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第17章 歯車の魔女 106.アガペー

 大きな爆発の後、サクラコ達が駆けつけた時にはすでにロザリーは倒れ、メアの姿は無かった。


「そんな! ロザリーさん! 威武まで……」

「ロザリー!!」


 パメラはロザリーの下へ我先にと駆け出す。かすれた声で、何かを喋るロザリー。


「だい、じょうぶ……この、子を……」


 軽装備にて爆発を受けたロザリーは酷い火傷を負い、その美しい顔も無残な状態となっていた。それでも、すでに息をしていない少女の救助を優先しろという。パメラは初めてロザリーに対して怒りを覚える。


「嫌だよ! もう、失いたくないのっ! 大事な人を失うのはイヤぁ!」

「きき、なさい……」


 パメラはなりふり構わずロザリーを治癒する。近くで倒れている少女にも見覚えがあったが、すでに手遅れのように見える。血を流しすぎているのだ。


「お願い……」

「ロザリー、少し黙っていなさい! これは命令です!」


 クリスティアも隣で涙をこらえながらロザリーにそう言い放った。その手を握ると、力なく広げた指から小さなお守りがこぼれる。すでに淡い光は失われ、不思議な力も感じる事はできない。


「もしかして……このお守りが……」


 サクラコはそれを拾い上げ、マコト達に精一杯のお礼を込めがら握りしめた。爆発音やその惨状を見るに、かなりの規模の爆発が起きたはずである。それでもロザリーが即死を免れたのは、アンジェの不思議な力が守ってくれたからとしか言いようがない。


「あの子の力ね。わたくしとは対極の力。まったく、腐っても天使ね……」


 拾う神あれば、捨てる神あり。コレットは血だまりに倒れるノーラの脈をとる。すでにコレットには分かっていた。その器に魂など存在しないことを。それでもロザリーのかすかな希望に応え、看取るフリをした。


「この子、すでに亡骸ですわ……。この顔は、苦しまずに眠った顔よ。受け入れなさい」


 改めてノーラの死を伝える。ロザリーは、かすかに息をしながらノーラの死体をずっと見つめている。まるで信じないと言うように。


「あなたという人は……」


 そこまで言いかけたコレットは、それ以上の言葉を飲み込んだ。

 ロザリーはこういう人間だ。皆、あなたを(した)って集まったというのに、それを残して一人死に急ぐなんてあまりに残酷な人。そう、続けたかった。だが、そんなロザリーの事が、滑稽(こっけい)でも、愛らしかった。


 コレットは、絶対に使うことはないと決めていた力を使う決心をする。このまま朽ちていく魔女など、ロザリーに見せるわけにはいかない。ロザリーという主柱が折れた時、この組織はどうなるか。あまりにも我々は彼女に依存しすぎている。精神的に未熟であるともいえた。パメラはエトランザの死に我を忘れかけ、この状況を防げなかった。最高権力者であるクリスティア姫ですら、ロザリーの傍らで心神喪失状態にあるのだから。


 そして、自分も……。


「この子、しばし預かりますわ……。あなた、運んでくださる?」

「ああ……」


 ノーラはクロウに運ばれ、コレットと共に地下の死体安置所(モルグ)へと消えていった。




 サクラコとディーヴァは、集落の外でいまだ気を失っていたカイとジュディを回収した。しばらく周囲を散策したが、メアはすでに逃げた後だった。


「私のせいです……」

「いや、相手はマレフィカ四人。我々も会議中とはいえ不甲斐なかった。自身を責めるな」


 二人を抱えたディーヴァは、逆にサクラコに感心した。もし全員に入られていたらロザリーはすでに死んでいたに違いない。いや、被害はそれだけではなかったはずだ。ロザリーを守るために、若い兵士達も犠牲になったはずである。


「これは皆の責任だ、いいな」

「……はい」

「それより、しばらく忙しくなるな。ロザリーが動けないとなると、家事は私に来るだろうし、兵の指導もある……」


 いつまでも暗い顔をしていると士気に関わる。ディーヴァは話題を切り替えた。目下さし迫るのは、組織の母としてのロザリーの抜けた穴。それはあまりにも大きい。


「あ、それなら私も手伝います。料理、ロザリーさんのお手伝いをしてましたから。覚えたんです」

「うむ、助かる。そうだ、武勲を立てたイブには骨付き肉を出してやろう」

「アン!」


 パメラの力ですっかり元気になった威武も、二人の周囲を駆け回る。


「ふふ……」


 ディーヴァは、すっかり日常にほだされていた事に気づく。この日常はいつ崩れるとも知れない砂上の楼閣であると、今回の事ではっきりと思い知った。

 彼女は力を持ちながらも、どこか後続の魔女達の成長のために日和見(ひよりみ)であった自己を責めた。皆の責任と言ったが、思い上がりでも何でもなく、これは自分の責任。この辺りが潮時であろう。死をもってでも皆をまとめる役、それはロザリーではない。


 少女二人を抱え上げた長身の戦士は、力強くその先を見据えた。



************



 モルグ。それは魂の安らげる場所。


 地下に設置された死体安置所にてコレットは一人、動かなくなったノーラを眺めていた。


「死者としてこの子を蘇らせた時、ロザリーさんはどう思うかしら……」


 かつての従者である生きる屍(アンデッド)。その末路は、無。

 一度それらを失って、初めてコレットはその無益さに気づく。


「人の尊厳をあざ笑う行為。それでも……わたくしは……」


 ノーラの体に触れる。すでに冷たく、アンデッドであるコレットには、どこか安心する温度。死人(しびと)として同属にする事で、永久の時を共にする仲間が生まれる。そして、ロザリーにも喜んでもらえる。これは、またとない機会。しかし……。


「ロザリーさん……、ロザリーさあん……」


 コレットは答えの出ない葛藤に耐えきれず、少女のように泣き出してしまった。ノーラの体にすがりつき、気の済むまで心のままに泣いた。


「ぐす……、わたくしらしくもない……」


 とりあえず今は一刻も争う。やるべき事をやるだけだ。


 コレットはノーラの体を綺麗に洗うと、自身の血を注入し、防腐処理(エンバーミング)を施した。彼女の血は死神の血。意思を持つかのように全身を巡り、体が腐るのを防いでくれる。


 今は冥界へと向かったであろう魂の救済が最優先。そして、彼女のカオスのサルベージも必要だろう。グリエルマに聞けば、彼女のマギアは因果律操作という強大な力。みすみす失う訳にはいかない。

 コレットはゲイズを呼び出し、冥界へのゲートを開いた。


『コレット。やはり、黄泉がえらせるのか? しかし、お前はカオスを扱う力など持ち合わせていないはず……』

「いいえ、わたくしは自分を越えてみせます。ロザリーさんがやってみせたように」

『そうか、新たなる力に賭ける……というのだな』


 すっかり父親のしゃべり方に変えさせられたゲイズに、コレットは静かにうなずく。


「それに、捜し物もあるわ。そう簡単に、あの子が死んだとは思えないの」

『ほう……あの子か。まあ、気の済むようにしなさい。冥王』


 冥王と呼ばれた少女は、ふふ、と口の端を持ち上げる。


「そう、この冥王の前で勝手に死の川を渡る様なマネ、許すワケにはいきませんの」

『まったく……死を集めるというのが、あなたの本来の仕事だというのに』


 思わず素で愚痴を吐くゲイズ。

 コレットはそれを笑い飛ばしながら、冥界へと消えていった。



************



 あれからロザリーは、出血性のショックから昏睡状態にまで(おちい)っていた。ノーラの死を受け止め、精神的な救いのない状況に張り詰めていた気が折れてしまったのだ。


 パメラは誰にも部屋に入らないように言い渡し、二人きりで献身的な看護を続けた。しかしどれだけ力を注ごうと、目を覚まさない。こんな事は初めてである。再生に必要な自身の生命力が足りないのであろう。


「ロザリー。覚えてる? あなたは、誰も見捨てないって言った。言ったんだよ……」


 ヒュプノスに魅入られたかのように眠るロザリーに、パメラは一人問いかける。


「私は、もうだめかもしれない。あなたがいなくなったら、もう……ガーディアナとは戦えないかもしれない。私にとって、もう、戦う理由はあなたなのかもしれない」


 シーツをめくると、ロザリーの肌は切り傷と刺し傷、そしておびただしい火傷に覆われていた。それでも目を引くのは、消える事の無い太腿の傷。


「あのときの……」


 パメラはそれを指でなぞった。ジューダスに切り裂かれ、自身が身代わりとなって治した傷。おそらく何度も抉ったのだろう。もはや、それはパメラの力をもってしても治せない傷跡である。いや、すでにこれが彼女の本来の姿なのだろう。


 どこかエロティックな魔女の(あざ)のようなそれに、パメラはつい唇で触れた。彼女そのものを感じたかったのだ。傷ついては細胞が治し、傷ついては心を強くした、彼女の命の証。


 それを眺めていると、原始的な欲求が彼女を襲った。


「れろ……」


 血の味。ざらざら。

 筋肉。弾力。汗の味。しょっぱい。


「ちゅ、じゅう……」


 産毛。くすぐったいにおい。かすかな熱。

 そして、性のかおり。


「ロザリー……ロザリー……」


 パメラはいつしか夢中になってロザリーの体を愛撫していた。

 クリスティアが目の前でその唇を奪った日から、常に妄想の中にあった欲望。この人のはじめては、私が……。

 はじめてのしるし。大腿も、下腹部も、おへそも、首筋も、そして、その胸も。ぜんぶ私のもの。


 見慣れたはずの彼女の体。唾液に光り、傷口から自身の内面すらも晒したそれは、まるで初めて見たかのように美しい顔をみせた。


「しゅき……、だいひゅき……」


 ああ、そうだ。一番大事なところ。はじめてあなたに触れた、私の還る所。


 パメラの唇は再び上を目指す。あごから、ただれた唇へ。その感触は、すでにあの柔らかく潤ったものとはほど遠い。それでも、あなた。何があっても、あなた。


「んちゅ……」


 皮膚がめくれ上がり、ピンク色の肉を覗かせた顔。焼け落ちた眉。その全てを、聖女の舌が這った。しみ出した体液すらもいとおしい。


「ろざりぃ……」


 いつしかパメラは自分の行いに、涙を流した。まるで獣のように求めていた自分。失うという可能性に気づき、初めて現れた自分の本性。

 しかしある事に気づく。パメラの唾液に濡れたロザリーの顔からは、少しずつ真皮が生まれ覆い始めていた。手で触れるだけではここまでの速度で再生はできないはずである。


 セックス。それは命を宿す行為。

 再び命が宿せるのなら、醜くくてもいい。だから……。


 パメラは服を脱いだ。そして、同じく下着姿で横たわるロザリーへと覆い被さる。


「あなたの全部、ちょうだい。私も、全部あげる」


 その姿は、まばゆい光に覆われていた。浮かび上がる熾天使オリオンの姿。


 パメラは彼女の全てを愛した。

 あふれ出す自らの愛。

 彼女からあふれ出す愛。

 それらは混然一体となる。


 無意識の共感覚が、パメラに襲いかかる。

 奉仕する喜び、奉仕される悦び、それらがめまぐるしく入れ替わる。

 何度目かの波の後、これまで味わった事のない衝撃が体中を駆け巡る。

 パメラは彼女の上で眠るように倒れた。


 同種として与える、(ストルゲー)

 友として与える、(フィーリア)

 恋人として与える、(エロス)


 そして、無償であり不朽である真の愛、アガペー。

 聖女としての、いや、少女としての、彼女の全て。それこそが、少女パメラの大いなる力(マグナ・マギア)



 少女達は眠る。手に手を取って。

 そこにあるのは、柔らかな髪。愛らしい顔立ち。そして、神秘的な肢体。

 そこにあるのは、艶やかな髪。美しい顔立ち。そして、肉感的な肢体。


 確かな熱と共に、二人は夢の中でも寄り添うように抱き合っていた。


―次回予告―

もう一度会えるなら、言いたい言葉がある。

一緒に過ごした日々の分だけ、たくさんの言葉。

だから、もう一度だけ――。


第107話「ともだち」

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