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第160話 『聖騎士』

 宮殿にて盛大に行われたアルテミス20世戴冠式の翌朝。今日も空に昇った太陽は、変わらず晴れ晴れとしている。


 アルテミスは現在、緊急事態宣言下の厳戒態勢にある。女王となったティセはというと、いざ開戦とは言ったものの冷酷極まりない謎の勢力に対し手をこまねいていた。


「うーん……ここがこうだから……」


 事態は未だ不透明。初動に動いたであろう警備隊などは今も全く連絡も取れず、どの避難先にも姿を現さなかった。何より、頼みのピーターの軍も全滅。そんな場所へ、こちらから策もなく飛び込む訳にはいかない。もしかしたら、何かしらの能力を持つ者による犯行かもしれないのだ。


「ああ、もう! アタシ、こういうの苦手なの忘れてたわ」

「ティセ、自慢の火力で押し切る事しか知らないからにゃあ」

「トゥインクル、うるさいっ」


 ティセはティアラを脱ぎ、頭をかきむしった。以前の彼女ならば単身でも飛び込んだであろうが、それで一度、手痛いミスをしている。リトルローランドにて起きた女帝エトランザの襲撃に、為す術も無く仲間を犠牲にした記憶は今でも歯がゆい思い出だ。

 ここで自分が倒れてはおそらく士気も落ちる所まで落ち、もはや国の崩壊は免れないだろう。


「こんな時、サクラコがいたらな……」

「サクラコって誰にゃ、軍師ならこのオイラがいるにゃ!」

「アンタ、ゲームの知識ばかりじゃない。これは実際の戦争なの」

「そうなのにゃ。そんなのウィキにも書いてないし、困ったにゃあ……」


 致命的なのが、戦術担当の不在。トゥインクルの知識は所詮、ネコの額。こういう時頼りになるストラグルやミハエルもまた、今は学園へと出向いている。

 学園。正式名アルテミスルーンアカデミーといえば、ティセの母校でもあり多くを教わった場所だ。同時に世界最先端の魔術の研究も行われており、ここが敵の手に渡るのはなんとしても阻止したい。

 そんな学園へ昨夜、謎の侵略者が押し寄せたという情報がストラグルにより伝えられた。

まず狙われるとしたら、確かに制圧された地区の隣にある学園地区が妥当な所だろう。その時は結界と魔動機械(パペット)の活躍により敵は陣地に入ることすら出来ずに撤退したとの事らしいが、それでも敵の戦力は決して侮れないとミハエルは念を押す。


「だったら、まずは再編した魔法軍をそっちに向かわせるべきね」

「そうにゃ、戦いは数だと聞いたにゃ!」


 そこでティセは、学園長を初めとする魔導師クラスの先生達をアカデミーに派遣する事にした。自分達の学園は、命に代えても自分達で取り戻す。それが、学園長きっての願いでもあったからだ。

 そんな危険な任務にもかかわらず、招集を受けた彼らは迷いを見せる事もなくティセの下へと集った。学園解体から、一年ぶりの恩師達との再会である。


「学園長、それに先生達も、絶対に無事で帰ってきて! これは女王としての命令よ、いいわね!」

「は、ティセ女王。なんとしても私共でガーディアナを追い払い、学園を再開させてみせましょう。では、私からも学園長としての言葉を君に贈ろうと思います」

「げっ……」


 学園長の声が厳しいものへと変わる。ティセは今まで散々、彼の長々とした説教のお世話になっているのだ。説教の最中、いつもお腹の辺りまである白髭を見ては、これを燃やしたらどうなるか妄想していた記憶が甦る。


「ティセ君、きみは素行も悪く、私の教師人生の中でも非常に手の掛かる生徒であった。先生に楯突いてのケンカは日常だったし、学園を火事にした事も一度や二度じゃない。ああ、ただのキャンプファイヤーを山火事レベルにしたのも君だったね。あの時はついに私の首が飛ぶかと冷や冷やしたものだ」

「あはは、そんな事もあったっけ……」


 女王になっても、どうも彼には頭が上がらない。魔法少女のイメージを払拭するために必死でワルぶっていたのは、学生時代の苦い思い出である。


「だが同時に、成績優秀にして学年主席。容姿端麗にして学園の皆の憧れでもあった。だが、不幸にして君の卒業前に我が学園は解体の憂き目に遭ってしまう。さぞ、無念だったであろう……。よって、ここに君の卒業証書授与を執り行う事とする。ティセ君、卒業おめでとう」

「え……」


 予想外の言葉であった。愛する母校を卒業できなかった事が、あの時ガーディアナへと乗り込んだ動機の一つでもあったのだから。

 しかし、ティセは学園長の差し出した卒業証書を受け取らなかった。


「ありがとう学園長。でも卒業は、みんなとしたいの。全部終わったら、盛大にやるんだから」

「しかし……」


 今を逃すと、授与する機会はもう無いかもしれない。学園長としては死をも覚悟した決意の表われであったが、ティセはそんな思惑をも感じ取る。これは、何が何でも生き延びろという彼女の願いなのであろう。


「分かりました。必ずや生き延び、我らの学園を取り戻して参りましょうぞ」

「うん、こっちはアタシに任せて!」


 先生達は魔法のほうきに跨がると、学園を目指し飛んでいった。魔法機。18歳から乗ることができる、免許制の乗り物だ。


「いいなぁ魔ほうき、アタシも乗りたいなぁ。そうだ、来年、大型免許取ってみんなを乗せてやろ! くふふ、みんな絶対驚くだろうな」


 来年、再来年、またその次もずっと、この国は変わらずにあり続ける。それがティセの理想であり、まさに今、それを実現できる立場にいる。そのためにも一刻も早く、自身も修行により掴みかけた新たな力を目覚めさせなければならない。


「よーしトゥインクル、アタシ達も修行よ! あの時ディーヴァが見せた力、アタシだって絶対に手に入れてみせるんだから!」

「オッケーにゃティセ。きっともうすぐにゃ、がんばるにゃあ!」


 すっかり太っていたトゥインクルも最近ほっそりとしてきた。毎日大量の魔力をティセへと送り、彼女の力になっているのだ。そんな研ぎ澄まされた魔力を纏い、今日もティセは自身の限界を超える修行へと入るのであった。






 そして時は正午過ぎ、大使館で待つカトリーヌの下へと、学園の攻略に失敗したソレイユ軍が帰還した。

 その返り血一つも浴びずの敗走に、寝不足のカトリーヌはまくし立てながら憤慨する。


「戦果も無しに帰還するとは、どういうつもりだ貴様等! 揃いもそろって筋肉ばかりの木偶人形が! 私が育て上げたのは生粋の軍人のはずだ! 私はマリスのような人形使いになった覚えなどないぞ!」

「それが、人形使いはあちらでして……。魔法を操る鉄の人形がわんさか現れては侵入の邪魔をしてくるんです。それでようやく入り口に辿り着いても、合い言葉のようなものが必要らしく門前払いの有様で」

「合い言葉と言えば、開けゴマだろう!」

「それは最初に言いました。ですが、かすりもせず……」


 部下と同レベルであった自分にさらに腹を立てたカトリーヌは、情報収集のために懐からマジフォーンを取り出した。昨晩新たに狩った指でそれを起動し、手慣れた手つきで端末を操り始める。


「ふむ、こちらの箱も大差ないな。どれどれ」


 同じく騒ぎに起こされたバルホークも、不思議そうに彼女の横からのぞき込んだ。


「それは、アルテミスの道具か」

「うむ。この小さな箱の中に、あらゆる情報が載っておる。今回のように少し込み入った情報を調べるには、掲示板というのが便利だ。特に五芒星チャンネルというのは面白いぞ。人の持つ本心が、赤裸々に語られておる」

「ふむ……」


 明らかに死体から切り取ったであろう人の指で操作するカトリーヌに対し、バルホークは不信感を抱く。しかしそれを咎めた所で代替手段など持ち合わせてはいないため、大人しく現れては消えていく膨大な情報を二人で眺めていた。


「ニュース、世界情勢、文化、生活……なるほど、話題は多岐にわたるな」

「……なあバルホークよ、少しばかり顔が近くはないか。私とて女。二度もここまで接近した男を、意識するなと言う方が難しい」

「なっ!? 違う、そんなつもりはない! それに俺は……!」


 バルホークはたった今、“同性愛”という掲示板のスレッドに興味を示していたに過ぎない。色っぽい目つきで自分を眺めるカトリーヌに寒気を覚え、その場から離れた。


「ほほほ、冗談だ。私とて普通の恋愛などに興味はない。あの甘い香りのせぬ男など……ん、この“非常事態宣言総合スレッド”というのは勢いがすごいな」


 ずいぶんと伸びているその書き込みの羅列を眺めていると、ある外国の旅行者からの書き込みが目に付いた。


「ふむ、避難所へ来たものの、合い言葉が分からずに困っています。アルテミスの方々、どうか教えてはいただけませんでしょうか。……なるほど、分からぬ事はこうして聞けばいいのか」


 それに対しては、捨てメアドよろ、との言葉が返っている。色々と読み解くと、そこからは匿名の連絡に切り替え、答えのやり取りを行ったようだ。


「では私もそれに(なら)うとしよう。おい、貴様等、合い言葉を教えろ。悪いようにはせん、この私の礎となる名誉、光栄と知るがよい……と」


 文面を書き込み、メール欄というものに適当に取得したアドレスを入力する。このMメールというシステムはいちいちカラスで文通する必要もなく、一瞬でやりとりが出来る優れものだ。


「どうだ? 早うしろ、この愚民共め」


 書き込み完了後、掲示板がにわかに荒れる。ワクワクして答えを待つが、帰って来た答えは散々なものであった。


「草? 長文乙? タヒね? 必死だな? ……なんだこれは、私に対する侮辱か! 民草の分際で!」

「高圧的な態度が気に入らないのだろう。ちょっと貸してみろ」


 バルホークは端末を奪い取り、少し硬くなった指で丁寧な文面を打ち込んだ。教皇相手に磨いた、へりくだる言葉遣いはお手の物である。


「ふむ、合い言葉は、ティセ様最強。との事だ」

「なんだと……」


 一難去ってまた一難。それを聞いた部下達は一同に凍り付いた。そんな言葉、我が女王にとって口が裂けても言えないものである。自分達が口にしても当然、極刑ものだ。


「ふふ、ふふふ……私に二度も、負けを認めさせようとは。面白い、面白いぞ、ティセ!」


 反面、カトリーヌは再び闘争の血を燃やす。すると、その細い体に真っ赤なマントを羽織り、先陣を切って大使館を出て行った。


「征くぞ、我が(しもべ)ども! 屈辱ものの合い言葉はともかく、赤き血の通わぬガラクタなど我らの敵ではないわ!」

「「はっ! マジェスティ・メディア!」」

「「カトリーヌ様最強!」」


 とってつけた言葉と共に、慌ててその後を追う兵士達。

 残されたバルホークは、マジカルフォンと共に冷たく固まる女性の指を握りしめる。


「どうも……気に入らんな」


 先程顔を近づけた際、バルホークは懐かしい香りを嗅いだ。それは、よく自分へと懐いていた幼い妹の香り。その甘い桃のような残り香は、明らかにあの女から発するものではなかった。前日接近した際に記憶したのは、血の混じる女独特の臭い。それはいつか女性下着を顔へとぶつけられた屈辱を連想させ、忘れようにも忘れられない。


「におう……」


 バルホークの嗅覚は、まるで失った妹を探すように鋭く研ぎ澄まされる。


「ここか、キャナリー!」


 妹の名を叫びながら、彼はある一つの扉を開く。そこに飛び込んで来た光景は、包帯の巻かれた少女達の痛々しい姿であった。


「何と言うことを!」


 すかさず脈を測り命に別状はない事を確かめると、少女達一人一人の身なりを整えベッドへと横たえる。バルホークはこの事をカトリーヌへと追求するためすぐにでも彼女を追うつもりだったが、その内の一人が目を覚ましてしまったようだ。


「おじさん……だれ?」


 バルホークはいつものように飴玉を取り出し、少女の目線まで腰を下ろした。妹と同じ、三つ編みの少女。子供を何よりも重んじる彼は、律儀に身分を明かす。


「……ガーディアナ神聖騎士団団長、そして第四司徒のバルホーク゠リッターだ。おじさんではない。それより、君達はおそらく血が抜かれている。十分な水分を取り、これをみんなで分けるんだ。ところで一体、ここで何があった? 思い出したくなければ言わなくてもよい」

「ううん、赤い髪のお姉さんが、私達を閉じ込めたの。そして、夜になったら私達に甘えてくるの。なんだか、かわいそうになって、みんな優しくしてあげてた。そしたら、刃物で手を切られて……」

「もういい、大丈夫だ」


 彼はこれ以上はあまり思い出させない方がいいと判断し、そこで少女の唇に手を当てた。


「あの女、とんだ食わせ物だったようだ。到底許すわけにはいかんな」

「おじさん、お姉ちゃんをいじめるの?」


 これは異な事を言うと、バルホークは眉間にしわを寄せた。


「いじめる? 戦時下における掟を反故にした彼女へ、制裁を加えるだけだ」

「だめ……。お姉ちゃんをいじめちゃ、だめ」

「何故、かばいだてする……」


 この無垢な子供達に、憎しみという感情はない。おそらく争いの中、カトリーヌによって自分達は保護されたと思い込まされているのだろう。この子達がみなし子となった責任の一端は、真っ先に治安を乱した自分にもある事は自明。やりきれない感情がバルホークを襲う。


「ガーディアナは……人を救うべくある教えのはず。俺は、どうしたら……」


 こんな時、いつからか彼は天の声に判断を委ねるようになった。これまでなら明確に教皇の為を想った回答となったのだが、時にそれを否定するような声が聞こえるようになったのだ。


――お兄ちゃん……怒っちゃ、ダメだよ。


 バルホークの妹、キャナリーである。彼女は無理心中を企てた母をかばい、今では彼の心の内で穏やかに過ごしている。そして、彼女の答えは許し。人を責めず、ただ命を自分へと捧げた妹のために、沸き起こる怒りの感情をぐっと抑えた。


「キャナリー。これで、いいんだな」

――うん、お兄ちゃん!


 バルホークは妹の声に従い、彼女から授かった異能(マギア)を振るう。すると、少女達の傷はみるみると跡形も無く消滅した。


「わあ……。すごい、どうやったの?」

逆行(リバース)。君を、傷を受ける以前の状態へと戻した。つまり、ここで行われた凶事は、これで全てがなかった事となる」


 彼は同じように他の少女達へもその力を使い、その姿を純血へと戻す。とはいえ心の傷までは癒やせないが、これが自分に出来る精一杯である。


「おじさん、ありがとう!」

「ふふ……」


 この力こそ、母と共に炭になる程まで焼かれたはずのキャナリーが生存していた理由。黒く固まった母の腕の中で、彼女はこの逆行を繰り返し命を繋いでいた。それに気づいたバルホークは、奇跡を求めてガーディアナの門を叩いたのだ。

 彼の高速剣に斬られた者達は、肉の裂ける感覚を幾重にも味わう。しかし、その身はどういう訳か繋がっており、残るのは斬られた感覚のみ。ほとんどの者はそこで戦意を失い、命を取らずとも勝敗は喫するのだ。まさに高潔な精神に宿る、神の奇跡とも呼べる力であった。


――お兄ちゃん、後は……。

「ああ……奴を、止めねば」


 曇り無き少女の瞳を受け、バルホークは立ち上がった。これ以上無益な血が流される事は、教皇といえど望みはしないだろう。いや、たとえそうでないとしても、今は自分自身の決断に従いたかった。


 誇り高き聖騎士は青の外套(がいとう)を翻し、闘争の地へと向かう。そこに残された三つ編みの少女は、身の丈以上ある大きな窓から、どこまでも美しい彼の姿をいつまでも見つめていた。


「おじさん……ううん、聖騎士、様。お姉ちゃんを、助けてあげて……」


―次回予告―

 闘争という狂気は、命全てを喰らい尽くす病。

 男は忘れていた。闘う事こそ戦士の宿命。

 二振りの聖剣が怪しく光った。全ては月の導くままに、と。


 第161話「狂戦士」


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