、魔女の力を特別視しており、中でも優れた力を持つ者を勇者と呼び崇めている。それまで部族間の争いが絶えなかった国を、ひとりの魔女が統一したという武勇は近隣諸国にも轟いているほどだ。


「次は勇者の国……ね。忙しいことだわ」


 確かに、魔女の粛正を望むガーディアナにとって、アバドンは見過ごすことのできない存在となりつつある。逆十字としても隣国に位置する味方としては心強いが、都合の悪い事にガーディアナがアバドンへ進軍する際には、この近くの山道を通るしか道はない。参謀役を務めるキルも、これには難色を示した。


「安全と思われたアバドンの近くを陣取った事が裏目に出ましたね。ここは山岳地帯で、ほぼ誰も訪れない土地ですが、だからこそ人の生活している形跡は嫌でも目立ちます。見つかったらひとたまりもないでしょう」

「ふむ。この際ワシらもアバドンへと逃げ延び、彼らと共に戦うという選択肢もあるにはあるが、なにぶんあそこは死の土地とも呼ばれているほどに劣悪な環境下にある。辿り着く前に、兵站(へいたん)も貧弱なワシらではそもそも持たんだろう」

「ちょっと待って。南下してくる軍には、奴もいるの? だったら、私は……!」


 何かを察したのか、ロザリーは興奮気味に食らいついた。奴というのは、ロザリーにとって、いや、ここにいる皆にとっても同様に憎き仇、ガーディアナの司徒ジューダス゠グリューエンの事である。

 司徒とは、各教会を取りまとめる司教と同等の権限を持つ、選りすぐりの軍人達。中でもジューダスは並外れた凶暴性によりローランドを攻め滅ぼした、まさに獣のような男である。その緊張に、ロザリーはいつかの脚の傷が疼くのを感じた。


「ええ、おそらく。ですが、だからこそ戦闘は避けるべきでしょう。あなたにとっては復讐のチャンスかもしれませんが、同様に全滅の危機でもあります。司徒というのは、ただ強いだけではない。それは、あの時対峙(たいじ)した我々なら分かるはずです」

「けれど! 奴の統治下でどれだけローランドが腐敗したと……!」

「ロザリー、忘れたか。あの時に我々が払った犠牲を」


 ここにいる誰も、ローランド戦役で受けた心の傷はまだ癒えてはいない。ロザリーは言いかけた言葉をこらえ、歯を食いしばった。


「くっ……」

「まだその機ではない。お前の力も、未だ目覚めてすらおらんではないか。奴とやり合うには、マレフィカの持つ異能の力が不可欠じゃろう」


 それは、自分がなにより分かっている。中途半端な力が生んだものは、二度と戻る事のない命。現時点での力量を看破され、ロザリーは黙り込んだ。


「さらに、前回の作戦で仕留めた人物が意外に大物であったようでな。我々に対する本格的な殲滅指令も下されたらしい。そこでじゃ、そろそろここを出ようと思う。名残惜しいが、一時撤退というやつじゃな」


 ギュスターは突然声色を変え陽気に振る舞うと、兵に何かを持ってくるように命じた。言われるがままに兵が持ってきた物は、変装や、仮装に使われる衣装箱。さらに短剣や鞭、果ては大きな玉など、とても引っ越しの為の荷物とは思えない。ロザリーはそれの意味するところを全く理解できずにいた。


「ギュスター、何かしら……これは」

「うむ、という訳で、ワシらは大道芸人に転職する。もうレジスタンスなど流行らんでな」

「はあっ!?」


 ロザリーは怒りに震えた。そしてその箱から目に付いた短剣を取り出し、ギュスターに向かって投げようとする。


「どわーっ! 違う違う! タンマじゃ! これが作戦なの!」

「え? どういう事……?」


 冷や汗をかいたギュスターが動悸(どうき)を抑えている間、キルが作戦を説明した。


「つまり、このまま大道芸人になりすまし、こちらからガーディアナへ潜入しようというのです。攻めと守り、これを同時に行うのは難しい。そこで、この機会に攻勢に打って出る。奴らにとって勝ち続きの今にこそ、油断があるはずです」

「うむ、奴らの腹の中に潜り込むのに、今がうってつけの理由もある。それはずばり、一年に一度開催される聖誕祭(せいたんさい)じゃ」


 この時期、ガーディアナ教国の地方都市ウィンストンには、世界中から数多くの冒険者や旅人、詩人、芸人などがこぞって訪れるという。これは、一年を通して最大の祭典のためである。ガーディアナの象徴、聖女セント・ガーディアナの聖誕祭が行われるのだ。


「我々があの国に入り込めるとしたら、聖誕祭の時期くらいでしょう。入国には大金が必要になりますが、その路銀(ろぎん)も大道芸で稼ぐ寸法です」

「聖女セント・ガーディアナ……こんな荒廃した世界を作っておきながら、誕生祭なんて……」


 彼女の名声はロザリーもよく知る所である。その力にて、魔から人類を救うと言われる神の巫女。

 実際、ガーディアナ教はこの聖女を掲げる事によって、勢力を一気に拡大したとさえ言われる。幾度となく奇跡を起こし、救世主の再来とまで言われ、世界中から愛される、まさにガーディアナそのものとも言える存在である。

 そして同時に、魔女にとって最も遠く、その屍の上に立つ忌まわしき存在……。


「その聖女を、我々が暗殺する」

「なっ……」


 ギュスターの声色が再び冷たく変わった。その重い空気に皆、一様(いちよう)に沈黙する。ロザリーは怒りから一転、かつて無い規模の作戦に少しだけ震えた。


「聖誕祭のパレードには毎年、聖女が現れるそうです。彼女はその姿を人前に晒す事はほとんどありませんが、歌声を聴いたという者は大勢います。おそらく本物でしょう。この作戦、犠牲は大きいかもしれませんが……」


 この時を待っていた。これまでの苦難も辛酸(しんさん)も、全てはこの一撃のため。

 ロザリーは全てを終わらせるため、キルの言葉を(さえぎ)り、皆に言い放った。


「聖女の暗殺……私にやらせてほしい。彼女が魔女を裁くと言うのなら、魔女である私が、彼女を裁いてみせる……!」


 その先に何があるのか、今は分からない。だがギュスターもキルも、皆が頷いた。それだけがこの地獄を終わらせる唯一の道であると信じて。




************




 それからというもの皆、迫り来る聖誕祭の日に向けて大道芸の技をそれぞれ仕込んだ。

 

 ロザリーが担当するのは投げナイフ。ショーのために少しきわどい衣装に身を包まなければならなかったが、ギュスターに言いくるめられ、最終的に紅一点として仕方がないと飲みこんだ。母の形見であるフリルをあしらった黒のラバードレスは多少サイズがきつい上に、デコルテの露出も多い。隠し武器として、ふともものガーターベルトに仕込んだ短剣が合計で6本。まるで暗殺者である。


 キルはジャグリング担当。ボールやスティックを次々と投げ上手くキャッチするというものだが、謎の才覚で一発で覚えてしまった。世が世ならそれで食べていけるとギュスターも太鼓判を押す。こちらもシルクハットをかぶったタキシード姿がまぶしい。


 ギュスターはピエロに扮し、皆の芸をまとめ上げる。子供好きな彼にとって、場を盛り上げるのはまさに独壇場(どくだんじょう)である。カラフルな衣装が、彼の性格と相まって滑稽(こっけい)な様相を醸し出した。

 残る兵士達は雑用や、手品で使う野ウサギなどの調教に追われていた。おそらく、逆十字としては最大最後の作戦。時間はわずかにしか残されてはいなかったが、皆はこれまで以上に奮起し、それぞれの役割をこなしていった。






「本当に、上手くいくのかしら……」


 旅立ちの前夜、ロザリーは少しだけナーバスになり、キルに相談を持ちかけた。逆十字の稽古場にある切り株で作った椅子に二人で腰掛けると、思わず距離が近い事に気づいてロザリーは紅潮した。


「ロザリー、どうしました? 少し顔が赤いですが」

「お、お風呂に入ったから……涼みたくて」

「ええ、でしたらちょうど良かった。見てください、星がとても綺麗ですよ」

「わあ、ほんとう……」


 キルと二人、思ってもみないロマンチックな時間が流れる。ロザリーは深く息を吸い込み、改めて隣の彼を見る。


「キル、あのね、私……」

「いいえ、言わなくてもあなたの本心なんてすぐに分かりますよ。作戦の事が心配なんでしょう」


 本心は、確かにそうだ。けれど、その奥にある気持ちまで見透かされそうで、ロザリーは少しだけ距離を離した。


「まあ……だって、相手はあまりにも……」

「そうですね、成功率はあまり高くはないかもしれません」

「あなたがそんな事を言わないでよ」

「あはは、そうでした。でも、これが今我々がとれる最善策でもあります。この戦力でガーディアナに刃向かう事自体、馬鹿げているんですから」


 キルの言うとおりだ。ローランド戦役の際、自分達は今の何百倍もの戦力でガーディアナの内、わずか一つの軍に屈したのだから。


「私は、正直言うと初めは賛成できなかったんですよ。そもそも、聖女に罪はあるのかという前提に引っかかってしまいましてね。本来立ち向かうべきは、全ての元凶である教皇リュミエール。しかし、それを守る十二の司徒と、その十二の軍を掌握する彼に弓を引いた所で勝ちの目はありません。だから我々はそこから目を背け、こんな姑息な手を……」


 暗殺という野蛮な作戦にあたり、キルはその胸の内を吐露(とろ)した。だが、それは違う。ロザリーは彼らにもたらされた行為によって、ずっと憎しみを研いできたのだ。


「罪の有無を言うのならば、私達ローランドにも罪など無かった! 私にも、あなたにも、死んでいった仲間達にも! そして、あの子(・・・)にも……! けれど、聖女は多くの魔女をこれまでに葬ってきた。これくらいの鉄槌、むしろ安いくらいよ!」

「そうですね、だから私も最終的に賛成したんです。でも、誰かがその憎しみを断ち切る事も必要な気がして……」

「ふっ……」


 レジスタンスに身を置いておき、矛盾(むじゅん)の塊のようなキルをロザリーは笑った。


「全てが終わった時、それは訪れるわ。私達が考えても仕方がない事よ。でもね、私達は正義の味方をやっているんじゃない、これは誇りを取り戻す戦いなの」

「ええ……。ですが忘れないで下さい。もしそれ以外の手立てが作戦の中見つかれば、自分の正しいと思ったほうに進むべきです。これは臆病者のたわごとですが……」

「まあ、覚えておくわ……」


 そんな会話の中、兵士達が移動の準備ができたことを二人に伝えた。一生懸命に一つの目標に向かって全力で向かう。そんな光景に、改めてロザリーは胸を打たれる。


「いいものね、仲間って。一人ではとっくに折れていたかもしれない。いつも命を賭け最前線で戦うあなた達の事、私は誇りに思うわ」

「私も、皆がいるからこそ戦えるんです。だから、あなたも一人で背負わないで。みんな、あなたを大切に思う仲間なんですから」


 仲間……。ロザリーはその時胸に秘めた感情を、上手く表現できなかった。キルに対しては、それ以上の存在でありたかったのかもしれない。

 人はみな、恋に落ち、愛に生きる。そんな当たり前を、自分もどこか憧れずにはいられない。それは年頃の少女の、赤裸々な願い。


「ロザリー、どうしました?」

「えっと……キル……あのね、お願いがあるの。……この戦いが終わって私がいなくなっても、どうか忘れないで……ほしい」


 ロザリーは途切れ途切れにそう絞り出す。好き、ではなく、忘れないで、と。その言葉はどこまでも消極的であった。


――ロザリー……わたしの事、忘れないで。


 いつか聞いた、自分を愛してくれた子の言葉を思わず真似てしまった。あの子を失って、人を愛するということが怖くなった。だから、今はこれが精一杯の言葉。

 それを聞いたキルは、驚いた表情で言葉を返した。そんな事は当たり前だと。


「何を言うんですか、私はあなたを守るようブラッドさんに言われてるんですから。この命に代えて、守って見せます」


 ブラッド。ロザリーの父の名である。恐ろしい程の剣の達人であったが、戦争後、消息不明となる。キルはそんな父の最初の弟子であり、ロザリーにとっては兄のようなもの。

 そう、どこまで行っても、自分達は兄と妹……。


「うん……ありがと……」


 結局、何も言い出せなかった。マレフィカからの愛の告白など、と思うと。でも、全てを終えたら。もし、生きていたら。その時こそ……。


「では、我々も行きましょうか」

「ええ……」


 ロザリーは立ち上がり、夜空の向こうの明日を見つめた。

 いつかきっと訪れる、この星々のように輝かしいはずの未来を。


―次回予告―

 憎悪に研がれた刃は、ついに突き立てられた。

 この世を縛る(ことわり)の頂点へと。

 だがその先にあるもの、それは誰も知らぬもう一つの苦悩であった。


 第4話「ガーディアナ」

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