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第20章 孤独の魔女 131.別れ

 忘却のヴァレリアへとパメラがその身を投げた少し前。


 待機を命じられたムジカは後続の馬車へと移動していた。

 中では、大勢の魔女達が祈るようにうつむいていた。変わり果てたヴァレリアにショックを受けたムジカであったが、それはこの子達もそうであろう。


「みんな、元気だして! ばれりあは、きっと大丈夫」


 根拠の無い励ましが口をつく。幸い年齢の低いマレフィカ達は後方に位置している。この惨劇を見た者は酸いも甘いも知る年長者のみであろう。

 それでも、マレフィカに訪れる運命を見せつけられた落胆は計り知れない。ヘクセンナハトのように、彼女へと立ち向かおうなどと思う者はいなかった。

 ヴァレリアに付き従っていた少女、マリエルも同じように、ただうつむいていた。


「まりえる。ぱめら達が、何とかしてくれるよ」


 静まりかえる馬車の中。そこに、パメラ達の声が響いた。ヴァレリアを説得しようと懸命に叫ぶ二人の声。

 とりわけ、破滅の魔女アリアの言葉にマレフィカ達は心を打たれた。自分達の未来を切り開いてくれたのは、紛れもなくヴァレリアという英雄であるという言葉。


「アリア様……」


 皆、顔を上げそちらを見つめた。異形と化したとはいえ、自分達を救った英雄の姿を見届ける事こそ、せめてもの敬意。馬車の窓へと一斉に集まる魔女達。


 しかし、マリエルは一人、そこから動こうとしない。


「まりえる?」


 ムジカに不安がよぎる。このマリエルからは、ニオイがしないのだ。あの、ふわりとした石けんのような……。

 まさかと思いそれに触れてみると、ムジカの手は空をつかんだ。そこには、何もなかったのである。


「まりえるっ!」


 すでにマリエルは一人馬車から降り、ヴァレリアの方へと向かっていた。自らの姿すらも眩ませながら。


「ムジカさん、ごめんね。行かせて欲しいの。あの人を救えるのは、私だけ」


 彼女の異能(マギア)神気楼(ファタ・モルガーナ)。それは、自由自在にまやかしを投映する力。


「聖女さま!」

「パメラ!」


 その先では、罪の意識からヴァレリアへと身を投げたパメラの姿があった。

 容赦なく振り下ろされる凶刃。


「させません! これ以上、あなたに罪を背負わせない!」


 マリエルの力が辺りを包む。彼女から、おぼろげな幻像(スペクトル)が現れ、その周囲一帯が全く違う景色へと変わった。


 幻想的な花園。蝶が飛び交い、花びらが舞う。

 パメラを襲ったはずの刃は、その頭上で制止した。


「お姉様」


『あ、あ、あ……』


 そこには、美しい姿のまま微笑む、かつてのラクリマがいた。彫りは深いが幼い顔立ち。長く艶めく、波立った黒髪。全て、あの頃のまま。

 ラクリマは、ただ立ち尽くすヴァレリアを抱きしめる。


「お姉様、あなただけはどうか幸せになってくださいと、そう言ったはずです」


 やわらかな感覚。確かに、ここにいる。数年越しに、確かに二人は触れ合った。黒の波動に触れ、少しずつラクリマの体は失われていく。しかし、彼女は離さなかった。


「もう、こんな事はおやめ下さい。私は、幸せに生きました。呪いとして、あなたの中で生きる事など望んではいません」


『ラクリマ……』


 ヴァレリアを光が包んだ。触れ合った胸と胸から、直接注がれる光。


「許して、お姉様。こんなにも、あなたを追い詰めてしまったこと」


 伝わるのは、優しいぬくもり。次第に怒りに充ちた心が浄化されていく。


「ほら、お姉様方も来てくれたよ。一緒に、帰ろうよ」


『ああ……お姉様……』


 花園に、ヴァレリアと幼少期を共に過ごしたマレフィカ達の姿が浮かび上がる。忘却の彼方へと失われたはずのその顔が、一人一人、鮮明に。


 花畑の景色は薄れていき、目の前の少女は、次第にその姿を変える。

 それは、聖女セント・ガーディアナ。

 姉だと思っていた人影は、全てヘクセンナハトの面々であった。

 しかし、ヴァレリアはすでに彼女達を完全に重ねていた。その瞳から、ひとしずく、黒い涙が(こぼ)れ落ちる。


「ヴァレリア様……あなたは、独りなんかじゃない」


 マリエルが微笑む。孤独には愛を。忘却(オブリヴィオ)には想起(アナムネーシス)を。

 これらは全てマリエルが見せた幻影。そこにいる者全て、一度に見せた幻。もちろん、虎視眈々と一部始終を眺めていた、ワルプルギス二人の目にも。


「くっ、もう少しで聖女を殺せたというのに。今のは全てあの魔女が見せたものだというの……?」

「一体何が……起きたのです?」


 ペトラには見えていないらしい。進化異能(エヴォルマギア)真実の目(プロビデンス)。嘘やまやかしを見破る力を持ち合わせるマリスのみ、彼女を認識していた。


「ふうん。面白い子がいるわね」


 マリスはその場からマリエルを見つめた。その視線は、絡みつくように彼女を捉える。


「誰……?」


(おいで、まやかしの魔女。あなたはもう、私のもの)


「あ……」


 何かに突き動かされ、体がそのまま視線の方へと向かう。マリエルはマギアによって姿を眩ませているため、誰にも映る事はない。


 ドレスをひるがえし、マリスは足早で出口へと向かう。


「マリス様、どちらへ?」

「ペトラ、行くわよ。もう、あの子はいらないわ。もっと従順で素敵な魔女を見つけたの。あなたはチャリオットの手配を」

「ヴァレリアを諦めると? 相変わらずの飽き性ですね、まったく」


 苦労して倒した相手ではあったが、主人はお気に召さなかったようだ。自分と似て非なる存在に覚えるのは、同属嫌悪という不快な感情。しかし、今度の獲物は自分と同じく、まやかしの力を秘めた魔女。気に入りもしよう。

 しかしペトラも似たような感情を覚える相手がいた。オブリヴィオの力さえも寄せ付けない、あの従者。見返りなど求めず、主人へと底知れぬ愛を注ぎ、与えられるあの娘。


「うらやましい……」

「それは聖女が? それとも、まやかしの魔女が?」

「い、いえ」

「私は聖女が羨ましい。アリアの目を見た? あの心まで虜になったような。私にはあんな目、見せたことないのに!」


 イデアに何度も赴いては、その度に彼女に振られた経験が蘇る。結局、支配の力なく、アリアを従える事などできなかった。それを易々と聖女は行った。


「ふふっ……。だから、私も奪ってやるの!」


 マリスはステップを踏むように階段を駆け下りた。


「私の新しいおもちゃになるのは、だーれだ♥」




 神気楼も晴れ、その姿を現したパメラはすがりつくようにヴァレリアを抱きしめ続ける。


「ヴァレリア、ごめんね……。私が、お姉さん達を奪ってしまったんだね」


『パメ、ラ……。いや、違う。忘却化は心の弱さから起こるもの。聖女はそれを無力化したにすぎない……今のように』


「それでも……ごめんなさい」


『姉を消したのは私……。だから、私はもう、独りでいい』


「違う、あなたはもう一人じゃない。みんながいる。だから、いっしょに」


 ラクリマの面影を残し微笑みかけるパメラ。それは、闇の底の魔女に夜明けをもたらす光のように眩しい。


『ゆるして、赦してほしい……。今までの行いを……』


「今日は、全ての罪を赦される日。母と子と聖霊の御名にて、あなたに、ゆるしが与えられんことを」


 光に包まれ、顔に受けた傷が引いていく。ヴァレリアの表情は安らかであった。そして自身から立ち上る黒の波動を見つめ、語りかける。


(アルファルド……私は、彼女達と共に……いたい。もう、独りは……いやなんだ)


『グオオオ……』


(あの人に……会おう。そして……)


 かすかな癒やしの力に身を委ね、目を閉じる。ヴァレリアは亡霊、アルファルドと共に眠りについた。


 一件落着に思えたが、アリアはパメラに起きた異変に気づく。


「パメラ、あなた……体が」

「えっ」


 うっすらと消え入りそうな自分の手を見つめる。ずっとヴァレリアと触れ合っていたため、その影響を避けられなかったのだ。


「私……失敗しちゃった。みんな、ごめん」


 ここまで持ちこたえられたのは、身に纏う聖衣の加護であろうか。虚無と幻影の狭間にいるパメラは、皆に向け、はにかむように笑った。


「聖女さまあっ! メーデンを置いていかないでくださいー!」


 真っ先に駆けつけたのはメーデンであった。

 たまらずヴァレリアごとパメラを抱きしめ、大声で泣いた。その瞬間、パメラは少しだけ実体を取り戻す。


「あれ?」

「パメラっ!」


 アリアも追いつき、その上から抱きしめる。重量級の二人のハグに、思わずパメラは悲鳴を上げた。


「メーデン、アリア、重いー!」

「あっ、ごめんなさい!」


 ぱっ、と手を離すと再び消えそうになる。


「わっ、消える消える!」

「だきっ!」


 もう一度メーデンが抱くと、消滅はぴたっと止まった。モノクルをクイクイさせながら、グリエルマが感心する。


「なるほど! つまり、メーデンが触れている間は、消滅の進行も止まるという事か……。相変わらず便利な娘だな」

「そ、それでは、合法的におさわりしていても良いという事ですね!」

「う、うむ。しかし根本的な解決には、ヴァレリアの意識を忘却から戻す必要があるだろう」

「それはきっとロザリーがやってくれるはずです。急ぎましょう!」


 敵兵は全てその場へと立ち尽くしている。戦意など残されてはいないだろう。今ならば脱出も容易だ。


「ヴァレリア……触っても大丈夫だよな?」

「ええ、今は眠っているようです。忘却化に耐性がある私たちで運びましょう」

「よし、あの時の借りを返す時だな!」


 リュカはヴァレリアを担ぎ上げ、馬車の中へと運んだ。まだうっすらと力が放出されているらしく、触れた部分が消失を始める。


「わあ! コレット、パス!」

「では暗闇の手(ドゥンケルハイト)、運んでちょうだい」

「ズルっ! できるなら最初からそうしろよ!」

「危険かどうか、試してみたかったのですわ」

「ひとでなし!」

「ふふ、わたくし、どうせ人間じゃありませんもの」

「根に持ってたのかよ……」


 そんなこんなでリュカもメーデンに抱かれながら帰る事となった。ごった返す先頭馬車。


「あはは、よろしく。メーデン」

「ふ、二人きりのランデブーが……」


「よかった。これでみんなで帰れるね」

「あなたは……カオスを殺されたり体を消されそうになったというのに、のんきな事ね」

「えへへ」


 いくつもの修羅場をくぐったせいか、皆の表情には余裕すら感じられた。遠足帰りのような、そんな雰囲気である。


「皆、戻ったな! 指揮は私が執る、先頭から順に離脱しろ!」

「ディーヴァ、皆をお願いします」

「帰ったら、話したい事がある! どうか無事で!」


 グリエルマの勇気を込めた告白に、ディーヴァは手を軽く上げ答える。今後の作戦についての話だとでも思っているのだろう。


「行け、ヘクセンナハト! 初勝利の凱旋だ!」


 その場に残ったディーヴァのかけ声と共に馬車は走り出した。その一つ一つに、追い風を与えながら。


「でぃーば! まりえるがいない!」

「なにっ!?」


 マリエルの力に眩まされ、くまなく全ての馬車を探していたムジカが駆け寄る。


「良い見世物だったわ。ヘクセンナハト」


 大団円の舞台に、突如として冷ややかな声が響いた。

 その声に、呆然としていた兵士達も慌てて隊列を組む。現れたのは赤のドレスを身に纏う少女。いや、纏うのはそれだけではない。ディーヴァは彼女から超常的な何かを感じ取った。


「この子、マリエルっていうんだ。ふふ……マリエル。やっぱり、似ているわ、私達」


 彼女の傍らに眠る薄い紫の髪の少女、マリエルに間違いない。


「まりえるっ!」

「これまでの全てはお前の仕業というわけか。何者だ!」


 少女は尊大に振る舞い、前へと跪いた兵士の頭を足蹴にして言い放った。


「マリス=キティラ。私こそが、全ての魔女の頂点に位置する真の魔女。そして、特権機関ワルプルギス総帥。ヘクセンナハトなんてものができる前から、ずっと私達は牙を研いできた。歴史はやっと、私達の存在を知る事となる。あなた達、教会に仇なす地に堕ちた魔女を葬った存在としてね」


「なるほど、私達以外にも魔女の軍がある事は想定内。しかし、それがガーディアナ内部にあったとは、笑えん話だ」


「あなたがヘクセンナハトのリーダー? その力、偽りなく確かなものを感じる」

「残念だったな。私など、ただの一兵士に過ぎない」

「嘘ばっかり。じゃあ、試してみる?」


 その佇まいから全てが脅しではない事を見抜く。

 馬車はすでに半数が発った。もう少し持ちこたえなければ。


「ムジカ、お前は馬車へ戻れ。マリエルは私が連れ戻す」

「でも、でぃーば……」

「あの女のマギアから、とてつもない力を感じる。気を強く持たねば意識を奪われてしまうほどの……。お前はまだ幼い、足手まといになる前に行くんだ!」

「うーっ!」


 ムジカは駆け出し、時々振り返っては最後尾の馬車へ飛び乗る。そこにはしんがりを務めるクロウの姿があった。


「ディーヴァ! お前も来るんだ!」


 ディーヴァは笑った。勇者に逃げの一手はないと。


「ヒヒィーン!」


 それを受け、ムジカが(いなな)いた。獣言葉(バイリンガウ)である。最後尾の馬はその命令を聞き、ディーヴァの下へと走る。


「何を……! 私の事はいい! 早く逃げろっ!」

「でぃーば! いやだ! まりえるも助ける!」


「ただで逃がすとお思い? ペトラッ! 追いなさい! 地の果てまでも!」


 マリスの合図に砦が振動する。それは次第に大地が揺れるほどの振動となり、ついには砦を内部から突き破った。


「チャリオット! 最大出力!!」


 現れたのは鉄の重戦車。馬のレリーフこそ先頭に施されているが、もはや戦闘用馬車(チャリオット)の領域ではない。その直線上にあるもの全てを圧砕し、怒濤のごとく押し寄せる鉄塊であった。


「全速前進! 踏みつぶせー!」


 クロウは、まずい、とディーヴァに合図を送る。クロウほどの達人でさえ、これを相手取りたくはないという事だ。勝ち目など無い。ディーヴァですらそう思わせるほどの状況。


 馬車がディーヴァへと近づくタイミングで、クロウは自らの槍を逆手にして差し伸ばす。


「つかまれ!!」

「クロウ殿……!」


 差し出された柄を思わず握る。すると、クロウは刃の部分を握りしめた。決して離さないと。したたり落ちる鮮血。


「……道を作る。逃げ延びろ」


 ディーヴァが囁く。その手はすでに柄を離していた。見間違いか、少しだけ、その瞳を潤ませながら。


「ディーヴァ!!」


 血の河を乗り越え、戦士は成長する。それが自らの血なら、喜んで差しだそう。


「今こそが勇者としての力を奮う場! 感謝する! ワルプルギス!」


 神卸し(ウヌス・ムンドゥス)とのかけ声で、戦士のカオス、ベラトリックスの姿が浮かび上がる。それを装具にして纏う融合(ユニオン)を経て、さらにその輝きは増した。


「風よ! エアの(つるぎ)となり、我が背後に道を作れ! そして、眼前の鉄の怪物を押し戻せ!」


 突風がディーヴァを中心に勢いよく吹き上がる。たちまち道に沿って暴風が巻き起こった。全身に鉄を着込んだ重装歩兵でさえ吹き飛ばされそうになる。


「戦闘部族でひしめき合うアバドンにて、ギルガメスの一族がなぜ十数年の内に一大勢力となったか、教えてやろう。それはこの力にて私が死の風をも制したからだ! 頂点は貴様一人ではない!」


 ディーヴァ=ギルガメス。それはアバドンの勇者。わずか十九の小娘が、全ての超人的な部族の頂点として君臨していた。その伝説は永劫に語り継がれるであろう。そして、マレフィカとしても一人先を行っていた。宇宙霊魂(アニマ・ムンディ)。神を卸すのではなく、自らが神の段階となる、神化(テオーシス)の扉をも開いた、ほぼ、唯一の存在。


 頂点は二人も必要ない。神化への扉に最も近い位置にいたはずのマリスは激昂した。


「ペトラ、何をやってるの! 気に入らないその女を、踏みつぶして!」

「お嬢様、これ以上は!」


 チャリオットは全速で進むが、それをも押し返す勢いの暴風。次第に動力部がオーバーヒートを起こし始める。


「ああっ、私のおもちゃが!」

「勇者、だからな。この程度どうという事はない。……達者でな」


 追っ手を出さないため、ディーヴァはさらに竜巻を起こした。

 その中心で、彼女はクロウに分かるように拳を挙げる。その精悍(せいかん)な顔は、少しだけ笑っていた。

 クロウ達を乗せた馬車は、流れに逆らう事もできずに遠ざかっていく。


「ディーヴァ……!」


 思えば、彼女はこうなる事を望んでいたのかもしれない。犠牲、そんな言葉は彼女には似合わない。クロウはその勇気ある行動を理解し、涙するのであった。


―次回予告―

「立ち止まるな」

彼女なら、きっとそう言うだろう。

その思いを胸に、少女達は再び一つになる。


第132話「リユニオン」

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