第23章 求愛の魔女 157.セントディアナ
この日、ヘクセンナハトの現在の本拠地であるルビー砦では、要人を集めた作戦会議が行われていた。
祭りの中にあっても片時も戦の事を忘れないクリスティア女王は、常に先々の事態に対応した策を巡らせていたのである。
リトルローランドでの狭苦しい会議室とは打って変わって広々とした講堂には、グリエルマやコレットをはじめ、市長のルドルフやその娘のアニエス、さらには国と太いパイプを持つ政治家達の顔が並ぶ。
開会の宣言が終わり、まずは魔女学園を運営する傍ら、現在は軍師としてヘクセンナハトを指揮するグリエルマが近況を報告した。
「方々からの志願により、ヘクセンナハト軍はゆうに千を超える規模を有する戦力を得た。ロンデニオンの友軍も頼りになる所ではあるが、当然ガーディアナの圧倒的な兵力には及ばない。我としても、一刻も早く仇敵の待つシークレットガーデンを攻めたい所だが、今はここでの基盤を固め、戦力をさらに拡充する時。という訳で我が学園も、いよいよ本格的に学び舎としての一歩を踏み出した。我はそこから戦力としての魔女を選抜し、ヘクセンナハトの第二軍とでも言うべき組織を結成するつもりだ。それもこれも、ここにいるコレット女史が尽力し可能としてくれた。この場を借り感謝の意を表明する」
それを受け、当然、と脚を組み替える彼女。
「ふふ、面白くなってきましたわね。学園についてはわたくしも宣伝活動を手伝っております。手始めに学費等については全額免除と打ち出した所、現在、入学希望者は300名余りを超えました。まあ、まずまずの出だしと言っても差し支えないでしょう」
相変わらず羽振りの良いコレットの言葉に、所々から感嘆の声が上がった。しかし、クリスティアはまだ満足ではないらしい。
「それは頼もしい限りですが、そんなに悠長にしていられるでしょうか。敵は本格的に動き出しました。あのような兵器まで持ち出すほど我々を敵視しているのなら、おそらく間髪入れず次の手を打ってくるはずです」
「そこだ。我が気になるのは、ガーディアナにおいて絶対とされる聖女を抱える我々にそれを撃った、という事。もしかすると、奴らも勢力争いの中にあるのかもしれんな。アルテミスでの騒ぎも、結局はガーディアナの仲間割れという形であったというし」
「アルテミスと言えば、ティセさんが女王となり、ついに独立を果たしたとか。さすがですね」
数日前に決着したというアルテミスの動乱については、皆が伝え聞く所である。
「まあ、あの子ならそのくらい、やってのけると信じていましたわ。ですが、仲間割れとは……権力者の考えそうな事ですわね。目障りな信仰の対象が消えたのを良い事に、内部から組織を乗っ取る。上手くいけば、用意した駒を新しい信仰対象へとすげ替えるつもりだったのでしょう」
自身を含め、人の欲望が底なし沼である事を身をもって知るコレットが悪態をつく。商売を始めてからというもの、彼女はどこか人に対する幻想を捨てたようでもある。
「となると、例のワルプルギスという組織の台頭も関係しているのでしょうか?」
「十分あり得る話だ。彼女らは教皇による独裁体制を良く思わない聖典派との繋がりが太い。総帥を名乗るマリスは枢機卿マルクリウスの孫だという噂があるからな」
「あっ、ワルプルギス、それそれ! 少女歌劇で話題の」
退屈な会議を今まで静観していたアニエスだったが、興味ある話題が出たとたん水を得た魚のように発言した。今こそが、聖女アイドル化計画を売り込む時であると。
「これ、アニエス、議論に水を挟んではいけないよ」
「お父様、ごめんなさい。でも、聞きました? 彼女達の新作の舞台。聖女ガーディアナを批判するような内容だと話題になっています。やはり向こうも、聖女の存在の大きさに頭を悩ませているのでしょう」
「ええ、パメラもワルプルギスに直接命を狙われたとか……もし彼女に何かがあれば、聖典派に攻め入る口実を与えてしまう所でした」
「そこでクリスティア様、私にこの状況を打開するいい考えがあるんです。聖典派が内側からガーディアナを乗っ取ろうっていうんなら、私達は外側から乗っ取ってやればいいんですよ!」
アニエスのセンセーショナルなうたい文句に、クリスティアは興味深げに体ごとそちらへと向き直った。市民活動の中でトーク術を磨いてきた成果である。
「アニエス、詳しく聞かせてもらえますか?」
「はい! 私は魔女解放同盟という市民団体の代表をしています。不当な立場に置かれた魔女達、そしてその烙印を押された少女達を救うため声を上げる活動のなか、近頃魔女を取り巻く空気が変わりつつあるのを感じるのです。例えば、魔女であるはずのロザリーの店が都市を超え大盛況なのはご存じですよね? それに、魔女学園に通う多くのマレフィカ達が日常に溶け込んだ風景。これも以前だったらあり得ない事です」
目を輝かせ、アニエスは自信満々に語った。信憑性のあるデータの提示、これも大事なプロセス。自分に有利な情報を共有させ、それを土台に話をすすめる。
「つまり、差別は解消されつつあると?」
「差別どころか、何か特別視されているというか、世界を変えるためにこの世に現れた、救世主のような扱いに変わりつつあるというか……。もちろん、私達がそう宣伝したせいでもありますが、我々の御旗であるヘクセンナハトの活躍や、伝え聞く所によると他国で頑張っているマコトさん達の影響が大きいんじゃないかって思うのです」
そして相手が心を許すであろう情報で止めを刺す。さりげなく自身の功績も混ぜ、安心して取引できる準備を整えた。
「ほう、我と入れ違いに旅立ったという救世主部隊、ヘクセンナハト・セイヴィアか」
「フフ……あのへっぽこ天使、ちゃんとやれているみたいですわね」
つかみは大成功。アニエスはありったけの笑顔を作り、ここぞとばかりに本題へと突入した。
「いいですか? これは世界的に魔女に対する価値観を逆転させるチャンスでもあります。事実、聖女であるパメラさんも本来は魔女。なので、私は彼女を魔女解放のシンボルとして大々的に掲げ、世界中の聖女派を味方につけようと考えています!」
「なるほど、パメラを……」
クリスティアは唸るように頭を抱えた。これまで秘匿としてきた聖女の存在。もちろんガーディアナにはすでに知れ渡っているが、公然と矢面に立たせる事で彼女の危険は増えるだろう。クリスティアとしては、そうまでして敵国の要人に責任を押しつける事に多少の抵抗があった。
「そうですね。私としては、彼女にそこまで頼っていいのか……」
いや、多分これは嫉妬。ロザリーだけでなく、反逆の旗印までも彼女のものとなる事に対しての。そんな低俗な感情ならば、イデアの塔でとうに捨てたはず。クリスティアは条件付きでその提案を了承した。
「……いえ、彼女は本来、教皇よりも位は上のはず。つまり、聖女を中心としたまったく新しいガーディアナを我々の手で設立する事で、大義を獲得しつつ、世界的にガーディアナを牽制する事ができるという訳ですね」
「なるほど、こちらが聖女を掲げるとあれば常に国際的な視線が注がれる事となり、下手に暗殺なども出来なくなるな」
うんうん、と元気よく頷くアニエス。まずは一つの了承を得た。お次は少しでも開いた心の扉に足を強引にねじ込み、閉じさせないように交渉を重ねるフット・イン・ザ・ドア・テクニックを使い、自分の確かな地位を確約する……!
「そこでですね、我が魔女解放同盟をその母体に……!」
「アニエスー、いるー? あっ、会議中……ごめんなさい、また来ます」
そこへ、噂の人物が空気を読まずに駆け込んできた。
「あっ、パメラ、いい所でした。こっちへ来てちょうだい。少し話があるの」
場違いな空気に小さくなりながら会議に参加するパメラに、アニエスはこっそりと耳打ちする。
「……世界的アイドル、話は決まったも同然よ。ふふ、分かってるよね、私はあなたのプロデューサーなんだからね」
「へ? う、うん」
いまいち要領を得ないパメラに、アニエスはウィンクしてみせた。こういったやり取りは政治の世界では鉄板なのだが、パメラに通じるかどうかは怪しい。
早速クリスティアはパメラを上座へと座らせ、会議を再開させた。
「まずはパメラ……これまで、私の力不足からあなたには色々と迷惑をかけた事を改めてお詫びします」
「そんな、クリスティアは凄く頑張ってる!」
「そう言ってくれると助かるわ。それでね、またひとつ、あなたに力を貸して欲しいの」
先程の耳打ちからクリスティアが何を言おうとしているのかが理解できたパメラは、ぱあっと笑顔になった。
「あっ、アイドルのお話だよね!?」
「……アイドル?」
「偶像崇拝の事でしょう。すでにパメラさんとは、アニエスさんの方から何か契約を交しているはずです。近頃、彼女の魔女解放同盟はパメラさんを掲げ、大きく組織を拡大しているようですし」
告発めいたコレットの発言に、アニエスはギクリと肝を冷やした。案の定、女王の目はやや冷たくそちらへと向けられる。
「つまりアニエスさん、あなたはすでにパメラさんを政治利用しており、事後承諾という形でそれを認めさせようと?」
「あ、いえ、その、まずは宣伝効果のほどを確かめる必要がありまして……つまり、その効果は絶大であるという根拠を保障するためにですね……」
アニエスはしどろもどろになりながらも、それらしい文句を並べ立てる。そして余計な指摘をしたコレットと一瞬だけ目が合った際、不審な表情を見せた。
(アニエス……この子まさか……。ロザリーさんのお知り合いという事で邪険にはできませんが、注意しておかないと)
(くっ、やっかいな同属がいたわ。絶対に、この計画を失敗させる訳にはいかない。私をコケにした、そして父さんを殺したガーディアナを徹底的にたたきつぶすまでは……)
すこしばかり険悪なムードであったが、まあいいでしょう、との女王の一言で場は事なきを得た。確かにその効果に確証が得られた事は大きい。
「つまりね、あなたを中心にした、新しいガーディアナを作るという話よ。世界を味方につけた、より良いガーディアナ。これは、あなたの願いでもあるはずよ」
「パメラ? 少し話が大きくなっちゃったけど、大丈夫よね? ごめんね、こんな事に誘っちゃって……」
パメラは飛躍した話をその一瞬で理解し、自分の理想とする夢と重ね合わせた。ずっとガーディアナをどう変えるか悩んでいた身としては、まるで、願ってもない話である。
「ううん、私、自分からやりたいって言ったの! だから大丈夫、やらせて欲しい」
「わかりました。あなたがそこまで言うのなら、反対する理由はありません。これからはあなたも交え、色々と話し合っていきましょう」
「あ、それならロザリーのお店、もうできなくなるね……」
「あの人ならきっと分かってくれるわ。それにあっちはサクラコとメーデンがいれば、何とかなるはずよ。さっきも言ったように、ウェイトレスなんてあなたがやる仕事じゃないって」
「そ、そうだね……あの二人、すごいもんね」
アニエスのこういう所は少し苦手である。相手を上げるために自然と他をけなす。だが、口でかなう相手ではない。もしかしたら怒られるかもしれないと、パメラはいつも言いなりになってしまうのだ。まるで口うるさかった枢機卿マルクリウスの時のように。
そんなパメラにとってのアウェイ感を、そこにいたある人物が黙っていられるはずもない。
「話は聞かせてもらったわ。そのシナリオ、私にも一枚噛ませてちょうだい」
「わっ、アリア、いたの!?」
「あなたが来るような気がして、今日は会議に参加したの。でもね、こう見えて人見知りなのよ。こんな大勢の前で、一言も喋る事なんて出来なかったわ……」
「もう、そんなに大っきいくせに何やってるの」
「ふふ、叱られちゃったわ。好きよ……」
何かのスイッチが入ったアリアに、ぎゅうっと胸を押しつけられるパメラ。グリエルマはそのやり取りを羨ましく眺めながら、彼女がいる理由を説明する。
「ああ、彼女は我が呼んだのだ。アリアには未来予知の力がある。会議での最終的な判断を彼女に下してもらう事で、より確実性を高めたいと思ってな」
「イエスかノーかの為だけにいるのね私。ちなみに、今夜はイエスよ、パメラ」
「イエスだと、何?」
「しましょう、という事よ」
「……ちなみに、我も年中イエスだ。枕と言わずシーツを濡らして、待っているぞ」
クリスティアは場が凍り付いた事を確認し、咳払いをしつつ議題を戻した。
「ではアリアさん、あなたの描くシナリオというのは?」
「パメラ教を開くのでしょう? だったらある程度はガーディアナに倣った方がいいわ。たとえば、七の秘蹟、十の戒め、十二司徒など、内容を模倣し、それを改善していくのよ。あちらの信者も移行しやすいようにね」
「なるほど、パメラ教にはしませんが、混乱は少ない方が良いですね」
「ただ、基本的な領分として、他の宗教を侵さないようにするべきでしょう。わたくし、以前どこかの僧とお会いしましたが、世界には様々な教えがあるようです。ガーディアナのように、絶対的な押しつけはすべきではありません。どうです、パメラさん?」
コレットは、アルベスタンの武闘大会にて対峙した老僧を思い出す。もし宗教的な対立が起きた時、あのような勢力とまともにやり合うのは得策ではない。それは彼の命を奪った事に対しての、贖罪から来る発言であった。
「もちろんだよ。こっちの方がいいなって思ってくれた人だけ、来てくれればいいの。悪いのはずっとあった教えを、自分の都合の良いように造り替えたリュミエール。もともとはガーディアナも平和的な教えだったって、あるお爺さんも語ってくれた。私は、そんな本来のガーディアナ教に戻したいと思っているの。それが、お爺さんとの約束だから……」
「なるほど、魔王の時代が来るまで語り継がれていたという魂の教えだな。我らの持つカオスも神の魂。やはり魂という実在を磨かねば、我々人類は神に近づく事など出来ぬのだ。あくまでこの肉体は、一時与えられただけの器に過ぎない。故に力に溺れた者達が築いた世は、あまりにも刹那的であった……」
グリエルマの補足に、そこにいる誰もが頷く。パメラは改めて決断したように続けた。
「だから、法や戒めは、人が穏やかでいられたその頃のものにする。あとは十二司徒だけど、これは大きく変えようと思うの。リュミエールに従う十二司徒はみんな悲しい人達だから、解放してあげたい。無理矢理権力を持たされて、欲しくもない力を与えられて、色んな悲劇が生まれた。だから、私が十二司徒を作るなら、私のお友達にする。ずっとずっと、一緒にいたいから。そして、みんなを、信頼してるから!」
「パメラ……いい考えだと思うわ」
「ううん、今の私はディアナ。ガーディアナの神子、ディアナ」
ふとアリアが口ずさんだその名を、パメラは訂正した。ディアナ。これこそが、人の上に立つ為に与えられた名であると。皆もそれを受け入れ、それぞれが自然と頭を垂れた。
(いよいよ人事についてね。パメラ、頼むわよ……)
アニエスは祈るような気持ちで次の言葉を待った。ただの政治活動家が、世界的組織の幹部クラスへと躍進する待ちに待った瞬間である。
「それから、人をつかさどるって意味を持つ司徒というのも、本来の意味、神のつかいである使徒に戻そうと思う。私達はただ、神様の大切な言葉を伝えるだけなの」
「そうね。カオスの運び手である私達にふさわしい名前だわ」
アリアは書記にでもなったつもりで、これまでに決まった事をテキパキとボードに記し始める。
「それじゃあ、さっそく私の考えた十二使徒を発表するね! じゃーん! 第一使徒は、ロザリー! みんなを繋げてくれた、私の一番大事な人。次に第二使徒になるのは、ティセ! とっても頼りになる、私の憧れ。そして第三使徒は、サクラコちゃん! 優しくてすごく勇気がある、私の最初のいもうと」
「……その流れで言うと、わたくしが第四使徒という訳ですわね?」
コレットの言葉にパメラが頷く。
「うん! 実はね、ヘクセンナハトのマレフィカって、私をのけてちょうど12人いるんだ。色んな国から、色んなマレフィカを入れる事で、世界中が繋がれるって事を示したいの」
「なるほど。皆に役職を与える事で、結束力や士気も上がる。こちらがセフィロトを恐れるように、対外的にもその威圧効果は高い。それに、本来使徒の証であるセフィラを持つのはマレフィカのみ。ならば、その座に相応しいのは我々の方かもしれんな……」
「ふさわしいとか言う事じゃなくて、たまたまなの。私達は魔女じゃなくて、人。だから、特別だなんて思ってない。ただ、神様と話せる少し近くにいるだけ。私だって、ママがエンティアっていう凄い人なだけだよ」
実の母が神の眷属であるという、パメラも今まで隠してきた事。だが、ガーディアナを変えるためにはこの事実も必要となるだろう。それについて、神話について詳しいグリエルマが早速興味を示した。
「エンティアというと……この世界の礎を作ったという、光の使者ではないか。確か対である闇の使者フォルティスは、救世主の中に眠っているらしい。つまり、ヘクセンナハトにはすでに二人の使者が揃っているという事になるな」
「パメラ、あなたそんなに偉い方なのですか……!?」
「だとしたら、もうセントディアナと呼ぶべきね。ガーディアナの象徴を捨てた、あなたそのものの呼び名よ」
「セント、ディアナ……」
些細な違いではあるものの、アリアのくれたその響きはパメラにとって何かとても大事な響きに思えた。操り人形ではない、意思を持った人間として、ここに再び生まれ変わったかのような喜びが溢れる。
「ではセントディアナ。私は第何使徒になるのかしら?」
「アリアは、最後、第十二使徒!」
「マレフィセント・トゥエルブね。ふふ、素敵よ」
「こらこら、勝手に名称を作り出すな! ……ん? 残るはリュカ、クリスティア、ムジカ、ディーヴァ、ヴァレリアと我。これで11名。そうなると、一人足りないようだが……もしかして、メーデンを入れるつもりか? す、少しばかり、不安が残るな……」
「ううん、メーデンはそこには入らないよ。その代わりに、エトランザが入るの」
「んっ……!」
思わず吹き出してしまうアリア。メーデンがダダをこねる姿が目に浮かぶようだ。しかしパメラは、のけ者にした訳ではないとすかさず否定する。
「メーデンは、ずっとずっと私の侍女だから。それは変わらないの」
「いい気味とか思って損したわ。特別扱いじゃない……」
メーデンはそもそも戦闘要員ではないからいいとして、もう一人、気になるのはエトランザの存在。あの時見せた笑顔を知らないクリスティアとしては、その提案にはどうにも懐疑的にならざるを得ない。
「しかし女帝エトランザですか。彼女、信用しても大丈夫なのでしょうか?」
「今はディーヴァと一緒みたいだし、ティセとも合流したって聞いたよ。あの二人が仲直りしたんなら、じゃあ、もう仲間だよ! それに、私が今ここにいるのも、元はといえばあの子のおかげだから」
「そうですね。ここは、あなたを信じる事にします。セントディアナ」
「やっぱり、その呼び方くすぐったいね……ふふ」
彼女が導く希望あふれる未来を誰もが信じ、場は笑顔に包まれた。
……何かに取り憑かれたように歯噛みする、ただ一人を除いて。
(結局、魔女のためにと頑張ってきたけど……。権力は全て、彼女達が独占するのかしら。だとしたら……私の、これまでの計画が……)
アニエスにとってこの話は少し蚊帳の外である。マレフィカ達の絆は想像以上に深く、ただの人間である彼女にはおいそれと踏み入れる領域ではない。人に受けた仕打ちの上に育まれたこの心は、すでに魔女と同じだというのに。
(他に、空いているポストといえば……)
うずうずと自分に与えられるはずの役職を今か今かと待っていると、それどころではなくなってしまう事態が彼女達へと襲いかかった。
「おひめー! ねーちゃんが、リュカねーちゃんがー!」
突然血相を変えて飛び込んで来たムジカの姿に、議会は騒然とする。
「ムジカ!?」
「一体どうしたのです! あなた方は森の方を警備中だったはず……まさか、敵襲!?」
「うんっ……! マレフィカ、凄く強いマレフィカが、リュカねーちゃんを……! だから、はやく戻らなきゃ!」
「ムジカ、あなた傷を負って……くっ、リュカさんの所へはわたくし達が行きます、あなたはここで休んでいなさい!」
「そうだよ! こんなに傷ついて……」
パメラは慌ててムジカの傷を癒やす。だが、その深い傷は完全には塞がらなかった。
「ううん、ムジカも行く! あの血の臭いがする女、後ろに、がーであなの軍隊がいるって言ってた……! だからムジカも、戦わなきゃ!」
「何てこと……やはり、彼らもそう甘くはありませんか。伝令! 待機中の兵を可能な限り集めなさい、私もそこへ向かいます! 非戦闘員は、ここから出ないように!」
戦闘の号令に合わせ、パメラも慌てて外へと駆け出そうとする。しかし、アニエスの手がそれを捕まえた。
「ダメよパメラ! あなたまで行って何かあったら、この先どうするの!」
「アニエス……でも、みんな大事な仲間なの! 一人も欠けちゃいけないの! こんな時に私だけ見てるなんてできないよ!」
パメラはその手をふりほどき、振り返る事もなくクリスティア達と飛び出していった。
「仲間……。それは、私もなの……?」
非戦闘員と共にその場に残されたアニエスは一人、寂しそうにつぶやいた。
世界に今、産声を上げたばかりの新たな道。けれどその前途は多難である。
人は皆、誰しもが欲望と理想を秤に掛けて生きる。それは常に表裏一体だが、二つの織りなす道は、時に大きくその行方を違える。
喧噪の中、小さなため息が漏れる。そして何かを決断したように、アニエスは静かにその場を立ち去るのだった。
―次回予告―
全てが理想で語れるならば、
誰もこれほど足掻いてはいない。
だから今は、心のままに。
第158話「過ち」