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第21章 魔女達の愛 136.亀裂

 魔女の隠れ家として長らくお世話になった砂漠の小さな集落、リトルローランド。ここで生まれた組織ヘクセンナハトの活躍によって、世界と戦う魔女の存在が明るみとなり、叛逆の魔女の下へと人々は集い始める。ガーディアナに苦しめられた人々にとって、それはまさに希望の地であった。


 そんなリトルローランドも、村と呼べる規模を越えいよいよ限界を迎えた。住居は人で溢れ、昨夜など兵士達はナツメヤシの葉でベッドを作り、外で一夜を過ごしたという。寝床の確保すら難しい状況に、新天地計画の実行が急がれた。


 明くる日、朝一番にコレットが呼んだ荷馬車の列が到着する。

 いよいよこの集落を引き払い、リユニオンへ入植する手筈(てはず)が整ったのだ。以前建国宣言を行ったパビリオンの下で、コレットと長老が最後の話し合いをしていた。


「本当にここに残るの? リユニオンには、あなた方も十分受け入れる準備はありますのに」

「ええ、我らは姫様が作ったこの小さなローランドを守り続けるという使命があります。それにこの地もコレットさんのおかげで交易が盛んとなり、豊かになりました。どうぞ、皆さんと若い者で行ってらっしゃいませ。いつの時代も道を切り拓くのは老人ではなく、あなた方、若者なのですから」


 難しい顔でコレットはグリエルマを見上げた。それに対し、グリエルマは参謀であったディーヴァの代わりとして助言する。


「確かに、アルベスタンに通じるこの拠点は残しておくに越したことはないだろう。都市部は戦場になるかもしれん事を考えると、こちらの方がむしろ安全かもしれん」

「そうですわね、我々は戦争中なのでした。長老さん、今までお世話になりました。どうかお元気で」

「いつでもおいで下さい。歓迎いたしますぞ」


 握手を交し小さく頭をさげると、コレットは作業を急ぐ人々へと向き直った。


「えー、ではみなさん、準備を済ませ次第、出発しますわ! わたくしの都市、リユニオン。そこは、自由という未来が約束された場所。住居も福祉も労働も、全て提供いたします、さあ、わたくし達と新たな出発を祝いましょう!」


 聞こえの良い言葉を高らかに叫ぶ声が響き渡る。この計画に関して、コレットはずいぶんと鼻息が荒い。アリアとパメラは住人の引っ越しのお手伝いをしながら、それを眺めていた。


「あの子、オペラでも始める気かしら」

「コレットはね、昔ロンデニオンのお屋敷にこもって、ずっと悪い事をしてたの。だから、嬉しいんだよ。みんなの役に立てることが。つぐないって言うのかな、良いことしたいって気持ち、私にも分かるから……」

「イイ事……ね……」


 アリアはコレットを見つめ、いつかのように舌なめずりをしてみせた。それを見たコレットはドキリとした顔で硬直してしまう。


(も、もしかして、バレてますの……!? イデアさんとの秘密が……)


 イデア。それは膨大な魔力の残滓(ざんし)によって形成されたアリアそっくりの幽体人間。すっかり非モテな彼女の最近の楽しみは、睡眠時に幽体となって行うイデアとのデートであった。

 激闘の末、冥府の門へと落ちすっかりおとなしくなったイデアに対し、エッチなイタズラをやり返して溜飲を下げているなどという事がこの人にバレては、あそこの毛までむしり取られてしまう。そんなものありはしないが。


(まさかね……。イデアさんはわたくしの初めて出来た霊トモ。ロザリーさんも、アリアさんも結局はヒトなのです。だから、添い遂げる事なんて……)


 ため息をつき、少し切なげに見つめ返すコレット。

 そのあまりの重さに、アリアは思わず目をそらしてしまう。アリアの一部と言ってもいいイデアに起こるエッチな異変に、彼女が気づかないはずもないのだ。そこで行われているのは……アリアは世にも恐ろしい彼女の秘部を胸の内にしまっておくことにした。


「あの子、闇が深いわ。変態度では私も引くくらいよ」

「もう……また何かしたんでしょ。みんなにちょっかいだす気?」

「あら、妬いてる? そういえば昨日、あれから彼女とはしたの?」

「妬かないし、してない!」


 実は昨晩、パメラはアリアに襲われた。

 ぐっすりと寝ていた所を布団にまで潜り込んできたアリアと、それを守るために潜んでいたメーデンが鉢合わせ大変な騒ぎとなったのだ。

 隣で眠るロザリーは相変わらず起きる事もなく、メーデンに説教している間に、アリアに目をつけられひん剥かれてしまっていた。粘膜の交換は未遂に終わったが、いつ何時ハプニングが起こるか分かった物じゃない。

 その場はなんとか追い返したが、みんなから(自分もだが)良いように寝込みを襲われるロザリーが心配で、それから一睡も出来なかった。


「どんな夢を見てたらあんなに眠れるんだろ……まったく」

「カオスの夢……」

「え?」


 急に真面目な顔でよく分からない事を言い出したアリアを、パメラはきょとんとした顔で見つめた。


「ふふ、だとしたら、ロマンチックでしょ」


 照れたように笑いながら、アリアは目を伏せた。


 パメラも時々見る夢。深層世界で母の心臓を移植されてから、まるでカオスに乗り移ったかのように、星々の世界を駆け巡る夢を見るようになった。

 何か、マレフィカの次なる力に関係があるのだろうか……。難しい顔で考え込むパメラを、アリアは大きな胸で抱き寄せる。


「夢の世界……。あなたは、行かないでね」

「アリア……どういう」


 すると一汗流したであろうロザリーとリュカが、一緒になってそこに入ってきた。


「とうとうリトルローランドともお別れかー。名残惜しいな」

「そうね、色んな事があったわ」


「ちょっと、あなた方、遅刻ですわ! 力仕事なんですからね、あなた方が頼りなんですのよ!」


 プンプンと怒り出すコレットの雷を、いつものように軽くかわすロザリー。


「ごめんなさい、ちょっと組み手をしていて。でも、やっとリュカの動きにも対応できるくらいにはなったのよ。何だか、朝から調子がいいの」

「すっかり綺麗な顔も元通りだな。惚れ直しそうだぜ」

「何言ってるの、もう」


 と、二人でじゃれ合っている。今はリュカのターンだと我慢しつつ、パメラも割って入った。


「私の力が完全に戻ったらいいんだけど……。でもリュカとの修行がロザリーにとって一番のリハビリなのかな」

「二人にとっては、それがセックスなのね」

「せせせ、せっ……」


 アリアの開けっぴろげな発言に、リュカは少年のように顔を赤らめる。おかしな事を言ったかしら、とパメラを見つめるアリア。


「挨拶のようなものよね、セックスって。ねえパメラ」

「し、知らない! ロザリー、行こっ!」

「するなら物陰でね」

「しないよ!」


 大慌てで、パメラはロザリーを連れその場を離れた。

 コレットはお説教のターゲットをアリアへと変え、グリエルマと共に非難する。


「少し、アリアさんは奔放すぎます。いいですか、マレフィカはまだ未成年ばかりなんですから、もう少しティーピーオーをわきまえていただきたく思います」

「そ、そうだぞ。我はまだその、バージンなのだから、そのような、はしたない話はだな……。そうだ、教育者として、君達には性教育を受けさせる必要があるな! 女の子はこうあるべきという我の貞操観と、間違った性知識はいかにマレフィカを不幸にするかを教えておかねばなるまい」


 そんな事誰も聞いていないというのに、謎のカミングアウトを始めたグリエルマ。どうやらお堅い貞操観念の持ち主であったらしい。面倒くさい人を起こしてしまった。


「皆、もちろんバージンであろうな! 私の生徒である限り、不純異性交遊は禁止だぞ!」

「えっ、あたい、汗だくになるまで男とつき合った事あるよ。なかなか上手くキマらなくて、無理矢理腹に入れた」

「なっ!? なっ、汗だくっクスでキメる……だと!? それも無理矢理? 強姦では……!? はああ……」


 フラフラと倒れこんだグリエルマをアリアが支える。


「これは重症ね……。コレット、彼女は私に任せて、あなた達は作業をお願い」

「突きを腹に入れただけなんだけど……」

「リュカ、今日は皆さんの分も働いてもらいますからね、覚悟しなさい」

「とほほ……」


 誰もいなくなった事を確認して、コレットはこっそりリュカへ耳打ちする。


「で、どうでしたの?」

「な、何がだよ」

「キメ……セクですわ。媚薬を取り寄せたのはいいものの、使う勇気が無くて……」

「変態だらけかよ……」




 やっとロザリーと二人きりになれたパメラは、足早に水場へと向かった。最近はどちらにも取り巻きのように誰かがくっついていて、こんなチャンスはめったに訪れない。抜け駆けのような状況に、心が躍る。


「今日は暑いから、汗流そっか」

「ええ、じゃあ、リュカも誘って……」

「いいから来て!」


 そうはさせじとぐいぐい引っ張るパメラ。


「パメラ? どうしたの?」

「私と二人だと、いや?」


 思ってもみない言葉に、ロザリーは慌てる。


「そんな事は……」

「メーデンも引っ越しのお手伝いに忙しいみたい。だから、今のうちに」

「そうね、ここでも色んな事があったけど、デートはまだだったものね」

「ロザリーの周りには、いつも誰かがいるんだもん。空気を読んでくれるのはサクラコちゃんくらいだよ」

「それは、あなたもそうよ。イデアから連れてきたあの二人。気持ち、気づいているんでしょ?」


 パメラは下着になり、流水を体に浴びた。人の色恋にはここまで敏感である癖に、自分の事となるとてんでダメ。そんなロザリーに少しイラっとしてしまう。


「アリアとメーデンは聖女である私が好きなの。でも、等身大の私を、どちらの私も愛してくれるのは、ロザリーだけ。違う?」

「そうね……。パメラとはもう長い付き合いだし、聖女であるあなたとは、愛を誓い合った」

「うん。だからあの時は、嬉しかった……」


 ロザリーも服を脱ぎ、落ちてくる水を受ける。自然と二人は密着した。いつからか少しギクシャクした関係。目まぐるしく流れる出来事に追われ、それを修復出来ずにここまで来てしまった気がする。


「パメラ、あなた少し、成長した?」

「えっ? ……うん」


 自分の中では結構大きな変化にも、こうやって改めて触れ合わなければ気づいてもくれない。

 恋人同士とは、何だろう。二人は子供であり、そばにいるだけで満たされていた。大人の恋愛とは、愛を確認しあう積み重ね。それを怠ってきたツケがここにきて表面化したのかもしれない。


 手に入れたくてキスばかりしていた昔。失いたくなくて、キスを拒み続ける今。もはや内面の繋がりも薄れ、あの頃の唇のぬくもりだけが、今の二人をつなぎ止めている。


 止められず広がる距離に、パメラは焦りを覚えた。とりとめの無い会話で、必死につなぎ止めようとする。


「イデアでは、色んな事があったんだ。あの二人や、ヴァレリアと出会ったり。みんなで力を合わせて、マレフィカのみんなを助けられて、私も、少しだけ罪を償えた気がするの」

「ええ、頑張ったわ。あなたならやり遂げてくれるって、信じてた」


 アリアとヴァレリアから流れ込んできた際に知った本当の出来事については、パメラは一言も語らない。ロザリーはその気持ちを汲み、それ以上は問いかける事はしなかった。


「実はね、向こうでロザリーの声が聞こえたの。呼んでくれて、嬉しかった」

「届いたのね……。良かった」

「うん、私が道に迷いそうな時、いつもあなたは助けてくれる。でも、私はそれに甘えてばかり」

「そんな事はないわ。私も、あなたがいたからここまで来られた。そして、これからも」


 そう、ロザリーは変わらない。変わったのは自分。

 イデアでの出来事。ロザリーを裏切り、アリアと関係を持った事。それが後ろめたくて、一人でもがいているのだ。だからここで、終わらせたい。自分の中の聖女も、産声をあげた悪魔も、全部愛してほしい。


「じゃあ、今から、キスするね。私の中を見て、それでも愛してくれるなら、もう一度、言ってほしいの。愛してるって」

「どうしたの? パメラ……」

「いいから!」


 パメラは少し乱暴にロザリーの唇を奪った。

 アリアの影響で覚えた、大人のキス。

 あの時、確かに自分の心は揺れた。もしかしたらアリアの事を愛してるのかもしれない、そんなあやふやな気持ちと、ロザリーが自分にくれる愛が同じものであったなら、それは本物の愛を育まなかった自分のせいだ。


 ロザリーから流れ伝う水が、涙と共に流れる。今までで一番長い口づけ。唇を離したら、答えが返ってくる。もしかしたら、真実に傷つき、別れを切り出されるかもしれない。パメラの唇は震え、ロザリーを掴む手は跡が残る程に力が入る。


 ロザリーはそんなパメラを見かね、自分から唇を離してみせた。


「パメラ、そんなに怖がらないで」

「ううっ、ロザリー、ロザリー……」

「大丈夫よ。愛しているわ、パメラ。力を使わなくっても分かるから」


 感応の力は使われなかった。ロザリーはすでに知っていた。アリアと寝た事を。こうやってロザリーを試した事も、可愛い子供の考えそうな事だという余裕すら見せて。

 全てをさらけ出した勇気は、ロザリーにとっては共有するに値すらしなかったのである。


「アリアも悪気があった訳ではないから、ね、許してあげて?」

「知ってたの? でも、どうして……アリアをかばうの?」


 アリアを憎むのなら分かる。だが、なぜ、ここでそんな気持ちになれるのだろう。


「何で? 悔しくないの……? 私の初めてって、そんなにいらないものなの?」

「違う、そうじゃない」

「どうしてそんなに、平気でいられるの? 本当に私の事、愛してるの!? アリアは愛をぶつけてくれた! 欲しいって気持ちがすごく伝わった、でも、ロザリーは少しも私の事見てくれない! ずっとずっと、片思いだった、今だって……!」


 やさしく抱き留めようとするロザリーを、パメラは突き放した。二人の間に生まれた、ほんの少しの距離。それは抗いようもなく、次第に大きくなる。


「どうせ何も、伝わってない……。私を傷つけたヴァレリアの事だって、あなたは……」


 その先の言葉は紡がれる事はなかった。浮かんだのは、あまりにも低俗な罵り。耐えきれず、パメラはそのまま走り去った。


「パメラ」


 どうしていいか分からずに、ただ立ち尽くすロザリー。

 こんな事は初めてであった。全てを受け止めて、それをも愛そうとするロザリーにとって、パメラの見せた怒りは全く分からない感情であった。


「どうして……」


 一人となった身に流れる水は、ただひたすらに体温を奪っていく。その愛が深ければ深いほど、襲い来る孤独は強く……。


―次回予告―

出会いと別れを繰り返し、

それでも逞しく、恋の花は咲く。

永遠不滅の、愛という種子をつけるために。


第137話「エロース」

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