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第16章 獣の魔女 98.ヘクセンナハト(魔女達の夜)

 新しい仲間、ムジカを迎えたその日の夜。

 クリスティアはクロウを呼び、この式典のメインイベントであるヘクセンナハト(魔女達の夜)の結成式を初めとした諸々の準備へと取りかかった。


 魔女達の夜。この名称を考えたのはロザリーである。本当はヘクセンモルゲン(魔女達の朝)としたい所ではあったが、魔女達の現状を考えると、それはただの現実逃避に過ぎない。本当の夜明けが来た時に改称するのだとクリスティアに語った。


 質素な集落ではあるが、中央の広場には式典のために用意された豪華な舞台がそびえ立つ。その壇上へと上がるクリスティアに向けて、人々の視線が送られた。


 彼女は遠くを見つめた。その方角は、かつての祖国。そして、崩れ去ったローランド城。思い出すかつての栄華と、偉大な父、優しい兄。命を散らした兵。若き魔女。自分達を信じ、粛々(しゅくしゅく)と暮らしていた臣民。

 流れる涙。しかし、彼女はそれをぬぐわなかった。


「まずは、我が祖国、ローランドにおいて命を捧げ眠りについた英霊達に向け、哀悼の意を表します。……あれから五年。私はどれだけこの日を待ち望んだ事でしょう。いえ、私達、全てが同じ思いを抱いていたのでしょう。よく、堪え忍んでくれました」


 皆深く目を閉じる。ローランドそのものである姫によるねぎらいの言葉。それを噛みしめない者はここにはいない。


「しかし、それもここまでです。皆様には、人として当たり前の幸せ、喜び、時に悲しみ。その全てを、誰に冒される事なく天寿を全うするその瞬間まで、享受(きょうじゅ)する権利があるのです!」


 人々はその言葉に(たぎ)る咆哮を上げた。地を這い、軍靴に踏みつけられた人々の積み重ねられた抑圧が、膿を絞るように吹き出したのである。


「ですが悲しいことに、それには力が必要となります。正当な力です。それも過ぎればただの暴力。ガーディアナはなぜ、暴力を用いてまで我がローランドを滅ぼしたか。それは我ら、マレフィカを恐れたからに他なりません! ならば、彼らに鉄槌を下す事が出来るのは私達魔女のみ。我々はその権利、そしてその力を有します!」


 鼓舞(ザ・スピーチ)。これはクリスティアの次なる(エヴォル)(マギア)。人々は高揚した。しかし、力を使わずとも誰一人、異を唱える者はいないであろう。それはただ、人々の結束をより強固なものとした。


「ローランドの名の下に、そしてリトル・ローランドによる庇護(ひご)の下、今ここに、魔女(マレフィカ)による組織、ヘクセンナハトの結成を宣言します。この日をもって、魔女達の闇の時代が終わります。いえ、終わらせるのです!」


 鳴り止まぬ歓声。ここに今、歴史が動いた。


「姫様……。ご立派です」


 クロウは気高く成長した少女を前に、男泣きに泣いた。


 戦争を行うためには若い力を必要とする。難民や救出した奴隷達の中からも志願兵を募り、多くの若者がこれに参加した。今この瞬間、小さいながらもマレフィカの軍が誕生する。かねてから必要としていた後ろ盾が出来た事に、ロザリーは感無量の思いであった。


「姫……ありがとう……」

「ロザリーさん、おめでとう! いや、戦争……なんだっけ。でも、今はこれくらいしか言えないや。良かったね……」

「ええ、いいのよ。確かに争いは始まる。でもそれは、一方的な蹂躙からの解放。喜んでいいの」

「うん……! 私達も、応援してる! ずっと!」


 これまで共に道を歩んだマコト達もそれを祝福した。自分達は違う道を進むが、いつまでも仲間だとロザリー達に告げる。さらに、クリスティアは続けた。


「私達ヘクセンナハトは、ガーディアナに対する力としての役割を持ちます。しかし、この世界の脅威はそれだけではないのです。新たなる魔の誕生。それに対抗する力も、持たねばなりません」


「そう……、ガーディアナを倒すだけじゃだめ。それは、魔を押さえつける力を失ってしまうという事」


 クリスティアの言葉を受け、パメラがつぶやく。

 そして、マコトの方を見つめた。マコトはパメラの想いを理解し、笑顔でそれに応えた。


「我々と共に戦ってくれた、伝説の救世主の力を受け継ぐマレフィカ、マコト=スドウ。そこにいる彼女達は魔と闘う運命を背負っています。残念ながら別離の時は近い。ですが(こころざし)はいつまでも共にあります。我々をヘクセンナハト・リベリオンとするならば、彼女達を魔族に対する力、ヘクセンナハト・セイヴィアとし、最大限の助力を行う事をここに約束いたします」


「へっ? せいびあ?」


 クリスティアの一声で、マコト達へと明かりが向けられる。マコトは突然の注目に戸惑いながら、どーもどーもと頭を下げた。


「姫はノリで勝手に決める所があるから……。セイヴィア、頑張ってね」


 ロザリーが苦笑しながら手を差し出す。魔女をまとめ上げるリーダー同士、二人は固い握手を交した。


 その日はもう一つ、その場においてメインとなる式が執り行われた。

 クリスティアの王位戴冠(たいかん)式である。


 クロウは王により託された、ローランドの財宝である宝石がちりばめられた王冠、王の象徴としての十字のついた星球儀、王にしか持つことが許されない王(しゃく)、緋色のマントの入ったチェストをクリスティアの前へと差し出す。

 一つ一つそれらを身につけ、彼女は正真正銘、ローランドの女王となった。その佇まいは真の王族にしかまとえないもの。最後に宝石商フランの形見である特大のサファイアを首へとかける。


「ああ、美しい……」


 コレットは涙した。彼女の抱える目玉、ゲイズもまた、無機質に見える瞳の奥に何か熱いものを覗かせる。


「皆さん、ありがとう……。わたくし、クリスティア=ローランドは、女王として恥ずかしくない行いを示し、そして我が身の全てを民に捧げる事を、ここに誓います」


 クリスティアはロザリーを見つめる。そして、手を差し伸べた。


「もう一つ、ここに行いたい儀式があります。ロザリー、前へ」


 特に思い当たる事が無く、ロザリーは周りを見回す。すると皆頷くばかり。女王を待たせるわけにもいかず、ロザリーは慌てて前へと歩み出た。


「ロザリー、これを」


 クリスティアが箱から取り出したもの、それは五年前、離ればなれになった時にロザリーが送った、白百合の花。それはまるで今摘んだかのように、みずみずしい白であった。

 ロザリーもパメラも、戦争によって自らの摘んだ分は失ってしまった。つまりそれは、最後の一花。


「これは……! 姫……まだ持っていてくれたのですね」

「手放すものですか。いつかまた、会う日にと……ずっと願いをかけていたのですから」

「姫……、いえ、女王……!」

「ふふ、姫でいいのよ。あなたに、騎士の称号を授けます。受け取ってくれますね?」


 そう、クリスティアが行おうというのは、ロザリーに騎士号を贈る授与式である。

 憧れの騎士。まるで夢のような時間。ロザリーは振り返り、皆の祝福する笑顔に包まれる。


「ロザリー。よく、ここまで耐えてくれました。これは全て、あなたの功績です」

「姫……、私はただ、ローランドの信念を貫いたまで。亡き王に誓って、これからも貴女に忠誠を誓う事をここに宣言いたします」


「よく言ってくれました。我が騎士……ロザリー=エル=フリードリッヒ」


 ロザリーはクリスティアの前に膝を付き、頭を下げた。そして祈るように手を握る。

 ロザリーの剣を手にしたクリスティアはそれを抜き、平らな面をロザリーの肩へと乗せる。

 盛大な拍手が鳴り響いた。この瞬間、ロザリーは正式に騎士となったのである。姫百合の騎士。そんな彼女の、英雄箪としてのプロローグ。


 パメラはその様子を見つめ、ただ、微笑んだ。

 それは、かつてのパメラ=リリウムが夢にまで見た光景である。


「そして」


 クリスティアは続けてパメラの方を見た。

 その目は、自分より少しお姉さんであった、おっとり姫クリスティアのものである。


「パメラ=リリウム、よく戻りました。あなたがあの戦いにおいて、ロザリーを救ったという話は聞いております。辛かったでしょう……。これまで」

「そう、私が今ここに立っているのも、全てはあなたのおかげ。パメラ、こっちへ」


 ロザリーは立ち上がり、パメラを連れ出した。手を引かれたパメラは、そのままクリスティアの前へと迎えられる。クリスティアはいとおしげな手つきで、白百合を撫でた。


「あなたが力を与えたこの白百合は、今でも可憐に咲き続けています。この花が私にどれだけの力をくれたでしょう。そして、ロザリーにも、あなたは献身的に尽くしてくれた」


 ロザリーはうなずき、パメラの手をとりその白百合へと近づけた。それぞれが花びらに触れる。三人は幼い頃に戻ったように見つめ合った。そして花びらから伝わる思念を共有する。

 それは、ロザリーの力。万華鏡のように浮かび上がる色んな思い出。


「うう……うっ……」


 パメラは抑えきれなくなり、涙を流した。全てが今に繋がっていた。それは、信じたから。隣にいる、この人を。

 彼女の潤んだ瞳を見つめ、ロザリーは初めて運命という言葉を信じた。そして、これからも自らの手で運命をつかみ取る。そんな決意をもって、見つめ返した。


 クリスティアはそんな二人を見て、満足げに続ける。


「パメラ=クレイディア。同時に、あなたは敵国の聖女セント=ガーディアナでもあるのですよね。ですが、私はあなたの勇気ある行動に最大限の敬意を表し、ここに捕虜としてではなく、ヘクセンナハトの一人として迎え入れる事を宣言します。彼女に対しては誰しもその尊厳を冒すことを不可侵とし、私と同じ位とする特別待遇とします。異論は認めません。いいですね、皆様」


 当然だと言わんばかりに、皆頷いた。

 ここでパメラの立場を明確にしておかなければ、組織として後々ヒビが入りかねない。功を焦った兵が彼女の寝首を掻く事も考えられた。それほどにパメラの存在はデリケートなのである。


「あ、えっと、よろしくね……姫様……」


 パメラはどうして良いのか分からず、手を差し出した。

 クリスティアはその手をとり、固く握りしめた。そして二人並び、良好な友好関係をアピールする。


「クリスティア、と呼んでほしいわ。パメラ」

「……うん、クリスティア!」


 思い思いに皆、この小さな同盟を祝福する。蓄音機から流れるパメラの音楽にあわせて踊る人々。志願兵達の決意の雄叫び。早速商売の話を始める商人達。楽しげに走り回る子供達。アニエスを初めとした魔女の解放に尽力する人々も、歴史の目撃者としてこの光景を後世に語り継ぐであろう。


「おーおおー!」


 まだよく分かっていないムジカなどは、祝いの席で行うアニマ族に伝わる雄叫びを上げた。なんだかおめでたいという事は分かるらしい。


「アオーン!」


 獣王に続けと、イブや他の動物たちも雄叫びを上げる。鶏や放牧された羊やヤギも。そのあまりのうるささに、その場は早々にお開きとなった。




 深夜。みな寝静まり、幸せな夢を見ている頃。

 ロザリーのベッドに、クリスティアが現れた。


「ロザリー、眠っているの?」


 すーすーと寝息をたて、パメラと共に眠るロザリー。よく見ると、その手は繋がれていた。ただ、二人の関係はそこまでのようである。


「ふふ、仲がいいのですね……」


 その思いは形容のしがたいものである。二人の絆、それは一番よく知っている。しかし、これまで思い続けてきたのは何もこの子だけではない。


「許して……」


 クリスティアは、眠るロザリーの唇にそっと自身の唇を重ねた。

 それだけで、良かった。だが、己に眠る数年来の情動は、抑えきれるはずもない。


「んちゅ、じゅる……」


 誰か止めて……。そう願いながら、クリスティアはロザリーの唇を舐め回す。高貴な身分で、事もあろうに夜這いをかけ、想い人を夢中でむさぼる。罪悪感と高揚感の狭間で、クリスティアは軽く昏倒しそうになる。


「こんな事……」


 クリスティアは逃げるようにその場を後にした。

 彼女は気づかなかった。行為に(ふけ)り、その重たげな巻き毛が隣にいるパメラの眠りを覚ましたことを。


「……どうしよう」


 何事もなかったように、口を閉じ眠るロザリー。その唾液に濡れた唇は、次第と全てを吸い込むかのように乾いていく。

 キス。いたずらに重ねた口づけ。いつからかしなくなった口づけ。あの告白の後、抱きしめ合うだけで、二人は満たされていた。ただ、それだけで。でも、それではいけない。

 その先。キスよりも先。それは、何……? その先へ行かなければ、今のようにすぐに奪われてしまう。皆のロザリーへの気持ち。それは少なくとも分かる。こんな人、好きになるに決まってる。


「セッ……クス……」


 パメラはつぶやいた。それは、教皇との初夜に備えて行われた性教育。

 女性同士の知識はまるでないが、きっと同じような事をするのだろう。考えただけで顔から火がでそうだった。性。そのにおいがするだけで、途端に生々しい関係となる。


「ロザリーは、したい……?」


 きっと素敵な夢を見ているのだろう。その顔は穏やかだ。そんな純真な彼女を、情欲で引きずり下ろす訳にはいかない。


 ロザリーが、求めてくれたら。あげよう。

 そう、それまでは……。


 パメラは再び眠りに就いた。素敵な夢が待っていると信じて。


―次回予告―

 共に笑い、共に泣いた仲間。

 もう一つの物語は、違う道を歩む。

 またいつか、笑顔で、と。


 第99話「セイヴィア」

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