第166話 『ヒストリア(前編)』
マジカルランドは今日も満員御礼。記録的な動員数の中、園の中央に位置するマジカルキャッスルが正午の鐘を伝える。
いよいよ全国民が待ちわびた、魔法少女ティセ・ファイナル公演、~復活の魔法少女~開幕の時である。
「みんな、ちゃんと台詞覚えた? リハ無しの一度きりなんだからね! このシナリオなら、アイツもきっと……」
「何気に一番やる気出してないか、ティセ。まあ、俺はずっとダンジョンマスターを演じてきたからな、演技に抜かりはない」
「エトも、演技はできる。ずっと邪神を演じ続けてきたからな……。でも、なんでよりによってこんな役なんだ」
悪の女幹部のような衣装を身にまとい、エトランザが愚痴を吐く。同じく女魔法剣士のコスチュームを着こなすピーターは、まるで女性のような佇まいでしゃなりと登場した。見る人が見れば女性そのものだ。
「まあまあ、設定上では今の魔法少女ティセは中身が大人。姫騎士ロザリーが世界を救うために旅立った後の話だからね。この国のみんなが大好きなロリ……じゃなくて妹的な存在が必要なんだよ。はい、決めゼリフ!」
「は、はにゅ~ん! とか、エトラ、絶対言わないからな!」
エトランザもすっかり役に引っ張られて、一人称が変わっている事に気づいていない。その熱に当てられ、ティセもまた自身のセリフの最終確認をする。
「月の女神アルテミスに代わって、マジカルにお仕置き! ……うん、いける。今なら、アタシは魔法少女を胸張ってやれる。これは、アタシの原点なんだ」
「嬉しいにゃあ……。まるであの頃を思い出すようだにゃあ」
「アンタにこのステッキを貰った時から、この運命は決まっていたのかもしれない。アタシ達は最後まで一緒よ、トゥインクル」
「にゃあ!」
――カペラもいるよー。そういえばティセ、気づいてる? マレフィカとして、新たな扉を開いた事に。
「うん。きっとアタシは、アタシを超えられる。みんな、期待してて!」
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一方、はるばる遠方から駆けつけた、招かれざる招待者達。彼女達もまた煌びやかな夢の世界の入り口に立ち、感嘆の声を上げていた。
「マジェスティ、ここがマジカルランドにございます」
「ほう、これはまた豪勢な施設だ。見れば見るほど、我がソレイユが惨めに思えてくるな」
「ようこそ、ここは夢と魔法と平和の国、アルテミス・マジカルランド。太陽の国の女王様、ゆっくりと楽しんでいってね!」
夢の世界へと足を踏み入れたカトリーヌ一行の前に、マスコットのマッキーが立ちはだかった。今日は衣装も魔法使いに扮して一段と張り切っている様子だ。
黒のネズミ。カトリーヌにとってそれは死神を思わせる存在。皮肉にも、貧しい母国を過去に蹂躙した悪しきシンボルなのだ。
「なんだ貴様は、またペストでも媒介する気か? 忌わしい」
「ヒヒッ、ボクからのプレゼントだよ。受け取ってね!」
「ぺっ、ぺっ、無礼者! 感染でもしたらどうする! ……お、何だ、この心地よい気分は」
「私の使い魔が失礼したわ。この子はこう見えて、昔シネマジカの大スターだったのよ。人を喜ばせる事が何よりも大好きなの」
昔を懐かしむ前女王。彼女の青春は、マッキーと共にあった。演劇の天才と呼ばれた彼女が若い頃にプロデュースした不朽の作品群は、本名ディズィー゠アルテミス゠ファウストの名からディズィー映画と呼ばれ、長年愛されてきた事は余談である。
「マッキー、ご苦労様です。準備は出来たかしら」
「は……ご主人様、そしてカトリーヌ様。どうぞこちらへ。今だけは争いを忘れ、共に一時の夢を……」
急に裏声をやめ野太いバリトンボイスに戻ったマッキーに連れられ、カトリーヌ達はマジカルキャッスルへと招待された。
「ねえ、あれって……」
「ああ、カトリーヌとかいう侵略者だ……」
「ふん、我がエクリプス帝国の臣民ども、新たな月の女王マジェスティ・メディアのお通りだ。道を空けよ!」
他の客はその声を聞くなり悲鳴を上げながら逃げていく。そんなカトリーヌを恨めしく見つめる人々の列を尻目に、高笑いが響き渡った。
「こちらが公演の舞台、マジカルキャッスルでございます。我らが女王も頂上にてお待ちです」
「ふむ。他人の城に土足で踏み入るのは、いつも気分が良い物だ」
辿り着いたのは、城の最上階。見晴らしの良い天空にそびえる劇場。カトリーヌ達最後の客で埋まると同時に、幾重にも魔方陣が発動し、舞台装置共々客席が上空へと浮かび上がる。
「なるほど……この劇場、宙に浮かび逃げられんようになっているのか。地上のパペット供と分断する気だな」
「ご安心を、パペットは遠隔操作可能。いざとなれば地上で暴れさせましょう」
「そう上手くいくかしら、ミハエル。今パペットを構成するのは……いえ、余計なお世話だったわね」
どこまでも余裕を見せる前女王に、カトリーヌは銀のナイフを取り出してみせた。そして、その首にあてがうジェスチャーをする。
「ふん、かような奸計におののく私ではない。何を企んでいようと、こちらにはアルテミス19世がいる。バルホーク、奴らがおかしな動きを見せた時は……いいな」
「ああ……我が光速剣で処刑するのみ」
常に周囲を警戒しながら、バルホークは吐き捨てるようにつぶやく。見たところ、観客の中に脅威となる人間はいない。彼がそのまま視線を上空に移すと、グリフォンが空を駆け巡るのが見えた。その背には、ピンク色のトカゲが見え隠れする。見間違いでなければ、確かサラマンダーとかいう使い魔。バルホークの脳裏に、死をもって自分を正してくれた親友の最後の姿が過ぎる。
「あれは……まさか……な」
「どうした、バルホーク?」
「……レジェンドの使い魔が監視しているようだ。事は簡単にいかんかも知れん」
「ふむ……」
ブー、というブザーの後、場内にアナウンスが流れ出す。カトリーヌはビッと姿勢を正し、深々と椅子に座り直した。
『そろそろ公演のお時間となりますので、マジフォーンの魔動源はお切り下さい。騒いだり立ち上がったりは他のお客様のご迷惑になるので、ご遠慮下さいますようお願いいたします』
アナウンスに合わせ、マッキーが客席一人一人にマジカルライトを配る。カトリーヌはナイフをライトへと持ち替えると、無意識にぎゅっと握りしめながらティセの登場を待った。
「ディーヴァ、ティセとはどんな子だ? 共にヘクセンナハトという軍にいたのだろう」
「……ああ。どんなに勝ち目がなかろうと、悪逆には決して屈さぬ娘だ。お前は負ける。相手が悪かったな」
「そうか、私もそうであれたら、良かったのだがな……」
「カトリーヌ……」
舞台の幕が上がる。カトリーヌは口を噤み、その先を真剣な眼差しで見つめた。
始めに、上空をビジョン・クラスタで作られた巨大な映像が覆った。キャッスルの外にいる人々に向け、そしてもちろん、ネット上で見守るこの国にいる全ての人々に向け作り出された、ティセによる魔法である。
「あの子、私のビジョン・クラスタまで……何て子なの」
獅子の吠えるイントロ、そしてタイトルが表示され、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。この作品が発禁されてからこうして上映されたのは、およそ半年ぶりの事である。
物語のプロローグは、前作“姫騎士ロザリー”にてガディアンナ帝国から平和を取り戻したアルテミス王国に、新たな侵略者、イルミーナ帝国の魔の手が忍び寄る描写から始まる。
イルミーナの女帝、エトラは全てを我が物にしなければ気が済まない性格で、近隣の国を滅ぼしては支配を繰り返すという、ガディアンナを超える悪としての残酷なエピソードがいくつか挿入された。
『キヒヒ! この世界はエトラのために回っているのだ! 次はこの世で最も豊かな国、アルテミス。この国も、エトラのものにしてやる!』
「おお、エトランザ様。ほほ、まるで私のように役どころだ」
「風刺、またはアイロニーでしょう。物語に与えられた役割の一つです」
「ふむ、浅はかなプロパガンダか。我がワルプルギスもよく使う手だ」
場面は明るさを増す。すると舞台は平和な国、アルテミスへと移った。
アルテミスは今、晴れて魔法女王となったティセが治めていた。しかし、姫騎士ロザリーも去り、ティセは心ここにあらずといった様子で、決して良い女王とは言えない状態にあった。しかもあろう事か、ティセはロザリーを追いかけて国をほったらかしにしてしまう。
これに目をつけたエトラは、自身の持つワープ能力を駆使し、瞬く間にアルテミスを乗っ取っていった。他者からもたらされた平和に酔いしれるアルテミスは当然対抗する力など持ち合わせてはおらず、為す術無くその支配に飲み込まれていく。
『アッハッハ! 所詮この世は弱肉強食。弱い者は食われるためにあるのだ!』
「力無き者の末路よ。当然だ」
「それには同意する。何かを守るには力が必要だ。だが……」
強者の側に立つはずのディーヴァだが、むしろその考えは危険思想である事を否定できずにいた。強者こそが全てであるという考え方に倣えば、最凶の存在、教皇の支配をも受け入れざるを得ないのだから。
舞台は変わり、次は外国の風景へと様変わりする。シルエットで浮かび上がるのは、成長したティセの姿。
『そんな、アルテミスが……』
ティセは旅先でアルテミス占領の報せを聞き、自分を責めた。そんな傷心の彼女を、一作目のボスである大魔王デストピアが襲う。ティセは彼の罠にまんまと引っかかり、魔法によって以前のような魔法少女姫の姿へと戻ってしまう。かつて世界を支配した魔王の野望は潰えてはいなかった。彼は自分を貶めた“物語”を修正するため、再び決着をつけるべくティセを幼い姿へと戻したのだ。
『きゃあ、体が!』
『フフフ、ここでお前の物語は終わりだ! 果たして、10年の時を経てパワーアップした私に勝てるかな? 我が相棒、デスピアーも貴様の血に飢えているわ』
ブカブカのローブに身を包んだ幼いティセが登場すると、会場は割れんばかりの声援に包まれた。流石は魔法の国の住人、本当に若返っている事実なども特に気にならない様子だ。
『ティセ、こうなったら変身にゃ!』
『ええトゥインクル、リトルウィッチプリンセスモードに変身よ! プリンセスエンゲーージ!』
チャラララー♪ と効果音が流れ、ティセとトゥインクルは華麗にステップを踏む。最後に二人は重なり合い、最強形態である例のギリギリ衣装へと変身した。
「やっとティセの出番か。しかし、いいのか、こんな……」
「ティセ、思い切ったわね。今は私でもこのラインは超えないわ。きっと不当な規制に対するあからさまな挑戦状ね。ほら、あなたも鼻血を拭きなさい」
「ふご……」
ティセのサービスシーンによる歓声に包まれる中、物語は進む。
『デストピア、アンタの思い通りにはさせない!』
『ハッハッハ、そう来なくっちゃなあ。さあ決着だ、魔法少女姫・ティセ!』
格好良く決まった場面だったが、二人を照らしていたライトが突然落ちた。アクシデント発生である。
『はいはい、一旦カメラを止めて下さーい!』
『なっ、今度は何よ!』
そこに乱入したのは、魔法剣士ピーターであった。
彼はガディアンナ帝国の魔法少女? であり、年々過激さを増す性描写を取り締まるためにやって来た正義の活動家である。
『君、なんだいその格好は! 今のご時世、君みたいな少女がそんな格好をしたらどうなるか、わかっているんだろうね!』
『え、でもこれは由緒正しい魔法少女の戦闘服だし……』
『君も君だよ大魔王! こんな小さな子をそんな武器で叩くつもりかい? 児童虐待だよ!』
『そ、そんなつもりは……』
物語は突然メタ的な展開へと突入し、客席の間にも混乱が広がっていく。これまで動じる事のなかったバルホークも、これには驚かずにはいられない。
「ピーター……やはり生きていたのか。しかし、これには同意見だ。あんな少女が無闇に肌を晒すものではない」
「確かに賛否ある所よね。その少女が本来持つ芸術的な美しさを評価するか、下卑な視線からそれを隠すか。それにしてもティセ、腕を上げたわね。扱いの難しいメタ視点を使いこなすなんて」
「む、何だこの展開は、もっとティセを映せ、ティセを! 私が許可する、いいからその肌を映せ!」
「……まあ、こんな風に行きすぎた人を生むのは考え物だけどね」
続けてピーターはストーリーそっちのけで、現代の物語の在り方を語りはじめる。
『少女の脱衣シーンはダメ! 過度な暴力もダメ! 特定の組織や政治に対する批判もダメ! 物語はみんなにとって楽しめるものでなくてはならない。だから、ボクのような同性愛者は必ず作品に登場させよう。そして、差別を受ける全ての人々をちゃんと活躍させようね!』
ひとしきり語った後、ピーターは客席を眺めた。そしてその中から、ディーヴァを見つけ話しかける。
『わお! 君のその褐色、アバドンの出身だよね。ガディアンナでは君達に対する偏見が今もなお多いんだ。ボクはそれを払拭したい! だから君を主役に、この物語を作り直そうじゃないか!』
「なっ……私がか?」
ピーターの横暴はついに暴走を始めた。舞台裏のエトランザがディーヴァの目の前にワープゲートを作り出す。すると、瞬時にディーヴァは舞台上に引っ張り出されてしまった。
「なんと、ディーヴァが物語の中へ……!」
『さあ、新ストーリー、魔法少女ディーヴァの始まり始まりー。彼女はその肌の色から、辛い人生を歩んで来たんだ。みんな、彼女の活躍、いっぱい褒めてあげてね!』
「何を言う! 我々はこの肌に誇りを持っている! いちいち貴様等の施しなど受ける必要はない! そもそも誰かに用意された役割に価値はあるのか!? 勇者とは、道を切り開く者の事だ!」
『おや、気に入らないのかい? さては君も、差別主義者だね?』
ピーターの顔つきが変貌した。場面は暗くなり、大魔王そっちのけで、彼はより凶悪な存在として演出される。
その暗闇の中、ティセはディーヴァへとそっと耳打ちをした。
(ディーヴァ、これも作戦よ。これで人質はあとママだけ。今はこらえて)
(ティセ……お前……)
そのどさくさに、ディーヴァは舞台裏のエトランザの下へと送り出された。
「ディーヴァ!」
「エト! そうか、お前が助けてくれたのか」
再開を喜び合う二人。カトリーヌは何が起きているのか分からない様子で、ただ舞台上のティセを見つめている。
物語は次の段階へと入った。ピーターはとうとう善人の仮面を捨て、内に秘めた本心から来る言葉をさらけ出す。
『ククク……物語なんて、ただの作り話に過ぎない。いつだってそうだ。スポーツ、スクリーン、そしてセックス。これらは時に戦意高揚のプロパガンダに使われ、時には人々を真実から遠ざける為の洗脳装置となる。ならば一部の人間に都合の良いように動かして何が悪い! 君達は、ただの駒、ボクの言われたとおりにただ演じていればいいんだ!』
娯楽による支配は歴史上、常に秘密裏に行われてきたと言われる。だが、それらはあくまで負の側面でしかないと、物語の主役であるティセが立ち向かう。
『バカにしないでくれる? 物語はそんなに安っぽい存在じゃない。アタシは確かにここに存在する! 意思だってある! 息もしているし、怪我をすれば血だって出る。誰かの都合によって好き勝手にいじるなんて、それこそアタシ達に対する差別よ! そんなのは嘘っぱちの世界だ!』
ティセは役も忘れ叫んだ。物語の中に生きる者の自由を。見る者のさじ加減で乱暴に踏みにじられる存在である恐怖を。そして、それはもはや侵略と何ら変わりが無いという事を。
『フハハ、ティセ、よく言った。大魔王としての役目を全うするならば、私は何度もティセに挑み、儚く敗れ去る未来は変えられない。しかし、今の話を聞いてそれが実にばかばかしくなった。今は大魔王デストピアとしてではなく、大魔導師メトルとしてティセと共に戦おうではないか!』
大魔王は仮面を脱ぎ、素顔を晒す。ティセはその時に気づいた。一作目のボスを演じていたのが彼、メトル本人であった事を。その時にはずいぶんボコボコにした気がするが、ラビリンスの時含め、いつも父として娘に付き合ってくれていたのだ。
『パパ……いや、大魔王、ごめんね、いつも乱暴にやっつけたりして。恨むのも分かる。でもそこには、人々を守るって理由があった。……でも今はアンタを倒す理由がない。その恨みを作ったのはアタシだから。だから、仲直りしたいの。ここで恨みを断ち切って、一緒に前に進もう!』
『フフ、よかろう。一時休戦だ、魔法少女よ!』
ティセと魔王は固い握手を交した。熱い展開である。
『さあ、どうする? ピーター。これでもアタシ達を好きにするつもり?』
『魔王としては、誰かの駒になるなどまっぴらごめんだ。さあ、謝るなら今の内だぞ』
もはやこの二人を相手にして勝ち目などはない。ピーターは膝をつきうなだれた。
『うう……いつもそうだ。誰も、ボクの事を分かってくれないんだ。ボクのいたガディアンナでは同性愛は認められていない。だから、どこに行っても白い目で見られる。でもボクは決して憐れまれたり、可哀想な存在ではないんだ……。それを、みんなに分かって貰いたかったんだ……』
『大丈夫。ちゃんと話をすれば、誰もあなたを仲間はずれになんてしない。だから、こんな風に自分から敵を作ったりしちゃだめだよ。みんな、きっとわかり合えるんだから』
『うん、そうだね……』
三人は手を取り合った。そして、自分達の本来なすべき事、物語を再び紡ぐために歩み出す。
『そう、きっとわかり合える。イルミーナ帝国とも、きっと……』
ここで一旦幕が下り、第一幕の終了アナウンスと場面転換の休憩が入る。
「なんだ、この感情は……。不快なようで、共感もできる……これは、今まで見た物ともどこか違う」
カトリーヌは動揺していた。カルチャーショックとでも言うのか、頭を整理する事で一杯の様子だ。
「これが物語の持つ力よ。稚拙でもあの子なりに、あなたに伝えたかったであろう事。エンタメに吹っ切れた私では書けないものね」
「魔法少女ティセが放つ言葉、何故だ、弱者の戯言に過ぎぬはずなのに、捨て置けん……」
カトリーヌのみならず、バルホークもまた親友の叫びに揺れていた。
「ピーター……そうか、お前もやはり……」
本国での生き辛さを共有する友へ、少しばかり熱い感情が芽生える。これは友情に近いが、大きく異なるもの。もしかすると、愛情の一つなのかもしれないと。
「我らは今冷静ではない。ミハエル、もし私が敵の術中にかかれば、その時は貴様が実力行使に移るのだ、いいな」
「かしこまりました。私は無縁者。すでに情など捨て去った身です。きっと、やり遂げて見せましょう」
「……しかし、魔法少女ティセ……あれは一つの可能性だ。表現の規制という力で押さえつけられ消えゆく光。それはまるで虐待に耐える子供のようではないか……」
キャラクターというものの魅力に取り憑かれたというより、彼女はその力と相反するかのような魔法少女ティセの現実世界での無力さに同情した。小さな頃にこのような物語があれば、辛い現実から逃れる術もあったかも知れない。彼女の中で小さなカトリーヌと魔法少女ティセの姿が重なり合い、もはや想いは募るばかりであった。
一方舞台裏では、すっかり子役となったディーヴァがこの物語の真意を問いかける。
「ティセ、果たしてこれでカトリーヌの心を溶かすことができると言うのか? 奴の闇は深い。寓話にて変えられるのなら我々とて……」
「うん、物語に出来る事、それは大きい。でも、全ては変えられない事も分かってる。だから、アタシが変わらなきゃいけないんだ。この物語の中で」
「勝算は、あるんだな?」
ティセは黙って頷く。ならば何も言うまいと、ディーヴァは台本を確認した。
物語というものは、いつの世も簡単にねじ曲げられ、その姿を変える。しかし、その本質は変えてはならない。全ては子供達、そして人々の笑顔のためにあるのだから。
行きすぎた歪みは、行きすぎた憎しみに変わる。そんな憎しみの中にいる少女を、ティセはどうしても救い出したかった。それが“物語”の持つ役割なのだと。
「さあ、準備はいい? 第二幕いくよ、みんなっ!」
―次回予告―
自身の歩んで来た道。それもまた、ヒストリア。
いくつもの自己を実現し、掴み取った栄光の道。
なのに、なぜこうもこの血は渇くのか。
第167話「ヒストリア(後編)」