第19話 『ラビリンス』
ラビリンス。
それは、かつて魔王の時代に造られた、対魔物用の戦闘シミュレータが行える遺跡である。地上においてはすでに消え去ってしまったレベル制などの天界システムをも再現し、救世主体験アトラクションとしても人気を誇る。
その構造は全10階からなり、奥へ進むほど難易度は増していく。プレイヤーは魔法で作られた空間に生身で突入する形となるが、魔物は全て制御された魔法生物であるため、命まで失う危険はない。最悪、先へと進むのが困難な場合はテレポーターによる離脱を行う。アイテム、装備等の持ち込みは禁止。スタートは初期配布装備のみで、コインによる買い物、内部でのモンスターからのドロップ、宝箱などのトレジャーによる装備の更新が重要となる。
冒険者による平均踏破記録は3階。名の知れた者達でも、5、6階が限度とされる。さらに、入る度に構成が変わるランダムシステムを採用しており、定石は通じにくい。
「まあ、簡単に説明するとこんなところ。分かってたけどウィキ見ても知ってる情報ばかりよね。アタシ、ソロで5階まで行ったことあるんだけど、そこでMPが尽きちゃってさ。本来ここパーティー用だから、そもそもが一人じゃ無理なのよね」
「ティセ、あなた友達いないの?」
「いっ、いらないのよ! アタシは群れなくても最強なんだから……」
まるで言い訳するようにティセはぼやいた。彼女がのぞき込んでいるのは、タブレット型のマジカルフォン。その中に、ラビリンスに関する攻略情報が記されたウィキというものがあるのだ。そこには常套句のように、パーティーでの役割分担が大事だと記されている。
「そこで、ロザリーさん達の出番にゃ。一人では出来ないことも、力を合わせれば絶対に乗り越えられるにゃあ」
「だからってアンタまでついて来る事はないじゃん」
「四人だとパーティーボーナスが得られるのにゃ!」
黒猫トゥインクルはロザリー達を連れ、ティセの部屋へと押しかけていた。お姫様らしく豪華な天蓋付きベッドにもたれマジカルフォンを見ていたロザリーは、ようやく一応のシステムを理解したようだ。
「つまり、エムピーというのを温存するために、序盤は私が戦えばいいのね。腕がなるわ」
「理想的なパーティーにゃ。前衛と攻撃職、回復職もいて、頭脳となるオイラ。まさに無敵にゃ!」
「最後のはいらん」
「そんにゃー!」
トゥインクルは金色の大きな瞳を涙でにじませた。自分の使い魔だというのに、どこかそっけない態度を示すティセを、パメラは不思議に思った。
「ティセ、なんでそんなにトゥインクルに冷たいの? こんなにかわいいのに」
たまらず、うなだれるトゥインクルを拾い上げるパメラ。そのフサフサの毛並みをなでなでしてあげると、寂しかったのかその喉がゴロゴロと鳴った。
「ん……別に、これが普通だから」
「そうだにゃ、いつからか、こうなったんだにゃ……。昔はもっと、いつも一緒だったし、ティセ達親子も仲良くて……」
「もういいでしょ、アタシの事は」
語る過去など何もないと、窓の外を見つめるティセ。そんな冷めた親子関係について、ロザリーは少しだけ気がかりだった事をつぶやく。
「これは余計なお世話かもしれないけれど、母親が生きているというのは私にとっては羨ましい事よ。女王様と、もう少し仲良くは出来ないのかしら」
「そうなんだ……。でも、うーん、ウチは特殊だから……」
「特殊?」
ティセは、少しだけ自嘲するように答えた。
「アタシの父親は、誰かわかんないのよ。でも、どっかの名の知れた魔導師だって噂があるの。あのお母様が相手に選ぶくらいだからね、きっと普通じゃないわ。でさ、アタシが子供の頃、なんやかんやで逃げられてるのよね。それからお母様、何だか性格がきつくなってね」
「そうなの……」
「別にどうでもいいけどねー。アルテミスは女系だから、男は立場が低いのよ。どうせ、こき使われて逃げたしたんじゃないの?」
実にからっとしたものだ。幼少期から父がいなかったなど想像もつかないロザリーではあったが、それ以上は立ち入らなかった。人には誰しも踏みいられたくない部分があるはずだと。そんなロザリーを察して、パメラも似たような境遇を語る。
「ティセ、私も自分のお父さんの事知らないよ。ロザリーも、今は離ればなれなんだって。でもきっと、生きてればどこかで元気にしてるよ」
「そっか、こういうの、アタシだけじゃないんだ……。なんか、ごめん」
ロザリーはどこか、同じ寂しさを共有するティセを愛おしく感じた。その腕は自然と、強がることでしか自分を表現できない、不器用な後ろ姿を抱きしめる。
「ううん、私達、仲間だもの……全部吐き出していいのよ。今は私達が家族みたいなものじゃない」
「暑苦しいんだけど、ばーか……」
チクリとした胸の痛み。こんな時、パメラの心は締め付けられるような痛みを覚える。家族なら、こんな感情は湧かないはずなのに。
「家族……私も、家族でいいの? こんな、私でも……」
「もちろんよ。あなたも、大切な家族でしょ」
いつからかパメラは少し元気がない。彼女らしくない、どこかそっけない言葉を投げかけてきた。つい、自分も同じようにしてほしいという思いから放った言葉であったが、そんなパメラに抱きついたのは、むしろティセのほうであった。
「パーメラ! どうしたの、アンタ。元気ないじゃん」
「あ、えっと……何でもない!」
――ティセ……。
次に胸を襲ったのは罪悪感。
ロザリーとティセ。二人の、もしかしたらあるはずだった未来をねじ曲げたのは、紛れもなくこの聖なる魔女。パメラはその胸の痛みを、自分への罰だと認識した。それと同時に、どこまでも明るいティセに救われた気持ちになった。
「ティセ、ありがとう……」
「何よ、変なの。正直アンタだけが頼りなんだからね、さあ、元気出す!」
「うん!」
パメラは聖女の力を存分に振るう事にした。何より、今はティセの力になりたい。そもそも相手が人間じゃなく魔物ならば、手加減などする必要はないのだ。
「じゃあ、ラビリンスはウチの地下からも入れるから、ついてきて」
ティセはおもむろに部屋に備え付けられた魔動装置を起動し、奥に開かれたドアへと入った。続けて皆が乗り込むと、その小さな空間は重力を操作したかのように浮遊し、下へ下へと動き出す。
「何なのこの国は……ガーディアナとはまた違った脅威だわ」
「魔動装置……すごい技術だよね。ガーディアナもこの技術を狙ってるから、本気で戦争を仕掛けないんだと思う。あと、この国に派遣されたピーターは戦争が嫌いな司徒だから、きっとそうならないように動いてくれてるんじゃないかな」
「何よパメラ、やけに色々詳しいじゃない」
「……って、いつか本で読んだの!」
そんな話をしている内、一同は移動装置によってあっという間に地下へと到達する。辿り着いたのは石造りの無機質な空間。その中央にある青白い光を放つ魔方陣からは、こことは違う景色が浮かび上がっていた。
「ほっほっほ、逃げずに来ましたな、お嬢様」
そこにはすでにストラグルの姿があり、こちらを試すように待ち構える。
「さあ、見せて貰いますぞ、マレフィカの力とやらを」
「ええ、暴走しないようにクリアすれば良いんでしょ。やってやるわよ」
そう答えながら、ティセはおもむろに服を脱ぎ始めた。
「ねえっ、なんで脱ぐの!?」
「ウィキに書いてあったでしょ、ここでは下着以外の装備は持ち込めないの。さ、アンタ達も早く脱いであの魔方陣に入って」
「……おじいちゃん、ちょっとあっちむいてて」
「おお、これは失礼した」
準備ができた三人と一匹は颯爽と魔方陣の上へと立つ。下着姿であり格好はつかないが。
「それでは、起動しますぞ!」
『システム、オールグリーン。ラビリンスシステム、起動します』
機械的な女性の声と共に、空間に白い文字が浮かび上がる。放たれる光の中、あまりのまぶしさに目を閉じると、次に開いた時にはまるで違う場所へと移動していた。
「これは……」
「空間転移? あの子の力みたい……」
どこまでも続く、真っ白な空間に唖然とするロザリー。すると、再びどこかから女性の声が聞こえた。
『ようこそ、ティセ゠アルテミス゠ファウスト様。本日のログインボーナスです』
「ん」
ティセの手元に、Lと彫られたコインが1枚現れた。ラビリンスコインという、アイテムに引き替える事のできる通貨らしい。毎回探索は一からとなるが、このコインが唯一の引き継ぎ要素となる。これを貯めることで序盤から有利な装備で始められるのだ。
「ティセ、魔力回復のアイテムが重要にゃ! 買い込むにゃ!」
「あ、期待しないでよね。アタシ、ログボさぼってたから。前回のリザルトと合わせて、20Lしかないわ」
「そんにゃ……それじゃ1つしか買えないにゃ……」
『初めての方もいらっしゃるようですね。まずは、職業を選んで下さい。職業に応じてボーナスポイントを割り振る事ができます』
「職業?」
「ほら、そこのパネルに入力するの。マジカルフォンと操作は同じよ」
「さすがにいい加減慣れてきたわ。まかせて」
ロザリーの目の前に、タッチ操作のできるパネルが現れる。その中には、たくさんのジョブと、それぞれのチュートリアルらしき文章が記されていた。
「私は剣士。パメラはそうね、僧侶かしら」
「えっと、私は上位職の司教が選べるみたい」
「え、中間職のプリーストより上か。アンタそんなに初期レベ高いんだ……」
『レベルや各ステータスは現時点でのプレイヤーの分析結果となります。参考程度にお考えください。それぞれ配布された初期装備に着替え、いよいよ冒険の始まりとなります。では、いってらっしゃいませ!』
「初期装備ってダサいのよねー。見てよこの布の服、ドラエクじゃあるまいし」
「何の話よ……」
「ドラゴンエクソダスよ。マジコン、いや、マジカルコンピュータのソフトね」
「何一つ分からないわ」
各種設定や買い物も済ませ、魔女達は最初のダンジョンの入り口に立つ。ここはどうやら暗い洞窟の中のようだ。どこからか、ぴちゃ、ぴちゃ、と水の音が聞こえる。
「何だか空気が悪いね」
「1階はスライムの洞窟か。まあ、楽勝ね」
続けてティセは「ステータス」と唱える。すると、目の前に文字の羅列が浮かび上がった。
――ステータス――
ロザリー゠エル゠フリードリッヒ 【ソードマン レベル11】
【HP】 100 【MP】 10
【力】 30 【防御】 25 【素早さ】 10 【魔法力】 1
【武器】 ロングソード〈攻撃力補整+5〉
【防具】 皮の鎧〈防御力補整+3〉
パメラ゠クレイディア 【ビショップ レベル30】
【HP】 30 【MP】 200
【力】 3 【防御】 2 【素早さ】 4 【魔法力】 255
【武器】 木の杖〈攻撃力補整+2〉
【防具】 布の服〈防御力補整+1〉
ティセ゠アルテミス゠ファウスト 【ソーサラー レベル12】
【HP】 50 【MP】 150
【力】 6 【防御】 4 【素早さ】 6 【魔法力】 40
【武器】 木の杖〈攻撃力補整+2〉
【防具】 布の服〈防御力補整+1〉
トゥインクル 【ペット レベル1】
【HP】 10 【MP】 30
【力】 1 【防御】 1 【素早さ】 10 【魔法力】 10
【武器】 なし
【防具】 なし
【アイテム】 魔晶石〈魔力回復 小〉 1個
【ラビリンスコイン】 0
――――――――
「は!? 何パメラそのステ。チートじゃん!」
「えっと、……うん?」
「ステータスの限度、装置が認識できる限界の255なんだけど。ガチ勢なの?」
「多い方が強いんでしょう。いい事じゃない」
「あまり多いと、難易度が変わるにゃ……。多分これでハードモードが適用されたはず。オイラが平均レベルを下げたのに、これじゃただの足手まといにゃ……」
ロザリーもパメラも言っている意味がよく分からないが、どうやらこれで平均レベル10以上となり、多少敵が強くなったらしい。
「でも私のレベル、やっぱり少ないのかしら。父さんが昔、レベルなんて99までしかないものは何の当てにもならないとか言っていたけれど……」
「お父さん、もしかしてカンストしてたのかにゃ……。だけど心配はいらないにゃ。これはあくまでゲームだから、冒険の開始時点では低めにでるにゃ。一般人をレベル1として、冒険者の平均がレベル5くらい、名の知れた冒険者で10あたりだし、ロザリーさんは十分高い方にゃ。ちなみにストラグルのじいちゃんは、レベル25だったにゃ」
「ま、あのジジイすら越えてるパメラがちょっと異常なのよ。アタシはロザリーに勝ってるし満足だわ」
「くっ、ほんの少しじゃない……」
とりあえず前衛であるロザリーは、皆の前を警戒しながら歩き出す。
「それにしても、魔物との戦闘なんてずいぶん久しぶりね。山奥にあった昔の拠点には、しょっちゅうトレントやワームなんかが出たものよ」
「それ田舎代表のやつじゃん。アルテミスにはやっぱ、飼われてた魔法生物が野生化した物が多いわね。グリフォンとかユニコーン。海にはクラーケンなんかもいるわ」
「いいなあ、ガーディアナにはもう少ないから。私も見てみたいな」
そんなのんきな会話を続けていると、突然ロザリーの肩に何かが落ちてきた。それはドロリと服を伝い、強引に中へと侵入しようとする。
「きゃあ! つめたい! なに、なに!?」
「あっ、それスライム! まって、火で殺すから!」
「ちょっと! 私に火を向けないで! あなた、加減を知らないでしょう!」
「じゃあはやく剥がしなさいよ!」
ティセはスライムを引きはがそうと手を伸ばす。しかしロザリーの胸へと入っていったそれを追いかけ、別のスライムをむんずと掴んでしまった。
「あっ……そこは……」
「ち、ちがっ、そんなつもりじゃ……!」
てんやわんやの大騒ぎに、すかさず軍師であるトゥインクルの説明が入る。
「スライムは人肌を好むにゃ! それに柔らかいものを味方と勘違いしてすりすりしてくるのにゃ。人肌は分裂するのに適度な温度だから、苗床に便利なんだにゃ」
「へえー、すごいすごい!」
パメラが初めて見たスライムに感動している中、ロザリーに襲いかかったスライムはすでに皮の鎧を溶かし始め、体中を這い回っていた。さらにみるみるうちに小さなスライムを産みだし増殖している。
「スライムは中でも、お尻の穴が好きにゃ。人の内臓で栄養を取り込みながら分裂を繰り返して産卵させるうち、最後には宿主の脳みそを乗っ取って移動式のコロニーを作るにゃ」
「ちょっと! お尻、おしり入ってきたわ!」
「バカ! アタシの方にまで来たじゃないの! パメラ! 見てないで助けなさいよっ」
「ふふ、私もほら、スライムになつかれたよ」
「バカー! 何アンタまでこっち来てるのよー!」
すでに辺りは増殖したスライムでいっぱいになっていた。三人はせっかく貰った装備をボロボロにし、お尻の穴の貞操まで失おうとしていた。HPはもう0だ。
「ここまでかにゃ……。たいていの初見さんはここでギブアップするのにゃ……」
「ちょっと、再挑戦までには1週間のクールタイムがあるんじゃなかった!?」
「みんな、お尻に力を入れて! 侵入を許してはダメよ!」
「アンタほど尻肉ないんだけど! ああっ、ちょっと入った!」
「パメラ、何とかしてっ!」
「わかった……じゃあ、ちょっと本気だす!」
パメラは手を前へとかざし、全身を発光させた。すると、パメラに張り付いていたスライムがしゅわしゅわと溶けていく。さらにその光は一斉に洞窟内全てを駆け巡り、どこからともなく他のスライムの残骸もボトボトと落ちてきた。見るとロザリー達にまとわりついていたものも、一切がすでに消えていた。
聖女の変容。自身を光り輝く姿と変える、聖女の奇跡。魔物など、悪しき存在のみに作用する力である。
「ふう。かわいかったのになぁ……」
「そんな事できるなら最初からやんなさいよっ! うひっ、ちょっと、お尻に入った奴が中で暴れてるぅ……!」
「どこどこ? これかな」
「アッー!」
パメラはティセの中へと指を入れ、そこから内部を照らし出した。ティセは発光体となりながらも、なんとか一命を取り留めるのであった。
「しくしく。おしりバージンが……」
『レベル3・スライムを撃破しました。おめでとうございます、第1階層、踏破です』
ファンファーレと共に、宝箱が現れる。どうやら、どこかに待ち受けていたスライムのボスまで倒してしまったらしい。続けて、ピロリン、とレベルアップの音楽が鳴った。パメラの経験値のおこぼれをもらい、何もしてないトゥインクルが無事LV2となったようだ。
「力がみなぎってくるにゃあ!」
「もしかして、ずっとこれで行けるんじゃ……」
「いえ、序盤は魔力を温存する作戦でしょう。次こそ私が倒してみせるわ」
「ロザリー、わあきゃあ言ってただけじゃん……」
トレジャーの中身は、ワンランク上の装備とコインであった。ちゃんと三人分用意されている。
「おっ、魔法のローブじゃん。このままじゃカッコがつかないもんね、助かったわ」
「1階層はほぼ、アトラクションみたいなものにゃ。別名、裸ビリンス。カップル冒険者なんかがスライムに服を溶かされて、嬉し恥ずかしラッキースケベ的な需要に応えたものだというにゃ。女王様がこれを考えてからというもの、ここの売り上げはうなぎ登りなのにゃ」
「あのババア……」
『それでは、次の階層へ転送します。お足元にご注意下さい』
「みんな、気を取り直して行くわよ!」
次の第2階層は鬱蒼と茂る森の中。ここは魔素を吸った植物、トレントの森である。ワラワラと湧いてくる樹の怪物だが、ロザリーによる木こり顔負けのブラッディスラッシュが次々に決まる。ロザリーは故郷にて幾度も退治したトレントを難なく撃破、面目を保つ事に成功した。
「特に面白みもない場面なのでダイジェストにゃ。もっと取れ高を意識してほしいにゃ」
「まるでさっきみたいな事が起きてほしいような口ぶりね……」
続く第3階層、ここはまたも薄暗い沼地。その中から這うように出てきたジャイアントワームにいきなり飲み込まれるロザリーであったが、なんと体内からその体を両断する事で生還するというエクストリーム脱出を決めた。
「ロザリー、大丈夫? 怪我してない!?」
「ええ。ワームは何でも飲み込むから、脆い内部を攻めた方が早いのよ。少し、酸を浴びるけれど」
「ご苦労様、どっちもアタシの炎で一瞬なんだけどね」
「温存よ温存!」
運良く倒し慣れた魔物が続き、勢いに乗る一行。
そして第4階層。ここは朽ち果てた王宮。一見すると宝箱がたくさん置いてあり、さながらボーナスステージのようである。
「ネタバレすると、この中のどれかがミミックにゃ。それに当たると全ての宝箱が消えて、ボス戦闘になるにゃ。何より運が試されるステージだね」
「それじゃロザリー、よろしく」
「仕方ないわね」
早速その一つを開こうとするロザリーに、パメラが問いかけた。
「ロザリー、何か感じる?」
「いいえ、何も」
「そっか……」
現在、心を読み取る魔女の力は封じてある。もしかしたら、こういう場面でこそ役に立つはずだったのかもしれない。
「でもまかせて、私、勘だけは良いのよ」
ロザリーは罠にも構うことなく宝箱を開く。すると、中にはロングソード+4と表示された、少し豪華な剣が入っていた。
「わあ、すごいすごい!」
「ふふ、だから言ったでしょう」
数回の素振りを行い、その性能を吟味するロザリー。
「うん、今までの剣よりも馴染むけど、やっぱり父さんの剣が一番ね」
「装備には+10までのランクがあって、その階層に応じた強さが設定されているにゃ。+4だと、はがねの剣くらいかにゃ。でも、ワームの酸で切れ味が落ちてたからちょうど良かったにゃ。砥石も買えなかったし」
「切れ味システムあるんだ、アレいる?」
「いるにゃ、緊張感にゃ! 薬飲んだ後はガッツポーズも必要にゃ」
「何言ってるんだか」
謎の熱弁をふるうトゥインクルをよそに、ティセの物欲は否が応でも高まる。そう、宝箱を空けて出会えるトレジャーこそがハクスラの醍醐味なのだ。
「ロザリー、アタシ、魔導師の杖+4がほしーな」
「まかせて。さあ、次よ次!」
得意げになっていたロザリーだったが、次の宝箱で無事ミミックを引き当てる。その大きく開いた箱に腕を挟まれるも、一進一退の攻防の後、ロングソード+4が見事宝箱の中に住む魔物を貫く。結局ロザリーは責任をとって一人で退治するのであった。
「運わるっ! いや、これが物欲センサーか……」
「はあ、はあ……異常に強かったわ……。宝箱を殻にした甲殻類なのね」
「ロザリー、傷治すよ。わ、すごく治りにくい傷跡……」
「ミミックの箱の内部はトゲだらけになっていて、中級者でも油断してると一撃でやられるにゃ。ロザリーさん、実は凄いんじゃ……」
「まあでも、ここまではこんなもんでしょ。次はマジでヤバいから、覚悟しておいて」
以前、ソロとはいえティセですら断念したという5階層。そこには、小鬼と呼ばれる魔物達の集落が存在するという。
「ゴブリン……。魔王の討伐後、あまりの残虐さにガーディアナ教が真っ先に絶滅させた魔物にゃ……。魔法で再現したものとはいえ、その姿はもうここでしか見られないにゃ」
「奴らは普通に殺しにくるからね。それに知恵もある。ここで装備を整えておきたかったけど、仕方ない。アタシも全力でやるわ。ロザリー、きついけど前衛お願いね」
「大丈夫、地獄は慣れてるから……」
ロザリー達の世代にとっては、すでに幻の存在であるゴブリン。しかし、どの時代でも血に飢えた人間は存在する。その残虐性において、一体彼らと何が違うというのか。
『それでは、続いて第5階層となります。ここからはやや年齢制限が上がりますので、小さなお子様をお連れの方はここで帰還する事をおすすめします』
いつもと少し違うアナウンスと共に、空間転移が始まった。
光が収まり目を開くと、そこは人間達から奪ったであろう、荒れ果てたゴブリンの集落だった。辺りには散乱した肉や骨の破片らしきものが見受けられ、どこか血生臭い。
「いつ来ても趣味悪いわね……誰よこれ作ったやつ」
「やけに生々しいのも、魔王の時代の再現なのかしらね。惨劇を忘れないようにするための……」
「そっか……昔の人って大変だったんだね」
ロザリーを先頭に、パーティーはおそるおそる集落の周辺を探索していた。もちろん死体などはフェイクであり、実際に殺される事もない。しかし、その恐怖体験のあまりのリアルさに、この階層で冒険者自体を辞めてしまう者もいるという。
「さあ、行くわよ……」
いよいよ集落の内部へ踏み込んだ時、招かれざる客に対し無数の殺意が向けられた。
「気配がある。前方、左の建物、右にも」
「気を付けて、奴らは弓を使うわ。魔法が使える奴もいる」
「そのようね……!」
ロザリーは突如、前方から放たれた矢をたたき切った。その軌道を辿ると、前方の建物の影に、ロザリー達の腰くらいしかない緑色の小人が次の矢をつがおうとしている姿が見えた。ゴブリンである。それを合図に、同時に左右からも衣服を着たゴブリンが現れ、火球と氷塊を放った。それらは咄嗟にパメラがバリアで凌ぐ。
「あぶないっ!」
「パメラさん、助かったにゃ。ロザリーさん、矢には糞が塗られてるから、当たっちゃだめにゃ!」
「ええ! 前方は任せて。二人は左右をお願い!」
「言われなくても!」
ロザリーは駆け出し、藁葺きの建物に潜む二匹のゴブリンを家屋もろともその剣にて両断した。ティセは火球を放ったゴブリン・メイジ達に、その数倍もの大きさの火球をぶつける。パメラは光の鏡を造りだし、氷のつぶてをそのまま跳ね返した。
グェー! という甲高い雄叫び声とともにゾロゾロと現れるゴブリンの小隊。それらは統率がとられており、向こうもパーティーを組み襲いかかってくる。
「これが、人間達から見た異端……」
「ロザリー、よけいな事考えない!」
それぞれが死力を尽くし、その一団と交戦する。しかし、いかにどう猛なゴブリンといえど、その思考は直線的。ロザリーにとってそれは与しやすく、かつてローランドで相対した悪鬼達の方が遥かに恐ろしく思えた。魔法職のエキスパートである二人にとっても、初級魔法しか使えない相手に後れをとるはずもない。
ピロンピロンとトゥインクルのレベルが上がる音が鳴り続ける。パーティーボーナスによって、ロザリー達も数レベルはすでに上がっていた。
「アタシ達にとっては雑魚だけど、キリが無いわね……!」
「パメラ、魔力は大丈夫!?」
「うん、あまり使わないようにしてる!」
「なんなのにゃ……、これが、マレフィカというものなのかにゃ……」
快進撃を続ける皆を、ただ感嘆し見つめるだけのトゥインクル。そこに、狡猾な魔の手が迫った。
「ふぎゃっ!」
トゥインクルはこっそりと近づいていたゴブリンに捕らわれ、人質に、いや、ネコ質にとられてしまう。
「トゥインクル!」
ティセが叫ぶ。彼女達は襲い来るゴブリンを相手取り、救出もままならない。ゴブリンは猫だろうと何だろうと、生きたまま喰らうという。トゥインクルの顔に、生臭いよだれが落ちてくる。それは使い魔とて例外ではないようだ。
「……ティセ、ごめんにゃ……、オイラここまでのようにゃ。何も出来ない使い魔だけど、ずっとティセの事、応援してるにゃ、みんなとの冒険、頑張るにゃあ!」
「ちょっとバカ猫、何諦めてんのよ! アンタそれでもこのアタシの使い魔なの!?」
「ティセ……!」
「ここで諦めたら、もう二度とアタシの使い魔なんて名乗らせないんだから!!」
その言葉は、二人の冷え切った期間を溶かすように暖かいものであった。そこにはずっと聞けなかった、ティセの本心が含まれていたのである。
思えば仲違いしたのは、ほんのささいな事からであった。トゥインクルは幼いティセの、魔法少女になりたいという願望が生み出した存在である。そして彼女を魔法少女にするという願いを叶えるために、いついかなる時もその近くに寄り添い、叶えてあげた。
しかし、時と共にティセの願いは変質する。思春期を迎え現実を知り、魔法少女などただの夢物語でしかないと、彼女は恥ずべき過去としてトゥインクルと共に記憶の底へと追いやったのだ。
それから数年、トゥインクルはずっと、ティセに振り向いて欲しいと願っていた。そして今、その言葉がやっと聞けた。そう、ご主人様にとって、自分はいつまでも恥ずかしくない使い魔でなければならにゃいのだ。
今こそ、使い魔の矜持を見せる時! 決意と共にトゥインクルは大きく口を開いた。
ガブッ!
「ギャギャッ!」
「ふぎっ……」
手を噛まれたゴブリンは、激昂しトゥインクルを叩きつけた。並みの猫であればつぶれる程の衝撃を受け、トゥインクルはぐったりと動かなくなってしまう。
「トゥインクル!!」
ちっぽけな勇気。それは、弱い自分に対する答え。そして誇り高くあろうとする誓い。それを踏みにじる事は、誰であろうと……
「……許さない」
ティセから無数の魔方陣が浮かび上がる。それらは瞬く間に消えては現れ、次から次へと魔法式を書き換えていく。それは彼女のマギア、高速詠唱の真骨頂。息もつかぬ間に全ての術式が完了すると、その辺り一帯の温度が急激に上昇した。
「アタシのトゥインクルに、手を出すなぁ!!」
ティセの炎は瞬時にゴブリンの集落全域を包み込んだ。為す術もなく次々に焼かれていくゴブリン達。トゥインクルを襲った者などは全身から炎を吹き上げ、骨すらも青い炎を放ちながらその場へと崩れ落ちる。
全体魔法ファイア・バーン。全てを燃やし尽くす、普通であれば数十秒は詠唱の必要な高レベルの術式である。
「ロザリー、こっち」
「ありがとう……。でもこれは、あの時の……力の暴走?」
パメラはバリアを張りながらロザリーとトゥインクルを救い出す。確かに、いつかティセが暴走した時のような魔力を感じるが、以前のように幻像の姿は見えない。
「うん、でも、きっと大丈夫。これは、誰かを想う力だから」
『レベル15・ゴブリンの撃破を確認。第5階層クリア、おめでとうございます!』
システム音声が戦いの終わりを告げる。そんな燃えさかる集落の中、ティセはたたずんでいた。だが以前と違い、どこか落ち着いている。そこへ、パメラによって回復したトゥインクルがとぼとぼと歩み寄った。
「ティセ、ごめんにゃ……」
「バカ……アンタのせいで、魔力使い切っちゃったじゃない」
「暴走はしなかったのにゃ、偉いにゃ」
「そしたら、一緒にクリア出来なくなるでしょ。そのための試験なんだから……」
ティセは照れながら答える。しかしその手は震えており、暴走の恐怖になんとか耐えた事を物語る。ロザリーはそんなティセの手を取り、魔力回復のアイテムを渡した。
「それ使って少し休んでいて。まだ先は長いわ」
「ん。そうする。ほら、トゥインクル、おいで」
「んにゃあ、ごろごろ」
すっかり子供の頃のように、ようやく二人は絆を取り戻したようだ。黒猫は魔女の使い魔として悪名高いが、それは教会によって作りあげられたイメージで、本来は古来より幸運の象徴である。ティセにとって、その辺りもガーディアナを憎む理由の一つだったのかもしれない。
『続いて第6階層となります。この瞬間、晴れてあなた方が今月の踏破ランキングトップとなりました。コングラチュレーションズ!』
「やれやれ、なんともおめでたい事ね」
「ホント、死ぬ思いしてやってる事がゲームだなんて、バッカみたい」
「ふふっ、でもティセが一番真剣だったよ?」
「う、うるさーいっ!」
そう膨れながらも、ティセは自分一人では出せない力がある事に気づきつつあった。これこそが、ロザリーの言う絆の力なのか。その答えを確かめるべく、少女は仲間と共に次のステージへと向かうのであった。
ラビリンス高難度編へ続く――。
―次回予告―
ラビリンスも後半戦。
さらに苛酷な罠をくぐり抜け、魔女達はひた走る。
果たして、その最後に待ち受ける者とは……。
第20話「ダンジョンマスター」




