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第20章 孤独の魔女 132.リユニオン

 馬車を包む風の加護は途切れることなく、中継地点のロンデニオン砦まで彼女達を運んだ。


 凱旋ムードから一転して、皆は沈黙のままディーヴァの身に起きた一切を聞く。


「そんな……」

「あのまま、あの重戦車で追われていたら全滅だっただろう。彼女でしか、あの場面を切り抜ける事はできなかったはずだ」


「なんという事だ、ディーヴァ……。貴様! 何故彼女を守らなかった! 男だろう!」

「すまない……」


 激昂し胸ぐらを掴むグリエルマに、ただ力なく謝るクロウ。聞けば仕方ない状況とは分かっていても、それを認められずにいた。


「彼女は、優しすぎたんだ。それを分からなかった俺のせいだ……」


 血のにじむ自らの手を見つめ、クロウがつぶやく。弱気になった男ほど惨めに見えるものはない。グリエルマは少し冷静さを取り戻す。


「悪い……。“男が”など、関係のない事。これは、我々全ての責任だ」


 ムジカは泣き疲れて眠っていた。プラチナが泣きはらした顔を舐めてあげている。彼女と特別親しかったリュカなどは、すっかり覇気を失っていた。


「姐さん無しで、あたい達、これからどうしろっていうんだ……」

「いや、君達を認めたからこそ、未来を託したのだろう。そんな彼女を信じるんだ。それしかあるまい」


 絶望が伝播(でんぱ)するとよくない。グリエルマは己の恋心を奥底に秘め、気丈に振る舞う事に努めた。

 涙と共に、沈黙がしばらく辺りを包んだ。


「……それともう一つ、マリエルも奴らに捕まった。ムジカが言うには、あの時見た幻覚、あの力を放ったのはどうも彼女らしい」

「くっ、そういえば彼女の能力までは聞いていなかったな……不覚だった」

「あの子が……」


 ヴァレリアと共にいた少女マリエル。塔で出会った時、ヴァレリアの殺意を教えてくれた。パメラは彼女に二度救われたのだと知る。


「もはや後戻りは出来ません。いったん、落ち着きましょう」


 ある程度の犠牲は仕方がない。クリスティアはいつかパメラに向け放った言葉を思い出し、その本当の重みを噛みしめる。

 空もすでに帳をおろし、月明かりが眩しい。追っ手も現れる事は無く、一同は一応の一息をついた。暁の勇者。つくづく彼女が味方あった事を幸運だと思わずにはいられない。


「クロウ、私はここに残ります。ロンデ国に経緯を説明し、交渉に入るつもりです。ガーディアナがこの国へと進軍する可能性もあります。急がなければ」

「でしたら姫、私もつきましょう。腐っても親衛隊です。それに、ここで戻ってきたディーヴァを迎えてやりたい」

「はい、よろしくお願いしますね、クロウ」


 クリスティアは、少し力ないクロウを抱き寄せた。

 メアに敗れ、恐慌状態で最後の最後に思い浮かべたのはクロウではなくロザリーだった。幼少期から世話になっているこの男を誰よりもよく知っている彼女は、それに対して申し訳なく感じたのである。また、二人で一からの出発だ。


「コレット、あちらの事はあなたに任せます。ロザリー達によろしくね」

「わかりました。それから、あの件、進めておきますわね」

「頼りにしてばかりで、ありがとう」

「互いに手を取り合う。それが人間というものですわ」


 コレットは、すでに人間のあるべき姿を自分の中でものにしていた。

 アリアのように魔女として恐れられた過去が嘘のように、誰かのために動くという事に喜びを見いだしている。それは、人間臭いマレフィカ達をずっと見てきたせいだろうか。


「おーいおいおい、なんとお(いたわ)しや」


 涙も出ないのに大げさに泣く振りをして話を聞くナニかの姿が目に付く。ここで働く、骸骨の執事である。

 コレットはくる、と向き直り、ずっと庭先で出迎えてくれていたそれに念を押した。


「あなた、くれぐれも失礼のないようにね。姫はその姿が苦手の様ですので今回は特別に力を与えます」


 そう言うと、死者の指輪を執事にかざした。以前アルベスタン王が取り込んだ余剰分の生命力を執事へと分け与える。すると、執事はみるみる内に生前のキリリとした紳士然とした姿へと変わっていく。


「なんという喜び……! お館様、寛大になられましたな、爺は嬉しゅうございますぞ!」

「じゃあ、後はよろしく。ロバート」


 皆、初めて彼の名を知ったが、恐らくすぐに忘れるであろう。


「それよりもみなさん、さぞ空腹でしょう。私めの料理でよろしければ、どうぞ召し上がって行かれて下さい」

「は、はあ……。ありがとう。では、みなさん、ひとまずお腹を満たしましょう」

「ではマドモアゼル、お手を」


 クリスティアは骸骨であった面影を払拭(ふっしょく)し、その手を取った。確かに軽い携帯食とアリアの振る舞ったお菓子以外、何も口にしていない。兵士達などはさらにひもじい思いをしていた事であろう。


「むむっ、あの執事さん、出来る!」

「メーデン、どうしたの?」


 彼の身なりや(たたず)まいに、ピキーンと何かを見抜いたメーデンは早速、食卓へと乗り込む。


「おおー、これは、取り扱いが難しい銀食器! しかも、人数分オードブルが並んでいます! このワインは、なんて澄んだ色! そして芳醇な香りと味わい! きっと地下に立派なワイン倉が……。さらに、フットマンやメイドの姿が見当たりません。つまり一人でこれらの管理を……」


「分かりますかな、お嬢さん。私共アンデッドには、空腹や疲労という概念がありません。四六時中、身を粉にして働くことが出来るのです。つまり、仕える者としてこれ以上ない存在。ただ、身だしなみだけは気を付けねばなりませんぞ。一回、それで燃やされた事がありますからな」

「ごくり。アンデッドでもないのに私も臭いと言われるんです……わかります」


 謎の師弟関係となった二人をよそに、皆は豪華な料理に舌鼓を打つ。


「骸骨が作ったのですよね……これ。文字通り身を粉にして……」

「考えるな、きっとカルシウムが豊富なはずだ」


 気分が滅入らないよう、優美な音楽の中で食事は行われた。それらも一人、執事が行っている。


「ムジカ、お腹すいただろ。あたいの分もいいぞ」

「ありがとう……。でも、いらない」


 みな、気分は同じである。どうにも食欲が湧かない。いや、喉を通らない。

 骸骨の料理という理由ではなく、苦境にあるディーヴァ達を思うと、そんな気分にはなれなかった。中でもムジカの落ち込みようは深刻である。


「でぃーば……まりえる……」


 ディーヴァはどこか本当の母に似ていた。まるで二度、母をなくしたような思い。さらに、最もマリエルの側にいたのは自分である。その責任は大きいと自責する。


「みんな、食事中だが一つだけ言いたい」


 それに、年長者であるクロウが口を開いた。彼もレジェンドであり、一つの戦いを生き抜いた人間。それは、多くの別れを経験してきた者としての言葉。


「彼女がいたら、こう言うだろう。そんなひ弱な精神では戦になどきっと勝てないと。それに、自分のためにこんな状態になった君達など見たくないはずだ。俺の兵にも犠牲者はいる。だが、一切の悔いはないと言ってくれたよ。そんな思いを背負って、俺たちは戦うべきだろう」


「少し(しゃく)だが我もクロウに同意だ。彼女は常に前を見ていた。少し青臭い我々に、この件で戦争というものがどういうものであるか、それを教えたかったのかもしれない。ここで新たに思いを再結合する事こそ、ディーヴァの望みではないのか?」


 グリエルマも続ける。二人は見つめ合い、そこで初めて微笑みあった。


「再結合。リユニオン……」


 クリスティアがつぶやく。組織の代表として、このまま彼女達と離れる事はあまりにも無責任な行い。鼓舞(レギオン)の力を乗せ、今一度、皆の士気を高揚させる必要があった。


「みなさん、失ったものは大きいですが、私達は勝ったのです。この勝利の意味は大きいでしょう。そして今、この大陸においてもガーディアナの存在は、等しく脅威となりつつあります。しかし、そんな彼らも決して無敵ではない事をここに知らしめました。反ガーディアナの気運も高まっている今こそ、我々が旗印となり世界を導く時なのです」


 席を立ち語り出すクリスティアに、熱いまなざしが注がれる。


「今は、動きましょう。これから同盟が締結する事で志願兵も増え、マレフィカの数も増え、集落でのキャパシティを越えるのは必然。そこで、私達、リトルローランドの都市を作りたいのです。リユニオン。この地を再出発の地とし、そう名付けましょう!」


 その提案に異議を唱える者はいなかった。確かに今でさえ不便をしいられている。設備から交通から気候から何もかもが。

 少し大がかりな計画のようにも思えるが、コレットが得意げに続けた。


「財を崩すだけの価値がある投資ですわ。クリスティアと話し、すでに大まかな概案は決まっています。わたくしのコネクションと、自由都市、さらに市民団体である魔女解放同盟の協力により、その実現は間近でしょう。ちなみにグリエルマさんの学園も、ここに建設予定です。ゆくゆくは魔女の国の象徴(シンボル)となるでしょう」


 グリエルマも興奮気味に立ち上がる。


「ああ、希望者も百名近く増え、本格的に我が学園、リトルウィッチクラフトも始動する事になった。これもひとえに諸君達のおかげだ。感謝の念に堪えない。きっといつか我々の育てたマレフィカ達が世界を良い方へと導いてくれる事を願っている」


 夢にまで見た学園生活を想像し、魔女達が騒ぎ出した。


「学校……。私、ずっと行ってみたかったの」

「うん! 私も書物でしか見たことないわ。生徒会とか、憧れるね」

「マリエルさまが戻られたら、生徒会長に推薦したいわ!」


 世界は確実に未来へと進んでいる。新たな時代の足音が聞こえるほどに。


「世界中の魔女が平和に暮らせる。そんな時代も近いはずだ。まずは道を切り拓いた勇者に、この美酒を捧げよう! ア・ヴォートル・サンテ!」


 大人達はワインを、子供達はジュースを。それぞれ高く掲げる。

 場が明るさを取り戻した所で、ひとときの晩餐はお開きとなった。



「では、みなさん。必ず、生きて。そしていつか、心からの勝利を」


 クリスティアは一礼すると、皆に別れを告げた。ここに半数ほど残る兵も一斉に敬礼する。片方の拳を握り、へその辺りへと添える構え。これはヘクセンナハト式の敬礼。マレフィカの力の源である“ゆりかご”を守る者としての決意を示すものである。


 政治については彼女に任せるしかない。一同は沈む気持ちに一つの区切りをつけ、ロザリー達の待つ集落へと向かうのであった。



「ロザリー……」


 もう、ずいぶんと会ってない気がする。ため息と共に、その名を呼ぶ。

 胸を張って会えるだろうか。メアに、ディーヴァ。そしてマリエル。三人も犠牲を出してしまった私を、褒めてくれるだろうか……。そして、初めてをあげてしまった私を……。


 パメラはそんな事を考えながら、暗い闇の中、馬車に揺られていた。


―次回予告―

傷ついた心を癒やすのは、あの人の微笑み。

いつでも愛をくれる、魂の帰る場所。

永遠の孤独を埋める、心の還る場所。


第133話「邂逅」

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