第124話 『イデア攻略戦』
遠くそびえる白い山々から日が覗く頃。ヘクセンナハト第一陣はイデアの塔へと到着し、その内部へ向け全力で進軍していた。
しかしそこに至るまでの道のりは長く、見晴らしの良い塔からは丸見えである。そのため早速見張りに気付かれてしまい、早くも塔を後ろ取っての防衛網が敷かれてしまう。
「敵襲、敵襲ー!」
ドラの音と共に展開する敵部隊。まずは部隊長と思わしき軍人が歩み寄り、こちらへと警告を放つ。
「お前達、何者だ! ここはガーディアナの守護する地。まして、争いの禁じられた日である事を知っての狼藉か!」
「貴様等の法など知った事ではない! 良いことを教えてやろう。この日は我がヘクセンナハトにとって、革命記念日でもある! 一斉突撃ーッ!」
ディーヴァによるあまりに早い宣戦布告に面を食らった敵陣は、早速一番槍の彼女により突破された。その戦力差を差し引いても、彼らが実戦慣れしていないであろう事は明らかである。
「先手必勝を信条とするギルガメスの戦闘民族とは違い、根本的に甘いな。これは楽な戦かもしれんぞ」
「くっ、迎え撃てーぃ! 数においては我らが勝る、かかれかかれー!」
電光石火の奇襲に困惑しつつも、こちらへと突撃する百あまりの兵士達。
「こうなる事は予想済みだ、まずは私が行く!」
ディーヴァは勢いよく鉄球を振り回し、単身敵陣へと飛び込んだ。すると彼女の通る所、まるで大砲が火を噴いたように風穴が開く。これでも普段は力で起こした風により重い鉄球をコントロールするため、さらに勢いは増すというのだから恐ろしい。
「まさに戦いの女神だな……」
「女神ではない、あれこそが勇者だ! 俺たちも続くぞ!」
彼女に遅れまいと、ヘクセンナハトの兵士達も崩れた敵陣へと果敢にも突入する。
「うおー! 俺たちだって!」
「待てお前達、頭上から来るぞ!」
クロウが叫ぶ。彼の目線の先、塔の低階層部分は防衛用の拠点となっている様で、壁上からは投石や弓の雨が降り注いだ。
「護法剣、アダマント!」
そのかけ声と共に、兵士達の頭上を見えない壁が守った。ヴァレリアである。
「た、助かった……ありがとう」
「構いません。ここでなら私に分があります、ついてきて」
ヴァレリアは次々に剣閃で文字を描き、友軍の援護に回る。時に雷、時に氷雨、時に爆炎。この場において一人、制限無く戦う彼女はまさに一騎当千の働きを見せた。
「しかし、何という技だ……」
「ここで使えると言う事は、魔法、ではないのか」
「ええ、魔力を消費せずに使える魔法とでもいいましょうか。対イデア用の切り札です」
この護法剣というヴァレリア独自の技は、厳密には魔法の一種である。
仕組みとしては、事前に魔宝石に込めておいた魔法を、特殊なルーン文字を描き、トリガーにする事で増幅し発動させるのだという。そこには魔力をすでに消費したあらゆる現象だけが封じられているため、イデアの影響を受けないのだと彼女は説明した。
そんなルーングリフの発明者はまさにこの塔を作った賢者ルーンであり、彼女がここでも戦えるように作った抜け道のような戦闘術である。ヴァレリアはいつかイデアに捕らわれているマレフィカを助けるため、この技を血の滲む努力でマスターしたのだ。
「そう、全てはこの時のために……!」
「いいぞ! このまま守りを固めながら進め!」
クロウは長槍を勢いよく回転させつつ、部下を守りながらも堅実に戦線を押し上げていく。負傷者を極力出さないその戦術は、かのクリスティアも大いに頼りにする所であった。
「クロウ殿、ヴァレリア、ここは任せる!」
「ああ、ディーヴァさん!」
大隊を突破した先、塔の正面には、ずらりと|重装歩兵が並ぶ。彼らは他の雑兵とは違い、おそらく腕に覚えのある者達。その壁は厚く、自軍の兵力ではおそらく突破できないだろう。彼女は愛する部下達を守るため、雄叫びを上げながら突撃した。
「うおお! 勇者とは、道を切り開く者の事だ!」
強固な鋼鉄の盾と鉄球とがぶつかり合う。しかし、そのあまりの重さに耐えきれず吹き飛ばされる敵兵。
「いいぞ! このまま……いや、あれは……」
そんな中、けたたましい音が鳴り響いた。イデア軍が奥の手として用意していたカノン砲である。それはディーヴァいる地点へと一直線に狙いを定めていた。
「ディーヴァさん、危ないっ!」
「うあっ!」
舞い上がる土煙。酷い耳鳴りが襲い、ディーヴァは周囲を確認する。すると、目の前にクロウの情けないようで頼もしい顔があった。危機一髪、そこへと飛び込んだクロウにより直撃は避けられたらしい。
「クロウ殿……!」
「怪我はないか、ディーヴァさん。……つうっ」
クロウの顔がゆがむ。彼はその代償に、爆風で飛んできた破片によって脚を負傷していた。
「お前、どうして……」
「はは。ちょっとばかりしくじったらしい。やっぱかっこ悪いなあ、オレ」
続けて、次の砲撃が開始される。それはヘクセンナハトの陣へと着弾し、無慈悲にも多くの負傷者を出した。だがその程度で済んだのは、ヴァレリアの守りがあればこそである。
「護法剣が破られました! 次は守れません!」
「総員一時撤退! 退けー!」
クロウの号令が飛ぶ。しかし、衝撃で気絶した兵などはその場に倒れたままであった。ヴァレリアがそれらの応急処置にあたっている所を、再び砲台が狙いを定める。
「く、貴様等ぁ!」
「ディーヴァさん、俺を置いて行け! このままでは全滅だ!」
「うぐぐ……」
いかなレジェンドであるクロウといえど、このままでは砲弾の餌食となる事は免れない。それはまさに、自身の振り回す鉄球とほぼ同サイズの重量級のものである。
「ならばっ! 行け、エンキドゥ!」
ディーヴァは渾身の力で自身の鉄球を振り抜き、カノン砲へと放った。
それは見事なまでに砲身へと滑り込み、砲台そのものを炸裂させるに至る。その衝撃で砲塔は崩れ、砦のある階層部分は半壊した。
「おいおい、嘘だろう……」
「我らに撤退の文字はない! このまま行くぞ! 続けぇー!」
「生身は無茶だろ! 俺の槍を使え!」
「あ、ああ、かたじけない!」
自身の武器エンキドゥの代わりとしてクロウの槍を受け取ったディーヴァは、以前にも増して戦場を暴れ回った。どこか、その勇敢な顔を赤く染めながら。
イデア第一次作戦。その戦況はローランド側の優勢で進んだ。
戦の肝とも呼べる司令塔を欠くイデア陣営は、有利な防衛側であるにもかかわらず為す術もなく追い込まれていく。
そこに新たな正体不明の軍勢、ヘクセンナハト第二陣到着の報が入った。イデア駐屯軍は祈るような気持ちでアルブレヒトを待つも一向に現れない。さらに、十字槍を振り回すディーヴァと、あらゆる術を駆使するヴァレリアの鬼神の様な強さに、ついには逃亡する者まで出る始末となった。
平原にはすでに降伏した敵兵の姿がひしめき合う。馬車から降りたクリスティアは、ひとまずの戦果を受けねぎらいの言葉を掛けた。
「ご苦労でした、ディーヴァ。流石の活躍と言った所ですね」
「ああ。やや負傷者が出たが、後はクロウ殿に任せていれば大丈夫だろう」
「では、私たちはイデア内部へ向かいます。皆様、今はゆっくりと休んでおいて下さい」
ディーヴァと合流した第二陣は、手筈通り内部への侵入に成功した。すでに制圧した塔の一階部分、兵士達の待機所にて、一同は最後の確認に入る。
「ここがイデア……確かに魔力が吸われるような、不思議な感覚がありますね」
「ああ、けどそのくらいで怯むようなあたい達じゃないよね!」
「その通り。わたくし達の力で、目に物を見せて差し上げましょう」
「おー! ムジカもがんばる!」
いよいよ出番だとお互いを鼓舞し合うマレフィカ達。そんな中、ディーヴァの影に隠れていた少女が照れたように姿を現した。
「あの、そろそろ……」
「ああ、そうだった。みんな、作戦の前に彼女を紹介したい。今回成り行きで共闘する事になった護法剣の使い手、ヴァレリアだ。彼女はここイデアにおいて、無敵の活躍を見せてくれた。先程の戦闘も、彼女がいなければ複数の死者が出ていただろう」
「えっと、照れます……」
この一見背の低い内気な少女が、ディーヴァですらも一目を置くほどの人物だという。クリスティアはその姿を見て、思わず声を上げた。
「あなたは、武闘大会の時の……!」
「ローランドの姫……またお会いしましたね。ここは一時共闘いたします。我々マレフィカを縛るものを救うというのであれば、志は同じです」
「ええ、心強いわ、ありがとう」
うやうやしく答えるヴァレリアの目は、同時にある人物を探していた。
「あ、あの方は……いないのですか?」
「ロザリーの事? 彼女は今は療養中です。ちょうど作戦前、暗殺者に狙われてしまって……」
「そう、ですか……」
ヴァレリアはどこか落胆したような顔を見せた。この重要な作戦にも参加できないほどの怪我を負ったのであろう。複雑な思いが彼女を襲う。
(やはり、あの人は甘い……。だからこそ、私は)
ヴァレリアはそれ以上の詮索をやめ、他の面々を見た。
そこには何人か知った顔がいたが、とりわけクリスティアの後ろにいる、まるで戦う力を持たないであろう少女が気にかかった。パメラの事である。
「その、華奢な少女は一体? ここに魔法使いを入れるべきでは……」
「あっ、私の事だよね……? それは、私が無理を言って」
「いいえ、この方は今回の作戦に必要な方です。私が責任を持って護衛するのでお気になさらず」
「クリスティア……」
「……そうですか。それならいいのです」
神秘的な青い髪と、どこか人ならざる面持ち。それは何か無力さ以上にひっかかるものがあったが、こんな場所で揉めたくなかったヴァレリアは沈黙した。
一通り紹介が終わった事を確認し、塔の構造に詳しいグリエルマによる説明が入る。
彼女によると、ここイデアの塔は外周を取り囲むように螺旋通路が巡らされており、内部の階段と、外周との二つの侵入ルートが存在するという。
「ルートが二手に分かれるのは二階部分からだ。二階の制圧後、救助組は外の通路へと向かえ。各階に繋がる外周へと通じるはずだ。我々は最上階に唯一繋がる中央の階段を攻める。だが、目的とするアリアだけは動きが読めない。敵となった場合はディーヴァ、君の力も借りたい所だが……」
「いや、救助者の逃げ道を確保するため、私はここで守りにつく。彼女の説得にあたるパメラを信じよう。ところでヴァレリア、君はどうするつもりだ?」
「私は、救助側へ。もとより、それが目的ですので」
「そうか、各階のマレフィカ達には護衛が付いているはずだ。激しい戦闘になるそちらに向かうのが得策だろう」
いよいよ作戦開始である。戦闘を最小限に済ませるため、クリスティア、グリエルマ、パメラの三人は中央階段を、救助を優先するヴァレリア、コレット、リュカ、ムジカの四人は外周を進む。
「ならば、まずはこの上に進む必要があるな。そちらは私が制圧する、お前達は各自作戦通りに動け」
次に向かう二階は兵舎となっており、やはり潜伏していたガーディアナ兵が次々と襲いかかった。
「貴様等の相手は私だ!」
ディーヴァの雄叫びが上がる。と同時に、それぞれもマレフィカの解放に向け動き出した。
「ディーヴァ……なんと頼もしい方でしょう」
「やはりすさまじいな。さすがは我の見込んだ強き女。では我々も進もう。白銀の君、どうかこの子達を頼む!」
グリエルマはヴァレリアへと、どこか子供っぽいコレット達三人を託した。マレフィカ救出隊、こちらこそ本隊と言ってもいいほどの重要な任務である。
「はい、必ずという保証はできませんが……」
そう謙遜するヴァレリアは、同行者の中において唯一の懸念であるコレットを見つめた。
「どうか、されまして? あら、あなた、どこかでお会いしたかしら」
「ええ。と言っても、直接お話はしていませんが」
「うーん。わたくし、一度会った人様のお顔は忘れませんのに」
「あたいもどっかで見たような気がするんだよな。格闘大会だったっけなー」
「いえ、気になさらないで下さい。私、影が薄いので……」
かつてアルベスタンにおいて殺し合いをした事など忘却化したコレットは覚えているはずもないが、ヴァレリアにとっては忘れられる相手ではなかった。それはオブリヴィオとなったマレフィカの中で、唯一敵わなかった存在。ロザリーの力に救われなければ、あの時殺されていたであろう相手である。もちろん彼女はリュカの事も覚えている。忘却化から救われた後、その傷を治した事も。
「ばれりあとこれっとー! にらめっこしましょ、あっぷっぷ!」
「え、……んふっ」
見つめ合う二人を、ムジカがからかった。それに思わず笑ってしまうヴァレリア。
「あら、失礼ね。そんなにおかしな顔だったかしら……」
「いえ、そんな事は……。急ぎます、ついてきて」
冥王となった彼女は確かに脅威だが、ここではカオスは暴走する事はない。ひとまずヴァレリアは複雑な心境を胸に収めた。
「まだ潜伏した兵がいます、気を抜かないように!」
「おっけ! 背中は任せて」
早速、四人は塔の螺旋通路へ繋がる扉に到着した。追いすがる兵達はリュカが確実に倒し、コレットは浮遊できる強みを生かし、先回りして障害を排除した。閉じられた頑丈な扉はムジカによって壊され、順調に外周ルートを進んでいく。
「どうやら、彼女達は大丈夫のようですね」
「ああ、だがこちらには最上階へ向かう途中、軍の司令室がある。おそらくそこで司徒であるアルブレヒトと出くわすだろう。こんな所に左遷されているといえ、奴は腐っても司徒だ。注意を怠らないように」
「うん、彼の後ろにはメンデルもいるから……。じゃあクリスティア、後ろ、ついてくね」
「はい、任せておいてください。いざとなれば、このスカートの中へ」
「えっと、それはちょっと恥ずかしいかも……」
一方の内部ルート。こちらはグリエルマ、クリスティア、パメラの三人が向かう。一人戦闘要員でないパメラは、二人の後を小さくなってついていった。
(マギアが使えないと、こんなにも無力だったなんて……)
力に頼ることが出来ない状況というのは、思いの外心細いものだ。帰ったらロザリーに剣を教えて貰おうかとも考えたが、一度一人でロザリーの鎧を着てみた事を思い出した。あんなに重い物、自分の人生では持ったことがなく、とても驚いてしまった。思わず脱ぐときに手を離し、床へぶちまけてしまった時にできたへこみの事は今も内緒である。
「かっこいいな……みんな」
先頭で兵をなぎ払いながら進むクリスティア達を見て、パメラは小さな声でつぶやくのだった。
―次回予告―
かつての約束と、果たせぬ誓い。
彼女だけを残し、年月だけが残酷に過ぎ行く。
物語の結末は、慟哭の叫びと共に。
第125話「復讐鬼」