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ヘクセンナハト・リベリオン ~姫百合の騎士と聖なる魔女~  作者: 吉宮 史
第19章 破滅の魔女(イデアの塔・後編)
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第133話 『堕落』

「体を洗いましょう」


 しばらくして、体の火照りも冷める頃。アリアはパメラを連れ水場へと向かった。塔の屋上には浄化槽があり、雨を貯めて使う水場が設置されている。

 上空を吹き抜ける風が二人を撫でる。そこから見える景色はどこまでも晴れ渡っていた。まるで、新しい世界に訪れたようにすら感じる。


 キラキラと輝く水に浸かり、二人は生々しい残り香を洗い流す。もう、裸でも抵抗はなかった。


「そろそろ、許してほしいわ」


 水浴びを終え、アリアは純白の布をパメラへと巻き付けた。それは、先程の情事をすべて包み隠す。


「怒っては、ないけど」

「けど?」

「私の気持ち……無視した」


 ふふっ、とアリアが笑う。


「そう? 体は、受け入れてくれたじゃない」

「それは……」


 どこまでも、素直じゃない子。口ではそう言いながらもずっと見つめてくるパメラに対し、アリアは純白のヴェールにて、もったいぶるように豊満な身体を隠す。

 そんなひとときの中、パメラのお腹がなった。すでに日は高く、お昼時である事を意識してしまったのだ。


「う……」

「聖女はお腹の嘘も下手ね。何か食べる? 確か、アルブレヒトがくれたお菓子があったはず」

「お菓子……じゅる」

「ここではね、マレフィカの皆はただ囚われているだけではなくてね、色んな仕事をして過ごしているのよ。初めはそんな権利すらもなかったけど、だんだんと、作り上げていったの。お菓子作りの上手な子もいて、私の体重も増えていくばかり」


 アリアは自慢の胸を持ち上げて見せた。そこにばかり栄養が行くタイプであるらしい。何もかもを包み込んでくれた胸。パメラはつい、先程の事を思い返してしまい目を背ける。


「いつかこんな日が来ると思っていたわ。あの子達も何か仕事を身につけておかないと、きっと路頭に迷うでしょう」

「優しいんだ」

「そんな事はないわ。私だけ、引きこもって何もしないのだから。皆の魔力を吸っているとね、その子達の事が分かってくるの。一人として、悪い子はいない。でも、皆は私を恐れているでしょう。力を奪う悪魔として」


 少し、唇が震えているのが見えた。どこまでも、貪欲に自分のぬくもりを求めてきた唇。その時、ずっとそこにみとれていた事を意識する。

 恐れられ、敬われ、孤立し、強がっていても本当はたまらなく寂しい。やはり、自分達は似ている。


「……ううん、そんな事ない。私にもわかるよ。アリアは優しい人だって。だからここを出よう。みんなが待ってる」

「どうかしらね……」


 いかにパメラの願いとはいえ、それだけは承伏(しょうふく)しかねた。再び外の景色を眺めながら、アリアはパメラの隣に座り、手を握った。


「もう少し、お話ししましょう。……ねえ、ロザリーって誰かしら」


 少し、悪魔的に微笑んで、アリアはパメラの心の向きを探った。


「……私の、大事な人」

「そう……」


 好きな人でも、憧れの人でもなく、そう答えたパメラに、なんとなく二人の関係性が見えた気がした。


「そして、私を自由にしてくれた人。だからかな、アリアにも同じような事してるのは」


 その人の影響だとはっきりと言われ、アリアは自分の中の嫌らしい部分が(うず)いた。


「その人とは、キスしたの?」

「う、うん……最初はアリアみたいに、無理矢理……」

「ふふっ、やっぱり小悪魔ね。そうやって堕としたんだ」


 パメラの顔がみるみる赤くなる。


淫果応報(いんがおうほう)……。どう? 同じ事された気分は」

「ずるい……と思った。ロザリーもきっと、今の私みたいな気持ちだったのかも」

「という事は、私にも脈があると思っていいのかしら」

「な、ないってば!」


 いたずらに笑うアリア。しかし、その顔はどこか空虚であった。


「……良く分かったわ。でも、私はここにいるつもり。いいえ、ここにいなければならない。でないと、世界に悪魔が解き放たれてしまうの」

「さっきから、悪魔悪魔って、アリアは悪魔じゃないよ!」


 愛を知る悪魔などいるだろうか。自分は外の世界に出たくてしょうがなかった。そして外にはたくさんの素晴らしい事が待っていた。それをアリアにも教えてあげたかった。だが、彼女は(かたく)なに受け入れてはくれない。


「悪魔だからあなたにも酷い事をしたの。(まぶ)しすぎて、私のいる所まで引きずり込んだ。本当はあなたとここで過ごせたらとても幸せなんでしょうけど、さすがにそれは許されないでしょう」


 アリアは微笑んで、パメラを見る。それは、女神のようですらあった。


「だから、私の事は忘れて」


 忘れない、忘れるわけがない。


「……実は、アリアには一度助けられた事があるんだ。イルミナの神殿で、魔力ゲートからその力を貰って、お友達を助けることができたの」

「空が光った時の事ね」

「知ってたの?」

「ええ、あまりにも眩しくて、ここが一面その光に包まれて。私は少しだけ、希望をもらったわ。地の底までも照らす光が、この世界にあるのだと」

「じゃあ、私にまた、力を貸してよ! 悪魔なんて、私全然怖くない。魔王だったんだよ? その時の相手は」

「ふふ、ふふふっ」


 あまりに突拍子もない話に、アリアは笑い出した。


「いいわね、それ。聖女と魔王。絵本にできそう」


 やはりあの絵本を描いたのはアリアだった。パメラはどうしても聞いておきたい事があった。あの描きかけの絵本の事である。


「……イデアの鏡って、なんで最後だけ決まっているの?」

「やっぱり見たのね。それは、変えられないからよ」

「変えようとはしたの?」

「ええ、途中、どうしたら変えられるのか、いくつもページを重ねて。でもね……もう思いつかなくなったの。塔に幽閉された少女のお話はね、いくつもあるの。だいたいが王子様に助けられるけど……」


 王子様気分でいたのはアルブレヒトくらいなものだろう。しかし、おそらく彼はもういない。


「お姫様じゃ、だめ……?」

「どういう事?」


 パメラは自分にとっては当たり前の結末を、アリアに教えてあげる事にした。


「変えられるよ。あの先は、私が出てくるんだ」


 アリアは、初めてその表情を驚きに変化させた。その後、ふっ、と笑って、少しため息をつく。


「面白いわね。でも、絵本にあの内容は描けないわ」

「えっちなのは描かなくていいの!」


 ぷんぷんと怒り出したパメラに、アリアはまたおかしくなって笑った。


「一緒につくっていこ。これからのお話は」


 暖かい手が、アリアを包んだ。深いため息。アリアは覚悟を決めたように、パメラを見つめた。


「あなたは、何もわかっていない。ずっと昔、あなたの光に撃たれ、私は気づいたの。この光こそ、私を救ってくれる光だと」

「アリア……」

「私はあなたに消されるため、ここにいる。それ以外の結末は無いの。私に先なんてない。世界に私の居場所なんてない。あるのは悪魔の(なぐさ)み者になる未来だけ。私も、こうなった原因の魔導書を探した。だけどいつまで経っても見つからない。私の中の悪魔を封印しない限り、私はずっとこのまま」

「アリア、違う……」


 アリアは、パメラの手を振りほどいてゆっくりと立ち上がる。


「だから、もう一度、私を浄化して。あの天を覆った、無限の光で」


 きっと彼女はそれを望んでいるのだと、どこか感じていた。だが、あの力は全てを無に還す力。けれど二人は出会ってしまった。この情を、なかった事になど出来はしない。


「できない。できるわけない……。それに、ここはイデアだよ? ここから出ないと、力は使えないんだよ。だから、出よう。ね……?」

詭弁(きべん)ね……。そもそもあなたにそんな事が出来るのなら、こんなに愛してはいなかった……」

「愛してるのなら、言う事を聞いて! 私だって……アリアを……」


 愛を語る幼い唇。アリアの表情は一変した。追いすがるパメラを突き放して、ゆらりとそのまま歩き出す。


「優しい子……。やっぱり嘘が下手ね」

「嘘なんかじゃ……」


 その言葉に、どこか後ろめたさを感じる。ロザリーへの、そして、アリアへの。だから、遠ざかるアリアを追いかける足には、力が宿らない。


「自由になった私は、きっとあなたをも喰う。だから……こうする」


 アリアは迷う事もなく、塔のへりへと立った。吹きすさぶ風。朦朧(もうろう)とするほどの高さ。彼女の長身すら、かすむほどの頂。


「だめ……! そんなこと、だめぇ!!」


 パメラは叫ぶ。追い詰めたかった訳じゃない、そんな事、絶対に許さない。


 灰の髪が艶やかになびく。そして、どこまでも美しい笑顔で彼女は告げた。


「ありがとう、パメラ。……最後にあなたに会えて良かった。……好きよ」


 訪れた空白。そのまま、アリアは空へと身を投げた。



「アリ、ア……」



 パメラを静寂が襲う。

 あの暖かな肌のぬくもりを思い出すほど、その身は凍えるようであった。


「あ、ああ……ああああ!!」


 最後に残ったもの。それは、悪魔へと堕落した心。

 愛という名のもとに、少女は二人育んだ残心に身を焦がした。


―次回予告―

 混乱の塔の頂上で、偽りの正義と偽りの悪意がぶつかる。

 無限の光は全てを包み、裁きの剣は天を貫いた。

 善のイデア。それは人の過ちを正す真実の目。


 第134話「崩壊」

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