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ヘクセンナハト・リベリオン ~姫百合の騎士と聖なる魔女~  作者: 吉宮 史
第18章 錬成の魔女(イデアの塔・前編)
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第121話 『絵本』

 ついに開始されたイデア救出作戦。マレフィカ一行を乗せた馬車は、日の落ちぬ内にひとまず中継地点であるロンデニオンに到着した。

 一行がまず訪れたのは、デュオロン北部にある嘆きの森。クリスティアはリトルローランドに続く軍事基地として、かつてコレットの住処であった洋館跡に砦を用意していた。


「皆様、まずは補給班の準備が終わるまで、ここで一休みといきましょう」

「ここって、コレットちゃんの……」

「ええ、父から遺産を譲り受けた際、改修させておいたものです。同じ建物はもう一つありますし、もう、ここへ引きこもる事に未練などありませんから」


 それにはかつてロザリー達が救った自由都市の移民達が協力に当たり、予定よりも大幅に早く完成させる事ができたという。中でも裏社会の元締め、堕龍の面々やメースンカンパニーの抱える土木ギルドとも提携し、今回建設業にまで事業を拡大させたコレットが得意げに話す。


「ここならば元々わたくしの土地であり、ロンデとの交渉に時間を割く必要もありません。クリスティア、気に入ってくれたかしら」

「素敵よ、コレット。土地を提供してくれるのみならず、かつてローランドを追われた民に職まで与えてくれて……。ゆくゆくはこの辺りの開発を進め、新たな街やローランド大使館を作っていきましょう!」


 街からは少しあるが、コレットはこの一帯の土地も所有する。ここロンデニオンにおいては土地の所有者であれば誰もが新しくそれを開墾する事ができ、自由都市を作る事も可能だ。


「そう言っていただけると嬉しいですわ。我がルビー建設には、ムジカという秘密兵器もありますからね」

「おー! ムジカ、大工さんのおしごと頑張る!」


 美味しい食べ物をご褒美に、重機として大活躍したムジカ。これこそが獣化(アニマライズ)の正しい使い方である。ただ、そのおまけとして使われたリュカは少し不服そうだ。


「まったく、あたいも石を運ぶのにずいぶんこき使われたよ。この鬼監督には」

「あら、それも修行の一環でしょう。ロザリーさんが動けない分、あなたには頑張ってもらわないと」

「そ、そうだな! これも、ロザリーのためになるんなら……!」

「ホント、ちょろい人ですこと」


 石積みで造られたこの砦は、まるで森の中にそびえる小さなお城。その勇姿を眺め、クリスティアは改めて感慨に浸った。


「ですが、これでようやく、我が国の難民達が静かに暮らせる土地が出来るのですね……」

「ふふ、そうですわね。……まあ、この辺りは多少、出ますけれど」


 庭の墓石を見つめ、コレットは意味深につぶやいた。この土地も随分と浄化されたが、未だ眠りにつく闇の住人達もゼロではない。ロザリー達が以前アンデッド退治のクエストを受けていなければ、ここまで事はスムーズに行かなかったはずだ。


「出る? ねずみでもでるのかしら……」


 その言葉を深く考えず、砦へと入っていくクリスティア。それをさっそく出迎えたのは、ガイコツとなったコレットの元執事。以前ティセによって焼き尽くされ、一部残った欠片から死者の指輪の力を使い復元したものである。骨であるなら臭気も発しないため、お情けでここに置いて貰える事となったのだ。


「おお、ようこそいらっしゃいました、ローランドの姫君。不肖(ふしょう)、わたくしめがルビー砦の案内役を務めさせていただきます……おや?」


 彼が全てを言い終わる前に、クリスティアは立ったまま気を失っていた。


「ど、どうされました姫君!? まさか、ここの悪霊が取り憑いて……きえーい!」

「はっ、私は何を……」


 執事の喝によりクリスティアは正気を取り戻した。しかしそこにあったのは、またもやガイコツのどアップ。お化け嫌いな彼女は再び白目をむいた。


「ちょっと刺激が強すぎたかしら。やっぱりあなた、クビね」

「へ……」


 哀れ、彼はこの一件で早くも掃除係に降格となり、早々に庭へと追い出されたという。






 その日の夜。補給班を乗せた馬車も次々に砦へと到着し、作戦はついに実行段階へと移行した。ヘクセンナハトの軍勢は砦前へと整列し、今か今かとクリスティアの指示を待つ。


「クロウ、お疲れ様です。兵はこれで全てですね?」

「はい。志願兵なども募り、ようやくここまでこぎ着けました」

「ええ、これなら最低限……と言った所でしょうか」


 とはいえ、まだまだ数十人程度の軍である。もし、ラウンドナイツの力を借りる事ができれば作戦の難易度はかなり変わるだろう。しかしここも友好国とはいえ、未だ同盟にまでは至っていない。ロンデニオンは中立国家であるため、戦争行為の幇助(ほうじょ)はできないのだ。ゆえに、あくまでこれはリトルローランドの独断である必要性があった。


「ですが、私にもっと力があれば……」

「苦しいお立場である事は、皆理解しています。姫様が気に病む事はありませんよ」

「ありがとう、クロウ。そして、皆様……」


 これから戦地へ向かうというのに、兵の顔はそれぞれ晴れやかであった。その重大な責任を一人で全て背負うクリスティアのため、ここにいる皆は命を捧げたのである。

 クリスティアはその前に立ち、一人一人を見つめつつ言葉を掛けた。


「勇敢な皆様、この度は我がヘクセンナハトへと志願して下さり、心より感謝しています。これまでの行軍でお疲れの事でしょう、楽にして聞いて下さい。我々は、夜明けと共にイデアに突入します。そこでは、間違いなく敵軍との戦闘になるでしょう。おそらく初めての戦場に、少なからず恐怖心もある事かと思います。ですがそれは恥ずかしい事ではありません。それは、生き延びたいと願う証。それは、自分を、さらには友を守る力となります。全てにおいて、恐怖の向こうにこそ勝利はあるものです!」


 彼女の言葉は、不思議と力をくれる。兵は皆、目頭を熱くしてその鼓舞を浴びた。


「もちろん、私も共に闘います。そしてここにいる、マレフィカの皆も。そう、あなた方には、戦場の女神がついているのです。私、クリスティアの名において、必ずや、あなた方に勝利を約束します! そして天の声の名の下に、世界にマレフィカの旗を掲げるのです!」


 そのかけ声と共に、クロウにより軍旗が掲げられた。そこには黒地に白百合、そして逆十字が描かれている。まるでローランドのシンボル、フロレンティナ・ド・リスと、ロザリーとのシンボルが融合したかのような旗。これが、ヘクセンナハトの御旗である。


「人々の声は、いつか全てを穿ちます。この旗を掲げた時は、こう声を上げなさい! ヘクセンナハト・リベルと!」

「「ヘクセンナハト・リベル!」」

「「ヘクセンナハト・リベル!」」

「「ヘクセンナハト・リベル!」」


 静かな森の中を、地響きのような声が轟く。魔女達の叛逆は、今ここに歴史的な意味を持つに至った。


「なんという一体感だ……このような(とき)の声、我がアバドンの戦でも稀だぞ」


 これには戦士であるディーヴァも舌を巻く。女王という者の声には、これほどの意味があるのかと。


「姫、お疲れ様でした。これで皆、存分に戦えます」

「ええ。出発は深夜ですので、皆も今の内に休んでおいてくださいね」

「そうは言っても、どうやら私の闘志にも火が付いてしまったらしい。よし、ここにいる血気盛んな者は私が稽古をつけてやる! 一列に並べ!」

(あね)さん、じゃあ、まずはあたいに稽古つけて!」

「よーし。リュカ、全力でこい!」


 ディーヴァとリュカ、体育会系の二人はすっかりその気になり、中庭にて組み手を開始した。


「とう、せい、りゃあ! 流石は姐さん、そう簡単には当たらないか」

「ふむ、良い動きをしている。これは本気でやらねばな」


 そのあまりに激しい戦いに、周囲の兵達もやんややんやの大騒ぎとなる。しかし、そんな二人に割って入る命知らずな影によってその騒ぎは中断された。


「そこまで!」

「なっ……!」

「お二人とも……休んでおいてと、言いましたよね?」


 クリスティアである。彼女は目を不気味に光らせながら、リュカとディーヴァの喉元を捕らえるように十字槍を突きつけた。


「あ、ああ……すまない、つい勇者の血が騒いでしまった」

「分かれば良いのです、ふふ」


 笑顔と共にすっと普段のクリスティアに戻るも、その目元は笑っていない。これにはディーヴァでさえ彼女を敵に回したくはないと心から思う瞬間であった。しかし、根っからの戦闘狂であるリュカはその限りではないようだ。


「すごく強いんだなあ、お姫様! いつかあたいと決闘しよ!」

「え、決闘……ですか?」

「ああ! 八仙天龍拳のリュカ、いついかなる時でも勝負からは逃げないよ!」


 リュカはその一瞬でクリスティアに惚れ込み、いつもの病気をこじらせ始めた。そしてすかさず彼女の目の前に移動し、無防備に顔を近づける。


「……?」

「ちゅ」

「なっ、なっ!」 


 リュカなりの決め事である、決闘の口づけ。唾を付けたという事なのだろう。そんないきなりの行為に、クリスティアは酷く動揺した様子で口元を押さえる。


「接吻なんて、決闘に……必要なものなのですか?」

「うん、ロザリーにもしたよ?」

「えっ! そうなのですか?」


 決闘を申し込めばキスができる。そんな夢のようなしきたりがあったなんて。クリスティアはめくるめくあれこれを妄想し、まるですでにロザリーと口づけをしたような気分となった。


「でしたら、いいのですよ。ふふ……そう、ロザリーと……」


 するとクリスティアは急に上機嫌となり、決闘の申し込みを快諾した。そして誰にも見られないように、ペロ、と唇を舐めてはうっとりする。


「姫様、ロザリーのこと、やっぱり……好きなのか?」


 リュカは常々気になっていた事を問いかけた。恋のライバルとして、姫の存在はあまりに大きすぎる障害でもある。クリスティアは何を当たり前の事をと言った顔で答えた。


「え? 私があの方をお慕いしていないとでも?」

「あ……いや……そりゃそうか」

「という事は、あなたも? ふふ、純情なのですね」


 からかうように笑うクリスティアに、リュカは百戦錬磨の余裕のような物を見た。武術の天才も、こと恋愛に関してはからっきしなのである。


「うん、あたいもずっと大好き……。だけど……」

「あら、片思いじゃいけないと、誰が決めたのです? 本来あの人はパメラだけのもの。私にも、あなたにも勝ち目などはありませんよ」

「それは、そうだけど……」

「なので、私達は勝手に愛して、満たされていればいいのです。それでもロザリーは、ちゃんと返してくれます。だから、私達は片思い同盟として、仲良くいたしましょう」


 正直な所、恋愛にウブなリュカにはそれが少し理解できなかった。恋愛も勝ち負けなら、全力で勝負するべきだという考えのリュカである。しかし、自分が愛を与える行為。それこそに意味があるのだと彼女は言うのだ。確かにここまで覚悟できているのなら、勝ちもないが、負けでもない。


「そっか、そういうのもあるんだね。……でもあたい、負けてもいいから、この気持ちを伝えたい。勝負に生きてきたあたいには、ずっと引き分けっていうのは、性分にあわないみたいだ」

「それって……怖くはないの?」


 本音である。彼女は彼女で答えが分からない状態を維持したいだけなのだ。


「うん。負けても、この気持ちは変わらないから」

「それならば、私は応援するわ。頑張ってね」

「姫様……」

「今夜は飲みましょう。戦の前に腹を割って話す事で、より親睦を深めるのです! コレット、当然あなたもよ」

「まったく、まるで傷の舐め合いね。まあいいわ。こうして皆で団らんできるお庭も、そのために用意したんだもの」


 コレット、クリスティア、そしてリュカ。共に片思いのままの三人は謎の友情が芽生え、ロザリー談義に花を咲かせるのであった。




 一方、騒ぎのお許しが出たと思った兵士達はディーヴァ達との組み手を再開し、大いに盛り上がっていた。


「よしこい! 私に触れる事ができた者は、一つだけ何でも言うことを聞いてやろう」


 これもディーヴァなりの戦意高揚術である。明日死ぬかもしれない兵達を誰よりも愛しく思っている彼女は、本当に「何でも」するつもりなのだ。


「じゃあ、俺と、つ、付き合って下さい!」

「ずるいぞ! それじゃあボクのお母さんになって下さい!」

「お願いします! 一度、夜の相手を!」


 正直な願望を叫びながら挑んでゆく兵士達。しかし一見簡単そうに見える条件だが、誰もが一度も触れることすらできずディーヴァに翻弄された。それもそのはず、彼女は風を常に纏い、強引に兵達の手を退けていたのだ。


「ダメだ、何度やってもあの膨らみに触れない……!」

「ああ、目が回るぅ……」


 兵は全て倒れ、残るは一人、隅に立っていただけのクロウである。巻き込まれる事を恐れ端っこにいたにもかかわらず、ディーヴァは彼へと声を掛けた。


「どうしたクロウ殿、さあかかってこい!」

「お、俺もやるのか……? まいったなあ」


 そうぼやきながらクロウはディーヴァへと相対した。すでに風を使ったトリックは見抜いている。ここは適当に負けて、事なきを得よう。そんな事を考えるクロウに、ディーヴァは先手を仕掛けた。


「うおっ」


 彼女らしくない、本気の拳突である。


「おい、触れてはいけないんじゃないのか?」

「そうだ、触れたらタダじゃすまない。さあ、避けろ避けろ!」


 どこかディーヴァは楽しそうに、まるで自分の体を預けるようにクロウへと襲いかかる。これではもう触ってくれと言わんばかりだ。しかし、彼は腐ってもレジェンド。それを飄々(ひょうひょう)とかわし続ける。


「くっ、乙女心の分からん奴め……!」

「へ、何か言った?」

「ブチッ!」


 意地になったディーヴァはついに奥の手を使った。周囲を取り巻く風を自分へと向かうように発動させたのだ。


「そ、それは反則だろう!」


 ぐっ、とこらえるクロウであったが、体は徐々に彼女へと引かれていく。しかし、それに耐えられなかったのはその辺に転がっていた兵士達。瞬く間にディーヴァは彼らと団子状態になってしまった。


「お、お前達……は、離れろ! これは私とクロウ殿の……」

「はは、自業自得だなディーヴァさん。どういうつもりか知らないが、みんなの言うことちゃんと聞くんだぞ」

「お、おのれぇ……」


 その滑稽な様子を見て、クロウは何処吹く風と足早に去って行った。

 結局、みんなで一つの願いという事になり、ディーヴァは全員のほっぺたにキスをして回るハメとなる。結果、これで死んでも悔い無しと一同の戦意は溢れるほどに向上したようだ。


「くっ、ディーヴァめ……。あれは完全にヘテロだな……これはゆゆしき事態だ」

「グリエルマ、どうしたの?」

「あ、ああ……、こっちの事だ」


 そんな熱気溢れる庭の片隅で、パメラとグリエルマは二人きりで話をしていた。アリアを救出するに当たって、敵地に詳しい彼女からできる限りの情報を聞いておく必要があったのである。


「それで、話の続きだけど……」

「ふむ、アリアについて……か。彼女の起こしたという破滅の魔女事件については、我もよく調べたよ。何せ、マレフィカが起こした初の事件……いや、災害だ。我の人生も、そこから転落したようなものだからな」

「アリアの事、恨んでる?」

「いや、逆だ。何も知らぬマレフィカに罪はない。そんな力を思春期の少女が持てばどうなるかくらい、我もよく承知している。ただ、それを正しく導く存在がいなかったというだけ。だからこそ、我がもっと早くに行動していれば防げたかもしれない。彼女に抱く感情があるとするならば、それだけさ」


 流石に自分の倍は年を重ねた大人だと、それを聞いたパメラは安心する。


「聖女である私も、罪を重ねたという点では彼女と同じなの。でも、アリアだけが罰を受けて、私はみんなから大事にされて、いったい何が違うの? だから私は、彼女に会って話をしてみたいの」

「聖女よ。一つだけ、注意しておく事がある。前提として、彼女は悪意をもって大量に人を殺したという点だ。決して君と同じではない。その考えは、逆に彼女を苦しめるかも知れないぞ」


 その意見に、パメラは返す言葉を見つけ出せなかった。大量殺戮。彼女が破滅の魔女と言われる所以(ゆえん)はそこにある。もしかしたら、その力を解放する事で新たな悲劇が起こる可能性もあった。


「そうかもしれない。でも、それでも、私はアリアを信じたいの……」


 アリアに眠る力、そこには愛があった。溢れるほどの愛。これを絶望に変えたのは、恐らく用意周到に恐怖へと追い込んだガーディアナ。だとしたら、なおさら自分にも責任があるだろう。


「ふう。思いのほか、傲慢なのだな」


 聖女の深い慈しみに充ちた瞳を見たグリエルマは、深くため息をつき渋々折れる形となる。


「わかった、我も協力しよう。あなたがそこまで言うのなら、信じてみようではないか」

「グリちゃん、やさしーい! やっぱり私の子ね!」


 鞄からキラキラと妖精が現れる。彼女の母アップルはこういう時、必ず出てきては我が子をからかうのだ。


「やかましい! 潰れろ!」

「キャー」


 アップルはバチン、バチンと手で叩きつぶされそうになりながらも、それを華麗にすり抜けながらパメラに向かって一つ助言をした。


「聖女ちゃん、もし、思うようにならなくても自分を責めないでね」

「え……?」


 そう言うと、アップルは再びどこかへと消えてしまった。


「ぜー、ぜー、思わせぶりな事を言うな、まったく……」


 パメラは一人、その言葉の意味を考えた。思えば今までの旅は幸運にも全てがなるようになった。このまま自分達はこの道を歩いて行けると、ロザリーと一緒なら感じる事ができる。だけど、今回は道を照らしてくれたロザリーはいない。それがどれほど重要な役割かは、一番近くで見てきたから分かる。自分に、そんなロザリーのような事が出来るだろうか。もし失敗したら、それは全て自分のせいではないのか。そんな不安がよぎった。


「アップルの言う事は気にするな。我も責任は持つ。いや、皆もそうだ」

「グリエルマ……」

「我々は組織だ。一人ではやれない事も皆でならやれる。きっとロザリー殿も、そう感じたからこそ見送ってくれたのだろう」

「うん……」


 そう、彼女がいなくても、やらなければならないのだ。少しでも、あの人を安心させるために。


「さて、少し酔ったな……今日は休む事にしよう」

「そうだね。お話、聞いてくれてありがとう」

「教師として、やれる事をしただけさ。それでは、我らが聖女よ」


 グリエルマは少しふらつきながら、砦の中へと消えていく。パメラもその夜は休む事にした。大切な明日のために。


「うん、がんばろう。ロザリー、見ててね……」




 作戦前のパーティーは大盛り上がり。主催のコレットはガイコツ執事にテキパキと指示する中、お腹いっぱいになったムジカにスカートを引っ張られた。


「もう、そんなに強く引っ張らないの。下着が見えますから」

「うー、これっとー。ムジカ、もうねむい……」

「あらあら、ここで寝てはダメよ。寝室は砦内です」

「どこー?」


 大人達に付き合い人疲れしたのか、ふらふらと見当違いの方へと歩き出すムジカ。


「まったく、コレットお姉様が連れて行ってあげますわ」

「ありがと、これっとー」

「お・ね・え・さ・ま!」


 コレットは自分だけ未だにねーちゃん呼びではなく、呼び捨てである事が気にかかる。彼女はあくまでお姉様である事を強調しつつ、すっかりおねむのムジカと自分の寝室へと向かった。するとその途中、思わぬ人物と出くわした。


「えっと、寝るところは……」

「あら、パメラさん? こんな所をうろうろして、どうしたんですの?」

「えっと、ここ広くて。寝るところがわかんなくて」

「ぷっ」

「あっ、笑った!」

「ごめんあそばせ。だって、ムジカと一緒なんですもの」


 コレットに煽られむーっとするパメラへと、ムジカが無邪気に笑いかける。


「ぱめら、ムジカといっしょー」

「えへへ、そうだねー」

「だったら、あなたも来なさい。特別に、わたくしの部屋に招待いたしますわ」

「わーい、やったーっ」


 どういう風の吹き回しか、コレットは苦手とするパメラの同行を許し、自室の扉を開いた。


「わあー、お人形、たくさん!」

「ふふ、好きに遊んでいいわ。ですがパメラさん、もう人形をくすねたりしないように」

「あ、あれは売られそうだったから守ってあげたの!」


 少し、少女趣味の自室。そこには、以前のように仲良く人形達も並ぶ。中でもムジカは動物の人形に興奮し、すっかり眠気が覚めてしまったようだ。


「うー。お友達たくさんで、眠れなくなったぞ」

「そうだね。私も緊張して……」

「それならわたくしが絵本、読んであげましょうか」

「うん!」

「あい!」


 仲良くベッドに入った二人の隣で、コレットは「おばけのルーシー」という本を読み聞かせてあげた。これは、コレットが幼い頃よく読んでいた本。実家には色々な本があったが、彼女はなぜかこればかり読むほど気に入っていた。


「おばけのルーシー、はじまりはじまり」

「わくわくー」

「わくわくー」


 コレットの優しい声と、かわいらしい挿絵がムジカを絵本の世界へと誘う。

 物語はずっと地下室に一人でいた病弱の少女の紹介から始まる。彼女、主人公のルーシーはおばけであり、自分がすでに死んでしまっている事も分かっていなかった。


「そっかー。ルーシー、ずっと一人だったんだ」

「なんだか、悲しい始まりだね」

「そうね……」


 しかし、彼女はずっと住み着いていたその家に引っ越してきた子供と、あるきっかけで仲良くなった。だが、自分がいたことによりその家は幽霊屋敷と噂され、次第にその子はいじめられるようになってしまう。子供は、そんなみにくい世界よりもルーシーといる事を選んだ。

 学校にも行かずに引きこもり、お化けのルーシーと接している内にだんだんと彼自身も幽霊に近づいてゆく。少年が仲間になる事を、どこか悲しげに喜ぶルーシー。


「うーん、初めてのお友達だけど……」

「でもこれで、ずっと一緒にいられる?」

「ふふ、どうかしら……」


 そして、次のページがめくられる。すると、少年がお化けになるという所で、ルーシーは少年に精一杯の悪口を言って消えてしまった。一人、残された少年。彼は裏切られたと感じ、しばらく立ち直れずにいたのだった。


「え……?」

「……少年は外にも出られず、ずいぶんと痩せ細っていました。少年の異常に気づいた家族は、その家を取り壊し、違う町へと引っ越す事にしました。少年はいつしか健やかに成長し、記憶の中にいる少女を今でも思い出します。最後の言葉、それは、アンタなんか大嫌い。でも、百年後に会いに来てくれたら許してあげる。というものでした。……おしまい」

「え、どうしてルーシーは消えちゃったノ? 友達じゃなかったノ?」

「それは、あなたが考える事よ」


 最後のオチに納得がいかない様子のムジカは、コレットから本をもらうと、また最初から読み始めた。


「ぱめら、これ、何てよむノ?」

「えっと、まるくてちいさな……」

「ムジカ……あなた、字が読めないの?」

「うー、ムジカの知ってる字とちがうんだヨー」


 なるほど、この子は生まれも育ちもジャイーラで、獣人(アニマ)の言葉しか学習していないのだ。亜人の国では話し言葉こそまだ人間達のものが一部使われているが、文化的な交流を避けるため、読み書きは亜人の伝統的な文字で行っているという。さらにもっと下の世代は、その言葉すら上手く通じないとの事だった。


(昔のわたくしも、この子みたいに何度も読み返そうとしたわね。読み返している間だけは、二人はいっしょにいられるって……結末なんて、変えられないのに)


 言葉が読めず、挿絵だけを繰り返し読み返すムジカ。コレットは少しそれを不憫に感じた。そして何かしてあげられないものかと考える。グリエルマの設立したという学校に入れさせるのが一番良いのだろうが、この子には自分達と同じ使命があった。ならば……。


「では、わたくしが読み書きを教えて差し上げましょう。これからはコレット先生とお呼びなさい」

「やったー! コレットせんせい、すきー!」

「私も、コレットちゃん好きー!」

「あなたは好かなくて結構です」

「うう……」


 グリエルマを見て教育者というものに憧れを抱いたコレットは、小さな生徒を前にとても充実した気持ちを覚える。おまけに呼び捨てから、せんせいにランクアップした事も誇らしい。


「絵本はたくさんあるわ。いつか全部読めるようになりましょう」

「うん、でも今日はねるー」

「もう、仕方ないわね……」


 コレットはそのままムジカを寝かしつけると、そこにはパメラと二人だけの気まずい空間が広がった。


「えっと、コレットちゃんも入る?」

「ごめんこうむりますわ。わたくしは調べ物をするのでどうぞごゆっくり。あといい加減、ちゃんはやめなさい。わたくしはあなたより5つは年上ですのよ」

「だって、最初にそう呼んじゃったから……」

「エトランザは呼び捨てのくせに……ムジカの呼び捨てが終わったと思ったら、ほんと前途多難ですわね」

「うーん、コレットちゃん……すう」

「わたくしの名前の前に、うーんを付けるのも禁止! ……ってこの子、勝手に寝ましたわ」


 小言が子守歌にでも聞こえたのだろうか。最年長だから仕方がないとはいえ、やはりこの子達の子守はどっと疲れる。コレットはようやく解放されたと、早速教育に関する本を本棚から抜き出していった。


「まったく、この子にも教育が必要かもしれませんね。……そうですわ! でしたら、パメラさんにも先生と呼ばせればいいのです! だったら、ついでにリュカさんも巻き込んで。ふふふ……」


 いたずらを思いついた子供のような顔で、コレットはすやすやと眠る二人の寝顔を眺めるのであった。


―次回予告―

 進軍する魔女達の前に現れた、志を同じくする者。

 それは、時代の闇に生きたもう一人の英雄であった。

 彼女との邂逅により、魔女達の歩みはまた一歩理想へと近づく。


 第122話「ヴァレリア」

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