第130話 『救済』
塔の上階部。見失ったヴァレリアを追いかけ、未ださまよっていたマレフィカの少女、マリエル。
「ヴァレリア様……一体どこに」
決意に満ちた後ろ姿と共に戦場に舞い戻った彼女は、突然の爆発からマリエルを守りながらもあの三人のマレフィカまで救ってみせた。その姿に、マリエルは真の英雄としての気高さを見たのである。
「でも、あんな寂しそうな背中……私は知らない」
マリエルは、ここからは足手まといになると自分に言い残し去って行く彼女を追いかける事はできなかった。しかし、足取りは自然と彼女の下へと向かっている。ヴァレリアの抱く喪失感。それは、ラクリマの友人でもあった自分にしか埋める事はできないと、マリエルは一人勇気を振り絞る。
「うん。だったらラクリマの代わりに、私があの人を……!」
個を奪われ塔で過ごしたこれまでに比べ、彼女にとってその生き方はあまりにも輝いて見えた。重荷になるという後ろめたさはすでに消え、自然と足取りも軽くなる。
「くんくん、くんくん」
「あれは……」
その途中、背後から鼻を鳴らしながら走る少女がやって来た。確か、自分達を助けてくれた三人組の一人である。どうやら道に迷っているようだが、塔の外周部は逃亡を防ぐ目的で迷路のように複雑であり、上階への階段を見つける事は難しいだろう。
「アレー? さっきのねーちゃんだ!」
「あなたは、ムジカちゃん? ……さっきの爆発で、お怪我はありませんでしたか?」
「うン、だいじょぶ! 一人でどうしたノ? キミもまいご?」
そのニコニコと無邪気な笑顔を見ていると、一人になってしまった不安も晴れてくるようだ。
「私、ヴァレリア様を探しているんです。でも、ちょっとはぐれてしまって」
「やっぱり助けてくれたの、白いねーちゃんだったか。うーん、ムジカもさっきからニオイがわかんなくて……くんくん」
ヴァレリアのニオイは、ローズマリーの香り。少し甘く、すっきりとした清涼感のあるものだと記憶している。それはジャムーラでも使う、感染症を防ぐ薬の匂いに少し似ていた。
「スンスン。あ、でもちょっとわかる……、じゃあ、このニオイたどってみるかナ。キミもおいでー」
「は、はい!」
しかし何か、ニオイ以外にも気になる事がある。耳にかすかに届く、誰かの声。カオスが使えない今はっきりとは聞こえないが、それはずっとムジカの耳に語りかけている。
「えっと、キミは……ダレなの?」
一人、その何かに対し答えてみるムジカ。マリエルは自分に話しかけられたと思い、思わず返事をした。
「あの、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない……あ、このニオイ、ムジカ知ってる!」
新しく現れた、甘いバニラの香り。それはムジカの特に大好きなニオイで、アバドンの民族が好んでつける香水である。そこにはやはり、ほっほっ、と小気味よく塔内を駆けるディーヴァの姿が。
「やっぱり、でぃーばダ!」
「おおムジカ、ここにいたか。あの二人はどうした?」
「ケガしてるから、あっちで休んでるヨ。でぃーば、早く行ってあげて」
「何度も言っているだろう。でぃーう゛ぁ、だ」
「えっと、でーば」
「前より酷くなったな……」
舌っ足らずなムジカは、彼女をでぃーばと呼ぶ。
ウにてんてん、は大事なポイントであるが、それはまだいい。なぜ自分はねーちゃんではないのか。まだ年も十九で、十分にねーちゃんなのだがなどと言いたいことはあったものの、ムジカの無邪気さに免じて飲み込んだ。
「あの……」
そんなムジカの隣に、薄紫の長髪を束ねた少女を見つける。おそらく彼女こそ探していた人物だと、ディーヴァはほっと胸を撫でおろした。
「お前がマリエルか? 無事で良かった。皆が心配している、さあ一緒に来るんだ」
非戦闘員を守るのが役目とはいえ、こうも自由に歩き回られては自らが戦いに赴く事もできない。今も上階で行われているであろう戦闘を諦め、ディーヴァは歯がゆい思いでマリエルへと手を差し出す。だが、返ってきたのは思いも掛けない言葉だった。
「ごめんなさい、私はヴァレリアさんの所へ行きます。なんだかとても心配なんです、どこか、一人で思い詰めたような……」
「ヴァレリアが? そうか、彼女も一緒だったのか」
「でぃーば、この子はムジカがついてるから、だいじょーぶだヨ」
「ううむ……」
ムジカのまっすぐな瞳が見つめる。ディーヴァは誇り高き獣王が一緒ならば、とそれ以上は言わずに了承した。彼女はムジカに対し絶対の信頼を寄せているのだ。
「では、リュカ達二人を連れて私も後から行く。マリエル、お前がどんな力を持つのか知らんが、ここでは普通の少女だ。無理だけはするなよ」
「はい……!」
「ムジカ、道はわかるか? 恥ずかしながら、実は私も迷ってしまってな」
「うン、こっからまっすぐ行くと二人がいる! ムジカはヴァレリアのニオイを辿るからヘーキ! じゃあネ、でぃーば!」
「ああ、ありがとう」
二人は脇目も振らずに上階への道を走っていった。その力強い後ろ姿に、ディーヴァも思いを託す。
「お前にはアバドンの戦神がついている。私の分も頼むぞ、ムジカ……」
彼女はムジカが来たという方向を一人辿る。すると、しばらくして足を引きずりながら歩いてくるコレットとリュカに出くわした。
「姐さん!」
「お前達、待っていろと言っただろう!」
「だってさ……、姐さんだったら待ってられる? 今も仲間が頑張ってるっていうのにさ!」
ディーヴァはこいつ、とリュカの頭をかき回した。もちろんそれは思いのほか怪力であったため、すでにフラフラな脳がさらに揺れ、軽く目眩を覚える。
「ひゃああ、強がるんじゃなかった……」
「まったく、同類の私に言えた事ではなかったな。それで、外周で何があった?」
コレットはそんな脳筋組のスキンシップにため息を漏らしながら、現在の状況を説明した。
「実はマレフィカの救出中、あのメアと遭遇したんです。その戦いの中、手負いの彼女はいつかのように自爆し姿を消しました……それで、ムジカさんがそれを一人で追いかけて……」
「そうか、メアがか……ムジカは上へ向かった。おそらく今は戦場だが、お前達、やれるか?」
「ディーヴァさん、わたくし達を誰だと思っていますの?」
やれやれと、ディーヴァはボロボロにも関わらず口の減らないコレットを抱え上げる。
「キャー! な、なにするの!」
「お前こそ自分がどういう状態かわからんのか。リュカ、お前も私の背中におぶされ」
「ご、ごめんね姐さん。あたい、もっと強くなるから……」
ディーヴァは黙って頷くと、そのまま皆のいる場所を目指し歩き出した。
一方、第十一階層、教会の間――。
突然のメアの急襲に巻き込まれたクリスティアは、彼女との一進一退の攻防を繰り広げていた。だが延々と続く死と隣り合わせの駆け引きに、さすがのクリスティアも疲れを見せ始める。クロウの防御術がなければ何度命を落としていたか分からない程の死線である。
「メア! まだわかりませんか! あなたのためにロザリーはっ!」
「理解不能。ロザリーは抹殺対象だ」
「くっ……」
いいかげんに防御に徹するのは得策ではない。すでにこの子は変わってしまったのだ。
クリスティアは槍を天に振りかざすと、少し間合いを開け十字に振るった。ロザリーの奥義、サザンクロスと似た構えである。
「はあっ、グランドクロス!」
それは広範囲に衝撃波を飛ばし、一度に敵部隊をまとめて制圧する技。それも、ブラッドのサザンクロスに対してクロウが編み出した奥義だ。
「これも気の類いか。だがこの体には通じない」
前方一面に広がるそれをメアはかわそうとせず、防御態勢で迎えた。現時点での彼我戦力差、3:7。まともに受けても有利は揺るがないとの判断である。
「……!」
その時、目の端にヴァレリアによってアルブレヒトが吹き飛ばされる光景が目に映った。あのまま氷漬けであればメンデルの医術により蘇生は可能であったが、地面に墜落しては人間である限り、すでにそれも不可能であろう。
「任務失敗。リミッター解除。コード・コキュートス、起動」
最終目標をアルブレヒトの護衛に設定していたメンデルは、作戦が失敗した時のため、生存者を残らず消す殺戮命令を組み込んでいた。それは、部隊の仲間であった者達それぞれの能力を模倣し、全てを解放する状態。
(カイ、ジュディ、ノーラ。力を借りるぞ)
これまでも彼女はカイの必中能力、ジュディの光線を自分の物としていた。そして今それに続く、ノーラの因果律操作のリミットが外される。あまりに複雑なプログラムのため試験的なものではあるが、最新のコンピュータが無限にある選択肢からメアにとって最適な行動をシミュレートし、適宜実行させる事でそれを実現した。
(お兄様……か)
アルブレヒト。メアを造ったメンデルの実子。つまりは兄という事になるが、メアにとってはお父様の肉欲の残滓。お父様の細胞の一つが勝手に自己増殖を繰り返し形作っただけのもの。そこになんの感傷もなかった。むしろ、彼を傷つけないように力をセーブする必要もなくなり、これで心置きなく戦う事が可能となる。
「アンティノーラ、最適解を示せ」
ここまでの思考、コンマ5秒。メアは防御態勢を解き、回避行動へと移った。新たな敵ヴァレリアの存在により、このままクリスティアの奥義を傷ついた体で受ける事は長期的に見て不利であるとシステムが警告したのだ。
「メア、降伏なさい! それを受ければタダでは済みませんよ!」
「否定。この力は、運命を越える……!」
迫り来るグランドクロス。メアはジェットをを吹き上げ、それと同じ速度で後退した。そして塔の外壁まで到達すると、等間隔に設置された小窓からそのまま身を投げ出す。と同時に衝撃波は外壁へと衝突し、煙を上げながら塔の一部を崩壊させた。
「やりましたか……」
少しやり過ぎてしまったという後悔がクリスティアを襲う。そんな油断をつき、煙の中突如として数十発の光線が放たれた。それは、あらゆる角度からクリスティアへと襲いくる。
「そんな、かわされた!? っく……」
クリスティアはすかさず十字槍を回転させ防御する。クロウの防御術の一つ、テストゥド。遠心力のついた凄まじい速さの回転と十字槍の受ける面積の広さにより、彼女はまさに旋風を纏う鉄壁の要塞と化した。
「はああっ!」
次々と弾かれる光線。しかし、一発の光線がその回転の隙間を縫うようにすり抜けてきた。確率的にほぼあり得ない事である。抗えずにそれを受けると、間髪入れず襲いかかる光線を立て続けに浴びる。これもメアの計算による微調整。
続く最後の光線は、メアが次にとる行動の目くらましをするかのように顔へと直撃した。
「ああっ!」
クリスティアは視力を奪われ、身を堅くする他なかった。そんな暗闇の中、吹き上げる炎の音がこちらへと向かってくる。聡明な彼女はすぐに理解した。詰みである。
「いや、暗いのはいや……!」
心的外傷が呼び起こされたかのように取り乱すクリスティア。
メアは両手に短刀を持ち、そこへ一直線に襲いかかった。前方向への推進力と共に、各所に施されたバーニアがそれに横軸の回転を加える。そんな竜巻のような怒濤の勢いをつけた斬撃は、凄まじい速さで無防備なクリスティアの肩口を抉った。
「かはっ!!」
僧帽筋が断裂し、その刃は鎖骨にまで届いた。さらに、次の回転でそれをさらに抉られる。そうして次々に襲いかかる凶刃に吹き上がる鮮血を浴び、メアは蒸気を吹き上げながらゆっくりと停止した。
「コード、悪夢の回転木馬……」
「あ、あ……」
王女であるクリスティアは、ここまでの大怪我を負ったことなど当然ない。常に親衛隊に守られ、能力による勅令によってどんな戦いも無傷で勝利してきた。さらに、絶体絶命の時には親友のロザリーが駆けつけた。
それは、自身が選ばれし者だから。幼い頃より王たる者として生まれ積み上げられた、明らかな増長。
「く……くひっ……」
(痛い。ものすごく痛い。焼けるように痛いのに、すごく寒い。死ぬ? 死んでしまう。どうしよう。もういや……。助けて。だれか助けて……)
頭の中を泣き言が駆け巡る。はっきりと彼女の心が折れた瞬間である。
「ぐすっ、痛いよぉ……暗いよぉ。クロウ、助けてよぉ」
いつも泣き虫だった、夢見がちな姫クリスティア。いかに威厳を身につけようと、その本質は幼い頃から何も変わっていなかった。
「もう、暗いのはいやぁ……寒いのもいやなのぉ……」
それは、少女期の彼女に訪れた悲劇。国を追われ、地下へ続く暗闇の中を逃げ延びた時の悪夢が蘇る。
そんな絶望の中、大人達は彼女に期待した。その時から彼女は自らの心を殺し、自分を演出する事を覚える。いや、そうしなければ誰もついては来ないと思っていた。あのクロウでさえも。だが本当の自分を見て、それでも最後まで見捨てないでいてくれるのは、おそらく彼女の知る限りただ一人……。
「ロザリー……ロザリー、ロザリー!」
暗闇の中、愛する人の顔を浮かべながら、彼女は何度もその名前を呼ぶ。
「対象、沈黙。出血による体温低下甚大。生命活動停止まで、およそ3分」
メアは勝利の余韻に浸る事もなくクリスティアを見下ろす。そしてどれだけシミュレートを重ねても簡単に殺せてしまう状況に、度重なる演算により熱を持った回路を一旦停止させた。
ロザリー。
ただ、彼女のつぶやくその名前に、メアは謎の感情を覚える。それは、闇の底に沈んだはずの自我と深く結びついた言葉。
「あっ、あっ……」
クリスティアのドレスの裾は、薄黄色の液体で濡れていた。彼女はロザリーの名を呼びながら、頭を抱えてうずくまってしまう。それは降伏の証。もはや救いを求めるだけの弱者である。この剣をふるうまでもない。
「いや、いやなの……死にたくないの、私、だって、ロザリーにまだ伝えてないの……」
「…………」
メアは脳内メモリに残る、ロザリーというワードを全て検索する。そこにあるのは、ただ1と0のデータの羅列。確かにそこにあったはずのぬくもりは、もうどこにもなかった。
「ろ、ざ、り」
謎の違和感を探るため、次に、口に出してみる。すると、うっすらと口の中に、甘い蜂蜜の味が広がる。彼女は、その一時だけ、かつてのメアであった。
「はあああっ!!」
一瞬の油断。
突如浮かび上がった黄金色に光る文字。それはどこからか稲妻を呼び寄せた。光の速さにて走った雷撃が直撃し、メアは一時、全機能を停止する。
「ロ、ザ……」
同時にクリスティアを暖かな光が包む。ヴァレリアは間一髪、クリスティアを救う事に成功した。
「姫、もう大丈夫です。あとは私が」
「え、ロザリー……?」
不器用に微笑みかける女性。クリスティアはその目をこする。一瞬ヴァレリアがロザリーに見えたのだ。こんな時必ず助けてくれるその頼もしい姿が、霞んだ目には完全に重なって映った。
「どうかしましたか?」
「いえ……あ、ありがとう……ヴァレリア」
その震える唇がたどたどしく伝えると同時に、彼女の明晰な頭脳は次第に冷静さを取り戻した。
「わたしは、私は……なんて愚かな……」
彼女は知った。さっきまでの自分こそ、自らの本質だと。これこそが、盤上の駒となった際の己の脆さであると。
自分は常に安全圏から盤上を見下ろし、ただのごっこ遊びをしていたに過ぎない。偉そうに振る舞っても所詮、まだ子供。そうだ、今までを思い返せば、全て誰かに助けられてばかりいたではないか。
ローランド戦役の際、兄は命を捨て、危機に立ち向かった。父であるローランド王は、自らを囮として自分を逃がしてくれた。アルベスタンでロザリーが来なければどうしていた? 今もまだ、あの男の言いなりだっただろう。
そして、この時も……。
「ヴァレリア……」
自己嫌悪にさいなまれながら、クリスティアは新たな騎士、ヴァレリアの戦いを見つめた。
「稲妻のアルカンシェル、エレクトルム。鉄で出来たあなたには少々堪えたようですね」
「が、ガガ……」
今の感電によって一部の機能が焼け焦げてしまったようだ。であるならばと、メアはわずかに残った人間の部分に思考を委ねる事にした。そう、メンデルは有機的な部分全てを取り除いた訳ではなかった。それはメアに対する最後の愛着だったのかもしれない。
「……彼我戦力差、7:3。形勢は不利」
「はい、理解しているようで何より」
ヴァレリアは剣を構え、空中で静止するメアを捉える。
「戦闘能力分析」
先に動いたのはメアだった。彼女は常に身につけていた眼帯をめくり、その高精細なメイン・カメラでヴァレリアをスキャニングする。相手が自分よりも強い場合の堅実な戦闘方法である。筋肉や骨格による癖、最大運動効率、視力から聴力、ヴァレリアの全てがメアに記録された。
「モード・ロザリオに変更。反応速度、最大値へ」
まだ人間だった頃にロザリーとの戦いで得た経験に頼り、メアはヴァレリアに斬りかかる。おそらく、ロザリーより彼女の実力は上。それでも引くという選択肢は無い。
「なるほど、それであの人の戦い方を真似たと」
ヴァレリアは面倒だと言わんばかりにそれらをかわす。そのまましばらく力量を計ってみるも、だいたい理解できたと次第に攻勢へと転じる。手負いのメアなど、2ランクは下の相手。打ち合う剣を巧みに絡めながら、ヴァレリアはメアの持つ片方の剣を遠くへと弾き飛ばした。
「……チェックメイト。あなたでは、あの人には及ばない」
一刀となったメアは、なお攻撃を仕掛ける。だがそれをもたたき落とされ、メアは今度こそ完全に無力化した。
「コードエラー……ミッション、フェイルド」
「あなたはガーデンの手に掛かり、人、いや、マレフィカからも外れてしまった。私では、あなたを救えない」
その言葉は止めを意味していた。剣閃は再びルーンを描き始める。
相対するメアは一切動じることもなく両腕をヴァレリアへと向けると、そのまま勢いよく腕部を発射した。それは、ロザリーに対しても使った最後の手段。
「ラストコード・機械仕掛けの神」
「ヴァレリア! その腕にロザリーもやられたのです! 逃げて……!」
「そうか、あなたが、あの人を……」
火を噴きながら掴みかかる両腕を、ヴァレリアはいともたやすく両断した。そして、その爆発を護法剣の防御結界によって無力化する。
これにより、メアの持てる全ての作戦は潰えた。
「オトウ、サマ……メイレイヲ」
描かれたルーンは光をもたらし、ヴァレリアの剣に宿る。さらに剣閃は光の速度で繰り出され、幾重もの幾何学模様を描き完成する。それは、持てる護法剣の魔法全てを解き放つ奥義。
「終わりです! 閃光のアルカンシェル、オレイカルコン!」
あらゆる色の集合体である大いなる白色の光が、メアを貫いた。
度重なる戦闘ですでに装甲を破壊されていたメアは、胴体に大穴を開け、とうとうその場に沈黙する。それは、救済という名の死であった。
「メアっ!」
どこからか、少女の悲痛な叫び声が響く。
人でなくなったメアをその手にかけ、表情一つ変えずに振り返るヴァレリア。
「……見られて、しまいましたか」
「白の、ねーちゃん……」
「そんな、ヴァレリア様……」
その声は、ムジカとマリエルであった。
戦い終わり、粛々と剣を収めるヴァレリア。そこには、善悪の彼岸をも越えた英雄の姿があった。そんな凄惨な光景を目撃した二人は、ただ立ち尽くす。
「まだ幼い魔女よ。どうか、許して……」
贖罪の言葉と、その瞳に揺らめく、無垢なる涙を見つめながら。
―次回予告―
死闘の果て、儚く消えゆく命。
それでも最後の希望までは消えはしない。
君にこの声が聞こえる限り。
第131話「声なき声」