第16話 『仲間』
灼熱の魔女の暴走により、街は混乱のただ中にあった。
それをかき分けるようにロザリー達はその内部へと突入する。街の中は人々の叫び声や怒声で溢れていたが、特に大きな怪我を負った者もなく、ロザリーはひとまず胸をなで下ろした。
「それにしても、何……? この頭に流れてくる、どうしようもない怒りは……」
空の緋色と共に渦巻くのは、激情にされるがままの誰かの叫びであった。さらに、マレフィカ特有のものである魔力の奔流をパメラが感じ取る。
「やっぱりこの力、マレフィカだよ!」
「そんな……これが、私達の力だというの……?」
これでは、確かにまごうことなき魔女である。ロザリーとしてはどうにも信じがたい状況だが、今は余計な感傷に浸っている時ではない。
そんな中、何か恐ろしい物を見たという顔で子供達がこちらへと駆けだしてきた。
「うわーん! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが魔女になっちゃったあ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
泣きながら許しを請う子供達。一体この先で何があったというのか。
急いで子供達の来た方向、街の中心へと続く大通りへ出ると、それは遠くからでもはっきりと分かった。周囲へ向けて広がる爆炎の中心に、一人の少女がいる。ロザリーから見ても、彼女は間違いなくマレフィカであった。しかも、とてつもない力を持った。
「うっ、離れていても熱い……。パメラ、大丈夫?」
「うん、私は平気! 少しくらいなら、私の力で守れるはずだよ!」
「ありがとう。それじゃ、行くわね!」
二人は爆炎の渦中へと駆けだした。彼女に近づくほどに、肌に伝わる熱が急激に上昇する。さらに、うねりを上げるような轟音と共に、どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。
「う、う゛、う゛……」
彼女の周囲にはガーディアナの警備兵と思われる者が数人横たわり、肺までも焼けたであろう苦しげなうめき声を上げていた。
「ロザリー……ひとが……」
「ダメ、見てはだめよ!」
パメラの目に入らない様に手で塞ぐも、この焼け焦げた肉の臭いでは意味をなさない。ガーディアナの兵ならばいつかのように再生するだろうが、あの様子では地獄の苦しみだろう。
「くっ、一刻も早く止めなければ……」
いや、もうこうなっては倒すしかないのか。魔女が敵となる状況、二度目であるが慣れるものではない。ロザリーは降りかかる火の粉を払いながら、祈るような気持ちでその少女へと近づく。
「やめなさいっ! あなた、こんな事をしても……」
「……っ」
ロザリーに気づいた少女は、炎の矛先をこちらへと向けた。すると、一瞬であたりの景色が朱に消える。彼女の操る炎が、一斉にロザリーの身を焦がすべく襲いかかったのだ。
「うっ……!!」
思わず身構えるも、爆炎はロザリーを避けるように通り過ぎていった。少し髪の先端が焼けたのみで、体はどうやら無事のようだ。
「これは……」
ロザリーは、自身を中心に光のバリアが展開されている事に気づいた。そして隣には、炎に手をかざし、祈りを捧げているパメラの姿。
「セント・ガーディアナの名において……!」
これは、聖女によるその身を守る力、戦術護霊。聖女暗殺の時もそうだったが、聖女は無意識的にこの力によって身を守るのだ。その光の膜は物理的な攻撃はおろか、こういった魔法の類いですらも決して破ることはできない。
「ロザリー……無事?」
「え、ええ……」
その一瞬、ロザリーはパメラを見た。パメラは力を使う時、冷たい聖女の顔へと戻る。ロザリーすら恐怖した、すべてが凍り付くような表情。
一通り炎が通り過ぎると、パメラは目を閉じ言った。
「ロザリーは、私が守るの。絶対に、傷つけさせない」
次にパメラは、少女へと向かって力を集中させた。光のバリアは形を変え、鋭く尖ったいくつもの剣へと代わる。
光の剣。全てを貫く裁きの光。パメラの頭上に浮かぶそれらの剣は、対象を目がけ不気味に照準を合わせた。
「ふう……、ふうっ……」
「パメラ……?」
後は攻撃命令を下すのみ。それで対象は沈黙する。しかし、パメラは内なる攻撃性にただ耐えていた。かつて何度も、幾度も行ったはずの魔女の討伐。蘇るのは、その度に心を失くした後悔の日々。
「パメラっ!」
「!!」
ロザリーの咄嗟の声に、光の剣は消滅する。すると聖女の顔は、いつものパメラへと戻っていた。
「私……まただ……。でも、どうして……」
教皇により植え付けられた、もう一人の自分による強制的な力の解放。
パメラは初めてそれを制御する事に成功し、その場にへたり込んだ。自らの精神力が聖女に勝ったためか、疲労により魔力が失われたせいか。違う。きっとこれはロザリーによる異能の力だと、パメラは確信した。
「いいの……いいのよ」
ロザリーは微笑みかける。一人抱えてきた苦悩を、何もかも見透かしたように。
「あなたはもう、そんな事をしなくてもいいの。その力は、誰かを救うためにあるのだから。聖女ではなく、これからはパメラというマレフィカとして」
「うん……ありがとう……」
もう自分を偽る必要はない。そう言ってくれる人がいる幸せ。この感情は、目の前の少女もきっとまだ知らないはず。だったら、彼女にも教えてあげたい。この幸せの魔法を。
「お願い、ロザリー……あの子を、助けてあげて。あの子は……私が救えなかった、これまでの魔女と同じなの。きっと、こんな事は望んでいないはずなの」
「ええ、大丈夫よ。ここは私に任せて、あなたは休んでいて」
ロザリーは少しばかり熱を帯びた鎧を脱ぎ、その場へと置いた。防ぐ事が出来ないのなら、ここは身軽さで対抗するしかない。
「ずいぶんと派手な挨拶ね。少しは話を聞いてくれる気になった? 魔法使いさん」
相対する少女はというと、全力の魔法を軽くあしらったパメラに対し警戒しているのか、やや冷静さを取り戻していた。
「……なによ、アンタら」
炎の中、かろうじて覗く少女の真っ赤な瞳がロザリーを捉える。炎は、彼女に決して触れない。赤々とそれらを映すその姿は、むしろそれ自身が炎のようであった。ロザリーは、その美しさに少し見とれながら答えた。
「マレフィカ。あなたと同じ」
「……!」
少女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに納得した様子で続けた。
「……ふーん。なら分かるでしょ。この力、ホント最高だと思わない? 見てよこいつら、こんな弱っちい虫けらのくせに、アタシの事をさんざんコケにして……! だからアタシは、こいつらと同じ事をしてあげているの。力こそ正義というのなら、ここではアタシこそが法よ!」
「それでこの有様というわけ? 度が過ぎるわ。私は同じマレフィカとして、あなたを見過ごすわけにはいかない」
同じ魔女にも関わらず同調しないロザリーに苛立ち、少女は態度を一変させた。
「じゃあ教えて、この力は何のためにあるの? こんなクソみたいな世界をぶっ壊すため、神様がくれたんじゃないの? アタシ達マレフィカはいつまでもこのまま、地の底に這いつくばっていればいいっていうの!?」
マレフィカの力、確かにこの力は破壊的、感情的な衝動の際、もっとも力を発揮するという。だが、ロザリーは人と争うためだけにあるだなんて思いたくはなかった。なにより、聖女であるパメラと共にいる今がそれを証明している。
「ロザリー……」
後ろから、パメラの声がした。そう、どこまでも力をくれるこの声。この繋がりは、確かにマレフィカの力によるもの。
「……私はこの力を、人と人をつなぐ、絆の力だと信じたい」
「はんっ、青臭い理想論ね。いいわ、アンタとアタシどっちが正しいか……ここで決めようじゃないの!」
少女は再び手のひらで炎を作る。踊るように両の手から猛り狂うそれは、少し離れたロザリーの肌すらもチリチリと焼き付ける。
「仕方がない子ね……」
「ちっ、どいつもこいつもバカにして……! 炎魔法レベル2、ファイア・ボール!」
剣を抜いたロザリーの前に、小さな火球が襲いかかる。
「くっ!」
ロザリーは剣の腹を盾に、それを受け止める。下手に避けて、後ろにいるパメラや街の人々に被害が出るのはまずい。
「それで終わり? それじゃ、こちらから行くわよ!」
魔法使い。魔の時代も終わり、近年、すっかり見かける事も少なくなったこの職種。ロザリー達剣士にとって、これ以上やりにくい相手はいない。基本的に、剣では魔法を防ぐことは難しく、攻撃に転じるにはまず近づく必要がある。そしてやっとの事その懐へ潜り込んだとしても、熟練した魔法使いならばトラップを仕掛けていることが多い。彼女らの操る魔法の種類は多岐に渡り、ロザリーは相手の情報など知る由も無いのだ。
しかし、何も勝てない相手ではない。魔法には、明確な弱点が存在する。
「ブラッディ……」
ロザリーは忍ばせた短剣を掴み、彼女をけん制しようと試みた。しかしその瞬間、目の前の少女が視界から消えた。
「……!?」
「レベル3、ファイア・ブレイズ。さ、来れるもんなら来てみなさい」
逃げ場もなく繰り出される、広範囲に広がる炎。今受けたはずの炎が、間髪いれずロザリーに再び襲い掛かったのである。
「はあっ、ブラッディ・スラッシュ!」
対するロザリーは剣を一薙ぎし、巻き起こした剣風にてそれをどうにか凌いだ。
「へえ、やるじゃない」
「あなたもね……」
(どういうこと? 魔法は、立て続けに繰り出す事はできないはず。これでは切り込もうにも、私の脚力ですら間に合わない……!)
そう、次の魔法への移行に生じる隙、詠唱時間をつけば勝算はあった。魔法とは緻密に組み込まれた術式のもと、その効力を発揮する。言葉一つ一つが持つあらゆるプロセスを経て、魔力を実体のある自然現象として変換するのである。低級魔法ならば並みの術者で10秒。達人でも5秒は必ず隙が生まれる。そう、父からは教わった。
しかし、彼女にはその行程がない。あるのは少なくとも1、2秒、呪文の名称を唱える隙のみである。この高速詠唱とも呼べる能力により、彼女は小細工すら必要としない、攻撃魔法のみで完結するスタイルを貫いていた。
「それじゃ、火力をレベル4に上げるわ。ファイア・ゲイザー、避けられるもんなら、避けてみな!」
炎魔法のオンパレード。続けて先の行動の隙を狙われ、ロザリーは地面から吹き上がる炎をまともに受けた。
「うっ……ああっ!」
「ロザリー!」
パメラが後方からパトローナスにて援護するも、効果範囲の限界かその効力は薄く、皮膚は少しずつ焼かれていく。強い、やはりこの力は破壊のための力なのか。ロザリーは、殺意の上で対等ではない己の甘さを認識した。
「これがアタシよ! 最強のマレフィカ、ティセ゠ファウストの力なのよ! どうして誰もアタシを認めないのよっ!」
悲鳴に近い叫びが聞こえた。まるで赤ん坊の泣き声である。
それと共に彼女の背後へと、長い黒髪に山羊の頭骨を被る、魔女さながらの姿をした女が映る。そして彼女もまた、共にわめくように泣いていた。
パメラにも見た幻像。それはマレフィカの覚醒時に現れるという、異能の力を少女達にもたらすとされる存在。
「あなた……ティセ、というのね……」
それを見たロザリーは、彼女もこんな運命を押し付けられた仲間、なのだと確信した。自らは異能の力など目覚めてはいないが、彼女のやり場のない憤り、あふれ出す衝動、異端としての孤独。それらは痛いほどよく分かるつもりだ。
「確かに、あなたは、強い……でも、それは本当の強さなどではないの……」
「こないで、こないでよ……! 炎魔法レベル5、ファイア・ウォール!」
火傷を負いながらも近づいてくるロザリーに怯え、ティセは炎の壁を作り出した。目の前は全て炎。ならばもう、かわす必要はない。ロザリーは炎の中を声のするほうへ向かった。
「ぐっ、ひぐっ……」
業火の中から潤んだ真紅の瞳が見える。空気も薄く、体も意識も、もうもたない。ロザリーは持てる最後の力で、彼女を守る炎を切り裂いた。
「アタシは、アタシはっ……」
「やっぱり綺麗ね。あなた……」
「え……」
ティセはひどく動揺している。こんな魔女に、ここまで愚直に向き合う者がいるだろうか。そう、いるのだ。ここに。
「アタシは、魔女なのよ……? 誰もが唾を吐く醜い存在……。綺麗なわけ……」
「いいえ、誇りをもっていいわ、私達は人であり、同時にマレフィカという力を与えられた存在……。でも間違ってはいけない。自分の運命を切り開くためにこそ、この力はあるのだから……」
「運命を……」
「そう。私達は、同じ仲間……。だからティセ、恐れないで。あなたはもう……独りでは、ない……」
酸欠に陥ったロザリーは、ティセに寄りかかるように倒れた。そして、彼女の泣きじゃくる声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
「あっ……」
ロザリーの熱を帯びた柔らかい胸が、ティセの胸に沈み込む。
ティセはどこか、自棄ともいえる破壊的な感情が彼女によってゆっくりと包み込まれていくのが分かった。なぜか、心臓が激しく高鳴る。間近に見るロザリーの顔はどこまでも美しく、まるで母のような暖かさを感じた。
「こいつ、どうして……こんなに」
ティセはそこでやっと自らが生み出す炎を緩める事が出来たのだが、これはロザリーの言葉によるものか、それとも、そのぬくもりによるものか、一人理解できずにいた
(ああ、綺麗だな……こんなに綺麗な女性、初めて見た……)
自然とティセの唇は、その厚く火照った唇へと吸い寄せられていく。
(何してるの、アタシ……)
唇が触れると同時に、こみ上げるような昂ぶりがあった。丸裸の自分を心ごと抱きしめられるような、官能的な接触。魔女同士による、不思議な情動。ロザリーの残した、感応の力である。
(あっ、あっ……)
ティセは何かに溶かされるように、底なし沼のような彼女の中へと堕ちていく。
「だめ……」
しかしその瞬間、突き刺すような光がティセを撃った。快楽に代わり、全身を得も言われぬ虚脱感が襲う。それはまるで、天国から地獄へと突き落とされたような感覚であった。
「……なに、これ」
その光の中心にいたのは、静かに激昂したパメラであった。それは、光を強めながら歩いてくる。ティセはだんだんと失われていく力に、恐怖を感じた。自身の絶対的な強さ。そのアイデンティティが根幹から揺らぐほどの。
「だめ、それ以上は」
パメラは聖女の貌をしていた。ふと我に返ったティセは、自分の行いを思い返し、抱きしめていたロザリーから手を離した。
「なんで……アタシ、今……」
すぐ近くに立つ、パメラの静かな目がティセを捉える。
「まだ、やるの? これでもすごく、手加減したんだよ」
「ひぃぃ! ごめん、ごめんなさいっ!」
再びあの光が放たれると思い目をつぶったが、何も起きない。あるのはただ、自身に触れる冷たい感触。
「分かったなら、いいの」
パメラはティセを抱きしめていた。あの灼熱の中において、その肌は未だひんやりとしている。その信じられない事実に、ティセは戦慄した。
「もう悪いことは、めっ、だからね」
「うんっ、うん、うんっ!」
パメラは倒れたロザリーの様子を伺う。すでに全身が赤く腫れていたが、ティセが使った魔法はどれも低レベルのものばかりである。彼女もまた、本気で炎をぶつけてはいなかった。マレフィカの仲間であるという初めての告白に、ためらいが生まれていたのだ。
「ねえ、こいつ、ずいぶん痛めつけちゃったけど大丈夫よね……?」
「うん。もう絶対に失わないって、決めたから……」
慕っていたおじいちゃん、ビアドを目の前で失った事で、パメラは新しい力に目覚めていた。この力があれば、もう大切な人を失わずに済む。慣れない力の制御に戸惑ったが、次第にロザリーの身体を優しい光が包んだ。
「……こう、するんだよね」
――そう、この力で、ロザリーを守るの……。わたしの代わりに、これからは、あなたが。
いつも使う浄化の反転、再生。浄化は魔力を消費するが、こちらは自らの生命力を使う。パメラの体力は容赦なく奪われていくも、徐々にロザリーの身体の腫れは引いていった。
「あなたは……そっか、ここにいたんだね。ベテルギウス」
その時、パメラの背後に純白の天使の姿が浮かんだ。聖女へと移植された聖なる魔女の力が、ここへ来て発現したのである。これは、聖女とパメラ、二人の願いによる奇跡。
――よく出来たね。えらいえらい。
「うん、よかっ……た」
************
「……っ!」
ふと体中に痛みを感じ、ロザリーは飛び起きた。
「くうっ!」
「まだ動いちゃダメ! すごい火傷だったんだから!」
心配そうな顔でそれを覗き込むパメラ。そうか、自分はたしか燃えさかる炎の中に飛び込んだのだ、と、ロザリーは今頃になって状況を把握する。
「それにしても、よくあれで生きていたわね……火傷すらないわ」
ロザリーは自分の身体を確認し、不思議そうな顔をした。そこへ、得意そうに茶々を入れる赤髪の少女が現れる。
「ま、手加減してあげたからねー。にしてもタフじゃん、アンタ」
「あなた、さっきの魔法使い!!」
ロザリーは再びとっさに身構えるも、たちまち体中に痛みが走る。
「ったたたた……」
「だから動いちゃダメだよっ! まだ再生の途中なんだから」
「再生……?」
ロザリーはあの後、パメラによって救われた事を知る。再生という新しい能力を使って、致命的な傷は治してくれたというのだ。
((治癒能力……まるで、あの子の、力……))
そう、その力にはまさに覚えがあった。漏れ出す意識からその事に気づいたのか、パメラはいつもの力を反転したらできたのだと慌てて説明する。
「力を奪う事ができるなら、与える事だってできるはずって思ったの。でも、どうかしたの?」
「少し、知ってる子の力に似ていたから……。不思議な事もあるものね」
「きっとおじいちゃんが、この力をくれたんだよ。イチかバチかだったけど、上手くいってよかった……」
「そう、そうね。ありがとう……パメラ」
心の声は今眠っている。ロザリーには真実を知られてはいけないと、パメラはそれ以上何も語らなかった。
「それで、ここはどこなのかしら……?」
「あー、アタシがこの国に乗り込んだ時見つけた隠れ家。とりあえず安全だと思う」
寄せ返す波の音。どうも海に近い洞穴の様な場所に連れてこられたらしい。辺りには甲殻類の殻や魚の骨がぞんざいに散らばっていた。あの力でただ、焼いて食べたのだろう。彼女の粗雑な性格がうかがえる。
「あー、それでさ、いや、さっきはその……ね?」
「ほら、たくさん練習したでしょ? そのまま、素直な気持ちをぶつけるの」
ティセが何か言いたげにしているのを、パメラがせかすように応援している。ロザリーは、そんなくだりをしばらく見せられた。ティセはパメラに腹部打撲を治して貰ったお返しとして、ちゃんと謝る約束をしていたのだ。
「えっと、まあ、とどのつまり……」
「……結局、何がいいたいの?」
「わ、悪かったわよ、さっきは! これでいいんでしょ!」
逆ギレしたティセはむしろ、ふんぞり返って言った。
「あっ、違うでしょ。ごめんなさいって謝んなきゃ!」
「ふふっ、なんだ、謝りたかったのね」
ただ謝るだけでこんなに待たされたことはないと、ロザリーは笑った。しかし、自分が許す許さないは特に重要な問題ではないと、一つだけ言い返す。
「いいのよ、私は。でも、マレフィカの力を無差別に使う事を、私は許せない。そういった安易な行為が、また一つガーディアナの正当性を生むことになるの。それは大きな意味で、魔女狩りに荷担している事に変わりはないわ」
ロザリー達は知らない、ティセがどんな目に会ったのか。ティセは先ほど受けた暴行を思い出し、改めて涙をにじませた。
「そんな事、アタシだって分かってる! でも先に仕掛けてきたのは奴らの方だから! アタシだって、まさかあんな事になるなんて……」
彼女は嘘を言っているようには見えなかった。そして自分の底に眠る、得体の知れない何かにただ怯えている。それはロザリーも同じだ。制御の効かない力。人々がマレフィカを危険視するのも、この現象によるところが大きい。
「まあ、街の人々に怪我がなかっただけ幸いね……」
そんな話の中、ふとパメラが顔を曇らせ、つぶやいた。
「あの兵隊さんたち、きっと私の代わりに……」
彼女が何を言おうとしたのか、ロザリーには分かった。ガーディアナは自分にとっては憎むべき敵。だが、この子は今まで利用されていたとはいえ、良くしてくれた仲間なのだ。複雑になるのも無理はない。
「パメラ、私の戦いはまだ終わってない。それが何を意味するか、分かるわね?」
「ガーディアナと戦うこと? 分かってる。でも……」
パメラは何か続けようとしたが、その言葉を飲み込んだ。
「ううん、私はロザリーについて行く。ガーディアナと敵になっても。もう……決めたから」
その言葉は本心なのか、遠慮しての言葉か、その時のロザリーには判断する事はできなかった。
そしていつものように見つめ合う二人だったが、横からうるさいのが割り込んでくる。
「ちょっと、二人の世界に入らないでよ。ガーディアナと戦うって? それに、この子、何? アタシの炎止めたり、アンタの傷治したり、普通じゃないわ。あの、力を奪う光なんて……まるで……」
ティセの質問は少しばかり厄介な内容であったため、ロザリーは適当に答える事にした。パメラが聖女という事は二人だけの秘密なのだ。
「この子はパメラ、近くの村にいたマレフィカよ。それだけ」
「うそ」
「本当よ」
一時の沈黙が流れる。改めてパメラを見ても、ティセには本当にその辺にいそうなあどけなさしか感じ取る事はできなかった。言うなれば、確かに田舎娘である。
「ふーん……ま、いっか。確かにマレフィカならあのくらいできて当然よね」
「それは私に対するイヤミかしら……」
「ぷっ、剣一つで魔法使いに向かってくる奴なんて初めて見たわ。アンタ、もしかしてバカ?」
「まだ力を上手く使えないのよ、悪かったわね!」
「あはは、ごめんごめん」
ティセはひとしきり笑うと、ちゃんとした自己紹介をまだしていなかった、と続ける。
「ま、いいわ。アタシはティセ。千年に一度の天才大魔法使い、ティセ゠ファウストよ。アンタもガーディアナに因縁があるみたいね。マレフィカだもんね、当然か」
考えても仕方がないと割り切ったらしく、またどこか軽いノリが戻ってきた。まったくたくましいものだ。
「やるんでしょ、ケンカ。そんな楽しそうなこと、アタシ抜きにやらせないんだから」
「ケンカって……」
どうやらついてくる気らしい。確かに仲間は多いほうがいい、しかも彼女は実力も申し分ない。だがいくつもの修羅場をくぐり抜けたロザリーには、それだけの覚悟があるようには見えなかった。
「ティセ、これは遊びではないの。私はあなたの命を預かることになる、軽々しく了承はできない」
「……私達は誇りあるマレフィカ、仲間なんでしょ。ホンキよ。それに、命なんて預けるつもりないわ。アタシはアタシで、あいつらと戦いたいの」
「あなた……」
ロザリーは本当の所、嬉しかった。多少危なっかしいが、心強い仲間ができたことが。
パメラもまた、農村の件でここずっとふさぎ込んでいた。二人はすでに打ち解けている様で、明るいパメラの顔が見たかったというのもある。すでに断る理由はなかった。
「で、どうなの? 嫌って言うなら一人でも行くわ」
「もう、分かったわ。私はロザリー、訳あってこの子と旅をしている所よ。よろしく」
「ティセ、よろしくね!」
「フフン、よろしくー」
外は黒煙を吸った空が勢い良く雨を降らせていた。あの騒ぎも、ひと段落ついている頃だろう。
「ここも長居はできないわ、すぐに追っ手がかかるはずよ」
「ロザリー、動ける?」
「ええ、何とか……」
パメラのおかげか、痛みは大分マシにはなっている。ロザリーはゆっくりと重い腰を上げようとする。
「うーん、なんだかお尻が痛いのよね。どうしてかしら?」
「あっ、そこ、まだ治してなくて……じゃあ、お尻こっち向けて」
「えっ、どうして?」
「その、直接触れないと治せなくて……」
「そうなのね……。少し、恥ずかしいけれど」
便利な力にも弱点はあるらしい。ロザリーは仕方なく、パメラへとお尻を向けた。
「じゃ、いくね」
「んっ、なんか触り方が変よ。今、擦れてて痛いんだから」
「そ、そんな事言われても……ほら、じっとしてて、治せなくっても知らないよ」
「うう……」
その恥ずかしさと心地よさに、ロザリーは声を押し殺して耐え忍んだ。決してこれは変なプレイなどではないのだ。
「ほら、ちょっとは我慢しな。動けないって言ってもアタシはもう運んでやんないからね。アンタ、どんだけ重かったと思ってんのよ」
「私もいやだよ、ロザリーの鎧すごく重いんだもん」
「えっ」
パメラの本音に、多少ロザリーの乙女心は傷ついた。ここへ来るにも、ティセがロザリーを引きずり、パメラが鎧と剣を担いできたらしい。
「だからお尻が擦れてたのね! 傷でもついたらどうするつもり!?」
「仕方ないでしょ。背丈はあるわ、筋肉ゴリラだわ、乳はでかいわの三重苦だったんだから。極めつけは一体その丸出しのお尻、何が詰まってんのよ? どうやったらそんな巨尻になるわけ?」
「ちょっと! それは今関係ないでしょう!?」
「ふふっ、そうだよ。ロザリー、変にスタイルがいいの気にしてるんだから」
確かに遮るものもなく露出した、この丸々と膨らんだお尻は密かにコンプレックスでもある。パメラにまで笑われ、ロザリーは苦し紛れの冗談を言う他なかった。
「そうね、ここにはきっと真実と希望が詰まってるのよ……」
「はあ? 筋肉と脂肪の間違いじゃないの?」
「私はパンみたいにふっくらしてて好きだよ。ロザリーのおしり。枕にするとちょうどよさそう」
「あはっ、パンパンだって言いたいのね。アンタも言うじゃん」
「パメラぁ……」
どこに行ってもこの身体はいじられるのだろうか。降り続く雨を見つめ、お尻を突き出しながら一人黄昏れるロザリー。
そんな彼女を見つめる視線には、どこか炎にも似た熱が混じっていた。
(アタシ、どうしちゃったんだろ……。こいつの事……なんだかすっごく気になる……)
誇りを賭けた死闘を経て、共に歩む事となった灼熱の魔女ティセ。それはロザリーを巡る恋の、新たな波乱の幕開けでもあった。
新しい仲間を迎え、二人ぼっちの旅は終わった。世界にはまだ、自分達以外にも運命に抗うマレフィカがいるのだとロザリーは再び希望を抱く。そしてこの出会いこそ、ロザリーが新たに掲げる理想へと近づく第一歩でもあった。
いつか感じた、マレフィカの少女達を率いた時に引き出した絆の力。それを、今ならばより強固に実現できるのではないか、そんな想いがロザリーの内に生まれていたのである。
―次回予告―
二人の旅に、新たな魔女が加わった。
重い荷物を分かち合い、三人は次の場所を目指す。
アルテミス、それは遙かな新天地。
第17話「魔法大国へ」