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第16章 獣の魔女 99.セイヴィア

 明くる日、昨日の喧噪が嘘のであるかのように穏やかな午後。

 マコト達はアルベスタンへ向かうため、集落の外まで来ていた。それを見送るロザリー達。


 ライノス率いるアルベスタンの軍とは、休戦の約束を交すことができた。決定は彼の独断によるものだ。クリスティアは敵国に貸りを作ってまで、マコト達の援助をしたのである。


「アルベスタンにはすでに通達してあります。船も出せるとの事です、お気を付けて」

「女王様、本当にありがとう! それじゃ、お別れだね……」


 名残惜しそうに、マコトはロザリーを見つめた。何のいたずらか、この大陸へと飛ばされなければ出会えなかった二人。すでに二人には友情を超えた信頼が芽生えている。

 きっと彼女なら。そんな思いを込め、ロザリーはマコトを抱きしめた。


「マコト、また会いましょう。いえ、お互い目的を果たしたら必ず」

「うん! 今度こそちゃんと料理教えて貰うんだから」

「ええ、父に会ったらよろしくね」

「もちろんです。叱ってあげますよ、娘さん放っておいて何してるのって」


 笑い合う二人。続けてその隣のパメラにも、マコトは抱きついた。


「パメラちゃん。ありがとう。私、絶対に魔王になんてならない。だからあなたも、運命に負けないで」

「マコト……大丈夫。私も、信じてる」


 パメラとマコトの胸は密着し、その心音が伝わる。

 不安がないと言えば嘘になるが、きっと彼女なら。二人に宿るのは、神話の時代から続く原初のカオス。それは光と闇の使者として、この地に降り立った大いなる存在。一度は道を違えた二つの魂であったが、どちらも人類を愛したゆえの行いであった。


 今度こそ正しき器と共に、それを果たす時。それがパメラの母、エンティアの想い。心音と共に、彼女はマコトの中に眠る魔王フォルティスへとそう囁きかけた。


 我慢できないといったように、ソフィアがそんな二人を引き離す。すっかりべったりさんとなったソフィアは、いつものようにパメラに抱きついた。


「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」

「わっ、ソフィア」


 この子とも色んな事があった。今では姉妹同然だが、すれ違い、憎み合い、傷つけ合った。そんな彼女の頭を、慈しむように聖女の手が撫でる。どこかソフィアにだけは、パメラも強がることができない。次第に溢れる涙。共に聖女を経験した、全てをさらけ出せる相手だからだろう。


「ソフィア、元気でね、お手紙、ちょうだいね……」

「ほらほら、お姉ちゃん泣かない泣かない。そっちこそ、元気でね。ロザリーさんをよろしく!」


 ソフィアはロザリーに向けウィンクする。ロザリーは困ったようにはにかんだ。あの熱いキスを思い出してしまったのだ。そして、その想いを受け止めてあげられなかった事も。


「ソフィア、ごめんね……」


 振った事を謝るなんて、ほんと無神経な人。そんな風に、ソフィアはいたずらに笑った。そして、ロザリーの耳元で小悪魔のように囁く。


「お姉ちゃんとは、もうやったの?」

「へっ?」


 思考を巡らせ、キスの事かなと考える。しかし、ソフィアは強く念じる。ありったけの情交についての経験を。ロザリーは感応により伝わったその一切に、顔を真っ赤にした。


「そっ、そんな事っ、まだっ、いや、それは、まだ子供だし……」

「一つ言っておくけど。お姉ちゃん、たまってるよ。取られても知らないから」


 ロザリーは放心した。すっかり置物と化したロザリーをよそに、別れの挨拶はかわされていく。次はクライネが微笑みながら前へと出た。


「パメラ、そしてディアナ、信じてるわ。あなたがガーディアナを変えてくれる事を。これからは、あなたが聖母となり人々を助けてあげるのよ」

「うん。お姉ちゃんも、マコト達をよろしくね」

「ええ、魔族は私達にまかせて、遠慮無く教皇をとっちめてやって」


 クライネのその言葉に、パメラは静かにうなずく。ディーヴァもクライネと目をあわせるが、二人は微笑むだけで全てを通わせた。


 そんな様子をおずおずと見ていただけのサクラコは、早速メリルとシェリルに絡まれていた。


「サクラコ、水くさいな。我らの仲ではないか」

「あ、はい、なんだか別れが辛くって……」

「メリル達はずっと二人きりだった。そこに別れなどない。出会う者はこの手にかけた。だから、このような生き別れ……初めてなのだ……」


 鬼の目にも涙。初めて見た彼女の弱さ。サクラコは直視して良いものか迷ったが、相変わらず能天気なシェリルがその場をとりなした。


「お姉様、泣いてるのぉ?」

「なっ、涙など、とうに枯れ果てたわ! 邪眼の暴走、そう、これはこれまでに吸った生命の嘆きが我を通じて現れただけであって……」

「泣いていいんだよ。こんな時くらい」


 シェリルは優しく姉を抱きしめる。


「ふん……、言うようになったじゃないか」


 すっかり姉と妹は逆転している。精神的にも、肉体的にも。


「ふふ、サクラコ、ティセちに会ったら伝えておいて、愛してるって」

「え、え!?」

「シェリルなりの冗談なのだ。真に受けるな」

「そ、そうですよね……」


 実は割と本気だったりする事をメリルは黙っていた。気の多い妹に少し嫉妬しているのだ。


「あの、これを……」


 サクラコは、旅の中で買ったおみやげをメリルに手渡した。カエルのような人形である。


「ふん……」


 どこからどう見てもガラクタだったが、メリルはそれを大事にしまった。蛇に睨まれたカエルだとでも言いたいのだろう。これを見て、自分を思い出してほしいと願っているとまでは考えすぎか。ニヤケ(づら)が収まらないのを感づかれないように、メリルは一人その場から離れた。


「サクラコ、あなた天然のたらし?」

「えっ?」


 この一瞬で好感度を限界まで稼ぐサクラコに、シェリルは末恐ろしい物を感じざるを得ない。


(もしかしたらティセち、やられちゃうかも……。まさか、ね)



 残るコレットとアンジェは、それらを上空で眺めながらため息をついていた。


「お互い大変ですね、これから」

「ええ、我ながら面倒な事に足を突っ込んでしまったわ」

「嘘が下手ですね~。顔が笑ってますよ」

「死神は嘘がつけないのよ、天使と違って」


 すっかりあけすけと喋る仲になった、対照的で、それでいてそっくりな二人。かたや冥界を追われ、一人で生きてきた少女。かたや天界で秘匿とされ、一人で生きてきた少女。

 もはやアンジェには彼女が他人とは思えないほど、いとおしく思える。


「私達……友達、ですよね?」

「どうかしら……」


 ぶっきらぼうな返しであったが、コレットの口角は緩んでいる。それがチラ、と目に映り、満足げにアンジェは別れを告げる。


「人の心には魔がいるものです。くれぐれも気をつけて下さい。それでは、またです」

「人そのものも、魔。そうね、同感よ。またね」


 皆まで語らず二人は地上へと降り、それぞれの仲間の下へと向かった。



「救世主マコト、お前に決闘を申し込む! なあ、頼むよー!」


 ディーヴァによって押さえ込まれながらリュカが叫ぶ。彼女も珍しく空気を読み、これまでおとなしく我慢していたが、最後の最後、とうとうこらえきれなくなったのだ。

 マコトはそれに、拳を突き出して答えた。


「それは、次に会ったときに取っておこう! みんな、またね!」




 長く共に戦ったマレフィカ達は別々の道を進む。先輩として色んな事を教わったロザリー達に最後の別れを告げ、マコト達は気持ちを新たにその地を後にした。


「ここからが、本当の戦いだね」

「そうですね。思えば、助けられてばかりでしたから」

「迷惑も、いっぱいかけたね……」


 マコト、アンジェ、ソフィアの三人は、特に感慨深く彼女達との出会いを振り返る。


「これからは、私があの人のようにならなきゃ」


 分け隔てなく接してくれた魔女の母、ロザリーの思いを、マコトはあらためて継承する。これから、色んな仲間と出会うだろう。その全てに、絶対に手を差し伸べてみせると。


 そうして砂漠をしばらく行くと、マコト達の前に一人、サクラコが現れる。


「あれっ? サクラコちゃん?」

「はあ、はあっ。よかった、追いついた。……あのっ、これっ!」


 サクラコは何かを握った両手を差し出した。そこには、いつかマコトが渡した桜のお守りが。


「これにはずいぶんと助けられました。お返しします!」


 マコトはそれを受け取ると、とても懐かしい気持ちになった。まるで、父がそこにいるような気がしたのだ。


「救世主マコト様。イヅモでもし師匠に会ったら、元気でやっているとお伝え下さい」

「うん、わかった! それじゃあ、代わりにこれあげる」


 サクラコが渡されたのは、手作りのお守り。魔王になってしまった不安から、なんとなく作ってしまったものだという。それを見たアンジェは、思わず吹き出した。


「なんです、この不細工なお守り」

「うるさいなあ、無いよりはいいはずだよ! あれから悪いこと起きてないし」

「ムジカちゃんを暴走させたじゃないですか」

「あれはっ、私が悪いから運じゃないもん!」


 アンジェの横やりに顔を赤くしたマコトは、そのままサクラコの手をお守りごと握りしめた。さらにはそこに、アンジェの手も加わる。


「このままではなんの加護もありませんからね。祝福(アンジェラス)の祈りを込めてあげます。サクラコにはお世話になりましたから……」


 ここまで何の能力も持ち合わせていないと思われたアンジェであったが、彼女にもマギアはあった。それは、祝福。これが果たしてどのような力なのか、それはまだ誰も知らない。

 サクラコは感極まり、少しばかり涙を浮かべた。それを見て、アンジェもはにかみつつ、瞳を潤ませる。


「あ、ありがたくお受けします、マコト様、アンジェさん」

「もう、様はいらないよ」

「はいっ、マコトさん! えへへ」


 マコト達は、手を振りながら砂漠の向こうへと消えていった。

 サクラコもいつまでも手を振る。その無事を願って――。



 彼女達の旅は、これから別の物語へと続いていく。

 救世魔王と祝福の天使。そして、第二の聖女の物語へと。


―次回予告―

 血の惨禍。肉の贄。

 男を満たすのは原初の闇。

 全てを捧ぐ。其は始まりの言葉。


 第100話「ルシウス」

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