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第114話 『殺意』

 魔女達の下へと現れた、謎の女性グリエルマ。

 あの十二賢者の子孫という彼女に向け、期待のような、不安のようなものを含んだ皆の視線が注がれる。


「その言いぶり、カオスをご存じなのね。あなたもマレフィカのようですけど、失礼ながらそれなりの年齢に見えます。一体何者です?」


 コレットは、ありていに疑問をぶつけた。この中でカオスについて最も知る彼女であったが、多くを語れるほどではない。自信げに放たれたその言葉に興味を示したのだ。


「ふ、君たちが生まれる前からマレフィカをやっている者だよ」

「そんな事って……」


 基本、マレフィカはカオスが魔王により解き放たれたという二十年前から出現したとされる。つまり、全員二十歳以下となる。目の前にいる女性は少なく見ても二十代中頃か、それ以上だ。つまり魔女と同等の力を持つガーディアナの司徒である可能性が浮上した。


「まずは信用に足る人物かどうか、見極めさせて貰いたい」


 ディーヴァは警戒したまま前に出た。そして自然と皆を守る形をとる。


「ふふ、自分で怪しくないなどと言っても信じまい。では信用を得るために全てを話そう。ご推察のとおり、我は今年で三十になる。これでも若く見られるのだがな。そして紛れもなくマレフィカ。まあ、マレフィカという言葉自体、最近出来たものだ。神話の中で語り継がれてきた真の名はセフィラと言う。神の器、とでも言えばよいだろうか。ああ、話がそれた。私がマレフィカである理由だったな……。長くなるが、小便は済ませなくていいか? 幼子よ」


 グリエルマはコレットに向けて、余裕たっぷりにほほえんだ。


「わっ、わたくしはれっきとしたレディです! あなたのように多少若く見えるだけですわ!」

「なるほど、それが君のカオスの持つ特徴か。ならば問題ないな」

「ええ、続けて下さい。こっちの子はすっかり眠っていますので」

「ほう、これは……」


 リュカの膝の上で寝息を立てるムジカを見て、グリエルマの顔がさらにほころぶ。


「こっちの子とは何です、ロザリーさん! まるで子供が二人いるみたいに!」

「あっ、違うの! ほら、あまり騒ぐと起きちゃうから」


 コレットは怒り出したが言葉の(あや)だとごまかし、ロザリーは問題ないと続きを促す。自分達マレフィカにとってこの女性はとても重要な人物であると感じたのだ。


「ふふ、実に興味深い。やはり、ここに来て良かった」


 グリエルマは少々興奮を抑えきれない様子で、立て続けに自身について語りだした。


「まずは、我が一族について話そう。十二賢者という者達を知っているか? 約二千年前、この世界の(いしずえ)を創り上げた者達だ。我はその子孫。万理の賢者の血族である」

「賢者って……クーロン国を作ったっていうクーロン様と同じ?」

「そうだ。元を辿れば、クーロンもガーディアナもフェルミニアもアルテミスもローランドも、さらにはイヅモも、賢者の作った国だな」

「すげぇ……!」


 古代の賢人、万理の賢者エルメスの末裔(まつえい)であるというグリエルマ。

 リュカは憧れの仙者が崇める、太上老クーロンと同格の存在であるという言葉に、すでに興奮が抑えきれない様子である。


「錬金術の祖でもあるエルメスは超自然現象の研究者としても特に優秀であったが、ある一つの禁忌を犯した。その身に神の魂であるカオスを宿したのだ。つまり人類最初のマレフィカだな。私の一族はそれを子子孫孫に渡り受け継いできたという事だ」

「じゃあ、古代からマレフィカはいたというの?」

「ああ。かつて神の声を聞き、ローランドを救ったという伝説の魔女の話は知っているな?」

「ええ……、白百合の騎士、ローランドの乙女の事ね」

「彼女は我が一族であり、私の十五代前のマレフィカ。魔族と戦い人類を救ったのち、最後には自らも火刑にあったという話はは有名だが、それは歴史から姿を消すために作られたものだ。彼女は隠匿したのち穏やかな暮らしの中で子を残し、安らかに夭逝(ようせい)した」

「そんな……!」


 ロザリーが驚くの無理はない。グリエルマは様々な逸話を残した魔女の代名詞とも呼べる偉人の、まごう事なき血族だというのだ。

 一子相伝により伝えられてきた進化の秘法、それはまさに人間がカオスを持つことにより生まれるセフィラにまつわる伝承だった。そして彼女の一族こそ、古代より代々カオスを受け継いできた、その時代に只一人のマレフィカでもあった。


「次に、カオスの基本から説明しよう。カオスとは天より生まれし神の魂。そして人に宿り、異能の力を授ける源。カオスは普段、この星の異空間を漂う。ネビュラという神々の地だ。君たちは胎児である頃、それぞれがネビュラのカオスによって選ばれ魔女として生まれた」


 彼女は黒(うるし)のボードに、事細かく石灰のチョークで文字を羅列していく。その姿はさながら女教師のようである。


「やっぱり……母の胎内で私に何かが触れた記憶、あれはカオスだったのね」

「うん、私達はみんな、赤ちゃんの時カオスと契約したんだよ」


 それはロザリーだけでなく、魔女全てに共通するものであった。皆、静かに頷く。


「飲み込みが早いな、いいぞ。次に皆が気になるであろう魔女の出生について。親から子へ、カオスは移る事ができる。これは、母子共に女である場合に限るが、おそらく最初に男は生まれない。というのも、魔女の出産に立ち会った事は幾度かあるが、どれも女児であった。私が魔女として今ここにいる理由も、代々女だったからに他ならない」

「私達でも、子供は作れるのね……」

「ああ。しかし、それは我々魔女にとって容易な選択ではない。その理由を今から説明しよう」


 これは魔女達にとって最も興味深い話である。誰もが固唾(かたず)をのんで聞き入った。


「女児にカオスを移し、それを失った母体は、子へと魔力を捧げる事になる。つまり異能を失うという事だ。つまり男と結ばれること、それは力を失う事に等しい」

「それって、子を産めば私達も普通の人間になるという事よね?」

「その通りだ。しかし、生まれてくる子供に全ての運命をなすりつける事となる。君は自分のため、こんな世の中に魔女の子を産み落としたいと思うか?」

「いえ……」


 ロザリーは小さくかぶりを振った。救いなどないと、分かっているから。


「魔女の取れる選択、それは3つ。一つ目、この呪いを自らの中に留めておくため、子をつくらないというもの。二つ目、普通の人間のように男を作り、子を生む。そして、その子に全ての運命を押しつけるというもの。そして三つ目。次代の子達の為に、自らが戦い、世の中を変えてしまうというもの。つまり、君達ヘクセンナハトの行動理念はこれに当たると言えよう。我としても、これが最も望ましいように思える」

「確かに、子供を作れば、私たちは魔女ではなくなる。だけど、それだけはできないというのが、私の考えでもあったわ。私を育てる為に苦悩した母を知っているから。そして、魔女の生きづらさを誰よりも知っているから……」


 自分と同じ呪われた運命となる事が分かっていて、そんな気になれるはずがない。少なくとも親として、世界の全てを変えるまでは。


「ふむ、君達は実にまともだ。我が見た中で、最も悲惨であったケース、それは二つ目の選択だ。さっさと楽になりたいと、手当たり次第に男を作り子を産んだ者がいた。しかし彼女は生まれてきた子に訪れる絶望も知っている。ゆえに、その場で首を締め、殺してしまった。結果、彼女は自身の子と、自らの魂の半身であるカオスを手に掛けた事を苦に、自らの命も絶ってしまったのだ。残された男は、全てを忘れるように普通の女と結婚し、幸せにくらしている。もう彼に魔女と関わろうという気は少しもないだろう」

「そんな事が……。いいえ、確かに考えられる話かもしれないわね。私も自分のカオスと引き離された事がある。その時に感じた喪失感はかなりのものだったわ」

「それは、わたくしのせいね。ごめんなさい、ロザリーさん……あの時のわたくしは、ヒトではない何かに成り下がっていたわ」

「コレット……」


 魔女に用意された道はあまりに暗いがゆえ、コレットだけでなくその道を踏み外す者は多い。皆の沈痛な顔に、グリエルマはやや声色を明るく変えつつ続けた。


「だが安心したまえ、何も悲観ばかりでもない。カオスは人と共生し、新たな種となろうとしている。その先にあるのは、神化(テオーシス)。かつて、この星に降りたという二人の神の御使い、エンティアとフォルティス。それはまさに神化した人の姿、そのプロトタイプであろう。つまりカオスらは何世代にも渡り、人の持つ神化の可能性を探ろうとしているのだ。その目的は、流石の我にも分からないがな」

「そっか、ママは私にそれを……」


 パメラが一人つぶやく。その意味を知る者はここにはいない。


「ママか……そうだな、我の母の話をしよう。先ほど、子をつくった魔女の話をしたな。我の母も、やむを得ずそれを決断した一人だ。まだ、魔王の時代であった頃の事だ。いつの時代も異端は存在する。その頃世界は魔族と人との間に生まれたハーフデーモンを弾圧していた。その動きがやがて魔女にも波及すると予感した母は、私を人里離れた場所で育て上げた。遥か南の果てにある、妖精の国と呼ばれる所だ」

「妖精の国……? ずいぶんとファンタジーですわね」

「ふざけているだろう? しかし、事実だ。ただ、そこには妖精か子供しか入る事はできないため、母はその姿をホムンクルスへと変え、自ら妖精の一人となった」


 あまりに荒唐無稽な話に、皆は理解に苦しむ様子を見せた。


「百聞は一見にしかず。では母上……いや、アップルよ、出てくるがいい」


 そこでグリエルマは、小さな妖精のような女の子を呼び出す。ジャイーラ大陸に住む、フェアリアと呼ばれる種である。それは何もない空間から突然現れ、キラキラとしたエフェクトをまといつつ喋り出した。


「グリちゃん、何かよーお?」

「いや、用はない。話を認めて貰うため、教材として呼び出しただけだ。ややこしくなるからまた眠っていてほしい」

「いけずー!」

「むにゅ……」


 ムジカはその不思議なにおいに気づき、思わず目を覚ました。そして故郷にしかいないはずの妖精を見ては、目をぱちくりとさせる。


「ん、あれ? ふぇありあがいる!」

「わあ、アニマがいるー!」

「捕まえるゾー」

「そうはイカの海人(マーマン)よ!」


 二人はすっかりお互いを気に入り、追いかけっこを始めた。ムジカの故郷では特に珍しくもない存在なのだ。


「やれやれ……。このように、私の母は妖精となってまで子供を育て上げた。元々フェアリアは、我が一族の造ったホムンクルスの末裔。ちなみに現在のフェアリアの女王は、夭逝したローランドの乙女に付き従った妖精だといわれる。……ダジャレではないぞ」


 ムジカと無邪気にはしゃぐ妖精。彼女はグリエルマの母であり、元マレフィカ。そして錬金術のいろはをグリエルマに叩き込んだ師でもあるという。ちなみに、妖精となると幼児退行を起こすらしい。厳しかった母もすっかりアニマの子供と同レベルとなって遊んでいる姿に、グリエルマは小さくため息をついた。


「ここまでの覚悟がないのならば、我々魔女は男性との接触をなるべく控えた方がいいだろう。全て合意の上であるならば結構だがな。ああ、安心したまえ、恋愛自体は我としても推奨する。女性同士、心ゆくまで愛を育むといい」

「え、えっと……」


 要するに結論として、魔女の世界では同性愛は当然の行為だという事が言いたかったらしい。


「魔女には魔女と強く惹かれ合う性質がある事は知っているだろう。それは、このような悲劇を背負わせた埋め合わせ、特典のようなものと我は考えている。もっと言えば、システムとして、女同士である事に何か大きな意味があるのではないかと。つまり魔女として最も危険なのは男。いいか、いかに強大な魔女の軍といえど、たった一人の男に壊滅させられる危険すらある。これだけは、少しばかり先輩である身として心を鬼にして伝えておかねばならない! キッ」

「あの、俺が何か……」


 グリエルマはその場で肩身を狭くしている唯一の男性であるクロウを睨んだ。いいな、絶対に手を出すなよ、と言わんばかりに。


「ご心配なく、クロウに関しては大丈夫でしょう。操を天に捧げ、そのまま枯れるつもりでしょうから」

「姫様……そりゃあんまりですよ」

「まあ、それならばいいのだが……。しかし魔女の軍勢か、まるで禁断の園に足を踏み入れたようだ、皆惚れ惚れする程に美しい……特に君、姫百合の騎士、だったか」


 続けて彼女はロザリーに向け悪魔的な笑みを浮かべる。

 つまり彼女も同性愛者であり、ロザリーはこの中で最も彼女のタイプであったのだ。


「男性役のできる魔女は貴重だ。君、モテるだろう?」

「は、え……? それは……、えっと……」


 舌なめずりをするようにロザリーを見つめる彼女に対し、さっ、と守るように飛び出すパメラ。いや、同じようにクリスティアもリュカもコレットも警戒している。さらにはサクラコもどこか心配するような視線を送っていた。なるほど、もはやハーレムである。


「失礼、どうやら君はライバルが多いようだ。では精悍で(たくま)しい君にするよ」

「何の事だ?」


 ディーヴァは向けられた言葉の意味がまるで分かっていない。魔女において珍しいヘテロなのであろう、しかしその末路は総じて不幸である。ここは指導が必要だと、グリエルマは口角を上げディーヴァの困惑する顔を眺めた。


「我は魔女同士の愛の果てにあるもの、それを見たいのだ。ずっと魔女は我一人。思えば寂しい十代を過ごした……。そして魔女が生まれだした二十代、これもさすがに手を出せば犯罪であったし……。だが今の時代ならば、それは可能である! このグリエルマ゠マニエルは今ここに恋人募集中だと高らかに宣言しよう!」


 ポカンとする面々。さすがに三十路のため込んだ情欲は、粘度が違う。どうやら若い魔女達は少しばかり引いたらしい。グリエルマは顔を真っ赤にしながら、次の話題を探した。


「あの、それがあなたのここへ来た理由でしょうか」

「そうだ……じゃない! では我の話をしよう。カオスとは神の魂。全ては神々の管理の下、本来決して人の手に届くことはない。我はその高度な知識をもてあまし、一人、生命と魂の研究に日々没頭していた。我ら一族は常に隠遁(いんとん)していたからな、カオスについて知る者は誰もいなかったし、それは秘匿(ひとく)中の秘匿とされていた。それはもう孤独だったよ」


 そんな中、ありえない事態が起こる。カオスの扉が魔王の手によって開いたのだ。彼女の興味はカオスを次々に宿し生まれてくる少女達に移った。孤児となったマレフィカを引き取っては研究を続け、彼女はついに一族の悲願、“カオスアルケミック”という学術体系を完成させた。


「まさに我が研究が花開いた瞬間といえよう。まさに我が一族はこの時の為に生かされていたのだと。そしてこの知識を役立て、セフィラの育成をと考えていたのだが……」


 しばらくして魔女アリアの事件を機に、次々と生まれるマレフィカへの弾圧が始まる。ガーディアナによるマレフィカ狩りを聞きつけた彼女は、捕らえられたマレフィカを保護する事と引き替えに、教皇にカオスアルケミックの知識を授けた。


「つまり、我々マレフィカへの虐殺が生け捕りへと変わったのは、あなたの働きがあったためと考えてよろしいですね?」

「そうだ、と言いたいが……今思えば馬鹿な事をした。それが後々恐ろしい計画に使われるとは思いもせずに」


 その後グリエルマは、マレフィカ研究機関シークレットガーデンに幽閉された。そこではむごたらしい実験が日々行われ、マレフィカはついに殺戮の道具にされてしまう。そして、カオスの人間への移植という極めて高度な研究も成功した。


「恐ろしい計画とは、まさか……」

「ああ、セフィロティック・アドベントという悪魔の技術だ。それもこの知識無くしては実用には至らなかったであろう。つまり、我は悪魔に魂を売ったのだ」

「それが……パメラにも行われたというのね……」


 ロザリーはパメラを抱きしめる。パメラはその時の事を思い出し、小さく震えていた。


「皮肉な事にガーディアナは人工的なマレフィカの事を自らセフィラと置き換え、本来のセフィラである我々を異端とした。いわゆるガーディアナの司徒であるセフィロト、奴らに眠るカオスは全て移植されたものだ。私はその手伝いをさせられた。私の手はすでに血塗れている。しかし人質として多くのマレフィカがまだ囚われているのだ。逆らうことは出来なかった……」


 そんな中、事態はグリエルマが考えるよりも最悪の方向に向かっていた。教皇リュミエールはマレフィカ達から分離されたカオスの魔力を使い、古代兵器を次々と甦らせ始めたのだ。

 途方も無い動力源を、カオスにてまかなう。もはやそれは、古代に栄えたという超文明の再来を予感させた。その先に待つものは、歴史を(かんが)みるに破滅しかない。


「そんな我を、エトランザが最期に解放してくれた。そして君達の事も教えてくれた。我は(おの)が過ちを償うため、諸君()若きマレフィカにこの力を委ねようと思ったのだ」

「エトランザが……。え、最期にって……?」


 パメラはその一言が気になった。思いつく限りの最悪を想像し、動悸を抑えることが出来ない。グリエルマは、謝罪するかのように深く瞳を落とす。


「エトランザは、処刑された」


 その報告にパメラは愕然(がくぜん)とした。次第に呼吸が荒くなり、その場に伏せてしまう。


「はあっ、はあっ……!」


 彼女はいつも持ち歩いているエトランザの手紙を握りしめ、嗚咽(おえつ)した。ロザリーはそんなパメラに駆け寄り、背中を抱く。


「落ち着いて、パメラ……」

「う……うっ……」


 力を使っているわけでもないのに洪水のように感情が流れ込んでくる。後悔、無念、贖罪(しょくざい)、愛情。ロザリーはそれを制御する事が出来なかった。


「女教皇の処刑……。それは、本当なのね」

「すまない……詳細については分からない。我は施設のマレフィカ達を、隠れ家へと連れて行かなければならなかった。おそらく、エトランザは教皇の怒りに触れたのだろう。我には、どこかそれを覚悟していたように見えたが……」


 グリエルマがガーデンから脱出した際、エトランザは逃げるわけでもなく、側近である四人のマレフィカと共にその場に残りゲートを閉じてしまったという。後々聞いた話によると処刑にはギロチンが使われたらしい。悪趣味だが、同時に出来るだけ苦しまずにとの温情であろうか。


「私は、私は……、リュミエールを許さない」


 パメラは、初めて強い言葉でそう言った。


「そんな事だけはしない人だと思っていたけど……、ソフィアの事も、おかしいと思っていた。あの人は本当に変わってしまった」


 思い詰めたようにつぶやくと、パメラは顔を上げ、言い放った。


「私が、殺さないと」


 その残酷な決意に、皆、何も口を挟むことは出来なかった。最も彼女を知る、ロザリーでさえも。記憶を取り戻し、しばらく見る事のなかった凍てついた聖女の表情(かお)がそこにあった。


「せーじょのおねーちゃん。ダメだよ……」


 いつもと違う様子を感じ取ったムジカが、パメラに歩み寄る。


「ムジカ、よくわかんないケド、ねーちゃんは、あいつらと同じになっちゃダメだよ……」


 必死に呼びかけるが、変わらない眼差しで宙を見つめるパメラ。もはや、彼女は忘却の中にいた。激しい怒りと共に、研ぎ澄まされた魔力がその身を覆う。その場にいる者全てが、まるで動けなくなるほどの威圧感。

 これが、ガーディアナの聖女……。初めてそれを目にするグリエルマも思わずたじろいだ。


「ねーちゃん……うわーん!!」


 ついにムジカが泣き出すと、パメラの前にサクラコが飛び出す。そして、その頬を強めに叩いた。


「あ……」


 誰もが目を疑った。いつもただ怯えている彼女が見せた、その勇気に。


「しっかりして下さいパメラさん! 私もムジカちゃんと同じ意見です。パメラさん、ここまでその感情に負けないで来たじゃないですか! あなたの事、怖いって私も思ったことがあります。でも、いつもそんな私にやさしかった。負けないで……あなたは聖女なんかに負けちゃだめです!」

「サクラコちゃん……」


 我に返ったパメラはサクラコを見つめ返し、泣き崩れた。


「サクラコ……あなたが一番、この子を分かってくれていたのね。ありがとう」


 ロザリーはサクラコにほほえみ、パメラをその胸に抱き寄せる。いつもと違い薄着である胸は、パメラの頬を優しく包んだ。心音を通して、ありったけの愛情を注ぐ。こうする事が一番この子の安らぎであると。恋人として出来る、せめてもの行為だと。


「そうか、君が聖女だったか。うかつであった……。すまない」


 グリエルマは深々と頭を下げた。そして、抱き合う二人の姿に何か愛を通り越した感情を見つける。


(やはり、この姿の先にこそ、魔女の未来が……)


 ただ、互いの心の隙間を埋めようと支え合う二人。彼女はそれに、涙すら流していた。


「ロザリー、パメラをどこか、落ち着ける場所へ」

「はい。姫様、お気遣い感謝いたします」

「クリスティア、コレット。そして客人。ここはしばし、私達だけで話そう。お前達、もう休んでいて良いぞ」


 ディーヴァに促され、皆は会議室を後にした。

 エトランザに直接会った者はパメラとコレット以外にここにはいない。ロザリーも仮面越しにしかその姿を見ていなかった。だが、それぞれに大きな喪失感が襲う。パメラがいつも話していた妹。対立関係ではあったが、解り合えるはずだった子の死。皆、やるせない気持ちでいっぱいだった。


「やっぱりあたい達のいる世界って、どこか甘かったんだな……」

「そう……かもしれないわね」


 リュカの言わんとしている事は分かる。だが、ロザリーは解ってしまいたくはなかった。自分の理想を貫けば、いつか世界は変わるとすら思っていた。ティセもそんな事を言っていた事を思い出す。だが、勝負もままならないままの決着に、あの子はどう思うだろう。


「さっきはすみません……パメラさん」


 サクラコはパメラを支えるように、寝室までの道を付き添った。


「ううん、ありがとう……。少し、一人で考えるよ。ロザリーも、あなたはあなたのやるべき事をやって」

「パメラ……ええ」


 パメラは一人、そのまま眠りについた。

 その後、時折聞こえてくる悲痛な叫びは、どこか弛緩(しかん)していた皆の心を引き裂くのであった。


―次回予告―

 女帝の死。それを受け、覚悟に身を染めた者達がいた。

 暗い底の記憶。それは忘却の彼方。

 復讐には復讐を。それが地獄のさだめ。


 第115話「コキュートス」

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