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第164話 『カペラ』

「戻って、お願い戻ってえ!」

「おいバカ暴れるな! 次元の狭間に落ちたいの!?」


 ここは上下左右、満天の星々が輝く亜空間ネビュラ。幼い姿となったティセを押さえつけながら、エトランザは星々の海を泳いでいた。

 ディーヴァの機転によりアルテミス城での戦いからティセを救い出したものの、土地勘の無いエトランザが急遽逃げ込める場所はここだけだったのである。


「アタシがいなきゃ、みんなが危ないの! いいから戻ってよー」

「ボロ負けしてピーピー泣いてたくせに何を言ってる!」

「まだ負けてないし!」


 言動まで8歳児程度に戻ったかのように暴れるティセを見て、エトランザはお姉ちゃんになった気分を初めて味わう。


「むー……聖女め、今までこんな風にエトの事を見てたのか、くやしい……」

「いいから下ろしてって言ってるでしょ、このデコっ」

「なっ! デコ言ったな! お前だけここに置いていってもいいんだぞ!」

「ぎゃーっ」


 怒ったエトランザは、どこまでも広がる無重力空間にティセを放り出した。ブカブカのローブの中を溺れるように手足をバタつかせるが、ここでは上手く泳ぐ事もできない。


「うえーん! そもそも、ここはどこなのよぉ……」


 時折、変な生き物が珍しそうにこちらを眺めてくる。早速、虫のような、人間のような奇怪な生命体が、長い口吻(こうふん)のようなものをこちらへ向けコミュニケーションをとってきた。


『ビビ、ビビビ……』


「何こいつ。ハエ男?」

「野良カオスね。誰とも契約してない、もしくはマレフィカに先立たれた存在だ。奴らは常に宿主を探しているから、ここで捕まったらお腹に入り込んでくるぞ」

「ちょ、そんなのいやー!」

「ふん、冗談だ。何を言っているのかはエトにも分からない。でも、基本みんな良い奴よ」


 エトランザは空間のみならず、次元をも跨いで移動できる力、次元転移(ディメンションゲート)を身につけていた。かつて首だけとなった際、その力で思考のみをネビュラへと逃避させる事で日々の辛い虐待を乗り越えて来られたのだ。失語症のように見えた症状も、意識を飛ばしていたための現象にすぎない。


――人が子よ、心の傷はもう癒えたか。

「アルビレオ……うん、もう平気。ディーヴァが良くしてくれたから……」

――左様か。人の世に耐えられぬ時は、いつでもここへ来るが良いぞ。ここは涅槃(ねはん)。人の世の不条理など無い、原初の空間。あるのは永久(とこしえ)の安らぎのみ。かのディーヴァという娘もカオスを継ぐために一時ここへと訪れていたが、ニルヴァーナの境地へは辿り着けなかった。人というものは感情の生物ゆえ……。


 今度は金色の仮面をつけたカオス、アルビレオが現れエトランザへと話しかける。その話し方は、邪神を演じるイルミナ教主そのものであった。彼の難解な語り口を真似する事で、エトランザは子供ながらに邪教徒を統べていたのである。


「そいつ、アンタのカオス? ずいぶん怖い顔してるけど」

「ふん。エトのカオス、アルビレオはその見た目から邪神と呼ばれているけど、本当は一つの世界を救った英雄なの。迫り来る滅亡から人類を、連星であるもう一つの星へと転移させたんだって。結局、その功績を神に認められたとかでカオスにされたけど」

「そんな事できるの? っていうか、カオスってみんな会話できるの?」


 今さらそんな初歩的な話に立ち返るとは思わず、エトランザは笑った。


「相変わらず、何年マレフィカやってるのかしら? 力の目覚めには、声が聞こえるもの。お前だって声に従い契約したんでしょ?」

「アタシ、何も聞いてないんだけど……。勘だけでむりやり力を使ってた」


 普通、声を聞けないマレフィカは異能に目覚める事もなく、カオスを次の世代に託す事になる。この場合は相性の問題もあるが、カオス自身が変わり者である事も多い。おそらく彼女もそのケースだろう。


「呆れた。意思の疎通もしないとかどんなカオスよ。よし、せっかくだからこっちから会いに行くわよ! その引きこもりカオスに」

「ええっ、勝手に決めないで! そもそも、何でアンタなんかと一緒にいなきゃいけないのよ!」

「それはこっちのセリフ。ディーヴァに免じてお前を逃がしてやったの。それにどう考えても劣勢だったでしょ、身代わりになってくれたディーヴァに感謝しなさいよね」

「う……ごめんなさい」


 確かにあの時彼女達が来なければ、どうなっていたか分からない。エトランザに立ち向かった時と同じパターンで、今度はその相手に助けられるという皮肉に、ティセはしょげ返った。


「でもどうしてアンタがディーヴァとここに……。イルミナ神殿でパメラにお灸を据えられて、ガーディアナに逃げ帰ったはずでしょ? 置き手紙まで残してさ」

「……エトは、もう帰るところがないの。教皇様を怒らせて、ガーディアナからも除名さたから」

「だからって信用しろって……」

「ふん、信用しろなんて言うものか。エトは、助けてくれたディーヴァのためについて行っているだけだ。それにパメラ……聖女の所にまで連れていくって言うから、まんまと乗って上げてるの」


 エトランザの真意が掴めず、ティセは悪い予感を働かせた。あの時に見せた執着心からすると、彼女が簡単にパメラを諦めるとは思えない。


「またパメラを狙ってるの? だったらアタシが……」

「逆よ……謝るの。あいつは、何にも関係なかった。初めから、エトはマリア家に利用されるためだけに生まれてきたの。それは、立場は違うけどあいつも同じ……。それに、ディーヴァが命を賭けて守ったあいつらを、今さらどうこうする気もないわ」

「そっか。偉くなったね」

「う、うるさいっ」


 憎しみからは何も生まれない。初めは分からなくとも、人はそれを理解する事ができる。そう、今の自分のように。


「それじゃ、ディーヴァもアタシとの約束、守ってくれたんだね」

「ああ、勇者とか言って、バカみたい。誰かのために、また傷つく事になるのに」

「だから、早く戻って助けないと! あの変態女に何されてるか分かったもんじゃないわ!」

「エトだって戻りたい! でも、カトリーヌの力は厄介だ、ディーヴァはきっとそれを見抜いたんだ。奴の力でエトが本能のまま暴れたら、そこにいる奴らを皆殺しにしちゃうって事を。そして、お前に眠る力だって、暴走させちゃいけないって事も」


 確かにあのまま行けば、以前のように力に飲まれていたかもしれない。日食のせいか、自分に眠る凶暴性のせいかは分からないが、ここは一度冷静になる必要があるだろう。


「そっか、無理矢理覚醒すると、コレット達が一度なったっていう忘却化(オブリヴィオ)ってのが起きるんだっけ。アタシも、もしかしたらそれに……」

「そうだ。だから、今からお前のカオスに説教して、ちゃんと融合してもらうの。でも、コレットってあの生意気なガイコツ女よね。そっか、忘却化も乗り越えたんだ、ふーん……」

「だいたい分かったけど、カオスに説教って……聞いてくれるかなぁ」


 あまりにも広大な星の海を見渡し、ティセは不安げにつぶやいた。そもそも、この中から引きこもったカオスを見つけるなんて出来るのだろうか。


「ティセ、カオスの特徴は分かる? スペクトルくらい出した事はあるでしょ」

「うん。ヤギのお面の女……だったかも。ロザリーと戦った時の一度しか見てないし、自信ないけど」

「山羊女か。イルミナで使われていた邪神像も確かそんなデザインだったけど、山羊はスケープゴートっていって、罪を背負わせるのに都合がいい存在として使われてきたのよね。何よりガーディアナにおいては、分かりやすい悪の象徴でもあるわ。でも人間なんかから言われたくないわよね、かわいそうに」

「罪、か……」


 その言葉には彼女にも思い当たる節があった。ロザリーとの出会い以降、自分の力を罪の象徴として意識する事はある。出来ることならば、使いたくないとすら……。


――女、羊というと、馭者(ぎょしゃ)の星の者かも知れんな。


 何か心当たりがあるのか、アルビレオが話しかけてきた。しかし契約者以外には彼らが何を話しているのかさっぱり分からない。そして顔が怖い。


「ふんふん、アルビレオが言うには、きっと雌ヤギを意味するカペラの事ね。スペクトル等級はG。ジェネラル、つまり、ごく一般的なカオスらしいわ」

「ふぇ、一般的……」

「別に等級が全てじゃないから。アルビレオなんてKよ。カインド、優しい者。これは神がつけた脅威度みたいなもの。どちらかというと、マレフィカ本人の攻撃性だったりのほうが強さに結びつきやすいわ。エトみたいにね」

「そっか。まあ、あのパメラだって怒らせなければあまり怖くないもんね」


 極北に位置するというカペラの放つ光は、上から数えた方が早いほどに眩しいものである。ネビュラを知りつくしているアルビレオが、大まかな方向を指し示した。


――カペラならば、あの方角であろう。一度はこの領域まで届いたというその力、私も興味がある。

「あ、あの派手な黄色い光がそうじゃない? さっそく空間転移!」


 ゲートを通りその光の中に入ると、いつの間にかティセ達は荒廃した星へと降り立っていた。目の前には小さな藁葺(わらぶ)きの山羊小屋が見える。そこには“ネビュラ北極群D46番地、カペラ”と確かに表札が出ていた。とりあえずノックもせずに入ってみると、彼女はいた。後ろ姿で無防備に何かに興じているようだ。


――えへへー、カプっとカペっとMチューブ! カペラたんでーす!


 突然、一人で嬌声を放つ女性。Mチューブとは、アルテミスのマジビジョンサービスの名称だ。


――今日は歌ってみた配信でーす。いやー、声出るかなー。最近喉の調子が悪くって……メエー、ンメエエ。ん、いけそうだねー。それじゃ一曲目、魔法少女ティセ・アルティメットプリンセスバージョンだよー。


「いきなりで悪いが、お邪魔するぞ」

――ひゃあああ! だ、誰……!? えっ、うそっ、ちっちゃいティセ……!?

「えっと、カペラ、だっけ。久しぶり……何やってんの?」

――お、親フラ、じゃなくて、宿主フラ……カペラ、終わった……。


 のんびりとくつろいでいたらしいカペラは、山羊の頭蓋骨で作ったお面を外した姿でその素顔を晒していた。長い黒髪で隠れてはいるが、のぞき込むとギャル系の美人である事がうかがえる。その格好も悪魔らしくきわどいものだが、どこかズボラで様々な衣装をそこら中に脱ぎ散らかしている。

 彼女は何故かその手にマジフォーンを持っており、そこには慌てふためくカペラ自身が映し出されていた。信じがたい事に、自撮り映像の配信をしていたのである。


「あ、それ、昔アタシが捨てた旧式のヤツだ!」

――えっ、そうかなー、どっかで拾ったんだけどー、ネビュラにはお巡りさんいないしぃー。


 カペラは慌ててマジフォーンを後ろに隠した。その目は明らかに泳いでいる。


「アンタ、もしかして、ずっとここでサボってた?」

――ち、違うの! ずっとティセの側にいたよ……! でもー……。

「じゃあ何でこんなに修行してんのにカオスの声も聞こえないのよ! 周りのみんなはどんどん先に行って、ずいぶんと惨めな思いをしたんだから!」

――それは……。


「「カペラちゃーん」」

「「どうしたのー、話聞くよー」」


 画面から聞こえる音声チャットの声。いつも彼女の配信を心待ちにしているファンである。カペラは顔を真っ赤にし、慌てて配信停止ボタンを押した。


「アンタ、アタシに黙ってMチューバーとかやってんの?」

――これは、これはね! えーと……。

「国が大変だって時に……それに今はネットできないはずでしょーが!」

――そっちとは時差があってね、こっちではまだ平和なの、多分。だから、わかんなかった、わら。


 あまりの事に、ティセはその場へとへたり込んだ。カオスとここまで馬鹿なやり取りをするマレフィカも珍しい。さすがのエトランザも呆れ顔だ。


「ふん。ティセの様子からして、どうやら悪しき文明に堕落したようだな。こら、アルビレオ! 珍しそうにのぞき込むな、お前まで中毒になるぞ!」

――えー、アルビレオ様いるの!? ニンゲンカイで今めっちゃ人気あるって聞いたんですけど! 確か、イルミナってグループの信者数すごいんですよね? 早速コラボ配信しなきゃ!


 配信者の(サガ)か、彼女は再び機材のセッティングを始めた。ちなみに、彼女達は今流行のバーチャル配信者という事になっており、アルビオレのような顔で出てきても特に問題はない。なお、幻像であるその姿も普通ならば見えないが、魔動装置で映した映像にはしっかりと乗るらしい。カオスにとって、それはあまりに相性の良いコンテンツだった。


「ふーん、そういうこと。チャンネル登録者も随分といらっしゃるようで。なになに? カペラのペラペラジオ、マジカルゲーム攻略、シネマジカ同時視聴、ちょっとエッチな囁き声……確かに忙しそうね。だからアタシのピンチにも気づかなかったんだ。これはお灸を据えてやらなきゃダメかな」


 ティセは指の先に炎を灯す。何を隠そう、ヤギの丸焼きはティセの大好物である。この藁葺きの家ならば良い感じに焼けそうだ。


――うっ……だって、あなたが望んだのよ! こんな力いらないって言ってさ! カペラは、ティセが喜んでくれると思って頑張ったのに! じゃあ、力を与えるだけのカオスなんて必要ないじゃない! 別に何してたっていいでしょー!


 カペラはマジフォーンも放りだし、深く山羊のお面を被った。すると、彼女もれっきとしたカオスの一員だという事が分かるほどに威圧感が生まれる。面を喰らったティセは、徐々にその迫力に押され始めた。


「何言ってんの? アタシがいつ、そんな事……」

――忘れたの? 一度目はあなたが反抗期の頃。魔法少女なんてなりたくないって、カペラの力を拒んだ! 二回目は街で暴れた時。自分の力を恐れて、また拒絶された! ティセは天才だからそれだけでコツを掴んだみたいだし、もうカペラなんていらないんだよね。今さら家にまで来てさ、都合良すぎー! マジKY!


 どうやらネットの海にどっぷりと浸かり、彼女は煽り言葉まで覚えたようだ。


「うっ、こんなヤツがアタシのカオスだったの……」

「カオスにも色々いるからな。お似合いだとエトは思うぞ」


――小さい頃は、あんなに一緒にいたのに……あなた、史上最年少で融合(ユナイト)の力を操る、天才少女だったんだよ。覚えてる?

「カペラ……」


 幼少期、確かに自分には不思議な力が備わっていた気がする。好きな時に魔法少女に変身し、ごっこ遊びを楽しんだ記憶があるのだ。


「あ、あの時ラビリンスで変身できたのも、もしかして……」

――そうだよ。構って欲しくて、時々力を貸してたの。昔は映画デビューもして、たくさんの人に愛されて、カペラは幸せだった。それが忘れられなくて、こうやってチャット配信にのめり込んだの。画面の向こうでは、みんなチヤホヤしてくれる……。でも、カオスの私はずっとひとりぼっち。

「えっと、映画出てたっけ、アンタ」


 ムッとしてマジホを拾い上げたカペラは、魔法少女ティセのクライマックスシーンを再生させた。


――ほら、ここ! 魔法少女ティセのガーディアン役で、後ろに浮かんでるでしょ! おめかしして、お面も取ってるから分からないかもしれないけど。

「これ、ずっと特殊効果だと思ってた……」

――ノーギャラで出てあげたのに、ひどいー!


 あの時の女優さんに似てると、彼女の配信は密かに人気コンテンツとなっていた事をティセは知る由も無い。


「って、そんな事どうでもよくて! 今こっちは大変なの! アンタもいつまでもヘソ曲げてないで、協力しなさい!」

――ふん、ここに来たのもどうせ負けたからよね。へへーん、ざまあざまあ。

「このっ、言わせておけばー!」


 ついに二人はポカポカと子供のケンカを始めた。もはや呆れ顔を通り越し、どっと疲れた様子のエトランザとアルビレオ。


「……ここまでどうでもいい理由だったとは、エトも心配して損した」

――ふむ、年寄りにはついて行けぬ世界だ……。どうやらずいぶんと若いカオスのようだが、一体何があった? カオスは皆、かつての世界から神に認められ、この力を得た存在。何か、それぞれに源泉たる志があるもの。ではお主の源は、何だ?


 突然話しかけてきた黄金仮面の圧力にカペラは大人しくなり、自分の過去を打ち明ける。


――アルビレオ様には特別に教えてあげる……カペラはカオスになる前、ニンゲンだった頃、破滅から世界を救うために生け贄にされたの。ニンゲンの中で、一番魔力を持ってるって理由でね。そして、みんなから見捨てられた。でもそれと引き替えに、神様からすごい力を貰ったの。そしてずっと待った。いつか、次の世界で一番魔力が高い子を見つけて、今度こそ、私の代わりに幸せになってもらおうと思って……。


 ティセにはよく分からない話だったが、彼女にも悲惨な過去があり、その二度目の人生にティセを選んでくれた事、これだけは聞く限り事実である。


「でも魔力なら、パメラの方が高いじゃん……どうしてアタシだったの?」

――あの子はもう先客がいたんだもん。というより……ううん、カペラは、ティセが良かったの! ティセだから選んだんだもん!


 突然の告白。ティセは驚いたように自らのカオスを見つめた。


――カオスはね、適当に契約者を選んでいる訳じゃないの。生まれた境遇とか、魂の相性とか。好きになれるか……とか。そして、大好きなその子の影響を凄く受けるの。だから些細な事でも、通じ合えたり通じ合えなくなったりする、繊細な存在なの。

「そういえばロザリーも、復讐心に囚われていた頃はカオスの声が聞こえなかったって……。そっか、やっぱり問題は、アタシなんだ」


 ティセは何かを吹っ切ったように、カペラに対し頭を下げた。


「カペラ、ごめん!」

――ななな……あのティセが、頭を……。

「ねえ、カペラ? アタシね、今までの事、全部悪かったって思ってる。アタシさ、今度女王になったんだよ? みんなの前でごめんなさいもしたし、トゥインクルにも謝った。だから今度は、アンタに謝る番」

――ティセ……。

「カペラ、やり直そう。こんな姿になっちゃったけど、もう一度、アタシのカオスになって! そして、一緒にアルテミスを取り戻すの! お願い、カペラ!」


 カペラの着けていた面が、コトリと落ちる。再び現れた素顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


――ふえーん、私こそごめんなさいー! 私とやり直すために、またちっちゃくなってくれたのね!

「それは違うけど、まあいっか。ほら、つけまがずれてる」

――ありがとー。グスッ……。


 一件落着。と思いきや、またも突然の来客。スラっとした、スーツを着込んだモデルのような美人が慌ててカペラハウスへと駆け込んできた。彼女もネビュラの野良カオスであろうか。


――カペラちゃん、急に配信切っちゃってどうしたの? 心配したのよ。

――あ、ペイちゃん、来てくれたんだ。ちょうど良かった、ようやくティセと仲直りできたの! だから、これからは私も戦うー!

――やっとその気になってくれたのね。まったく、私の力でここまで説得出来なかったのは、あなたが初めてだわ。


 この空間では意外とカオス同士の交流も当たり前な事なのかもしれない。文字通り違う世界の出来事に、ティセはポカンと口を開くばかりである。


「で、何、この美人」

――カオスのお友達で、Mチューバー仲間だよ。美人で喋りが上手だから、チャンネル登録者数もカペラより多いんだー、凄いでしょ。

「じゃなくて……」


 ペイちゃんと呼ばれたカオスは改めてティセに向き直り、指先をついて挨拶した。


――申し遅れました。私の名はペイトー。交渉を得意とするカオスです。現在はピーター様にお仕えしておりますが、訳あって主人は昏睡状態に……。なのでティセ様、ここは主に代わり、私が皆様をマジカルランドへとご招待いたします。

「で、何て?」

――そっか、聞こえないんだ。めんどくさいなあ、ごにょごにょ。

「ピーター、生きてたんだ……! でもそっか、魔法ランドならパパもいる。そこで形勢逆転するのもいいわね!」


 マジカルランドといえば、父である伝説級(レジェンド)、メトルが守るアルテミス最後の砦。寄り道はあったものの、次に向かうべき目的地として申し分はない。


――と言うわけでエトランザ様、次元転移の方よろしくお願いします。ナビは私にお任せ下さい。

「ふん。ピーターのやつ、何をやってるのかと思ったら早速やられたんだな。相変わらず交渉しか取り柄の無い男だ」

――あの方は男と言われると傷つくらしく……お怪我に触るので、ピーターちゃんと言って上げて下さいね。

――……との事だ、エトランザよ。

「知るかっ!」


 ちょっとした異次元道中は終わりを迎え、ゲートは再びアトラスティアを目指す。

 ティセは焦る気持ちを抑え、その先に待つ未来へと足を踏み出した。


 たくさんの仲間、そして自分自身とも呼べるカオス、カペラと共に。


―次回予告―

 ここは誰もが訪れる事のできる、夢と魔法の国。

 いつか置き去りにした夢の続きを、もう一度見ることのできる場所。

 それでは皆様、いってらっしゃいませ。


 第165話「魔法の国」

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