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第23章 求愛の魔女 161.殉教

 かつて共に拳を、魂を交わした者同士の、裏切りの再会。


 誰の目にも、リュカの拳がロザリーを貫いたかのように見えた。

 しかし後ずさったロザリーにダメージは見受けられない。リュカもまた、こんなものが当たるとは思ってはいなかった。

 二人は何度も組み合ってきたからこそ、その癖を知り尽くしている。むしろ、容赦の無い先制攻撃などは彼女の十八番なのだから。


「悲しいけど、だいたい理解したわ。私の力の上限は、対象とどれだけ理解しあえたかで決まる。私とあなたの仲だもの、全部、お見通しよね……」

「そうかよ。ほんの少し前のあたいに聞かせてやりたい台詞だな。また舞い上がって、お前をもっと好きになってたんだ。きっと」


 結婚という出来事が、リュカに対して何かしらの影響を与えるだろうという事は予想していた。しかしこれはそれだけではない。彼女の感情の裏に、純粋なようで不純な想いを感じるのだ。


「あなたを弄んだのは誰? あなたはそんな簡単に妖仙の力を受け入れるような子ではないはずよ!」

「弄んだ……か。それは、お前だ……! あたいの気持ちには気づいていたはずだ! いや、あたいだけじゃない。みんな、お前の事を愛しているのに、なんで、なんで……!」


 獣のような咆哮と共に、リュカは突撃した。

 傷を負う体で彼女の攻撃をまともに受けるわけにはいかない。ロザリーは先読みにてその猛攻全てをかわす。


「リュカ……!」


 ロザリーには答える術が無かった。皆の事は確かに愛している。けれど、人の道を歩む以上、婚礼という儀式に則り誰か一人を愛する事が、誠実な答えだと思った。

 けれど、魔女としての道では違った。リュカをこうしたのは自分。それは紛れもない事実。


「だからあたいは、エリザを愛した! あいつは、こんなあたいでも愛してくれたんだ!」

「本当にそれは愛なの……? あなたから流れる感情は、どこか……」

「もう惑わせないでくれ! お前を好きでいた時より、今は幸せなんだっ……」


 リュカの妖力がさらに増した。いや、別の存在の魔力が上乗せされているようにも見える。エリザという魔女の力であろうか。

 給血(ストレングス)。これもまたエリザの異能。彼女から血を分け与えられ、その血を取り込み力を増したリュカの拳は、ついに先読みで対処できる反応速度を超えた。


(ここまでね……)


 レディナに受けた傷の痛みと共に、彼女に贈られた言葉を思い出す。攻撃とは魂の叫び。ならば、このリュカの懺悔を避ける権利などありはしない。その罪を作ったのは自分なのだから。


「悲しいな、こんな終わり。ロザリー……お前さえ、お前さえ……」

「ごめんね、リュカ……」


 リュカのとる構え。それはいつか一度受けた奥義、拳魂一擲。

 ロザリーの覚悟はその場にいた者の中で、より深く通じ合えた者にのみ感じ取る事ができた。そう、未だ愛を貫く少女のみに。


「ロザリー、だめえっ!!」

「なっ……!?」


 アニエスはロザリーへと身を挺し、抉り抜くような拳をその腹に受けた。


 絶望に身を置いた少女は、その瞬間、本当に大切なものはたった一つだと気づく。

 それは、愛。この思考をも超えた行動が、愛する人を救った。ここまで満たされた気持ちは生まれて初めてかもしれない。復讐に身を落として以来この身を蝕んだのは、飽くことの無い乾き。それが今、嘘のように消えていた。


 無惨にも風穴の開いた体が、ロザリーの腕の中へと沈み込む。


「アニエスっ、どうして!!」

「甘え、ないでよね……。愛なんて、ずっと、ずっと変わらずにそこにあるもの。……返ってこないとしても、永遠に愛し抜くものよ」


「なんで……なんでお前が出てくるんだよ……! あたいは、ロザリーに……」


 生暖かい血の感触に、リュカは正気へと戻る。これがロザリーの血ならば、果たして満たされたのだろうか。


「違う、違う……あたいは……」

「こうする事でしか、伝えられなかったんでしょ? でも、それは届いたよ。ロザリーは、あなたの愛を受けるつもりだった。でもそれじゃダメなの……私達は、一番愛する人の愛を、ただ愛してあげなきゃ……」

「う、ぐ……ぐあああっ! あたいは……あたいはっ!」


 同じ立場である少女の覚悟を受け、藻掻くように苦しむリュカ。その血に流れる熱い純愛が、その熱を奪う吸愛の呪いとせめぎ合うように反発しあう。煮えたぎるような血の浄化は、やがてリュカの姿を人へと戻していった。


「アニエス、私のせいで……ごめん、ごめんなさい……!」

「ろ、ざりー……パメラもここにいたら良かったんだけど、私、ケンカ別れしちゃった。だからあなたは、リュカと仲直りしてね……このままじゃ、悲しいよ」


 大量の血を流すアニエス。もう助かる事はないだろうと、ロザリーに弱気な願いを託す。


「ええ、私は誰も見捨てたりしない! あなただって……!」


 いつかそう誓ったはずのロザリーは、アニエスの手を握り祈り続ける。今は彼女に襲いかかる痛みを分かち合い、いくらか軽くする事しかできない無力に打ちひしがれながら。

 だが、そんなロザリーを通して、アニエスの愛が周囲へと広がっていく。この地をさまよう亡霊でさえも、今は嘆きの声を上げることはなかった。


「なんという慈愛……もしかすると彼女は、真の修道女であったのかもしれません」


 一つの奇跡を見届けたレディナは、真実を見抜こうともせずにアニエスへと向けた言葉を恥じた。ガーディアナの支配は、確かに植民地の末端までも行き届いている訳ではない。ローランドでの、いや、遠い辺境の各地では、腐敗した政治が今も横行している事など知らぬ身でもないと言うのに。


「でもっ、確かにあの子は皆を扇動し、私達を不幸にしたのです! きっと下女の自分が助かりたいから、みんなを引きずり下ろそうとしたのです!」


 アニエスを知る少女は反発する。それは修道女であるはずの言葉ではなかった。レディナは少女に対し、哀れみの表情を向ける。


「そのように人を憎む心こそ、あなたを不幸にしたのではないですか? それとも、あなたに同じ事が出来るというのですか? 真に救われるべき人々を救う。そのために多くの犠牲を被り、人々を導く。聖女様は、自分の意思で彼女達と共にあるのだとすれば……」


 ロザリオを手に、レディナは祈りの儀式へと入った。彼女に憧れる修道女達も、すかさず後に続く。


「祈りましょう。彼女が起こしたように私達もまた、奇跡を起こすのです! 彼女もまた、同じ志を分かち合った姉妹(シスター)なのですから!」


 それは神へと、そして聖女へと繋がる聖歌。彼女達は一日の三時間ほどを祈りに捧げる。そんな献身的な日々の祈りが、奇跡への(チャネル)を開くのである。


「アニエス、聞こえる? あなたのための歌よ……」

「えへへ、ちょっと照れくさいね……。実はね、私、パメラの為に歌を作ったんだ。あの子がこんな風に、世界中に歌ってくれたら……きっと……」

「大丈夫。パメラはきっと歌ってくれる。大好きな歌を、あなたの歌を。だから、アニエス……アニエス……!?」


 アニエスはそのまま瞳を閉じた。もはや感情はなく、次第に冷めていく彼女の熱だけがロザリーへと伝わる。

 不思議な事に、痛々しい傷は塞がっていた。その表情は安らかなままであった事が、ただ唯一の救いであった。


「ごめんなさい……私は、あなたの事を信じてあげられなかった。どうか、許して……」


 聖歌は途切れることなく砦中に鳴り響いた。

 無数の魂がさまようこの地で、お眠りなさいという母の鎮魂歌(レクイエム)のように。


 その不快感に、一人の少女が目を覚ます。

 人にとって心地良いはずの旋律は、歪んだ魂の持ち主にとって悪霊の絶叫に等しい。


「リュカ、リュカ……? どこ?」


 隣に眠るはずの、あの逞しい腕はそこになかった。ただ、たっぷりと吸った妖仙の邪気が自分の血にも駆け巡るのみだ。

 さらには、自らの施した吸愛(ラヴァーズ)の魔力すらも感じる事はできない。血のつながりだけが、二人を繋ぐ絆。それが本物の愛情ではない事を誰よりも知るエリザへと、闇夜のような孤独が襲いかかる。


「リュカ、エリザの事、嫌いになっちゃったの? 何でこんなに不安な気持ちになるの? 聖なる祈りが聞こえるから……? いや……やめて、やめてよ!」


 砦を破壊し、頭を抱え飛び出してきたのは、コウモリのような羽を持つ少女。

 真っ赤な夕日に浮かび上がるそのシルエットは、悪魔そのものであった。


「エリザ!? あなた一体……」

「いやあああ! エリザはその歌、仲間はずれにされてるみたいでやなのぉ!」


 エリザは凄まじいスピードで修道女達に襲いかかった。すると一人、聖歌を歌う事に抵抗を示していた少女だけが彼女の餌食となり、空へと連れ去られる。


「いや、いやあああっ!」

「じゅー、じゅうう……ぴちゃ、ぴちゃ……」


 全身の血を吸われドサリと落ちてきたものは、アニエスを告発した少女。レディナが駆け寄るが、その体は恐ろしく軽かった。おそらくもう助かりはしないだろう。


「ターニャ!」

「あ、あ……幸せ……愛が、いっぱい……」


 吸血鬼は快楽と引き替えに血を(すす)る。心地よい夢の中で死ねる事だけが、彼女達の救いであった。


「美味しい、美味しいよう……エリザ、ずっと我慢してきたんだよ。みんなキラキラで、私も修道女になりたくて、みんなの中に入りたくて……。でも、やっぱり無理ぃ……」


 泣きながら血を味わうエリザは、リュカの姿を探す。再び血を与え、再びその肉を求めるために。


「リュカ、やっぱり私達は、人間とは暮らせないのかもしれないね。二人で、どこか遠いところに行こうよ」

「エリザ……」


 リュカはまるで精気の無い顔でたたずんでいた。ロザリーとエリザ、二人への愛情のやり場が分からずに、内に秘めた愛そのものが対消滅してしまったのである。


「あ……、ああ……、ロザリー」

「リュカ? どうして他の子の名前を呼ぶの……? ほら、血をあげるから、また愛し合おう?」


 自分の舌を噛み、エリザは強引に血の滴るそれをねじ込んだ。しかしリュカは飲み込まず、血は空しく流れ落ちるのみ。

 それを空しく見つめるレディナは、少女の亡骸を並び立つ墓の一つへと運び、そこへ向けて聖なるロザリオをかざした。


「人はパンのみに生きるにあらず。エリザ……やはり、あなたを更正させることは出来なかったようですね。仕方ありません。皆さん、ロザリオと鉄の杭を! その首は、私が責任を持って()ねましょう……!」


 突然の豹変であった。母のような存在の口から紡がれるには、あまりに残酷な言葉である。


「え、みんな、いやだ……。なんでそんなの持ってるの? もしかしてエリザのこと、初めから信用してなかったの……?」


 人間にも二種類いると思っていた。修道女達は人の暗い面を一切持たない、信用できる者達だと。いや、そんな都合の良い人間など初めからいるはずもなかった事を、エリザは今さらながら理解する。


「もしもの時のためです。こんな事、絶対に起きてほしくはなかった。でも、吸血鬼の文献を読めば読むほど、あなた方は人類とは相容れない。だから、厳しい戒律を教え、私が管理し、問題が起きた時、責任を取る事になっていたのです。ごめんなさいね、エリザ……」

「レディナ、ひどい……ひどいよお……友達だと、思ってたのに……。ふっ……あは、あはは、あははははは!」


 けたたましい嗤い声が響く中、修道女達は果敢に吸血鬼へと立ち向かった。

 しかし悲しいかな、人間達はまるで非力であった。血で血を洗う凄惨な争いは、やがて一方的な狩りへと姿を変える。


「怪我をした者は退きなさい! エリザは明らかに闇に堕ちました! シスターの情は捨て去るのです!」

「くひっ、いひっ……! 肉、肉ぅ……! ディード、エリーゼ、グレタ……! 好きだった、好きだったよお!」

「ひいいぃ!」


 エリザの鋭利な爪は、バターでも削るように乙女の柔肌を削いだ。しかし、その心臓に手が届こうという瞬間、何かがそれを遮った。


「あなたがリュカを……、アニエスを……!」


 黄金に包まれた、まるで吸血鬼を倒すために遣わされたかのような騎士。神々しいまでの光を放つ剣は、鋼鉄をも切り裂く爪を根元から叩き折る。


「もしかして、お前がロザリー……?」

「だとしたら……!」


 全てが腑に落ちた。この女の力によって皆が同調を起こし、敵へと変えられてしまった。エリザはロザリーへと、責任転嫁とともにありったけの憎しみを向ける。


「お前がリュカをあんな風にしたんだ! お前があ!」

「あの子は強い子よ! 今回だって、きっと乗り越える事ができた。それなのに……!」

「否定される絶望が、愛される人間に分かるかあっ!!」


 何度か自慢の爪で打ち込むも、強化を経たロザリーには通用しない。相手がマレフィカの中でもかなりの実力と見抜いたエリザは、本気の本気を出す事にした。


「もう、どうなったって知らないよ。融合(ユニゾン)なら、エリザにだって出来るんだから! おいでっ、スピカ!」


 浮かび上がる幻像(スペクトル)が実体化し、無数のコウモリがエリザを取り巻く。彼女を包む闇は、次第に無数の棘に覆われた漆黒のボンテージへと変わった。


「私こそがヴァンパイアロード。この世界において、最強の存在。そう、絶対にお前にだけは負けない、ロザリー!!」

「くうっ……!」


 十字架の持つ神秘性を持ってしても、真の吸血鬼には通用しない。ユニゾンの力を纏ったロザリーでさえ徐々に追い詰められていく。


「皆さん、黄金の騎士を援護するのです! 聖なる祈りは、エリザの力を弱めるはず!」


 再び修道女達による聖歌が流れ出す。彼女達が唱える聖なる術のためか、エリザの動きが鈍った。


「エリザ! あなたにも修道女としての誇りがあるのなら、大人しく自害するのです! そして、次は人間として生まれ、共に愛を育みましょう。私はいつまでもあなたを待っています!」

「エリザに死ねって言うの? 嫌だよ! エリザはエリザなんだ! 私は私のままで、みんなに愛されたい!! だからもう、やりたいようにやるのっ!」


 エリザの魔力が膨れあがる。これぞ、人の世への未練のため誰にも使う事のなかった神化異能(マグナ・マギア)刑刺者(ハングド・ウィメン)

 その絶対的な支配力の予感に、ロザリーは叫ぶ。


「駄目、みんな避けて!!」


 エリザはコウモリの羽を魔力に変え、四方八方に吸血の棘を放った。その棘を防ぐ事が出来たのは思考を読めたロザリーのみ。レディナを始めとした修道女達は、次々に謎の棘に侵されていく。


「いたっ、くない……?」

「えっ、なにこれ……」

「うそ、気持ちいい……」


 笑みを浮かべ、エリザは訪れる変化を待つ。すると修道女達は、蒼白の顔になりながら全身を震わせた。進化の時である。


「はあ、はあ……もう、人間の中で生きるのはやめた。これからはみんなを感染させて、吸血鬼の王になるんだ。ふふっ、私のために、処女でいてくれてありがと。レディナ」

「エリザ、あなた何を……。ああ、あああっ……!」

「ようこそ、闇の世界へ。ふふっ、ふふふ、あはははっ!」


 処女で構成される騎士修道会は、吸血鬼の眷属となる恰好の条件を満たしていた。その数二百あまりの兵は、たちまちにエリザの軍勢へと下ったのである。


「みんな、エリザのために、ロザリーを殺して! こいつだけは、絶対に許さない!」


 亡者のようにゆらゆらと、吸血鬼の群れがロザリーへと迫り来る。彼女達に罪がない事は明白。ここで斬り捨てるわけにもいかない。


「これが、愛を弄んだ私への罰……。ならばもう、受け入れるしか……」


 一人残されたロザリーは、すでに退路もない事を悟る。約束も果たせずに残されたパメラを想うと、胸が張り裂けそうな気持ちとなった。


「これが、リュカやアニエスの抱えていた感情……。いや、姫も、コレットも、ヴァレリアも、私に愛をくれていた……。ここで死ねば、私はみんなのものに……」


 またしてもロザリーに()ぎる、死という救い。

 いつかの敗北はパメラに大いなる力を与えたが、自身で乗り越えた訳ではなかった。肝心な所では皆の好意に甘え、何も成長していなかった事が浮き彫りとなる。


 そんな時、ロザリーの下に一陣の風が吹いた。


「そんな事、誰も望んではいません! 一人で諦めないで!」


 ロザリーは、常に側にいてくれた優しい感情に触れる。こんな自罰的な思考を手に取るように読み取ってくれるのは、やはり、深い繋がりを持った存在に他ならない。


「サクラコ……」

「助太刀!」


 サクラコの分身が一斉に吸血鬼の群れへと飛びかかる。あれからさらに練度を上げ、一体一体がサクラコとほぼ同程度の戦力を持つに至っていた。絶体絶命の危機に、何とかしばらくの猶予を作り出すことに成功する。


「お姉様、馬を!」

「ヴァレリア!」


 シュヴァイツァー号を連れたヴァレリアが、ロザリーの下へと駆け寄った。並び立つ黒と白の馬に、それぞれ銀と黄金の騎士が乗り込んだ。


「ここは退きます、お姉様、決着はリユニオンで! 準備を整え、皆で迎え撃つのです!」

「ありがとう……でも、リュカが……」

「あれは……どうやら忘却化でもない様子。サクラコさん、あと少しだけこらえて下さい! 私がリュカさんを連れて戻ります!」

「承知!」


 単身リュカの救出に向かうヴァレリア。しかし、それをみすみす許すエリザではない。


「リュカは渡さない!」

「この地で舐めた屈辱、晴らしてみせる……!」

「くっ、こ、こいつ……強い!」


 ヴァレリアの剣はロザリーとは違い、エリザに対しても容赦の無い攻めを見せる。マレフィカを穿つその力は、絶大な効果をもってエリザを苦しめた。


「ロザリーさん、あなたは戻るべきです。パメラさんが帰りをまっています!」

「サクラコ、アニエスが死んだわ……」

「えっ……!?」

「守るって、誓ったの。でも、私の代わりに……」

「そんな……」


 サクラコはひとつの分身を使い、アニエスの亡骸を確認する。確かに脈はなく、息もしていない。しかし、その体には一本の針のようなものが刺さっていた。


「アニエスさん……」

「ねえ、こんな犠牲を強いてまで、私は生き残るべきなの?」

「……例えば、私が死んだとします。それであなたが立ち止まるのだとしたら、私は恨みます。うらめしやーって、毎夜化けて出ます」

「そんな、悲しい事言わないで」

「自覚して下さい。あなたは総大将なんです。多くの人の命を握る、責任ある立場なんです。その強さと、心の強さが合わされば、私はロザリーさんこそが最強だと思っています。乗り越えて下さい。私も、ついていますから」

「サクラコ……」


 いつの間にか精神的にも大きく成長していたサクラコに、ロザリーの心も鼓舞される。サクラコは分身にアニエスの死体を回収させ、シュヴァイツァー号の背に背負わせると、そのお尻に活を入れた。


「ヒヒィーン!」

「ロザリーさん、ここは私達にお任せを! どうか、逃げ足のサクラコを信じて!」

「待って、シュヴァイツァー、待ちなさい!」


 主人の危機を知ってか、シュヴァイツァーは懸命に走った。

 だんだんと離れていく砦を振り返り、ロザリーは涙を流す。


「何度目よ……何度私は仲間に助けられているの……。何がリーダーよ。ねえ、アニエス……私は……」


 答える者など、どこにもいない。

 けれども動くはずのないアニエスの瞳は、その問いに答えるかのように瞬いた。

 不穏な様子を見せるアニエスを抱えたまま、ロザリーはリユニオンへと帰還する。本当のリーダーとは何か、それを自分に諭しながら。


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