第3章 番外編 『パメラ・イン・ワンダーランド』
いつからか心に宿った、もう一人の私。
この子は純粋で、正直で、いつも明るく私を照らしてくれる。
そして、私にかけがえのない愛を教えてくれた。
でも、その子の居場所は一つ。私の心の中だけ。
だから、せめて、出来るだけその願いを叶えてあげたい。
そう思うのは、罪の意識から逃れたいから?
それでもいい。私は聖女であるのと同時に、魔女でもあるのだから……。
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『ようこそ、マジカルリアリティーワールドへ! ここでは、あなたが物語の主人公です。この装置にいながらにして、様々な世界へと旅立つ事ができる魔法の空間。夢のようなあなただけの冒険が、今始まります!』
誰もいないのに女性の声がする。それは人間の話す口調とは違い、少し無機質であった。
「今、喋った?」
――ううん。
パメラは思わず心の声に問いかける。それはそうだ、聞こえてきたのは大人の女性の声なのだから。
パメラにはマジカルなんとかの意味がよく分からなかったが、持ち前の好奇心を刺激された事だけは確かだ。さっそく、目の前のスタートと書かれたパネルに手を触れてみる。
『レッツ、マジカルアドベンチャー! まずは、あなたのアバターを選択して下さい』
「あばたあ……?」
――見て見て、たくさん服が選べるよ!
真っ白な空間に、ずらっと並ぶ色とりどりのお洋服。フォーマルな純白のドレスから、カジュアルなワンピース、ゴシックやロリータ、勇ましい鎧姿などまで何でもござれだ。
「じゃあ私、これがいい」
――あっ、かわいい! 絵本に出てきそうだね。
パメラはその中から薄い水色のエプロンドレスを選んだ。すると、パメラの着ていた街娘スタイルの衣装はアバターと同期し、選択した衣装へと変わった。頭には、リボンの付いた同じ色のカチューシャをのせる。
「わあ! 自分じゃないみたい」
――すごいすごい! へえ、これで色んな恰好ができるんだね。
ご機嫌にくるっと回ってみせるパメラ。まるで大好きな絵本の主人公になった気分である。
『次に、パートナーのアバターを選択して下さい』
「パートナー、あなたの事だよ」
――ふーん、主役じゃないんだ。じゃあ聖女様に合わせて、このウサギでいいや。
声に従って適当に選ぶと、白ウサギの着ぐるみを着たパメラのアバターができあがった。そこから髪の毛のみシルバーへと変更してみると、すっかり生前の時を思わせる姿となる。
――あ、この子わたしだ! すごい、うそみたい!
「ふふっ。アルテミスって、すごいね!」
二人のパメラが今いるところは、とてもふしぎな世界。
魔法の発達したアルテミスという国のMR〈マジカルリアリティ〉装置の中で、パメラは内に宿る心の声と共に初めての娯楽を楽しんでいた。
これはその中の一つ、マジカルアドベンチャー。利用者の脳波を測定し、魔法で作りだした仮想空間の中で自由に動き回れるというアトラクションであるが、パメラの場合は不思議な事に、自動的に二人プレイと認識されてしまったのだ。魔力で搭乗者を検知する装置的には、同時に二人入ってきたように思えたのだろう。
心の中のパメラは久々に自分の体を得た事に興奮を隠せない。二人はそこで、初めて抱き合って見せた。
――触った感覚まであるよ、聖女様!
「あははっ、あったかーい!」
『それでは最後に、冒険するワールドを選択して下さい』
ガイドの案内と共に画面に出てきたのは、剣と魔法の世界、超古代の世界、荒廃した世界など、あらゆるここではない色とりどりの世界。
「行きたい世界を選ぶんだね。じゃあ、平和な所がいいな」
――わたしも。この世界にいると疲れちゃうよ。戦争ばっかりでさ。
「ごめんね、私が止められたら良かったんだけど……」
――あっ、違うよ! 聖女様を悪く言ったわけじゃなくて。
パメラは冗談だよと笑いながら、服に合わせて童話のような世界を選んだ。続いて、『プレイヤーの脳波から、好みの展開となるように情報を参照してイベントを形成します。よろしければスタートボタンを押して下さい』との注意書きが書いてあるが、意味はよく分からない。
「まあいいや、ここにする!」
『ワンダーランドを選択しました。ここは、ふしぎな国の世界。目的はただ、ふと迷い込んだこの世界から脱出する事。基本的に争いのない平和な世界です。では、いってらっしゃいませ!』
――要するに、聖女様の頭の中にある出来事が起きるって事かな。もしこれがわたしの世界だったら、ちょっと大変だったかも。
「何が大変なの?」
――えっーと……えへへ、なんでもない。
自分が読んでいたのはギュスターの官能小説ばかりだったなどと言える訳もなく、心の声はごまかすように先を進んだ。
『ここからは名義上、プレイヤーをパメラ。パートナーをパメラビと呼ばせていただきます。あるとき、森に出かけていたパメラは、そこで不思議なウサギを見かけます。思わず捕まえようと追いかけた先には、深い穴がありました。そこへ逃げ込んだパメラビと共に、ゴロゴロと落ちてしまう所から物語が始まります』
――なに、パメラビって、ぷぷっ。
「あ、ごめん。私が考えたの。ラビットだからパメラビ、いいでしょ」
――うーん、まあ、どっちもパメラだもんね、いいよ!
「あ、何か見えてきたよ」
『落ちていく薄暗い穴の中、いろんな景色が現れては消えていきます。それはあなたの小さな頃の思い出の数々です』
「なんだろう、黒い景色ばかり……」
――思い出したくない記憶があるって事?
「というより、よく思い出せないって言った方がいいかな……」
『そうして穴を抜けた二人が着いた場所は、のどかな森の中のようでした。そこでは、おかしな生き物達が愉快に語り合っています。たとえばオオカミだったり、キリギリスだったり、3匹のブタだったり』
「ほんとにここ、よく絵本で読んだ世界だ。でも、色々混ざってる」
――聖女様の世界って、子供っぽいね。
「むー、ガーディアナでは絵本くらいしか読ませて貰えなかったんだもん。それに、いっつも寝る前に絵本を読み聞かせてくれる侍女がいたから、きっとそのせいだよ!」
心の声に子供扱いされた事に腹を立てたパメラは、好きだった童話の主人公になった気分で、動物たちに対し少し尊大に振る舞った。
「ねえ、あなたたち、ここから出るにはどうしたらいいの?」
『それに対し、オオカミが答えます』
「簡単だぜ。ここでオレ様に食べられれば、ゲームオーバーさ」
「始まったばかりなのに何を言ってるんだ、そんな事したら、また猟師に撃たれてしまうよ」
『キリギリスがオオカミをとがめます。そして、パメラ達に言いました』
「なあに、遊んでいればその内時間切れで出られるよ。それよりも君、歌は好きかい?」
「うん、私、歌好きだよ!」
――好きもなにも、この子は聖女様だよ? 歌声を聞いたらびっくりするよ。
「へえ、そいつはいいや!」
『それを聞いたキリギリスはバイオリンを取り出しました。そして、3匹のブタに言います』
「ほら、君たち早くここに家を造って。そこで歌いながら冬を越そう」
「ちぇー、いっつも働くのはボク達だ」
「適当な家を造ったら食っちゃうぞ」
『オオカミがさらに急かします。ブタ達は3匹で力を合わせて立派なお菓子の家を造りました。さながら、人をおびき寄せる魔女の家です』
「さあどうぞ。ため込んだお菓子で作ったんだ」
「やっぱり色んな絵本が混じってて、めちゃくちゃだね」
――おいしそう。この家、食べられるのかな……。
『二人はその家の中に案内されました。板チョコの扉、ゼリービーンズのソファ、ウェハースのテーブル。おのおの、それらを食べながらくつろぎ始めます』
――って、さっそく食べてるし!
「では、ここで一曲。イッツ・ア・ストレンジワールド」
『キリギリスはどこかで聞いた事のある曲を、でたらめに奏で始めました』
「ギギギーギーギー、ギコギコー」
パメラは少し顔をしかめる。絶対音感のあるパメラには、やや苦痛なメロディなのだ。
「んー! ちょっと貸して!」
自分に酔っているキリギリスからバイオリンを奪うと、パメラは同じ曲を楽譜通りに美しく弾いて見せた。
――楽器まで出来るんだ、聖女様すごい!
最先進国であるガーディアナ英才教育のたまものである。さらにパメラは演奏しながら歌ってみせる。まさに天使の歌声。これにはキリギリスはおろか、他の動物たちも呆気にとられた。
『そのメロディにつられて、飴細工の窓から覗いていたロバやイヌ、ネコやニワトリが合わせて演奏を始めました。まるで森のオーケストラ。小鳥たちも合わせてさえずります』
「「ラララーラーラー、ラララーラーラー」」
――ああ、すてきな音楽に、たくさんのお菓子。なんて幸せなの……。
『そう、幸福はすぐ近くにあるのです。ずっと探しても見つからなかった幸せの青い鳥は、パメラの事だったのでした』
――ん? そんなの探してたっけ。ずいぶんと話が飛んでない?
『そんな青い鳥を狙い、突如、魔女が現れます。深い緑色の帽子が目印の、少しきわどい格好をした若い魔女でした』
――もう、次から次になんなの!
「アハハッ、探したよパメラ。さあ、魔女の森へ帰るよ!」
「えっ、ティセ?」
『突如として現れた魔女は、なんとティセでした。お菓子の家は魔女の放った炎によって、ドロドロと溶けていきます。動物たちは悲鳴を上げながら逃げていきました』
――尺の都合か知らないけど、ちょっと急すぎじゃない?
「そっか、私の記憶から登場人物が決まるなら、ティセだって出てくるよね」
「なに二人でこそこそ話してんの。いいから来るんだよ!」
『魔女はパメラ達を空飛ぶほうきに乗せ、連れ去ろうとしました。しかし、そこに大勢の兵隊が駆けつけてきます。鎧にトランプの模様が描かれた兵士と、それを率いるハートの教皇です』
そこにいたのは、まさにパメラの悪夢とも言える存在。赤と黒のガウンに身を包んだ、教皇リュミエールであった。
「お前達が森を騒がせる魔女か」
「うそ……リュミエール……」
――えっ、そんな……。
童話の世界にまったく似つかわしくない冷徹な目がパメラを見据える。争いのないはずの世界に、なぜ彼がいるのか。パメラは、それだけ彼が自身の深層心理に深く存在している事を、嫌でも思い知らされてしまった。
「リュミエール、どうしてここに?」
「我が名を呼ぶ馴れ馴れしい魔女め。お前達、この魔女共を捕らえよ。裁判にかけてくれる!」
『教皇の一声で、トランプ兵達は一斉にパメラ達に襲いかかります。なんと、パメラとティセは抵抗も空しく彼らに連れて行かれてしまいました』
――聖女様!
「パメラビちゃん! あなたは逃げて!」
「なにすんのよ! アンタ達、みんな燃やしてやるんだからー!」
『魔女の遠吠えが空しく響きます。残されたパメラビは、ひとり、わんわんと泣き出してしまいました』
――な、泣いてないよ! でも、どうしよう……。
ここはパメラの世界。強く願えば、記憶の中の人物が現れる。
だけど、何かおかしい。なぜなら、二人が一番想うはずの人物がまだ現れてはいないのだ。
――ロザリー、助けて……。
それは二人にとって最愛とも呼べる人。
パメラは思いの丈を込めて願った。こんな時、あの人は絶対に来てくれる。
自分はともかく、聖女様のピンチなんだから!
「私を呼んだかしら?」
『すると、しょんぼりとしているパメラビットの前に、赤いマントをひるがえし、金の鎧を纏った麗しい騎士が現れました。この世界において最強の存在、ロザリー王子です』
――ロザリー……!
「どうしたのかしらウサギちゃん。ほら、泣かないで、可愛い顔が台無しよ」
――もう! 何やってたの、遅いよ!
「えっ、ごめんなさい、これでも急いで来たんだけど」
これはあくまで物語であり、キャラクターには必ず何らかの役割と出番が必要となる。やはり、ヒーローはピンチに現れると昔から相場は決まっているのだ。ロザリーは楽屋裏で、ずっと出番待ちをさせられていたようだ。
「もう、私なんて朝一で入ったのに何時間待たされたと思う? それに比べたら……あ、セリフセリフ……えっと、私はロザリー王子。ウサギちゃん、お怪我はない?」
――うん、私は大丈夫。でも良かった……。夢でも、嬉しい……。
「そんな、大袈裟ね」
こうして自分の体で話したり、触れたりするのは5年ぶりだろうか。すっかりたくましく成長したロザリーに、パメラは抱きついた。それは柔らかな感触や匂いまで再現されており、まるであの頃に戻ったような気分にすらさせた。
――ううっ、ロザリー……。
「ウサギちゃん。連れ去られたあの子を助けるんでしょう、涙を拭いて」
――……うん。
このロザリーは、あくまで聖女のロザリーであり、自分の事を知るロザリーではない。でもそれでいい。今はこうして一緒にいられるだけで。
『そこから、二人の冒険が始まりました。いろんな童話の世界を二人で旅をしながら、ハートの教皇の待つガーディアナ城へと向かったのです。道中、かかしやブリキ、ライオンなどと出会ったとか、出会わなかったとか』
――あっ、せっかくのロザリーとの旅がはしょられた!
「何を言っているの? ほら、次の場面に行くから私達ははけましょう」
――とほほ……。
『一方、連れ去られたパメラ達は、恐ろしい魔女裁判にかけられる事となりました。法廷には、高い位置に教皇リュミエール。そして、陪審員である十二司徒がその下にずらりと位置しています。パメラとティセは、聴衆にヤジを飛ばされながらその中央に立たされました』
「「有罪、有罪だー!」」
「「魔女に裁きをー!」」
「どいつもこいつもうるさいわね! 全員丸焼きにしてやるわよ!」
『威勢の良いティセの言葉に、聴衆からはさらにブーブーとヤジが飛びます。裁判官でもある教皇はゴホンと咳払いし、場を鎮めました』
「皆の者、静粛に! これより魔女裁判を始める。訴状によると、被告人、パメラ゠クレイディア、貴様は歌によって人の心を奪う魔女であるらしいな。そして、ティセ゠ファウスト、貴様は火を放つ魔女として我々もその悪事を目撃している。よって、貴様達が魔女であるという事は、まさに火を見るより明白である」
「死刑! 死刑にするべきよ!」
『教皇の言葉に、陪審員席にいる司徒の少女が続けました。それは、パメラを常日頃から憎々しく思っているエトランザです。彼女は困惑するパメラを見つめては、チェシャ猫のように口を端々まで広げて笑いました』
「では被告人質問を行う。異議があれば申し立てよ。まずはティセ゠ファウスト、お前はあろう事か家に火を放ったな。これは邪悪な魔女たる決定的な証拠である」
「だってアタシ、魔法使いなんだもん。火くらい出せるわよ」
「魔法使いの女ならば、略して魔女ではないか!」
「へりくつだ!」
「お前にはれっきとした罪状もあり、魔女であると認定。有罪判決を言い渡す!」
『教皇の鶴の一声で、ティセは問答無用で連れて行かれてしまいました。「こんなの誘導尋問じゃない、弁護士を呼べー!」という空しい叫び声が響きます』
「では次、パメラ゠クレイディア。お前にはさしあたって罪状もなく、品行方正、おまけに容姿端麗で、歌が上手い。しいて欠点を上げるとするならば、おねしょが酷い事くらいか。しかしそれもまた純潔な少女らしい美点であろう……」
しみじみと語る教皇。やはり空想の世界でもリュミエールだ。ティセに比べると聖女に対するえこひいきが凄い。パメラは思わず赤くなった。
そんなやりとりに対し、陪審員席からもヤジが飛ぶ。
「くだらん、これが魔女裁判だと? そもそも魔女は崇高で気高い存在だ、なぜ裁く必要がある」
「貴様はー! 教皇様になんたる無礼か! この者達が魔女かどうかではなく、法によって善悪を裁く事に意義があるのだ! この魔女はすでに教皇様の心を奪っている、どう考えても有罪だ!」
『ダイヤの兵士長ジューダスとスペードの兵士長バルホークが、いつもの言い争いを始めました。相変わらず二人は犬猿の仲のようです。教皇は木槌をたたき、静粛にと一声。すると、次は一人だけカールした白髪のかつらをかぶった老人が、目を細めしゃべり出します』
「これではらちがあきませんな。ここは多数決といたしましょう。神に誓って、それを正式な評決とする。教皇様、いかがですかな」
「うむ、いいだろう」
『マルクリウスの提案に教皇は頷きました。尺もないのでその方が早いとの判断でしょう。尺というのは、このアトラクションの制限時間の事です』
「では、この者が魔女だという者。挙手を」
『その声には、陪審員の五人が手を上げました。エトランザ、バルホーク、マルクリウス、サンジェルマン、そして最近新しく司徒となった、その息子のアルブレヒトです』
「さあ、これで全員ですかな」
『十二司徒ですから、これでは過半数に満たないということになります。いや、違う。席に座っているのは全部で九人です。パメラとリュミエールは陪審員ではありませんし、残る一人は相変わらず欠席しているようでした』
「ふむ、賛成5に対し反対4。つまりは有罪という事ですな」
『トランプ兵達がパメラを捕らえます。魔女に対しては、火あぶり、水責め、拷問などの厳しい処罰が待っています。教皇は少し悲しそうに、可決するための木槌を打ち下ろしました』
「そんな……」
これは実際の裁判を多少コミカルにしたものであるが、言われなき罪を着せられ、このように魔女として祭り上げられた者は少なくない。多くの魔女から力を奪い、彼女達をこの場へと立たせたのは、紛れもなく聖女である自分。ガーディアナにおける負の記憶の一端を自ら体験し、パメラは改めて絶望感に襲われた。
(これが、魔女の最後なんだ……)
パメラはこのまま魔女として処刑されてしまう事が、自分の罪滅ぼしなのではないのかとすら思えた。この物語は、決して許されない、いや、許されてはいけない自分への罪の意識が生んだものだろう。
パメラは全てを諦め、瞳を閉じた。もはやこれが現実であろうと、非現実であろうと、その事実だけは確かなのだから。
『後日、パメラとティセの二人は火刑に処されることとなり、教会の前で磔にされてしまいました』
「わーん、なんでこうなるのよー!」
「火をつけられるのって怖いんだよ、ティセもこれでわかった?」
「うん、うん……!」
あのティセもすっかり反省している。彼女も一緒という事は、これも罪の意識によるものだろう。あの騒ぎで、確かに市民にも負傷者は出たはずである。
そういう意味では、この場にいないロザリーには罪はないという事になる。パメラはただそれだけで、どこか救われる気持ちとなった。
「魔女に、浄化の炎を!」
『教皇の声で、いよいよ二人に火がつけられる事となりました。たくさんの動物たちも、パメラ達の無事を祈りにかけつけていました。ですが、あまりに残酷な結末を前にみんないっせいに目を覆います』
「これで、罪が消えるのなら……」
パメラは最後に、歌を口ずさむ。あまりに美しいその歌声に、火刑執行者はその手を止めた。
――主よ、あなたにこの身を委ねます――
ある一節の歌詞である。それは、聖女の悲壮な決意とも取れる聖歌。そしてこの歌は、聖誕祭にてあの人を惹きつけた出会いの歌。
そう、この歌を歌いきり、自分はロザリーに身を委ねた……。だから、どこか期待している自分がいた。彼女は自分にとって、赦しの象徴。この身がどれだけ罪に塗れていても、最後に救いはあるのだと彼女ならば言ってくれるはずだから。
――御身の、子たる……セント・ガーディアナの……名のもとに……――
歌声は涙にかすれる。この歌が途切れる時、それが自分の最後となるのだろう。でも、どうしても声が出ない。いつもならばここで踏み出す勇気をくれていたはずの、もう一人の自分も今はいないのだ。
(やっぱり私、一人ではだめ……あなたが、いないと)
「パメラ! 諦めてはだめ!」
死を覚悟したその時、誰かが叫んだ。その声はとても懐かしく、そして、心を奮わせる。ああ、やっぱり。いつも、いつもあなたは、こんな時に来てくれる……。
「ロザリー……!」
『絶体絶命のピンチに現れたのは、ロザリー王子とパメラビでした。ロザリーはばったばったと、トランプ兵を蹴散らします。ジューダスやバルホークも剣を抜きますが、最強設定のロザリーには敵わずにやられていきます』
「ウサギちゃん、パメラ達をお願い!」
――うん! 聖女様、迎えにきたよ! ついでにティセも。
「ついでって何だこの」
「ありがとう……パメラビちゃん」
『再会した二人は抱き合い、喜び合いました。動物たちは歓声を上げます』
「なんという事だ。罪には罰を、それこそが道義というもの。……貴様ら、法をなんと心得る……!」
『教皇の声も歓声にかき消され、誰にも聞こえません。ついに、その場はロザリー一人によって制圧されました。最後にロザリーは教皇へと剣を突きつけます』
「罪には罰を、そして罰には赦しを。魔女である事がたとえ罪であろうと、私は反逆する。私達の運命は、私達が決める!」
これは、聖女自身の考えるロザリー。そう、ロザリーはきっとこう言うだろう。他の人物はどこか愉快にデフォルメされているのに対し、彼女だけはあまりにもリアルな輪郭を持っていた。
――そうだよ! 人の心までは、あなた達の思い通りになんてならないんだから!
心の声が叫ぶ。そう、彼女もまたロザリーを愛している。ならば、これは二人分の想いが生んだ結晶なのだ。
「パメラ、帰りましょう、私達の世界へ」
「うん……。私はこの人と、自分自身の罪に向き合う。だからリュミエール、あなたとはここでお別れ」
二人のパメラは登場人物達と共に次第に消えていく。リュミエールはそれを歯がゆく見つめる事しか出来ずにいた。
「おのれ……、おのれ魔女ぉ!」
『魔女審判は、こうして幕を閉じました。パメラの罪は消えませんでしたが、償いという思いによって、いつか消える日が来るのでしょう』
「本当に、そんな日がくるのかな……」
――うん、きっとね。ほら、ロザリー達も笑ってくれてるよ。
「パメラ、さようなら。ここでの冒険は終わりだけれど、また向こうで逢いましょう」
「ロザリー……」
『世界はキラキラと光り出します。ここは夢の国、あなたはやがて目を覚まします。ここでの出来事は、絵空事だったのかもしれません。ですがこれは、あなたの心で確かに起こった、不思議な冒険なのです……』
パメラ・イン・ワンダーランド おしまい。
『皆様、お疲れ様でした。これにて当アトラクションは終了となります。お忘れ物のないようにご注意下さい。それでは、またのお越しをお待ちしております』
――あーあ、終わっちゃった。
「うん……、そうだね」
あまりに現実的な非現実の体験から解放され、二人は呆然としていた。それよりも、自身の思わぬ深層心理を抉られたような内容を思いだし、パメラは顔を伏せた。
「やっぱり私は……許されちゃ、いけないんだ」
――そうかもしれない……。だけど聖女様、一人で背負わなくていいんだよ。私達は二人で一人なんだから、罪だって半分こなんだよ!
「半分こ……」
その言葉は、ずっと抱え込んでいた心の孤独をやさしく包む。
――それに、わたし達にはあの人もいるよ!
「あ……」
アトラクションから出たパメラの先には、ティセとピンポンで遊ぶロザリーがいた。彼女はすぐにこちらに気づいて手を振る。
「パメラ、楽しかった?」
「うん、夢の中にいるみたいだった!」
それは二人にとってのヒーロー。やっぱり本物は想像よりももっと素敵だ。
「ふふ、その夢には、私も出てきたのかしら?」
時々ロザリーはこうして、何気なく互いの繋がりを確かめようとする。そんな事は言わなくても当然なのに。
――聖女様。あそこで起きた事は、二人だけの秘密だからね。
(うん、言いたくても言えないよ。言ったら、またきっと心配させちゃうから)
それに対し、パメラはいつももったいぶるように答えるのだ。
「それはね……秘密だよっ!」
照れるように唇に指を当てるパメラ。ロザリーはいつもの声で、「パメラぁ」と拗ねる。
――うんうん。ロザリーの扱い方、だんだんと分かってきたね。
(こういう所は、あっちの方が格好良かったかも)
――言えてる。でも、これがわたし達のロザリーなんだよ。
思えば頻繁には現れない心の声と、こんなにはっきりと交流したのは初めてかもしれない。再び心の中に押し込まれた彼女は、少し感傷的な言葉をパメラへと投げかけた。
――でも、一緒に遊べて楽しかった。聖女様、ありがとう……。
(お礼なんてしないで。これからもたくさん遊ぼうね、パメラ)
――うんっ!
心の中にいる、私の最高のともだち。
ずっと、私が一緒だからね。
パメラは一人、心の中でそうつぶやくのだった。