第158話 『非常事態宣言』
月の国に、今日も朝日が登る。
激動の日から一夜明けたアルテミスに、新女王即位とのニュースが駆け巡る。これには国民も寝耳に水と驚くばかりであった。
『アルテミス・ヘッドラインニュースのお時間です。なんて、のんきに仕事している場合ではありません! 新女王誕生! ティセ゠アルテミス゠ファウスト様が、この度晴れてアルテミス二十世に即位されました! つきまして本日、アルテミス宮殿にて正式な戴冠式と祝賀パーティーが催されるとの事です』
街のあちこちで再生される、マジフォーンの魔法映像。その中にはドキュメンタリーなどの特番も組まれ、ティセの生い立ちなどが改めて紹介されていた。
「この番組、やめさせて」
「なんでにゃあ、昔のティセ、カワイイにゃあ」
「ぎゃあ! やっぱり魔法少女の件に触れた! チャンネルどこ!」
新女王即位のトピックはもちろんの事、朝のニュースにはもう一つショッキングなものがあった。本日未明ガーディアナ大使館が襲撃され、司徒ピーターと部下の魔術師達が惨殺されたというものである。被害はそれだけにとどまらず、周辺に住む住人達もその多くが死体となって発見されたという。
この二つのニュースの関連性から、今回、ティセ女王から何らかの発表があるものだとの推測が流れた。その内容は、ガーディアナとの和平が決裂したというものである。
「やっぱり、もう噂になってるか。これから戦争を始めるだなんて、みんな受け入れてくれるかな……」
「あなたの決断ならば、誰であろうと従うでしょう。だからこそ、今はあなたが気を強く持って下さい」
「そうだね。どこの誰かは知らないけど、罪の無い人々にまで手を出したのは許さない。絶対に……」
ミハエルは同僚達の突然の死に落ち込んでいるようだ。それは自分も同じ。国民はもはや自分の血そのものである。しかし、ここは悲しみを怒りに変え、立ち上がらなくてはならない。
女王となったティセがまず初めにやった事。それは、ありったけの国民を集めての祝賀パーティーであった。あの、子役時代から愛され続けていた少女の晴れ舞台に、当然人々は仕事もほっぽり出して駆けつけたのである。
「うんうん、アタシの人気も捨てたもんじゃないわね」
ティセは城の外を眺め、その怒濤の人だかりを見ては胸をなで下ろす。
「全員って訳にはいかないけど、敷地内に入れるだけ入れて。強力な結界魔法が敷かれているから、アルテミス国民しか入る事はできないわ。これで一応、皆の安全は保証されたはず」
「万が一のため、旅行者が入れるセキュリティスペルも設定しておきましょう。ティセ様、何がよろしいですかな」
「合い言葉? そうね、ティセ様最強でいいんじゃない?」
ほう、とストラグルは眉を上げた。この自信こそ、この国に足りなかったもの。長き平和を作り上げた先代も素晴らしいが、すでに牙を抜かれて久しい。この国は変わる。冗談のようなやりとりであるが、ただそれだけでそう確信する事ができた。
「それから、魔法軍を外に配置して守りを固めて。それから腕に覚えのある民間人には、軍に参加してもらうわ。と言っても義務教育で国民のほとんどが魔術師だから、マスタークラスの修了者で募集をかけて。報酬の予算が足りなければ、アタシの私財から支払っていいから」
こう見えてティセにはそれなりの貯蓄がある。毎月の莫大なお小遣いに始まり、シネマジカの印税、貴族からの貢ぎ物、そして今日からは税収の一部を懐へと収める事もできるが、本人は最低限のオシャレさえ楽しめれば、特に興味はないお金である。
「ティセ……ごめんなさいね。即位早々、こんな事まで」
「お母様、そろそろパーティーが始まるわ。今回はお母様の引退式も兼ねてるんだから、元気出してもらわないと」
「ええ、ママのために、ありがとうね。最後の主演女優、立派に演じきるわ!」
「あはは、主役はアタシなんだけど……」
流石は一流の演劇家。顔色の悪さを隠すため、女王はケバケバの化粧にて会場へと向かった。
舞台にはいつぞやの高くそびえる階段などの大仰なセットが組まれていたが、女王はそれを上がることなく国民と同じ目線で、今までのねぎらいの言葉を述べた。その演説の最後、女王は自らの責任を認め、次代へと希望を託す言葉を紡ぐ。
「……皆様もご存じのように、時代はめまぐるしく変わろうとしています。アルテミスも、変化が必要な時が来ているのかもしれません。これまで、私は少しでも国民の命が助かるのならば、強国の支配を受ける事も致し方ないと考えてきました。ですが最後まで胸を張ってアルテミス人らしく生きるため、戦い、勝ち抜いた先にこそ本当の平和があるのだと、私は娘に教えられました。そんな新時代がこれから先、きっと作られていくのでしょう。私の娘、ティセ。いえ、アルテミス二十世によって!」
前女王陛下の演説も終わり、いよいよティセの登場となる。
真っ赤なスポットライトが照らし出される派手派手な演出の中、新女王が花道を歩み出す。深緑の魔導師の衣装に、アルテミスの王冠をかぶるその雄姿。いつもの跳ねっ返りの髪も櫛でとき、艶のあるロングヘアをなびかせる。いつものギャルを捨てた、本気モードである。
「皆様、今回は改めて私のためにお集まりいただき、ありがとうございます。この度ティセ゠アルテミス゠ファウストは、第十九代ディジー゠アルテミス゠ファウストより王位を譲り受け、第二十代アルテミス女王となりました。この王家の杖にも飾られた、輝かしい月の女神の祝福が、私だけでなく、皆様の頭上にも降り注がんことを約束いたします。それからえっと……、うん、やめた。堅苦しいのはやっぱりアタシには似合わないや」
舞台の中央で大きく息を吸い振り返ったティセは、おもむろに階段を駆け上がった。そして最上段の玉座へと辿り着くと、民に向かい大声で叫んだ。
「女王として誓う! ガーディアナなんかに、大好きなアルテミスを好きにはさせない! アタシは、この国を絶対に守る! だからみんな、このアタシについてきて!」
結局中身はギャル女王であった。やはり彼女はこうでなくてはと、ここ一番の歓声が上がる。
そこへ家臣達、果ては貴族や政治家達も一緒になってのかけ声が掛かった。ティセの幼少期の呼び名である魔法少女姫ティセならぬ、魔法女王ティセと。
「いやー、ここからの景色、いいもんだね。少しだけママの気持ちが分かったよ。……ママ、今までお疲れ様」
「ティセ……端から見るとバカみたいね、それ」
「なっ、アンタが言うか!」
「きゃー、本気狩るクイーンが怒ったぁ」
「全然元気じゃん、まったく……」
また恒例の親子ゲンカが見られると国民は期待したが、ティセは中継カメラであるマジックアイに向け喋り始める。
「ねえ、これ放送中よね?」
『は、はい、アルテミス・ヘッドラインニュースは全国ネット生放送でお送りしております!』
「こほん、早速なんだけど、今アルテミスは本格的な戦争状態に入ってるの。ガーディアナが一方的に協定を破り、宣戦布告してきた形よ。そのせいで、何も知らない国民が犠牲になった。そして、今まで平和を裏で支えてくれていた司徒ピーターや、彼の部下達も。……実を言うとね、アタシは昔、一人でガーディアナに乗り込んで、思いっきり暴れた事があるの。その影響で民間人に負傷者も出たと思う。だから、偉そうな事は言えない。因果応報ってやつなのかもしれない。でも、でもね、アタシはロザリーやパメラと出会って、本当の魔女にならなくてすんだんだ。今ならそれが間違ったやり方だって思える。だから、昔のアタシが犯した罪を償うためにも、今回の首謀者を見つけて、アタシが直接裁くから、少しだけ時間をちょうだい! アタシは、昔のアタシなんかには絶対に負けないから!」
ティセは家出騒動の裏に起きた、行きすぎた過ちを赤裸々に語る。それはもちろん、スキャンダルとして国民には誰一人として知られる事のなかった不祥事である。ティセは流れる沈黙の中、怖くなり目をつぶった。
しかし、不甲斐ない国民を背負い、誰に頼まれるでもなく一人で敵国に立ち向かった少女を誰が責める事ができよう。まばらに起きる拍手は、やがて大きな渦となりティセを飲み込んだ。
「みんな……」
かつての未熟な暴走も、本気だったから。そんな一人で抱えていた本気が、皆に伝わった。ティセはその時、ずっと心を蝕んでいた罪から、初めて救われた気がした。
ならばもう、迷ってなんていられない。
「アルテミスはここに、非常事態宣言を発令するわ! まずはこの状況が解決するまで、みんなをアルテミス宮殿で保護しようと思う。この一帯は結界が張られているから安全だしね。ただ、これだけじゃどうしても足りない。だから、今家にいる人達は、他に結界が張れる地域へ避難してほしいの。北の魔法学園と、南のアルテミス魔法ランド。これが今考えられる避難先よ。あと、敵勢力が制圧したっていう大使館のあるガーディアナ領には絶対に立ち入らない事、いいわね!」
ストラグルはたくましく成長したティセに感嘆しつつも、そのやや強引な作戦に難色を示した。
「ふむ、見事な対応と言いたいところだが、アカデミーは現在ガーディアナによって封鎖されているはず。避難場所としては不適切では……」
「いえ、ガーディアナと言っても、あそこは魔術軍の管轄。つまり、ピーター様の軍の生き残りがいるはずです。彼らはガーディアナに対し恨みも多い。きっと協力してくれるでしょう」
「なるほど。ピーターを失った魔術軍は、もはやこちら側の独立部隊というわけか。元魔術軍であるミハエルが言うのなら間違いなかろう」
それに加え、ティセにはもう一つ狙いがあった。
「あそこには多くの魔動兵器があるわ。軍が弱体化してる今、魔動人形だけでも実戦投入出来れば、形勢は逆転するはずよ。ストラグル、ミハエル、ここへはアンタ達に行ってもらう事になるけど、できるわね?」
「かしこまりました、女王。その役目、我らが何としても!」
学園には、昔教師をしていたストラグルと主席であったミハエルが向かう事となった。しかし、ティセはここで皆を守りつつ、民間人を交えた軍の再編をしなければならない。となれば、残る広大な敷地を誇る魔法ランドの護衛に、ここからかなりの兵力を割く必要があるだろう。
「後は魔法ランドね。あそこならみんな避難できるはずなんだけど……人手が足りないわ」
「それならば、そちらは俺が引き受けよう。アルテミス女王、こんな晴れの日に遅くなってすまない」
突然、花束を持ったボロボロの男が舞台袖から現れる。彼はキザに一礼をし、ティセへと花束を投げてみせると、その花びらの一枚一枚が平和の象徴、鳩へと変わり羽ばたいていった。
「ティセ、即位おめでとう」
「パパ……!」
突然のレジェンドウィザードの登場に、民衆は騒然となった。中でも前女王は急に元気を取り戻し、メトルの下へと駆け出す。
「あなた、無事だったのね! 司徒が現れたと聞いて、心配したんですよ!」
「ああ、ギリギリでラビリンスをサービスエンドし、強制脱出したのさ。ダンジョンマスターとしては使いたくなかった奥の手だがね。ラビリンスは、我がマジカルランドのアトラクションの一つにすぎない。今の俺は、ただの遊園地のオーナーさ……」
「あなた、あんなに好きだったゲームを……」
大勢の前で抱き合う二人。すると、おもむろにメトルは超上級魔法である時魔法を発動する。大量の魔晶石が砕ける音に皆が唖然とする中、それは前女王の体を包んでいった。
「タイムクラスタ・レベル15、イモータル。もう大丈夫だ、これで君の衰弱は止まるだろう」
「ああ、やっぱり、あなたがいないと私はダメ。お願い、もう一度、やり直しましょう……」
「そうだな、君はもうただの一人の女性。不治の病に冒されているという秘密も、すでに隠す必要はないのかもしれないな」
「ええ……!」
前女王は涙ながらに今まで秘密にしていた複雑な夫婦関係とその病状を打ち明け、あらためて再婚する事を発表した。
「よかったじゃん……ママ、パパ……」
ティセも側へと駆け寄り、二人を祝福する。きっと、幸せな夫婦生活など送る事のできない自分の分まで。
「じゃあ、式典はこれでおしまい! 今からみんなを誘導するから、各自、避難に移って」
「ティセ、ママを頼んだぞ!」
「うん、まかせて!」
主人の出発に、舞台袖で待機していたグリフォンがはためく。トゥインクルは慌てて気になっていた疑問を彼へとぶつけた。
「そういえば、あれからラビリンスでは一体どうなったんだにゃ? ティセの父ちゃん、負けそうになって逃げたのにゃあ……?」
「いや、マスターは勝っていたよ。ただ、ある人物を助けるために仕方なく、これまで築き上げたダンジョンを捨てたんだ。まったく、突然のサービス終了の事後処理には手間取ったよ」
「にゃ、それって、もしかして……」
「グリフォニア、行くぞ!」
「はっ!」
その答えを聞くことも出来ずに、メトルはグリフォンを駆り風のように飛び去っていった。
城も宮殿も、避難してきた人々でごった返す。あれから敵の目立った活動も見られず、作戦の第一段階は順調に進んだ。ティセはその後、弱体化した軍を再編させ、新生アルテミス魔法軍を結成。来たる戦争への準備は着々と整っていった。
それと同日、かつての仲間達によってイデアの塔攻略が達成される。
その際、不思議とロザリーの声が聞こえたような気がして、ティセは東の空を見た。そしてパメラの危機を知らせる彼女の声に合わせ、精一杯この場所から力を与える。するとその先に、いつか見た無限の光が広がった。
「アタシも、負けてられないな」
アルテミスに平和が訪れる日も、そう遠くはないだろう。無事、女王としてこの地を平定した後は、もう一度、母にわがままを言わなければならない。
そしてまた、あの頃のように……。
太陽は今日も暖かく人々を照らし、その役目を終えた。
しかし、どんなに太陽が世界を照らそうとも、闇が支配する世界は等しく訪れる。
そんな闇の世界で妖しく光る月を見上げながら、もう一人の女王が囁いた。
「ふふ。月が、血を求めている……。さあ、今宵も闘争を始めるとしよう」
―次回予告―
夜に広がる世界は、彼女だけのもの。
闘いを求め、争いを貪る深紅の瞳。
誰も知らない、月夜の秘密。
第159話「無慈悲な夜の女王」