第21章 魔女達の愛 143.運命の子
ロザリーの活躍も空しく、絶望の未来は変えられなかった。
悲嘆に暮れる声が漏れる中、突如現れたゲート。
『ヘクセンナハト、聞こえていたら返事をしてくれ……!』
そこから聞こえる声は、皆にとって聞き馴染みのあるものであった。
「もしかして、ディーヴァ……?」
ロザリーは目の前に浮かぶ、安定しない空間の切れ間に向かって呼びかける。その向こうにいるのは、確かにディーヴァその人である。
『――ロザリーか!? 良かった! 凄まじい程の力を捕らえることができたのが幸いし、ここにゲートを開く事ができた。今はこれが限界だが、通話くらいは可能だろう。しかし、一体何があった?』
「そっちこそ無事だったのね! 私達の方は、人々に広がった絶望の力という呪いを今解いたところ。でも、変わらずに赤い空が今も広がっている。これが兵器だというの?」
『そうだ……。私も確証を得ないが、おそらく教皇すら欺いたマルクリウスによる策略だろう。破壊兵器の名はケラウノス。一度フェルミニアに落とされ、王都を焼いたという。それが事実なら、ガーディアナは我々の想像を絶する悪という事になる……!』
「え……? どういう事?」
アリアは耳を疑った。フェルミニアを破壊したのは紛れもなく自分のはず。グリエルマはその疑問を解決すべく、ディーヴァへと掛け合った。
「ロザリー、我が代わろう。ディーヴァ、生きていてくれて嬉しく思う……。だが私情は後だ。この状況、確かにケラウノスの前兆。この赤い空は、荷電粒子砲あるいは反物質粒子砲によるエネルギーが空を覆い起こる現象だろう。それは古代にも使われ、一瞬でアバドンを死の土地へと変えたという文献もある。アリア、どうだ、一度、君はこれと同じ光景を見ているのではないか!?」
震えながら頷くアリア。だが、続けてそれを否定するようにかぶりを振った。
「私が、やったのでは……ないの……? だとしたら、何? この記憶は……。私の中には悪魔がいて、確かに私が命令したの……。だから、私だけがあの地を生き延びた。だから、私はイデアで朽ち果てる事を望んだ……。だから……」
崩れ落ちるアリアをパメラが支える。アリアが破滅の魔女などではない事は、あの時の交わりで何となく感じた直感。パメラはそうなった経緯を、狂国ガーディアナに所属していた経験則に基づき導き出した。
「……嘘をつくよ、大人は。私は、人類を救う聖女として、人々のために、この力を使ってきた。そう教えられてきた。でも、嘘だった。あの人達の中では、私達の心とか、そんな小さな事はどうでもいいの。ただ、何かよく分からない、政治とかいうもののために、たくさんの嘘をついて、大きな事をやり通すの。それをやっていたのが、マルクリウス……あなたを、イデアに閉じ込めた人」
「まさか……そんな……」
「あの人は、洗脳の達人。私も、何度も受けた。私の忘却化した操り人形の人格は、マルクリウスにつくられたもの。そして私もいつしか、嘘を覚えてしまった。……だから、ね、きっとそういうことなの」
アリアは頭を抑える。自分の頭の中には踏み込む事のできない領域が確かに存在し、そのストレスから気を紛らわせるように、いつも脳内媚薬が生み出される。一人、獣のように耽っていた行為も、つまりは……。
「ああ……うぅっ」
情動が体を駆け巡る。このままではパメラを襲いかねないため、アリアは近くで心配そうに眺めていたムジカを抱きしめた。その小さな背中に、爪を立てて。
「ふうっ、ふうぅ……」
「ありあ……大丈夫、大丈夫だよ」
乱暴なアリアの抱擁を受け止めてなお、彼女の頭を撫でるムジカ。その様子に皆は心を打たれた。物事の本質を見抜き、ただ寄り添う。これが、子供の持つ力かもしれない。
「私が、私達が守らなければ……」
集落には子供達も多く住んでいる。もちろん赤子も。心なき破壊兵器などに、小さな命を奪わせはしない。ロザリーはそう、決意を新たにした。
『私も今は敵地にいるため自由がきかない。とにかく、一刻も早くその場を脱出するんだ! この際、リトルローランドは諦めろ!』
「移動の準備は進めているわ。でも、皆を範囲の外にまで連れて行く余裕はない。それに、私の力はマレフィカにしか効果がないの。マギアを解けば、いつ破滅が起こるか……」
皆、ロザリーの稼ぐ時間の中、考え得る限りの策を練る。しかし、規格外の力に対し有効となりそうなものは皆無であった。
そんな中、ディーヴァとの間に広がる空間の裂け目が大きく揺らぐ。
『まずい、力が……これが限界か』
そう、その向こうには、このゲートを作りだしたエトランザがいるはずなのだ。不自然にひた隠しにされる妹の存在を、パメラは確かめたかった。
「エト、エトでしょ!? その力、エトだよね? 無事なの? お姉ちゃんに声を聞かせて!」
『むう……』
少しばかり難色を示すディーヴァ。そこへ、その姿を一目見たいとコキュートスも嘆願する。
「そうだ! エト様の力なら、みんなを移動させる事ができるはずよ! エト様は最強なんだから!」
「エト様……! いるんだろ、顔を見せてくれよ! こっちにはノーラも、メアもいるぞ!」
『……残念だが、ゲートはこれ以上持たない。今も相当な無理をさせている状況だ。見せるべきではないと思い伏せていたが、仕方ない。……エトランザ、最後に挨拶を』
ゲートは閉じようとする力に抵抗するかのように、少しだけ開いた。そして、ディーヴァに持ち上げられたエトランザが顔を見せる。
『ううあ……』
言葉が出なかった。まるで痩せ、うつろな表情でこちらを見つめる、変わり果てた女帝。パメラは思わず目を背けそうになるも、彼女の唇が少し、笑みを浮かべたのを見逃さなかった。
「エト……」
敵対していたとはいえ、彼女も洗脳教育の類いで操られていた一人に過ぎない。もはや、守るべき子供の一人である。
「マリエル、マリエルはっ……!」
すでにゲートは爪痕のような切れ目を残すのみ。そこへ、ヴァレリアが叫ぶ。今思えば彼女を失った喪失感も、ロザリーへの甘えへと繋がったのかもしれない。もし生きているのなら、救い出す事が自分に架せられた贖罪。
『彼女はワルプルギスという組織に気に入られたらしく、おそらく無事だ。この娘は私が責任を持ち保護する! 皆もどうか、必ず生き延びてくれ……!!』
その言葉を最後に、ゲートは閉じた。
次第に空はさらに明るみを増す。巨大なエネルギーが押し寄せるような、圧倒的な光景。
「こうなれば、マレフィカのみで……」
そう口を滑らせたグリエルマに、皆の視線が集まる。もちろん誰もそれを非難するつもりはない。ただ、それに変わる答えすら用意できない事に、ただ打ちのめされるばかり。
そんな絶望の覆う空気を、力強い、凛とした声が切り裂く。
「みんな、希望を捨ててはだめ! 私達は、必ず生き延びる! そして、次代へと命を繋ぐ! 子供達まで、私達の戦いの巻き添えにしてはならない!」
真の絶望とは、全てを諦める事。その言葉に、皆も頷いた。
「ああ、ロザリーの言うとおりだ。あたいらの全てを賭けてでも、あの光を食い止めなくっちゃな!」
「ロザリーさんに命を救われた時から、覚悟は出来ています。それに、こんな時、ティセさんならきっと諦めない……!」
リュカもサクラコも、いつも諦めないロザリーの姿を何度も見てきた。そして、彼女を信じてきたから今がある。今回だって、きっと。ロザリーの力を伝って、そんな勇気が皆にも伝わった。
「ええ、ここにいる全ての人々は、わたくしの預かる命です。絶対に、新天地へと連れて行って見せます」
「そうだな……我とした事が、愚かであった。万物全てを愛せるようでなければ、万理の賢者など務まるはずもない。ご先祖様もそうやって、命を繋いできたのだから」
策は無いに等しいが、誰一人諦めてはいない。夜はいつか明ける。それが、ヘクセンナハトの信条である。
「次代の子供達……」
失意の中にいたアリアも、ロザリーの口にした言葉に勇気づけられた。ただ一筋の希望にすがるように、アリアはそっと、自分のお腹へと手を当てた。
「ありあ、お腹、なにかいる?」
「え? ええ……。いる……のかもしれない。神か、悪魔かが……」
ムジカは大きな耳をおなかへと当てる。すると、彼女は微笑みながら何かに頷いた。何の冗談だろうと思いもしたが、こんな時にそのような事をする子ではないのは良く知っている。
「何か、聞こえるの?」
「魂の声が聞こえる。まだ、小さな命だけど、ママ、ママって呼んでるよ」
「ママ……私が……?」
ムジカのマギアは胎児と言わず、受精卵の声まで届くのであろうか。確かに、人間も胚の状態から原始的な姿を経て成長する。精一杯生きようとする命の声。その尊さにアリアは涙を浮かべた。
これは、おそらくパメラとの子。ロザリーの前で少し気まずいが、パメラにもその声を聞かせてあげたく思った。
「ほら、パメラ、あなたも触ってあげて」
「え? うん……わ、暖かい」
愛おしそうに下腹部を見つめながら、二人は“彼女”に触れる。
『二人のママ……今、そこに、行くよ』
二人の頭の中に、女の子の声が響く。それは、とても懐かしいような、初めて聞くような不思議な声であった。だがアリアは、破滅した未来でそれを聞いている。いや、もっと昔にも確かに聞いた。芯の強い、美しい声。
「アオオ……!」
「プラチナ、どうしたの?」
プラチナは全身の毛を逆立て、一歩後ずさった。まるで天敵を前にした動物のように。
「ぷらちな、ソロモンズアークの悪魔が甦る……って言ってる!」
「何ですって!? ……ぐっ」
突如、アリアを陣痛のような痛みが襲った。
下腹部を押さえうずくまるアリアは、次第に炉が暴走したかのように魔力を生成し始める。
「凄まじい魔力だ……! ここにいる誰よりも大きな……!」
「アリア、アリアっ!」
「だめっ、悪魔が、生まれる……! だめぇ!」
悪魔ベリアル。魔導書ソロモンズアークの中に封印されていたとされる、堕天した悪魔。アリアをたぶらかし、その封印を解かせ、アリアの中に住み着いている悪しき存在。母の命を甦らせるために生け贄を求め、やがて世界を灰に変えた。
アリアの記憶する限り、それが現れる時、世界は終わる。
「ああっ、うう……!」
だがそれも、偽りの記憶。本来の悪魔ベリアルは、マルクリウスとガーディアナ祓魔師によって強制的に力を奪われ、アリアの中に閉じ込められていた。それが可能であったのも、ケラウノスの光からアリアを守るために力を使い果たしたためである。
『大丈夫。ママ、大丈夫だよ。だから、私を、産んで!』
「はあ、ふあああっ……!!」
アリアからあふれ出した魔力は、紫色のもやに包まれた何かを生み出した。凝縮した魔力の集合体。そこから、次第にヒトの形をしたものが形成され始める。
「ベリアルは恐ろしい悪魔だった。だけど、アリア、君の事を本気で愛してしまったんだ。そして、今度は君の仔として、生まれ変わった……」
昔を思い出すように、プラチナは語った。そして、目の前に現れた少女に、その面影を見る。アリアの長い白髪、パメラの癖毛、そして、悪魔ベリアルの持つ黒い角と翼。アリアとも、パメラとも似た、美しく優しい顔立ち。その佇まいは10歳くらいに見える。
「はあっ、はあっ……」
「ママ、ずっと、会いたかった……私はベリア。世界を救う、そして、未来を救うマレフィセント」
確かにこれは、一度見た未来。しかし明確に違うのは、ここには皆がいる事。そして彼女が、未来をも救うと言った事。それにあの時の彼女は、もっと悲壮な顔をしていた。
「ベリア……? マレフィ、セント……?」
未だ何が起きたのか飲み込めないパメラ。しかし、目の前の少女に、何か自分に近いものを感じる。人でもなく、魔女とも違う、どこか神秘的な……。
「そう、マレフィカの、セイント。だからマレフィセント。アリアママが決めてくれた、私の二つ名。格好いいでしょ」
「アリアママって、ええ!?」
「パメラママ、若いなあ。こんな歳で子作りしたの? びっくり」
急に年相応の振る舞いを始めたベリアに、一同はすっかり拍子抜けする。
「ね、ねえ、パメラ? ママって何? ねえ……」
「わ、私にもわかんない……」
涙目でパメラにすがりつくロザリー。それもそうだ、結婚を申し込んだ日に、他の女との子供を目の当たりにしたのだから。つくづく間が悪いと言うより他はない。
「ここは、我が説明せねばならんな。簡潔に言うと、この子は今アリアの中に宿っているパメラとの子。いや、そこから説明が必要だな。うーむ。まあ、細かい事は置いといて、女性同士でも子供が出来る事を示してくれた、記念すべき子である!」
「私の、子供……」
「パメラの、子供……」
パメラはともかく、ロザリーのショックは計り知れない。気がつくと、聖域の力にも綻びが生まれ始めていた。
「わ、ロザリー、しっかりして! 時が早くなってきてる!」
「ち、違うの。そもそも、この辺りが限界みたい。私はあなたを祝福しているわ。ベリア」
「ありがとう、ロザリーおばさん!」
「お、おば……!」
いよいよリトルローランドは聖域の守護から外れ、時の流れを本来の歩みへと戻す。その瞬間、迫り来るメギドの火は凄まじい轟音と閃光を放ちながら、全てを呑み込まんと目の前へ現れる。
「あの時の破滅が迫ってるのね。ママ、大丈夫よ。みんな、救ってみせる、私の力で……!」
アリアは希望に満ちた顔の我が子、ベリアを見つめた。この子はきっと、幸せな環境で育ってくれたのだろう。パメラを失った世界での彼女は、おそらく身内は自分だけ。歴史は全てがガーディアナの目論見通りに進み、それを一人で正すために戦い続けている、そんな瞳をしていた。
「アステリズム、展開! 行くよ、バイナリィカオス!」
ベリアの身に、圧縮した魔力が生まれた。すると、ベリアは瞬く間に融合した姿へと変わる。それはヴァルキリーのような、勇ましくも美しい姿。
だが、少しだけ違う点がある。さらに彼女の後ろには、幻像が現れているのだ。見えるのは青くきらめく三角形の後光。まるで三つの力が、彼女を後押ししているよう。
「灰は灰に、塵は塵に。だけどあるべきものは、あるべき姿のまま! リストレーション!」
天高く舞い上がったベリアを中心に、無限の光が放たれる。
それは、パメラの浄化、そして再生、さらにアリアの無限魔力を一つにしたような力。ケラウノスの持つ膨大な破壊エネルギーの力は瞬く間に無力化し、その影響を受けた大地は再生され、何事も無かったかのように、集落は平穏を取り戻した。
「すごい、私の無限光だ……」
「これは……私達、助かったの?」
ふわりと降り立ったベリアは、大きく頷いて見せた。
その後ろには青い空。そして、いつもの風景。
皆も次第に状況を理解し始めては、喜びの歓声をあげた。
「私、未来を視ているの? それとも、現実?」
「そう、現実であり、未来。これはママの力。運命召喚。一時的に、未来から力を借りる事ができるの。この時代の私とママはずっと一緒にいる。そして、パメラママも。だから、こうやって膨大な時の海からママ達を探し出せた」
ベリアはアリアへと抱きついた。アリアに似たのか彼女も背が高く、すでに母の腰の辺りにまで成長している。するとあろう事かそのまま股のくぼみへと顔を埋め、すうーっと空気を吸い込んだ。
「懐かしい匂い。お腹の中にいたころ、たくさん嗅いだ匂いだ」
「だめ、今の私、愛液の匂いが……」
「ふふ、おいしそう」
ベリアはいたずらに笑った。その淫靡な性質まで受け継いでいると言わんばかりに。アリアは頭を抱え、性に厳しいグリエルマの所へと入学させるべきか本気で考えた。
「ママ、愛してるよ。じゃあ、そろそろ行くね」
ベリアは名残惜しそうにアリアを見上げ、はにかんだ。
「もう、お別れなの?」
「うん、これ以上はママが持たない。召喚はママですらまかなえないくらいの魔力を使うからね。それから、運命の子供達は、他にもいるよ。頑張ってね、ロザリーおばさん。私の愛する、あの子を……。おっと、未来の事はあまり言っちゃいけないんだ!」
「来てくれて助かったけど、おばさんはやめて……!」
ロザリーは未来でも口うるさいのか、ベリアはそんな小言に対して舌を出して見せた。
「じゃあ、パメラママ、サクラコお姉ちゃん、またね!」
「う、うん!」
「ふぁ、ふぁい!」
なぜ呼ばれたのか分からずに、サクラコは噛みながら返事をする。彼女にとって、自分が何か大事な存在となるのだろうか。全く見当も付かない。
するとベリアは再び紫の粒子となり、アリアの中へと還っていった。
「ベリア、またね……」
とても悪魔とは思えない、純真な子であった。彼女の活躍により、どうやらリトルローランドはその危機を乗り越える事ができたようだ。
「何とも狐につままれた感覚だが、とりあえず、我々は生きている。生徒達を代表し、礼を言う。魔女達よ、ありがとう……」
「いいえ、みんなが頑張ってくれたおかげで、この大切な場所を失わずに済んだ。ここは、ヘクセンナハト始まりの地。それを、皆で守ったのよ」
それぞれが頷き、ロザリーを見つめる。今回の件で皆、彼女に英雄としての資質を見た。きっと彼女は世界すら変える。そう、魔女達の夜明けはもう近いと。
しかし、当の本人はそんな視線を、何か締めの言葉を期待するものと受け取った。
「あ、えっと。こほん、私達はこれから新天地、リユニオンへ向かうわ。お世話になったリトルローランドともお別れ。だから最後に、ずっと暖めておいた掛け声をかけるわね。……いくわよ、せーの! 我ら、マレフィカの旗の下に!」
仁王立ちで右拳を天に突き上げるロザリー。そこへ、腕が水平になるよう左拳を前にして添える。正面から見ると、その形は十字を逆にしたものに見えた。きっと、彼女の忘れ形見、逆十字を偲んでの決めポーズなのだろう。
そんな彼女の意気込みとは相反し、その場に沈黙が流れる。やがて少し理解が追いついたのか、コレットがその意図を読んだ。
「ああ、そういう……。それ、やらないとダメですの?」
自信満々に、ロザリーは仁王立ちを続ける。
「こうよ。我ら、でぐっと力をためて、拳を突き上げる。天からパワーをもらうような感じね。そして、こう腕をクロスするの。皆で一緒に、マレフィカの旗の下に! さんはい!」
「我ら、マレフィカの旗の下に……」
100を超えるマレフィカがいて、やったのはサクラコだけであった。穴があったら埋まって二度と出てきたくは無いほど、恥ずかしかった。
「待って、サクラコだけじゃない! 療養中に一生懸命考えたんだから、みんなちゃんとやらなきゃ!」
ロザリーとの付き合いも長い面々は、ややあきれ顔でそれを解散の合図とした。
「ロザリーはこういう所があるからなあ……」
「まあ、見なかった事にしましょう。では、そろそろ出発しましょうか。旅に必要な物資があれば、申し出るように。都合いたしますので」
「リユニオン、どんな所かしら。赤ちゃんにも暮らしやすい所だといいわね」
「確かに、今後ベビーブームが来るかもしれんな。託児所も作らねばなるまい。学園内に保育園も新設するか」
「アリア、あの子、どういう事なの? ねえったら!」
引っ越しに浮き立つみんなと一緒になって、パメラまでそれについて行く。ロザリーは慌ててその後ろ姿を追いかけた。
「パメラ、結婚式の話は……」
「ちょっとアリアと話があるから、ごめんね!」
「ヴァレリア、あなたも……」
「すみません、みなさんの馬車に呼ばれて、ああ、引っ張らないで」
頼みのヴァレリアも、押し寄せるマレフィカ達に取られてしまった。
ぽつーん、とその場にはロザリーとサクラコだけが残り、皆は移動の準備に取りかかったようだ。そんな様子を憐れんでか、忍犬イブがロザリーをクゥーンと慰める。
「ねえ、何が間違っていたのかしら? 距離感? 意思の疎通? それなら、まずは交換日記から始めようかしらね。サクラコ、どう思う?」
「あの、交換日記、私でよければお付き合いします」
「じゃあ、あのかけ声も二人でやり続けましょう、きっといつか浸透するわ!」
「それはちょっと……」
そんな中、もう一人気配を消していた人物が現れる。フルーツ盛り合わせの大皿を持ったメーデンである。
「旦那さま、お任させされたリンゴですー! おいしくなーれ、萌え萌えきゅん!」
恥ずかしげもなく謎の魔法をかけるその姿に、ロザリーは謎の感動を覚える。
「これよ、この思い切りだわ! サクラコ、彼女と修行よ! おいしくなーれ、もえもえきゅん!」
「ひぃーん!」
ヘクセンナハトは新たな一歩を踏み出した。これから待ち受けるどんな苦難も、一緒なら乗り越えられる。そんな思いを抱き、それぞれは明日を生きる。
アリアは、瞳に映る風景に色が付き始めた事に気付く。大切な人が出来る度に、一色一色、取り戻していけるのだと。失うばかりではないのだと。そう教えてくれたのは、この体に宿る、新たな命。
「ママ……、私を産んでくれて、ありがとう。私もママになって、世界はこんなにも美しいのだと気づく事ができた。だから、これからも私達のこと、ベリアの生まれてくる世界の事を、見守っていてね……」
―次回予告―
力を求め、違う道を歩んだ少女。
野望を捨て、ただ、誰かのために。
それは世界を変える、小さなかがり火。
第144話「アルテミス炎上」