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第2話 『決意』

「――聖女の暗殺……私にやらせてほしい」


 迷いのない心で、私はその作戦に志願した。

 思えば、これが彼女とのはじまりであった気がする。


 聖女。それは私達魔女にとって最大の敵であり、最凶最悪の存在。

 この瞬間、私の長い戦いの日々が始まる。

 そしてそれは、かけがえのない、いつかに繋がる。


 今はただ思い返す。暗い闇の中、光に向かい藻掻いていた日々を……。




************




 私の名はロザリー゠エル゠フリードリッヒ。魔女(マレフィカ)だ。

 マレフィカとは、この世界において最も禍々(まがまが)しいとされる存在。かの魔物と同等……いや、それ以上に()み嫌われている。


 なぜマレフィカが呪いの象徴となっているのか。それは私達が、かつて人類が最も恐れ憎悪した“悪魔”と同じ異能を持って生まれた存在だからである。

 よって人々は私達を悪魔の使いとの意味を込め、“魔女”と呼んだ。


 全ての始まりは新暦00年、今から二十年ほど前。魔女達は突如として世界各地で産声を上げ始めた。そしてその成長と共に目覚める異能。次第に人々の間では悪魔との合いの子だとか、かつて滅ぼされた魔族の呪いだとかという根も葉もない噂がはびこる事となり、人々は恐怖からマレフィカの粛清(しゅくせい)を望んだ。


 そんな魔女達によりもたらされる新たな争いの予感に、ある教えの創始国が事態を収めるべく立ち上がる。

 それこそが“神聖ガーディアナ教国”だ。人類の人類による人類のための教えを掲げ、魔族にも屈する事なく人類を一つにした、長い歴史を持つ現在の覇権国家である。それは力という熱病にかかった人々の心の隙間に入り込み、異端という名の粛正すべき次なる対象を生み出す。


 しかし同時に、世界は一人の少女によって救われた。人類に仇なす憎き魔女を裁き、人々に救いの道を示す者、聖女セント・ガーディアナの出現だ。彼女は始まりの魔女をはじめとする数々の魔を浄化し、数々の奇跡を起こしてみせたのだ。


 この出来事は人々のさらなる団結を生み、彼女を掲げるガーディアナへの絶対的な崇拝がここに約束された。

 教えの力というのは凄まじく、異端(いたん)は排除せよとの思想統一を為し得た神聖ガーディアナ教国は、やがてその教えに従わない者達にまで侵略を開始した。

 その裏に暗躍するのは、国の最高権力者である教皇を名乗るリュミエール゠クレストという男。彼の代で、ガーディアナ教は宗教という枠を超え、人類の法そのものへと変わった。


 彼は声高に叫ぶ。正義は人類にある。そして、力こそただ一つの法であると。


 そんな信条を掲げ、ガーディアナはついにこの大陸、エルガイアの過半数をほぼ手中に収めた。

 同時に各地では目を覆いたくなるようなマレフィカに対する差別、弾圧、そして虐殺があった。私達は異能の力を持っているとはいえ、中身はごく普通の少女なのだ。強大な軍事力になど、抵抗できるはずもない。

 それからというもの、マレフィカである私達に心休まる日などは訪れなかった。


 そして、私の運命を一変した出来事が起きる。

 新暦15年、ローランド王国、私の愛する祖国にもその牙は伸びた。ローランドは迫害から孤児となった多くのマレフィカを移民として受け入れた事により、悪魔に荷担したという理由でガーディアナ教国の侵略を受ける事になったのだ。魔女狩りの名の下に。

 そうして、かつて(まつりごと)のローランドと呼ばれた平和な国は、瞬く間に怯えきった目をした人々の住む荒廃した土地に姿を変えた。


 未だあの日の事は鮮明にこの胸に甦り、魔女の印と共に深い傷跡を刻み続けている。




************




 時は新暦20年、現在。ロザリーが魔女狩りから生き延び、五年の歳月が過ぎた。

 魔女の国ローランド。そんな誰からも忘れられた国の片隅で、彼女は来る日も来る日も正教徒の喉笛を()き斬るための刃を研ぎ澄ませ続けていた。




 早朝、張りのある声が山々に響き渡る。

 街から外れた山岳地帯に拠点を構えるレジスタンス組織、“逆十字(ぎゃくじゅうじ)”。それはローランド王国騎士団の生き残りによって結成された、反ガーディアナを掲げる戦闘部隊である。

 ロザリーはそこで、末端の兵を束ねる部隊長として憎しみだけを(かて)に日々を過ごしていた。


「たあっ!」

「おっと」


 少し開けた中庭にて、必要最低限の鎧を身につけた、ほどよく(たくま)しさを感じさせる少女が長剣を振るう。ロザリーである。それに応えるは重装の鎧をまとった、やや長身の男。今まさに、彼によるロザリーに向けた戦闘訓練が行われているようだ。


「ふっ、はあっ!」


 だがロザリーの剣は先ほどから闇雲に空を斬るばかり。兵士達は直属の上司であるロザリーを応援するが、いかんせん分が悪いように見えた。


「そんな……俺たちが束になっても敵わないロザリー隊長が、まるで子供扱いだ」

「ロザリー隊長、俺たちも加勢します!」

「だめ、来ないで! あなた達では怪我をするわ!」

「うう……」


 このように、彼らの戦力は絶対的な力を誇るガーディアナに対しあまり思わしくない。今にでも一人反撃に出たいと願う彼女であったが、単独行動は許されなかった。一人の独断が組織全体の存続を左右するのだ。先日行ったような魔女狩りの阻止も、そう何度も行える訳ではない。内に眠る(くすぶ)りは、次第にロザリーを焦らせていった。


「ロザリー、これくらいにしておきませんか? もうずっとこの調子ですよ」

「まだまだぁ!」


 高く鳴る剣戟(けんげき)の音。二人は何度も剣を交えた。しかし、そんな練習試合において、ただの一度もロザリーは有利を取れずにいる。もはや相手をする男も呆れ顔だ。


「いい加減、意地にならずマレフィカの力を使ってみては? それ含め、あなたの能力。遠慮する事はありません」

「そんな事言われても、この力は好きに使える訳じゃないのよ。それに……」

「それに?」


 戦いの最中、ロザリーは相手をする男の端正な顔からやや視線を外す。


(この力であなたの本当の気持ちが分かってしまったらなんて、言えるわけない……)


「仕方ありませんね。では!」


 その隙をついた一瞬。男が細身の剣にてロザリーの長剣を根本から弾くと、その手を離れた剣は勢いよく宙を舞った。


「くっ!」

「ずいぶんと腕を上げたようですが、なにぶん……」


 男の言葉に間が生まれた。そこから先を、ためらうように言い(よど)んだのだ。


「……言いたい事は分かる。非力なんでしょう。女だから」

「それも一つあります。ですが、そもそもあなたの剣からは殺意が感じられない」

「え?」


 ロザリーにはその言葉の意味が良く分からない。ガーディアナへの憎しみなら誰にも負けないはずなのに、殺意が無いという。

 練習試合の相手をしているのは逆十字副団長、キリーク゠シュバイツァーという端正な顔立ちをした青年。愛称はキル。激しい動きの中でも汗一つかいていないセミロングの金髪が風になびいた。一見、優男(やさおとこ)風貌(ふうぼう)ながら、剣の腕はロザリーをはるかに上回る程の手()れである。


(キル……今日はやけに厳しいじゃない。そんなこと、これまでは……)


 普段は他の誰よりも優しい好青年で、少なからずロザリーは好感を抱いている相手でもあった。当然ながら殺意を向ける対象ではない。それでもその言葉に侮辱(ぶじょく)を感じたロザリーは、精一杯切れ長の目でにらみ返す。


「殺意って……。私は、組み手をしているのだけど?」

「違うんですよ。それが土壇場(どたんば)でのあなたの力量です」


 キルはそう吐き捨てつつ剣を収めると、その場を立ち去っていった。






 訓練にて一汗流したロザリーは、急いで風呂場へと向かった。早速いつも身につけている赤いバンダナを外し長い髪をふりほどくと、キラキラと光る汗が彼女を照らした。


「もうっ! キルのバカ!」


 憤りと共に火照(ほて)る体を冷ますため鉄のハーフプレートを脱ぐと、レオタードのような衣装を着た健康的な肢体が現れる。彼女の装備はほぼそれだけであり、肌寒い季節にかかわらず、下半身はひざ上から臀部(でんぶ)にかけて常に肌を露出している。これは太ももにある大きな傷跡をあえて(さら)すためだが、その理由については誰にも話すことはない。

 最後に身体をきつく締め付けるレオタードを脱ぐと、ほのかに汗のにおいが立ちのぼり、少しだけロザリーは顔を赤くした。きっとキルにも気づかれた事だろう。


(私は、本気だった。あなたに認められたいと、本気で……)


 しかし、キルのあの言葉を、ロザリーはずっと飲み込めずにいた。確かにあの時、自分の中では本気を出していた。いや、それでもまだ相手になどならないというのか。おそらく、前回の作戦において敵にトドメをさせなかった事に対する彼なりの叱責(しっせき)であろう。


(だけど仕方ないじゃない。いつもいつも、肝心な時におかしな声が聞こえてくるんだから)


 不満を洗い流すようにチロチロと流れる冷水を頭に浴びる。井戸も()れ、いよいよ水も出なくなったのか、途中その勢いが止まった。ロザリーは仕方なく下着姿のまま近くの水場へと出向く。


「ほんと、ついてない……」


 ここにいるのはすでに家族同然の兵十数人と、副団長キル、そして団長のギュスターくらいのものである。女は自分一人だが、そんな目で見る者はいないはず。ロザリーは最低限、素肌を手で隠しながら沢で水浴びをした。最悪、キルにさえ見られなければいいのだ。


「ふう」


 今年で十七歳。ここ数年でロザリーの体付きは完全に女性的なものへと変わってしまった。逆に筋肉の発達した男達を見るに付け、ロザリーはいつもうらやましく思ってしまう。この大きな胸も尻も、張って動きを妨げるばかり。大きなため息と共に、潔癖症のロザリーは念入りに体を洗い始めた。


「ふんふふーん」


 気を紛らわせるように鼻歌を奏でるロザリー。しかしそんな彼女を、ずっと木陰から見つめる目があった。


「はあ、はあっ……ロザリー隊長……」


 それは、ロザリーの部下である一般兵。その中でも最年少にあたる青年だった。いつも気さくに接してくれる隊長は、憧れの存在である。彼は、もはやロザリーの為に戦っていると言っても過言ではなかった。いや、それは仲間達みなそうである。


「ああ、愛しています、ロザリー隊長。いや、ボクのロザリー……」


 青年は密かに秘めた想いをつぶやいた。ロザリーは一人の時、いつもの勇ましい姿から想像もできないほど女性的なしぐさを見せる。ただ、一点、太ももについた大きな傷跡が痛々しく()えるが、それも戦いに生きる女性という高潔(こうけつ)さを強調しているのだろう。

 青年は興奮した様子で、その美しさにただ見とれていた。もっと、もっと、彼女に近づきたい。魔女だとしても構うものか。そして、いつかは……。


 パキッ――


 青年は夢のような時間から一転、絶望に震えた。つい身を乗り出した拍子に乾いた枝を踏み、物音が立ってしまったのだ。

 ロザリーは無自覚に男を誘惑するが、魔女というものに対する好奇な目に反発してか、そういった卑俗(ひぞく)を許容するような女性ではない。彼が動けずに身をすくませていると、突然誰かがそこに現れた。


「誰!?」

「おっとっと、ロザリーか。いやー、偶然偶然」


 白い髭をたくわえた老齢の大男である。といっても威圧感はなく、やさしげな印象の好々爺(こうこうや)が、さらにしわを作り笑みを浮かべた。ロザリーもよく知る、逆十字団長のギュスター゠レイクレフォンだ。

 彼は髭と繋がった白髪を全て後ろに流して結わえ、古い(はち)がねでそれを止めては、じじ臭いツナギにくたびれた鉄製のハーフプレートを着込んでいる。そんな逆十字の苦しい資金繰りが一目で分かるような出で立ちから、その内に秘める苦労性も一目で見て取れた。


(しっ、しっ)


 青年はギュスターの後ろに回した手が、早く去れと伝えているのを見つける。命拾いしたと、青年は物音を立てずにその場から離れる事ができた。


「まさか……覗いていたの?」

「まさかまさか、水が出なくなったので()みに来ただけだよ」


 その手には水(おけ)があった。すっかり安心したロザリーは、体を隠しながら水浴びを続けた。ギュスターは祖父同然の存在であり、自分の裸などはどうせ見慣れたものである。


「しかし、もう少し離れた場所でやった方がいいぞ。皆、女日照(ひで)りで目の毒だからな」

「え、ええ……ごめんなさい。気をつけるわ」

「そんな身体を見せつけながら無自覚に振る舞うのは、年頃の男にとってどういう事か分からんような年でもなかろう」


 ギュスターは手に輪っかを作り、まじまじとロザリーを見つめ言った。そんな具体的な指摘を受け、すぐにロザリーの顔が真っ赤になる。


「いいからもう行って、あなたが一番危険だわ」

「ほほ、ワシはもう枯れておるよ。キルならば分からんが」

「あの人がそんな目で私を見るわけないでしょう!」


 ロザリーは腹を立て、流水をギュスターへと勢いよく蹴り上げた。


「み、見え……」

「きゃっ!」


 何とは言わないが、無防備になりすぎたため慌ててしゃがみ込む。

 女だから、何だというのだ。女であるが魔女である。魔女など、男からも畏怖(いふ)され恋愛の対象にもならない。どんなに美人だろうと体が豊満であろうと、何の役にも立たないのだ。


「もう、どうして女に生まれてしまったのかしら……」

「まあ、そう思い悩むでない。お前は自分で思っているより魅力的だ。女には、女の喜びがある。お前にもその内分かるだろうよ」

「いいのよ……もう。私は剣に生きると決めたのだから」

「そうか。確かに人の生き様は一つではないが……」


 そもそも、魔女は男と結ばれる事はできないという言い伝えがある。なぜなら、二人の間に生まれてくる子もまた、魔女となる定めだからだ。それもガーディアナの流した噂に過ぎないが、このまま不幸をばらまくよりはそれでいいと思えた。


「私ね、幼い頃の夢は、姫様のための騎士になる事くらいだった。でも今は、魔女を助け、この国をガーディアナから開放する事以外にない。私は女である前に、あの日、一人の戦士として全てを逆十字に捧げた身。余計な気遣いはいらないわ」

「ふむ、そこまで言うなら心配は無用か。……では逆十字部隊長ロザリーへ伝令する。夕刻、作戦会議を行うゆえ司令室まで来るように。今はその冷たい水で頭を冷やすといい」


 急に真面目な声で口ひげを触りながらそう言い残し、ギュスターは去っていった。


「作戦会議……ね」


 何か新しい作戦でもあるのだろうか。しかし今までの場当たり的な水際(みずぎわ)作戦などでは、結局敵国の雑兵をわずかに減らすだけにすぎないだろう。

 皆、マレフィカである自分に期待しているのであろうが、ロザリーは他の魔女のように有益な異能など持ち合わせてはいない。むしろ、過剰ともいえる感受性により非情にさえなりきれずにいた。

 彼女のただ一つの武器は、父に習った剣技のみ。出来る事は、泥臭く戦う事だけ。

 最近の組織の活動も、魔女狩りの阻止にのみ終始している。その戦果もほぼキル頼り。そろそろ、何かを示さなければ……。


「たとえ何であろうと、やってみせる。魔女であるこの私が……」


 ロザリーは自らの脚の傷をなぞりながら、寒空につぶやく。

 それが自らを刃と化して生きる事しか知らない彼女の、全ての始まりであった。


―次回予告―

 ロザリーに与えられた任務、それは世界を覆す行為。

 神聖なる偶像に向けられる、純粋無垢な怒りの刃。

 彼女のささくれた心が安まるのは、いつの日か。


 第3話「聖女暗殺作戦」

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