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ヘクセンナハト・リベリオン ~姫百合の騎士と聖なる魔女~  作者: 吉宮 史
第18章 錬成の魔女(イデアの塔・前編)
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第128話 『アルブレヒト』

 爆発のあった塔の外周部。コレット達三人は何者かの力によってその危機から逃れていた。自身を覆うような輝きに守られ、爆発と共に塔の内部まで吹き飛ばされたようだ。


「まったく、自慢のおみ足が……」


 コレットは、さらにひしゃげた脚を引きずりながら瓦礫から這い出した。

 あの時一瞬ルーン文字が見えたと言う事は、助けてくれたのはヴァレリアであろうか。しかしその姿はすでになく、瓦礫の中を不自由にもがくリュカとムジカの姿のみが見えるのみ。

 ただ、肝心のメアの姿もなかった。接続部、つまり起爆装置である両脚を切り離し、どこかへと飛んでいったのだろう。


「あなたたち、無事かしら!?」

「ああ、ケホッケホッ」

「メア、バクハツしたゾ」


 三人は爆発によって横穴が開いた九階部分の一室にいた。すぐ下を覗くと、今までいたはずの足場が崩れ落ち、地上にて瓦礫の山となっている様子が小さく見えた。


「しかし、間一髪だったな」

「ちょっと、あれって……」


 と、同時に三人はとんでもないものを見る。ディーヴァがその瓦礫を拾っては積み上げ、地上からの階段を整備していたのだ。それを三階あたりまで完成させた時、彼女は上から覗いていたリュカ達に気付いた。


「お前達、無事か!? 今行く、待っていろ!」


 と叫ぶと、すかさず塔の中へと消えていった。もはや頼りになるという話ではない。


「姐さん、こんな時やっぱり頼りになるなあ……」

「ええ、これは好都合ね。あなたたちは、ここでディーヴァさんを待って。わたくしは一人でメアを探すわ」

「なんだよ、お前こそボロボロなんだから休んでろ。ここはあたいが行く」

「あなただって血だらけじゃない、いいからさっさと帰りなさい!」

「帰らない! 帰らないったらかえらない!」

「こ、これだからおバカさんは……!」


 いつもの二人の口論が始まった。だが、ムジカにはどちらも限界のように見える。そしてこの中で一番元気なのは自分なんだと理解した。


「ねーちゃん達、ケンカだめ! だったらムジカが行く!」

「えっ!?」


 二人はきょとんとし、今は喧嘩をしている場合ではないと我に返った。


「お前だってずいぶんとケガして……たよな?」

「ムジカ、獣王だもん。傷なんてすぐ治る!」

「本当ですわ……。その生命力、わたくしにも分けて欲しいくらいですわね……」


 獣人特有の治癒能力により、確かにその傷口はすっかりふさがっているようだ。コレットは折れた骨を元に戻しながら、それまで気になっていた疑問を投げかける。


「ところで、獣化もその生命力もアニマの固有能力とするのなら、あなたのカオスの力は一体なんなのかしら?」

「まぎあってやつ?」

「そうよ」


 ムジカはうーん、と考え、そうだ! と胸を張って答えた。


「えっとね、ムジカ、色んないきものと仲良くなれるんだヨ!」

「え? それって人食い虎でもか?」

「うん。なんていうか、言葉がわかるの。ムシでもトリでも、サカナでも。でも、ここに来てからは聞こえないんだ……」


 ムジカは悲しそうに外の景色を眺める。近くを飛ぶ鳥の声も、今は全く聞こえない。


「それは興味深いわね。私は俗に言う魂を扱う事ができますが、いわゆる動物や虫などの核は魂ではなく、オーブと呼ばれる小さなエネルギー体で構成されています。ですが、オーブはわたくしの管轄外。勝手に生まれ、その構成を変えながら自然界を循環していくものです。そのオーブだけだったこの世界に初めて現れた魂が、あなた達アニマだと言われています」

「ふーん、わかんないケド、だからなのかな? そいつらとムジカが仲良いの」

「ふふ、かも知れませんわね。世界が寂しかった頃の、最初のお友達なのでしょう」

「へえ、案外ロマンチックな事を言うんだな、鬼のコレット先生も」

「ひとりぼっちは、ダレだって嫌だもんねー」


 そんなほのぼのとした会話に、すっかり二人はさっきまでの喧嘩の事など忘れていた。こういう気持ちにしてくれるのも、もしかしたらムジカの力なのかもしれない。


「独りぼっち、ね……。そういえば、あのメアらしき子からは魂の鼓動を感じなかったのですが……ムジカ、あれは何だったのか、分かる?」

「うーん。でも、ニンゲンの、ううん、いきものでもないニオイがしたよ。“火の水”みたいな」


 彼女の言う火の水とは、石油の事である。つまり機械油のにおいの事を言っているのだろう。


「あたいも、あいつから気を感じなかったんだ。人間なら誰にだって流れてるはずなんだけどさ。さっきの技も気の流れを大きく乱して、人間相手ならほぼ気絶させる事だってできるんだぜ?」

「つまりは、彼女はもう……」


 皆の不安が大きくなる。すでにメアが兵器に改造されてしまったという事実は、これでますます信憑(しんぴょう)性を増した。


「どちらにせよ、ロザリーの為にも絶対に連れて帰らないとな……」

「ムジカ、メアのニオイおぼえた! すぐに連れてくるから、二人はココで待ってて!」

「あっ、ムジカ!」


 そう言うと、ムジカはたちまち四足走行でどこかへと駆けだしていった。まるでケガしていたとは思えない弾丸の様な速度である。


「ムジカ、待ちなさいっ!」


 呼び止める間もなく、ムジカの姿は消えた。それを慌てて追いかけるも、傷の深い二人には到底追いつけるものではない。


「くそっ、情けねえ……あたいとした事が」

「ええ、まったく同感だわ。ムジカ……わたくしが付いていながら」


 二人はその場に崩れ落ちながら、小さくなるムジカの足音をただ見送るのだった。




 一方のムジカは、メアのニオイのする方へとひた走る。


「こんな簡単なニオイ、すぐに辿っていける!」


 みんなと友達になれるのがアニマなら、きっと、メアとも友達になれる。

 そして、自分がメアを取り戻して、カイとジュディとノーラ、そして、ロザリーかーちゃんに喜んで貰うんだとの思いが彼女を突き動かす。


「くんくん、こっち!」


 しかし、次の角を曲がるとおかしなニオイが現れ、それはかき消されてしまった。


「くちゃい……なんだコレ……」


 この辺り一帯、どちらに行ってもそのニオイがつきまとい邪魔をする。

 そしてその色んな物が混じったあまりのニオイに、ムジカの鼻はついにバカになってしまった。


「どーしよう……迷子になっちゃった」




************




「……どう考えてもやばいよな、これ」


 司令室に戻ったアルブレヒトは現在の状況を知り、途方に暮れていた。

 赦罪の日に敵の侵入を許し、指揮もせずの壊滅状態。これではもはや免職(めんしょく)(まぬが)れないだろう。それどころか、処刑されてしまう可能性の方が高い。教皇は、あのエトランザでさえためらいなくその手にかける方なのだから。


「こんな事なら、最後にアリアとヤッておきたかったなあ」


 思わずついてでた下卑(げび)た願いに自分でも苦笑した。もちろんそんな事、恐ろしくてできるはずもない。

 机には、使い込んだ金の不正を証明する書類が散乱している。どうやら部下も逃げたらしい。そりゃそうだよな、と彼は責める気にもなれなかった。

 思えば、アリアの為にあらゆる書物を貢いだ。服や宝石も色々と買ったが、彼女は本だけでいいと拒否したからだ。できるだけ稀少な、見たこともない書物をとだけ願う彼女であったが、目的の物はついに与えられなかった。買い与える本はいつも、それなりの評価であった事を思い返す。


「……そういやマルクリウスのじじいが来るんだった。昼まではもちこたえなきゃな」


 わざわざこの日に来るという事は、ハナからこうなるとどこかで読んでいたという事。さすがは枢機卿、力も無しにあの地位まで上り詰めただけはあると、ただただ感心する。


 そのマルクリウスもメンデルと同様、例外としてカオスを移植されていない司徒である。高齢の身体に、セフィロテック・アドベントの儀式は負荷が大きい。よってアルブレヒトと同じように、彼の孫娘が力としての役目を代わりに勤めている。


「しかし、やっぱあの女も来るんだろうか。かー、最悪だね……」


 自分と似たような立場であるマルクリウスの孫娘とは、犬猿の仲だった。いや、犬とネズミくらいか。そのつり上がった目でいつもこちらの劣等感を刺激しては、豆粒ほどの自尊心を完膚なきまでにたたきのめしてくれる。


(……まあ、美人ではあるんだがなぁ)


 わずかによぎる下心に、ちょっとくらいやれる所を見せておかないと、と奮起する気持ちが芽生える。


「さてと」


 彼は壁に大層に飾られた武器を眺め、自分にあった物を選んだ。さて、戦いってどうするんだっけと今さら考えながら、無難な槍を選ぶ事にした。


「まあ、遠くから刺せば危なくはないだろ……」


 何度か試しに振り回してみると、かすめた切っ先が椅子を両断し、せめてもの恰好はついた。


「おっ、いけんじゃね?」


 一応体は鍛えてある。アリアの豊満な体に比べ、見劣りするとかっこ悪いからだ。手応えは、正直言って無い。同じフェルミニアの守護を担当する、真面目一辺倒なレディナ辺りにでも剣を習っておけば良かったと後悔を禁じ得ない。

 彼女の率いる騎士修道会。それは修道女でありながら騎士となった者達の軍。いつもならば滞在している彼女達がいないのは心細い。それどころか、こんな時に残る者が一人もいないという人望のなさが悲くもある。

 ああ、親父の印象が悪すぎるのか。と、槍を手になじませ彼は独りごちる。


 ふう、と息を吐き司令室を出ようとした時、部屋の通信機が鳴った。それはメンデルに送られたもので、非常時に使えと言われていたものである。すっかり忘れ去り書類の下に埋もれていたが。


「はいはい、なんですかーっと」


 せっかくの決意に水を差すように掛かってきた通信に、アルブレヒトはけだるそうに話しかけた。


「――聞こえるか、こちら、マキナ01。お父様にここを守るように言いつけられた者だ。今そちらに向かっている。司令室、オーバー(どうぞ)

「はあ? お父様って親父の事か? ああ、そういえばそんな手紙が届いてたな……」

「――ここに来る途中、多少戦闘があり万全ではないが、お父様のいいつけによりあなたの事は全力でお守りしよう」

「それはありがたいが、まだ子供(ガキ)だろう、お前」


 ノイズが交じっていてよく聞き取れないが、声の主は幼かった。


「――子供だが兵器だ。お父様に造られたプエラ・エクス・マキナ、タイプ・MARE(メア)

「ぷえら……、まあ、何だっていいか。よろしくな、メア」


 アルブレヒトは親父の趣味だしな、と納得する。あんな親父、正直心底嫌いだが利用できるのなら利用してやろうと。


「おっと……」


 そんな中、遠くで足音が聞こえた。おそらく侵入者に違いない。


「敵さんが来なすった。じゃあ、期待して待ってるぜ」

「――了解。通信を終了する」


 アルブレヒトはいよいよ覚悟を決めた。逃げるという選択肢は無い。我が心の女神(アリア)の為にも。


「さてと、ちっとはボスらしくしなきゃあな」


 命を張るには、これくらいがちょうどいい。

 彼はまるで結末が分かっている物語の悪役のような気分で、威風堂々とその部屋を後にした。


―次回予告―

 男と女。未知の存在に怖れを抱くのも、人の(さが)

 しかし、万物の全ては繋がっている。

 古来より連綿と続く、“存在の大いなる連鎖”によって。


 第129話「錬成の魔女」

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