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第20章 孤独の魔女 133.邂逅

 砂混じりの乾いた空気が、冷たい風とともに頬を撫でる。アルベスタン砂漠へと到着した頃にはすっかり朝方となり、パメラ達も馬車の中で眠っていた。ここからは歩いての道程となる。パメラはコレットに起こされ、眠い目をこすりながら馬車を降りた。


「お迎えですわよ」


 うん? と外を眺めると、朝焼けに輝く長い髪をなびかせながら、誰かがたたずんでいた。


「おかえり。あったかいご飯、出来てるわよ」

「ロザリー!」

「気配を感じたの。そろそろだと思って」


 大好きなその声は、手を広げ待っていた。とにかく、触れたかった。砂に(つまづ)きながら、その胸に飛び込む。パメラの抱えていた心配をよそに、高めの体温と、ふくよかな弾力がそれを受け止めた。それに顔を埋めながら、大きく息を吸う。


「ふふっ、やけに積極的ね?」


 あっ、と少しだけロザリーから離れ、照れ隠しに笑った。アリアのせいで、少し距離感がおかしい。ロザリーとはこんな事めったにやらないのだ。


「ロザリー……ただいま!」


 ずっと言いたかった言葉。お返しは、最高の笑顔と……。


「目を閉じて」


 それは、ロザリーからの誘い。

 熱くて厚い唇に包まれる。永遠のような瞬間。

 全て見透かされてしまう事を代償にした……。


 パメラは少し困った表情をして、自分からほっぺたにキスをした。己の罪と向き合う日はすでに過ぎた。傲慢、強欲、嫉妬、堕落、憤怒、大食、色欲。それら全てを背負った聖女は、嘘という新たな罪を重ねる。


「みんなが見てるから……」

「そうね……。おかえりなさい、パメラ」


 ロザリーはずっと思い描いていた再会のシチュエーションが上手くいかなかった事に困惑しながらも、軽いキスをお返しした。



「ロザリー、思った通り素敵な人。でもあの子……あのまま堕ちていくつもりなのかしら」


 馬車からそれを見守るアリア。あの二人が破局すれば、パメラは自分のものとなる。そんな悪魔の誘惑も、彼女にとってはくすぐったい戯れ言。


「いいわ。私が愛のキューピットになりましょう。いえ、性愛の神エロースかしらね」



 不敵に微笑む存在もつゆ知らず、二人に気まずい沈黙が流れる。


「パメラさん、みなさん、お疲れ様でしたっ」


 二人のおかしな雰囲気を察し、遠慮がちにサクラコも顔を覗かせた。たった二日ぶりだというのに、少し緊張しているようだ。


「サクラコさん、拠点のほうはお変わりなくて?」

「はい、特に異常はありません。見張りも増員しましたしね」


 サクラコはすっかりコキュートスの二人を手なずけ、今は見張りとして働いてもらっているらしい。この子もそういう事をするようになったんだな、とパメラは感慨深くなる。


「パメラさん、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 最近は常にロザリーのそばについているサクラコだったが、その席はもともとパメラのものであると差し出す。定位置へとつき、いつものように、二人は隣同士で笑い合った。


「ロザリー! あたいも頑張ったよ!」

「聖女さま、私から離れないでくださいー! 消えちゃいますー!」


 同じく目を覚ましたリュカとメーデンも、くっついたまま慌てて追いかけてくる。


「パメラ? そういえばあなた、少し様子が……」


 ほの暗くてよく分からないが、確かにパメラの存在感が薄い。いや、実際に体が薄れている。勢いよく抱きついてきたリュカもどこか体が軽かった。


「ロザリー。色々と話さなきゃいきけない事があるけど、まずは、やってもらいたい事があるの」


「……ええ。分かったわ」


 感応の力を使い、すぐに状況を察したロザリーは、馬車の中で眠るヴァレリアの下へと向かった。彼女と会うのはアルベスタン以来であるが、いつもその身はボロボロである。


「ヴァレリア……あなた、ずっと一人で戦ってきたのね」

「うん。今も一人で忘却と戦ってるの。だから、終わらせてあげて」

「まだ力が使えるかは分からないけど、やってみるわ」


 以前やったように、魔力を極限まで高めカオスの降臨を待つ。しかし、あれ以降一度もその状態へと至ってはいない。彼女を救いたい気持ちは確かなのに、変化は起きなかった。


「どうして……。ミラ! なぜ応えてくれないの!」


 いつか融合したはずの自身のカオス、ミラへと呼びかける。すでに一体化したはずの力を振るえない理由を、自身の下腹部へと手を当て問いただす。


――そう怒鳴らなくとも聞こえている。まったくお人好しめ。我が為に力を使っておれば、そのような怪我を負う事もなかったものを……。


(ごめんなさい。もしかして、拗ねているの?)


――し、失礼な! 私はだなっ……! コホン、まあ、いい。


 ロザリーを認めてくれたのか、どこかぐっと身近な存在となったミラ。神であるという威厳を保つべく、咳払いと共にいつもの雰囲気へと戻った。


――汝よ。このカオスは危険なもの。聖女の身に起きた異変、その原因はこの娘にある。原初の存在、オリオンですらもその毒牙にかける悪神。汝はそれすらともわかり合おうというのか。


(……ええ、パメラは表層の意識に浮かべている事以外に、何かを隠している。でも、私は彼女を信じているわ。ヴァレリアを信じる彼女を、私も信じるだけ)


――まあいいだろう。このままでは聖女の身も危険だ。しかし、彼女のカオス、アルファルド。奴については私に任せてもらう。私の力ならば、その孤独にも踏み入れるはずだ。


 どこか、女性的な表情でミラは語った。ロザリーに宿るカオスだけに、二人は似たもの同士なのかもしれない。


(ありがとう。あなたの事も、信じていたわ)


――汝は我、我は汝。当然であろう。


 ロザリーはその姿を変化させ、黄金色の騎士となる。しかし病み上がりの体にかかる負担が激しく、その場に立つ事もままならない。


「くっ」

「私の力を使って」

「これは……。あなたが、破滅の魔女……」


 アリアである。重装のロザリーを、その大きな身体が受け止める。


「あなたの事はパメラから聞いているわ。確かにあなたになら、彼女を、全てを託してもいいと思える」

「す、少し近くないかしら……」

「だって、素敵なんだもの。パメラ、してもいいかしら?」


「えっ、そ、それは……」


 彼女がするといったら、キスである。出会ったばかりでするなんてとんでもないキス魔だが、この際仕方が無いとパメラは頷いた。それに、ロザリーにも堕ちて欲しかったのだ。罪を共有するために。


「じゃあ、いただくわ」

「え?」


 唇から注がれる彼女の魔力に、ロザリーは目を見開いた。

 そして、流れ出す彼女のこれまで。さらに、イデアの塔において、パメラと何があったのか。その力を利用し、二人は心で会話する。


(見えたかしら? この力、便利ね)

(そういう事だったのね……。まったく、あの子は)

(私は彼女に救われたの。どうか責めないで上げてちょうだい)


(ええ、平気よ。あなたも、あの子をを助けてくれて、ありがとう)

(理解ある人でよかったわ。よかったら今夜、三人で、どう?)


(呆れた。破滅の魔女とはよく言ったものね)


 アリアにしては、普通のキスであった。二人は心を通じ合わせ、微笑みながら唇を離す。


「ごちそうさま」

「むむむ……」


 パメラに向けペロリと唇を舐めてみせると、彼女は頬を膨らませていた。自分はよくても恋人に対してはやはり腹が立つらしい。なんと勝手な聖女さま。


「ミラ、行くわよ!」


 ロザリーはアリアの魔力を得て、融合(ユニオン)の力を解放した。

 その力は輝きに充ち、以前のものと遜色は無い。ここに完全復活である。


「ヴァレリア。今度こそ、あなたをその暗闇から救ってみせる」


 聖域の力が解き放たれ、ヴァレリアを縛る亡霊がその姿を現す。


『ウゥゥ……!』

「マレフィカを苦しめるものを私は許さない! クロス・インバーテッド!」


 解き放たれた逆十字の光によって、ヴァレリアは瞬く間に忘却から解放された。


「ロザリー……!」


 やっぱり、ロザリーはすごい。かっこいい。自分にはオブリヴィオを抑える事しかできなかったのに。パメラはみるみると実体を取り戻し、心からそう思った。それは隣にいるアリアも同じである。


「あ、ちょっと濡れたわ……やっぱり、今夜は三人でしましょう」

「もうっ、ロザリーに手を出しちゃだめ!」


 もちろん冗談だと笑うも、少しだけ二人の関係に物足りなさを覚えるアリアであった。「寝取り」というあるまじき行為に対し、彼女は動じる事もなかったのである。


(パメラ……あなたはこのままでいいの……?)


 目の前で眠る少女は、きっとまた、あなたの前に立ちはだかる。今度は身を焦がすほどの愛で。

 アリアはそんな予感(・・)をはらむ視線で、ヴァレリアを見つめていた。




 ヴァレリアは暗く、冷たい空間で一人漂う。無重力の中、ただ孤独に。


 これは夢であろうか。

 夢とは、現実での情報を整理し、記憶するメカニズム。つまり忘却の中では見る事のできないもの。つまり生きながらにして、この虚無に捕らわれたのだ。


『これが、お姉様達が最後に見た世界……』


 寂しさに気が狂いそうだった。自分なら、いっそのこと死にたいと願うだろう。断罪は救済であるという思い込みは、間違ってはいなかったのかもしれない。


 しかし、カオスの暴走に身を任せていた時のような狂気はなく、今は穏やかな世界にいる。これは、聖女の力によるものか。


 もう一つ、孤独を癒やしてくれたもの。心の中の、ラクリマをはじめとした姉妹の記憶。あの幻影が、忘れたはずのぬくもりを思い出させてくれた。


『生きたい……』


 その時に気づく。真の救済は、生きる事であると。やはり、あの人は正しかった。

 思い描くのは、ただ一度会っただけの(ひと)。彼女はどの姉よりも暖かく、孤独な心に居続けてくれた。

 そんな時、彼女のもとへ光が降りた。


「ヴァレリア、やっと会えた。もう、こんなに奥深くにまで隠れて」

『あなたは……』


 夢にまで見た人が、確かに目の前に存在している。一糸まとわぬ姿となって。

 ヴァレリアも同じ姿である事に気づき、慌ててそれを隠す。


「隠さなくていいの。ここでは、何もかも通じ合うのだから」

『は、はい……』


 互いを遮るものは何もない。二人は触れるほどに距離を縮めた。


『また、会えましたね……いえ、逢いに来てくれたんですね』

「ええ。ずっと、心配していたのよ」

『それは……ごめんなさい。私は、あなたに心を見せたくなかった。こんな、弱くて、怒りに満ちた心を』


 ロザリーは首を振った。


「あの時、私だけ心を覗いた事を、ずっと謝らなくちゃいけないと思っていたの。だから、私の中も見てほしい。全てをさらけ出した私を」

『あ……』


 柔らかな胸が密着する。そのまま抱きしめられると、火傷しそうな程に高い体温を感じた。同時に、何かが流れ込んでくる。


 それは、ロザリーの全て。

 魔女として家族と各地を放浪した幼少期。居場所ができ、魔女達と楽しく過ごした少女期。戦争により全てを失い、戦いの道を歩んだ思春期。


『私は、こんな彼女を、責めたのか……』


 ヴァレリアはロザリーの過去を追体験した。そして、まるで似たような境遇である事を知る。妹達を失ったロザリーと、姉達を失ったヴァレリア。そこには計り知れない絶望があり、そのどちらにも、あの男の影があった。


『ああ……お姉様』


 妹としての目線で彼女と接するうち、ヴァレリアはすっかりロザリーと姉とを重ねていた。


「ヴァレリア。私達なら、きっとわかり合える。これからは共に歩みましょう」

『はい……』


 涙と共に悲しみの記憶は洗われ、少女は歩み出す。新たな未来へと。




 ここは、もう一つの精神世界。カオスの眠る次元、ネビュラ。星々の煌めく、広大な亜空間。

 そんな神々の座にて、二つのカオスが言葉を交す。それ自体、特に珍しい事ではない。だが、凄まじい殺気を放つヴァレリアのカオス、孤独の英雄アルファルドに対して歩み寄ろうなどという者は存在しなかった。ただ一人を除いて。


 美しい黄金の騎士ミラは、そんな孤独に取り憑かれた男に対し、どこか親しげに語りかけた。


――我が器の声があの娘にも届いたようだ。カオス、アルファルドよ。汝もヒトに賭けてみる気になったのではないか? やがて来る神々の戦いに向け、彼女達と共に神化の道を歩む事こそ我らカオスの悲願。それは、一人では叶わぬ。汝とて、思い知った事であろう。


――問うな。俺は孤独の星。貴様等、有象無象の矮星(わいせい)とは違う。誰にも従わん。ただ、この娘に従うまで。


 意外に心を開いてくれる。やはり、この役目を買って出て正解だったようだ。


――ふ、ずいぶんと気に入っているじゃないか。私も、昔を思い出すよ。あの娘達といると。姫騎士として戦った、遠い昔の記憶を。


――ミラと言ったか。その青さ、おおかた地獄を知らぬ、赤子の(カオス)だろう。おめでたい事だ。


――私のいた世界は、ここと酷似していた。察しの通り、私が現在最も若いカオスであろう。だからこそ、この世界が愛しいのだ。出来ればもう、あのような結末は……。


――くだらん。この力は貴様をも滅ぼす。あまり、馴れ合わん事だ。


――少しなら、いいのだな?


――フン、好きにしろ。


 そう言うと、アルファルドはヴァレリアの奥深くへと消えた。

 思わず微笑を浮かべるミラ。


――ロザリー、後は汝に託す。どうか、我らカオスを……導いてくれ。




 長い眠りから目を覚ますと、そこは馬車の中であった。外は砂漠地帯。どうやらヘクセンナハトの拠点へと運ばれてきたらしい。そして目の前には、思い人、ロザリーの姿があった。


「ヴァレリア、気がついた?」

「お姉様……!」


 夢での記憶を引きずり、思わず抱きついたヴァレリア。


「もう、お姉ちゃんじゃないわ。あ、でも年上なのかしら。あなたがそう呼びたければ、呼んでもいいけど……」

「えっ、ちが……。ごめんなさい、少し、寝ぼけていたようです」


 寝ぼけてなどいない。ロザリーの包み込むようなその全てが、お姉様の幻想を思わせるのだ。そうでなくても自分の過去を知る只一人の理解者。ヴァレリアは、そのままうっとりとロザリーを見つめた。


「夢の中で、あなたに会いました。そして、誓ったんです。共に、歩む事を」


「ええ。私達ヘクセンナハトは、あなたを歓迎するわ!」


 仲間達が笑顔で迎える。自然と溢れる涙。心を満たす優しさ。

 孤独の旅路は終わった。それは、姉達も祝福してくれているような、希望の朝であった。


―次回予告―

いつから忘れていたのだろう。

人は、独りでは生きてはいけないと。

繋がり、それこそが人間である証。


第134話「帰郷」

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