第23章 求愛の魔女 160.血闘
夕闇が辺りを包む頃。大規模な敵襲に備え、リユニオンを始めとする自由都市連盟はクリスティアの号令の下、都市防衛線を展開した。
ロンデニオンの王ボルガードもこの呼びかけに応じ、祝祭を中止してはルビー砦へと駆けつけた。
「ヘクセンナハト、中々の兵力だな。あの魔女達がまさかここまでの勢力となるとは、ワシの目に狂いは無かったようだ」
「すみません、ボルガード王。我々を迎え入れてくれたばかりに、ロンデニオンまでこのような事に……」
「いや、ガーディアナは大陸全土の覇権を狙っている。どのみち開戦は秒読みだったろう。それに、この国が中立的立場を捨てた事が攻め入るきっかけとなったに過ぎない。どうか気になさるな」
数々の伝説を持つ筋骨隆々の巨大な王は、クリスティア女王に対し少し低頭に振る舞う。新たにローランドとの同盟を結んでというもの、彼はクリスティアへと肩入れする事が目立つようになった。先程もフェルミニアとの国境に向け、国防の全戦力である鉄壁の騎士団「ラウンドナイツ」を派遣したという。
「痛み入ります。ではロザリーの向かったという砦へは、屈強な者達を向かわせていただけたのですね?」
「ああ、この激動の時代において長年中立国家を守り通した、我がロンデニオンが誇る兵達だ。相手がいかな化け物であろうと、瞬く間に制圧する事だろう」
「それを聞き安心しました。私のお願いを聞いて下さり、ありがとうございます」
薄く笑みを浮かべ、クリスティアは国王へとお辞儀を返す。しかし、その瞳の奥は微塵も笑ってはいない。政治の場へと足を踏み入れてからというもの、一国の王にさえ勅令の力を振るうほど彼女の心は修羅へと落ちていた。
それも、新しい秩序のため。パメラも言うように、この先、誰も失う訳にはいかない。ロザリーを救出するため、新しく騎士号を与えたヴァレリアまでも行ってしまった。この二人の騎士は、大事な我が両手。仲間に貴賤は無いが、彼女達だけは絶対に守らねばならない。
貴賓室に招かれたのは王だけではない。市長ルドルフに親衛隊長クロウ。そして、真の聖女としての存在が大きくなりつつあるパメラもまた、ここへと呼び出されていた。
「王様、お久しぶり……です。ロザリー達と王宮に呼ばれて以来ですね」
「おお、あの時の聖職者か。いや、ガーディアナの聖女と言った方がよろしいかな」
「あ……やっぱりバレてたんだ。えへへ」
「ガーディアナはかつての魔族と同様、もはや世界の脅威となった。リトルローランドを撃ったあの光、あれは我が祖国、フェルミニアを焼いた光でもあると聞いた。人類同士、出来れば争いたくはなかったが、今こそ人々の盾としてこの力を振るう時なのかもしれぬ。あなたの存在が、それを決断させてくれたのだ」
利の少ないはずの同盟を締結した理由も、アルテミスの女王となったティセと旧知の仲だった事もあるが、何より、聖女の存在あればこそである。彼女さえ抱え込めば、ガーディアナが何を言おうと世論に対し正義を振りかざす事が可能となる。
それだけにクリスティアは焦っていた。弱体化した聖女を、いつまでもこの地で守り通せるとは限らないのだから。
「パメラ、あなたも王と共にロンデニオン城へと避難して下さい。これからという時に、何かあっては困りますから」
「いや……いやだよ。私も戦う。みんなが危険なときに、一人で隠れてなんていられないよ!」
「そうですか。ではもう一度言います……“王と共に行きなさい”」
クリスティアは、はっきりとパメラの目を見て言い放った。強制命令のマギアである。しかし、その後ろにはメーデンが控えていた。パメラはその腕にがっちりと抱かれ、勅令は不発に終わる。
「クリスティア、私にまで力を使うの……?」
「仕方ないの……あなたは、私達の切り札だから……」
少しだけ寒々とした空気の中、メーデンが二人の間を取り持った。
「聖女さま、ここは言うとおりにしましょう。クリスティア様だって、こんな事はしたくないのです。ただ、あなたに何かあれば、ガーディアナは今度こそ私達を皆殺しにするでしょう。そのお命こそが最大の抑止力となっている事、忘れてはなりません」
「で……でも……」
「ではメーデン、頼みましたよ。あなたがついていれば安心です」
「は、はいー!」
その時、勢いよく扉が開いた。どうやら聞き耳を立てていたアリアが我慢できなくなり飛び込んで来たのだ。
「クリスティア、未来が見えるの! 私もパメラの側にいないと大変な事になるわ!」
「あー、お邪魔虫が来ました! あなたがいたら、むしろ変態な事になるに決まってます!」
「結婚式まではフリーなはずよ。ね、今晩はいいでしょ」
「もうっ、二人とも王様の前なんだからね! いいかげんにしてっ!」
オホンと咳払いをする王を見て、アリアは少しだけ顔を赤くした。
「冗談よ。でも一つだけ言えるのは、あなたはここにいてはいけないという事。ここは私とプラチナが残るわ。あなたは怪我をしたムジカを連れていって。さあ、力尽くでも連れていくわよ、メーデン」
「ふんす!」
巨女二人によるおっぱいホールドが決まった。こうなるとパメラはもう逃げられない。
「では、ボルガード王。リユニオンはこの私と、市長であるルドルフにお任せ下さい。命に代えてもここで食い止めて見せます」
「ふむ。では聖女と二人の魔女はこちらでお預かりしよう。ところでルドルフ、あのお転婆な君の娘はどうした? 見当たらないようだが」
「はい……それが、見つからないのです。こんな時に何をしているのやら」
最後に見た彼女の顔は、どこか鬼気迫るものであった。パメラは少しだけしこりが残るような状態で別れた事が気にかかる。
「アニエス……」
「彼女はきっと大丈夫。パメラ、この戦いを乗り越えた先には、きっと新しい世界が待っているわ。だから、私達を信じて。あの日三人で白百合に誓った事、私は今も忘れていないわ」
「うん。クリスティア……女王、ロザリーを、お願い」
そしてパメラはしおらしく二人に抱かれ、部屋を後にした。
クリスティアは最後まで安心できずに窓の縁から外の様子を伺っていたが、無事、王の馬車へと乗り込んだようだ。
「結婚式、楽しみね……パメラ」
つう……、と温かいものがクリスティアの頬を伝う。何があろうと、二人の幸せだけは守り通してみせる。それが、あの人へのせめてもの手向け。
「クロウ、全ての兵に通達! 蟻一匹この楽園に入れてはなりません、女王命令です!」
「はっ!」
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パメラがロンデニオン城へと移ったと同時刻。とにかくがむしゃらに馬を走らせ、ロザリーは国境の砦へと辿り着いた。
この世界の馬は魔王の時代に魔物と混血しており、品種改良の結果かなりの馬力を誇る。
その中でもひときわ優秀なシュヴァイツァー号は、赤兎馬とも劣らない名馬に違いない。
「どうどう、ありがとう、シュヴァイツァー」
「素敵な名前ね。それって、もしかして……」
「ええ、逆十字の仲間、キルからもらった名前。この子も彼と同じ色白で金髪、色男で優しい気性だから、つい……」
「あ、あの人かあ。河で濡れた私に、布を掛けてくれた人。もう、いないんだっけ……」
ロザリーは黙ってアニエスをおろし、砦の外れへとシュヴァイツァーを待機させた。
「あの人、戦うのは嫌いだったから。あなたもここで待っていてね」
「戦うつもりなのね、ロザリー。本当にいいの?」
「何のために私を連れてきたの。この力で敵の腹を探るつもりでしょう。指揮官があの時の司祭のような人物だったら、再び斬るまでよ」
「そうだね……でも、ガーディアナに良い奴なんているもんか……」
ふと、ロザリーの手を握る力が強くなる。アニエスから流れ込んでくるのは、畏怖の感情。普通の暮らしをしていた中で、突如として突き立てられた肉の鉄槌。そんな強姦の恐怖が、歪んだ復讐心へと変質していた。比較的幸運であったロザリーに、そんな彼女を咎める資格などない。
「大丈夫。私がいるから……大丈夫」
「うん、うん……」
二人は砦前へと並び立った。すると、その姿が墓の前で祈りを捧げていた修道女達の目に付く。
ロザリーも騎士の鎧へと新調してはいるが、太ももの傷は相変わらず今も晒している。見るも明らかな魔女の印として禍々しい存在感を放っていたのか、修道女達は口々に叫んだ。
「魔女……魔女だわ」
「魔女が来たわ! 敵襲、敵襲ー!」
慌てふためく少女達。ロザリーは血なまぐさい展開にはならないだろうと踏み、軽口を叩いた。
「ふふ、大人気ね」
「笑ってる場合!? でもここ、敵の砦よね。なのに修道女しかいないわ……」
異性が見当たらない事に、アニエスの強ばった表情が少し緩む。いや、いつか彼女も心を通わせた修道女達の姿に心を許したのかもしれない。
早速門番らしき少女が、神妙な表情で二人の前へと立ちはだかる。ロザリーは剣も抜かずに歩み寄った。
「ねえ、あなた、良かったらここの指揮官に取り次いでくれないかしら。私はヘクセンナハトの、一応リーダーを務める、ロザリー゠エル゠フリードリッヒという者よ」
「一応とかいらないから! 舐められるでしょ」
「だって、最近私、料理ばかりしてリーダーらしい事もしてないし……。実際、クリスティアやパメラの方が偉いし……」
「もう、そんな情けない事でどうするの! 姫百合の騎士といえば、今やその話題で持ちきりなくらいなのに……。いい? こういうのはハッタリよ。交渉は私がやるから、ロザリーは私の騎士やって」
「はあい」
毅然としてフレイルを構える修道女であったが、何やら話が通じそうだと慌てて責任者を呼びに向かった。
しばらくして出てきたのは、流れるようなブロンドを濃紺のヴェールで覆い隠す、やけにスタイルのいい美人シスター。その厳かな佇まいに、ロザリーもアニエスも思わず息をのんだ。
「ごきげんよう、騎士修道会のレディナと申します。日も暮れようというのに、女性二人でこのような所にまで……。この辺りは賊だって出るのですよ? 近年、女性達に降りかかる災厄は目を覆うばかり。けれど、女性にとって姦淫は罪となる事もあり、ガーディアナでは泣き寝入りするしかない現状。つまり、自らの危険は自らで守らねばなりません。ちなみに、ここにいる者達は、そういった暴漢など一ひねりする程度には兵法を嗜んでいます。聖職者と侮っては痛い目をみる事でしょう。……それで、あなた方はどういった用件でここへ? もし攻め入ろうというのなら、同性のよしみとして見逃しましょう。帰るなら今のうちですよ」
開口一番、彼女は敵であるこちらの身の心配を始めたが、ロザリーが賊などに負けるわけはない。余計なお世話というものだ。それに長々と話すのは、何か後ろめたい事がある証拠。アニエスは軽く言い負かせると踏んだ。
「全部お見通しという訳ね。ええ、私達は突然の襲撃を受けた報復として、ここへ来たわ。あなたの部隊の一軍、いや、魔女かもしれないけれど、その奇襲によって我が軍は甚大な被害を被りました。正義はこちらにある事は明らか。あなたはこれをどう言い訳するつもりでしょうか」
「えっ、あ、エリザの事ね……? あの子ったらそんなに暴れたの? ああ、どうしましょう……! こうなれば私が罪を償うしか……」
「は? もう非があると認めるの?」
明らかに弱気になるレディナに、アニエスは拍子抜けする。すると副団長と思わしき、しっかり者の修道女がレディナの側に立った。
「レディナ様、私達は奴らを攻めるよう聖典派より仰せつかって来たのでしょう。それに、このおびただしい数の墓標を作ったのは奴らです。むしろ大義はこちらにあります! 本意ではありませんが、私達は戦争をしに来たのですよ!」
「そ、そうでしたねエリーゼ……。軍規を逸脱した行為があったのは認めます。それはこちらで罰するとして、我々はあなた方を攻めねばなりません。もし代表として降参するというのなら、無駄な血が流れる事もないでしょう。数十万の命が、あなた方にかかっているのです。良くお考えなさい」
なんと流されやすいリーダーであろうか。アニエスはロザリーの方をちらと伺い、こちらの大将と良い勝負かもしれないと思った。だが彼女の主張は一貫している。どうにかして戦いを避けたいのだろう。ただちに攻め入る気はないらしい事が解り、ロザリーも一安心したようだ。
(アニエス、彼女の心を読んだけど、どうも本心は戦いたくはないみたい)
(そうかもしれないけど、そもそも一人の意思で戦争なんて起きないわ。彼女達だって脅されているとしたら、どのみち争いは避けられない)
(ならどうするの?)
(そうだね、最大限に有利な条件で降伏させる。修道女なら、パメラの名を出せば与しやすいはずよ。彼女達はまず、聖女こそ絶対だと植え付けられるからね)
二人は心で会話し、悟られぬよう次の手を打った。勝ち筋を見いだしたアニエスは、さらに饒舌に語りかける。
「もう明らかになっている事ですが、こちらには聖女セント・ガーディアナがいる事をお忘れではありませんか? 彼女はガーディアナにおける最高権力者。教皇など、彼女より一時的に託された叙任権を振りかざす存在でしかありません。その聖女ですが、再びガーディアナの主権を取り戻すべく近く復権なさるおつもりです。それでもあなた方は刃を向けるつもりですか? 今こそ皆が胸に手を当て、真の信仰を選ぶときなのです!」
これならばどうだ。しかし、レディナはどこ吹く風とそれに答えた。
「聖女様こそ新たな主であるという考え方は、確かに正しい。しかしそれは、ここ十年ほどで生まれた新しい考え方に過ぎません。ガーディアナにおいては、未だ聖典を主とした政治が行われており、その勢力は中枢を覆い尽くしています。聖女様は教皇様の庇護がなければ、もうこの世にはいないでしょう。それほどまでに政敵も多く、第二の聖女などはただの置物にされたあげく処刑されるという現状です。……権力の所在など関係なく、ガーディアナは変わらない。聖女様が誘拐され一年が半ば過ぎましたが、今日までその勢力は衰えるどころか、拡大し続けています。教皇様の気を鎮めていただくためにも、聖女様はこちらにこそ必要な存在なのです! そもそもとして、卑劣な手で聖女様を奪った事も許しがたい。お返し願います!」
互いに一歩も譲らない舌戦が繰り広げられる。だがむしろ聖女の名を出した事で、レディナの気迫が増した事は想定外であった。
ここは一歩引き、違う手を考えなければ。そう知略を巡らすアニエスだったが、とある修道女の無慈悲な声が上がる。
「あなた、アニエス……よね?」
「えっ」
「やっぱり、アニエスだ。ローランドの教会を潰した時の!」
確かにその少女には見覚えがあった。あの時説得した修道女の一人が、そこにいたのだ。
その多くは自由都市に流れたが、信仰を捨てきれない者達はそのままフェルミニアへと流れ、騎士修道会へと入るに至ったと聞いている。
流れが変わった。レディナの顔が、怪訝にアニエスを見つめる。
「なるほど、あなたが……」
「彼女達が建物に火をつけ、私達の信仰の場を焼き払う所を見ました! そのせいで、みんな離ればなれになって、中には自由都市で体を売った子だって……」
「そんな! あそこで何が行われていたか、あなたは知らないの!? 私達はみんなを助けるために……!」
「下女達はともかく、私達修道女は日々の幸せを願っていただけ。そんなの、余計なお世話だったのよ!」
その言葉に過ぎるのは、かつてロザリーを突き放した時の自分。それはまるで、自らの過去の亡霊が襲いかかってきたかのようであった。
アニエスは自戒した。その時は得意の口八丁で言いくるめたが、彼女達のその後まで考えてはいなかった。その頃は、自身の出世のため、名声のためにと走り回っていたのだから。
「はあっ、はあっ……私は、わたしは……」
「どうやら賊はあなた達だったようですね。神よ、ここに血が流れる事、どうかお許し下さい」
覚悟したようにレディナは剣を抜いた。細身の刺突剣、レイピアである。ロザリーはその構えにキルの面影を見る。彼も同じような武器を愛用していた。かつて、練習試合にて一度も破ることの出来なかったスタイルだ。
(キル……そうね。今は私が、あなただったわ)
そんな過去を越えるため、ロザリーはレディナの前へと躍り出る。
「相手なら、私がする。かつてその作戦を立案したのは、姫百合の騎士であるこの私。この子は手伝ってくれただけよ」
ふうっと息を吐き、ロザリーも幅広のロングソードを構える。それに対し、レディナもまるで踊り出すような華麗な構えを見せる。
「そうですか……。全ての修道士の力として、私はこの技を磨いてきました。修道女でありながら血の流れる武器を持つ事が許されたのは、常に血の涙を流してきた聖乙女であるこの私だけ。受けなさい、我が痛み! 捧げなさい、その純血!」
「くっ!」
初速からまるで見えないほどの剣突がロザリーの頬を掠めた。
流れる血は、罪を洗うには足りないかもしれない。しかし、初めから血に濡れた復讐の道を辿る自分には、そんなものいくらでも流す用意がある。
「たあっ、フォースブランディッシュ!」
脚力を利用した大振りの突進剣が放たれる。しかし、胴体すらも両断するほどのロザリーの技をレディナは避けなかった。
「疾い、そして、重い……!」
「そんな細剣でなぜ受けた……!」
「それこそが、シスターとしての礼儀。攻撃とは全て、懺悔なのですから。あなたの涙が見えます。そして、迷いも!」
非情にはなれず完全に技を出し切らなかったロザリーに、レディナの反撃が繰り出される。
「届け、数多の祈り! レイディアントプレイヤー!」
「ああっ!」
キルを彷彿とさせる連続突きがロザリーへと決まった。しかしやや折れたレイピアでの突きであったため、急所へは届いてはいない。
「この程度なら……」
「相変わらず甘いな、ロザリー」
身を斬られ血を流すロザリーにかけられたのは、どこか懐かしい声。けれど、以前とは違ってそこには何の感情も込められてはいない。
「リュカ……無事だったのね!」
「無事だって? そうかもしれないな。お前にとっては……」
「どうしたの、リュカ……? うっ、何、この激しい感情は……」
レディナは戸惑いながら、レイピアから流れ落ちる血を振り抜いた。もうこれ以上、血を流す必要などないとばかりに。その飛沫がリュカの唇へとかかると、彼女はそれをペロリと舐め取った。
「どいてくれ、レディナさん。こっからはあたいがやる」
「あなた、もしかして……」
「ああ、ヘクセンナハトのリュカ。正直に言うと、あんた達の敵だ。でも、あたいには守る物ができたんだ。だから、こちらに付くことにした」
リュカの体躯が徐々に変化していく。ロザリーは彼女がいつも身につけていた金のチョーカーが失われている事に気づいた。
「リュカ……リュカ!! 何を言っているの!? それに、その体……」
「道に迷った二人、仲良く死合おうぜ……どこまでもなぁ!」
破滅的な拳がロザリーを抉った。
それは、過去の再現。そして、過去との決別。
「ロザリー! ロザリー……いやあああ!!」
アニエスは崩れ落ちる。全てが、何もかもが失われていくような絶望の中、ただ、自身の身勝手さを呪いながら。
―次回予告―
愛に背かれた者、愛に背いた者、
二つを繋ぐ殉教者の叫び。
それは愛に生きた者だけが知る、ただ一つの願い。
第161話「殉教」