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第13話 『聖なる魔女』

 ローランド戦役終結から数日後、捕らえられたパメラの処遇が決定した。

 パメラ゠リリウム。その聖なる魔女の名は全て抹消され、彼女の存在は完全に秘匿(ひとく)とされた。


 それからさらに数日。ジューダスは深い眠りから目覚め、体の変化を感じた。これまでにないほど体が馴染むのだ。以前に比べ、若さを取り戻したような感覚さえある。さらに、あの悲痛な声はもう聞こえなくなっていた。


「これが、あの娘の力か……」


 あの娘に会わなければ。眠りの中で感じた、救いにも近い力。

 ジューダスはここガーディアナで、あれほどの力を持つマレフィカがどういう運命を辿るのか、知らないわけではない。むしろ得意げに、ローランドにて少女達にそれを語った記憶が蘇った。


「いや……、ありえん……、そんな事は……」


 ここはガーディアナの中枢、機動要塞マグナアルクス。教皇リュミエールの居城であり、軍事も政治も、基本的にこの盤上で全てが動く。

 エルガイアにおける大国の一つであるローランド攻略に成功し、その戦果をねぎらうためにガーディアナの司徒は皆、ここへと招喚(しょうかん)されていた。その中でも遠征を率いたジューダスは今回の主役ともいえる。


 しかし、輝かしい戦果など彼にとっては取るに足らぬもの。焦りに取り憑かれたジューダスは、乱暴に“十二司徒の間”の扉を開いた。


 出迎えるは、そうそうたる顔ぶれ。円卓に座るジューダスと同じ位である十二司徒が、思い思いに彼を見つめた。

 しかしジューダスはそれらには目もくれずに、その奥へと鎮座(ちんざ)する教皇の下へと真っ先に向かう。


「ご苦労であった、ジューダスよ。思いの(ほか)、早い復活だったな」

「教皇、痛み入るお言葉……と言いたいところだが、そんな事はどうだっていい。約束した俺の戦果、俺の近くにいたはずのマレフィカだ! あれをどこへやった!」


 ジューダスの粗暴な言葉遣いは今始まった事ではない。

 最も教皇への忠義に厚い、第四司徒バルホークがジューダスへと怒声を放つ。綺麗にカットされた金髪を片側に垂らした端正(たんせい)な顔立ちの青年で、まだ若いがガーディアナ全土を守る正規軍の将軍でもある。


「言葉をわきまえろジューダス! 教皇様の御前だぞ! たかが傭兵上がりが、一つ国を落としたくらいで何をのぼせ上がっているのだ!」

「黙れぇっ! あれは俺の獲物だ! 捕らえたマレフィカは好きにしてもいいと、その言葉があればこそ、俺は……!」

「何を言うか! 我が軍がタロスを出さなければ、何も出来なかったと聞いている。よくもそこまで思い上がれたものだな!」

「はっ、伝説級(レジェンド)一人にガラクタにされておいてよく言う。それは俺が奴の相手をしていたからこその戦果に過ぎん!」


 犬も食わない(ののし)り合いが続く。彼らは司徒の中でも過激派であり、逆に穏健派の者達が止めに入る光景は日常的なものである。女性のような出で立ちをした美青年と、大柄な男性が二人を引きはがし、修道女の恰好をした女性などは、ただ祈りを捧げていた。


「離せっ! この際こいつとは決着をつけるべきなのだ! おめおめと死に戻っておきながら、私の部下達の手柄までかすめ取ったこの男とは!」

「手柄だと? あんなものを貴様が出したおかげで、イデアに送るはずのマレフィカのほとんどは死んだ! その責任はどう取るつもりだ!」

「ぐっ……それは……殺人鬼のお前に言われる事ではない! 戦場で殺しを(たの)しみ、いつまでももたもたとしているからだ!」


 司徒達の奮闘空しく、その内容はますますエスカレートしていくばかり。まだ幼い第三司徒エトランザは大人達のみっともない姿に眉をひそめ、隣に座る第二司徒マルクリウスの口ひげを引っ張って遊び始める。


「いつまでやってるのぉ? エト、つまんなーい」

「これこれ、おやめなさい。……コホン、ジューダスが聞きたいのは、あの魔女の処遇であるな。それは、私から説明しよう」


 マルクリウスはこの事態の収拾をつけるべく円卓から立ち上がると、分厚い書物を開きながら前へと歩み出た。


「今回捕らえた魔女。あの者が希有(けう)異能(マギア)の持ち主である事は、貴殿も承知の上であろう。対象の傷を癒やし、さらには溢れんばかりの生命力を与える。その力は我らガーディアナの司徒はおろか、聖女様、果ては教皇様にも無い力。治癒魔法や外科手術など、この力の前には最早(もはや)子供だましですらある」


「むう……」


 その発言が不満であったのか、医者でもある第五司徒サンジェルマンがマルクリウスを睨んだ。病的な目に眼鏡を掛けた、細身のやつれた男である。まばらな無精髭や、うねるように縮れた金髪を伸ばし放題である事から、身だしなみを整える暇も無いほど何かに打ち込んでいる様子がうかがえる。


「失礼、貴殿の術式は見事の一言。訂正しよう。さて、我がガーディアナの司徒、“セフィロト”は、マレフィカの力をその身で用いる事により正道を貫く存在。その強大な力の所在として最も適するは、そう。我らにおいて他ない。ジューダスよ、ここまでは分かるな」


 ジューダスは、諦めたようにうなだれた。そして、力なくつぶやく。


「喰ったのか?」


 マルクリウスは、それにただ、頷く。


「誰が、喰った?」


 皆、それは気になる所であった。ここにいる誰も、それほどの力は得ていないのだ。


「ふむ。力にも相性があり、それに選ばれる必要がある事はお前も知っていよう。そして、その力を受け入れる事が出来たのは、ただ一人。教皇様、この先はどうかあなた様より……」


 そこで、マルクリウスは続く答えを教皇へと(うなが)した。これ以上の言葉は彼といえど(はばか)られるのだ。


「……入れ」


 教皇は一つ頷くと、奥の扉から誰かを呼び寄せる。


「そうか……、あんたが……」


 十二司徒の間、と(めい)打つも、ここにいるのは自らも第一司徒である教皇含め九人しかいない。現在、一人は遠くイヅモという国へと派遣され、一人は禁忌を犯した罰により永久に十二司徒から除籍されている。

 そして残る一人、それは力としての象徴、聖女セント・ガーディアナその人であった。


「術後の経過はどうだ。もう平気か?」

「はい、以前ともう何も変わりはありません」


 喰らう。つまり、マレフィカの力を移植するに当たって、被験者の身体には多大な負担がかかる。しかしそれ以上に、この技術の実験にて命を失ったマレフィカの数は、ゆうに百を超えるという恐ろしい儀式でもある。

 聖女はその事を考えると、自分の痛みなど当然の罰なのだと気丈に振る舞った。


「聖女様が今回の患者(クランケ)である以上、我が手術(オペ)には一点のぬかりもありません。と、いうより、我々も驚くほど、今回の移植は円滑(スムーズ)調整(アジャスト)できたと言えましょう」


 少し、どこか独特な物言いをするのは、医師サンジェルマンである。

 彼の途方も無い人体実験の果てに、正式名セフィロティック・アドベント(セフィロトの降臨)という技術は確立した。それは、魔女の力を奪い、新たな聖体へと宿らせる秘術。


「改めて説明いたしますと、我々が独自に入手した万理の力、古代より受け継がれし高度な技術力、そして我が類い希な医術。それらを高次に組み合わせる事によって、秘匿とされた降魂術は完成(コンプリーテッド)いたしました。ただ、その為には偽神(デミ・ゴッド)へと器を捧げる必要がある。それはいつの時代も、人知を超えた存在に対し行われてきた尊き行為。故にかの少女も、新たな人類の可能性(ポシビリティ)のため、全てを納得し犠牲(サクリファイス)となる事を選んでくれたのです!」


 十二司徒はそれぞれ相性の良い者達から力を受け継いでいるものの、人道的に皆が皆、彼を快く思っている訳ではない。少しだけ、その場に冷ややかな空気が流れた。


「……尊い、犠牲……」

「聖女よ、新たに移植した力は使えるか?」

「いいえ……まだ、眠っているようです。私の中の力に、怯えているのかも知れません」

「そうか、やはり、聖女といえど二つの力を有するには時間がかかるのかも知れんな」

「努力します」

「ああ、くれぐれも無理はするな」


 教皇と聖女、二人の仲(むつ)まじいやりとりを見たエトランザは、苦虫を噛みつぶしたような顔で舌打ちをした。明らかにそれは聖女にも届いたが、彼女は困ったようにほほえみ返すだけであった。


「エトランザ、無礼が過ぎるぞ。貴様も母親のようになりたいか?」

「……っ! ごめん、なさい……」


 教皇の叱責を受け、エトランザの顔に精一杯の懺悔(ざんげ)の念が浮かんだ。ただ、その小さな唇には深く犬歯が食い込んでいた。ぽたりと床に滴る血が、二人の複雑な関係性を物語る。

 それを何の感情もなく見届け、教皇はさらに語りだした。


「聖女と同格の力などこの世に存在するはずもないが、あれが特別な魔女である事はその力を見るに明白。瀕死であったジューダスに生を与え、あまつさえそこに移植された魔女をも救ってみせたのだからな」

「ああ、娘は……いや、俺の中の力は、今すやすやと眠っている。こんな事は、儀式を終えてから初めての事だ」

「それはまさに、魔女の中でも特異な、原初の力かも知れぬ。かつて光の使者エンティアが、我がリュミエールの始祖へと授けたという、命すらも創り出すという力……。長く失われて久しいその力が、偶然あの娘に宿っていたと私は考えている」


 教皇すらも声を震わせる存在、エンティア。それは聖典(カノン)の一節にも登場する星の母。その口から語られるあまりの神性に、場が静まりかえる。


「そう、エンティア……彼女には、聖女と同じく全てを無に帰す力もあったという。つまり、無と創造。神話の時代に失われた力が、ここに再び相まみえた事になる。これにより今、我らが聖女こそ、この世の神に等しい存在となったのだ……!」

「私、が……?」


 どこからともなく乾いた拍手が響いた。教皇の言葉に感銘を受け、満面の笑みを浮かべたマルクリウスである。


「皆も讃えよ、我らが力を! そして崇拝せよ、全てをお導き下さる聖典(カノン)を!」


 続いてバルホークが、そしてサンジェルマン、そのほかの司徒も続けて聖女へと惜しみない拍手を送る。様々な感情の入り交じる、まばらな拍手の中、聖女の心はただただ名誉と罪悪感との狭間で揺れ動いていた。


「その辺でいいだろ。ここは、俺の祝いの場じゃなかったか?」


 ただ一人、それを察し、ぶしつけに不遜(ふそん)を言い放つ男。拍手は鳴り止み、その視線は彼、ジューダス一人へと注がれる。そんな軍人でもある司徒達の手前、教皇はその働きに対し特別に恩賞を与える事とした。


「もちろんだ、ジューダス。褒美の代わりと言っては何だが、今後はお前にローランド統治の全権を任せようと思う。魔女崇拝に汚染された土地であるがゆえ、人心を組み伏せる事も容易ではないだろう。ならば冷酷かつ非情な判断を下せるお前が適任であると判断した」

「面倒なのは好きじゃないが、まあ、有り難くお受けする。あの土地には、まだ隠れている魔女も多いだろうからな」

「くっ……」


 属国の一つが与えられるという破格の計らいに、バルホークは歯噛みした。しかし、すぐに何かに気づいたのか、彼は教皇へと崇敬(すうけい)の眼差しを送る。ようは、厄介払いである。その奥にある意図が分からないジューダスでもなかったが、そんな事よりよほど大切な恩義を返しておかなければならない事を思い出した。


「聖女……、いや、聖女様。少し、いいか?」

「何でしょう、ジューダス」

「神がどうだという小難しい話は分からんが、あの娘が、あんたの中にいるんだよな?」


 その問いに、聖女は悲しげな顔で頷いた。


「礼を、言っておきたい」


 ジューダスは、がつがつと聖女の目の前まで歩み、おもむろにその下腹部に手を置いた。

 これには、他の司徒も思わず席を立った。基本、触れることすら許されない聖女の、あまつさえ子宮に近い部位である。聖体信仰のあるガーディアナにとって、それは禁忌の行いとも言えた。


「良い。続けろ」


 教皇の一言で、ざわついた場内は平静を取り戻す。

 マレフィカの力は、女性ならこの部位に宿ると言われる。しかし、移植した力が宿るのは心臓である。聖女はジューダスの手を取り、改めて自らの胸へと押し当てた。


「その子は、こっち」

「そ、そうか……」


 なだらかな弾力に、無骨な手が沈む。教皇はほんの少しだけ眉をひそめた。


「お前のおかげで、俺は生まれ変わる事ができた。……救われたこの命、お前に全て捧げよう」


 聖女の心臓にいるはずのパメラにそれだけを告げると、ジューダスは一人、十二司徒の間を後にした。


「ジューダス……」


 聖女はその後ろ姿に、ただならぬものを読み取った。

 彼はすでに我執(がしゅう)を捨て、ガーディアナにおいても一線を画す恐るべき存在となったという事を……。


「それでは、今夜行われる戦勝祝賀会ですが……」


 話はそのまま、祝いの席について移行する。司徒のほとんどが出席するめでたい催しの中ですらも、聖女は一人どこかへと心を預けていた。


(あなたは、誰なの……? ねえ、お願い、答えて……)


 しかし、移植されたはずのパメラの声は、それからも聞こえることはなかった。


 あまりにも強大な浄化の力に飲みこまれたのだろうと、聖女に対するセフィロティック・アドベントはその後行われる事はなく、ただ、名も無きマレフィカの死に、聖女は心を痛め続けるのだった。




************




 そして、時は現在へと戻る。


 聖誕祭でのロザリーとの邂逅(かいこう)。そして、初めての口づけによって流れ込んだロザリーの持つ感応の力。

 そんな偶然ともいえる奇跡が、聖女の心で消えかけていたパメラの魂を呼び起こした。


――聖女様……会えたのがあなたで、よかった。


 聖女の中に蘇ったパメラは、その愛を再びロザリーへと向ける。

 彼女はずっと、独りであった。その愛欲は、最期に触れた唇への思いだけが満たし続けた。あの甘い口づけ。そして雨に濡れた抱擁。ねだるような触れ合い。それは彼女が聖女を操り、突き動かしたもの。


――でも、あなたじゃなければ、よかった……。


 しかし、それらの行為によって、聖女もまた、この人への愛を知ってしまった。そして今の自分は、聖女の中に宿ったひとかけらの存在にすぎない。

 全ての真実を明らかにする時、きっとこの人は悲しむだろう。最期に彼女についた嘘への罪悪感の中、パメラが辿り着いた一つの答え。


――だったら、このまま一緒に……愛されよう。


 それだけでいい。決して報われないと知りながら、彼女は今日も愛を注ぐ。




「パメラ、雨も上がった事だし、そろそろ出発しましょうか」

「うん、ついて行くよ、ロザリー」


――そう、ずっと、ずっと、一緒だよ……ロザリー。


―次回予告―

 あるとも知れない、不確かな明日。

 それでもこの世界は続いていく。

 胸に抱いた小さな希望は、夜空の星々のように輝いて。


 第14話「星の下で」

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